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Last-modified: 2026-04-01 (水) 13:19:08

Wルート

スーパーナチュラルとアンダーテール好きの妄想が火を噴いた結果。いろいろ混ぜちゃったので許してあげてほしい


バンカーの図書室は、もはや静謐な知識の殿堂ではなかった。
メインホールの大型モニターの前で、サムは虚ろな瞳のまま、激しく明滅するドット絵の奔流に身を投じていた。スピーカーからは、重厚なパイプオルガンの旋律と、心臓を抉るような鋭いドラムビートが混ざり合うリミックスBGMが爆音で鳴り響いている。
それは『Undertale』。そして『Deltarune』。
きっかけは、サムがリサーチ中に偶然耳にしたEDMアレンジのBGMだった。
「……信じられない。この音圧、このメロディの執念……」
サムの指先は、キーボードの上で神がかった速度で動いている。彼が今聴いているのは、ボスキャラクターの一人であるアズゴアのテーマ曲、『ASGORE』のハイテンポなアレンジだ。


「おい、サミー! メシだぞ! いつまでそのカクカクしたガキのゲームをやってやがる」
キッチンから現れたディーンが、呆れたように声をかけた。しかし、サムの背後に立つカスティエルの顔色を見た瞬間、ディーンの手から皿が滑り落ちそうになった。
「……カスティエル? なんでそんな、地獄の最下層を見たような面してんだ」
「ディーン、これはまずい。非常にまずい事態だ」
カスティエルは戦慄していた。彼の目には、モニターから溢れ出す音の粒子が、単なる信号ではなく、作り手の凄まじい「情念」の塊として映っていたのだ。
「どうせオタクの音楽だろ! 俺のツェッペリンを爆音で聴かせれば、一発でいつもの理屈っぽいサミーに戻れるさ」
「そんな場合じゃない! 聴け、この音を!」
カスティエルが震える指でスピーカーを指差す。
『Undertale』の楽曲群は、製作者であるトビー・フォックスが、ほぼ独力で作り上げた執念の結晶だ。徹夜を重ね、デスパレートな状況下でゾンビのように絞り出された音源には、もはや一種の「呪い」に近い魔力が宿っている。


「いいか、ディーン。これはただの8ビット音源ではない。感情の圧縮袋だ」
カスティエルが早口でまくしたてる。
元がシンプルな電子音だからこそ、現代のEDMやハードコアなアレンジと異常なまでに相性がいい。ファンが二次創作として作り出すアレンジ曲は日々数万という単位で増殖し、一度その沼に足を踏み入れた者は、情報の奔流に飲まれて戻ってこれなくなる。
「地がEDM好きのサムにとって、これは毒だ。いや、劇薬だ! 彼は今、この電子の迷宮の最深部で、アズゴア王の悲しみと共鳴している!」
モニターの中では、モフモフしたヤギのような王が、悲壮な決意と共に槍を振るっている。サムはその背中を見つめながら、ボソボソと独り言を漏らした。
「……そうだ、守るために戦うんだ。たとえそれが、どんなに辛い選択だったとしても……」
「完全にイッてやがる……」
ディーンは、愛用のツェッペリンのレコードを抱えたまま立ち尽くした。
ゲームオタク、あるいはクリエイターという人種を怒らせてはいけない。彼らの執念が形になった「音」は、天使の加護すら突き抜けて、人間の脳を直接ハックしてしまうのだ。
「……あいつ、明日の狩りにもあのヤギの面被って来そうだな」
「その時は、私が全力で阻止する。……だが、今はそっとしておこう。今の彼を邪魔すれば、私たちが『バッドタイム(最悪の時)』を味わうことになる」
電子音の暴力的なまでの高揚感に包まれるサムを、二人はただ、遠巻きに見守るしかなかった。
バンカーの図書室は、もはや時間の概念が消失した異界と化していた。
サム・ウィンチェスターが最後にここを離れたのはいつだったか。網膜に焼き付いたドットの残像、片手に握りしめたまま冷え切ったコーヒー。リサーチの体裁を保ちながらも、彼の精神はノートPCの液晶画面の向こう側、白と黒の断絶された世界に囚われていた。

