AI_spn28

Last-modified: 2026-05-01 (金) 23:57:35

ガブリエルのいたずら。マイクラと8番出口とヴァンサバのゲーム世界ナチュラル。(ナチュラルってつければ何でも許されると思っている)置いてある画像はAIのフィクションイメージです。だいぶ怒られそうな気がするけど。
マイクラとヴァンサバはキャスが得意、8番出口はサムが得意という設定。


マイクラナチュラル

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ツルハシちっちゃ。

バンカーの冷たい空気。サムが淹れたばかりのコーヒーの香りと、ディーンが広げた古い地図の擦れる音。カスティエルはいつものように、窓のない壁際に立ち、主の言葉でも待つかのように静止していた。

パチン、という乾いた指の音が、その平穏を粉砕した。

「……ああ、クソッ! あいつか!」

ディーン・ウィンチェスターが叫んだ瞬間、世界は極彩色のグリッチに飲み込まれた。
次の瞬間、俺の視界を占めていたのは、あまりにも不自然で、あまりにも「四角い」景色だった。

「……は? 何だこれ。俺の目がイカれたのか?」

俺――ディーンが立っていたのは、一面の緑の平原だった。だが、その草の一本一本、土の一粒一粒が、正確な立方体(ブロック)で構成されている。空を見上げれば、そこには角張った太陽が、定規で引いたような空を横切っていた。

「……ハァ、ハァ……。ディーン、無事か? 体が……僕たちの体が、何だか少し……角ばってないか?」

サムもまた、困惑した顔で自分の腕を見つめていた。確かに、筋肉のラインが少しだけピクセル化しているように見える。

そして、その場に不釣り合いなほど冷静な、いや、むしろ「戦慄」に近い表情を浮かべた男が一人。

「……これは、間違いない。マインクラフトの世界ではないか!?」
「マイン……何だって? キャス、お前今なんて言った?」
「ディーン、サム。落ち着いて聞いてくれ。これはかつて私が、天界の任務を離れ、数ヶ月もの間、食事も睡眠も(天使にそれは不要だが)忘れて没頭してしまった、地上の電子ゲームの世界だ。私は……その隅々までを知っている」
「キャス、君がゲーム……? いや、それより、どうして僕たちがこんな場所に」

空中に、派手なアロハシャツを着て、四角い板チョコを齧るガブリエルのホログラムが現れた。

「よお、諸君! サバイバルは好きだろ? 今回は特別に、キャスの『隠れた才能』を活かせるステージを用意したぜ。ルールは簡単。この世界のどこかにあるネザーゲートをくぐり、装備を整え、エンドの世界で『エンダードラゴン』を討伐すること。それができれば、現実世界にお帰りだ。……あ、言い忘れてたけど、夜の暗闇には気をつけてな。キャス、君なら分かるだろ?」

ホログラムが消え、静寂が戻った。だが、その静寂は長くは続かない。
太陽は既に、角張った地平線の向こうへと傾き始めていた。

「……時間がない。ディーン、サム。すぐに木を素手で叩くんだ。素材を集め、夜が来る前に小屋を建てなければ、私たちは死ぬ」
「木を素手で? 正気かよキャス、手が血まみれになっちまうぜ」
「この世界では血は流れない。ただ、ブロックが壊れるだけだ。急げ! 松明の作り方も、沸き潰しの概念も知らない君たちを死なせるわけにはいかないんだ!」

カスティエルの、これまでにない必死な剣幕に、俺とサムは顔を見合わせ、四角い大樹に向かって拳を振り下ろした。
カク型世界のサバイバル。ディーラーはいたずらの神、ガイドは「ガチ勢」の天使。
俺たちの命を懸けた、100時間のクラフトが始まった。


経過時間:3時間

太陽が沈み、世界は急速に深い藍色に染まっていった。
現実の夜とは違う、完全な「無」に近い暗闇。

「……おい、キャス。本当にこれで大丈夫なのか? この、泥のブロックを積んだだけの犬小屋みたいな場所でさ」

俺たちは、カスティエルの指示で急造された、わずか3x3の泥の小屋に身を寄せていた。扉は木の板を組み合わせただけの簡素なものだが、外からは絶え間なく「アァ……」という不気味な呻き声が聞こえてくる。

「……松明、だっけ。これ一本で、本当に怪物は近づかないの?」

サムが、カスティエルが石炭と棒を組み合わせて作った、燃え尽きることのない不思議な火を眺めている。

「厳密には、明るさレベルが一定以上あればモンスターはスポーン(出現)しない。だが、今夜は特別だ。ガブリエルは、この世界のシステムを私に向けて調整している可能性がある」

その時だった。
小屋の外で「カシャン、カシャン」という、骨がぶつかり合うような乾いた音が響いた。

「……来やがったな」

俺が天使の刃を抜こうとしたが、この世界ではそれがただの「鉄の剣」のような質感に変わっていることに気づく。

「待て、ディーン。私が出る。この世界のモンスターは、プレイヤー……つまり、私を優先的に狙うはずだ。君たちは小屋の中で、作業台を使って『石のツルハシ』を量産してくれ。これからの資材集めにはそれが必要だ」

カスティエルが木の扉を開け、外へ飛び出した。
暗闇の中から現れたのは、弓を持った骸骨(スケルトン)と、不自然に腕を前に突き出した緑色のゾンビの群れだった。

スケルトン 「……カチャッ、カチャッ」
「……私を狙っているな。やはり、ヘイト(敵意)は私に集中している。ディーン、サム、今だ! 背後の丘にある石を削れ!」

カスティエルは天使の力ではなく、手にした石の剣で、信じられないほど正確なステップを踏みながらスケルトンの矢を回避していた。彼の動きには無駄がなく、まるでプログラムの隙間を縫うような熟練の「プレイヤースキル」が感じられた。

「……あいつ、本当にハマってたんだな。あの動き、戦場での天使っていうより……ただのプロゲーマーだぜ」

俺はツルハシを手に取り、角張った岩肌を叩き始めた。
コン、コン、コン、という小気味よい音が響き、岩が小さな立方体となって俺のポケットに吸い込まれていく。この妙な快感……なるほど、キャスが時間を忘れるのも分からなくはない。

「ディーン、見て! あそこ、シューシュー言ってる変な生き物が……!」

サムが指差した先、音もなくカスティエルの背後に近づく、緑色の四本足の生物。

「……!? クリーパーか! ディーン、サム、離れろ!」

カスティエルが叫ぶのと同時に、その生物の体が白く発光し、膨れ上がった。

ドォォォォォォン!!

凄まじい爆発音と共に、俺たちの小屋の半分が消し飛んだ。カスティエルは爆風で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。彼の体からは「ダメージ」を示す赤いエフェクトが飛び散っていた。

「キャス!!」

俺が駆け寄ると、カスティエルはふらつきながら立ち上がり、慌ててポケットから「生の豚肉」を取り出して口に詰め込んだ。

「……大丈夫だ。満腹ゲージが回復すれば、自然に体力も戻る。……だが、夜明けまではまだ遠い。ファントムが空を覆い始める前に、もっと強固な拠点を築かなければならない」

空を見上げれば、翼を広げた青黒い怪鳥たちが、不気味な鳴き声を上げながら旋回を始めていた。

「サム、君は畑を作れ。食料(パン)の安定供給がサバイバルの鍵だ。ディーン、君は私と共に地下へ潜る。ダイヤモンドだ。ダイヤの防具がなければ、ネザーの熱気には耐えられない」
「……ダイヤ、か。いいぜ。地底深く潜るなんて、いつもの狩りと大差ねぇ」

俺たちは、松明の微かな光を頼りに、垂直に掘り進められた奈落へと足を踏み入れた。
夜の帳の下、ピクセル化された地獄の探索が本格的に幕を開けた。


経過時間:15時間

地底湖のほとりで、俺たちは途方に暮れていた。
「鉄のツルハシ」が壊れ、背後からは「アァ……」というゾンビの低い唸り声が、洞窟の反響で数千倍にも膨れ上がって聞こえてくる。

「……クソ、サミー! あいつら、松明の光を無視して四方八方から湧いてきやがるぞ!」
「ディーン、数を確認しようにも、暗闇の中に光るあの赤い目……蜘蛛(スパイダー)まで混じってる! 逃げ場がない!」

俺たちは、カスティエルが積み上げた「丸石」の壁を背にして、迫りくるゾンビの海を前に剣を構えた。だが、斬っても斬っても、角張った死体は闇の奥から無限に供給されてくる。文字通りの「ゾンビ・アポカリプス」だ。

その時、カスティエルが時計も持っていないはずなのに、ふと虚空を見つめた。

「……来る。もうすぐ、この世界の理(ことわり)が書き換わる」
「理だぁ? キャス、今それどころじゃ――」
「ディーン、サム。落ち着くんだ。この世界の一日は、地上の時間にして正確に二十分。その周期を理解しているのは、私だけだ」

カスティエルは、まるですべてを見通す預言者のような顔で、俺たちを包囲するゾンビたちの前に一歩踏み出した。彼は剣を鞘に収め、まるで伝説の勇者、あるいはあの有名な四角い冒険者「スティーブ」が映画で見せたような、自信に満ちた仕草で右手を高く掲げ、指をパチンと鳴らした。

その瞬間、地平線の向こうから、角張った太陽がまるでロープで引っ張り上げられたかのように、猛スピードで昇ってきた。

洞窟の隙間から差し込む、あまりにも強烈で暴力的な光。
太陽の光を浴びたゾンビたちは、一瞬にして全身に火がつき、断末魔の叫びと共に塵へと還っていった。さっきまでの地獄が、たった数秒で静寂に包まれる。

「……すごい。……キャス、君……今の、本当に君が太陽を呼んだのか?」

サムが、逆光の中に立つカスティエルの背中を、畏敬の念を込めて見つめた。

「……ああ。認めざるを得ねぇな。今のキャス、マジで神様みたいだったぜ」

カスティエルは、朝日を背に浴びて黄金色に輝き、トレンチコートを風になびかせながら(なぜかこの瞬間だけ風が吹いた)、静かに振り返った。

「……私は神だ。……この世界においては、な」
「……へっ、言ってくれるぜ」

後光のさしたカスティエルの圧倒的なカリスマ性に、俺もサムも思わず感嘆の溜息を漏らした。
だが、その「神の威光」が頂点に達した、まさにその刹那だった。

シュバッ!!

