楽しいからもりもり作って追加していく。そろそろ元ネタのイラスト制作者に怒られそうなので細かいところはぼかしています。
インスタのファンサ撮影つづき
ディーンに甘えるサムの写真
「次! 『ディーンに甘えるサミュエル』……」
バンカーの地下室に、ディーンがメガホンを叩きつける音が響く。しかし、その手は途中で止まった。プロットを二度見し、信じられないというように顔を引きつらせる。
「……おいサミー、これ……」
「何? 今度は何をやらせる気……」
サムが不安げに覗き込もうとしたタブレットを、ディーンは素早く取り上げた。あとを引き継いだのは、横から覗き見していたカスティエルだ。
「サミュエル……ああ、サムのことか。ファンはずいぶんと丁寧だな。だが、内容を見てみろディーン。今までの無茶振りに比べれば、一番平和でシンプルじゃないか?」
「……キャス、お前は黙ってろ。サム、お前、これ……やれ」
ディーンは苦虫を噛み潰したような顔で、タブレットをサムに押し付けた。
「甘える? ……さっき兄貴がマロンケーキを欲しがってたみたいに、僕が兄貴に『一口ちょうだい』ってやればいいの?」
「違う! ここに、ものすごく細かく、執拗な指示がある。とりあえず掻い摘むと……『ベッドに横たわって、「お願いディーン」って、そっと上目遣いで、涙をためてディーンに縋り付いて甘える』……だとさ」
「だーかーら! なんで僕がそんな、……絶対に嫌だ!! 恥ずか死ぬ!!」
サムは顔を真っ赤にして絶叫した。三十を過ぎた大男が、兄に対してやる所業ではない。
「おい、これはどちらかというと、甘えられる側の俺が被害者だろ! 想像しただけでサブイボが出るわ!」
「二人とも、往上が悪いぞ。私たちはキスもしたし、全裸も半裸もコンプリートしただろう。今さら、弟が兄に少し甘えるくらいの演技、どうということはないじゃないか」
カスティエルが、至極真っ当な正論(彼基準)を述べる。
「キャス……それは、お前ルールだ」
数十分の押し問答と、ディーンによる「これは仕事だ、ハンターの偽装工作の一環だと思え」という自己暗示の末、撮影が始まった。
そうして撮れたのは、湿った地下室のベッドの上で、顔を真っ赤にしたサムが、震える手をパイプ椅子に座ったディーンへと伸ばし、掠れた声で「おねが、ぁい……ディーン……ここにいて…」と、精一杯伸ばした指先で兄のジャケットの裾を掴む……という、ファン待望の一枚だ。屈辱と羞恥でサムは顔面真っ赤だ。
「サム! そこで表情をキープだ! 情緒が足りん、もっと致命的な感じを出せ!」
容赦なくカスティエルのメガホンツッコミが入り、サムは演技用の涙を溜めたまま、監督(天使)を恨みがましく睨みつけた。
「……っ」
再度、ディーンを見上げる。あちこちを振り向きすぎたせいで、慣性に従い、ディーンの方を向いた瞬間に、つうっと一筋、サムの目元から涙(という名の演出用の水滴)が落ちていった。
サムは、サミュエルは、幼い頃からこのように分かりやすくディーンに甘えることは少なかった。本当に幼い頃、親父が不在の夜などは「ディーン、ディーン」と兄の背中について回ってきたこともあるが、ミドルスクールに上がる頃にはもう、ディーンの過保護に反発するくらい生意気になっていた。ましてや、こうして大人のハンター相棒になってからは、ただの一度もない。
その「サミュエル」が、今、目の前で涙を流して自分に縋っている。
「ディーン……さびしい、よ……」
「……っわかってる!! 俺は、お前を死んでも離さねぇぞサミー!!」
「うわ! やめろ兄貴! 気持ち悪い!」
いろいろと決壊したディーンが、台本にない高速抱きつきを敢行し、サムをベッドに押しつぶした時点で、カスティエル監督の「カット!」が飛び出したのは言うまでもない。ようやく「あにおとうとの尊いシーン」が撮れたのは、それから40分も後のことだった。
「……最悪だ。なんで僕が、あんなもん……」
「縋り付かれた俺のほうが精神的ダメージはデカいっての」
撮影後、ぶつぶつと言い合う兄弟の諍いは、果てしなく続いた。
クラウリーが愛されたい写真
「よし、どんどん行くぞ! 次! 『クラウリーがいまだかつてなく真剣に、血走った涙目で「俺も愛されてみたいんだよ!!」と叫ぶシーン』。……おい、これは物理的に無理があるだろ! クラウリーなんかいないし、いたとしても絶対に呼ぶか!」
ディーンがタブレットを叩きつけた。
「あーね……。クラウリー、意外とファン人気あるからなあ。でも、例えアイツが居たとしても、そんな殊勝なこと言うかな?」
サムが顎を擦りながら首を傾げた、その時だった。
「やあ諸君、世界の終わりはまだかな? 待ちくたびれて、地獄のブランデーが尽きてしまったぞ」
「うわ! ストーリーをブッチして、いきなり出てくんじゃねぇ! 貴様、立ち聞きしてたのか!?」
「いつも失敬だな、リスザル。地獄の王たる俺様の耳には、大天使並みに全米のゴシップが届くのだよ。……とにかく、撮るんだろ? 俺様の、最高に素敵な例のシーンを」
もちろん、出演料の金と最高級ブランデーをよこせ、という手付きで、クラウリーが図書室のソファにふんぞり返った。
「……素敵かなあ、これ。僕もセットみたいだから、お邪魔するよ」
サムが溜息をつきながらクラウリーの隣に立つ。
「サムとクラウリーか。私とディーンがセットにされるのに似ているのか? たしかにクラウリーはよく、サムを『ムース』と呼んでいるからな」
「キャス、お前は余計な分析をするな! あと俺に振るな!」