耳をつんざくのは、重低音が唸りを上げる『Megalovania』。
それは単なる格好いいメロディではない。実際に自らの手を汚し、涙を堪えて徹夜で「Gルート」を完遂した者にしか辿り着けない、呪いのようなカタルシスが込められていた。製作者トビー・フォックスの執念が、一音一音に棘のように突き刺さっている。


「サム! もういい、いい加減にするんだ!」
カスティエルの叫びが、爆音の旋律を切り裂いた。
彼の瞳には、サムの魂(ソウル)が異様な赤味を帯び、今にも燃え尽きようとしているのが見えていた。
「お前のDetermination(ケツイ)はわかった! だが、そのケツイを向ける先が間違っている! それは希望ではなく、破滅への執着だ!」
「……キャスも、プレイ済勢なんだろ?」
サムがゆっくりと顔を上げた。その目は血走り、唇は微かに震えている。
「なんで……この沼がわからないかな。これは、ただの楽しいゲームじゃないんだ。もっとねばついた、澱のような……自分が犯した罪そのものを愛するような、そういう……」
「サム! それが危ないと言っているんだ!」
カスティエルがサムの肩を掴もうとしたその時、図書室の空気が凍りついた。


「おい、何が起きてやがる! 部屋が青白くなってんぞ!」
異変を察知して飛び込んできたディーンが、弟を守るように前に出る。だが、彼らが目にしたのは、実体を持たないはずの「ビジョン」だった。
ノートPCの画面から滲み出るように、青いパーカーを羽織った小柄な骸骨(スケルトン)の幻影が立ち上がる。その左目は不気味な青い炎を灯し、口元には永久に消えない冷笑を湛えていた。
まるで地獄の審判を下す王のように、スケルトンが緩慢な動作で指を鳴らす。
――カチャリ。
次の瞬間、虚空から無数の槍のような骨の弾丸が出現し、猛烈な勢いでディーンとカスティエルに襲いかかった!
「伏せろ!」
ディーンがカスティエルの襟首を掴んで床に転がり込む。頭上を鋭い風が通り抜け、本棚の古書がズタズタに引き裂かれた。
「なんなんだよ、あのチビの骨公は!」
這いつくばったまま、ディーンが罵声を上げる。カスティエルは、冷や汗を流しながらその名を口にした。
「……サンズだ。最悪の時(バッドタイム)を司る、審判者だ」
サムの「ケツイ」が呼び寄せたのは、救いではなく、終わることのない報いの旋律だった。
バンカーの図書室は、もはや現実の物理法則が通用しない断絶された空間と化していた。飛び交う鋭利な骨の弾丸と、不気味に浮遊する巨大な獣の頭蓋骨のような砲台。ディーンは本棚の影に身を隠し、弾ける木片を浴びながら叫んだ。
「キャス! 説明しろ! あの骨のチビは何なんだ!」
「ディーン、よく聞け! 『Undertale』にはサンズとパピルスというスケルトンの兄弟が登場する! 君たちとは比べようもないが、物語の根幹を成す重要なキャラクターだ。あの兄貴の方がサンズだ!」
カスティエルは飛来する青い骨を間一髪で避け、床に転がりながら言葉を続ける。
「サンズは、弟のパピルスや仲間のモンスター全員を殺害した主人公……この場合はサムだな、電子の枠を超えてサムに憑依した執念の具現化だ! それこそがGルート――『Genocide Route』の真の意味だったんだ!」
「なんでサミーが皆を殺すんだよ! あいつは虫も殺さない平和主義者だろ!」
「それはわからん! だが、世界のすべてに絶望し、結末を暴こうとした者が最後に辿り着く『虚無』のルートと言われている!」


