第二十八景 変身
掛川城下 岩本虎眼屋敷
「ご用のおもむきは? 」
「賎機検校さまの使いの者
岩本虎眼どのに先立っての
武芸上覧の礼を届けに参った 」
「琵琶かな? 」
「これはこれはご丁寧に 」
「ささ 入られい 」
「あれが我らの師匠の
命を狙う盲目の侍… 」
「自ら出向いてくるとは笑止
我ら濃尾三天狗が掛川(ここ)に
集いしは おぬしを討つため 」
岩本虎眼は貴人の如く
御簾の向こうに座していた
盲目の清玄はもとよりその姿を
確認することは出来ないが
三間先より漂う虚ろな気配と
衣類に付着した尿の臭いから
虎眼が今 曖昧な状態に
あることを察知していた
二名の弟子は清玄と虎眼の間に
もう一名は暗闇を出現させぬよう
行燈の傍らに居た
「いく 参ろうか
千代の始めの~~
天に照る月は~~
十五夜が盛りよの~~
あの君さまは~
いつが盛りよな~~ 」
別棟にてこれを聞く 岩本家の中間たちは
いくの三味線と清玄の地謡(うた)の見事さに
阿呆の如く口をあけて酔いしれ
一人娘 三重の姿が消え失せていることに気がつかなかった
「見事でござった 」
「師匠も満足しておられる 」
「賎機さまには
よしなにお伝えくだされ
お役目 ご苦労 」
「次は珍しい絵をご覧に入れる 」
「絵? 」
「検校さまのご愛妾 いくさまの白肌に
描きし風流にござる 」
「彫り物か… 」
「賎機さまのはからいとならば喜んで 」
「存分に拝見させていただき申す 」
いくは虎眼に背中を向けた
ざわっ
清玄は老虎の髪が逆立つ音を聞いた
虎眼は見たのだ 瞳なき竜が
灰色の老虎を絞め殺す姿を
とくと ご覧じませい
師匠!
うう~
「清玄さま…
存分に仕遂げられませい 」
「よくぞやった いく 」
"岩本虎眼どの突如乱心召され
賎機検校様のご愛妾いくさまに
無体なふるまいをおよばしゆえ
やむなく"
後に清玄は役人に対しこう答えている
畳の硬軟は先ほどの舞で確認ずみ
ここまでは清玄の思惑通りであった
「師匠! 」
「ここは拙者らが 」
ただひとつの誤算は この夜の岩本虎眼が
正気でも 曖昧でもなく 敵であろうと 味方であろうと
間合いに入ったもの全てを斬る魔神へと変貌をとげたこと
あの君さまは
いつが
盛りよな