そうして撮れたのは、シーズン12のラストを再現した一枚だ。最終戦争のアポカリプス・ワールドで、サムがクラウリーと共に、ルシファーを封印するための魔術を行っている瞬間のもの。
ちなみに、パラレルワールドの荒野を再現するのは難しいし、わざわざ外の森にロケに行くのも面倒だという理由で、地下室の床一面に白ペンキを塗っただけの即席舞台が利用された。朽ちかけた木の役は、もちろんカスティエルとディーンが、棒立ちで演じている。
「俺だって、愛されたいんだよ……!」
最後の瞬間に、カッと目を見開いて叫ぶクラウリー。普段の、どこか他人を小馬鹿にしたような素振りが消え、必死に本音を吐露する彼の姿は、確かに作中でも屈指の貴重なシーンと言えた。
カメラを回すディーンの手が、微かに止まる。
サムは思わず、演技を超えて腕を伸ばし、自分より背の低いクラウリーの肩を支えようとしてしまった。確かに敵だったし憎んでいたけれど、あんなふうにクラウリーを失ったのはこうして時間が経つにつれて寂しさしか沸いてこなくなる。
「……わかった、愛してるから……お前も僕たちの家族だ」
「カット! サム、そこは戸惑いながらも黙って魔術を続けるシーンだ、余計なアドリブを入れるな! クラウリーももっと、地獄の王としての威厳を保ちつつ、すべての敵を撥ね付ける感じで! 情けに縋るな!」
監督席のカスティエルから、鋭いダメ出しが飛ぶ。
「うるさい羽虫め! 俺様はわりと頑張って演技してるんだぞ! このムースの巨体が、余計な情緒を誘うのだ!」
演技に必死なクラウリーと、それに絆されかけるサム。これはこれで、ファンの想像を掻き立てる「いいのかも」な一枚が、無事にカメラに収められた。
子供サムキャス大人ディーンパパの写真
「次! これまた難題だな……。えー、『子供状態のサムとキャスを、大人ディーンが両腕に抱え上げている光景』」
ディーンはタブレットの画面を見て、あからさまに顔をしかめた。
「難題っていうか、物理的に不可能だろ! Impossibilityだ! 俺がいつから時間旅行(タイムトラベル)の能力を手に入れたんだよ。バックトゥザフューチャーじゃないんだぞ」
「まあまあ、そう熱くなるな、リスザル」
図書室のソファでふんぞり返っていたクラウリーが、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「俺様の偉大なる魔術なら、短時間くらい、ムースと羽虫をガキの姿に戻してやることは容易いぞ。感謝しろ」
「クラウリー、お前……どこからそんな高等な魔術を仕入れてきた」
サムが疑り深い視線を向ける。
「忘れたのか、俺様の母親はあのロウィーナだ。虚無から這い上がってきたついでに、バンカーにあった魔術書もだいたい読み漁ってきた。今や俺様は、ムース並みに物知りな魔法使いだよ。なんせ本物の悪魔だからな、魔力の素地が違う」
「相変わらず、抜け目はねぇってことか……」
ディーンは溜息をつくと、覚悟を決めたようにクラウリーを指差した。
「よし、もういい! どんな副作用があるかは知らんが、インスタの『いいね』のためだ、やってやれ!」
「兄貴!」
「ディーン! 考え直せ!」
サムとカスティエルの悲鳴じみた制止も虚しく、クラウリーが指を鳴らした瞬間、二人の姿は眩い光に包まれた。
光が収まった後、そこにいたのは、ダボついた――というか、サイズが違いすぎてほぼ着ていないに等しい有様のネルシャツとトレンチコートの裾をずるずると引きずった、サム・ジュニア(5歳)とカスティエル・ジュニア(5歳)だった。
そうして撮れたのは、リクエスト通り、子供サムを大人ディーンがしっかりと腕に抱き込み、サムが兄の首にしがみついている一枚。子供カスティエルは「私は一人で歩ける」と、ぶかぶかのトレンチコートを揺らしながら、ずいずいとカメラの前を横切っていく三つ子の魂百までらしいラークプレイぶりも完全再現だ。
「僕だって、ひとりで歩けるってば……。兄貴、苦しいよ」
「私は……抱っこして欲しい。ディーン、抱っこだ」
「おお、素晴らしい『パパ・ディーン』っぷりじゃないか! 確かにディーンには、父性なんて微塵も欠片もないからな。最高に皮肉が利いてるぜ」
今度のメガホン担当は、ちゃっかり監督席に座ったクラウリーだ。真逆のことを言って褒める皮肉は、たっぷりのホイップクリーム並みに甘ったるい。
「ところでディーン。私は器が子供化したわけだが、中身(恩寵)には影響がないようだな? 力の出力調整が難しい」
「そんなこと、俺が知るかよ……」
「僕も中身は変わってないし。結局、人間と天使なんて、子供になれば大差ないんじゃない?」
「それは、スーパーナチュラルの原作ストーリー設定根幹を揺らがす、非常に深刻な解釈になってくるぞ、サム」
深淵な話題を、ぶかぶかの服を着た五歳児二人が真面目な顔で議論し始めた。
「重い! 話が重いんだよ! クラウリー、お前はさっさと地獄に帰れ!」
大人のディーンが、子供二人を両腕に抱えたまま、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。そのあまりの剣幕に、クラウリーは一時退散を余儀なくされた。
ヴァンパイアディーンがカスティエルに噛みつく写真
「次!! 『ヴァンパイア(に憑依された)ディーンが、カスティエルに噛み付くシーン』」
「パス! 飛ばせ! 思い出すだけでPTSDになりそうだ、絶対に嫌だ!」
「それは痛いだろう。私もパスだ」
「ダメだよ兄貴、キャス。ファンサは地道にコツコツやらないと、すぐに忘れられるよ。キャス、翼は『白いほう』でいい。ただし、これでもかってくらい血まみれにするから覚悟して」
