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Last-modified: 2014-09-07 (日) 07:47:36

ねくそにある分は画像なのであとまわし

背景ストーリー

転移
人間たちは転移と呼ばれる次元移動現象によって、これまで見たことのない新しい生命体を目にすることになる。新しい生命体に対する好奇心もつかの間、それらがみるみるうちに暴悪になり民間人に被害が相次いだ。

転移に加え、かつてエルフの森<グランプロリス>に棲息していた動植物に異変が起きていた。その最中、突然起きたグランプロリスの大火災。この事件後、グランプロリスではエルフたちの姿は見られなくなり、暴悪と化した動植物と転移によって現れた生命体でいっぱいの死の森と変わっていった。人々はそれらを<モンスター>.と呼び、警戒し、恐れていた。ちょうどその時からモンスターたちを討伐するため、日々己の身体を鍛錬し世界を冒険しようとする<冒険者>とよばれる者たちが歴史に多く登場することになる。

一方、グランプロリスの大火災によって<天城>を包んでいた霧のような魔方陣が晴れ、天城の雄々しい姿が現れる。千年前、人間の大陸と天界の交易場所となっていた天城。伝説の中で伝えらてきた天城がその実体を明らかにした。天城を守る光の生命体と龍人たちがその前をはばかる。

あちこちから伝えられる伝染病の知らせ。30年ぶりに目覚めた冷龍<スカサ>に追われ国境を侵入した<バントゥ族>の知らせも加わり、世界が時とともに混乱していく中、冒険者と呼ばれる者達が増えていくことだけが唯一の救いなのだが…

この混沌の世界に未来はあるのか? この全ての出来事の原因は何なのか? 果たして冒険者たちがこの混乱を鎮め、未知の世界である天界や魔界を冒険することできるだろうか?

冒険は今始まったばかりである。

年表

天城への道が塞がれ天界との交流が途絶えた年をアラド歴0年とする

977年最初の転移が発生。悲鳴窟で使徒シロコが転移され、周辺に多くの被害を与える。
981年エルフの森<グランプロリス>の動植物に異変が起き始める。
悲鳴窟に転移された使徒シロコが鬼剣士<ロキシー>によって倒された。
985年グランプロリスに大火災が発生。森に住むエルフたちのほとんどが姿を現さなくなった。
エルフたちの魔方陣が解け<天城>がその姿を現す。
大陸のあちこちで転移が起こる
986年<デ・ロス帝国>が周辺国家の征服に野望を抱き<ベルマイア公国>は帝国によって強制占領された。
990年大陸の動植物たちが一層凶暴化し民間人の被害が続出。人々はこれらをモンスターと呼ぶようになり 大陸を往来しながらモンスターたちを退治する冒険者たちが歴史に登場するようになる。
993年天城に上った冒険者たちによって空の海<ミドルオーシャン>の存在が明らかになる。
他の次元に封印されていた<混沌のオズマ>が転移によって生じた次元のはざまを利用し悪魔を解き放つ。
994年天城最上階で天城を守っていた光の城主<ジグハルト>が消滅。
しかし天城の上にあると知られる世界への道は閉ざされていることが判明。
995年ミドルオーシャンを泳ぐ大陸のような動物<ベヒーモス>の背に棲息していた<ロータス>が冒険者たちによって消滅。
同年、ダークエルフの街に伝染病が広まった事件をダークエルフが人間の仕業だと誤解し、人間に宣戦布告。近郊のベルマイアを進攻しようとする。これにベルマイアは秘密伝令<バケン>を通じ冒険者たちを招集し、戦争を免れようとした。
996年過激なダークエルフ元老たちによって、ダークエルフと帝国間の戦争が勃発。
<バントゥ>族が30年ぶりに目覚めた冷龍<スカサ>に追われ帝国の警戒を侵攻。
997年人間の街ノースマイアにも伝染病が広がり、街の皆が死んでしまう。

地域紹介

地域名 / 難易度背景ストーリー
エルブンガード / Lv.1 - Lv.2昔、妖精と人間が大山林の中で付き合ったごろ、ここエルブンガードは外の世界から侵入を防ぐ所だった。しかし、貪欲な人間に失望して全ての妖精が皆去ってしまった今、いつのまにか生い茂た森には下等な生き物のゴブリン達が群れをなして生きっていて、鍛冶屋ライナスが初心者の冒険家達に経験を積むように引き渡している。
グランプロリス / Lv.3 - Lv.19妖精語で流れる森って言う意味。スジュとベルマイア、デーロス帝国 三つの帝国の中心に位置する妖精の敷地である 大森林を意味する。妖精が人間達に 信頼を失って大抵は人間から去った後でも、 その中何名かこのグランプロリスにそのまま残っていたと言われる。 偶然にこの中に入った人からこの森の中には 神秘な花と薬草、沢山の古代の宝石を見た と言ううわさが伝えている。 世界が尋常ではない兆候はグランプロリスから一番 早めに始まった。森の動植物達が暴悪になって、森で 失踪したり命を失った人たちが発生し始まった事だ。 だが、それは始まりで過ぎない事だった。 世界のあちこちに転移された強いモンスター達のうわさで 人心が動揺する中で発生したグランプロリスの大火災。 そのせいで何名しか残ってない森の妖精まで全て跡を くらまし、<モンスター>って呼ばれる暴悪な動植物達だけがその場所を守っていた。 一体森の中にはどんな事が起きているなのか。
天城 / Lv.16 - Lv.29伝説の中しか存在していた天城。伝説の因ると、 千年前には天城を通じて空の上にあるまた違う世界である天界に 届けられると言われる。 不吉の前兆だったのか、それとも新しい世界に対する希望を 伝えるメッセージだったのか。 ともかくグランプロリスに大火災が起きて天城の姿を 隠れていた魔法陣が希釈され、伝説の天城はついに その姿を現れた。 その間天界で落とされたガンナーキリの登場で、天城に について伝えて来た話は全て事実だったのが確実になり 天界と地上の交流を止めて天界に対する自分の支配権を 強固にするつもりだったバッカルが、天城を止めるために派遣した自分の 忠誠な部下ジグハルト。天界でバッカルが死んでから500年も 過ぎた今でもバッカルが死んだことを知らずにジグハルトは永遠に 天城を守っている。
ベヒーモス / Lv.30 - Lv.39天城の最後まで上がったが、天界に登ることができなかった冒険家たち。目標を失う暇もなくベヒーモスから来たオフィーリアの 話に耳を向けることになる。ミドルオーシャンを泳いで生きている空を飛び回る大陸だとするぐらい大きいな生物体ベヒーモス。オフィーリアの話によるとベヒーモスなど上にあるばらばらになっていた古代の遺跡を崇拝するGBL教の 信徒達がベヒーモスの背中の上に転移した使徒ロータスの精神攻撃のせいで皆狂ってしまったと言うが、 ようやくかち合うがようやくかち合う使徒に関する好奇心によって 冒険家たちは黒妖精の非公正マがタを乗ってベヒーモスの背中に 乗り込む。
アルプライラ / Lv.40 - Lv.50平和だった黒妖精の町ノーイオペラに急に伝染病が広がりながら大勢の黒妖精が死んでしまい、黒妖精達と仲良い関係だっメイジであり占術家でもあるアイリスが伝染病の原因ではないかどうかに関して人間を地目し、黒妖精とベルマイア公国の間に戦争の危機が漂う。冒険家達は誤解を晴らすためにアルフライラの山に位置する入り口から地下深部に位置する黒妖精の首都アンダーフットに向かうが、何百年間色々のモンスター達と契約を結んで 外部からアンダーフットを守って生きていた黒妖精を会いに 行くには易いことではない。

Episode01.会話の仕方-ライナスの話術

ははは、元気かい?俺はエルブンガードで武器商をしているライナスってもんだ。俺はここで冒険家に助言をしてやったり、武器の手入れをしてやったりしてるんだぜ。俺も昔は冒険家としてそれなりの腕前だったが、今じゃ冒険家相手の商売で暮らしてるのさ。

あ~……俺の話ばっかりしててもしょうがねえか。お前さんはここが初めてみたいだから色々教えてやるぜ。

まずはここグランプロリスに来たことを歓迎しようじゃないか。ここグランプロリスはずいぶん昔から魔法の品や宝物が隠されている場所として有名だな。エルフたちが残した貴重品があるのは大陸でもここぐらいなもんだ。宝物を狙って冒険家がやってきちゃあグランプロリスを探険してるが、ここはエルフたちの楽園として人間の出入りが禁じられていた場所なんでなかなか上手くいかないみたいだな。多くの冒険家がエルフの楽園を自分の楽園と勘違いして命を落としちまった。 そうこうするうちにグランプロリスの主導権を巡ってベルマイア共和国とデロス帝国で戦争をおっぱじめやがったのさ。

で、帝国の連中、ベルマイアを征服したはいいが、レジスタンスの抵抗に手を焼いてな。その討伐のために森に火を放ちやがったんだ。ひでぇことをしやがるもんだぜ。まあ、そのおかげで冒険家が森の奥まで入れるようになったんだがね。

ところでお前さんは森に入るようになってどれぐらいだい?
そうか、まだ幾日しかたっていないのか

……ふんふん、そうか、まだまだひよっ子か。 役立つかどうかわからんがいいことを教えてやるよ。森の奥にでかい白い建物が見えるだろ?あれは他の世界へ通じる門で天城というのさ。うわさだけで確かめたやつはいないんだが、本当に他の世界へ通じる門ならすごいのもんだろう。その天城にはまだ誰もたどり着いていないと言われてるぜ。魔法使いたちの話じゃエルフたちの魔法陣が阻んでいるらしいね。

何?そろそろ帰りたい?あ~、それじゃ最後に一つだけ言わせてくれ。いつからかグランプロリスにモンスターが多く出るようになっちまった。色々うわさはあるが結局誰もなんでそうなったのかわからねぇ。とにかくモンスターが多いから気をつけろよ。

Episode02.泥濘の女王ペリス

あたしの名前はペリス。

歳はまあ、そこそこ。世間のことだってそれなりに知ってると思う。

あんただって知ってるだろ?特に未来のことは考えちゃいないね。今日が楽しけりゃそれでいいんじゃない?ガキの頃から一人で育ったから失くす物なんてないし、特別欲しい物だってないね。ただ、ゴチャゴチャ騒がしいやつが減ってくれりゃいいとは思うけどさ。

あたしの住んでるベルマイアはデロス帝国と戦争をやって負けたのさ。でも正直、あたしは国がどうなろうと知ったこっちゃないね。どうせあたしみたいに下水道で暮らす人間にとっちゃ、誰が国を治めようが変わりゃしない。しっかし、デロスのやつらは何か悪いものでも食ったのかね。どう考えたってやりすぎさ。街で野宿するのも禁止だとさ。あたしらみたいな人間は全然仕事にありつけないんだ。金のあるやつらがあたしらを虫ケラ扱いしやがるせいだ。金も住む家もなけりゃそこらで寝るしかないだろ?だってのにデロスのやつらがそれも禁止しやがった。あの連中、いつか絶対ヒドイ目に遭わせてやる!

……おい、お前今あたしのこと笑ったろ?
この野郎、言っとくが一日に何十人と死んでく貧民街じゃあたしは図太いことで有名なんだよ。くだらない心配はすんな。こっそり運動するだけだって。こう、一発ボカっとな!ハッ、帝国のやつらなんざ一発で伸びちまうから張り合いがないんだよ。あんなやつらにうちの国にいる魔法使いの年寄りは負けたのか?ケッ、どうせ家ん中にこもって戦ってなかったんだろうさ。あたしくらいになれば、どこに行ったって平気さ。

ん?何?ずっとこんなところに住むつもりかって?そうだねぇ、ちょっと帝国のやつらを殴りすぎたかな。あいつらがこのまま黙ってるわけもないし、いっちょよそへ行ってみますか。

なぜ? 知ってどうする? 私がどこに行くか知ってどうする? ウン. . .ああぁ~面倒くさい。そんなに聞くなら教えてやるさ。実はグランプロリスに行こうと思ってさ。そこには宝物や魔法の武器がたくさんあるって聞いてね、この前2番通りの2階建ての家に住むネドバルの息子も宝石を見つけたっていうんでね。行って宝石でも見てこようかなと…

え?どこに行くのかって?いちいちうるさいやつだな。実はグランプロリスに行って見るつもりだよ。そこへ行けば宝物やら魔法の武器やらがたくさんあるって話さ。 この前、二番街のオンボロ小屋の屋根裏に住んでいるネドバルのおっさんの息子もそこで宝石を取って来たんだと。じゃあ、あたしもちょっと行って金塊でも見つけようかと思ってね。

どうよ?あたしの実力を見るのと金儲けも兼ねてグランプロリスに一緒に行ってみない?この頃じゃ何か変な格好のやつらがいっぱいで面白いとかいう話も聞いたし、その見物でもいいだろ?なあ、行こうってば!

Episode03.鬼剣士ペトリシアン

『グアアァ!!! ハッ . . . ハッ . . . ハッ . . . 』

『うわああぁぁぁぁっ!はぁ、はぁ、はぁ……』 このごろはまともに眠れない。
いつからか私の腕にとり憑いた鬼のせいなんだよ。
じっとしていると、こうになった時のことを思い出してしまうんだよなあ。私が小さい頃のことだよ。山賊が私の家にやって来て父さんを刀で脅かしたんだ。父さんは刀で斬られて倒れたよ。それでとにかく頭に来てね。怒りに我を忘れたって言うのかな?自分でも何を言ったのかわからないけど、大きな声で叫んで気を失ったんだ。

父さんは何とか一命を取り留めたんだけど、私の方はその時に鬼にとり憑かれたみたいなんだ。あの日を境に、腕が少しずつ浅黒く変わっていったからきっとそうなんだと思う。まあ、思い当たるのがそれぐらいしかないしね。それから父さんはどこからか手に入れてきた太い鎖で私の腕を縛ってこう言ったんだ。「鎖をしていれば力が強くなるから」とね。とても重かったけど、それでも町内の子供達より力が強くなって言うんで割と楽しんでたよ。実際にはそれが腕にとり憑いた鬼が心臓へ力を伸ばすのを阻んでくれるものだってことも知らずにね。父さんが私のためにやってくれたことだし、その時はおまじないだって思ったからね。だから絶対離さず、必ず鎖を腕に巻いてたんだ。ただ一回だけを除いて……。

ある日私は町内の子供達にしつこく鎖のことでいじめられてね。それで悔しくなって鎖を解いてしまったんだ。子供の私にも簡単に解くことができたよ。それで鎖を外したまま家に帰ったんだ。

ところがその後、家に帰る途中でだんだん息が苦しくなってきてね。その時には今日は遊びすぎたのかな?ぐらいにしか考えていなかったね。あの頃は自分の体力以上に張り切って遊んで疲れきってしまうこともたまにあったしね。でも家につく頃になったら急に楽になってね。ただ、自分の体が自分のものでないような、不思議な感じだったね。おかしいな、と思っているうちに私の体が勝手に動き出したんだ。自分でも驚くようなスピードでね。それでそう、夕飯の支度をしていた母さんを吹き飛ばしてしまったんだ。父さんもやっぱり同じようにね……。そして両親は暴れる私を置いて一目散に逃げ出した。それ以来一度も会っていないね。うん、とうとう私は両親に見捨てられてしまったんだ。 2人をを追いかけたかったけど、どうすることもできなかったんだ。その時は鬼が私を支配していたからね。

それから私は目につくものを片っ端から壊していたね。それでしばらくしてからぶっ倒れた。たぶん体力の限界だったんだろう。鬼にとり憑かれているとは言え子供だからね。次に起きた時にはもう鎖が腕に巻かれていたよ。そこには初めて見る人がいて、私を眺めていたんだ。その人も左腕に私のような鎖をしていたんだけど、腕の色は私の腕よりもずっと黒かった。ともあれ、その時から私は彼について行って、彼から鬼のことを学んだし、それをコントロールする方法も学ぶようになったんだ。 もちろん剣を使う方法も彼から学んだよ。

今はこんな風に鎖を巻いていても毎晩悪夢にうなされるけど、そんな生活にも慣れてきたかな。戦う時には便利だし、くよくよ悩んだって何も変わらないんだから気にしないようにしてるんだ。

Episode04.ダークエルフの商人セルジミン

「ちょっとセルジミン、これ、ちょっと高すぎじゃないの?頭がクラクラするよ。うえぇ……」
「あんた乗り物酔いしてるくせに本当におしゃべりだな。空を飛ぶ船が高い所にいるのは当たり前だろうに」
「確かにそうだけけどさぁ……あう~クラクラするよ。本当に、うぇっく……」
『 . . . . . . 』
「セルジミンちょっと背中叩いてくれない?おねが~い、うっく、うえぇ……」

セルジミン、眉間にしわを寄せながら、

「まったく、もっとお客を選んで乗せるべきだったな。困った奴を乗せちまった」
セルジミン、乱暴に背中を叩いてやる。
「はあ~ちょっと良くなった。でもちょっとひど過ぎじゃないの?お客さんにこんな乱暴をしちゃいけないよ、ね?」
「乱暴にしたって?フン、いやだったら降りればいい。乗り物酔いするのに乗る方が悪い。
あんたみたいな奴はごめんだ。それに何故私がこの船に人を乗せているかわかるか?
よくわかっていると思うが、あんたが乗っているこの『マガタ』は安物じゃない。商売で荷を運ぶのに使うんだ。あんたが船賃で出した短剣なんて扱っている数千種類の商品の一つに加えられるだけだ。要は人を乗せるのはついでで、乗せなくてもいいということだ。そういうわけだから……」
「分かった、分かった静かにする!私が悪かったよ。偉大な商人セルジミンさん!」
「始めから大人しくしてくれれば良かったんだ」

「セルジミンさ~ん」
「今度は何だ。少しぐらい静かにできないのか?それとも本当に降りたくなったのか?」
「いや、そうじゃなくて聞きたいことがあって」
「何を聞きたいのかしらないが、あんまり騒がしいとその口を針と糸で縫い止めるからな」

「あの……セルジミン?」
「縫い止めると言ったぞ」
「セルジミン、それは私の話を聞いてからにしてよ。本当に聞きたい事があるんだからさ」
「答える義理はない」
「セルジミ~ン。そんなこと言わないでよ。セルジミンは空で行ってない場所はないって評判の偉大な商人じゃないの~」

セルジミン、お世辞とわかっていても多少気分が良くなる。

「セルジミ~ン、聞いてもいいよね?あのあそこ、遠くにあるあの白い棒みたいのは何なの?雲の下からもっとずっと上、空のてっぺんまで繋がってるみたいに見えるけど」
セルジミンはしつこいお客さんに負ける振りをしながら、

「あれは天城だ」
「天城?」
「そう、天城だ。誰が名付けたのか、いつからあそこにあったのかわからないが、天城と呼ばれている」
「先日、私の船に乗った剣士が話してくれたことだが、天城は大昔のエルフ時代には上の世界と私たちの世界を行き来させてくれる所だったそうだ」
「それじゃあの雲の上に他の世界があるの?」
「聞いた限りではな」
「う~ん……ねえ、セルジミン。その話は昔の話だよね?今はそうじゃないの?」
「ああ。何百年も前に突然天城に光り輝く戦士が現われた。その戦士は天城を通ろうとする全てのものを壊すので、人々が通れなくなった」
「へえ、そうなんだ。その輝く戦士ってのはすごく強いみたいだね」
「会ったことはないが、おそらくはな」