話している間にも、幻影のサンズは再び、ひどく退屈そうに指を鳴らした。
その眼窩に宿る蒼い炎が鋭く輝くと、不可視の圧力がディーンとカスティエルを襲う。
「ぐわっ……!?」
二人の体は、まるで見えない巨人に掴まれたかのように壁や天井へと叩きつけられた。サンズの特技、魂の色を変えて操る『重力操作』だ。
「……悪魔の念力か!? 聖水はどうだ! コルトは効くのか!」
口の端から血を流しながらも、ディーンは床を這い、愛銃に手を伸ばす。しかし、カスティエルは悲痛な声を上げた。
「無駄だ! 物理攻撃など通用するものか。奴は実体を持たない、データの深淵に潜む概念そのものなんだぞ!」
「じゃあどうやって倒すんだよ!!」
退路を塞ぐように、凍てついた青い骨が床から次々と突き出す。静止していれば当たらないはずの「青い攻撃」だが、叩きつけられる衝撃の中では回避は困難を極めた。


「まずいな……このままでは『ガスターブラスター』が来る。あれを撃たれたら、私たちの存在そのものが無に帰すぞ!」
「なんだよそれは! さっきから物騒な名前ばっかり出しやがって!」
「奴の必殺技だ! 空間ごと、あるいは概念ごとすべてを焼き払う、回避不能の超高出力ビームだ!」
「ちっくしょおお!!」
防戦一方、挙句の果てに「データ」に消されるなど、ディーンの主義が許すはずもなかった。
彼は執念で重力の枷を撥ね退け、回転しながら放たれるブラスターの予兆――白く光る空間の裂け目――を紙一重で潜り抜ける。飛び交う骨の嵐を縫うようにして、彼はついに、ノートPCの前で虚ろな笑みを浮かべているサムの元へ辿り着いた。
「にゃはは……また、ダメだったよ……」
サムの口から漏れる、彼のものではない不気味な笑い声。
ディーンはその胸ぐらを掴み上げると、一切の躊躇なく、右拳を全力で振り抜いた。
「――いい加減に目を覚ましやがれ、このオタク野郎!!」
鈍い衝撃音が、狂った旋律を切り裂いた。
バンカーの図書室に、肉体を焦がすような電子音の咆哮が吹き荒れる。
ディーンが拳を固め、サムの頬を目掛けて振り抜こうとしたその瞬間――。
「だめだ! やめろディーン!!」
カスティエルの、喉を裂かんばかりの絶叫がほとばしった。その尋常ならざる音圧に、ディーンは反射的に手を止める。
周囲の空気が一変し、スピーカーからは悲壮な決意を孕んだ旋律――『Heartache』が響き始めた。それは、愛する者を止めるために剣を振るう、痛切な拒絶のメロディだ。
「今のサムにその手の攻撃はするな! 私の推測が確かなら、お前は 『カルマ(Karma)』 に焼かれる!」
「なんだよそれ!」
「簡単に言えば、攻撃が通用しないだけでなく、その衝撃が毒のようにディーンに反射されるのだ。触れれば触れるほど、緩慢な死に至るまでな」
見れば、サムの背後に浮かぶサンズの幻影から滲み出る青い炎が、不気味な白やピンクへと変色していた。それは触れる者の生命力をじわじわと削り取る、データの毒汁のようにテラテラと光っている。


「どうやって倒すんだよ!!」
焦燥に駆られたディーンが叫ぶ。今やゲームの理(ことわり)を知るカスティエルだけが、この異常事態の唯一の頼みの綱だった。
「これが『Undertale』のバトルであれば……」
カスティエルは苦渋に満ちた表情で瞑目した。
「攻略方法はたった一つだ。避けろ。……避け続けるんだ」
「防戦なんて嫌だって言ってんだろ! 殴って目を覚まさせるのが俺たちのやり方だ!」
「ディーン、よく聞け。サムが囚われているんだ。彼は今、人質なのだぞ」
「……っ」
「サムはGルートに至った。それは、彼が戦いを『避けなかった』ということだ。現れた怪物を、立ちはだかる人間を、殺して、殺して……絶望の果てに、返り血と自らの血の中で息も絶え絶えになっているんだ」
避けなかった。
戦い続けた。
それは、ディーンがまだ無垢だった頃のサムに教え込み、守らせ続けてきた「ハンターとしての矜持」そのものではなかったか。サムはゲームという仮想現実の中でも、皮肉にも兄の教えを忠実に守り抜いてしまったのだ。