小気味よい風切り音と共に、一本の矢がどこからか飛来し、カスティエルの肩を正確に射抜いた。

「……う、あぁ!?」

カスティエルは、先ほどまでの威厳が嘘のように、情けない声を上げてその場に転がった。赤いダメージのエフェクトが彼の全身から飛び散る。

「キャス!? おい、太陽が出たんだろ!? なんでまだ攻撃されるんだよ!」
「ディーン、あそこ! 大きな樫の木の影!」

サムが指差した先。
昼間の明るい平原の中、不自然に濃い影を落としている大木の下に、白い骨の怪物が立っていた。

「……クッ、スケルトンか……! あいつらは姑息だ……。直射日光に当たると燃えるのを理解しているから、木の影や水の底に隠れて、プレイヤーを狙撃してくる……」

スケルトンは、まるで高性能なエイムアシスト(自動照準)でも搭載しているかのように、木陰から一歩も出ることなく、次々と矢を放ってくる。

「神様なら、あの骨クズくらい指先一つで粉砕してくれよ!」
「……私を揶揄うな、ディーン。今の私は、腹が減ってダッシュすらできない状態だ……。……サ、サム、予備のパンを……早く……」

カスティエルは地面を這いながら、サムが差し出したパンを必死に頬張った。
神のような威厳はどこへやら、今の彼は、ただの「体力の少ないゲーマー」に成り下がっていた。

経過時間:30時間

カスティエルの治療(食事)を終え、俺たちは再び地下の深部を目指していた。
今回の目標は、カスティエルが「これがないと話にならない」と断言した、黒く輝く石――黒曜石だ。

「……いいか、二人とも。次はネザー……地獄へ行く。そこにはガブリエルの悪ふざけが詰まっているはずだ。火の玉を飛ばす巨大な豆腐のような怪物や、金に目のない豚人間がひしめいている」
「豆腐の怪物に豚人間か。……バンカーで酒を飲んでた頃が、もう何千年も前のことみたいに思えるぜ」
「ディーン、見て。キャスが掘った穴の先に、何だか紫色に光る……液体?」

カスティエルが、バケツで汲んだ水とマグマを絶妙な位置に配置し、四角い門を作り上げた。
そこに火打石で火をつけると、門の内側が紫色の歪んだ空間へと変わった。

「……これより地獄(ネザー)へ突入する。準備はいいか、ウィンチェスター・ブラザーズ」
「ああ。……骨クズに狙い撃ちされるよりは、派手に戦える場所だといいがな」

俺たちは、不気味な脈動を繰り返す紫のゲートの中へと飛び込んだ。
元の世界に戻るための「エンドポータル」へと続く、最も過酷で、最も熱い戦いの幕が開けようとしていた。


暗黒界(ネザー)は、文字通りの地獄だった。
視界のすべてが血のような赤に染まり、足元の「ネザーラック」は不気味に脈動している。耳を澄ませば、どこからか赤ん坊の泣き声のような、しかしそれよりも遥かに巨大で禍々しい鳴き声が響いてくる。

「……おい、キャス。あそこの空中に浮いてる、泣きっ面のデカい豆腐は何だ?」

俺――ディーンが指差した先。真っ白な巨大な立方体が、目から涙のような液体を流しながら空中を漂っていた。

「あれがガストだ。……伏せろ!!」

ガストが口を大きく開けた瞬間、火の玉が高速でこちらへ飛来した。

ドォォォォォン!!

俺たちがいた場所が爆発し、炎が広がる。俺は咄嗟に「石の剣」を振り回したが、空中の敵には届かない。

「ディーン、無闇に突っ込むな! ここは私の指示に従え。サム、手に入れた『金』を奴らに投げるんだ」

カスティエルが指差した先には、金色の防具を身に纏い、クロスボウを構えた豚の怪物たちがいた。ピグリンの群れだ。

「……本当にこれでいいの? 彼ら、すごく怒ってるみたいだけど」

サムが恐る恐る金のインゴットを放り投げると、ピグリンたちは一斉にそれに群がり、地面に不気味なアイテムを吐き出した。

「よし、エンダーパールだ。これがなければ『果ての世界』へは行けない。……ディーン、次はあの砦(要塞)の中へ行くぞ。ブレイズロッドを手に入れるんだ」

俺たちは溶岩の海に架かる細い橋を渡り、巨大な黒い砦へと突入した。
熱気で意識が飛びそうになる中、カスティエルは「耐火のポーション」を俺たちに配り、まるで指揮官のように的確な指示を飛ばしていく。

「右から来るぞ! サム、弓で援護を。ディーン、足元の溶岩に気をつけろ。この世界では、一歩のミスがすべてのアイテムを喪失させることになる」
「……ああ、分かってらぁ! 俺の『全ロス』だけは勘弁してくれよな!」

経過時間:72時間

オーバーワールド(現実世界)に戻った俺たちは、カスティエルが調合した「エンダーアイ」を空に投げ、その行方を追っていた。

「……あっちだ。森の奥に、地下へ続く道があるはずだよ」

数時間の採掘の末、俺たちはついに「要塞」を発見した。複雑に入り組んだ石の迷路を抜け、たどり着いたのは、不気味に明滅する銀色のゲート。

「……ここが最後だ。準備はいいか。一度入れば、ドラゴンを倒すまで帰ることはできない」
「……へっ、いつもの仕事だろ。サミー、キャス。……地獄を終わらせてやろうぜ」

ゲートを潜り抜けた先は、漆黒の空が広がる「ジ・エンド」だった。
空中に浮かぶ巨大な黒い石(黒曜石)の柱。その頂点には、紫色の光を放つクリスタルが鎮座し、漆黒の巨竜が雄叫びを上げながら旋回していた。

エンダードラゴン 「グォォォォォォォン!!」
「ディーン、柱の上のクリスタルを破壊しろ! あれがドラゴンの体力を回復させている。サム、ドラゴンの突進を回避しながら、腹部を狙うんだ!」
「……よし、俺が登る。お前らは下から援護しろ!」

俺は手慣れた手つきで「足場」のブロックを積み上げ、柱の頂点へと駆け上がった。
足元がすくむような高さだが、ガブリエルの悪ふざけに付き合うのはもう真っ平だ。

「……これでも食らいやがれ!」

俺はクリスタルを叩き割った。凄まじい衝撃波が走り、ドラゴンの断末魔が響く。
地上では、サムが正確なエイムでドラゴンの頭部を射抜き、カスティエルが恩寵……ではなく、エンチャントされた鋭い剣でその翼を切り裂いていた。

「ディーン、今だ! ドラゴンが中央の祭壇に降りてくる!」
「……策がある。……サム、ディーン。ベッドを設置しろ!」
「はぁ!? こんな時に寝るのかよ、キャス!」
「違う! この世界では、爆発するんだ! ジ・エンドで寝ようとすると、TNTを超える大爆発が起きる。……それを武器にする!」

俺たちはドラゴンの頭部が祭壇に降りてきた瞬間、一斉にベッドを設置し、それを「クリック」した。

ドォォォォォォォォォン!!

凄まじい爆光がジ・エンドを包み込む。
ドラゴンの身体が光の筋となって弾け飛び、大量の経験値が雨のように降り注いだ。
中央のポータルが開き、脱出口が姿を現す。

「……ッ、ハァ、ハァ……!!」

俺は、激しい衝撃と共に硬い床の上に叩きつけられた。
鼻を突くのは、懐かしい古い本の匂いと、冷めたコーヒー。

「……戻った、のか? ……あ、あそこを見ろ。サミー、キャス!」

俺が指差した先、バンカーの図書室のテーブルの上には、一冊の「革の本」と、正方形にカットされたケーキが置いてあった。

「……終わったようだな。……ディーン、サム。君たちのクラフト能力には驚かされた。特にディーン、君が溶岩をバケツで汲む時の手際は……」
「……まぁ、もう二度と『木を素手で叩く』のは勘弁してほしいけどね」

俺は苦笑しながら、その本を開いた。そこには、ガブリエルの乱暴な筆跡でこう記されていた。

''『全クリアおめでとう!