お客さんは好奇心が満たされたのか静かになり、セルジミンはしばらく自分の作業に没頭する。

「セルジミン!セルジミン!」
「今度は何だ?乗り物酔いがぶり返したか?」
「や、そうじゃなくて。セルジミンは上の世界を見たことあるか聞きたかったんだけど……」
「見た事がない、以上。では静かにしてくれ」
「セルジミンは上の世界に興味はないの?」
「頼むから静かにしてくれ!あんたのその好奇心には感心するが、いちいち人に話しかけるな」

お客さんは聞こえない振りをしている。

「あ~あ、上の世界には何があるかのかなぁ……」
「……」

セルジミンはぽつりとつぶやく。

「昔、上の世界を見ようとしたことがあった」
「へ?」
「父からこの船を譲られてから間もなかった時だった。たしか百十歳だったかその辺りの話だ。その頃はあんたのように上の世界のことをとても知りたかった。本当に上の世界があり、そこでは地上と同じように人が住んでいるのか?それともエルフたちが住んでいるのかと知りたかった。まあ、まだ若かったからあれこれ話にもならない想像をたくさんしたわけだ。そうしたある日、荷を全て降ろし、食糧と水を一週間分だけ乗せて空に向けて出発した。本当に他の世界があるのか知りたくて仕方なかった。それでずいぶん長い間上に昇ったが、そこで妙なものを見た。目を疑ったよ。言葉では表現できないほど大きな化け物が空にいた」
「本当に?空にそんなにでっかい化け物がいたの?」
「ああ、本当だ。あの時ほど驚いたことはない。遠くから聞こえたその化け物の息吹を今でもはっきり思い出せる」
「私も見たいな~」
「その大きな化け物だが、ついさっきその上を通過した」
「ええええ~~~~~!?ちょっとセルジミン!!私見てないよ!?」
「もう通過したと言った」
「ねえねえ、セルジミン」
「何だ?」
「引き返して♪」
「……」
「……」
「駄目だ」
「見たい~!」
「駄目と言ったら駄目だ」
「見たい見たい見たい~~~~~!!!」
「……」
「どうしても駄目?」
「当たり前だ」
「ケチ!」
「降りろ!」

Episode05.狩人ドルフ

ここはヘンドンマイアの街にある雑貨店。
狩人ドルフの娘、カンナが一人で店番をしている。

『カンナ~きれいで可愛い私のカンナ~どこにいるんだ~い?』
『パパおかえりなさ~い。わたしここにいるよ~。』
『おっと、私の可愛いカンナ。ここにいたのかい。どれ、抱っこしてあげようじゃないか。』
『いけません。パパってばまたおヒゲでジョリジョリするあごを擦りつける気でしょ。』
『しないしない、約束するって。さあこっちへおいで』

ドルフはカンナにヒゲを擦りつける。

『ううう~、パパ、しないって約束したじゃないの~。』
『ハハハハハ、うちの娘は大きくなったねえ。体重も結構増えたみたいだね。』
『もうパパってば。女の子に体重が増えたなんて失礼だよ、失礼~。』
『ハハハハハ、ごめんごめん。』
『ねえパパ、今度は長く泊まるんでしょう?』
『うん、もちろんさ。可愛いカンナと一緒にいたいからね。ああ、そういえば息子たちはどうしたんだい?』
『兄さんたちは朝から狩りに出かけてるよ。みんな狩りが下手だから全然捕まえられないのに毎日行くの。』
『そうか。じゃ、息子たちが帰って来るまでパパのことを手伝ってくれないかな?』
『は~い、パパ。』 『それじゃカンナ、2階の屋根裏部屋にパパの腕みたいに厚い本がある。その中で鋼鉄と書いてある項目から短剣を捜してそのレシピを抜いて持って来てくれないかい?』 『うん、わかったわ、パパ。』

カンナはレシピを取りに2階に行く。
ドルフは難しい顔をして考え込む。

ドルフは今回の狩りで偶然モンスター・タウに会ったが、大人しい種族であるはずのタウがどういうわけか自分に襲い掛かってきたので大事にしていた短剣をタウに突き刺して何とか逃げ伸びていた。

『う~ん、一体何で急にタウが暴れたんだろう?わからないなぁ。普段は大人しいやつらなのに、どうしてしまったんだろう。ひょっとしたら大変な目にあっていたかも…ふう、とにかくまた短剣を作っておかないとなあ。あの短剣がなかったら今頃は…。」

『パパ、これでいいかな?『短剣合成法』って書いてあるのでいいの?』
『うん、そうこれだよ。さすがは私の娘だ。よく探してくれたね。』
『エヘヘヘへ。それじゃレシピを見ようよ。え~と、鉄のかけら2個と金具、それから炉がいるのね。うん、全部あるわね。パパ、頑張ってね。』

ドルフとカンナは一緒に短剣作りの作業を始める。

『やっと終わった。やれやれ、大変だね。』
『はいパパ、これ水です。』
『ありがとう。いやぁ~冷たくて美味しい!やはりうちの娘は最高だな!』
『でもパパ、どうして短剣を新しく作ったの?元々あったのはどうしたの?パパ、いつも大事にしてたじゃない。』
『いやあ、狩りに行ってる時に泉で水を飲んだんだけど、その時うっかりしておいて来ちゃったみたいなんだよ。ハハハハ、歳を取ったせいか物忘れをしちゃったみたいだ。アハハハハ~。』
『もうパパってば』

『(心の中で)タウが凶暴になったのがたまたまだったらいいけどね。でもあのタウに会ったのはグランプロリスの近くだから…もしかするとこの辺りにも被害が出るかもしれないな…。』

Episode06.第1次魔界会合

『小さな魔法使い様、とてもすばらしい。』
その声は、今まで表情を変えずに見ていただけのアイリスのものだ。片手に楽器を持っているアイリスの姿は魔法使いよりも空から降りてきた天使や、俗世から離れた吟遊詩人のようだった。
『小さな魔法使い様。ニウと言いましたね?』
『………』
『そうでしたか。ニウ様のような格闘タイプの魔法使いは…確かに新しい。ニウ様の噂は聞いていましたが、直接見ると想像していたよりもすばらしいものですね。おかげで今日は新しい世界を見ることができました。』
鮮やかで美しいアイリスの声は甘美な天上の音楽のように聞こえてきたが、ニウはなぜか全身に冷たい感覚が走った。
『正直、カシュッパのヒカルド様までニウ様に負けるとは思わなかったんです。これでは私も全力を尽くせねばなりませんね。』ぐっと眼を閉じたアイリスの両手から沸き上がる炎を見ながらニウも集中してチェイサーを集め始めた。

第1次魔界会合は魔界人たちの争いを仲裁することを目的としてアイリスが開催した。この場で魔界の各集団の代表が戦うことになり、ニウは彼らを次々と倒し、最後に残ったのがあのアイリスだった。

アイリスの手から沸き上がる炎が消えた瞬間、ニウは周りが暗くなっていくのを感じて空を見上げた。そこには巨大な炎の塊が空を覆いながらものすごい速度で落ちてくるではないか。ニウは本能的に身を投げ出してその炎の塊を避けながら自分の左腕が焦がされるのを感じたが、姿勢を整える前に炎はまた落ちてくる。今度は空を見上げる暇もなく身を投げ出した。
(集中だ。精神を集中しなければ。気を緩めた時には私は灰になっているかもしれない。)
次々と降り注ぐアイリスの攻撃を避けることだけで精一杯のニウだったが、精神だけはむしろはっきりとしていた。
(魔道学士のイキが作り出した装置はすごかったけれども、完全な物ではなかった。だからわたしのチェイサーが使える隙があった。サモナーのルムと戦う時は数を召喚される前に制圧した私の作戦が通用した。暗黒魔法を使うヒカルドと戦うときにも戦闘力だけを見れば私のチェイサーのほうが優れていた。でもこの淑やかそうに見える女性が使う魔法はどうしても隙が見当たらない…。天撃でも当てる機会があったら、わたしのチェイサーがつかえるはずなのに。)
アイリスの魔法は確かに隙がないように見えた。今度は火属性の魔法だけではなく水、光、暗の四属性が彼女の手から沸き上がってくる。近くから遠くへ、遠くから近くへ、狭い範囲から広い範囲まで自由自在に魔法を使いこなす彼女は、確かに最高のエレメンタルマスターの一人であることを証明していた。しかし惑わす彼女の魔法を避け続けているニウの動きも、嘆声を上げられるに不足はなかった。
(そう。今だ!)
その瞬間、ニウの姿は残像を残して消え去り、アイリスの後ろから現れると同時に雷のようなニウの叫び声が響き渡った。
『チェイサー、全爆!』
『あっ!』
群衆は声を出していた。あの一言でいくつの名高い魔法使いたちが倒れてきたのか。
しかし、目の前で起きたことは予想外としか言えない状況であった。地面に倒れて苦しんでいるのはアイリスではなくニウの方ではないか。
目の前の驚きと共に、群衆はどこかで甘美な音楽が聞こえてくるのを感じていた。その音楽は群衆の心の底まで入り込んで彼らの支配者になり、友になり、恋人になった。どれくらい経っただろうか。厳粛な会議場で決闘場でもあった広場は、いつの間にか夢中になって笑う者、地面にうつぶせになって泣く者、あまりの恐怖に飛び出していく者などで騒然となった。
強靱な精神力で耐えた魔法使いたちのうち、年老いた何人かは何が起きたのかを知り驚愕と共につぶやいた。
『伝説の楽器マレリト…』
時が経つにつれ、音楽は小さくなり群衆の騒ぎも収まりつつある。
相変わらず気を失って地面に倒れているニウと訳がわからず右往左往する群衆の中、アイリスが天使のような笑顔を見せた。

Episode07.戦争の前兆

『女王様! それはいけません。』

ダークエルフ元老院の長[シャプロン]はしゃがれて落ち着いた声ではあるが断固とした意志を感じさせた。
『その間、我々が人間どもにどれだけのものを提供したとお思いですか。魔法も使えぬあの未開な種族を助けるために、今も宮廷でも名高い魔法使いでいらっしゃる[シャラン]様が派遣されておられるではないですか。今回のことは許しがたい裏切り行為であります。[アイリス]様の占いによれば伝染病を流行らせたのは人間だとはっきり示されております。一刻も早く人間の町へ軍隊を派遣することを命じていただきたい。何を躊躇なさるのです、女王様!』
アンダーフットの宮廷では数十名の元老たちが女王[メイア]を取り囲んでいた。女王に人間との戦争について意見するためであった。
ダークエルフの町[ノイアペラ]で伝染病が流行り、一晩で町の全員が死亡した事件。確かにこれは重大なことであった。しかも、伝染病を流行らせた犯人が今まで好意をもって様々な物や技術を提供してきた人間であると示された以上、元老たちは落ち着いて居られなかった。皆が口々に報復を望む声を上げている。

女王のそばで冷静に話を聞いていた[クロンター]が口を開いた。
『確かにアイリス様の占いではそう示していますが、まだ確実な証拠がないのではありませんか?そして我々には魔法という力がありますが、人間に比べてその数が少ないのをお忘れになったのでしょうか。さらに人間たちは魔法を使えませんが、鍛錬により「念」という気を使う技術を習得し、高い戦闘能力を持っているようです。ですから、この件については感情的な方法を選ぶべきではございません。もっと詳しく調べる必要があります。』
シャプロンが大声を出す。
『貴公は何がそんなに恐ろしいのか。たかが人間ごときに怖じ気づいたのか?貴公のような者が女王様直属の伝令に付いておるから迷いの元となるのだ!』
元老たちは声を上げて騒ぎ出す。
『今すぐ、ベルマイアを人の住めない場所にしてやるのだ!』
『恩知らずの人間どもめ。』
『アイリス様の占いであれば間違いない。なにをこれ以上調査すべきことがあるものか。』
『クロンター。人間どもをあまりにも高く評価してるのではないか?』
元老たちが騒がしく主張している中、老いたダークエルフが一人穏やかに歩み寄り丁重に話し始めた。
『会議の途中申し訳ございませんが。私は錬金術師[モーガン]と申す者でございます。私は今度の伝染病で家族を皆なくしました。もう、これ以上なくすものがない私が直接伝染病が流行った町へいって、病について詳しく調べ、証拠を見つけてまいりましょう。もし本当に人間どもの仕業だとしたら、どんな手を使ってでもこの大陸から人間どもの影すら残さず消してしまいましょう。』
何の感情も籠もっていない柔らかな声、それは極限の怒りを表していた。怒りの対象を確かめたいが為の進言であった。
ついに女王も口を開いた。
『モーガン様のご意思であれば調査を許可しましょう。ダークエルフ最高の錬金術師であるモーガン様に直接調査をして頂ければ、何か事件の手掛かりをつかめるかもしれません。我々はここでモーガン様の調査結果を待つことにしましょう。』
ダークエルフの女王メイアは幼いが聡明で、落ち着いた性格の持ち主であった。
『しかし女王様。一刻を争う件でございます。すでに平和は破られた状態ですから人間どもに戦争準備の時間を持たせるのは…。』
『シャプロン様の言うことはよく解ります。でも私たちが論じているのは戦争です。場合によっては我らダークエルフたちの生存にも大きな危機となる恐れもあります。まずは伝染病の犯人について確実な調査を行い、一方ではもしもの時を考え戦争にも備えましょう。シャプロン様が直接軍隊を組織してください。しかし、人間たちが行った確実な証拠が出る前にはどのような行動も行わないことを心得ていてください。』
落ち着き柔らかな声だったが、これは女王の命令であった。
『はい、尊敬する女王様!』
宮廷の全ての臣下達は声を一つにして頭をさげた。

女王の宮廷。クロンターは門の前で衿を正し、静かに中へ入った。
女王は先ほどの元老たちが囲んでいたその場で、今も同じく優雅な姿で座していた。
『女王様。およびでいらっしゃいますか。』
『クロンター様ですね。入ってください。』
クロンターは大きく息をしてから、女王の前に出た。女王の血の気のない声が聞こえる。
『モーガン様は発ちましたか?』
『はい。先の会議直後、荷物をまとめて出発いたしました。』
『人間たちとの戦争が起きたら、どのようなことになるのでしょうか。』
『我々ダークエルフは人間たちを軽視していますが、私の考えでは人間たちを甘く見てはいけないと思っています。…やもすれば我らダークエルフ全体の脅威となる可能性もあります。』
女王は眉をひそめた。
『クロンター様、頼みがあります。クロンター様がモーガン様の近いところに留まり、彼を支援してください。そしてシャラン様と連絡を取って人間たちについての情報をより多く集めてください。』
『はい。かしこまりました。』
クロンターは退出するそぶりを一瞬見せ、ためらいながら話を続けた。
『あの…女王様。』
『はい。なんでしょう。』
『人間たちも私たちとの戦争は望んでいないと思われます。むこうも魔法の力を恐れているでしょう。また、帝国は同族である周辺の人間たちと現在戦争を行っていますから、我々と戦争をするほどの力は残っていないでしょう。もし、本当に我々と戦争をするつもりなら正式な軍隊でなく他の手段を利用すると思われます。』
『傭兵……ですか?』
『実は金で雇われた傭兵や帝国の軍隊は元老たちの言う通り、私たちが恐れるほどの存在ではありません。私が心配しているのは[冒険者]と呼ばれる者たちです。最近アラド大陸を旅しながら鍛錬を行い、高い戦闘技術を身につけた冒険者たちが増えています。冒険者たちの中には魔法を使う者もいると言う話を聞いています。』
『人間たちが魔法を?』
『私の考えでは人間ではないほかの種族だと思います。まだ詳しい情報は得てないのですが…。』
『もし、それが本当のことであったら、我がアンダーフットの入り口を守っている[ヘッドレスナイト]もその冒険者たちを防げないという事ですか?』 『冒険者たちについての噂が事実であれば、ヘッドレスナイトだけではもう長くは防げないでしょう。』
『では、クロンター様のお考えは?』
『冒険者たちの大部分が人間なので帝国の味方をするでしょう。しかし、彼らは根本的にはどこにも属していない人種です。帝国が人間の世界で広い範囲の地を支配しているとは言え、全ての人間が帝国に好意的ではありません。ですので、私たちの方が冒険者たちの助力を得ることも不可能ではありません。一応現地に行って調べてみます。』
クロンターのはっきりした瞳に女王は信頼出来るものを感じていた。
『そうですね。ではどこへ向かいますか?』
『人間たちがアルフライラ山の付近にキャンプを立て、駐屯地としています。そこはモーガン様の調査地域に近くシャラン様と連絡するのにも良い場所です。私は女王様直属の伝令として人間の駐屯地に留まろうと思います。』
『人間たちの駐屯地…、彼らがクロンター様に害を成すことも考えられませんか?』
『心配は無用です。昔から伝令は殺さないのが掟です。そして彼らにとって私は価値があるはずですから、すぐ殺したりはしないでしょう。』
『…いいでしょう。では、できるだけ私にも連絡を寄こしてください。どうか気をつけて。』
『はい、女王様。では。』
クロンターは女王の宮廷から出て自分のラミナ=ビエント(空を飛ぶ虎)に乗りながら考えた。
(若い女王様が芯の強い方でよかった。意地になった元老たちに惑わされることもない。だが女王様一人の力ではいつまで元老たちを抑えられるかわからない。我らダークエルフは根本的に好戦的な種族なのだから…。早く今度の事件の原因をはっきりさせないと必ず戦争が起こる。)
力強くアンダーフット入り口の上空を飛び続けるラミナ=ビエント。顔全体を吹きつける強い風に打たれながらクロンターが遠い空の一点になった後にも、ラミナ=ビエントの鋭い鳴き声は余韻を残したままアンダーフットの上空に響き続ける。

Episode08.使徒カシヤス

暖かさを感じることができない場所、魔界。
万物の根源と信じられている太陽の恵みがまったくない魔界のセントラルパーク中央で、不思議なことに大陸でしか見ることのできない美しい天然の草花が生えている所があった。
爽やかな自然の香りの中で一輪の清楚な水仙を思わせる女性が慈愛に満ちた手で花を撫でていた。
そこに一人の女の子が騒がしく飛び込んで来て、平和な風景を一瞬に散らかした。
『ケイトお姉さん! また花ばっかり手入れしているの?魔法をそんなことに無駄遣いしないで私に召喚技術をもっとおしえてよ!』
30歳の年の差はあるがケイトはお姉さんという呼び名を気にしていないようだ。
『ピピ。私がいつも言っているじゃない。召喚することは技術を学ぶことではないの、この世のあらゆる生命と心が通じた時にこそできることなのよ。』
『よーし、じゃ私を大陸に送ってよ。大陸を旅しながら色んな生命にあって仲良くなるから!』
『まだその時ではないの。時が来たらあなたがいやだと言っても行くことになるから。』
『ちぇ…お姉さんが精霊たちと意思疎通して、みんながモンスターと呼ぶやつらと初めて召喚の契約を結んだ歳が丁度私くらいでしょ?私お姉さんみたいにはできないけど、でもうまくやれるはずだよ!』
ケイトはただそっと笑いながら『はい、わかってますよ。』と答えた。
『またその笑顔!!あーいらいらする!いっそ怒ってもらったら逆らえるのに!』
世間では無茶な子で通っていたがピピはすごく賢い子だ。周りの人々はいつもピピが何を召喚するか恐れていたが、ケイトは彼女が自分と同じぐらい召還技術に情熱を持っている事を感じ、ピピを心から大切にしていた。
そんなピピを静かに見ていたケイトが言った。
『ピピ。お客さまがいらっしゃっているの。迎えに出てちょうだい。』
『誰が来るの?』
『大事なお客さまだから丁寧に迎えてね。』
『わかった。…私が行儀悪かったことってあったっけ?』
ピピは口を尖らせながら走って行った。