「さっきから白だの黒だの、お前たちの指示は自由すぎないか……? 恩寵を翼の形に出力するのは、かなり疲れるのだが」
カスティエルが青白い顔で愚痴をこぼすが、サムは容赦なく血糊のバケツを用意した。
数十分後、地下室には凄惨な「夜のスラム街」が具現化していた。背景ボードやライティングにも気合いが入っている。
そうして撮れたのは、凶悪なヴァンパイアモードのディーンに、苦痛の表情を浮かべながらも首筋を差し出し、全てを受け入れてしまうカスティエルという、またまたグレーゾーン極まりない一枚だった。
だが、疲れた表情のカスティエルの撮り直しが多すぎて、ついにガロン買いした血糊のストックが尽きた。
「血が足りねぇ!! うおおお! もっと持ってこい! リアルなやつを!」
ディーンがヴァンパイアになりきって叫ぶ。
「兄貴、いまその台詞は洒落にならないからやめてくれ!」
「撮影が終わったら、私が天界経由で人間界の献血センターから買ってこよう……」
「なに! お前ら、まだやんのかよ! もういいだろ、夜が明けるぞ!」
「だめだよ。ようやくリクエストの半分までたどり着いたんだから」
サムはタブレットの画面を見つめながら、暗黒の微笑を浮かべた。
「(でも、僕たちが撮影してる間に、新着リクエストがどんどん増え続けてるけどね)」
「……いま、なんて言ったサミー!!」
「いいから、休憩は許さないよ! 今週中に、このインスタを全米一のトレンドにするまでは終わらせない!」
「リアルな目標やめて」
となりのトトロ・チームフリーウィル
「次! ほう……これは面白いな。ついに、この湿った地下室からおさらばして、ロケに出ることになったぞ。サムとディーンの子供時代リクエストだ。『土砂降りのバス停で、赤い雨傘をさして子供サムを背中に背負ったディーン』」
カスティエルはタブレットの画面を見て、ニヤリと不敵に笑った。
「なんか……どこかで見たことがあるようなシチュエーションだな……」
「そうだよ兄貴! まさに日本の不朽の名作アニメ『となりのトトロ』で、雨傘を差すサツキとメイの名シーンじゃないか! スーパーナチュラルのファンって、日本人もすごく多いんだよね……」
サムが興奮気味に身を乗り出す。
「私は……外に出たくない。このトレンチコートが濡れる」
「リクエストが終わらなくなるから早く行こう。現場監督の命令だ!」
サムがメガホンをバンバンと叩き、二人の尻を叩いた。
数十分後。
サムが事前にクラウリーから教わっておいた「子供化と元に戻す魔術」を経て、十二歳のディーンと四歳のサムという、本来よりも少し年の離れた設定で子供化した二人は、バンカーから一番近いバス停に所在なげに突っ立っていた。
外はあいにくの晴天で、土砂降りどころか雲一つない。そのため、二人の真上にホースとシャワーをセットするという、極めて雑なセッティングで「人工の雨」が降らされている。
「……おい、サミー。傘は? リクエストには『赤い雨傘』ってあるだろ」
「無いよ。というか、兄貴……僕たちはそもそも『傘』という概念があるの? ドラマでは、ついぞ一度も傘を差したことがないだろ。毎回毎回、土砂降りの中でもずぶ濡れで格好つけて……」
「俺たちはインパラがあるからな……。雨に濡れるのもハンターの嗜みだろ。……でも、傘がなかったら、このリクエストは成立しないんじゃないか?」
「私に任せてくれ、こんなものがある」
満を持して茂みから飛び出したカスティエルが手に持っていたのは……傘ではなく、巨大なクワズイモの葉っぱだった。
「……まさか、お前がトトロ役か? 天使が?」
「完全にトトロになってしまうのは、色々と版権的にまずそうだからな。私はこのままだ。恩寵も回復させたい」
「何かって言えば恩寵恩寵って、ずるすぎるだろ…」
葉っぱを傘代わりにして、カスティエルという「お化け(トレンチコートおっさん天使)」を見て呆然と立ち尽くす子供ディーン。
子供の姿ということもあってあどけなさが強調されつつも、背中にいる弟を守るという強い意志を秘めた目は、紛れもなく完璧な「お兄ちゃん」そのものだ。背負われた四歳児のサムに至っては、どこから切り取っても可愛さしか存在しない。カスティエルを見てずり落ちそうになるのを、ディーンのジャケットの裾を必死に握りしめて支える姿が、なんとも健気で愛おしい。
「まあ、俺らの前に初めて現れた時のお前は、まさにお化けみたいなもんだったしな」
「ディーン、あの日のことは……聞かなかったことにする、さっさとシャッターを押してくれ! この葉っぱ、意外と重い!」
「僕らが撮れるわけないだろ!セルフタイマーにしてないの!?」
女子版チーム・フリーウィル
「次!」
サムがメガホンを奪い取り、次のリクエストを読み上げる。
「えー、『女子版チーム・フリーウィル』……」
「…………」
「…………」
「女子とは?」
事態を飲み込めていないカスティエル以外が、静まり返ったバンカーの地下室。
「お前さあ……もっと簡単なの、あっただろ! ただ座ってるだけとか、寝てるだけとか!」
ディーンが青筋を立ててサムに詰め寄る。
「あるけど、そういう大半のリクエストは、僕と兄貴のボーイズラブ路線になるよ? まだこれの方が、僕たちの精神衛生が無事で済むんだ。さっきの子供化のように、『性別転換化の魔術』もどっかにあるから待ってて」
「リアルだったらジェンダー問題になるぞ…」
サムは淡々とタブレットを操作する。
「魔術の使われ方が、えげつないな……。なんでも解決するツールになり下がっている。ロウィーナが見たら激怒しそうだぜ」
