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Last-modified: 2007-04-06 (金) 10:48:41

第三十四景 竹槍

 

日坂宿

 

幕府諸藩の禁止にも関わらず
宿場町には賭場や水茶屋がつきものであり
それらを仕切る一家が多数存在した

 
 

九鬼一家の用心棒 蛇兵四郎は一羽流の使い手であり
百目一家との出入りの際 親分の百目大蔵をかばう子供ごと
斬り捨てたことで侠客仲間でも忌み嫌われていた

 

「それにしても驚きましたねえ 旦那
 当道者(あたしら)の身内が
 無双とうたわれなすったあの岩本虎眼さまをねえ
 見えねえってのにどうやって……」

 

蔦の市の声は弾んでいた
まるで自分の手柄話のように

 

「岩本虎眼どのは老いていた……
 それだけのことよ
 虎眼流に勝ったと申したければ
 藤木源之助に勝たねばならぬ」
「ふじき?
 そのお弟子さまは 師匠が大変な時に
 どこかに隠れていなすったという話ですよ
 そんなお方に……」

 

がっ
「ヒィィ」
「うぬが如き下郎に 藤木源之助の何がわかる!?」

 
 

蛇兵四郎が源之助と出会ったのは
桜の舞い散る四月であった

 

若き日の蛇である

 

「一手 ご指南つかまつりたく候」
「いやあ……」

 

応対に出た大男はしきりに頭を掻いている
一羽流の手練である自分の力量に
恐れをなしているものと蛇は自惚れた

 

濃尾無双は噂に過ぎぬと
門下生は百姓や町人といった顔つきの者ばかりである

 

いくらか金を握らされて帰ることになるだろうと

 

「お相手つかまつる」
入門して三年にも満たぬ藤木源之助である

 

相手が前髪であろうと 加減する蛇でない

 

「いざ 参ら……」

 

「ま 参った…」

 

「耳か鼻か」

 

ビッ 

 

「ウッ…」

 

「ぬるいぞ 源之助 しかとえぐれ!」

 
 

これが源之助の初陣であった

 
 

虎眼流の仕打ちを不服とした蛇は
同様の恨みを持つ二名と共に
報復を誓った

 

決行されたのは九月である

 

竹槍である

 

「抜けるか? 虎眼流! 太刀を抜けるか!? 
 抜かばたちまち雷神の生贄(にえ)ぞ」

 

何の躊躇もなく 源之助は抜刀した

 

「ぬわっ」
「こ こやつ」

 
 

落雷が瞬時に二名の同志を焦がした

 

鼓膜の破れた蛇が音の無い世界で見たものは

 
 

掛川

 

この日
買出しから戻った岩本家の中間 茂助は
牢人者と思しき士に呼び止められた

 

「岩本家のものだな 藤木源之助どのに伝えよ

 

 貴殿の身は 永江院の竜が守っておられる
 ゆめ 腹など召されるな
 師の仇 討つ日は必ず訪れますると」

 

掛川の寺院 永江院にある
山内和豊が寄進した彫刻の竜は
抜け出して水を飲みに行く姿を
たびたび目撃されている

 


 仇
 討
 願
   』