…門の前に立ってかなり待っていたのだが誰も来ない。待つことが退屈になったピピは何か思い出したように、くるっと回りながら呪文を唱えると、その場に一匹のゴブリンが現れた。『ホドル、こんにちは。』
『ウー、目眩がする。魔界にいる時には呼び出さないって言ってたじゃないか!!大陸からここまで上がって来ると酔うんだ、本当に!!大嫌いなんだ!』
『今退屈なんだ。遊んでよー。』
『僕以外にも召喚するやつらは沢山いるじゃないか、なんでいつもぼくなんだ!!』
『でも、おまえが一番楽しいんだ。遊んでくれるんでしょう?ん?どうしたの、ホドル。』
いきなりホドルは表情が固まって、居ても立ってもいられないというように見えた。
『……僕……急にやるべき事を思い出した。……とと、友だちに借りたお金を返すって約束してたのを思い出したよ。じゃ、またね…。』
ホドルがいきなり消えたその瞬間だった。
『不思議な能力だな、ガキ。お前が精霊使いと呼ばれるケイトか?』
地響きのように低く、人を飲み込むような声だった。
ピピが視線を上げると、普通サイズの1.5倍程もある長く鋭い剣を二つも持った巨躯の男が、全身血だらけの鬼のような格好で立っているではないか。
ピピは度胸があるほうだが、それでも自分の体が震えているのを感じとれた。
『ち…ちがう。ケイトお姉さんは、…あ…あっちの庭にいる…。』
落ち着こうとがんばっていたピピは勇気をだして尋ねた。
『…あなたがケイトお姉さんが言ってたお客さんなの?』
体の大きい客はすこし驚いたようにつぶやいた。
『ケイトと言う者は俺が来ることを知っていたって事か?』
彼は何か考えているようだったが、そこにケイトの声が聞こえてきた。
『どうぞこちらへ、使徒カシヤス様。』
『カシヤス!?』
ピピは本当にびっくりしていた。カシヤスなら魔界序列4位の使徒ではないか。彼は魔界へ現れて以後、あちこち巡りながら自分より強い者を探して勝負を挑んでいる者だ。
戦闘スキルだけで争うなら使徒の中で最強と言う噂もあった。
ケイトの声が聞こえた途端、あの大きな体が雷のように動いていつの間にかピピの目前から消えていた。
そして地響きのような声が聞こえてきた。
『貴様が強いやつとの決闘を周旋してくれるという精霊使いケイトか?』
『お待ちしておりました。カシヤス様。』
カシヤスの険しい格好に驚く事もないのか、ケイトの慈愛は相手を選ばないようだった。
『俺が来ることを知っていたのか?』
『周囲の精霊たちが、使徒が尋ねて来ることを伝えてくれました。』
『ふむ…そうか。俺は無駄話を好むものではない、さっそくだが本題に入ろう。俺は決闘のために生きる種族、俺より強い存在を探し、ここ魔界でも探し回った。その間、魔界の中でも強者と語られる者たちとも皆戦ってみた。そして[イシス=フレイ]と[ロータス]以外の使徒たちとは全て戦ってみた。使徒と称する彼らは確かに強かったが、まあ大したものではなかった。しかし…。』
そう語った彼が少しためらっているようにみえた。
『しかし、[カイン]…あいつだけには負けた。悲惨な負けだった……。カイン!あいつは本当に化け物だ。彼の強大な力と無尽蔵な体力の前では、それまでの俺の全ての戦闘技術と経験は小ざかしい策略でしかなかった。…あいつの前で俺の全ての技は無用。何一つ通用するものはなかった!』
『使徒カインとは確かにそのように語られる存在ですね…。』
恐怖感さえ感じられないほどに現実感のない生物に関する話。しかし目の前の血まみれで恐ろしい顔をしたカシヤスは生き生きと語った。
『俺は、こんな敗北感を抱いて生きられるほど暢気な者ではない。幸いカインのやつは何もせずユニオンスクェアで隠れて過ごしている。その間に俺がもっと沢山の戦闘を経験し、さらに強くなっていければ、いつかは俺にも勝ち目ができるのではと思ったら、俺は一刻も我慢ができなくなった。大陸には強者が沢山いるそうだ。すさまじいモンスターが多いとも聞く。俺をやつらと戦わせてくれないだろうか?その代わりにあなたの頼みはいくらでも受けよう。」
『カシヤス様のお気持ち、十分理解できますわ。しかし私は決闘を斡旋することはないのです。私はただ、この世の生命と語り合い、理解し合い、互いに助け合いながら生きているだけの者です…。』
『だから、俺はあなたに助けを求めて来たわけだ。俺も俺なりの悩みがある生命なんだ。それから俺もあなたのことを手伝う事ができるかもしれない。さ、どんな事でもいいから頼んでくれ。俺の得意と言えば喧嘩をすることしかないが、こんな物騒な世の中では役に立つこともあろう。カインのやつじゃないなら、いつでもどんなやつでも相手にしてやるさ。』
ケイトはそっと考え込んでいた。その様子にカシヤスはすこしイライラし始めたようだった。
『。こうしてはどうだ。あなたやあなたの弟子たちがどこかで強者に会って危険が迫った時、その時ただ俺を呼んでくれればいい。俺は強者との決闘ができるし、あなたたちは危機を脱することになる。これではどうだろうか。』
ケイトは何か考えるようだったが、すぐ向こうに隠れて覗いていたピピを呼んだ。
『ピピ、おいで。』
ピピはカシヤスをちらちら見ながら、ケイトのところへ行った。
『この子は才能に恵まれたサモナーです。でも、まだ幼い子なんですね。私たちと召喚の契約を結べばこんな子の呼び出しにも応ずることになります。そんなことが我慢できますか?』
『強くなるためにくだらん自尊心はとうの昔に捨てさった。そして魔界の魔法使いたちは子どもの方が能力が優れていることもあると聞いた。俺をたかが上辺だけを飾る者とは一緒にしてほしくないな。ハハハ!!』 『そこまでいうならいいでしょう。でなくても幼いサモナーたちを険しい世の中に送り出すことが心配だったところでした。カシヤス様が一緒ならこの子たちも自由に大陸を闊歩することができるでしょう。』
『じ…じゃあ、お姉さん!私大陸に行っていいの?』
『そう、その時が来たようですね。カシヤス様にお礼を言いなさい。』
『ヤッホー!』
ケイトは地面に大きく魔法陣を画いた後、両手を合わせて呪文を唱え始めた。カシヤスも口元に妙な微笑を浮かべながら魔法陣の中へ入った。二人が眩しい光と共に契約を行っている間、ピピはその光景を見て何だかワクワクしてきていた。これからあのすさまじい化け物を召喚することができるのも嬉しかったが、待ちに待った新しい世界との出会いがもうすぐ始まろうとしているからだ…。

Episode09.泣く目のヒルダー

暗く静寂の漂う都市。一定間隔で浮かび上がる炎の光が一層寂しい雰囲気を醸し出している。
そう、「魔界」と呼ばれるに相応しい場所なのだ、ここは…。
あまりにも静かで陰鬱とした都市の風景を、窓からそっと見つめている女性がいた。
『おいヒルダ。我々はこの世界を救出するために来た使徒だ!そうだろ?ははは!』
[カシヤス]の話がずっとヒルダの頭を離れなかった。
『世界を救出する使徒か…、この世界を救う価値などあるんだろうか。』
窓の外を眺めながら呟いていたヒルダは、ふと振り返り家族の写真に視線を向けた…。
最近決まって同じ夢を見ていた。

眩しい太陽の光に照らされたその場所はヒルダの故郷である惑星。家の前にある公園で散歩する家族を見つけた、ヒルダはあらん限りの声で呼んだ。
彼らは…、彼らには聞こえないようだった。突然、耳がひきちぎれそうなほどの膨大な破裂音が聞こえた。大きく揺れる大地はあちこち裂け、貪欲に口を開いていた。
ヒルダは何が起きたのかを知っていた。テラの滅亡。家族の死。もうこれ以上、放っておくことなどできない。血を吐くように家族の名を一人ずつ叫んだ。
しかし彼らには聞こえない。流れるヒルダの涙は地に落ちても痕跡を残さない。
木の実を切り取るように地の底へ落ちて行く都市の上に独り残されたヒルダは、少しずつ遠ざかる家族の姿を見守りながら絶叫していた。理性はすでにこれが夢であることを理解していたが、その時の感情…、胸の奥に染み渡る絶望と無力感はいつ感じても慣れることなく鮮明であった。ああ…、なぜもう一度こんなことを体験させるんだろうか。
視野から少しずつ遠ざかり爆発する故郷の惑星は、夢の中で何度も、限りなく凄絶で美しい炎の光を放ち、花が散るように落ちていく。彼女はまた全てを失うことになる。また全てを…。
『私を[嘆きのヒルダ]と呼ぶらしい。よくないわ、本心を表に出すのは。』
何かを呟く彼女の表情には彼女の呼び名とは違った感情を読み取る事ができなかった。
彼女は外に出てどこに行くともなく歩き始めた。崩壊した廃墟をどれだけ歩いただろう。幼いメイジが二人でお互いの魔法を自慢しあい、笑っている姿が見えた。その姿を見てヒルダが呟いた。
『先端科学を誇る巨大都市であったここに、メイジたちが集まって暮らすことになろうとは。滑稽だわ。』
その時、遠くから奇怪で力強い獣の鳴き声が聞こえた。魔法で遊んでいた子供たちの声が聞こえてきた。
『ジェイ。あ、あの声…怖い。』
『心配しなくてもいいよ、あれは第3使徒と呼ばれる[イシス=フレイ]さ。いつも空を飛び回っているけど、
僕たちには被害を及ぼさないって聞くよ。』
『使徒?何それ。』
『使徒は魔界で一番強い生物たちだよ。僕もよく知らないけど[カイン]っていう恐ろしい使徒の話は聞いたことあるよ。魔界で名のある強い人たちはみんなカインに挑んだそうだけど、その誰もがカインの相手にはならなかったんだって。僕たちの住む魔界で大きな戦争が起きないのも、ぜーんぶカインのおかげらしいよ。カインは偉大な英雄なんだ。たぶんいつか僕たちの魔界を救ってくれるよ、きっと。』
遠くから子どもたちの話を耳にしていたヒルダは、しばらく考えに耽った。
『世界を救出する使徒か…、この世界を救う価値などあるんだろうか。』
考えは続いた。
『ひとつの世界を救うことは、ひとつの生命が生まれることと同じ。しかし、生命を保つには他の生命の犠牲が必要となり…、私は世界を救う使徒の一人。だが、それは同時に一人の破壊者を意味する。私の故郷テラ…、いつもあなたが夢にでてくるのはあなたを忘れないで欲しいということだとわかっている。取り戻すわ。平和だったあの姿そのまま…、私のテラよ…。』

Episode10.審判者マセラスの日誌

「…大方のGBL信徒は秘密集団ブラッディパージ(Bloody Purge)を知らないだろう。実は私も今日この集団の首長として秘密裏に任命される前まではこんな団体の存在すら気づかなかった…。
その集団の目的は、自ら闇の中に潜みGBLを裏切る者と教理に反する者たちを密かに処罰することだ…。」
マセラスの日誌(前編) …アラド暦985年

「…ロータスの精神攻撃で我らGBLの信徒たちは抵抗すらできないまま、空しくひざを折るしかなかった…。
私は…我らの神聖なGBL教によって、数百年もの間受け継がれてきたレスリ=べイグランスの遺産が空しく倒れていくのを見ていることしかできなかった。だが、今日がGBL教の最後の日ではないはずだ。ブラッディパージの首長とGBL教主だけに秘伝されてくる禁じられた呪文書、そう…ロータスと戦って無駄死にするより、 悪魔に魂を売ってでも生き延びて私の魂を持ったまま後を期する。いつかはロータスを倒してGBLを再建できる日がくるだろう…。」
「もはや私の日誌はこれ以上続けることはできないはずだが、わたしの怨念は永遠に残り、GBLの命脈をつなぐはずだ。いつかGBLの栄光を思い出した者が私の存在を探す時のために、崩れゆく神殿のあちこちに存在の跡を残してある。」
マセラスの日誌(前編) 最後の章…アラド暦990年

「…べヒーモスの腹の中ではロータスの精神攻撃も届かないはずだと考えたがやはり予想通りだった。私の体は引き裂かれたが、変わりに信徒の体を借りて生きながらえる事が出来た。
自分の体は失ったが、希望の火は私の魂の中で燃え続けている!私の計画はもはや本格的に動き始めたのだ…。」 (この体になり、睡眠などの生体リズムに拘らなくていいのは意外と便利だった。)
マセラスの日誌(後編) …年度不明.

「たとえロータスによって精神支配されているとしても、大切な仲間たちだ。だが、彼らの数はどんどん減って行く。
これはただの自然死ではない。これは強力な何ものかの集団がべヒーモスの背中に乗ったからであろう…。私にとってはむしろ幸いなことだ。これによって精神支配から解き放たれ、そして私は彼らを復活させる事が出来る。もう、ここに新しく神殿を建てることも時間の問題となっている。復讐の時は刻一刻と近づいているのだ!」
マセラスの日誌(後編) …年度未詳

「私の肉体は腐って行き、記憶はどんどんかすかになってゆく。これは禁じられた呪文を使った罰であろうか。消えていく記憶の隙間を埋めていくのは、ただ我らのGBL教を空しく滅ぼしたロータス、その化け物への復讐心だけだ…。誰かがこの日誌を見た時には、私は復讐心だけに囚われた化け物へと変わっているだろう。しかし、それでもかまわない!この手でロータス…、ロータス、やつを倒せることさえできれば…。」
" マセラスの日誌(後編) …年度未詳.
「いったいなぜ、そなたらは私の神聖な復讐を邪魔するのか!
いったいなぜ、私にこんなに大きな空しさを与えるのか!我が血色の希望を奪った者たちよ。みすぼらしい私の腐った体さえ無駄にさせた者たちよ。永遠に解けることのない、骨の髄までも染み渡るようなこの恨みを、私はこれからどうしたら良いというのだ!"
マセラスの日誌(後編) 最後の章…年度不明.

Episode11.混沌のオズマ

時は今から800余年前、広い平原の上に左右に分かれた数万の兵士達が息を殺して対峙していた。
『オズマ…友よ、本当にそなたは私を倒そうとしているのか。』
帝国の名将カザン。その声は名声に似合わず震えていた。
『カザンよ。そなたが反逆を企んでいたならば、私は帝国の命令に従うしかない。』
しかし、帝国最高の魔法使いオズマの声は確信を得ているものではなかった。
『オズマよ、私は反乱を起こしたわけではない。ただ、私を謀略する者から自分の身を守ろうとしているだけだ。彼らの言うことを信じてはだめだ!』
『友よ、それであれば兵を引いてくれ。何か誤解があるに違いない。私が直接皇帝陛下に奏上してみよう!』
『友よ、私を謀略する者こそが…皇帝だ!』
『そのことは…反乱を自ら認めることではないか…私を許してくれ。友よ。』
オズマは進撃を命じた。押し寄せるオズマの兵をじっと見ていたカザンはいつものようにヨロイを着ないまま、片手には斧、片手には剣を持って大喝一声しながら飛び出した…。

『クククク…クハハハハハハハ…。』
胸に染みとおる悲しい笑い声でオズマはおもむろに気が付いた。
『友よ、気が付いたか。私達は元々こうなる運命だったのかもしれないな。クハハハハハハハ…。』
オズマの目に映ったカザンの容姿、それは人間の皮を無理矢理に着て血まみれになった悪鬼そのものだった。両足は縛られていたが、両腕は、縛る必要もなさそうに力なく垂れていた。
『お…お前、その腕はどうしたのだ!!』
『やつらは俺の両腕が怖かったみたいだな。筋を全て引き抜いたのを見るとな。』
『そ…そんな!』
オズマは回想してみた。全てははっきりしていた。反乱を起こしたカザンを鎮圧せよという帝国の命令。カザンと遭遇中にいきなり押し寄せた兵士達。服装は違っていたれけどそれは帝国の兵のうごきだった…。…何故、他の将軍達を差し置いて一介の魔法使いである俺にそんな命令が下ったのか。そうだったのか。最初から陰謀だったのか…カザンと俺を同時に取り除くための陰謀だったのか!
『あ…。』
すこし考え込んだ後軽い嘆息をもらすオズマを見てカザンが言った。
『お前ももう全てが分かったみたいだな。そうだ。そうだ…。』
カザンは鬼のような形をし、人間の肉体などは越えたかのように、そうだ…だけ口ずさんだ。
『人間としての俺の生は多分ここまでだろう。俺達がこんな状態なら恐らく俺達の家族も無事ではないはず。俺の血筋は俺の代で終わりだな…俺はそれが惜しい。』
『家族 …、そうだ無事なわけないだろう…。…だったら俺のリズも… !?』
その時、鉄格子を貫いてどこかから長い棒が飛び込んで、オズマの顔面を強打した。
『反逆者の分際で何を言っていやがる。むやみに皇帝陛下の後宮のお名前を汚い口から言い出すとは。』
オズマは立って鉄格子にぶら下がって絶叫した。『そ…それはいったい何のことだ!もっと詳しく説明してくれ!』
牢の格子が開きオズマは兵士達に殴られながら重い袋さながらにずるずると引っ張っていかれた。
『おい!! リズはどうなったんだ!おい!!話してくれ!!』
しめっぽい悪臭がオズマの離れていく叫び声にからみついていた。
……