「殺戮の連鎖に抗うには、誰も殺さず、誰も傷つけない Pルート(True Pacifist Route) しかないんだ」
「……俺に、そんな平和主義者の資格があるのかよ」
自らの手を血で汚し続けてきたディーンが自嘲気味に吐き捨てる。だが、カスティエルは青い炎に照らされながら強く言い放った。
「あるかないかではない! サンズは弟のパピルスに呆れながらも、心の底から彼を溺愛している。……君も、そうなんだろう?」
その言葉を合図にするように、飽きたような仕草でサンズがぐらりと動き出した。
骨の手が宙を舞うと、ディーンとカスティエルの身体が目に見えないワイヤーに吊られたように激しく翻弄される。重力操作だ。
全身を床に、壁に、したたかに打ち付けられ、二人の口から鮮血が飛び散る。
「……ぐはっ! 避けるって……こんなの、避けられるかよ!」
「この技の場合は避けるんじゃない。耐えるんだ、ディーン」
カスティエルは血を拭い、サムの虚ろな瞳の奥にある地獄を見据えた。
「これは、サムの 『心の痛み』 そのものなのだから」

降り注ぐ骨の雨は、彼らが背負ってきた罪の数と同じだった。

図書室の重苦しい空気を切り裂くように、突如として勇壮なブラスバンドの旋律が響き渡った。
『Bird That Carries You Over A Disproportionately Small Gap』。
そのあまりに大袈裟で前向きなメロディに、ディーンは一瞬「いけるか?」と希望を抱いたが、曲は驚くほど短く、唐突に途絶えた。代わりに戻ってきたのは、無数の骨が軋み、空間が歪む不吉な唸り声だ。
「来るぞ! だが、その選曲は私でも予想していなかった……」
カスティエルの叫びと同時に、銃弾のような速度で鋭利な骨の束が飛来する。一本一本にどろりとした怨念がまとわりつき、かすっただけで内臓を直接焼かれるような激痛が走る。ディーンは頬に鋭い裂傷を負い、たまらずのけぞった。
「ぐっ……このままじゃ、マジで死ぬぞ!」
「時間さえあれば私の治癒能力が使えるが、この弾幕の中では集中できない。……これがサンズ戦の再現であれば、地獄はこれからだ!」


周囲の空間に、巨大な獣の頭蓋骨を思わせる砲台が電磁波のように幾つも浮かび上がる。それらが一斉に口を開くと、極太の破壊ビーム――ガスターブラスターが放たれた。
光が網膜を焼き、熱波が皮膚を焦がす。だが不思議なことに、背後の壁や古書は一切の無傷だった。
「現実世界には干渉しねえのかよ……なんで俺らだけが焼かれてんだ!」
ディーンは焼け焦げたネルシャツを脱ぎ捨て、剥き出しの肩で息をついた。カスティエルもトレンチコートをボロボロにしながら、冷静に事態を分析する。
「電子的な怨念の限界、というところだな。サムの『家族』である私たちにしか認識できず、私たちにしか牙を剥かない。……逃げ場はないぞ、ディーン」
言うが早いか、足元から石筍のような長い骨が突き出し、天井からは雨のように尖った骨が降り注ぐ。ディーンとカスティエルは、腕を、脚を、首筋を切り刻まれながらも、死に物狂いで避け続けた。軌道を読み、死のパターンを脳に刻み込む。
「サンズの攻撃は、冷静に見れば単調だ。だが、とてつもなく速い!」
前後から迫る骨の壁を紙一重でかわし、カスティエルが鋭く息を吐いた。「いけるぞ、ディーン! パターンは見えた!」