「サム! 私の器のジミーが、天界から魂だけで飛んできて、女子化を激しく拒絶している! どうすればいい!」
カスティエルがパニックを起こす。
「えっ、ジミーって死んだんじゃなかったの? ……いいから、幽霊用のダクトテープでぐるぐる巻きにしといてよ。ちょっとだけだからって、宥めて」
数十分後。
地下室には、三人の「美女」が佇んでいた。
黒のタンクトップから、男前な胸元を大胆にはだけさせ、ナイフを構えて不敵に笑むウルフカットの「女ハンター」、女子ディーン。その横で、この状況と兄の暴走とに呆れたように眉間に皺を寄せつつ、魔術書を握りしめて本物の「魔女」らしさを見せる、シンプルストレートの女子サム。
そして、やや離れたところでフェザーレイヤーの髪をなびかせ、エンジェルブレードを構える、いつもと変わらない硬い表情とスーツにトレンチコート姿の「天使」、女子カスティエル。

AI作成。キャスはそれっぽいネ
思った以上の出来栄えに、女子化の魔法が解けてからも、それぞれが自分の写真に見入ってしまった。
「ディーン、可愛いな……。いや、これはシンプルにかわいい。やんちゃにした母さんみたいで。僕の兄貴とは思えないよ」
「サム、お前……その姿、……なんか、複雑な気分だ」
「私は……あまり変わっていない気がするが。ただ、器の胸部が圧迫されて不快だった」
「よく見ろよ! このワイシャツと青ネクタイの隙間から、恩寵が張り裂けそうになりつつ、天使のウィンクなんかしてみろ! 男なら死んでなくても死ぬぞ」
「まあ、そこまで巨乳じゃないのがまたいいんだけど。どちらにしても死神の仕事を奪っちゃうね」
「それは、私というより、死神に対する侮辱だ」
「でも、このバージョンのスーパーナチュラルも、一度見てみたいな」
「ダメでしょ。賢人組織は、女人禁制みたいなもんだし」
「あそこも、ジェンダーレスにしておけばよいいんだよ。時代遅れだ」
「ディーン、1950年代に対して時代遅れという突っ込みは無いだろう」
「もう、なんでもありすぎるな、このバンカーは……」
ウィンチェスター兄弟と一人の天使による、命がけの「ファンサービス」は、性別の壁さえも超えて、終わりの見えないカオスへと突入していった。
その時の写真はしっかりAIが作成している。
スーパーナチュラル男性陣オールスター感謝祭
メガホンを握るサムの指先に、一際熱のこもった力がこもる。
「次! これが今回最大の、そして最も無茶なリクエストだ。『サム、ディーン、カスティエル。そしてジャックをセンターに据えて、ケビン、ボビー、クラウリー、ガブリエル、ルシファー(ニック)、ミカエル(アダム)、ケッチ、ベニー、そしてジョン……全員黒いスーツで揃えて、横一列で一枚』」
「おいおいおい待て! 冗談だろ、サミー」
ディーンはあまりの規模に、持っていたビールの空き瓶を落としそうになった。
「オールスター感謝祭じゃないんだぞ。そんなもん、バンカーの定員オーバーだ」
「……このリストのほとんどが、今この瞬間、地獄か天界か虚無にいる。つまりは『死んでいる』っていうのが、いかにも僕たちの人生らしい皮肉だけどね」
サムが自嘲気味に笑うと、ディーンも呆れたように肩をすくめた。
「ああ。しかも『実は死んでなくて、そのうちしれっと復活するかも』っていう含みまで入れてな……。とにかくダメだ。こんなメンツを無理やり呼び出してみろ、因縁が渋滞して撮影どころか、バンカーが内側から粉々に爆発しちまう」
「ストーリーの破綻については今さら言うまでもないが、死者を安易に呼び戻すのは、宇宙の秩序としても……」
カスティエルが懸念を口にしようとした、その時だった。
「――それはひと時でもルームメイトだった相手にツ~レないじゃないかァ~⤴️、カスティエェ~ル?」
冗談なのか本気なのか判別のつかない、あの不吉で特徴的な声が図書室に木霊した。三人が弾かれたように振り向いた先には、現実とは思えない光景が広がっていた。
ニックの器を借りたルシファーを筆頭に、物語を彩ってきた「男たち」が、霧の中から現れるように勢ぞろいしていたのだ。
「また会えたな、息子たち!」
「オヤジ!!」
ジョンの豪快な笑い声に、サムとディーンの声が重なる。
「ディーンは僕のお父さんだ。サムも、キャスもね!」
「ジャック……!」
駆け寄ってきたジャックの言葉に、サムが涙目でその肩を抱く。その後ろでは、ケビンが少し大人びた様子で頭を掻いていた。
「……僕のほうはやっと母さん離れして、自分の足で立てるようになったよ」
「よお、相棒! 煉獄はお前がいないと、相変わらずひでぇところだぜ」
「ベニー……!」
ディーンは親友の姿に、思わず目頭を熱くしてその腕を叩く。
「感心したよ。これほどの魂が一度に集まるなんて、計算外だ」
アダムの肉体に宿るミカエルが静かに微笑み、その横でルシファーが、実の兄に向かってニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「よう、兄さん! これじゃあ俺の方が年上に見えるなぁ。今ならなにをしても勝てそうだぜ」
「ルシファーか。今だけは大目に見てやる」
胸元のハンカチを丁寧に整えながら、ケッチがUKの賢人らしく皮肉げに唇の端を上げる。
「ウィンチェスター兄弟には、不可能を可能にする……いや、めちゃくちゃを本当に実現させてしまう、恐ろしい力があるようだ」
「さて。このむさくるしい男所帯の楽園(エデン)なんて、とっとと逃げ出したい。さっさと撮るぞ、リスザル共」