『オズマ…オズマ。』
誰かが自分を呼ぶ…カザンか…反射的に目を開らこうとしたが、彼らが俺の目から光をうばったか…闇とは…とても慣れてないものだな。
『あ… カザン…。 』
『おい…大丈夫か。』
『…。』
俺がもうしゃべらなくなったら、カザンもそれ以上話をしかった。もはや互いに吹き込む希望すら残っていない。
(こんなことはありえない…俺達二人への彼らの嫉妬を警戒していなかった結果がこれだなんて。)
(カザン、俺の家族、そして俺の可哀そうなリズ…リズよ…彼らに何の罪があったのだ…)(俺はこのまま埃のように散華するのか…誰よりも優れていた二人の人間は、そうでない人間達の嫉妬により反逆の罪に問われて処刑された…と歴史本に一行記録されるな。いや、違う。彼らがそれ程我らが美化されることほっておくわけがないか。)
『人間という種族…このものたちはそれ程に救われない存在なのか?』
オズマは自分も知らないうちに口ずさんだ。カザンは微動もせずじっと聞き流していた。
いきなり、オズマの考えは変な方向にながれ始めた。
(ただ。この惑星に住む一つの種族を消すこと。そうであっても。まあ、あまり大きい問題ではなかろう。大体人間いうう種族は何なのだ、自分達だけが宇宙で一番大切な存在であるかのように処世している。)
(そう、復讐…復讐だ。この世界に向かって俺は復讐するんだ。人間どもをこの世界から滅亡させることだけが。真の浄化であろう!でもどうして!?)
……
『どうだ?我が提案は?』
『俺の前から消えろ。邪悪な存在よ。お前の提案を受け入れるには私の魂はとても純潔なのだ。』
オズマの片手に真っ赤な火の固まりがしかめた両目と共に炎々ともえさかっていた。
『自分の魂を売った代価で世界を破滅させる力を得る機会は誰にでも来るものではない。お前は選ばれた人間だ。フフフ…。』
オズマはこれ以上その気持ち悪い笑い声を聞かないというように手のひらから燃えていた火の固まりを力強く投げ出した。しかしその火の固まりは目の前に暗い存在を通過して、後ろの壁に大きい破裂音を出して大きな穴を開けただけだった。
『おい。そんなに怒る必要はない。お前がそんなに脅さなくても俺はすぐ目の前から消える。しかしいつかお前が俺を尋ねてくるはずだ。』
目の前の存在はゆっくりと薄くなって形をなくして行った。その最後の一言だけが響いてるだけだ。
『いつかお前が俺を尋ねてくるはずだ…。』
……
あいつはこの全てのことを知っていたということか。あ…人間! 人間どもよ!お前らの権力欲と嫉妬によって、お前らは歴史上見たことのない凄まじい悪魔と対面することになるな…。
『ハハハハハハ…。』
『オズマ…?』
『カザン。俺が言うことをよく聞け。俺達二人は現世で一番優れた人間だ。そうではないか?』
『…。』
『俺は俺達二人がこんなことで消えるのがとても惜しい。』
『なんの…計画があるんだ?』
『フフフ…お前は消滅の神になれ。俺は混沌の神になる。』
『い…、いったい何のことだ?』
その時だった。鉄格子が開き何人かの牢番兵がカザンを引き連れ出そうとした。
オズマは大急ぎで叫んだ。
『カザン!友よ。覚えておけ!まだ終わってはいない!必ず生き延びてくれ。俺が必ずお前を探し出すから!』
オズマは目が見えなかったが、オズマの叫びが続いてる間に兵達に無理に引き連れられるカザンは、オズマに向かって顔を向けて意味の分からない笑顔をした。それはオズマの言うことを信じという意味だったのか、さもなくば荒唐なことを言い出す友に送る最後の悲しい挨拶だったかは分からなかった。
……
『…その後カザンはスツル山脈の向こうへ追放され、オズマは南の海へ捨てられた。オズマはまた自分に尋ねてきた死神の提案を喜んで受け入れ自分の魂を売って邪悪な力を得、やっとの思いで生きながらえたカザンを、消滅の神と化した。しかし カザンはオズマの計画には乗らなかった。ただ鬼になって世の中をさ迷うことにした。この時から大陸のあちらこちらにはカザンの鬼に取り付かれたカザン症候群という病も発生した。』
名門クルセイダーの家系であるローゼンバッハ一族の元老であり大主教のメイガローゼンバッハは昔のことを思い出すように数百年前の事を自分の足を枕にしている幼い孫娘オベリスローゼンバッハに聞かせていた。
『その次はおまえも学校で習ったんだろう?オズマが人間達を偽装者(人間の姿に偽装している化け物)と化す呪い-歴史の本には血の呪いと書いてあるな。-を掛け人間達が自らを疑わせるようにさせ混乱を助長することになったから、神は聖なる啓示を下され普通の人間と偽装者を区別できるミカエラ様を送ってくださった。その方によって我らのような"プリースト"という人々ができ、偽装者達との戦いに備えることができた。』
メイガは暖かい手で孫娘の髪の毛を撫でていた。
『ついにオズマ偽装者軍団とミカエラ様が率いるプリースト達が黒い大地の辺りで大規模の戦闘を行い、我々プリースト達がオズマの偽装者軍団を他の次元に追い払うことに成功したが、この戦闘の名を知っているかい?オベリス。』
『黒い聖戦!』
『そう。よく分かっているね。しかしついにオズマを追い払うことには成功したが彼はきっとまだどこかで生きている。いつ、またこの世界を攻撃してくるか分からない。世の中にはまだ数多くの偽装者達が隠れていて、それ故に、私達が存在する意義も失われていないのだ。分かったかい?オベリス。』
『はい。で、おじいさん?』
幼い少女のきらきらとしている瞳がメイガを直接凝視していた。
『オズマは元々いい人だったでしょう?』
『そうだ。オズマは昔、その当時にカザンと一緒に世界を救った当代最高の魔法使いだったんだ。』
『うん…じゃあ、もう世の中には昔いじめられた悪い人たちは皆死んで、おじいさんやおばあさんみたいな良い人ばっかり残っていると知ったらまた元の良い心に戻ってくれるんじゃないかしら?』
『ハハハハ…奇特な子だね。そうそう、世の中の生き物は最初から邪悪だったものばかりではないという話だな?我が可愛い孫娘は頑固なプリーストの元老達よりよほど悟りの深さがあるな!私がいつかオズマに直接出会う機会が会ったら一度話してみよう。』
『でも、気をつけてくださいね、おじいさん。話をきいてくれないこともあるから。』
『そうそう。おまえは本当に頭がいい。本当に賢いんだね。私は一生おまえの心配をする必要はないだろうね。』
しかし、可愛い孫娘が歩んで行く険しい道が見えたのか、メイガの顔は、その笑顔だけはあまり明るくはなかった。こんな平和な時代が永遠につづけばいいのに。私が目を閉じる前に世界がこれ以上我らプリーストを望ぞまない、そんな真の平和を見ることができたらいいのに。美しくて頭のいい我がオベリスがただ平凡な幸せを味わえるそんな世界が…。

Episode12.神様、どうか私の祈りを…

『お呼びでしょうか。』
若くて壮健な男女が 大聖堂に入りながら大主教に挨拶をした。二人とも重たいヨロイを着ていたが、男の方は圧倒的に壮健な身体と色合いの暗いヨロイのせいで相手を息苦しく感じさせる。女の方は白を基調とした明るいヨロイとすらっとした体のせいでヨロイの重さはほぼ感じられないほど軽く見える。
『聖なる力のご加護がありますように。』
『聖なる力のご加護がありますように。』 丁寧に挨拶をした後、大主教メイガが 話を続けた。
『黒い聖戦を勝利に導いた者達の子孫よ、そなた達は自らの意志で運命に従って世の中を混乱させている偽装者達を処断するために身を投じ、黒い聖戦を勝利に導いた。偽装者達がどんどん減ったのも我らの努力による成果であったと信じていたが…。』
言葉じりをこまかすメイガの言葉が二人のプリーストの耳のもとで響いている。
『アラドの大陸に発生した転移という現象が次元のすきを作ったらしい。他の次元にあるオズマの力がまたもやこの世界に影響を与え始めたようだ。あちらこちらで偽装者達の数が増えていると報告が入ってきている。また、今度はオズマと関連があると思われる悪魔達が直接この地に姿を現しておる。』
『オ…オズマが!』
オベリスは自分も気づかないうちに短く悲鳴を上げた。かたやテイダ=ベオナールは意図知れぬ薄笑いを浮べていた。
『私がそなた達を呼んだ理由は、我々元老達の意向を知らせるためだ。』
メイガはしばらくの間、黙っていたが、また話を続けた。
『今こそ我々が再び世の中へ出る時が来たらしい。既に世の中には冒険者と呼ばれる強い戦士達が多く現れたようだ。私を含めたプリーストの元老達は我々も世の中の浄化に力を合わせるべきだと思っている。オズマの動向を探りながら。』
メイガの言葉が終わると同時に、待っていたようにテイダが 話を続けた。
『フフフ…その言葉を待っていました大主教様。もう弱い偽装者達を探し出すのも面倒に成っていたところでしたので。』
こいつは本当に聖職者とは縁遠い男だなと考えながらオベリスも鋭く言い放つ。
『あなたは世界の浄化より自分の虐殺本能に忠実のようですね。テイダ。』
『オ…オベリス。おまえはまだ堕落した偽装者達も人間に戻せると私を説得するつもりなのか?それならば転移で凶暴になったあのモンスター達も一度説得して見せてくれ。ハハ。』
『そんな方法があったとしたらそうするべきでしょう。』
『ハハハ。おまえは無駄な考えで一生悩んでいる変わり者だよ。もしかするとそれがおまえの魅力かもしれないがね。ハハ。』
『美しきもの…それこそが本当の聖なるものです。あなたはもっと聖なる者になる必要がありそうですね。』
『おまえが私の聖なることを論ずるのか。おまえのやり方じゃ一生経っても偽装者一匹も消すことはできないだろうよ。少なくとも我々インファイター達はそんな無駄なことで悩む者はいない。少なくとも我々は人間達に被害を与える邪悪なものどもを減らしているという話だ。邪悪なものは全滅させるべきだ。例えそれが自分の家族であってもな。』
自分の主張を曲げることのない二人の若者を見ながらメイガが言いを渡した。
『さあ…やめないか二人とも。皆自分のやり方で聖なることを行っていくことを…。』
『申し訳ございません。大主教様。』
『しかし、私を含めた元老プリースト達からは、そなたとインファイター達が追求している方法はすこし危険なように見えるのも事実だ。自分の身体を鍛え強くする姿勢は良いのだが、他の生命体を倒して、そこで感じられる快感に溺れてはいけない。それは神様の下さった試練だということを忘れてはならん。』 『し…しかし、ああいうもの達を生命体と認めるわけには…!!』
『そうではない。神様がお創りになったものは神秘的なもの。そこに何の美があるか人間の短絡すぎる考えで判断しようとしてはいけない。そこには必ず何か理由があるはずだ。』
『ハハ。確かにそうであります。それは世の中に私みたいな人間が必要だということを教えてくれる美があります。人間達に害悪を与える凶悪なものを消す聖なる使命を抱いて生きている人間のことを!』
『ふむ…そなたのやり方が危険なように見えるとしてもそなた達のやり方を理解できない訳ではない。これもまた、神様がお創りになったものであれば受け入れるしかないであろう。』
テイダはもう話を続けないまま静かに立っていた。

テイダが去った後、メイガはこっそりと自分の孫娘を呼んだ。
『オベリスよ。テイダの真面目すぎる性格が私は心配だなのだ。恐らくおまえ達のようなクルセイダーの手助けが必要となるであろう。』
『心配しないでください。おじいさん。彼はどんな状況に遭っても簡単に諦める男ではありませんから。』
『そう…そうだろう。でもあまりに真面目すぎる性格はいつも不幸を感じさせるものだ…。』
『分かりました。でも、彼は助けを求めていないはずですよ。』
『そうであろ。だから私がこうして特別に頼むのではないか。』
『はい。おじいさん。』
『そう。おまえは昔からこの私の言うことはよく理解してくれたね。』
自分に丁寧に挨拶して返っていく孫娘を見るメイガの視線には、いつもより多くの危惧と愛情がこもっていた。
‘我々の運命はいかになるものか…。過去の黒い聖戦の時よりも混乱しそうな事が起こってるようだな…。神よ、私の祈りを聞いてください。どうかこの若者達を見守ってください。’

Episode13.毒

『ああっ!!』
耳を引き裂くような鋭い悲鳴に私は目を覚ました。
"何が…あった…?"
意識を取り戻そうとする前に目に入ってきた光景は数十、いや数百匹もの赤ルガルたちに囲まれている一群の人々であった。
その真中には見覚えのある一人の格闘家が倒れていた。
私の意識を取り戻した悲鳴はおそらく彼女のものだったようだ。
『あ、あれはパリス?そうだ、私はパリスに…。』
その時、倒れているパリスの後ろを狙一匹のルガルが目に入ってきた。私は反射的に起き上がってはルガルに向かって体を投げた。

第ニ章 毒
不可解なことに私は毒に魅せられていた。その香りと致命的な美しさ。幼い頃、森の中で毒蜘蛛を口にくわえて死んでいく子犬を発見したことがあった。私の胸の中で震えながら苦しんでいたあの子犬。
私は泣いたが、その子犬が可哀想で悲しいから泣いたわけではなかった。もしかしたら、生涯の同伴者の存在に出会ったことへの嬉しさと恐怖を同時に感じたからかもしれない。
"死…死とは………"
それ以降、[毒]の世界に対する私の研究は執着に近いものになった。
格闘家を志し、体を鍛えながらも私は常に様々な毒を集めて研究に励んだ。なぜそこまで執着していたのかは、正直、知る由もなかった。
あの時が訪れるまでは…。
この間、私はこれまで集めた様々な毒を持ってヘンドンマイアの路地に住むロトン爺さんを訪ねた。
爺さんは驚いた様子だった。それを見ては誰でも驚くだろう。
『この全ての毒を君一人で集めたのか?それはすごいな。』
『爺さん。これらを一気に使える方法はないかな?』
『一気に使う…そっか。方法はある。方法はあるさ。』
ロトンは様々ながらくたが散らかっている蔵庫に入ってしばらく出てこなかった。
お茶を一杯飲めるくらいの時間が過ぎただろうか。ロトンはボタンのついた、卵の大きさくらいの装置とマスクと見られる物を二つ持ってきた。
『さあ、このマスクをつけてくれ。君が集めた全ての毒を精製した後、このように不揮発性アルコールと混ぜ…』
ロトンは私にマスクを渡し、自分もマスクをつけてから、渡しの持ってきた毒を一ヶ所に集めては、アルコールと思われる液体と混ぜた。
渡しはマスクをつけながらその光景を見つめていた。
『この小さな噴射器に入れて撒けば…』
噴射器から私の毒が気体に変わって噴射された。噴射された気体は周辺に広がって周辺の視野を遮るくらいの霧になった。
『これは毒霧だな。爺さん、すごいよ。ありがとう!』
『この毒霧の中では普通の生命体たちは数秒も持たない。君自身を守るためにこのマスクをつけるのは絶対忘れるなよ…』
私はつけていたマスクを外し、笑いながら言った。
『私にはこんなの要らないよ。今まで数千種類の毒で来たられたこの体に、念の力を少し加えればこれくらいは平気だよ。』
マスクの裏のロトンの顔はかなり驚いた表情であったに違いない。
『そ…そっか。ところで、このように毒を噴射すると多くの材料が必要になるだろう。君が持って来た量では3、4書いしか使えないかもしれん。』
『そしたら毒をもっと集めなければならないな…毒を大量に入手できる所はないのかな。』
『あるっちゃあるけど…』
『どこ?うん?』
ロトンは少し間を置いて言った。
『エルブンガードに行け。』
『エルブンガード?まさかあの馬鹿なゴブリンたちが使えそうな毒を持っていると言っているの?』
『まさか。最近エルブンガードのどこかで赤ルガルが発見されたんだが、そいつらの毒牙が使えるかもしれん。』
『赤ルガル?』
『そうだ。以前、何人かの冒険者たちが偶然捕獲して私に研究依頼をしてきたことがある。一般ルガルたちの変種で初めて見る奴らだったが。そいつらの毒牙はとても大きい上に猛毒を垂らしていた。奴らの毒牙一本の毒はこれまで君が集めてきた毒よりも多くて強かった…』
『そんな奴らがいたのか。ありがとう。今すぐ行ってみるよ。』
『おい…とにかく気をつけろ。これまで大勢の冒険者たちがエルブンガードを訪ねたが、今となってあんな奴らが発見されたとのことは奴らが最近できた変種か、もしくは…』
『もしくは?』
『これまで奴らを発見した者は一人も生きて帰ってこれなかったようだから…』
『心配しなくていいから。爺さん!とにかく情報ありがとう』
私はなぜか浮かれて慌てて荷物をまとめ、すぐロトンの実験室を出た。
エルブンガードの入口にはまだ初心者冒険者たちが大勢集まっていた。それに遠くから聞き慣れたダンジンの声も聞こえてきた。
『さあ、儲かりまっせ~』
"ダンジンの奴、いつまで初心者たちを騙してお金を取るつもりなのか?"
笑いを堪えながらダンジンの前を通る時だった。
『さあ、さっきも一人のお客さんが大儲けして帰りましたよ。あなたも挑戦してみませんか~ 私のこの血騒ぐ青春をどうすればいいだろう?私の心も、通りすがりの可愛いお嬢さんの心も、ルガルたちのように赤く染まってる~ さあ、儲かりまっせ~』
私はびくっと驚いていきなり彼の胸ぐらを掴んで問い詰めた。
『お前、赤ルガルについて知っているのか?』
その瞬間、ダンジンの仮面の裏の顔が笑っているような気がした。
『赤い色は簡単に染まる色。あなたの心もすでに半分は染まっていますね~ 全て染まってしまうと元には戻れません。』
私は胸ぐらを掴んでいた手を緩んで問い詰めた。
『それは何のことだ?』
『さあさあ、ただでは言えません。私は私の幸運の試験を通った者のみに情報を与えます。』
『幸運の試験?』
『撒かぬ種は生えぬ!投資をした人に幸運の試験に挑戦するチャンスを与えます。今日はお嬢さんに私の全ての幸運をあげるから一度挑戦してみてはいかがですか~』
"ちぇっ!汚い商売だな。"
私は少し芽生えた疑いの気持ちを晴らしてその足で赤ルガルたちを探しに駆け出た。

第三章 出会い
果てしなく続く樹海で道に迷ってからどれくらい時間が経っただろう。
私は未だに赤ルガルの跡を追っていた。
"はっはっ…ロトン爺さん、でたらめを行ったのか?少し…休もう…"
少し体を休ませようと横たわったその瞬間だった。私の目の前を素早く通った奴はつるんとした肌のルガル!それは赤い奴だった。
『見つけた、こいつ!』
私は逃すまいと、ぱっと起き上がって奴を追いかけた。しばらくの間ずっとルガルの後を追いかけた。奴は捕まえそうで捕まらなく、常に一歩差を維持しながら木の間を素早く逃げ回り、私はずっとその一歩差を縮められずに無残にも奴を逃してしまった。
『こいつ…もしかして私を誘引しているのでは…?』
確かに疑える状況ではあったが、奴を追いかける意外の方法は特になかった。ぎっしり並び立っている木が視野から消えて広い空き地に着くと、そのルガルは逃げ場を失ってきょろきょろした。
チャンスは今だと思い、素早く奴を捕まえた。
『捕まえた!あれ?こいつの力、ものすごく強いな!』
やっとの思いで捕まえた奴の上に乗り、無差別攻撃を浴びせ、ようやく制圧したその時になって初めて周辺の風景が目に入った。
『ここは…どこだ?』
目の前にある燃えた建物、大きな工場のような建物が醜い姿を現していた。建物は不気味に茂みに囲まれ、わびしさを増す風の音が私をあざ笑っているような気がした。
"何だか不気味なところだ。早く毒を集めて帰ろう。"
私は捕まえたルガルの口を開けて空き瓶に毒を絞って入れた。
『おい、気をつけろ!』
その人は素早い動きで私の後ろに現れた。後ろを振り向くと一人の女が激しく足掻いているルガルを1匹抑えていた。
"この女も…格闘家?"
『おい、この周辺はルガルだらけだ。そのようにぼーとしていたら一瞬にしてルガルたちの餌になってしまうぞ。よく見てよ。』
彼女は抑えていたルガルを私の後ろの森に投げた。すると、森の中から数十匹のルガルたちが赤い目を光らせて姿を現した。
『こいつらはおそらく君を狙ってついて来た奴らだろう。』
話終わった彼女は、ルガルの群れの真ん中に入り、奴らとしばらく戦いを繰り広げた。
彼女の戦う姿は本当に美しかった。
全く無駄のない動き。敵の弱点を容赦なく攻略する大胆な攻撃。戦いにおいて憐憫などは抱かないとの断固たる決心。
分からない人にはむちゃくちゃな動きにしか見えないかもしれないが…そう、私には分かる。あれが実践のための戦いとしては最高の境地だ!
そしてルガルたちは力を失って倒れていった。
『パリス、あちらだよ!』
一群の男たちが彼女の後ろについて来て叫んだ。彼らは鉄棍棒、角木などで武装していた。
"パリス?下水道の女王パリス!?"
下水道の女王パリスなら、全てのストリートファイターに仰がれる存在ではないか。彼女にここで会えるとは。
私はパリスと彼女の一行が走って行く姿を見つめ、急いで倒れたルガルの何匹から必要な分だけ毒を絞り、パリスが入っていった目の前の廃墟の中に駆け入った。