その時、不意にサンズの幻影が動きを止めた。
代わりに、チェアに深く沈んでいたサムが、ガバッと上身を起こした。その目は虚ろだが、必死にこちらを見ようとしている。
「ディーン……もういい。もういいよ。僕がなんとかするから、逃げてくれ」
それは、兄を本気で心配しているサムの声音だった。だが、どこか遠くから響いているような違和感が拭えない。
「電子の怨念なんかに、勝てるわけがないんだ。これは僕が始めたことだ、僕しか終わらせられない。……ごめん、こんなものに囚われて……」
ディーンは震える足で立ち上がろうとしたが、左の脛から先の感覚が消失していた。『カルマ』による浸食か、感覚が腐り落ちている。
「サム……」
弟の悲痛な訴えに、ディーンの心がわずかに揺らいだ。ここでサムに任せ、自分たちは引くべきなのか――。
「だめだ!! 退くなディーン!!」
カスティエルの悲鳴に近い制止が飛ぶ。
「何がだよ、キャス!」
「これは『12ターン目の沈黙』だ! サンズ戦の中間地点、偽りの和解(スペア)だ! 今、その言葉を受け入れて懐に飛び込めば、ディーン、お前が即死するぞ!」
その瞬間、サムの口から漏れる声が、サンズの低く掠れた笑い声と重なった。
「……逃がしてあげるって、思ってたのに……」

差し伸べられた手は、救済ではなく、確実な「死」を握りしめていた。

バンカーの図書室を満たしていた絶望的な重低音が、突如として反転した。
流れ出したのは『Hopes and Dreams』。激戦の最中には不釣り合いなほど爽やかで、それでいて魂を鼓舞し、無理矢理にでも前を向かせるような疾走感に満ちた名曲だ。これがサムの残された意識による加護なのか、あるいはさらなる地獄への序曲なのか、ディーンには判別がつかなかった。
しかし、幻影のサンズのニヤニヤ笑いはひときわ濃くなり、周囲の空気はスチームパンクのような陰鬱な重苦しさを帯び始める。立っていることすらままならない重圧が二人を襲った。
「やっべえ……空気が変わりやがった!」
「ディーン、見ろ。審判の時だ! ここからが本当の本番だ。ここを乗り切れば、サムを救い出せる!」
カスティエルの叫びと同時に、虚空から黄色やピンクに明滅する雷光が無数に出現した。サンズの骨の攻撃に比べれば弾道は直線的で避けやすいが、要求される動体視力と反応速度はこれまでの比ではない。


「なぜだ! なぜこの技が……!」
カスティエルが驚愕に目を見開く。稲妻の雨を紙一重で回避しながら、ディーンが怒鳴り返した。
「おいキャス! 何が起きてんだ!」
「なぜアズリエルの『ショッカーブレイカー』をサンズが使っている……まさか、データの混合か!?」
「結論だけ言え!」
「いいか、この技はサンズのものではない! ラスボスの一人、アズリエル・ドリーマーの権能だ。サンズがこれを使うこと自体、ゲームの枠組みが壊れたバグのような異常事態だぞ。Pルート、そういうことなのか……!」
「理屈はいい、とにかく避ければいいんだろ!」
「甘く見るな! この後に『カオスブラスター』が来たら、私たちなど一瞬で粉々になるぞ!」
カスティエルの予言は、最悪の形で的中した。図書室の四方八方に、これまでとは毛色の違う幾何学的な文様の砲台が出現し、轟音と共に極太のビームが降り注ぐ。


空気を震わせ、摩擦熱だけで周囲を焦げ付かせるような光の奔流。
それは逃げ場を奪うように、網目状に展開されていく。
「最後まで気を抜くな! 収束する最後の一撃こそが最も避けにくい!」
カスティエルの警告が響くが、アズリエル戦の「定石」を知る者ほど陥りやすいトラップがそこにはあった。変則的なタイミングで放たれたカオスブラスターの直撃を受け、カスティエルの身体が激しく吹き飛ぶ。
「――がはっ……!!」
衝撃で意識を失い、崩れ落ちるカスティエル。図書室の床に横たわる相棒の姿を見て、ディーンは絶叫した。
「キャス! おい、しっかりしろ!!」
目の前には、依然として冷笑を浮かべるスケルトンの幻影と、意識を乗っ取られたままの弟。唯一の「攻略本」を失ったディーンは、迫りくる次の一撃を前に、手に持ったコルトを強く握りしめた。
「クソったれが! 俺一人じゃどう倒せばいいのか分かんねえよ!(ゲームのルールなんて知らねえんだよ!)」
絶望の淵で鳴り響く希望の旋律は、皮肉にも最後の一人を追い詰めていく。