 キャスのガチ勢っぷりは相変わらずだけど、ウィンチェスター・ブラザーズの適応能力には恐れ入るよ。

 追伸:キャス、たまには天界の仕事も『クリエイティブ・モード』でやってみなよ。 ――G』''

俺はそのメモを丸め、屑籠へ放り投げた。

「……サミー。飯だ。……ただし、キノコシチューでも、パンでもねぇ。……最高に肉厚の、本物のバーガーを用意しろ」

サムは笑いながら、キッチンへと向かった。
窓のないバンカー。
しかし、そこにはどんなドット絵の空よりも美しい、俺たちの「現実」が続いていた。

無限回廊の出口:零(ゼロ)と八(ハチ)

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ギリギリアウト

バンカーの図書室は、いつになく静かだった。
サムは古い文献の山に埋もれ、ディーンはインパラの整備マニュアルを片手に、ぬるくなったビールを啜っている。カスティエルは、ただ彫像のように壁際に立ち、主の言葉でも待つかのように静止していた。

パチン、という乾いた指の音が、その平穏を粉砕した。

「……ああ、クソッ、またあいつか!」

ディーン・ウィンチェスターが叫んだ瞬間、世界は極彩色のグリッチに飲み込まれた。
次の瞬間、俺たちの視界を占めていたのは、あまりにも無機質で、あまりにも「普通」すぎる地下地下通路だった。

「……ハァ、ハァ……。みんな、無事か? ここは……」

サムが立ち上がり、周囲を見渡して息を呑んだ。
白く明るすぎる蛍光灯、どこまでも続く黄色い点字ブロック、そして、無数のアルバイト募集や防犯カメラのポスター。前方からは、灰色のスーツを着たサラリーマン風の「おじさん」が、無表情に、しかし規則正しい足取りで歩いてくる。

「……天界の波動も、地獄の気配も感じられない。だが、この空間は……歪んでいる」
「……これ、知ってる。……『8番出口』だ」
「は? なんだよそれ、出口ならあそこにあるだろ」

俺――ディーンが指差した先には、黄色い「出口 0」の看板。
サムは顔を青ざめさせ、看板を見つめた。

「違うんだ、ディーン。これはルールがあるゲームなんだ。……異変があれば引き返す。無ければ進む。それを繰り返して、出口が『8』になったら外に出られる。……ガブリエルの野郎、僕たちをこの不気味なシミュレーターに閉じ込めやがった」
「(放送で)ひゅー! 流石サミー、察しが良いねぇ! ルールは簡単。8番まで辿り着けば、ご褒美にいつものバンカーに帰してやるよ。じゃ、グッドラック!」

それからの探索は、拍子抜けするほど順調だった。
おじさんはただ通り過ぎるだけ。ポスターも、壁も、床も、何一つ変わらない。
サムの指示に従い、俺たちは「異変なし」と判断して直進し続けた。

「1」……「3」……「6」……。

そしてついに、看板が「8」を表示した。
突き当たりの階段を上ると、そこには見慣れたバンカーの重厚な扉があった。

「……へっ、意外と大したことなかったな。ガブリエルもネタ切れか?」

バンカーの中は、俺たちがいた時と全く同じだった。
新鮮な空気。図書室の落ち着いた匂い。
三人は、あまりの安堵感から、テーブルに並んだ冷えたビールを手に取り、深いソファに身を沈めた。

「……疲れた。少し、目を閉じるよ」
「……私も、少しだけ休もう」
「ああ。……おやすみ、お前ら」

三人がほぼ同時に、心地よい微睡みの中で瞼を閉じた、その直後だった。

――ブォォォォォォン。

耳を劈くような、地下鉄がトンネルを抜ける重低音が響いた。

「……っ!? おい、サミー! キャス!」

飛び起きた俺の目に飛び込んできたのは、図書室の壁ではなく――。
再び、あの白すぎる蛍光灯と、黄色い点字ブロック。
そして、掲げられた看板には冷酷な数字が刻まれていた。

出口 0

「……嘘だろ……。……チェックポイントじゃなかったのか……」

サムの声が絶望に震える。
ここからが、ガブリエルの「本番」だったのだ。
さっきまでの平和な回廊は、もう戻ってこない。
一度も異変が起きなかったあの通路は、俺たちを油断させるための甘い毒に過ぎなかった。

「……おい、おじさんが……。笑ってやがる」

通路の向こうから歩いてくる、あのサラリーマン。
先ほどまで無表情だった彼の顔には、顔の筋肉がひきつるような、常軌を逸した「満面の笑み」が貼り付いていた。

「……引き返せ!! 今すぐだ!!」

サムの叫びと共に、俺たちは反転して走り出した。
背後で、笑うおじさんの足音が「タッタッタッタッ」と異常な速さで加速する音が聞こえた。

無限回廊の真のサバイバルが、今、幕を開けた。


出口 1

通路は、痛いくらいに静かだった。
コツ、コツ、と俺たちのブーツがタイルを叩く音だけが、異様に膨張して響く。

「……いいかい、二人とも。どんなに些細なことでもいい。違和感があったらすぐに報告して。ポスターの文字、点字ブロックの数、天井のシミの形……。僕たちは『完璧な日常』だけを歩かなきゃいけないんだ」

サムは、まるで獲物を狙う野鳥のような鋭い目つきで、左右の壁を凝視していた。
その様子を見て、俺――ディーンは少しだけ肩の力を抜いた。

「分かってらぁ。要は『間違い探し』だろ? ったく、ガブリエルの野郎、ハンターをバカにしてやがる。……おい、あの『アルバイト募集』のポスター、さっきよりデカくなってねぇか?」

俺が指差した先。通路の右側に貼られた、何の変哲もない求人広告。
それは、俺たちの目の前で、呼吸をするようにジワリ……ジワリと拡大していた。

「……それだ! 引き返せ!」

俺たちは一斉に踵を返し、今来た道を逆走した。
数メートル走ると、視界がわずかに歪み、再び「出口 0」の看板の前に戻っていた。

出口 2

次は、天井だった。
カスティエルが、何かに気づいたように足を止める。

「サム、天井の防犯カメラを見てくれ。……レンズの色が、赤い。そして、あれは……私たちを追っているのではないか?」

見上げると、白いハウジングに収まったカメラが、ウィーンという機械音を立てて、俺たちの動きに合わせて首を振っていた。それだけではない。カメラの横に貼られた「防犯カメラ作動中」のポスターの中の『目』が、ギョロリと動き、俺たちを睨みつけたのだ。

「……引き返すんだ! 急いで!」

出口 5

回数を重ねるごとに、通路の「表情」は露骨に、そして悪意に満ちたものへと変貌していった。
看板が「5」を指した時、通路の突き当たりから、轟音と共に『赤い津波』が押し寄せてきた。血のような、あるいは毒々しい塗料のような液体。

俺たちは死に物狂いで逆走し、間一髪で「0」へと逃げ帰った。

「ハァ、ハァ……! おい、サミー! これ、いつまで続くんだよ! 俺には全部同じに見えてきたぜ。もう適当に進んじゃダメなのか?」
「ダメだ、ディーン! 一度でも異変を見逃せば、僕たちはこの回廊に永遠に飲み込まれる。……いいか、記憶するんだ。おじさんの歩き方、看板の裏側、分電盤室のドアの音……。すべてを脳に焼き付けろ」

サムの額には、びっしょりと汗が滲んでいた。彼は自分自身の記憶力と、この歪んだ空間のルールとの間で、ギリギリの精神戦を繰り広げている。

「……サム。君にばかり負担をかけてすまない。私には、どれが『正常』でどれが『異常』なのか、この世界の基準が測りかねるのだ」
「いいんだ、キャス。……僕がやる。僕が……」

だが、その集中力が、一瞬の「油断」を招いた。

出口 6

看板が「6」に変わった通路。
見たところ、何も変わらない。ポスターも正常、おじさんの顔も無表情。
だが、天井の換気口から、糸を引くような『黒い液体』が音もなく滴り落ちていた。

「……異変なし。進もう」

サムがそう言って一歩踏み出した、その瞬間だった。

――バチィィィィィッ!!