Episode14.紅葉に染まる

第四章 紅葉に染まる
私が倒した赤ルガルたちがあちこちに倒れていた。倒れているルガルの山。何匹くらいだろう。十匹?二十匹?パリス一行を探して何も考えずこの廃墟に入ってきたが、目の前に見えるのは赤ルガルたちばかりだった。殺意で光るルガルたちの眼差しさえなければ、ここは夕焼け色に染まった紅葉の森と間違えたかもしれない。眩しい赤色の体で素早く動き回るルガルたちの動きに惑わされただろうか。先ほどから目眩がしていた。
“はっ・・・はっ・・・こいつら・・・倒しても倒してもきりがない。ところでパリスは・・・どこにいるだろう。”
休む間もなく攻撃してくるルガルたちの爪を本能的に避け、一匹ずつ倒しているうちに、ふと新しい感覚を覚えた。私の足にルガルの爪がひっかかる感覚・・・ルガルたちの体に食い込む拳・・・ルガルたちの悲鳴。
“よし、今日はお前らを相手に思う存分楽しませてもらうぞ!!!”
私は、目の前のモンスターたちを手当たり次第に退治しながら快感を感じていた。先ほどの疲れはいつの間にか消えて体が軽くなった気がした。そう、私は強い。私は長く口笛を吹いた。そして大きく笑った。私は強い。私は強いから。体中の血が逆流する気がした。私は破壊の神になり、ただ目の前にある全てを殴っては壊しているだけだった。
“そう、このまま永遠に何かを壊し続けていたい。体中に流れている血の一滴一滴に大きな意味を持たせたい!”
高い空に向けて突然大きな声で叫んでいる私がいた。
その時、誰かが大きく振り回していた私の手首を掴んだ。
「おい、もうそのくらいでやめておけば?」
これは・・・パリスの声?
「ねぇ、そうするうちに私たちまで攻撃されそうだから。と・・・ところで、あんた、どうしたの?その肌!」
彼女が掴んでいた私の腕を見た。腕は赤い斑点だらけだった。
「ふむ?」
顔を上げ、パリスと目が合うとパリスは少し驚いて掴んでいた私の手首を離して後ろに一歩下がった。
「こいつ、目が赤くなってるよ。もう正気を失ったようだ。カプセルを飲んでいないかも。」
パリスは向こうにいる味方たちに叫んだ。
「おい、誰か変異免疫カプセルを持ってない?」
そして私に話した。
「この青二才が。カプセルなしでここに入るとあんたのようになるからな。とりあえず可哀想だからこれを渡すけど、これ以上耐えられないようだったら無理せず家に帰って休んだ方がいいよ。我々はやらなければならないことが山ほどあるから。」
私はカプセルをもらってはパリスの後ろ姿を見つめていた。彼女の後ろ姿は赤色だった。紅葉のように、ルガルたちのように、私の手首のように、この世のように。
“パリス・・・パリスよ・・・彼女は強い。彼女は全ストリートファイターたちの目標である。私が勝てるだろうか?私も強い。彼女に勝ってみたい!”
私の血はいつの間にか自分でもコントロールできないくらい沸き立ってきた。
私は彼女の名を大きく呼んで宣戦布告した後、いきなり拳を飛ばした。先ほどの目眩は消えなかったが私の体はいつもより軽く動いていた。私の拳で宙に飛ばされたパリスは身軽く宙返りをし、着地しながら言った。
「こいつ!しっかりしろ。」
彼女の話が終わる前に私の容赦ない蹴りが入った。しかし、パリスは体を斜めにして素早く避けた。
「・・・あんたも路地裏の喧嘩屋、ストリートファイターだな?」
私は、パリスが話している途中にも素早く拳を飛ばし、連続蹴りを入れた。パリスは激しい私の最後の蹴りを片手で阻止しては遠くに飛ばされた。
「あれ?なかなか面白いけど?」
私は彼女に休む間を与えず直線的な攻撃を与えた。しかし、パリスは先ほどとは比べられないくらい速い動きで私の攻撃を全て避けた。
「確かにいい動きだけど少し頭を冷やしてから攻撃してみるのはどうだ?」
後ろからの声で後ろに振り向こうとした瞬間、突然目の前に強烈な痛みが走った。
「ちっ・・・砂を投げたのか?」「さあ、もうやめよう。私はやらなければならないことが山ほどあるから。」
私はじっと立って彼女の動きを感じてみようとした。気のせいかもしれないが私の全ての感覚はいつもより新鮮だった。感じられる、彼女が!
「ひああっ!」
後ろから襲う私の攻撃を軽々と避けたパリスは、何かを決心したように独り言を言った。
「こいつ、このまま置いとくわけにはいかない。」
私は再び攻撃を加えた。意識はもうろうとしていたがあの時に繰り広げられた私の攻撃は実に最高のものであった。迅速でキレイな動き。疲れを知らない体力。このような動きを繰り広げる自分自身に驚きながら、ますます楽しくなってきた。しかし、パリスはそんな私の攻撃を全て余裕で避けた。実力の差は確かに存在した。だが、ここで逃げるわけにはいかない!私は大きく驚かす動きを取って距離を置いた後、その場にじっと立ったまま感じてみることにした。前が見えないのは何の問題にもならなかった。彼女の動きがあまりにもはっきりと感じられたから。今度は左側に・・・感じられる!!顔の左側から鋭い殺意が私に向かってくるのを感じ、私は素早く体をねじって避けた。
「ふむ?体はかなり鍛えたようだな。しかし、我々のような路地裏の喧嘩屋たちは武術をする道化師ではない・・・」
今度は右側だな・・・私は彼女の動きを分からないふりをし、無防備を装って動いた。予想より速いタイミングにパリスの拳が入ってきた。私はその拳を体を反らしてよけながら持っていた火薬を出すのと同時に、彼女の首筋を掴んだ。
「捕まえ・・・!くううっ・・・」
しかし、私が掴んでいたのは彼女の破れた服だった。
「おお?火薬を使うのか?私の戦法がかなり広まったようだな・・・。今回の作戦はお見事だったけど、少しイライラしてきた。いたずらはこの辺にしておくか。」
乱れた姿勢を正そうとした瞬間、耳元にささやく声が聞こえてきた。
「世の中を生きてきた一分、一秒」
私は気合を入れて叫びながら声が聞こえる方向に拳を伸ばした。そうすると遠くから再び声が聞こえてきた。
「生死の堺を越えて生きてきた私だ。」
鬼神・・・これは確かに鬼神である。姿は見えるが捕まえることはできない。
「今君の状況は実に気の毒だが、」
私の息苦しさの正体は恐怖、まさに恐怖であった。
「これが私の好きな花火。」
後ろに振り向こうとした私の首筋が持ち上げられ、目の前に火薬が撒かれるのが感じられた。息が・・・息ができない。
「型にはめられた愚か者たちが無理やりつけた名前。その名は一発火薬星だ!」
どかん・・・
耳を引き裂くような轟音と共に、私はこれまで見たことのないほど世の中がぐるぐる回る光景を目にした。赤色の空に吐き出した私の赤い血の雫。赤い肌と赤ルガルたち。そう、全ては紅葉に染まった。私は、あまりにも赤く染まってその重さに耐えあれず落ちてしまう落ち葉のように宙に舞い散った。赤く染まった紅葉が私の体に優雅に落ちてきた。時間の流れが遅くなった世界は、私の体が地面に落ちる鈍い音と共に再び元に戻った。私は・・・もっと優雅になれなかっただろうか・・・。
「パリス、こいつこのまま置いとくのか?」「おそらくこのくらいで死んでしまう奴ではないだろう。まあ、奴にカプセルでも飲ませて。このまま置いとくと、こいつもここの実験場の影響で暴走して、そのままモンスターになってしまうだろう。そうなると厄介だから。」
微かな意識の中の私の口に一人が丸薬のようなものを入れた。
「さあ、早く友達を救出しに行こう。」
遠ざかる足音を聞きながら私は気を失った。
第五章 連鎖爆発
「ああっ!!」
耳を引き裂くような鋭い悲鳴に私は目を覚ました。
“何が・・・あった・・・?”
意識を取り戻そうとする前に目に入ってくる光景は数十、いや数百匹もの赤ルガルたちに囲まれている一群の人々であった。その真中には見覚えのある一人の格闘家が倒れていた。悲鳴は・・・おそらく彼女のものだったようだ。
「あ、あれはパリス?そうだ、私はパリスに・・・」
その時、倒れているパリスの後ろを狙う一匹のルガルが目に入ってきた。私は反射的に起き上がってはルガルに向かって体を投げた。そのルガルが目の前でパリスを襲おうとした瞬間、私は地面に落ちていた一つ石を念を宿らせてそのルガルに思いっきり打ち下ろした。恐ろしい音と共にルガルの群れが散らばった。
「あ・・・?あ、あんたは?」
私はパリスに苦笑いを見せてはパリスの一行を追いかけていた赤ルガルの群れに飛び込んで念を宿らせて叫んだ。
「この赤い化け物め!ここを見ろ!!」
ルガルたちが一瞬びくっとして私に群がると私は周りの人々に叫んだ。
「皆死にたくなければ私から離れろ!」
私が何かすると感じた皆が素早く私から離れるとありがたいことに全てのルガルたちは吠えながら私を囲んだ。人間たちが全員逃げたのを確認した私はロトンからもらった噴射用毒の塊を取り出した。
“そう・・・一度やってみるのだ。”
そして私に襲いかかるルガルたちを避けて高く飛び上がりながらその毒の塊を地面に投げつけた。毒霧は噴射器から出てきてまるで夜明けの霧のように広まった。
“そう、この香り”
私は毒霧の中から念の力で毒気に耐えながら、霧の中で逃げ場を失って暴れているルガルたちを1匹ずつ退治した。遠くからパリス一行の勝利の歓声が聞こえてきた。しかし、私は焦っていた。
“いや・・・このままでは毒の効力は全て消えてしまう。時間が足りない・・・どうすればいい?”
まだ半分以上残っているルガルたち・・・ますます薄くなっていく毒霧を感じながら最後の瞬間を覚悟したその時・・・私の目の前を紫色で染めていた毒霧の中から、昔から私と一緒にいた誰かの声が聞こえてきた。
<・・・さようなら、今までありがとう・・・もう私を解放して・・・>
私は本能的にその声が望むことが分かった。隠しておいた火薬の粉と共に目の前のルガルの一匹の首を掴むと、昔から感じられた見慣れた存在をはっきりと確認した・・・。頬を滑り落ちる一粒の涙が感じられると、私は・・・低い声で一言を口から漏らした。
「さようなら・・・ありがとう・・・そして愛してる・・・」
目の前の掴まれたルガルの瞳孔が恐怖で満ちるのを感じた時、火薬が爆発すると共に体中の念が同時に燃え上がった。
どっかん!
爆発は私の手の先から始まって毒霧全体に連鎖的に広がっては空が引き裂けるように叫び始めた。天地が振動するような爆発が吹きまくった跡。そこには黒く焦げたルガルたちの亡骸の山と疲れて倒れた私の体だけが残っていた。そして聞こえてきた歓声。
「無謀な奴だな、あんた。」
いつの間にか私のそばには体を支えられて立っているパリスがいた。
「あんたが生き残れたのはただ運が良かっただけだから、他の理由なんてない。」
私は自分が生き残れた理由を知っているからそれを言おうとしたが、今にも倒れそうな体だったためただそのままじっと聞いているしかなかった。
「しかし。」
パリス。冷たかった彼女の顔が、突然笑顔に変わった。
「私が今まで見てきた花火の中でも最高の花火だった。ありがとう。あんたのおかげで私だけではなくここにいる皆の命が助かった。ありがとう。私たちの英雄!」
皆の歓声の中、私はパリスを見つめながら微笑んだ。そして倒れる私を誰かが支えることを感じながら再び気を失った。
第六章 毒王の誕生
ヘンドンマイアの路地裏の広場。普段は冷たい風音しか聞こえない荒れ果てた場所だが、あの日以来、私はどこにいても寂しさなどは感じなかった。現場にいた人々はその物凄い爆発を見て、そこから生き残った私を運が良いと言っていたが、私はそこでなぜ生き残れたか、頭では分からなくても心の中では分かっていた。その日聞いたあの声が誰なのかは私は未だに説明できない。もしかしたら毒の精霊が私に話しかけたのかもしれない・・・または、毒というその存在自体かもしれない。何であろうが私には関係ない。あの日以来、私はいつでもどこでも一人ではないとのことで羨ましいことは何一つなかった。狂気に近かった毒に対する執着も消えた。相変わらず毒を使用しているが、以前とは違う気がした。ただ楽しくて、胸がいっぱいになる。このように感じるのは、世の中で私一人しかいないかもしれない・・・。
「会えて嬉しい、元気・・・だった?友よ。」
誰だろう?おそらくその現場にいた人々の中の一人だろう。誰なのかは知らない。しかし、誰にでも笑顔を見せたかった。最近の私は、ずっとこんな気分だ。
「あ、私も嬉しいよ。そちらも元気だった?」
相手は突然黙り込んだ。どうしたのだろう?まあ・・・気にしない。私はそんな彼を後にして歩き出した。そうすると相手の少し嬉しそうな声が聞こえてきた。
「・・・聞いたイメージとは違うな。ははっ・・・とにかく会えて嬉しいよ、毒王。」「毒王?」「あれ?知らなかったのか?この間君がパリスを助けて以来、皆君のことは毒王と呼んでるよ!あの物凄かった毒霧にはパリスも賛辞を惜しまなかった。君のように毒研究に励む奴らも増えてきたし。ははっ、有名人になったな。おめでとう、毒王!」
男が立ち去ってから私はその場でぼーっと立ったまま独り言を繰り返した。毒王・・・毒王・・・実に素敵なあだ名ではないか。私にとって、最高の褒め言葉であるだろう。そしてきっと私の旧友も喜んでくれるだろう。そうだよな?・・・毒王・・・。

Episode15.ロージーの歌

暗闇の夜、月の光すら入ってこない深い峡谷。そして千年もの間、積りに積もって考える事ができるようになった雪の塊がありました。
“光が恋しい。”
そしてたまに、とてもたまに。一差し、一差しの光を、奥深いところに集めていました。狭くて長い峡谷には冷たく吹いてくる風がありました。そんなにも自分のものにしたかった切ない風も、千年もの積りに積もって冷たい地の上に自ら姿を現し、長くて寂しかった雪の饗宴は真っすぐで輝く道を持つようになりました。そしてその下で静かに息をしていた雪の塊は、千年もの間、少しずつ積もっていた雪の塊は、冷たいけどくすぐったかった風が忘れられずに、少しずつ地を突き抜いて上に上がり、再び風と共に輝く柱を作り、峡谷には純粋に全てを映す氷の柱が一つ、二つ起つようになりました。氷の柱は寂しかったのです。伸ばしても届かない光がとても恋しくて、一人で大事にしていようとしただけなのに、いつまでも消えない光を抱いて上を通っていた冷たい風を抱くようになった時、初めて向こう、手があれば届きそうなところに自分と同じく寂しい柱を見つめるようになりました。長い間、欠片が一つ、二つ集まって光を抱く夢を見て、他の欠片と触れ合い、持つことで有することを知り、隙間は埋めることができると気づきました。寂しさは寂しさと共にすることで消えるようになり、その存在の喪失はもうひとつの傷みでした。話は終わりがないもので、柱は千年もの間いつもやってきたように、その寂しさを心の奥深いところにしまっておいて雪を、風を、氷を、少しずつ積み上げて薄いけど長い屋根を作っていきました。一つの結晶が落ちました。そして何千年も前に予定されたその場所に行く前に、見えない冷たい亀裂に挟まれてようやく一つの手を完成させ、氷の柱は喜びのあまり、このように涙を流しました。涙は長い年月を待たされただけに細くて途絶えない流れを作りました。それから太古に神が創り出した流れに身を任せて少しずつ下へ、下へと流れていき、そして千年もの時を経て、大昔地を突き抜いて上がってきた雪の塊は、本来自分のいた亀裂に戻ってくるようになってもう二度と旅立つまいと決めました。他の何よりも堅くて透明だった涙は、寂しさに耐える方法はその終わりでしか見つけられないことを知って、一人で存在する方法をしりました。しかし、もうこれ以上は一人で存在できないことに再び気づいた時、待つことで有することを知るようになりましたが、隙間は埋めることができないことを知りました。そして数えられないほどの時が流れ、冷たい風を暖かく噴き出すことができる小さな生命体がその上を通る夢を見て、その息吹は風と触れ合い、素早く、そして堅い夢の結晶を作っていきました。雪の塊は風のように訪れてきた少女を風が吹く音だと思いました。そのようにとどまるその音を、風が吹いてくるその音をロージーと呼びました。
ロージーは止まることなく吹いてくる風のささやきであり、消えることのない幼い夢のとどまり、数百、数千の夢が居場所を作って、部屋を作って、ベッドを作って、器を作って、靴を作って、その上に色を塗ることができました。
そして千年もの時が流れ夢は夢自ら存在し、考えることができるようになり、自分のいたところに永遠に存在するために自分の宮殿を作りました。
白い空からこぼれ落ちる真っ白な花の結晶たち、私の夢と触れ合い、形を成し始め、もうこれ以上意味もなく染まるのではなく、透明な宮殿を建てよう。
我慢できないくらい尊いとどまることないから恋しい白くこぼれ落ちて切ない氷の女神が私と共にいるから思わず、歌を口ずさんでしまう耳を澄ませば聞こえるよ、私の歌が深く目を閉じれば見えてくるよ、私の姿が夢のような冷たい君の手に甘く凍りついて眠りたい。
白くて甘いこのメロディーが永遠につづくことを知っている雪の塊は、通りすがるロージーを振り向かせるためにさらに美しいメロディーを作り出しました。暖かいメロディーは自ら溶かすことを知って、夢の中のような冷たくて甘い氷の歌をロージーに宿らせます。
ロージーの歌はこのように始まりました。
ロージーの歌は一つの雪の結晶から長くて寂しい峡谷が存在する限りロージーの歌は光を待ちたい渇望から冷たくて美しい雪花が舞い散る限りロージーの歌は寂しければ寂しいほど寂しくなろうとする風が存在する限りロージーの歌は始まりました。
少女の夢が存在する限りロージーは歌い続けます。