ブランデーのグラスを片手に、クラウリーが地獄の王らしくふんぞり返った。
そこからは、まさに神話の一ページのような時間だった。

スーパーナチュラル主要男性陣による、横一列の黒スーツ写真は、これまでにない壮大な写真として完成した。
天使とネフィリムの組は、各々のカラーを纏った翼と瞳を輝かせる。
対する人間組は、自らの魂とも言える象徴的な武器や道具を構えた。クラウリーだけは、最後までブランデーのグラスを離さなかった。
……だが、感動はそこまでだった。
シャッターを切った直後、因縁渦巻く男たちが揃えばどうなるか。大騒ぎの乱闘パーティ会場に変わる寸前、サム、ディーン、カスティエルの三人は、文字通り「死に物狂い」で尽力する羽目になった。
「お前ら! 撮ったら帰れ!」
「ルシファー! ミカエルに手を出すな!」
「クラウリー、その酒を置け!」
全員に元の場所へとお帰り願い、バンカーが静まり返った元の三人だけに戻るには、そこからさらに二時間の格闘を必要とした。
「……もう二度と、オールスターなんて呼ばないからな」
ボロボロのスーツを脱ぎ捨てたディーンが、床に大の字になって呟いた。だが、サムが手にしたカメラの中には、奇跡のような「家族」の姿が、鮮明に焼き付けられていた。
翼になるチーム・フリーウィルの写真
「次! 簡単なのにしていこう。『キャスの両脇にサムとディーンで背中からのシーン、それぞれ肩に手を回して』」
ディーンはメガホンを再び奪い取り、次のリクエストを読み上げた。
「いいね。もうめちゃくちゃ大人数なのは疲れたよ。これなら僕ら三人で完結するし」
サムは安堵の溜息をつく。先ほどの「オールスター感謝祭」の撤収作業で、彼は心身ともに限界を迎えていた。
「ただ、腕を回せばいいんだな? ディーン」
カスティエルが不思議そうに小首を傾げる。
「いや、ただの腕じゃねぇ。ここに追記がある。……『半透明バージョンかつ、黒い翼オン』だ」
「…………」
カスティエルはもはやしゃべる気力もなくなったようで、静かに目を閉じた。
「ほら、キャス! シャキッとしろ! なんとかしろ!」
ディーンにケツを叩かれ、カスティエルはフラフラとセンターに立った。墨汁で黒く塗る元気も残っていないため、今回はディーンも妥協し、「半透明」だけで許してもらうことにした。
カスティエルは深く重い溜息を吐きながら、恩寵を限界まで出力し、うっすらと半透明に見える、どす黒い翼を出現させる。
「これは……いったい、どういう図なんだ? 半透明というのは、私の存在が希薄になっているという意味か?」
すでに息も絶え絶えなカスティエルが、力なく呟く。
「ふむ……」
サムは顎に手を当てて、真面目な顔で考え込んだ。
「たぶだけど……僕らが『家族』になったことで、キャスの翼の代わりに、僕らがなる……みたいな? 片翼ずつさ」
「閃いた!」
ディーンがポンと手を叩いた。
「素晴らしい家族愛じゃねぇか! お前が失くした翼は、俺たちが支えてやるよ。俺が左翼で、サミーが右翼だ」
「その言い方は別の意味になるからやめろ」
サムのツッコミも無視しつつディーンはカスティエルに向かってバチッとウインクをした。その言葉に、カスティエルの青い瞳が、じわりと涙に濡れる。
「……私は、やはり愛されていたのだな。さっきからわりと傷つく発言が多くて、天界に帰ろうかと思っていたのだが」
撮影が始まった。
そうして撮れたのは、リクエスト通り、ディーンが左側からカスティエルの肩に、サムが右側から脇にしっかりと手を回した、背中からの写真だ。
カスティエルの背後には、うっすらと半透明の黒い翼が広がっている。しかし、この長時間の撮影会で酷使された恩寵のせいもあり、翼はなかば萎れかけ、意図せずにも『傷ついた翼』を完璧に演出していた。
「よし! これはいままでになく成功したな! ファンも泣くぞ」
ディーンはタブレットの画面を見て、満足げに頷いた。
「うん。チーム・フリーウィル、って感じだよね」
サムも隣で微笑む。バンカーの地下室には、束の間の、温かい空気が流れた。
Goodby Sammy...の写真
「次! サムとディーンの指示だな。『真っ暗な部屋の片隅で、向かい合って泣きあっているシーン』」
メガホンの主導権を握ったカスティエルが、厳かにリクエストを読み上げた。
「待てよ、いきなり不穏だな……。なんで俺たちが真っ暗闇で泣かなきゃいけないんだ。不気味すぎるだろ」
ディーンは想像しただけで身震いし、腕をさすった。
「血まみれの死体の山とかよりはマシな気はするけど、ただ向かい合って泣いてるだけっていうのも、精神的にくるものがあるね」
サムも、少し眉をひそめてタブレットの画面を覗き込む。
「これには、もう少し追加の指示がある。サムは、もう世界の終わりレベルで、ギャン泣きしろ。ディーンは、そんなサムを慰めるかのように笑いながら、でも自分も泣いてしまった……という想定だ」
「なんだよ、ドラマでそんなシーンあったっけ? もう、公式のストーリーなのか二次創作なのか分かんねぇな、このインスタ」
「表面上はともかく、兄貴がむちゃくちゃするたびに、僕は心の中で泣いてるよ……」
サムが溜息をつきながら頭を掻くと、カスティエルがメガホンをばんと叩いた。
「そういう情緒的な話ではない! 撮影だ! ほら、ティアスティック(涙を出すためのワックス)を塗れ!」
数十分後。
バンカーの地下室は、全ての照明が落とされ、完全な静寂と闇に包まれていた。
そうして撮れたのは、壁を背にして、顔をくしゃくしゃにしながら笑い泣くディーンと、その正面から泣きつくような格好で、子供のように声を上げてギャン泣きするサム、という構図の一枚だ。