「があああああああっ!!」

換気口から垂れた黒い液体が、サムの肩に触れた。
それはただの液体ではなく、数万ボルトの電圧を帯びた「罠」だった。
激しい閃光と共に、サムの身体が硬直し、白目を剥いて地面に崩れ落ちる。

「サミー!!」

俺が駆け寄ろうとしたが、通路の奥から『清掃員詰所』のドアが勢いよく開き、そこから不定形の、泥のような怪物が這い出してきた。

「ディーン、サムを連れて引き返せ! ここは私が食い止める!」

俺は意識を失ったサムを担ぎ上げ、全力で「0」の方向へ走った。
背後でカスティエルの怒号と、何かが砕ける不気味な音が響く。

俺たちが「出口 0」に辿り着いた時、世界は再び静寂を取り戻していた。
だが、そこにあるのは、絶望的な光景だった。

看板は、無情にも『0』を示している。
そして、唯一の「攻略本」であったサムは、ぴくりとも動かず、深い昏睡状態に陥っていた。

「……サム。起きてくれ、サム」

カスティエルが治癒の力を試みるが、ガブリエルの魔術が干渉しているのか、傷は塞がっても意識は戻らない。

「……クソ。……クソッタレが!」

俺は、白すぎる通路の壁を思い切り殴りつけた。
ここから先は、異変がランダムに、そしてより巧妙に出現する。
点字ブロックが顔になり、看板の裏が「引き返せ」と叫び、分電盤室のドアがドンドンと叩かれる地獄。

「……キャス。サミーは、今までずっと俺たちのために、この『異常なゲーム』を全部一人で教えてくれてたんだな」
「……ああ。彼は、私たちの盾になっていたのだ」

俺は担ぎ上げたサムを、壁際にそっと座らせた。
そして、震える手で、自分のレザージャケットの袖を捲り上げる。

「……サミー。お前が残してくれたアドバイスは、全部この耳に残ってるぜ。……行くぞ、キャス。今度は、俺たちがこいつを守って、出口まで連れて行く番だ」
「了解した、ディーン。……観察を開始する。ポスターの数、防犯カメラの光、ドアノブの位置……一分一秒たりとも、見逃しはしない」

配管工でも、勇者でもない。
ただの「兄」と「守護天使」が、沈黙した「弟」を背負い、無限の通路へと再び足を踏み入れた。


TIME: ??
看板:出口 0

俺――ディーン・ウィンチェスターは、ぐったりとしたサムの腕を自分の肩に回し、その巨体を支えて立ち上がった。サミーの奴、いつの間にかこんなに重くなりやがって。

「……よし、キャス。行くぞ。一歩でも踏み出したら、そこからが勝負だ。サミーがさっき言ってたことを思い出せ」

「ああ。記憶している。『完璧な日常』だけを歩く。……だがディーン、私には何が人間の『日常』なのか、未だに完全には理解できていない。このタイルの亀裂は異常か? それとも経年劣化か?」

「……理屈で考えるな。俺の直感に合わせろ。……サミーなら、こう言ったはずだ」

『いいかい、ディーン。まずは「真っさらな状態」を脳に刻むんだ。ポスターの並び、ドアの数、蛍光灯の点滅の間隔……。そこから少しでもズレたら、それはもう「世界」が俺たちを殺しに来てる合図なんだ』

俺は深く息を吸い、真っ白な通路へと踏み出した。

看板:出口 1

最初の通路。おじさんが前方から歩いてくる。
俺は目を皿のようにして周囲をスキャンした。

ポスター:アルバイト募集、防犯カメラ、禁煙。……異常なし。
天井:シミ一つない。……異常なし。
おじさん:無表情。……異常なし。

「……進むぞ。ここは『正常』だ」

角を曲がると、看板の数字が「1」に変わった。
サミーを担ぎ直す。肩に食い込む重みが、俺の集中力を削ろうとする。だが、逆にそれが「こいつを連れて帰らなきゃならねぇ」っていう強烈な動機になった。

看板:出口 2

異変は、足元に現れた。

「ディーン、止まれ。……点字ブロックだ」
「……点字ブロック? 何枚あるかなんて数えてねぇぞ」
「数ではない。形だ。……見てくれ」

カスティエルが指差した黄色い突起。その一つ一つが、苦悶に満ちた「人の顔」に変わっていた。小さな、米粒ほどの無数の顔が、俺たちを見上げて音もなく叫んでいる。

「……うわっ、悪趣味だな。……引き返すぞ!」

俺たちは反転した。背後でおじさんが「カツン、カツン」と、先ほどよりも少しだけ重い足音を立てた気がした。

看板:出口 0

振り出しに戻る。
だが、焦りはない。サミーが命懸けで教えてくれたルールだ。

次の通路。

ポスター:……待て。全部同じだ。
「おい、キャス。ポスターが全部『指名手配』に変わってやがる。しかも、載ってるのは全部俺たちの顔だ」
「……引き返そう」

看板:出口 3

俺たちの感覚は、研ぎ澄まされていった。
サミーがいない今、俺たちが互いの「目」になるしかない。

「ディーン。天井の看板だ。……裏側を見てくれ」
「裏? ……『引き返せ』。……チッ、ご丁寧なアドバイスだこった」

黄色い看板の裏側に、殴り書きされた血のような文字。
俺たちは再び「出口 0」へと戻る。
徐々に、ガブリエルの悪意が加速していく。

分電盤室のドアが、内側から激しくドンドンと叩かれる。
防犯カメラのポスターの「目」が、俺たちが通り過ぎるまでずっと追いかけてくる。
天井に、人間の苦悶の表情をした大きな「シミ」が浮かび上がる。
点字ブロックの数が、通路を埋め尽くすほどに増殖している。

看板:出口 5

「ハァ、ハァ……。……キャス、大丈夫か」

「……ああ。だが、この空間の圧力が強まっている。……ディーン、通路の先を見てくれ。従業員専用のドア……あの隙間から、誰かがこちらを覗いている」
「……ああ、見えてる。……絶対に目を合わせるなよ」

俺たちは無言で引き返した。
看板の数字が「6」にならない。何度も「0」へ戻され、精神が削られていく。
真っ白な通路、真っ白な光。
自分がどこにいるのか、今何回目なのか、サミーの呼吸はまだ続いているのか――。

「……サミー。……起きてくれよ。お前のその、理屈っぽい解説がないと、俺は……」

その時、背負っていたサムの指が、ピクリと動いた。

「……ディ、ーン……」
「サミー! おい、聞こえるか!」
「……看板……の、下……。……おじさんの……ネクタイ……」

サムはそれだけ言うと、再び意識を失った。
俺とキャスは顔を見合わせ、次の通路へと視線を投げた。

看板:出口 6

向こうから歩いてくる、あのおじさん。
いつもと同じ、灰色のスーツ。無表情な顔。
だが――。

「……ネクタイが、蛇のように動いている」
「……よくやった、サミー。……引き返すぞ!」

看板:出口 7

ついに「7」まで来た。
次だ。次で終わりだ。
だが、この通路には、これまでにない「違和感」が充満していた。

電気が不自然に明滅している。
通路の突き当たり、出口へと続く階段の手前に、清掃員詰所のドアがある。
そのドアノブの位置が、不自然に「扉の中央」に配置されていた。

「……異変だ。引き返そう」
「待て、キャス。……階段の向こうから、風が吹いてきてる」

俺は、サムを背負ったまま、扉の中央にあるドアノブを見つめた。
そこから、真っ黒な液体が、滴り落ちている。
もしここを通り過ぎれば、あの「黒い飛沫」の二の舞だ。

「……戻るぞ。……八番出口は、こんなに汚ねぇ場所じゃねぇはずだ」

俺たちは最後の一歩を踏み出さず、踵を返した。
その瞬間、背後で「ギィィィィィ……」と、詰所のドアが開く音が響いた。

「走れ、キャス!! 振り返るな!!」

俺たちは、全力で「0」へと、いや、このループの終焉へと駆け抜けた。

看板:出口 8

角を曲がった先。
そこに掲げられていたのは、神々しいほどに鮮やかな、黄色い看板だった。

【出口 8】

「……サミー。……着いたぜ。……お前の勝ちだ」

俺は、意識のない弟の頭を軽く叩き、光り輝く階段へと足を踏み入れた。


黄色い看板に刻まれた「出口 8」の文字。
それは、白すぎる蛍光灯に照らされたこの地獄において、唯一の「約束」だった。

「……ハァ、ハァ……。行くぞ、キャス。今度は……本物だ」

俺――ディーンは、肩に食い込むサムの重みを心地よく感じながら、一段ずつ階段を上っていった。
一歩、また一歩。
背後にある「終わらない通路」の気配が、徐々に遠のいていく。
カスティエルは俺の隣で、油断なく背後を振り返りながら、天使の刃を握りしめていた。

「ディーン、止まるな。……空間の歪みが消え始めている。出口の向こう側に、強い実体(リアリティ)を感じる」

階段の先に見えるのは、出口の自動ドア。
その硝子越しに、夜の都会の喧騒と、不健康なネオンの光が漏れていた。
俺たちは、吸い込まれるようにそのドアを潜り抜けた。

冷たい夜風が、俺の頬を打った。
排気ガスの匂い。遠くで聞こえるサイレン。
そして、目の前のベンチには、不敵な笑みを浮かべてカカオ70%のチョコバーを齧る男が座っていた。

「お帰り、ヒーロー諸君! いやぁ、最後の一歩、よく引き返したね。あのまま中央にノブがあるドアを開けてたら、今頃君たちは『出口 9』……つまり、永遠に終わらない、禁煙ポスターだらけの迷宮の住人だった」