Episode16.モーガンの日誌

メイア歴四年。アラド歴九九五年。
一.やがて私の故郷、ノイアフェラ近くに到着した。この淡くて陰湿な空気はもう私の記憶とは違うものだった。あちこちに見えるこの怪生命体たちは一体何だろう。それらのいくらかの服装は、ダークエフルのものだった。私の同族たちはグールになってからも故郷を離れることができず、アスライ周辺をうろついていた。私の家族もその中にいる。
二.今ダークエルフを統治しているメイア女王は、幼いが賢い方なのが分かる。しかし、年老いた元老たちが手にしているものに対抗するにはその力がとても微々たるものだった。
私がここで何かを明らかにしない限り再び意味のない悲劇が繰り返されるかもしれない。もちろん、アイリス様の言う通り、この全てが人間たちの陰謀であるならば、この世で人間たちの存在が消えるまで命を捧げてでも努力するつもりだ。
シャプロンをはじめとするダークエルフの元老たちは、きっとこの事件を自分たちの権力を固めるチャンスとして見ているだろう。ほとんどのダークエルフたちは人間のことを嫌っているため、数的劣勢にも関わらず人間たちとの戦争を起こしてある程度の成果を出すことができればきっと元老たちが手にする権力は永遠たるものに違いない。だからこそ、彼らの論理を検証する必要があると思った。
では、まず疑問を投げてみよう。一体人間たちがなぜ?
実は最近は人間たちとの関係も悪くはなかった。宮内魔法使いが人間の大都市に派遣され、魔法を教えながら交流を深め、ダークエルフのマガタが人間の大都市の空を飛んでいる時代だ。
もちろん、ますます人間たちと円満な関係を築いていくこと自体が元老たちにとってはより早計な判断を強いられる危険信号だったが。
確かに人間たちは何も考えていない存在であることには間違いない。歴史本を読んでみると人間たちが最も好きなのは領土占領のようで、彼らはお互いの領土を占領するために同族を虐殺する冷酷で未開な存在だった。しかし、ダークエルフたちは地下で暮らしているし、無理に人間たちがその領土を欲しがったりはしないだろう。それに我々ダークエルフたちは世の中に出て彼らに被害を与えているわけでもない。しかし、このようなことを考えていると二つ目の疑問が浮かび上がってくる。
そしたらアイリス様は嘘をついたのか・・・?もし、そうであるならばなぜ・・・?
三.ここに来てからは何日も経ったが、まだノイアフェラの都市部には行っていない。あまりにも怪生命体たちが多いからだ。(その中のほとんどは私の同族だが。)ここで死んでは何の意味もない。明日は隠れ身の術を使用して都市の中に入ってみる。こんなことになると分かっていたなら、幼い頃にあった隠れ身の術の授業をもっと頑張って受けたのに。
四.やっと都市の中に入った。幸いなことに私の存在に気づく生命体はいないようだった。ところが、ここにはグールと幽霊たちだけがいるようではなさそうだ。私が見た群れは確かに人間、そう、人間たちだった!
そしたら本当に人間たちが今回のことと関係があるのだろうか。
五.今日は一日中、都市の中にいる人間たちの後を追いながら正体を探ってみた。いくつか分かったことは次の通り。
彼らは皆一つの組織に見えた。(またはある宗教のようなものかもしれない。宗教というのは生まれながら心が弱い人間たちが生きていくためには必須の要素だと聞いた。)
その組織の名は“グリムシーカー(Grim-Seeker)”
彼らの儀式を見ていると、誰かを待っているようだった。その存在の名はディレジエ。
“ここはディレジエ様から恵みが与えられた場所”“我々に力をくださり、彼らを裁く絶対神を迎える準備をせよ。”
ディレジエ・・・どこかで聞いたことあるような。
六.伝染病にかかった同族から攻撃を受けた。私の隠れ身の術は完全なものではないため、ダークエルフとしての理性がまだ残っているグールならば、私の存在に気づくと予想するべきだった・・・。このように攻撃されただけでも伝染病は移されるのだろうか・・・。
家族を殺した元凶を見つけられないまま、虚しく死ぬわけにはいかないのに・・・。
七.グリムシーカーという人間組織はとても謎めいて、危険そうに見えた。ここで何か大変なことを企んでいるように見えた。
グリムシーカーたちの中でも職位が高そうな人の後を追ってみると、警戒がとても厳しい場所にたどり着いたが、そこは驚くことに・・・。
“次元の亀裂”が・・・!?
この日誌を読んでいるあなたがダークエルフであることを切に願い、次元の亀裂について説明を加える。
次元の亀裂をいうのは、現世と共存する平行世界の一種である“異空間”と現世の間に開いた亀裂のこと。数百年前、我々ダークエフルが偶然見つけてから現在まで、他の種族には知らせず、秘密裏に研究に研究を重ねた末に分かったことによると、“次元の亀裂を利用して時空間を行き来することができる。”
もちろん、数百年にわたった研究にも関わらず、我々ダークエフルは次元の亀裂の能力を自由自在に活用することができない上に、その能力を利用するたびに起こる異常現象を制御する方法すらまだ見つけていない。この事に関してはダークエフルたちの間でも極秘事項なのであるが、私は宮内錬金術師という地位により、このような情報を知っていた。
これから次元の亀裂は人間たちにもその存在を現そうとしているのだろうか。また。次元の亀裂は伝染病とはどのような関係があるだろう・・・?
八.伝染病にかかって死んだ同族たちを調査していたところ、変なことを発見した。
それは“パープルマッシュルーム”という独特な科学的反応だが、これは数百年も前、人間たちに迫った“血の呪い”という現象と関係がある。血の呪いとは、人間たちの古い文献によると、彼らが“偽装者化”される現象が広まったことを意味するが、偽装者というのは同族の血を求める怪物に変異された生命体を意味するそうだ。
“偽装者”の恐ろしい点は、偽装者化されても昼間には外見に変化がなく、これによってお互い信頼することができなくなり、同族たちの間で魔女狩りが行われたそうだ。
幸い、我々ダークエルフたちは血の呪いにかかれば肌のあちこちが紫色のキノコの形に膨らむ反応をし、正常な者たちとすぐ区別がついたため、我々は血の呪いから逃れることができた。そしてこれが“パープルマッシュルーム”という反応だ。
しかし人間たちの間でもここ数十年間、偽装者を発見したとの公式的な報告は聞いていない。今になって再び人間たちの世界から血の呪いは始めったのだろうか。
血の呪いを制圧したプリーストと呼ばれる者たちは、未だ偽装者たちを抹殺するために秘密裏にどこかで訓練を受けているそうだが、彼らに会えばこの秘密めいた連結鎖の謎を解くことはできるだろうか。
もしこれが再び始まった血の呪いではないとしたら、血の呪いを下した何者か、または何かとこの伝染病は関係があるという話になるが。この全ては、やはりあの次元の亀裂のみが説明できそうだ・・・。
九.私の体から変なにおいがする。生臭いけどかぐわしい、致命的な中毒性があるような・・・。私は伝染病にかかってしまったのだろうか。
十.ようやく、少し繋がりが見えてきた。ディレジエと言ったな・・・。
そう、聞いたことがある。アイリス様が話してくださった九人の使徒の一人だった。とても興味深い話だったため鮮明に覚えている。ディレジエは伝染病を広げる使徒だった、おそらく。
そしたら・・・私の論理は次の通りである。
何者かが次元の亀裂を利用し、異空間を通じて遠くの魔界にいる使徒を大陸に移動させたのだ。次元の亀裂という存在は自らは動かないからきっとこれを操る何者かが存在しているはず。その何者かがディレジエという悪魔を現実世界に送り、実体化させたに違いない。
ディレジエがここノイアフェラに来たのだろうか?アイリス様は、ディレジエは自分が意図しなくても周辺を常に伝染病の地獄にすると話していた。そしたらノイアフェラ周辺にいる全ての生命体が伝染病にかからなければいけない。しかし、たまに見られる一般の動植物が変わった反応を見せないことから、今ここにディレジエはいないようだ。あそこのあの人間たちも普通ではないか。
ディレジエは次元の亀裂を介してここに来て、再び次元の亀裂を介し、移動させられたのだろうか・・・?誰がなぜ、地下の小さくて静かなダークエルフ村にふさわしくもない、その名も偉大な使徒をここに・・・?
少し馬鹿げているかもしれないが私はこのようなことを考えてみた。
その“何者か”はここダークエルフ村にディレジエを移動させたのではない。いくら考えてみても世にその存在を現さず、静かに暮す、すなわち大して威嚇にならないダークエルフたちをわざと動揺させる理由を持っている種族、もしくは人物は見当たらない。魔法をはじめ、ダークエフルのみが持っている能力がいくつかあるものの、もしその力を恐れていたのであれば、ノイアフェラのような小さな村ではなく、アンダーフットに直接ディレジエを移動させるべきだ。そうすれば我が種族は一瞬にして滅んだに違いない。
そしたら、このような仮説立てられる。
その“何者か”は次元の亀裂を介してどこかにディレジエを移動させた。その過程で偶然、ノイアフェラの方に次元の亀裂が隔たってしまい、ディレジエの気運の一部が漏れてしまった・・・。次元の亀裂の力を利用すると必ず時空間に歪みができ、他のところにまた違う次元の亀裂ができるなどの現象はごく普通の副作用の一つだから。
こんなことを考える間、頭をよぎる単語があった。“転移!”
現在、人間たちの世界は、“転移”によって混乱が極に達したそうだ。初めて転移された怪生命体もまた、アイリス様の話に登場する使徒だったような・・・シロコだと言ったっけ。
もしかして・・・この全てはなんかしら関係があるかもしれない・・・。全てその“何者か”が企んでいる巨大な陰謀の一環だっただろうか・・・?これが本当に緻密な計画の一環だとしたら、これは数百年にわたって実行されているものかもしれないと思う、怖くなった。数百年前の“血の呪い”と、今ここで共通して発見される“パープルマッシュルーム”現象がその証である。
次元の亀裂・・・。長い間、次元の亀裂の秘密を研究してきた我が先祖たちは常に言っていた。これは神すら隠したがる慎ましい秘密だと、むやみに扱ってはいけないと・・・。何者かが次元の亀裂をむやみに扱ったその罰を、罪のないノイアフェラの民たちが受けなければならないとは。
しかし、最も大きな疑問はこれだ。次元の亀裂に宿った力を利用する方法をしっていたのは、我々ダークエフルのみだった。果たして、誰がどの様にして数百年間のダークエフルたちの研究結果を圧倒するくらい次元の亀裂について知り、自由自在にその力を利用しているのだろう。
それにまだ我々ダークエフルすら次元の亀裂を利用した空間移動を完璧に成功させる確率は極めて低い。そのためには、想像もできないくらいもの凄いエネルギーが必要だからだ。それほどのエネルギーを持っている物質は、魔界に存在するという“テラナイト”以外に明らかになったことはない。
グリムシーカーと呼ばれる人間組織がこの陰謀の主体なのか?それは違う。数日間彼らを監察したが、彼らは次元の亀裂の存在と機能について知っていながらも、その使い方までは完全に熟知してはいないようだ。
実は人間たちも最近になって次元の亀裂を発見し、これについて小規模の研究が行われていると聞いた。しかし、人間たちは基本的に臆病なので、我々が解明したことを追い越すためには何倍も時間がかかるだろう。我々ダークエルフも次元の亀裂の秘密を明かすためにどれくらいの犠牲を払ってきたのだろう。
一体何が起きているだろう。
十一.たまに精神がもうろうとし、集中できない時がある。
攻撃を受けた左腕がきのこの形に膨れ上がった。パープルマッシュルーム・・・。あの時に伝染病が移されたに違いない。私はこれからそう長くはないだろう。
私の日誌がこのまま消えてはいけない・・・。
このまま日誌を私が持っていてはあそこの同族たちによって私の体と共に破れて消えるに違いない。
隠し場所を探すのだ。
十二.グリムシーカーという者たちはここで単純に宗教儀式を行っているだけではなかった。一種の実験を行っているようだ。実験用の人間として見える生命体を次元の亀裂から出てくる“ある存在”(幻影や思念体という表現が当てはまるかもしれない)に露出させる。その後、その被実験体に包帯を巻き、しばらく放置する。
何日か経つと驚くことが起きた。包帯を巻いて寝かせておいたあの生命体が寝ていたその場には、人間の姿は消えて包帯だけが解かれて残っていたが、グリムシーカーの一員の中から変わった服装をしていた者がその前で何かを唱えると、包帯はどんどん人間の姿になって蘇ってくるのではないか!
偽装者を扱った人間の古代文献の中にはこのような一節があった。
“偽装者は地域によって様々な形を取っているが、狼やコウモリ、蜘蛛など人間の身体に動物や昆虫の形をかぶせた形を取るのが一般的である。しかし、未知の怪生命体のように見える場合も多々あると知られている。最も独特な場合は形を取らないことだが、この場合、生命体の姿は消えて全ての生命の気運は宿主になったものに吸収される。
一般的に偽装者は昼間は平凡な人間の姿をし、夜になるとその実体を現すが、この場合の宿主は、昼間には我々の周辺でごく普通に見かけられるものの姿をし、夜になると宿主になったものが人間の姿をして動きまわると知られる。
黒き聖戦の時、オズマの将軍たちは昼夜を分かたず偽装者たちを操ることができたそうだが、特に本や包帯、服などに偽装者の気運を投影させては敵陣に侵入させ、これらを蘇らせて軍隊として活用する度肝を抜く攻撃にプリーストたちは深刻なダメージを受け、敗北直前まで追い込まれたそうだ・・・。”
これで全てがはっきりとしてきた。
偽装者と伝染病は生命体に転移されてからの反応は異なるが、きっとどこかで繋がっている。
鍵は廃墟になった我がダークエフルの村で密かに偽装者を造り出している彼ら、グリムシーカーと呼ばれる人間たちが握っている。
十三.クロンターはアルフライラの山の入口に人間たちといると言った。
彼を訪ねてここで私が見たことを話しさなければならないのに、私の日誌の隠し場所を教えなければならないのに、それで私が発見したことに続き、誰かがこの恐ろしい陰謀を暴かなければならないのに、どんどん力が抜けていく私は果たしてそこまでたどり着けるだろうか。
十四.13の使徒。
グリムシーカーたちの口癖のように唱えるお祈りの一節がある。
“13使徒全員を守ることはできないが、たった一人の使徒を守り抜くことで、彼が我々を滅亡から救ってくれる・・・。”
アイリス様の話した通りなら使徒は9人だったが・・・?元使徒で後にその座を剥奪されたバカルを含めても後3人が足りない。
待てよ・・・。使徒たちは彼らならではの特別な念を持っていると仮定してら、偽装者と伝染病の関係からしてオズマとディレジエの間でも何かしら関係が・・・?そしたらオズマと呼ばれるあの悪魔も“使徒”・・・?
しかし、一体“使徒”という存在が何を意味するのか分からない。
そしてグリムシーカーという人間たちは、なぜ世に混乱だけを招く“使徒”という存在を崇拝し、これらに救われると確信しているだろう・・・?単なる世紀末的な騒ぎだろうか、それとも何か根拠を持っているからなのか?
十五.もうこれ以上精神を集中させて何かについて考えることができなくなってきた。髪の毛はどんどん抜け、体の構造も変わりつつある。苦しくてつらい。
もう字を書く力すら残っていない。一日中、ここ隠された洞窟で苦しみの悲鳴を上げることもできず、うごめきながら横たわっている。
私の記憶も一つ一つ消えていく・・・。
どうか私の家族の顔だけは忘れたくない。
十六.一日中横たわって死ぬ日だけを待っていると、突然、全ての霧が晴れて、これまで抱えていた全ての疑問の糸口が見えてきたような気がした!
あ・・・そうだったのか・・・。誰がこのようなとてつもなく恐ろしいことを起こしたのか分かった・・・。そんな・・・そんなはずが!!!そう、前後ともつじつまがぴったりと合っている・・・ああ・・・しかし、なぜ!!!
十七.もう時間のようだ。抜けた力が少しずつ戻ってきているからだ。全ての力が戻ってきたら私は完全にグールに変わるだろう。もう時間がない。
少し力が戻ってきた今、早く日誌を隠して、体と精神が変わってしまう前にクロンターのいるアルフライラ山の入口に走って行かねばならない!
クロンターよ・・・。私が君に会う前に力尽きてグールになってしまっても、どうか私を見つけ出してくれ。
腐り果てて醜く変わった肉体に嫌悪感を抱くなら、君を発見しても血反吐を吐くように叫ぶばかりの私に耐えられないなら、君の手で私の命を絶たせてくれ。
代わりに、
君に哀願する悲しみ溢れる眼を、それに込められて流れる血の涙を、
君だけには分かってほしい・・・。
そして私の日誌を見つけ出してくれ・・・。

Episode17.創神世紀 第1章

※[創神世記]注:[創神世記]は[創世記]、[終世記]と共に使徒ヒルダの旧故郷であり、現在の魔界の昔の面影を持つテラ惑星に伝わる聖書。[創世記]、[終世記]、[創神世記]はそれぞれテラ惑星の創造、終末、再創造に関する内容が書かれているそうだが、その中で[創世記]と[終世記]は流失されたと知られている。[創神世記]は全四章で構成され、その中の第一章と第四章の一部をヒルダが所持している。
第一章
一. 世界の果てで偉大なる意志から大勢の神々が生まれ
二. 彼ら一つでありながら無限であり、無限でありながら一つであり、その意志と機能が届かないところはなかった。
三. 彼らの中の一人が突然悲しみながら言った。悔しい、悔しい我々が全てを成し遂げることができるにも関わらず我々を賛美する者が一人もいない。
四. 永遠の中を彷徨い、志を成し遂げるところがない。そうすると他の者たちも共に悲しんだ。
五. また、彼らの中の一人が言った。我々が自ら我々を光栄にする愛するものと
六. 居住して安息する場所を新たに作ると。そうすると他の者たちが共に喜んだ。
七. これを言った者は二つの顔に燦然と輝く露を隠した者であった。
八. 彼が再び悲しみに沈んだ声で言った。創造はすなわち消滅である。我々の一部が消滅することで新たなものを創造することができる。我々の中から誰が果たしてこれのために消滅し。偉大なる意志として回帰するのだろう。
九. 彼らの他の者たちが無限の声で嘆息し、窮理しては遂に彼らの中で十二人が選択され、前に出た。
十. 二つの顔に燦然と輝く露を隠した者が目を上げて十二人を見つめてみると
十一. 死が怯える者と、火の息吹を出す者と、地に足をつけない者と、
十二. 血で鋼鉄を濡らす者と、数百もの顔を持ったが見えない者と、死から蘇った者と、
十三. 一度に数千もの武器を持てる者と、汚れた血を流す者と、体を伸ばして世界の果てまで届く者と、
十四. 無口で土を触る者と、真実を見抜く者と、秘密を知っている者が出ていた。
十五. 二つの顔の者が彼らに叫んだ。
十六. 宣布する。犠牲は聖なるもの、我々が我々を死に致らせない。
十七. 試練で鍛錬した刃のみが我々の心臓を突き破っては偉大なる意志に回帰されることができる。
十八. これが真の犠牲であり、消滅はすなわち創造である。我々が臨在するところと我々によって光栄になるものたちがこれから創造される。