「よし。次は……」
カスティエルが、自身のスマホを取り出した。
「この写真には、『GoodBye Sammy…(さよなら、サミー)』という文字を入れる注文がある」
「え? ……さよなら? おい、まさかサムがいなくなるのか? そういうノリなのか、これは」
ディーンは目に見えてうろたえ、サムのネルシャツの裾をギュッと掴んだ。
「いや、なんか、この感じは……逆だ!兄貴が消えるかなんかするやつだろ! これ、シーズン15のあのシーンを意識してるんじゃないの? ……あと、その前に真っ暗闇じゃ何も見えないぞ!! カメラのシャッターも切れない!」
サムの鋭い指摘に、カスティエルは顎に手を当てて考え込んだ。
「確かに、光が足りなさすぎて、写真として成立しない。……私の恩寵で、僅かに光らせよう」
カスティエルが指を鳴らすと、彼の身体から青白い、幽霊のような光が微かに放たれた。その光に浮かび上がる二人の姿は、まさに「ゴーストルーム」に現れた幽霊そのもので、不気味さはさらに倍増していた。
「おいキャス! こんなんじゃ、俺たちが他のハンターに幽霊と間違えられて始末されちまうぞ!」
ディーンは、改めて自分の目の下にティアスティックを塗りたくりながら、光の中に浮かび上がる自分の顔に文句を言った。
「それより何より、ただただ不穏すぎるよ。まるで、本当に兄貴がいなくなりそうで……」
サムはディーンからティアスティックをひったくり、シュッと自分の目の下に塗った。その瞬間、彼の言葉は途切れ、演技ではない、本気の涙が瞳から溢れ出した。
「おい、サミー……」
「……ひとりで逝かせないぞ! 絶対にだ!」
「わかったよ! 俺はここにいるだろ! ……キャス! 撮れたなら撮れたって言え!! このデカい弟が泣き止まねぇ!」
カメラ役を務めていたカスティエルの泣き方は、二人の比ではなかった。
彼はカメラを構えたまま、嗚咽を漏らして崩れ落ち、その青白い光は激しく点滅していた。
「うう……。涙系の、兄弟愛は、もうやめてくれ……。私は……私は、君たちには、笑っていて欲しい……」
バンカーの真っ暗闇の中、青白い光に照らされた三人の男たちは、それぞれの想いを抱えながら、終わりの見えない「ファンサービス」の夜を、涙と共に過ごしていた。
三角関係の写真
メガホンを奪い返したカスティエルの鼻息は荒い。
「次! また三人の構図だ。『ソファの片側に寄ったカスティエルに、ディーンが上から覆いかぶさってキスをする。その逆の端では、サムが呆れて眉間を押さえながら寝ている』」
「……なあ、もういっそAIにそのまんまプロンプト投げろよ。そっちの方が早いだろ」
ディーンはイライラしたように、膝の上で指をとんとんと叩いた。
「AIでは表現できないものが山のようにある! 現場の雰囲気や、この張り詰めた空気感だ!」
「空気感なら、いま最悪だけどね……」
サムは遠い目をしながら、力なく呟いた。「なんかもう、普通にキスの指示が多くて、なんとも思わなくなってきた。一時間に一回は誰かが誰かと唇を重ねてる。感覚が麻痺してきた、僕はもう人間としてヤバいのかもしれない……」
「サム、安心しろ。これは私発信のキスではない。ディーンからのアプローチだ。そこには天と地ほどの大いなる差がある」
「俺発信とお前発信のキスの何が違うんだよ! おっさん同士なのは変わらねぇだろ!」
そうして、撮影のためにバンカーで一番長いソファが地下室に運び込まれた。三者三様な「寝ポーズ」のセッティングが始まる。
右端のサムは、一人で呆れた顔をして寝るだけなので、だいぶ暇で自由な立場になった。その結果、ディーンからひったくられたメガホンは、消去法でサムがひったくる。
「はい、右端の僕は準備完了。左端の二人、やるよ! ……キャス、もうちょい肩の力抜いて! 緊張しすぎ! 兄貴はもっと強引に、キャスの首に抱きつくらい身を乗り出して!」
メガホンを通したサムの指示は、これまでの鬱憤を晴らすかのように的確で容赦がない。左端では、カスティエルをソファに押し込むようにして、ディーンが背徳感たっぷりの角度で覆いかぶさっていた。
「なんでだよ! さっきのキャス発信のキスは、シンプルですぐ終わっただろ!」
「そこに『キス発信者』の個性が出るんだよ! キャスはあんまりキスとかよく分かってない不器用さがリアリティあるでしょ! でも兄貴は、不本意だろうがなんだろうが、キスは巧くて当たり前っていうイメージがあるんだよ!」
「私はピザ男(デリバリー・ガイ)のビデオで学んだのだぞ? かつてメグも驚いていたし、私は上手いはずだ」
カスティエルが不満げに反論すると、サムのメガホンからさらに鋭い怒鳴り声が飛んだ。
「あのね、この写真で一番居たたまれないのは、端っこで眉間を押さえてる僕なんだからな! こんなの、普通にディーンとキャスのツーショットでいいじゃん! なんで僕が、わざわざ『兄たちの情事(?)に呆れ果てる弟』として一緒に入ってなきゃいけないんだ!」
「そりゃ、チーム・フリーウィルだしな」
「こんなの、チーム結成前に空中分解だよ!」
サムの魂の叫びが地下室に虚しく響く中、ディーンは覚悟を決めたようにカスティエルの唇を奪った。
そうして撮れたのは、呆れ果てて深い眠り(現実逃避)に落ちる弟と、その横で激しく、かつ一方的に情熱をぶつける兄と天使という、あまりにも「チームの距離感」が狂った、それでいてどこか彼ららしい一枚だった。

普通の写真
「次! やっと俺が解放されるぜ」