歪んだ視界の奥で、旋律が変貌を遂げる。
流れ出したのは『Save The World』。先ほどまでの爽快な疾走感に似ているが、その響きはより重く、より切実だ。脳の芯と魂の澱を直接揺さぶるようなビートが、度重なる電子ビジョンの閃光でちかちかするディーンの眼球を突き刺した。
ぼーっとしている暇など一秒もない。意識を失う直前、カスティエルは確かに言った。「避け続けろ」と。「サムを助けろ」と。
ゲームのルールも、攻略法も、この異常事態の正体も何もわからない。ならば、相棒の言葉に従うしかないじゃないか。
「……クソがっ!」
忘れた頃にやってくるサンズの技――白く尖った骨の乱舞を、足元三寸の跳躍でかわす。もはや体力も呼吸も残っていない。肺は焼けた鉛を詰め込まれたように熱く、全身の擦過傷は空気に触れるだけで悲鳴を上げたくなるほど痛んだ。


『逃げろ、ディーン』
不意に、サムの声が直接脳裏に響いた。それは幻覚か、それとも弟の最後の理性が絞り出した警告か。
直後、周囲の背景が激しく歪み始める。石造りのバンカーにいたはずのディーンは、いつの間にか電子ノイズの海が広がる幾何学的な空間へと放り出されていた。サムはチェアに、カスティエルは床に。二人の姿は見えているが、どちらも意識を失ったまま、ノイズの波間に漂っている。
そこへ、彼方からダイヤ状の鋭い飛翔物が飛来した。ディーンの喉元を切り裂こうとするそれを、余力を振り絞って回避する。だが、傷口から伝わるのはもはや痛みなのか、単なる情報の過負荷なのかさえ判別がつかない。
飛翔物は一つではなかった。二つ、三つと増殖し、意思を持つ虫のようにディーンを追い詰めていく。
「……逃げ、るな、ディーン……」
掠れた、けれど断固としたカスティエルの声が届いた。
それは、先ほどサムが告げた「逃げろ」という言葉と、真っ向から矛盾する指示だった。
「これは、食らっても……大丈……夫……だ……」


サムは「逃げろ」と言い、カスティエルは「食らえ」と言う。
一方は弟としての情愛による拒絶、一方はゲームの真理(システム)を見抜いた天使としての助言。
どちらを選べばいい。
血だらけの顔で、ディーンは奥歯が砕けんばかりに歯ぎしりした。
目前には、さらに速度を増したダイヤ状の弾幕が、虹色の尾を引いて迫っている。
救済への道は、常に最も残酷な選択肢の裏側に隠されている。
ディーンは、震える脚でノイズの床を踏みしめた。選ぶべき答えは、最初から決まっていた。

ノイズの海に、優しく、けれど確かな芯を持った旋律が流れ出した。
『Don't Give Up』。
最初は弱々しく、消え入りそうなほど微かだったが、繰り返されるたびに少しずつ、聴く者に強さを分け与えてくれるようなメロディだ。
電子の澱を踏みしめたディーンは、奥歯を噛み締め、迫りくる虹色の光線とダイヤの弾幕を正視した。そして、一歩も避けずに、そのすべてを肉体で受け止めた。
「逃げろだって……? サム、お前の口からその言葉が出て、結果としてお前がろくなことになってた試しがないのは、いままでに百も万も経験済みなんだよ!」
轟音と共に、鋭利なダイヤが瀕死の肉体に深く突き刺さり、光線が皮膚を焼き裂く。凄まじい衝撃にたまらずのけぞり、ディーンは膝を折った。それでも、彼は虚空を睨みつけ、血を吐きながらも再び立とうともがく。