「……ガブリエル、テメェ……!!」

俺はサムをベンチに下ろし、ガブリエルの胸ぐらを掴もうとした。だが、俺の手は虚空を掴んだ。奴の姿は、陽炎のように揺らめいている。

「おっと、暴力はいけないな。……サミーを見てごらんよ。君たちが『正解』を選んだ瞬間に、呪いは解けてるはずだぜ?」
「……ん、……う……」

サムがゆっくりと目を開け、焦点の定まらない瞳で周囲を見渡した。
首の火傷の痕が消え、血の気が戻っている。

「……ディーン? ……キャス? ……僕たちは、外に?」

「ああ。君が残してくれた断片的な記憶のおかげで、私たちは境界線を越えることができた。……サム、よく頑張ったな」

カスティエルがサムの肩に手を置く。その光景を見て、俺は握りしめていた拳を、ようやく解いた。

「『間違い探し』なんて、人生そのものだろ? 毎日同じことの繰り返しに見えて、実は少しずつ狂ってる。それに気づかず進み続けるか、それとも違和感に気づいて立ち止まるか。……君たちは、最高の『観察者』だったよ。……じゃあ、今度こそ本物の安息を。……あ、ビールの味には気をつけてな?」

ガブリエルが指を鳴らす。
その瞬間、俺たちの意識は再び、心地よい闇へと沈んでいった。

「……ガバッ!!」

俺は激しく飛び起きた。
鼻を突くのは、懐かしい古い本の匂いと、整備用オイルの香り。
そこは、紛れもなくバンカーの図書室だった。

「……ハァ、ハァ……!! ディーン!? 今、何番だ!?」

隣でサムが、椅子から転げ落ちそうになりながら周囲を警戒している。
カスティエルは、いつものように壁際に立ち、驚いたように俺たちを見ていた。

「……サム、ディーン。落ち着くんだ。……ここはバンカーだ。先ほどまで、君たちは二人とも深い眠りに落ちていたようだが」

「……嘘じゃねぇだろうな。またおじさんが歩いてきたりしねぇだろうな」

俺は、テーブルの上に置かれたビールの瓶をひったくった。
ラベルを見る。……「エル・ソル」。異常なし。
一口、煽ってみる。

「……にがっ……」

喉を焼くような苦みと、不快なほどぬるくなった液体の温度。
これだ。
あの完璧で無機質な通路で飲んだ「完璧なビール」にはなかった、この『不完全な味』。

「……サミー。本物だ。……最悪なほど、ぬるくて不味ぇ」

サムは力なく笑い、自分の顔を両手で覆った。

「……よかった。……もう、点字ブロックの顔は見たくないよ」

サムの言葉に、俺は肩の荷が下りるのを感じた。
ふと見ると、図書室の掲示板に、一枚の新しい「清掃当番表」が貼られていた。
そこには、ガブリエルの丸っこい筆跡でこう記されていた。

''『本物の世界へようこそ。

 ここは異変だらけだけど、

 それを「日常」と呼ぶのが人間だろ?

 追伸:廊下の電球が一つ切れてるぜ。引き返さずに交換しな。 ――G』''

俺は無言でその紙を引き剥がし、屑籠へと投げ捨てた。

「……サミー。廊下の電球、お前が替えとけ。俺は……しばらく、まっすぐな通路は歩きたくねぇ」
「……分かったよ。でも、僕一人で行かせるのは無しだ。……異変があったら、困るからね」

サムが冗談めかして言うと、カスティエルが真顔で応えた。

「私が同行しよう。防犯カメラのレンズの色については、私が責任を持って監視する」
「……ハハッ、最高だな」

バンカーの地下。
窓のない、閉鎖されたこの空間こそが、俺たちにとってはどんな「出口」よりも輝かしい、唯一の居場所だった。
俺はもう一度、ぬるいビールを喉に流し込んだ。
今度は、その苦みが最高に愛おしく感じられた。


ヴァンパイアサバイバルナチュラル

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誰か映画化して

混沌とした毒々しい緑の絨毯が、地平線の彼方まで続いている。空は深い紫に染まり、現実世界の物理法則を嘲笑うかのように、二次元的なエフェクトが空間を点滅させていた。
ウィンチェスター兄弟と一人の天使が目を覚ましたのは、そんな『狂乱の森』のど真ん中だった。

「……おい、今度は何だ。ガブリエルの野郎、また新しいゲーム機でも買いやがったのか?」
「ディーン、見て。……敵の数が、おかしい」

サムが指差した先。森の奥から、文字通り「壁」のような質量の魔物が押し寄せていた。
それは、彼らがこれまでの狩りで遭遇してきたものとは、似て非なる異形の群れだった。

闇の使者などという大層な肩書きとは無縁の、ただのコウモリの群れ。
労働組合に加入し、異様なほど復讐心に燃えて整列行進するスケルトン。
眠ることはないが、三食昼寝付きの労働条件を求めて彷徨うゾンビ。
通りかかる英雄を抹殺することだけが許容された社会から派遣された、泥人形の集団。
さらには、研究所で役に立たないと判定されて不法投棄された巨大マンティスや、下半身で物を考える男たちを誘惑して捕食するヴィーナスまで。

「……ここは『ヴァンパイア・サバイバーズ』の領域だ。君たち、私の指示に従ってくれ。この世界のルールを理解しているのは私だけだ」

私――カスティエルは、いつになく真剣な表情で告げた。かつて天界の任務の合間に、この電子の迷宮に数千時間を費やした記憶が、今こそ役に立つ時が来たのだ。

戦闘開始から数分。
ディーンは「見た目がクールでカッコいい」という理由で、空中に浮かぶナイフと斧を優先的に掴み取った。だが、現実世界のようにはいかない武器の挙動に、彼は苛立ちを募らせていた。

「クソッ! このナイフ、なんで正面にしか飛ばねぇんだよ! 尻から来てるゾンビはどうすりゃいいんだ!」
「……僕は、一番平和そうだからこれを選んだけど……ディーン、こっちに来ないで。すごく、その、臭うんだ」

サムの周囲には、緑色の不気味なオーラが漂っていた。彼は「ニンニク」と、パタパタと頼りなく羽ばたく「純白の鳩」を選択していた。

「サム、それは正しい選択だ。だがディーン、早く武器を強化しろ! 斧はレベル8になれば、すべての敵を貫通する強力な弾幕に変貌する!」
「どうやって強化するんだよ! ここには砥石も研磨剤もねぇぞ!」
「蝋燭だ! 蝋燭を見つけて壊せば、経験値のジェムや宝箱が手に入る!」
「蝋燭!? どこにあるんだよ、こんな草むらに!」

私――カスティエルは「魔法の杖」から断続的に光弾を放ち、「王の聖書」を自分の周りに回転させて防壁を作っていた。だが、周囲を埋め尽くすスケルトンの労働組合は、その程度の弾幕では容易に崩れない。

「サム! 鳩は『純白』だけでは足りない。必ず『漆黒の鳩』も見つけ出すんだ!」
「なんで!? 黒い鳩なんて不吉だし、怖いよ! そもそもこの白い方も、全然敵に当たらないんだ。ただ適当な場所にフンを落としてるみたいで……」
「その二羽は合体することで『破滅の鳩』へと完成される! それがなければ後半の質量には耐えられない! ……それからサム、なぜニンニクを強化しない」
「なんとなく拾ったけど、これ、すっごく臭いだろ……。自分の服に匂いが染み付くのが嫌なんだよ。ディーンだってさっきから鼻を摘まんでるじゃないか」
「ニンニクがあれば、ノックバック効果で味方を守る聖域を作れるんだ! 背に腹は代えられないだろう!」


魔物の群れは、もはや波ではなく「津波」となって三人を飲み込もうとしていた。
三人は背中を合わせ、サムが発する強烈なニンニクの異臭と、カスティエルが展開する聖書の回転盤の中に身を寄せて、一ミリずつじりじりと後退する。

「どうすんだよ! 囲まれたぞ! お前の聖書、さっきから一匹も殺せてねぇぞ!」
「大丈夫だ……。先ほど『クローバー』を拾った。運気が上がっているはずだ」
「お花摘みか!? そんな暇あるか! 死ぬぞ!」
「違う! 私はデフォルトで『聖ジャベリン』が使える。なぜかはわからんが……。とにかく、運さえあればこれが最強の武器になる!」
「なんでもいいから早く! 僕のニンニクも、もう限界だ! ゾンビたちが匂いに慣れ始めてる気がする!」
「お前、マジでくせーよ! 涙が出てきた!」
「仕方ないだろ! 僕の近くから離れたら、一瞬でスケルトンの組合員にボコボコにされるんだからな!」
「……あった! 宝箱だ!」

ディーンが地面に落ちていた豪華な宝箱を蹴り飛ばすと、ファンファーレと共に激しい光が溢れ出した。
スロットが回転し、カスティエルの「聖ジャベリン」が究極の進化を遂げた。
それは『天使の叫び』へと姿を変え、戦場に異変を巻き起こした。