Episode18.勇士たちの祝祭

ヘンドンマイアの南。ミラン平原近郊に位置した静かな否かの村にはいつの間にか灼熱の太陽が照りつけていた。ベルマイア公園のほとんどの食糧をまかなっているミラン平原の畑の溝の間をいたずら気溢れるちびっ子が息もつかず走った。家が近くなるとちびっ子は跳ね上がっては大声で叫び始めた。
「お父さん!お父さん!大変ですよ!今あそこの大通りに大勢の人だかりができています。」
灼熱の太陽の下で牛でもなく、一人で畑を耕していたみすぼらしい格好の農夫は汗を拭いて遠くから走ってくる息子に言った。
「はは、その道は都市に繋がる道ではないか?そこに大勢の人々がいるのは当たり前のことなのに何を騒ぎ出すのか?」
いつの間にか農夫の目の前まで走ってきたちび子は息を切らして言った。
「そうではなく、何だかとても強そうな人々が列を作って並んでヘンドンマイアに駆けつけていたんです。何か大変なことが起きたに違いないです。だから僕たちも行ってみましょう、お父さん。こんなことしてる場合ではないですよ!」
「お父さんはそんな暇はない。もう日がこんなにも高くなっているんじゃないか。今日までこの畑を耕さなければ穀物が全部枯れて死んじまうぞ。」
農夫は跳ね上がって騒ぎ出す息子に静かに言い聞かせても益がなかった。ちびっ子はむしろ農夫の腕を引っ張りながらさらに騒ぎ出した。
「もう!畑などどうでもいいですよ!早く行ってみましょうよ、早く!」「お前どうしたの?あれ?・・・・・・あれ?・・・・・・」
空高く吹かれる色とりどりの紙切れ。声高く客引きをする商人たちの叫び。息子に強引に連れられて着いたヘンドンマイアの広場はいつの間にか賑やかな大勢の人々たちによって祝祭一色に染まっていた。
「お父さん、来てよかったでしょう?たまには畑仕事を休んでこんなところを見物するのもいいでしょう。僕はこうゆうの初めてです。わあ~あの人たちが持っている剣を見てみてください!本当に格好いい!」
畑の穀物が心配で嫌な顔はしていたが、農夫もまた久しぶりに浮かれる気持ちを隠すことはできなかった。
「そうだな。たまにはこんな活気溢れる雰囲気も悪くはない。」
農夫は息子の頭を撫でてあげようと手を上げた。しかし、息子は格好いい服装の冒険者の後について遠くに走って行ってしまった後だった。呆れたように頭を振っていた農夫の目にふと掲示板に大きく貼られた告知が入ってきた。
“帝国皇帝の令を知らせる。これまで帝国の平和に貢献してきた冒険者たちの功を褒めたたえるために勇士たちのための盛大な祝祭を開催する。今回の祝祭は、過去、デ・ロス帝国とペルロス帝国の偉大なる魂たちを祀る意味として、参加者たちをそれぞれの勢力に分けて最後の戦争を再現する。勝利した勢力と誇らしい成果を出したギルド、個人にはそれにふさわしい報酬が与えられる。興味ある者たちはヘンドンマイアに派遣されたべオルカロウとグラムリングウッドを訪ねるように。”
「勇士たちのための祝祭・・・そうか、特に冒険者たちが大勢いた理由がそれだったのか。」
農夫が告知に視線を奪われていた間、広場に設置された凱旋門のような巨大な建物の方に立っていた白髪の軍人が農夫を発見しては近づいてきた。
「あれ?・・・君は・・・もしかして?」「うん?君は・・・ベ・・・ベオル?ベオルカロウ?」
農夫が白髪の男の名前を呼ぶと隣にいた金髪の青年が険しい顔をした。しかし、白髪の男は気にしていないようでむしろ農夫に嬉しそうに挨拶をしてきた。
「はは、そうだ。ベオルさ。本当に久しぶりだな。で、鬼手の調子はどうだ?軍隊も辞めてこれまでどう過ごしてきた?」「俺はまあ・・・今はただの農夫なのか。君はまだ帝国軍にいるようだな。告知を読んでみたら何かの祝祭が開催されてるようだが。そんなに素敵な制服まで着ているとは、皇帝もかなりの力を入れているようだな。」
青いマントを身にまたっと金髪の青年は農夫の話が終わった途端、いきなり農夫に襲いかかった。
「帝国?帝国陛下と言え!この無礼な老いぼれが!」
ベオルが素早く手を上げて青年を阻止した。あまりにも自然なベオルの対処に金髪の青年は息を荒くしながら元の場所に戻った。
「グラム!慎め!何回言えば分かるのか?申し訳ない。こいつはまだ若くてすぐかっとなる・・・。」
グラムを落ち着かせようとして乱れてしまったベオルの赤いマントの下に数多くの勲章が太陽の光で輝いていた。
「とにかくすでに告知を読んだわけだし、君もだいたいは分かっているよな。今回、皇帝陛下の勅令によって300年前の鬼神の戦闘を再現する模擬戦争がカンティオンで開かれる。俺とグラムは、ギルドを相手に各勢力の加入手続きを行っている。祝祭が開催されると冒険者たちをカンティオンまで送るのも我々の任務さ。どうだ?君も一度挑戦してみないか?今回の祝祭はその規模だけに物凄い報酬がもらえる。昔の君の実力なら十分名を馳せられると思うんだが。」
「ふっ・・・面白そうだな、そのように評価してくれるとはありがたい。しかし、元々なかった実力ももう完全に失ってしまってな。そして皇帝が何を企んでいるのかと思うと。」
グラムの顔が再び怒りで赤くなった。ベオルは興奮したグラムに背を背けて農夫の肩に手を回してささやいた。
「俺も実はそれが気になる。とりあえずは命令に従ってはいるがやはり怪しい。俺の考えでは最近国民たちの間で流行っているグリムシーカーという宗教団体を処理することと関係があるのではないかと。」
ベオルの話を聞いた農夫は少し驚いた。グリムシーカー・・・。一介の宗教団体に過ぎなかった群れが、いつの間にか皇帝が牽制する程の勢力にまで成長してしまったのか。そうか皇帝はそんなことになぜ軍隊を派遣しないだろう?様々な疑問が農夫の頭の中を回り始めた。ベオルは突然農夫の肩を叩いては話題を変えた。
「まあ、深刻なことは後で考えてもいいだろう。とりあえずは祝祭を楽しめ。今日、このように君にまた会えるなんて、やはし使節を自ら願い出て大陸を回っていた甲斐があった。しかし、今は忙しくて再びあそこに戻らなければならん。残念だけど、今度ゆっくり話そう。もし、気が変わったらいつでもここヘンドンマイアにいる俺とグラムを訪ねてくれ。あ、その前にまずはギルドに加入しなければならないが。では、待っているからな、友よ。」
その日の夜。山の鳥も眠ってしまった闇の中で農夫は食卓に座って考え込んだ。食卓の上には旅用のかばんと布で覆われた、棒のようなものが置かれていた。一日中、走りまわり、疲れ切って眠っている息子の寝息だけが台所の重い空気の中で聞こえてきた。
「勇士たちのための祝祭・・・・・・勢力戦・・・・・・。ふっ、仕方ないな。名誉は陰謀など・・・・・・もうどうでもいいと思っていたのに・・・・・・。」
農夫は棒形のものを覆うっていた布を外した。鋭い刃が月光に照らされて青く輝いた。しばらく気を取られたようにその煌びやかな光彩を見つめていた農夫は開いていた扉の隙から見える息子に視線を移した。まだ幼い息子。母親なしで育ったが、いつも元気で明るくて、必ず勇ましい冒険者になると言っていた息子。
「すまない、息子よ。この父は祝祭の向こうにある何かが気になって仕方ない。いつかお前も大人になればこの父を理解する日が来るだろう。お前に誇れる父になって帰ってくる。その時までしばらく待ってくれ。」
農夫は決心したように起き上がった。興奮のせいか恐れのせいか剣を握りしめた手が微かに震えていた。玄関前で彼は最後に息子の部屋を振り向いて見つめた。そしてすぐ断固とした態度でヘンドンマイアに向かって歩き出した。遠くヘンドンマイアの上空を覆った魔法陣はこれから訪れる新たな冒険を、自ら祝うように華麗に揺れていた。

Episode19.狼

どこからか狼の吠え声が聞こえてくる。不気味で悲しいその吠え声が夜の幕を揺さぶっていた。皆が眠った時刻。アルフライラ山ふもとの人間たちの駐屯地。目標に近接した。
もう一度周辺を見渡す。戦闘を控えた前哨基地の割には静かすぎる。罠だろうか?いや、そんなはずない。ニコラスが入手した情報は完璧だった。目標は自分が標的にされていることすら気づいていないのだ。ただ人間たちが疎かなだけだ。警戒が緩いならむしろいいことではないか。今は状況を疑う場合ではない。任務に集中するのだ。この地理は完璧に熟知した。音を消し、迅速に目標が眠っている幕舎に近づいた。
目標のペットが幕舎近くて眠っていた。静かにそを通った。いつものように気配は残していなかった最後に覆面を縛り直す。天幕を上げて中に入ると目標が見えてきた。額から流れ落ちる一本の長い銀色の前髪が、息に合わせて動いている。目覚める気配はない。彼に向けてチャクラムを狙い定め、口を塞いで音を消して上半身に乗り上がる。
目標が目覚めた。大きくなった目はまだ状況を把握していないようだ。体を激しく動かし、大声をを上げようとした彼の首から、細く血がにじみ出てきた。このままもう少し力を加えれば任務は完了する。目標除去完了。しかし、そうするわけにはいかない。私にはまだやらなければならないことがあるからだ。
「私がなぜここに来たのか分かっているよな?しかし、個人的にあなたに聞きたいことがある。今からあなたの口を塞いでいる手を離すから、質問だけに答えろ。ただし、少しでも大声を出すと・・・。」
混乱している彼の瞳が激しく揺れた。しばらくベッド反対側の窓を凝視していたが、彼はすぐ諦めたように首を縦に振った。ゆっくり彼の口を塞いだ手を離した。それと同時に彼の声が聞こえた。
「元老院が送りましたね?」
私は答えの代わりにベッドから起き上がる彼の首に向けてチャクラムを突き立たせた。彼はしばらく止まったが話を続けた。
「私を殺さないと分かっています。もし、殺そうとしたならば私はとっくにこの世にいなかったでしょう。シャドウダンサーに急所を狙われてまだ生きているのは、あなたが聞きたい情報はとても重要なもので、その情報を入手するまでは私は安全とのことでしょう。違いますか?」
特に言い返せる言葉が浮かばなかった。
「ふん、噂通り賢いな。さすがメティが信頼を寄せている者だ。しかし安心するな。今生かしたからってこれからもそうする保障はないからな。」「いいえ。あなたは決して私を殺しません。」
彼の表情からは先ほどまでは見られなかった確信が溢れ出てきた。
「何を根拠にそんな憶測を?」「憶測ではありません。あなたはおそらく・・・ミネット様ですよね?」
・・・一瞬心臓が止まりそうだった。何か過ちでも犯したのか?それとも情報が漏れたのか?いや、情報が漏れたとしても私の名前まで知っているわけがない。一体この者はなぜ・・・。
「なぜ私の名前を知っている?」「その前にまずはこの武器をどかしてくれませんか?」
躊躇したが脅してももう仕方ないことが分かった。ためらいながらチャクラムを離すと彼は胸の奥から一通の書信を取り出した。
「女王様の密書です。近いうちに元老院の要員に扮したミネットという名の、とても特別なローグが私に接近するから、彼女に会ったら出来る限りの支援をするようにとのご指示がありました。まさか、このように私の首に刀を向けるとは知りませんでしたが。」
そうか。そういうことか。やはり女王だったのか。幼い頃からいつも私の心を見抜いていた彼女なら私がこの者に接近すると予め予想していたとしても全くおかしくない。
ちょっと待った。それにしてもこの者は顔も見てない状態で自分に刀を向けた暗殺者が私であるということを正確に判別したのはどういうことだ?
「私が手紙の内容の者だとどうして分かった?もし私が本当にあなたの命を狙ったシャドウダンサーだとしたら、どうするつもりだった?」
彼は妙に自信感が混ざった笑顔を浮かべて答えた。
「実は先ほどあなたが言ったことで分かりました。」「言ったこと?何を言った?」「先ほど擦れるように言いましたよね?“メティ”と・・・。」
あぁ!不意を突かれた気分だった。私がそんな過ちを・・・。
「メイア女王様の幼い頃の愛称を知っているうえ、その名を躊躇なく呼べる者は数少ないです。それに一介の盗賊がそんなことできるわけがありません。それで分かったのです。あなたが女王様が書信を通じて教えてくださった幼馴染のミネット様であることを。」
万が一の場合には殺すつもりだった。しかも正体がばれた以上、このまま彼を処理したからって何の問題にはならない。しかし、その程度の過ちでそこまで分かるとは、この者は普通の者ではない。このままもう少し生かしておいて見た方がダークエフルのためにでも良いだろう。
「いいでしょう。認めます。しかし、その前に謝らないと。無礼な態度を許してください。探りを入れてみるつもりでしたが刀を向ける必要まではなかったのです。私はミネット。元老院のために働いているシャドウダンサーであり、一時期はローグだった盗賊です。あなたに聞きたい情報があって訪ねてきました。」
彼は渋い表情で言った。
「一時期と言いましたか?女王様から聞いた話では現在もダンブレイカーズに所属されていると・・・。」
複雑な話だ。時には私自分自信も混乱する時があるくらい。
「話してもあなたには理解できないかもしれません。王室直属のローグの集団に所属していることは事実ですが、私が動いている理由は女王のためでも元老院のためでもありません。ただ私の意志によって実利を取って協力するだけ。無意味な派閥争いには興味ありません。私の行動は私が入手した情報を基に自ら判断します。」
彼は理解したように頷いた。しばらく彼に考えを整理する時間を与えて、ついに私は聞きたかった質問を彼に投げた。
「さあ、今度はあなたが答える番です。単刀直入に聞きましょう。ノイアフェラに広まった伝染病は本当に人間によるものですか?」
彼はしばらく間を置いた。
「私の話を信じますか?」
私は答えなかった。しかし、彼は気にしないとの深刻な顔で話を続けた。
「私が初めから人間の味方をしていると思われているかもしれないので聞いてみたわけですが、私もこのような重要な任務に先入観を持つほど愚か者ではありません。最大限客観的な立場で判断してみた結果を言いましょう。伝染病は人間が広めたのではありません。」
そんなに驚く話ではなかった。私も汲み取っていたことだから。しかし、ただ憶測だけでは狂気に近いくらい戦争を慫慂する元老院を説得することはできない。
「証拠は確保しましたか?決定的な証拠がなければ元老院を阻止することはできないですよ。」「残念ながら確実な証拠ではありません。モーガン様の調査結果が出れば話は違ってきますが、現状は人間世界の動きを監察した報告書が私の持っている証拠の全てです。」「たったその程度でなぜ速断ができます?」「私を信じてください。今はこれしか話せません。」
彼から固い意志が感じられた。一目で私の正体を把握できたことから、彼は慎重ながらも優れた判断力を持っているに違いない。そんな彼が間違った判断を下す確率は低い。それにここまで頑固たる口調で話しているからには間違いなく根拠を持っているに違いない。
しかし、そうは言え、彼の意志が元老院にまで通じるとは考えにくい。私は最悪の状況を想定するしかなかった。
「もし・・・戦争が起きたら、あなたはダークエルフが受ける被害はどれくらいになると思います?」
彼の顔が曇った。
「考えたくもないですが・・・・・・おそらく種族ごとなくなると言っても過言ではないでしょう。」
やはり私と同じ考えだ。私もまた任務のために旅をする間、冒険者をはじめ、人間たちを軽んずることは自殺行為と同じだと微かに感じていたのだ。
「そしたら冒険者たちを説得してダークエルフの味方になるように・・・・・・。」
「残念ながら可能性は薄いです。例え一部を手なずけることに成功したとしても、被害が少し減っただけであって種族存亡の危機を解決できるわけではありません。最善はやはり戦争が起きないことです。」
これで確信した。そうだ、それが正しい道なのだ。
「十分な答えを得られました。ありがとうございます。元老院側には任務失敗について適当に言っておきます。しかし、その前に一言忠告しましょう。あなたの任務がダークエフルの未来にどれだけ重要なのかはあなたの方がよりよく分かっていると思います。そして戦争を阻止しようとする限り、元老院はあなたの暗殺を諦めないはずなのは、また言うまでもないです。しかし、それに備えての防備が手薄すぎるのです。今日は運がよかっただけで私、ではない他のシャドウダンサーだとしたら、今、このように話をするなどはできなかったでしょう。」「実はそれが・・・・・・。」
彼は片手を上げて言った。彼の話がまだ終わってもいないのに、後ろから人の気配が感じられた。それと同時に後頭部を強打される感覚に私は気を失ってしまった。倒れながら窓で人間の女が走ってくるのを見た。最初、彼を脅かした時に彼がしばらく凝視した方向だった。
「クロンター!何をそんなに時間をかけるの?最初、私に待ってと目配せしたのはなぜ?」「ちょっと、また何も考えず石ころから投げたのではないですか。私が手を上げたのはもう姿を現してもいいとのことでこの方を攻撃してとの意味ではありません。」「外で隠れていたから何を話しているのか聞こえなかったけど、とにかくこの女があなたを殺すために来たのは確かでしょう?なのにそんな話す余裕など普通はないでしょう?」
「この方は私を暗殺するために来たわけではありません。これは・・・困りましたね。この方が目を覚ましたら何とお詫びを申し上げればいいのか・・・・・・。」「別に謝らなくてもいいですよ。私は平気です。」
返事と共に私が柱から飛び降りてくると、人間の女とクロンターの目はまん丸になってしまった。二人は床に倒れていた私、いや正確に言うと私にそっくりな木の人形と、彼らの目の前に立っている私を交互に見ては言葉を失ってしまったようだ。
「そんなに驚かないでください。私がそれくらいの奇襲にやられるとも思いました?」「これはまさか・・・・・・。」「はい。クノイチ家で生まれたからこれくらいは朝飯前ですよ。それよりこの方は?」
クロンターは気を落ち着かせて人間の女を紹介した。
「あ、失礼しました。この方は人間代表として紛争を平和的に解決するため、私と戦略的に協力しているゲイルイラップスという方です。双子の姉妹であるゲイル様とブリーズ様は、今日このようなことが起きるのではないかと心配して毎晩交代で私の救助合図に備えています。いや、監視とも言えますか?」
クロンターが冗談交じりで話したがゲイルという人間の女は、相変わらず驚いた顔で彼に聞き返した。
「おい、クロンター。さっきのあれって何?位相?化?この女は魔法使い?魔界人にしては黒すぎてデカイけど?」
説明しようとするクロンターより私の方が先に答えた。
「魔法ではありません。忍術です。しかし、安心しました、クロンター。あなたを守ってくれる人が二人もいるとは。それに、実力もありそうだし・・・。」「守る?誰が?これはまだ聞き出すことがある人質を殺すわけにはいかないからやっているだけだから。やりたくてやっているわけではないからな!それにしても生意気だな。おい、ダークエルフか魔界人かは知らないが、私を相手に戦ってみる?」「止めてください、ゲイル様。今は騒ぎを起こしてもお互いにとって良いことは何一つありません。」
クロンターが制止すると人間の女は不満げな顔で攻撃姿勢を止めた。
「それよりミネット様。実は話があります。先ほどは言えなかったのですが、女王様から送られた密書にはあなたに必ず伝えるようにという頼みも書かれていました。」
指令ではなく頼みか・・・・・・ふっ、さすが。これだから女王の依頼には逆らうことができない。
「それは何ですか?」「最近、女王様にアラド大陸全域で起こっている混乱について報告しています。おそらく女王様は、今起こっている事態がダークエフルに迫った危機と何かしら関係があると判断したようです。それでさらに多くの情報を収集しようとしておられます。しかし、問題は現在のシステムで、養成できる要員の数に限界があるとのことです。女王様はあなたに新規要員を訓練する任務を任せたいと思っておられます。」
アラド大陸の混乱。噂によるとそれは使徒と呼ばれる怪物たちと関係があるようだ。未だに使徒が何なのかは知らないが、そんな怪物たちが暴れ出すといつかダークエルフの未来にも悪影響を及ぼすに違いない。使徒の正体と異変の原因についてもっと正確な情報を収集するためにはできるだけ多くの要員たちと知り合いになるもの悪くはないだとう。断る理由はない。しかし、こちらの考えを知られてはまずいのも事実だ。
「考えさせてください。しかし、まずはこの任務の失敗について元老院に報告する内容を考えなければなりません。」
呪文を唱えると格好いい青年が目の前に現れた。
「・・・言葉も出ません。実に驚きです。あれは死霊ニコラスではありませんか?」
私は肩をすくめて見せた。死霊術を使う私を見ているクロンターの視線から敬意まで感じられた。私とクロンターが嘘の報告について考えている間、ゲイルは、一体いま何が起きているのか必死に考えているようだった。しばらくして簡単な報告内容を指示するとニコラスは礼儀正しく挨拶をして煙のように消えた。
「もう本当に帰ります。シャドウダンサーがこのように作戦地域に長くいると疑われるかもしれませんから。先ほどの提案については心が決まったら私の方から秘密裏に連絡します。」
話を終えてクロンターとゲイルの答えも聞かず早速幕舎から出た。走っている間、何日前に元老院から伝達された指令をもう一度かみしめた。最後の任務、クロンターを暗殺したら、人間たちの都市で元老院側の要員養成と情報収集に力を入れること。ふっ、面白い。まさか両側から同じ任務を依頼されるとは・・・・・・。
わざと慎重なふりをしたが私は自分が両側の提案を両方とも受け入れると分かっていた。いや、もしかしたらこのようなチャンスを待っていたかもしれない。
今の混乱がなくなり、運良くダークエルフたちと人間たちとの戦争を避けることになったとしても女王派と元老院派の政争は絶えないだろう。政争は内紛に繋がり、それによって大勢のダークエルフたちが血を流すことになるだろう。このような骨肉の争いだけは起きてはならない。しかし、権力争いの中、盗みと喧嘩しかできない私のような一介の盗賊に果たして何ができるだろうか。
そうだ。どうせ両側の妥協が不可能であれば次善の策を選択するしかない。ある片側の力が圧倒的に強くない限り、決して紛争は起きない。現在の人間とダークエルフの関係のように・・・。そのために今まで気が向かなかった二重スパイをしてきたのではないか。しかし、一つ確かなことは一人の力でできることには限界があるとのことだ。だから両側からの今回の提案を断るわけにはいかなかった。
今までやってきた通り、両勢力間の力のバランスを壊してはならない。最善を尽くさなければならない。最善の尽くし、より多くのローグ、より多くの死霊術師、より多くのクノイチとシャドウダンサーを養成しなければならない。そしてそれが真のダークエルフの平和のための道であることに、何の疑いも抱いてはいけない。
「あぁ・・・・・・これからも大変になりそうだ。」
夜明けの空気に触れられ、口元には寂しげな微笑みが滲んできた。私の独り言に返事をしてくれているような狼の遠吠えが聞こえてきた。孤独で悲しいその鳴き声は、私を後ろを永遠に追ってくるかもしれない。