「ディーン……」
床に倒れていたカスティエルが、微かに目を覚まし、何かを言いたそうに口を開いた。
「……『ふっかつ』……させろ……」
「何を言ってる! 誰をだ!」
ディーンが怒鳴り返すより早く、彼は気づいていた。カスティエルの視線の先、チェアで動かなくなっている弟の姿に。
「サム……!」
ディーンの瀕死の叫びは細く、ノイズの波に掻き消されていく。虚空に手を伸ばしても、そこには冷たい電子の奔流があるだけで、何も起こらない。
絶望の淵に沈みかけたその時、自らの治癒能力でわずかに呼吸を取り戻したカスティエルが、渾身の力を込めて叫んだ。
「あきらめるな!!!」
その声に、頭を殴られたような衝撃が走る。カスティエルは這うようにしてディーンの元へ近づき、残った恩寵を振り絞って治癒の手を差し伸べた。傷口は塞がったが、失われた体力までは戻らない。ディーンは辛うじて身体を支え、荒い息を吐いた。
「サムが、最後の最後に頼るのは……ディーン、君だ! 彼は今も、ずっと助けを呼んでいるじゃないか」
「……助けを呼んでる? この、俺を殺そうとしてる破壊光線みたいなのが、サムの意思だって言うのか……?」
「そうだ。アズリエル……いや、今のサムはずっと、一人ぼっちだったんだ。怖くて、泣いている。だから、すべてを拒絶しているんだ」


カスティエルの言葉を聞いた瞬間、ディーンの脳裏に、遠い日の記憶が蘇った。
若き日の父ジョンと自分が狩りから帰ると、いつも寂しげな顔で、けれど笑って抱きしめてきた幼いサム。
あの笑顔の裏に、兄には想像もできないほどの孤独と恐怖を抱えているのは、なんとなく気づいてはいた。しかし、それがこれほどの、世界を拒絶するほどの深い闇だったとは。
「……あいつ、いっつもそうだな。強がりやがって」
ディーンは、血と涙で汚れた顔を拭い、再びノイズの床を踏みしめた。
流れ続ける『Don't Give Up』のメロディが、彼の背中を押している。
拒絶の光の中に、助けを求める泣き声が聞こえた。
「待ってろ、サミー。今、兄貴が助けてやる」

カスティエルの治癒を無に帰すように、虚空から無数のダイヤの光線が降り注ぐ。幾度となくその閃光に身体を貫かれ、網膜が焼き切れるような衝撃に襲われながらも、不思議とディーンは致命傷には至らなかった。
カスティエルの言った通りだ。この破壊の嵐――『ハイパーミッシング』は、システム的に言えば標的のHPを「1」で踏みとどまらせる、残酷な慈悲の技だった。死なせないまま、永遠の苦痛の中に閉じ込めるための。
「サム、サミー! 戻ってこい!!」

叫びと共に、周囲を重厚で不規則なビートが取り囲んでいく。
『Power of -NEO-』。
旋律として完成されながらも、本編ではついに陽の目を見ることのなかった「未使用曲」。バグとデータの狭間に打ち捨てられたその調べは、理性を失い、狂った電子の海と化したこの空間に、皮肉なほど相応しかった。


「こうなったら、力ずくで……!」
ディーンは立ち上がることすら叶わず、血に濡れた床を這い、サムが眠るチェアへと進み出す。その動きに呼応するように、サンズの幻影の眼窩が鋭く発光した。
再び、あの『骨の乱舞』が幕を開ける。
もはや避ける余力など、細胞のどこにも残っていない。
ボキリ、と鈍い音がして腕の骨が砕ける。続いて脚、肋骨。一つ、また一つと自らの身体が損壊していく音を聴きながらも、ディーンは止まらなかった。
ボロボロの指先を床に食い込ませ、執念だけでサムの元へ這いずっていく。
その願いはいつしか祈祷となり、絶望的なノイズの空からは、ほとんど神々しいまでに美しいデジタルネオンの光が舞い落ちていた。
「……、サ、……ム。」
行く手を阻むサンズの横をすり抜け、棍棒のような巨大な骨を顔面に受けながらも、ディーンは進み続ける。
床には真っ赤な血の川のような痕跡が引き摺られ、その果てしない苦悶の先に、彼はようやく辿り着いた。