「……来るぞ。これの真の力だ」

空が割れ、ランダムな位置にとてつもない大きさの「黄金の羽根」が降り注ぎ始めた。
ドォォォォォン! と凄まじい衝撃波が走り、羽根が触れた魔物たちは悲鳴を上げる間もなく塵へと還っていく。

だが、その攻撃範囲は完全なランダムだった。

「……おい。あのでけぇ羽根、あさっての方向に落ちてねぇか? 目の前のマンティスがまだピンピンしてんだけど!」
「ちゃんと当たってるのかな、あれ……。僕たちのすぐ隣には一発も落ちてこないんだけど」
「……位置の予測は不可能だ。だが、当たれば致命打だ。確率は五分五分といったところか……」
「五分五分!? お前、その博打で俺たちの命を預けてんのか!」

羽根は地響きを立てて地面を抉るが、三人の目の前にいるヴィーナスの花びら一枚かすめることはなかった。

「……これだけでは対処しきれんな。サム、ディーン。やはり、もっとニンニクを……」
「「ニンニクはもういい!!」」

毒々しい森の夜は、まだ始まったばかりだった。


『狂乱の森』の地平線は、もはや魔物の蠢く壁によって完全に遮断されていた。
カスティエルの『天使の叫び』がランダムに空を割り、巨大な羽根が敵を塵に帰すが、その空白は瞬きする間に新たなスケルトンやゾンビの波によって埋め尽くされる。絶望的な質量が、確実に三人の包囲網を狭めていた。

「ディーン! 斧は強化したのか!?」
「したよ! 言われた通りに蝋燭をひっくり返して宝箱を見つけたぜ。……来やがった!」

ディーンの手元で、無骨な斧が禍々しい光を放ち、巨大な『魂狩りの鎌』へと進化した。
彼が腕を振るうまでもなく、その身体から無尽蔵の漆黒の鎌が放射状に放たれ、四方八方の敵を切り刻みながら画面外へと飛び散っていく。

「うっひょー、かっけぇ! 死神にでもなった気分だぜ。……でもこれ、ちゃんとダメージになってんのか? 敵が多すぎて、削れてる実感がねぇぞ!」
「それだけでは心もとない! 鎌は貫通するが、一点集中のダメージというよりは広域の弾幕だからな。……サムはどうだ! 鳩の合体はまだか!」
「ごめん、ニンニクも鳩もまだなんだ。代わりに聖水を見つけて……ほら、悪魔退治なら聖水だろ? これが一番しっくりくる」
「ここには、それが有効打になる『本物の悪魔』はいないと言ったはずだ!」

カスティエルの悲鳴にも似た忠告も虚しく、サムの聖水が進化を遂げた。
『生命の水(ラ・ボッラ)』へと変わったその飛沫は、三人の周囲に青白い継続ダメージエリアを次々と形成していく。地面で燃え盛る聖なる炎が敵の足を確実に奪うが、それが発生する位置はやはり予測不能で、目の前に迫るヴィーナスの触手を防ぐには至らない。

「まずいな……。押し切られたら本当に一瞬で終わるぞ。瞬きする暇もない」
「怖いこと言うなよ! お、ナイフも進化したぜ。これならどうだ!」

ディーンが構えたナイフが、青白い閃光と共に『無限の刃(サウザンド・エッジ)』へと変貌した。
文字通りの「無限」の弾丸となった刃が、ディーンの正面に向かって遅延なしで射出され、一直線に魔物の群れを撃ち抜いていく。だが、王の聖書のわずかな隙間をかいくぐり、ゆらりと、これまでとは次元の違う不気味な影が現れた。

「……ソードガーディアンだと!? 奴は『ガロの塔』の魔物のはずだ!」
「なんだって? どこのどいつだ!」
「危ない、キャス!!」

横から飛び込んできたサムの体当たりが、カスティエルを突き飛ばした。
その直後、カスティエルがいた場所で『シニョーラ・ロッシ』が爆発を起こす。
サムのニンニクのオーラが周囲に飛び散り、爆風と共にいくらかの隙間が作られた。

「……恩に着る、サム。あいつは『象眼の図書館』の魔物だ。……どうやらこの世界は、複数のエリアがめちゃくちゃに入り乱れているようだな」
「そんな分析は後だ! キャス、あのアホみたいにデカいのはなんだ!?」

三人の前に、身の丈10メートルはあろうかという巨躯が立ち塞がった。
それは巨大なニワトリのようにも見えるが、剥き出しの口元には人間の歯が並び、筋肉質な脚で地面を抉りながら、すべてを噛み砕かんと迫りくる。

「うわ、気持ち悪……。でも、あれボスじゃない!? 倒せば元の世界に戻れるかも!」
「甘いぞサム、あいつは『ゲーゴス』。中ボスでしかない。なんなら、各レベルで当然のように倒される存在だ。……ガブリエルの野郎、まさかDLCの内容までねじ込むとはな」
「マジかよ! どんなクソゲーなんだよ!」
「……とりあえず、ニンニクは進化させたよ」

サムの周囲に、どす黒い負のオーラが渦を巻き始めた。
ニンニクの進化形『魂喰らい(ソウル・イーター)』だ。
周囲の敵を弾き飛ばすノックバックに加え、敵の生命力を吸収して三人の傷を癒す聖域を作る。

「おいサミー。聖水おねしょと鳩の糞の次は、ネガティブキャンペーンかよ! どす黒いぞ! お前、本当はふざけてんだろ!」
「実の弟にそんな言い方するなよ! 必死なんだよ!」
「……しかし、もうニンニクでは限界だ」

その通りだった。巨獣ゲーゴスにはノックバックなど通用しない。
これほどの巨大魔物を平気で放出するシステムであれば、さらに強力な「何か」が控えているのは明白だった。

「一撃に強い武器なんて、もう持ってないよ!」
「……任せてくれ。DLCが可能なら……こちらにも『特権』があるということだ!」

カスティエルが掲げたドラゴンウォーターの鞭が、眩い閃光を放ちながら進化した。
『ハイドロストーマー』発動。
混沌とした森に、突如として浄化の大雨が降り注ぐ。それはただの雨ではなく、魔物たちを強制的に押し流し、消滅させる聖なる激流だった。

「……いつの間にそんなものを! だったら僕も……『魔術本』を拾ったよ!」

サムが掲げたDLCの魔術書レフェクティオが、眩い金色の光を放ち進化する。
『サンクチュアリ』が展開されると、三人の周囲から魔物が一瞬で掻き消えるだけでなく、柔らかな光がじわじわと彼らの疲弊した精神と肉体を癒していった。

「僕は平和主義だからね。これで十分だ」
「……お前ら二人とも、カッコつけすぎだろ! 俺にもなんか、一発逆転のすごいヤツをくれよ!!」

ディーンの咆哮が森に響き渡る。
だが、その叫びを嘲笑うかのように、BGMのテンポが一段と速まった。
30分のタイムリミットまで、あとわずか。
地平線の向こうから、今度は死神の鎌の音が聞こえ始めていた。


『狂乱の森』に流れるBGMは、もはや原曲が判別できないほどに加速し、高音の電子音が神経を逆なでするように響き渡っていた。空の色は毒々しい紫から、血を滴らせたような暗赤色へと変貌を遂げている。

「ディーン、サム。もうすぐ30分だ! 覚悟を決めろ!」
「30分がなんなんだよ! カップラーメンでも食う時間か!」
「あいつが来る! 準備しろ! 私の傍を離れるな!」
「なにを!? 何が来るっていうんだ、キャス!」

残り時間、わずか5分。
ゲームの仕様を完全に把握しているカスティエルだけは、背筋を凍らせていた。周囲を埋め尽くす魔物の群れは、いまや一粒の隙間もないほどに密集し、三人の足場は『魂喰らい』と『サンクチュアリ』の光の円の中に辛うじて保たれている状態だ。

「よっしゃ! ちょーかっこいい鞭だ! これだ、これを待ってたんだよ!」

ディーンが空中で掴み取った宝箱から、眩い黄金の光が噴き出した。彼の手に握られた錬金の鞭が進化を遂げ、伝説の武器『ヴァンパイアキラー』へと姿を変える。
独特の鋭い鞭の音が鳴り響くたびに、太陽の如き聖なる炎が巻き起こり、押し寄せる魔物たちを焼き尽くしていく。カスティエルの『ハイドロストーマー』が降らせる豪雨と、ディーンの放つ炎が激しくぶつかり合い、周囲は蒸気と爆発が入り乱れる混沌とした戦場と化した。

「鳩さんも見つけたよ。……おいで!」

サムが差し出した両手に、純白の鳩『ピジョン』と漆黒の鳩『エボニー・ウィング』が舞い降り、一筋の光となって融合した。
二色の翼を持つ『破滅の鳩(ヴァンダリア)』の誕生だ。
それはサムの頭上で円を描きながら、目まぐるしい乱反射ビームを四方八方に放ち始めた。不規則にすべてを破滅させていくその様は、清廉な天使でありながら地獄へ堕ちたルシファーの翼を彷彿とさせた。

