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Last-modified: 2007-07-10 (火) 10:11:33

第二十三景 賎機検校仕置屋敷

将軍家剣術指南役 小野忠明の弟子に
体毛の一切が無い剣士がいたそうな

 
 

源之助らは賎機検校の屋敷に招待された

 

しかし賎機検校こそは伊良子清玄と結託し
五名も同門の士を死に至らしめた
黒幕と見て間違いない

 

検校に遣わされた乗物に揺られる虎眼は
この事実をどこまで把握しているのだろうか

 
 

盲人の自治組織 当道座の最高位者 賎機検校――

 

かつては東照神君徳川家康に招かれて
琵琶を演奏し過分の栄誉を賜る間柄であり
現在はその鍼術をもって
駿府城主 駿河大納言徳川忠長の侍医を務める

 
 

この琵琶と向き合う者は
徳川家の威光を浴びるに等しい

 

「面を上げい
 虎眼 よう来たの」

 

「へへぇ」

 

門人たちの前では決して見せぬ表情
無双の剣客がたどりついた
上役への処世術であった

 

賎機検校が盲いたのは 赤子時分親に放置され
烏に目を啄まれたためと伝えられている

 
 

同じ頃

 

友六と名乗る中間の勧めた茶を
一切手をつけぬ忠弟二名

 
 

「そろそろ自身をいたわれよ 虎眼
 ここ数年は出仕もままならぬと
 聞いておる」
「ご心配を」
「はよう 跡目を選んで
 殿を安堵させてやらねば」

 

「む 娘が臥せておりますれば 今しばしの…」
「よい もうよい 虎眼
 虎眼流は掛川の宝 わしの言いたき事はそれぞ
 本日そこもとを召したは一流の剣客たる
 虎の目を借りたきがゆえ」

 

ぽふ ぽふ

 

「夕雲と申しまする」

 

その小姓にはまつ毛すらなかった

 

「夕雲の太刀いかがなるものか?
 無双とうたわれたそこもとの眼(まなこ)で鑑定を乞う」

 

「いかに 虎眼 業物か?」

 

 鋼 ・ 鍛え ・ 焼き
全てにおいて問題外の造りである

 

「斬れませぬ 飾りかと」
「飾りと申したな
 虎眼 そこもとにはたしか双竜と並び讃えられた
 二人の高弟があると聞いておる」

 

「藤木源之助と申しまする」

 

もう一人はすでに破門である

 

「その源之助とやらに 夕雲の稽古をつけて貰えまいか?
 まことの剣を見せてやってくれ」

 
 

「藤木源之助が用いるは木剣 夕雲は"飾り"なれば
 これはあくまでも興のひとつ
 しからば両名とも 存分に戯れよ」

 

「藤木 木剣に細工はない」

 

「せ… 先生!」

 

「虎眼 おぬしが?」

 

戯れならば…

 

「先生っ」

 

「下がれ」

 
 

「いざ参られよ」

 

腕を内側にねじると口と同線上に
左の手は掌を地面に向けて頤の下に

 

「以西把爾亜剣術 参る」

 

「いすぱにあ?」
「海を隔てた南蛮国の…」

 

検校には友六が実況している

 

「斬れませぬ あのような握りでは」

 

「受けか… 愚かな
 あのような細い太刀では
 先生の木剣は刀身ごと」

 

ヒュ ヒュ 

 

刀がうねった!
折れず曲がらずを信条とする日本刀を
見慣れた身の上にとってこの光景は

 

その剣は斬るためのものではなく
突くための剣であった