幽けき、震える腕を伸ばす。
ひょろ長いサムの足首を掴み、それを唯一の「よすが」として、ディーンは折れた膝を震わせて立ち上がった。
眼前には、虚ろな瞳のまま、孤独な王座に縛り付けられた弟がいる。
血まみれの顔、潰れた片目。それでもディーンは、サムの鼻先が触れ合うほどの至近距離で、魂のすべてを込めてたった一言だけを吐き捨てた。
「馬鹿野郎……」
それは、地獄の底まで弟を追いかけ、何度でも連れ戻す兄の物語。
ディーンのその言葉が鼓膜に届いた瞬間、激しいノイズと共に、世界が白く反転した。

バンカーの図書室を埋め尽くしていた狂おしい電子の旋律が、不協和音を立てて弾け飛んだ。
ひび割れた画面から漏れ出していた蒼い炎も、幾何学的な絶望を振りまいたブラスターの残光も、ディーンの「馬鹿野郎」という一言の前に、嘘のように霧散していく。
「……あ、兄貴……?」
サムの瞳に、ようやく光が戻った。
憑き物が落ちたような、けれどひどく疲弊したその顔を見て、ディーンは足の力が抜け、弟の膝に縋り付くようにして床へ崩れ落ちた。
「……おせーよ、サミー。……マジで、三途の川が見えたぜ」
「……ごめん。……本当に、ごめん」
サムは震える手でディーンの肩を抱きしめた。
指先から伝わる血の温もり、ボロボロになったネルシャツの感触。それが何よりも、ここが「リセット」のきかない現実であることを彼に教えていた。


「……終わったようだな」

傍らで、カスティエルが重い体を起こした。
トレンチコートはズタズタになり、かつての恩寵の輝きは微かだが、その表情はどこまでも穏やかだった。
彼は、もはやノイズを発しなくなったノートPCの画面を、慈しむように見つめている。
「彼らは……サンズも、アズリエルも、皆、自分たちの世界へ帰っていった。……いや、最初から、彼らはサムの中にあった『守りたい』という痛切なケツイに呼ばれて、ここにいただけなのかもしれん」
「ケツイ、か」
サムは苦笑し、静かにノートPCの電源を落とした。
画面が暗転し、そこには傷だらけだが、確かに生きている三人の男たちの顔が映り込んでいる。
「……もう、Gルートはこりごりだよ。……これからは、地道にPルート(平和主義)で行こうと思う」
「当たり前だ。……だがなサミー、次からはゲームの中だけにしとけよ。俺の心臓は、ドット絵ほど丈夫にできてねえんだからな」
ディーンは鼻を鳴らし、カスティエルの肩を借りて立ち上がった。


外では、夜明けの光がバンカーの重い扉の隙間から差し込み始めていた。
地獄のような一夜を越えて、彼らはまた、いつもの騒がしく、けれどかけがえのない日常へと戻っていく。
カスティエルは、ふと思い出したように、先ほどまで流れていた旋律を口ずさんだ。
それは誰かを救い、誰かに救われるための、不器用な魂たちの賛歌。
「……ディーン、サム。コーヒーを淹れよう。……温かいうちに飲むのが、人間の礼儀だと学んだからな」
「ああ。……今度はココアじゃなくて、普通のコーヒーで頼むぜ、キャス」
三人の足音が、図書室の廊下に響く。
もうそこには、孤独な王も、審判を下すスケルトンもいない。
ただ、互いを想い、時にぶつかり、それでも手を離さない「家族」という名の物語が、静かに続いていくだけだった。
どんなに深いデータの闇も、兄弟の絆という名の「ケツイ」には敵わない。