「最高だぜ、サミー! まるで光のショータイムだな!」
「不吉な名前だけど……威力は本物だね!」

だが、強力な進化武器を手に入れた二人の喜びとは裏腹に、カスティエルの表情は絶望に染まっていた。彼は狂ったように、倒したボスが落としたジェムを拾い集め、レベルアップの選択肢を睨みつけていた。

「どこにも無い……。なぜだ、なぜ出ないんだ……」
「なにがだよ! もう結構強くなったし、これだけ弾幕を張ってりゃ何が来ても平気だろ!」
「クロックランセットが……あれが無いと積むんだ!」
「その言い方、どっかの実況者みたいで好きだよ。そんで、なんだって?」
「時止めだ! 詳しく説明している暇がないが、30分が経過すると『赤い死神』が現れる。あいつを倒すには、あれが必要なんだ!」
「死神……? キャス、あのビリーとかテッサみたいな、取引のできる相手じゃないのか?」
「ディーン、いい加減に現実世界とごちゃまぜにするな。あいつはこの世界のシステムそのもの、拒絶不能の終焉だ。死の騎士に近いが、性格はもっと機械的で容赦がない。死神は触れただけで即死する。ノックバックも攻撃も、今の我々の火力ではほとんど通用しない!」
「そんなのどうすんだよ! 物理が効かねぇならお手上げだぜ!」
「……時を止めるんだ。時を止めて、奴の動きを封じている隙に叩き込むしかない」
「そんなチートみたいな技……本当にこの世界にあるの?」
「ある。……だが、運(ラック)が足りない。ガブリエルが私の引きを操作しているのかもしれん」

BGMがピタリと止まった。
静寂。
いや、それは静寂ではなく、すべての音が一つに収束していく前触れだった。

画面中央に表示されたタイマーが、非情にも『30:00』を刻む。
刹那、耳を劈くような金属音が響き、ディーンたちが維持していた弾幕の壁が、まるで見えない巨大な手に握りつぶされるように消失した。

「……来た。離れるな、二人とも!!」

暗赤色の空から、鎌を手にした紅蓮の影が、音もなく舞い降りた。


BGMが止まった瞬間、空気の震えさえもが硬直した。
タイマーが『30:00』を指すと同時に、画面全体を覆い尽くしていた魔物の群れが、まるで見えない巨大な手に握りつぶされるように一瞬でかき消える。

静寂。
そして、その静寂を切り裂くように、地平線の彼方から紅蓮の影が音もなく滑り込んできた。

「……来た。赤い死神だ! 逃げろ、決して間合いを詰めさせるな!!」

死神は、ディーンたちがこれまで相手にしてきた魔物とは次元が違った。その動きは滑らかで、あまりにも速い。手にした巨大な鎌を翻し、ディーンの『ヴァンパイアキラー』が作り出す聖なる炎のカーテンを、紙細工のように切り裂いて突っ込んでくる。

「うおっ!? なんだあいつ、俺の鞭を無視してきやがった! 普通はここでこんがり焼けるはずだろ!」

ディーンは後ずさりしながら『無限の刃』を連射した。超高速で射出されるナイフの弾幕が死神の顔面に叩き込まれるが、奴の歩みは1ミリも揺るがない。ノックバックさえも無効化しているのだ。

「……キャス、あいつの体力が全然減ってない! 破滅の鳩のビームが直撃してるのに、掠り傷一つつかないなんて!」

サムが焦燥に声を荒らげる。周囲では『生命の水』の青い炎が燃え盛り、『サンクチュアリ』の浄化の光が絶えず降り注いでいる。本来ならどんなボスでも数秒で塵に帰すはずの火力だ。だが、赤い死神はその弾幕の中を、まるでただのそよ風でも浴びるかのように悠々と歩いてくる。

「無駄だ、今の攻撃力ではあいつを削り切るのに数時間はかかる! クロックランセット……時を止める針がなければ、10秒と持たずに私たちはバラバラにされるぞ!」

カスティエルの額に冷たい汗が伝わる。死神が鎌を大きく振り上げた。その刃がサムの『魂喰らい』のオーラに触れた瞬間、パリンという硬質な音と共に、サムの防御結界が無残に砕け散った。

「うわっ……!!」
「サミー!!」

ディーンが咄嗟にサムを突き飛ばし、自分も横へと転がった。死神の鎌が空を切っただけで、地面のテクスチャが抉れ、深い亀裂が走る。

「キャス! 時止めの道具なら、さっきの宝箱の余りに落ちてねぇのか!? どっかの蝋燭の中に隠してあるとか!」
「レベルアップの選択肢に一度も出なかったんだ! おそらくガブリエルが排出率をゼロに書き換えて……ッ、あそこだ!」

カスティエルが指差した先。戦場の端、死神の猛攻によって瓦礫と化した場所の影に、不自然に点滅する「青い宝箱」がポツンと落ちていた。

「……あれだね! でもあそこまで行くには、あいつの目の前を通らないと!」
「二人とも、私を信じてくれ。……私の『天使の叫び』を一点に集中させる。確率の神に祈れ!」

カスティエルが天を仰ぎ、両手を広げた。
ランダムな位置に降り注いでいた黄金の羽根が、カスティエルの全神経を注いだ咆哮と共に、死神の進路を塞ぐように一列に並んで炸裂した。ドォォォォォン!! という衝撃波が死神の足を一瞬だけ止める。

「今だ!!」

ディーンは『魂狩りの鎌』を背負い、全速力で宝箱へとスライディングした。死神の鎌が彼の背中を掠め、レザージャケットの端がドット絵の破片となって飛び散る。

ディーンが宝箱を蹴り開けると、けたたましいファンファーレが鳴り響いた。
ルーレットが高速で回転し、その中央に、氷のような青い輝きを放つ針の時計――『クロックランセット』が姿を現した。

「あったぞ! ……けど、これどうやって使うんだよ!」
「手にした瞬間、自動で発動する! サム、ディーン、私に続け!」

カスティエルがランセットを掴んだ瞬間、三人の周囲から十二方向へ、青い光の針が放射状に放たれた。光が死神に触れた刹那、カチリという機械音が響き、真っ赤な死の化身がその場で彫像のように凍りついた。

「止まった……!? 嘘みたいだ」
「長くは持たん! 二分おきに次の一発を当てる必要がある。その間に叩き込め!!」
「へっ、待たせたな。……死神さんよ、お前が本当の死の騎士より頑丈かどうか、試してやろうじゃねぇか!」

ディーンの『ヴァンパイアキラー』が火を吹き、サムの『破滅の鳩』が虹色のビームで死神を包囲する。
時が止まった地獄の中で、三人の全力の弾幕が赤い影を飲み込んでいく。

しかし、ガブリエルの笑い声がどこからか聞こえてきた気がした。
一人目の死神が凍りつく中、画面の端から二人目、三人目の「赤い影」がゆっくりと現れ始めていた。


「死神は一匹ではない!!」

カスティエルの怒号が、爆音と化したBGMを突き抜けて響き渡った。その声には、かつて天界の戦場でも見せたことのないような、剥き出しの怨念と執念が籠もっていた。

「はあ!? 一匹倒すだけでも数時間かかるって言ったのはお前だろ! 冗談じゃねぇ、増援かよ!」
「キャス、落ち着いて! 何か、何か別の策があるはずだろ!」

だが、カスティエルの意識は、一瞬にして数年前の「ある屈辱」へと引き戻されていた。

【ここから回想シーン】

それはまだ、この世界に「DLC」などという概念も、洗練された「進化」の法則も確立されていなかった頃の話だ。
バンカーの片隅で、ディーンたちの眠る静かな夜、カスティエルはガブリエルから渡された「教育用デバイス」でこのゲームに触れていた。

最初は、ただのストレス解消のつもりだった。押し寄せるゾンビを光の弾で散らす作業は、天界の複雑な政治闘争に疲れた彼の心に、奇妙な平癒をもたらしていた。
だが、30分。
あの忌まわしいタイマーが30分を刻んだ瞬間、現れた「赤い影」に、カスティエルはなす術もなく膝を折られた。

カスティエルは諦めなかった。
「鎧」を何層にも重ね、喉が焼けるほどの「ニンニク」を束ね、あらゆる防御を固めた。だが、死神の鎌はそれらすべてを「システム上の即死」という非情な一撃で無に帰した。

ふと見れば、通信機能を通じて繋がっていた同胞の天使たちは、いとも容易く死神を翻弄していた。地形の角、図書館の机、あるいは森の石像――プログラムの死角(地形ハメ)を利用し、無敵の死神を完封するその姿。
見よう見まねでカスティエルも試みた。だが、1ミリのズレも許されない「地形ハメ」のテクニックは、あまりにも生真面目な彼の操作技術では、どうしても再現できなかった。
画面に浮かぶ『Game Over』とリザルトの文字群。それを嘲笑うような、ガブリエルの幻影。