ディーンは首を鳴らしながら、サムからメガホンをひったくった。
「まさか……極極極小規模存在すると噂される、サムとカスティエルのラブシーン写真リクエストが来るのか?」
サムは、最悪の事態を想定して顔を引きつらせた。
「私には、君もディーンも等しく愛すべき存在だが……。何か問題があるのか?」
カスティエルが、きょとんとした表情でサムを見つめるが、返事はディーンが受け持った。
「違う! キスとかラブとか、そういう過激なシーンから一回離れたいんだよ、割と本気で。俺の精神が持たねぇ。……安心しろサミー、これもすさまじい数のリクエストがあるから大丈夫だ。『サムが朝のコーヒーを淹れているところ』」
「……ほんと? 嘘じゃないよね? その状態で、後ろからディーンがキスをしろだとか、ルシファーのニックに腰を掴まれるとか、そういう追加指示はない? ないよな? ないね?」
サムは疑心暗鬼の塊となり、ディーンを問い詰めた。
「サム。どうやら君は、これまでの過酷な撮影で相当な疑心暗鬼に陥っているようだな……。呪われた子よ、可哀想に」
カスティエルが、同情に満ちた目でサムの肩を叩く。
「ない! 大丈夫だ、サムの貞操は俺が守る。朝を表現するから、ライティングはめちゃくちゃ上げないとな。ここ地下だし、太陽の光なんて微塵も入ってこねぇから」
ディーンは満面の笑みで、照明機材の出力を最大まで上げた。
「貞操て……。僕の貞操を破壊しに来てるのは、今のところディーン、兄貴だけだろ……」
バンカーの地下キッチンは、これでもかというほどの暴力的で白い光に包まれた。
そうして撮れたのは、眩い「朝の日差し」の中で、至極真面目な顔でドリップコーヒーをカップに注ぐサム、というこれまで見た中ではダントツで普通すぎる、あまりにも日常的な一枚だ。
「んー……」
ディーンはタブレットの画面をじっくりと見つめ、顎を擦った。
「ちょっと違うな。髪はもっとハイパーボサボサで、なんていうか……もっとちゃんと、朝食を作るところからだ。卵を焼くとか、ベーコンを焦がすとかさ」
「……これ、どういう意味がある写真なの? ただの僕の朝のルーティンじゃん。卵なら兄貴が焼くことのほうが多いけど」
サムが呆れたようにコーヒーを啜る。
「私が推測するに……サム。君はいつも、髪がビシッと決まっている。乱れたところは、ハンター生活においてむしろレアな程だ。ファンは、その『完璧でない姿』が見たいのではないか?」
「納得! さすがキャス、分かってるじゃねぇか。ああ、あとは俺と違って、サムはあんまり食事をするイメージがないんだよ。衣食住は人間の基本ですよ、サミーちゃん」
ディーンがポンと手を叩き、ニヤリと笑った。
「ちゃんと食べてるだろ! ケールとか……アボカドとか……」
サムがムッとして反論する。
「あんなものは食事じゃない! 海の藻屑だ! 俺が求めてるのは、もっと肉々しい、油ギッシュな朝食だ! ……よし、髪をボサボサにするから、そこにいろよサミー!」
「え?! おい、ちょっ……待て、兄貴!」
ディーンは掃除機と、静電気を起こすための下敷き三枚を手に、サムに襲いかかった。
掃除機の吸引力と静電気のダブルパンチにより、サムが朝三十分かけてセットした自慢のロン毛は、見るも無惨な鳥の巣状態に陥った。兄の強引さの前では、弟の抵抗は無となる。
「あー……泣きそう。僕、マジで泣くよ……」
サムは鏡を見て、絶望のあまり崩れ落ちた。
「サム。髪なんか、ハンター生活をしていればいくらでもめちゃくちゃになるだろう。気にするな」
カスティエルが、慰めにもならない言葉をかける。
「だからこそ!! だからこそ、僕はこだわりたかったんだよ!! 男がロン毛を続ける苦労が、お前らに分かるか!? スタイリングだけで三十分、ヘアアイロンで整えるので十分……細かいメンテナンスを数えればキリがないんだ! 女性とは、また違う部分で気を使うんだよ!」
「だから言ってんだろ! ぐちぐちうるせぇ! 切れ!!! さっぱりしろ!」
「僕が切ったら、個性がなくなるだろ!」
「個性がなくなる? どういう意味だ、サム」
カスティエルが、不思議そうに尋ねる。
「ディーンも、キャスも、ジャックまで……チーム・フリーウィルの男連中は、みんなキリッと短髪でかきあげててさ……。そこに、もう一人似たような髪型が混ざったら、いろいろ、絵的に……あと、ロン毛は僕が気に入ってるの! スタンフォード時代からの僕のアイデンティティなんだ!」
「相変わらず、細かいことでぐちぐちと……。まあ、スタンフォード行く前からずーーっとロン毛っつかセミロング?だしな。今さらいいけどさ。……よし、サミー。そのボサボサ頭で、俺のためにベーコンを焼け! 焦がすなよ!」
ディーンは溜息をつくと、弟のボサボサ頭を乱暴に撫で、フライパンを指差した。
ウィンチェスター兄弟の「インスタ営業」は、髪型へのこだわりという、意外な一面を浮き彫りにしながら、朝の白い光の中で続いていった。
酔っ払った可愛いウィンチェスター写真
メガホンを握りしめたカスティエルの瞳は、もはや使命感に燃える求道者のそれだった。
「次! 『酔っ払ったディーンが名前を呼びながら、サムに後ろから抱きつく。両者ともに赤面していること』! ほら、早くしろ。時間は有限だ!」
「もうそういうリクエスト、慣れてきた自分が怖いよ……」
サムは深い溜息をつきながら、指定の位置へと向かった。
「……でもさ、撮ってる最中は仕事だと思って割り切れるけど、終わった後の遺恨と、明日からの気まずい空気をどうするかっていう、メンタルケアの方が問題になってきたよ。僕たち、これでも一応、世界を救うハンターなんだからね?」
