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Last-modified: 2007-04-02 (月) 10:24:42

第二十八景 変身

掛川城下 岩本虎眼屋敷

 

「ご用のおもむきは? 」
「賎機検校さまの使いの者
 岩本虎眼どのに先立っての
 武芸上覧の礼を届けに参った 」

 

「琵琶かな? 」
「これはこれはご丁寧に 」
「ささ 入られい 」

 

「あれが我らの師匠の
 命を狙う盲目の侍… 」

 

「自ら出向いてくるとは笑止
 我ら濃尾三天狗が掛川(ここ)に
 集いしは おぬしを討つため 」

 
 

岩本虎眼は貴人の如く
御簾の向こうに座していた

 

盲目の清玄はもとよりその姿を
確認することは出来ないが

 

三間先より漂う虚ろな気配と
衣類に付着した尿の臭いから

 

虎眼が今 曖昧な状態に
あることを察知していた

 
 

二名の弟子は清玄と虎眼の間に
もう一名は暗闇を出現させぬよう
行燈の傍らに居た

 

「いく 参ろうか

 
 

 千代の始めの~~

 

 天に照る月は~~

 

 十五夜が盛りよの~~

 

 あの君さまは~

 

 いつが盛りよな~~  」

 
 

別棟にてこれを聞く 岩本家の中間たちは
いくの三味線と清玄の地謡(うた)の見事さに
阿呆の如く口をあけて酔いしれ
一人娘 三重の姿が消え失せていることに気がつかなかった

 
 

「見事でござった 」
「師匠も満足しておられる 」
「賎機さまには
 よしなにお伝えくだされ
 お役目 ご苦労 」

 

「次は珍しい絵をご覧に入れる 」
「絵? 」
「検校さまのご愛妾 いくさまの白肌に
 描きし風流にござる 」
「彫り物か… 」

 

「賎機さまのはからいとならば喜んで 」
「存分に拝見させていただき申す 」

 

いくは虎眼に背中を向けた

 

ざわっ

 

清玄は老虎の髪が逆立つ音を聞いた

 

虎眼は見たのだ 瞳なき竜が
灰色の老虎を絞め殺す姿を

 

とくと ご覧じませい

 

師匠!

 

うう~

 

「清玄さま…
 存分に仕遂げられませい 」
「よくぞやった いく 」

 

 "岩本虎眼どの突如乱心召され
  賎機検校様のご愛妾いくさまに
  無体なふるまいをおよばしゆえ
  やむなく"

 

後に清玄は役人に対しこう答えている

 

畳の硬軟は先ほどの舞で確認ずみ
ここまでは清玄の思惑通りであった

 

「師匠! 」
「ここは拙者らが 」

 

ただひとつの誤算は この夜の岩本虎眼が
正気でも 曖昧でもなく 敵であろうと 味方であろうと
間合いに入ったもの全てを斬る魔神へと変貌をとげたこと

 
 

あの君さまは
いつが
盛りよな