あの時の屈辱。あの時の無力感。
天使としての威厳さえも電子の海に溶かされた、あの絶望的な「30分間」を、彼は片時も忘れたことはなかった。

【回想シーンここまで】

「……今日、ここで。私はあの時のすべてを清算する」

カスティエルの瞳が、青く冷徹な光を放った。
死神は一匹ではない。画面の端から、二人目、三人目……真っ赤な死の執行人たちが、等間隔で静かに、しかし確実にこちらを包囲するように現れ始めていた。

「キャス! 何か、あいつに対抗できる最強の装備はないの!? まだ何か拾い忘れてるんじゃ……」
「本来なら、『深紅の聖骸衣(クリムゾン・シュラウド)』が必要だ。月桂冠を進化させれば、ダメージを最小限に抑え、死神の猛攻さえも耐えられる無敵の衣となる。……だが、今からそれを作るための資材を探すのは、到底不可能だ」
「つまり、防御は捨てろってことか」
「そうだ。……この『クロック・ランセット』だけで、すべてをやり切る。死神を、時間の牢獄に閉じ込め続けるんだ!」

カスティエルは、凍りついた一人目の死神に向かって、さらに正確な位置取りで青い針を放ち続けた。ランセットの光が放たれるたび、重なり合う死神たちの時間がカチリ、カチリと止まっていく。

「おいおい、見てろよ! 俺の『ヴァンパイアキラー』が、あいつらのケツを真っ赤に焼いてやるぜ!!」

ディーンの鞭が、炎の蛇となって死神の群れに襲いかかった。ハイドロストーマーの豪雨が蒸気となり、破滅の鳩のビームが幾重にも重なった死神の身体を貫通していく。

「一人を狙え! 複数を同時に殺そうとするな! 火力を集中させるんだ!!」
「わかった! 聖水のエリアをあそこに固定する!」

サムが『生命の水』のボトルを、凍りついた死神の足元へ叩きつけた。青い炎が渦を巻き、一点に凄まじい継続ダメージを刻み込んでいく。

「ディーン、今だ! 聖ジャベリン……最大出力!!」

カスティエルの咆哮と共に、画面の半分を埋め尽くすほどの「巨大な黄金の羽根」が、凍りついた死神の脳天へと垂直に降り注いだ。
ドォォォォォォォォォン!!
物理的な振動が、三人の鼓膜を揺らす。

死神の身体が、電子的なノイズを立てて激しく明滅し始めた。
それは、かつてカスティエルが一度も見たことのなかった、死神の「死」の予兆だった。

「……削れてる! 削れてるぞ!! キャス、お前の言った通りだ! 止まればただのカカシじゃねぇか!」
「まだだ、手を緩めるな! 次の一発が来るぞ!!」

だが、喜びも束の間。
画面の四隅から、四人目、五人目、六人目……。
赤い死神たちが、まるでもう一つの「弾幕」そのもののように、無限に増殖し、三人の安息域を物理的に押し潰そうと迫ってきた。

「……ガブリエル。お前の悪ふざけの限界を、私が見せてやる」

天使の執念と、ウィンチェスターの泥臭い生存本能が、この混沌とした『狂乱の森』で最高潮に達しようとしていた。


一人目の『赤い死神』が、電子的な悲鳴を上げて四散した。
凄まじい数の経験値ジェムと、金色の卵が戦場にぶちまけられる。弾幕の圧がわずかに緩み、勝利の予感が戦場を包んだ。

「よっしゃああ! 見たか、このクソ野郎! ウィンチェスターに手を出したのが運の尽きだぜ!」

ディーンが『ヴァンパイアキラー』を空中で振り回し、勝鬨を上げる。

「……やった、本当に倒せたんだ。キャス、君のランセットのおかげだよ! これでバンカーに帰れるね」

サムもまた、破滅の鳩を肩に休め、安堵の表情でカスティエルを振り返った。
だが、そこにいたのは、勝利を確信した英雄の顔ではなかった。

「終わりでは無い!!」

カスティエルの怒号が、静まりかけた戦場を震わせた。その瞳は一点、画面の端、文字通り「存在してはならない場所」を凝視していた。

「おいおい、まだ増援か? 赤いのがまた来るのかよ」
「……違う。あいつは、システムそのものだ。あいつが現れたということは、この世界の理が『我々の死』を強制的に決定したということだ」

BGMが、耳を劈くような単調な低音へと変わる。
画面の四隅が、不気味なノイズと共に白く染まり始めた。
そして、音もなく、それは現れた。

半透明の、骨張った巨大な白い手。あるいは、顔のない白い死神――『ホワイト・ハンド』。
それは赤い死神のように歩いては来ない。フレームレートを無視し、三人の「命の数値」そのものへ直接指を伸ばすように、冷酷に、瞬時に間合いを詰めてきた。

「……!? 攻撃が当たらない! 鳩のビームも、聖水も、すり抜けていく……!」
「嘘だろ!? 俺の鞭が効かねぇ!? おい、キャス、ランセットで止めろ!」
「無駄だ! ホワイト・ハンドは状態異常も、ダメージも、時止めさえも受け付けない。触れられれば、HPがどれだけあろうと、強制的に『終了(GAME OVER)』だ!」

白き死神の指先が、ディーンの胸元に迫る。
現実世界でいえば、それは魂を直接摘み取られるような、逃れようのない絶対的な破滅。
だが、その瞬間。

カスティエルの周囲に、無数のデバッグコードのような青い文字列が渦巻いた。

「……ガブリエル。お前はこの世界のルールを私に教えたが、一つ忘れている。私はかつて、天界の全記録を瞬時に処理していた計算機でもあるということをな」

【カスティエル:超ゲーマースキル発動】

カスティエルの動きが、物理的な限界を超えた。
彼はディーンとサムの襟首を掴むと、1ピクセル単位の精密な動きで、ホワイト・ハンドの「即死判定」をすり抜けた。

「うおっ!? なんだ、今の動き! キャス、お前残像が見えるぞ!」
「黙っていろ。今、私はこの世界の『当たり判定』と『描画処理』の隙間に入り込んでいる。……サム! 右斜め45度に『サンクチュアリ』を放て! 座標をずらす!」
「わ、わかった!」

サムが放った浄化の光が、ホワイト・ハンドの輪郭をわずかに歪ませる。その刹那、カスティエルは空中に浮かぶ「見えないバグの欠片」を蹴るようにして、さらに高次な回避運動を見せた。

「おいキャス! お前の顔、なんか……凄まじいことになってんぞ! プロの目つきだ!」
「地形ハメができないのなら、システムそのものをハメるまでだ……。ディーン、左へ三歩! 鞭のSE(サウンドエフェクト)で処理落ちを誘発させろ!!」
「処理落ち!? 意味分かんねぇけど、やってやるよ!!」

『ヴァンパイアキラー』が火を吹き、凄まじい爆発エフェクトが画面を埋め尽くす。処理しきれないエフェクトの負荷により、ホワイト・ハンドの動きにわずかな「ラグ」が生じた。

カスティエルはそのラグを見逃さなかった。
彼は、死神の指先と自分の胸の間に、あえて『クロック・ランセット』を「逆向き」に突き立てた。

「……見つけたぞ。終了命令の、記述ミスを!!」

カスティエルが叫ぶと同時に、世界全体が激しいノイズに包まれた。
ホワイト・ハンドがカスティエルに触れる寸前、ゲームの論理回路が「矛盾」を検知して停止する。

強制終了(クラッシュ)の音が、天を劈いた。

「……ッ、ハァ、ハァ……!!」

激しい衝撃と共に、三人はバンカーの図書室の床に叩きつけられた。
鼻を突くのは、懐かしい古い本の匂いと、冷めたコーヒー。

「……戻った、のか? 嘘だろ、あの白い手に捕まったかと思ったぜ」

ディーンが自分の胸を確かめ、生身の心臓の鼓動に安堵する。
サムもまた、メガネ(この時だけ掛けていた)を直し、ふらつきながら立ち上がった。

「……キャス。君、最後にあんな……あんなの、ただの天使の力じゃないよ。完全に『仕様の穴』を突いてた……」

カスティエルは、いつものトレンチコートを直し、静かに壁際に立った。その顔は、長年の宿敵を打ち破ったかのような、静かな満足感に満ちていた。

「……私は神だ。……いや、ゲーマーだ。この世界においては、な」

図書室のテーブルの上には、いつの間にか一箱の「金色の卵」と、一枚のメモが置いてあった。

『お見事。

システムのバグを突いて逃げ切るなんて、

完璧主義者のキャスらしくないけど、

最高の「チート」だったぜ。

追伸:その卵、食べると足が速くなるけど、

制御不能になっても知らないよ。 ――G』

ディーンはそのメモを丸め、屑籠へと放り投げた。

「……ったく。おい、キャス、サミー。……次は、もっとまともな狩りに行こうぜ。……あんな、目がチカチカする世界は、もう御免だ」
「……賛成。……でもキャス、君のあの『処理落ち誘発』の指示、今度詳しく教えてよ」
「ああ。……まずはフレームレートの概念から説明しよう。三時間はかかるが、いいか?」
「……やっぱ、聞かなきゃよかったぜ」

バンカーの夜。
不器用な三人の「協力プレイ」は、また一歩、彼らの絆を奇妙な方向へと深めていった。