「ガタガタ抜かすなサミー! 俺だってビール十本分くらい脳内で補完して、酔っ払いの体(てい)でやってやるよ!」
ディーンはヤケクソ気味に叫ぶと、サムの背後に回った。
撮影現場には、カスティエルが「雰囲気作り」として用意した数本の空のウイスキーボトルが転がされている。
そうして撮れたのは、サムの広い背中に顔を埋めるようにして、後ろからぎゅっと抱きつくディーンの一枚だ。ディーンは「サミー、サミー……」と、熱に浮かされたような声で弟の名前を連呼し、顔を耳元に寄せている。
カスティエルのこだわりにより、二人の頬にはこれでもかと赤いチークが塗りたくられ、端から見れば「完全に出来上がった兄弟」の、実に見苦しくも背徳的な姿が完成した。
「……っ、兄貴、近い……重いし、酒臭い……」
「うるせえ、リクエスト通りだろ……。ほら、お前ももっと赤くなれよ!」
「なってるよ! 物理的に塗られてるだろ!」
メガホン越しのカスティエルの声が、さらに熱を帯びる。
「ディーン、もっとサムの肩に顎を乗せろ! サム、君は拒絶しているのか、受け入れているのか分からないような、複雑な『弟の顔』をするんだ! もっと赤く! 魂から赤くなれ!」
「無茶言うなよ!!」
結局、カスティエル納得の「完璧な赤面抱擁」が撮れるまで、ディーンはサムの背中に三十回以上抱きつく羽目になった。
撮影が終了し、カスティエルが満足げにタブレットを操作し始めると、現場には言葉にできないほどの、重苦しく気まずい沈黙が流れた。
サムは無言で自分の肩についたディーンの気配を払うように服を整え、ディーンはあさっての方向を向いて、必死に自分の頬のチークを拭き取っている。
「……なあ、サミー」
「……何、兄貴」
「明日、これについては一切、一言も、一文字も触れるなよ。いいな?」
「……わかってる。僕だって記憶から抹消したいよ」
「二人とも、何を言っている」
カスティエルが、冷徹なまでの事務的トーンで割り込んできた。
「この写真は、インスタのストーリーズに『限定24時間公開』としてアップした。今から24時間、君たちのこの姿は世界中に晒され続ける。忘れることなど不可能だ」
「キャス……! お前、たまには空気読めよ!」
ディーンの咆哮が、虚しくバンカーの石壁に跳ね返った。ウィンチェスター兄弟の「インスタ営業」は、尊厳と引き換えに、着実にフォロワー数を伸ばし続けていた。
休憩タイム(という名のそれぞれへのリスペクト回)
兄貴の罠
「ふぅ……粗方撮ったな。ここらでちょっと休憩にしようぜ」
ディーンは撮影の喧騒を振り払うようにそう言うと、冷蔵庫からキンキンに冷えたビール瓶を三本取り出してきた。三人は円になるように座り、乾いた音を立てて瓶の縁を「チン」と軽くぶつけ合う。
「……僕としては、今の今まで一秒の休みもなかったことに驚きだよ」
サムはビールの苦味を喉に流し込み、ようやく人心地ついたというように背もたれに体を預けた。撮影用のボサボサにされた髪が、まだ少し鬱陶しそうに揺れている。
「ともあれ、いい結果になったんじゃないか? 我々は上手いこと、ディーンの仕掛けた罠に引っかかったというわけだ」
カスティエルが平然とした顔でビールを傾けながら、唐突にそんなことを口にした。
「兄貴の罠? ……おい。あまりにもカオスすぎて意味不明な今のこの地獄みたいな空気が、もし兄貴の仕業だとしたら、僕はマジで怒るよ?」
サムがジロリと横目でディーンを睨む。
「俺の罠って……なんだよ、それ。俺はただ、ファンサをこなしてただけだぞ?」
本気で心当たりがない様子のディーンに、カスティエルは静かに首を振った。
「まさか……違ったのか? 『ハンター生活では見られない、何気ない雑談がしたい』というのが、この一連の騒動の始まりだったはずだ」
「……あ」
ディーンの動きが止まる。カスティエルは構わずに言葉を続けた。
「サム、君は言っていたな。『バンカーにいたのでは、日常ではほとんど顔も合わさない。それぞれが自分の調査に没頭して、孤独を感じることがある』と、寂しそうに語っていた。だが、どうだ。今は私たち三人だけでなく、あの濃すぎる主演男優フルコースたちまで、一堂に顔を合わせたではないか」
「……そうだね。あんなに賑やかだったのは、いつ以来だろう」
サムの表情が、少しだけ和らいだ。
「それがすべて、君の寂しさを紛らわすための、ディーンからの『罠』という名の贈り物だと思っていたのだが。違ったのか?」
カスティエルの純粋な問いかけに、ディーンは一瞬言葉に詰まった。しかし、すぐに冷や汗を拭いながら、これ以上ないほど不自然な笑顔を作った。
「そ、そーーなんだよ!!! さすがキャス、鋭いじゃねぇか! 全部計算通りだ! 素晴らしい兄貴からの、最高に素晴らしいギフトってわけだ!」
「……そうなの?」
サムの半信半疑な視線を浴びながらも、ディーンは「当たり前だろ!」と胸を張る。
「さすがはエースにしてヒーロー、そして我らが誇れる長兄だな。君の思慮深さには、天使である私も敬服するよ」
満面の笑みで賞賛を送るカスティエル。その純粋すぎる視線が、嘘をつき通そうとするディーンの胸をチクチクと刺していく。
「……ま、まあな。ほら、飲め飲め! 休憩が終わったら、またリクエストを片付けるぞ!」
ディーンは誤魔化すようにビールを煽った。たとえそれが偶然の産物だったとしても、バンカーに流れるこの賑やかで、どこか馬鹿げた空気こそが、彼らが最も必要としていた休息なのかもしれなかった。