Episode20.第1章 特別な龍

私は特別な存在だ。
偶然と偶然が全てであるこのくだらない宇宙吐き出した汚い吐瀉物の中でせめて使えるものは私しかいない。
私は龍として
生まれ、生まれながらに喧嘩が強く、いくつか才能を持っていた。
しかし、その程度で私が特別だと言っているわけではない。私は自ら自分自身は特別ではないと思いながら生きているこの世の全ての存在らを軽蔑する。
塵ほどの小さな可能性であっても、一つの命が生まれることでこの宇宙は違う宇宙に変われる機会を得ることとなる。
しかし、彼が自分の宇宙を忘れてしまうと、宇宙も彼を忘れてしまう。そのような宇宙はもう蛆虫らが生息する水っぽい生ゴミにも及ばぬ。
私はそのような宇宙を始末するのを楽しんだ。出来る限り残酷で徹底的に、それこそ宇宙が私に許した特権でもあったが、初めて彼の宇宙が意味を持つ瞬間でもあった。
ますますより強い者たちが会わられたが変わることは何ひとつなかった。私は強かったから。この宇宙の生命体たちが見るだけで震え上がる龍族の中でも私は最も強かった。
実はそれに気づいたのはもう相手する者が誰もいなくて自然的に龍たちの王になってからだが。
爆龍王万歳。
私自ら信じているだけ、やっと彼らにも私は特別な意味を持つように見えたが。おかしいことはもう私自信が自分に何の意味も付与できていないことだった。いくら皆が様々な創造的な方法で私を褒めたたえても、もう私の生に創造的な側面はなかった。いざ私の宇宙は枯れていたのだ。
爆龍王万歳。
お黙り。
爆龍王万歳。
今日も数十名の民を殺した。昨日よりもう少し多く殺した。怒りのせいでも面白くてやったわけでもない。とは言え、不機嫌だったわけでもない。強いていえば、それだけが私が生きていると感じさせてくれるから。
しかし、今は完全に服従するふりをしている彼らだが、私が老いぼれて弱くなる時だけを待っているのだろう。その時になったら力を合わせて襲いかかってくるだろう。そして、私の頭を体から切り落とし、あちこちを引きずり回して侮辱するだろう。何十年も。とても美しい最後だ。
私がこの世に生まれた理由はこのためだったのか?私の頭に唾を吐きたがる奴らを満足させるために?
彼女が現れたのはその頃だった。
不思議にも私から感じられる気運と似たようなものが感じられる彼女。今にも泣き出しそうな、だが、全てを知っていそうな目をしている彼女。
彼女は何も言わなかったが私はすぐに彼女に付いて行かなければならないことが分かった。私は直感した。彼女が向かうところに私の未来があることを。私の特別な-いや、特別でなければならない運命がそこにあることを。
[ヒルダ]。彼女の名だった。
残念ながら彼女はすでに私の名を知っていたようだった。
正式に紹介したかったのに…。[バカル]だと。

Episode20.第2章 七つの光色

魔界。実に興味深いところだった。
魔界には光は存在しなかった。当然のことだ。異空間をただ彷徨っている小さな惑星の欠片だったから。
しかし、たまに魔界が太陽の存在する惑星に落着する時があった。そんな時は外部世界との空間が開かれて光が少しずつ魔界に屈折して差し込んできた。
屈折した光は七つの光色に分かれ、空を彩った。この時だけは魔界がこの宇宙のどの惑星よりも神秘的なところになった。
闇だけが存在していたこの世界はこうしてたまに償ってもらっていたのだ。光が魔界を照らす時、私は魔界の至る所を悠々として飛び回った。見えるものがあると飛び回るのも楽しくなるものだ。
だが、美しい光が差し込むからと言って現実まで美しくなるわけではない。あちこち醜く壊れていく建物の間に名も知らぬ死体たちが腐っていた。壁に付いている数多くの血痕はあの死体たちが残した、いわゆるこの世の最後の指紋のようなものだが、彼らの期待とは裏腹にどれほど壮絶に血を噴き出して死んだのかで生の価値が付けられたりはしない。
残念ながら血の色は七つではなくただの赤い色。
あちこちで様々な生命体たちが群がって激しく戦っているのが見えた。彼らはあのように生きているのが-いや、死ぬのが-特別ではないとなぜ気づいていないだろう。名も知らぬ死体になるためにあんんあに苦しみもがくとは。
しかし、私は知っていた。彼らが目指しているのはもう決まっている。彼らは自分自身が“使徒”であることを望んだ。宇宙中から魔界に集まった様々な生命体たちの頭を下げさせるたった一つの名。“使徒”。恐怖の象徴、称賛の対象、そしていつかからか人々が私を称して呼ぶ名前。
“使徒バカル”。
人々の目に映る私の色もまた、七つではなくただ赤色であったのだ。使徒と呼ばれる者は私以外にも何人かがいた。私は彼ら一人一人を注意深く注視していた。彼らの実力は把握し切れていなかったが、驚くことに彼ら全員からヒルダから感じられたあの気運-私とも同じ気運が感じられたのだ。おそらく彼らも私からそれを感じただろう。
使徒とは言え、私は彼らのことを大したことではないと思った。だが、その中でたった一人、無視できない人物がいた。彼を思い出すたびに体中に目を背けられない恐ろしい戦慄が走った。彼が持っている強さの深さを私の力では到底測ることはできなかった。生まれて初めて死が恐ろしくてたまらなかった。
彼の名は[カイン]と言った。
今後使徒と呼ばれる者たちと戦わなければならないだろうか?実は“使徒と呼ばれる者たち”と言いながらも私の頭の中ではカインと自分が戦う場面を繰り返して描いていた。その戦いはいつも彼の手によって私の体が切れ切れになって終わったのだ。
魔界。ここは確かに何かがある。ヒルダが異空間のあちこちを回っては“使徒”たちをここの魔界に呼び寄せている。彼らは皆私と似ている理由でここに乗り込んだだろう。運命的な導き。そう、それは一体何だろう。
ヒルダは何をしようとしているのだろう。
だが、私は焦ってはいなかった。私が運命を避けない限り、運命もきっと私を避けたりしない。今はただ待つしかないのだ。
魔界に七つの光色が差し込む日は、決まって新しい強者が外部世界から魔界に乗り込んだことを意味する。今日乗り込んだ者は他の使徒、それともまたもや再び路地裏で静かに腐っていく名も知らぬ青二才、どっちだろう。

Episode20.第3章 予言者

あの日いつもと変わらない日だった。私は悠々と魔界の空を飛び回っていた。
暗い中でも新しく建った建物が微かに見えた。
これは全てあの建築家じじいの作品であった。[ルーク]と言ったか。喋れない老人だった。
無我夢中に建物ばかりを建てているその姿を見ていると生命体が老いぼれてしまうとどうなるのかがよく分かる。
ルークは建物を建てる以外、たまに魔界に電力を供給した。まさか魔界に灯りが点くとは。もちろん、これは簡単ではない条件付きだが。
“メトロセンターの[アントン]が眠った時。”“祈りよくルークが電力を供給する余力がある時。”
高度を上げて都市を見下ろしていたあの時も偶然電力が供給された時だった。
<点々と点いた灯りが都市をより歪んだように見せるな。>
灯りは点いてすぐ消えた。戻ろうと顔を回した瞬間、何かを発見した。いや、何かを発見した気がした。
<灯りが点いた時、あの建物・・・確かに自然の形ではなかった気がするが・・・気のせいか。>
先ほどまで灯りがついていたからメトロセンターに行けばルークがいるかもしれない。私は全速力で飛んで行った。
「おい、じじい。電力を再び供給してくれないか。」
ルークを見つけると直ぐ様地上に降りて叫んだ。だが、ルークは何も言わず自分の仕事を続けた。
「何かを見た気がする。もう一度確認したい。」
ルークは私の方に振り向こうともしなかった。私の声が聞こえないようだった。私は巨大な体を飛ばしてどんとする音と共にルークの前を遮った。どんとする音は巨大な壁と鉄塊にあちこち跳ねながら絶え間なく響いた。メトロセンター全体が揺れた。私は発電機を指して言った。
「おい、邪魔をして悪いが、電力を・・・再び供給してくれないか?」
ルークに聞こえるかどうかは気にしなかった。私は言葉よりは圧倒感と丁寧さが伝わることを望んだ。
ルークはようやく手を休めてじっと私を見上げた。実は“見上げた”というのは推測に過ぎなかった。中が見えない眼鏡のせいで彼の目がどこを見ているのか分からなかった。ただ私の方に顔を向けて立っているのが正確な表現だった。
彼はしばらく私を見つめては、やがてふさふさした口ひげで覆われた口でつぶやいた。
「じじい、私に言いたいことがあるのか?そういえば、あの建物は全部あんたが建てたものだな。」
ルークは私に向けていた顔を再び元に戻し、しばらく考え込んではそのまま歩き出していくつかのスイッチを触った。そうすると大きなモーターが回る音がした。モーターが回るのを確認した私は地面を蹴り飛ばして先ほどのあの絵が見えたところへ向かった。その周辺空をぐるぐる飛び回りながら再び電力が供給されるのを待った。
やがて、遠くからジジジ、どかんと大きな音が続いてメトロセンター周辺から次々と灯りが点き始めた。
ようやく確認することができた。先ほどは鮮明に見えなかったある光景を。目の前で一頭の龍がめらめらと燃え上がる火の中から首を出して鳴き叫んでいた。建物の形と差し込んできた光を利用して粗悪に繋がった象徴的なイメージだったがこの絵を描いた者の意図は明らかなものであった。
“バカル、よく見ておけ。これがお前の死である。”
突然背中がぞっとする気がした。実はこれが私を描いたとの証拠はなかった。単なる一頭の龍の絵に過ぎなかったから。しかし、魔界で龍族は私一人しかいなかったし、私の知っている限りでは私以外にルークが知っている龍はこの宇宙には存在しなかった。私があの龍たちの王ではないか。
ところが、それだけではなかった。龍が燃え上がって死ぬあの絵の周辺にはあれ以外に三つの絵があったが、全てある生命体の死を描いたものだった。一つは形がはっきりしていないある者が洞窟の中で形が散らばって消えていた。もう一つは複数の足を持っている者が崩れ落ちる石に敷かれて死んでいた。最後の一つは四つの足で歩く口の尖った者がどこかの違う空間に吸い込まれて肉体が切れ切れになっていた。
私は彼らが誰なのか知っていた。
<使徒たちの死・・・あのじじいが預言者にでもなったのか?いや、頭がおかしくなっただけだろう。>
しかし、頭がおかしくなったのは私のようだった。巨大になったルークの顔数百個が空を覆って私に声をかけているようだったから。
「まあ、君があまりにも見たがっているから見せたが・・・果たして君は耐えれるのか・・・?」
もしかするとこれは予言ではなく警告かもしれない。ヒルダが使徒を魔界に集めている理由はこれだと・・・。
ルークに戻って問い詰めてみようと思ったがやめた。“喋れない”というのはあのじじいにとって巧みに言い逃れられる最適の条件のような気がした。
もしかすると彼は喋れないふりをしているだけなのかもしれない。結局、自分で全てを調べてみるしかないのだ。

Episode20.第4章 救援者

まず、魔界というところについて知っておく必要があった。
私はしばらく古代図書館をはじめ、あまり残っていない昔の魔界の資料を収集することに力を注いだ。
それと共に魔界人らの伝説を注意深く調べてまとめた。そしてルークがまた偶然メトロセンター電力を稼働させるとその間はルークが建物で描いた絵がないか探した。
それで新しく描かれた形象をすべて見ることができ、以前ルークが描いたのをいくつか見つけた。
ルークの絵は全て使徒の-または使徒として思われる者たちの-死を描いてあったが、その中には私の知らない者たちもいた。まだ魔界に乗り込んでいない者たちだろうか?
だが、新しい使徒を探すヒルダの旅が止まったのはとうに昔のことだった。それにまだヒルダとカインの死は描かれていなかった。もしかして彼らは死なないだろうか?それとも彼らの未来はまだ確定されていないだろうか?
いつの間にか数十年の時が流れた。ルークの建築速度はあまりにも遅かった。私は数年ぶりに建った新しい建物に灯りが点いたのを見ていた。ところで、今度の絵は以前とは違うものだった。
<これが最後のようだな・・・。>
そう思った理由はそれがもう使徒の死を描いていなかったからだ。私の足の下に一組の男女が豊かな世界を見下ろしている絵が広大に描かれていた。男女がそれぞれ誰なのかは確かではないがルークがカインとヒルダの死を描いてないことからおそらく彼らではないかと推定した。
しかし、これは私の予想していた結末だったため、微かに微笑んでしまった。そうだ。これこそがヒルダがやろうとしていたことに違いない。
“テラの再創造”。彼女は魔界の古代文献と伝説に絶えず登場する“滅亡したテラの再創造”を本気で実現させようとしているのだ。そしたらその材料は一つの世界の滅亡と使徒たちの犠牲、すなわち死である。
古代テラにはテラの滅亡と再創造の過程が具体的に描写された“創神世紀”という文献が存在したと言われていた。ほとんどは消失されたが次の一部の節が伝わっている。
-宣布する。犠牲は聖なるもの、我々が我々を死に至らせない。-試練で鍛錬した刃のみが我々の心臓を突き破っては偉大なる意志に回帰させることができる。-これが真の犠牲であり、消滅はすなわち創造である。我々が臨在するところと我々によって栄光になるものたちがこれから創造される。
テラの歴史学者らはここで言う“我々”とは“テラを創造した神々”を意味すると解析した。そういうわけで古代テラの神々の犠牲と消滅によってテラが再び創造されるとの解析が可能なのだ。
ところが、ヒルダは何を思っているのか“テラの神々”と“使徒たち”を同一視している。そうすることで新しい世界を切り開く一組、すなわち自分とカインを除いた他の使徒たちを犠牲にさせることであのくだらないテラが再び復活すると思っているのだ!
私は心奥から何かがほとばしるのを感じた。そうだった。遂に運命に出会ったのだ。別に世界の滅亡や他の使徒たちの死などを気にしていたりはしなかった。実は私が死ぬ運命ではなかったらヒルダが計画を実現しようがしまいが私の知ったことではなかった。私の心を激しくゆさぶるのは違うイメージだった。
“カイン”、“第一使徒”、“無敵のカイン”、“絶対者カイン”、くそ。ヒルダの計画ですら彼は死なない。彼は私の死で成し遂げられた新しい地にただ淡々と踏み立ってヒルダと共に新しい世界の永遠なる神として残るだろう!絶対許せない!
「クククク・・・クククク・・・ガハハハ・・・。」
私の笑い声は段々とおかしくなったが反対に精神は段々とはっきりしてきた。
「ガハハハハ、私がヒルダの計画を阻止できればこの世は滅亡せず多くの命が助かることになる。爆龍王として呼ばれた私がこの世を滅亡から救う“救授者”の役目を担うとは!!ククク。」
激しく笑っていた私はいつの間にか静かに微笑んでいた。
「まあ、これくらいなら決して平凡な運命ではないな。」

Episode20.第5章 龍の戦争

「生命水を独り占めし、魔界を支配しようとするとは、そうさせるわけにはいきません。バカル様。」
「魔界を支配する・・・。それがこの大勢の支授軍が集まった理由・・・になるのか?さすがだな、ヒルダ。爆龍王ならあり得る話だしな。」
「いくらあなたでもここにいる使徒たち全員を相手にするのはできないでしょう。あなたらしくないです。」
「そうだ。元々使徒たち全員を相手する意図ではなかったから。まあ、私が動き出す前に君が私よりも先にあの使徒たちを君の味方につけたのではないか?私が生命水を手に入れたならば今よりもっと面白いことが起きただろうにな。だが、私は特に何もやってないのにここまで迅速な対応をするとは実に感心したぞ、ヒルダ。」
「お互い力を無駄にすることなく、大人しく降伏してはいかがですか。いつかまた魔界が他の惑星に落着したらそこで自由にしてあげましょう。お望みなら龍の惑星に帰すこともできます。もちろん、その時まで大人しく縛られていればの話ですが。」
「君は今魔界が落着しているこの惑星を決して離れないだろう。そうだろう?もう数十年も動いていないではないか・・・。ここが計画を実現させるあの惑星ではないか・・・?私は騙されないぞ。」
余裕ぶって反論しているバカルだったが、状況は明らかに良くはなかった。ヒルダと魔法使いたち、そして何よりも相手するのが容易ではない使徒たちに囲まれ、逃げ道がなかった。空中はヒルダの魔法陣によって遮られていた。
<私が創造した竜人たちは皆死んだのか?いるとしても使徒たちを相手するのは難しいだろう。これは参った・・・。>
バカルはルークの建物で見た、燃やされて苦しんでる龍の絵を思い出した。このように虚しく死ぬしかないのかと思った瞬間、ある考えがバカルの頭をよぎった。
「ところで・・・何度も降伏しろと言われたのが先から気になっているが。私を殺す機会は絶対あったはずなのに殺さなかった・・・。」
「まだ私に慈悲というものが残っているのかもしれません。」
「’我々が我々を死に至らせない・・・'’我々が我々を死に至らせない・・・'’我々が我々を・・・。’」
バカルは自分の独り言でヒルダの顔が微細に歪むのを見逃さなかった。彼は自分を囲んでいる全員を見渡しては大声で叫んだ。
「そんなはずないだろう・・・君はあの偉大な計画をぶち壊すかもしれない者を、殺せる時に殺すしか方法はないと思うが・・・。」
突然のことだった。バカルは最後の言葉がまだ終わってもないのに飛び上がり、一回大きく羽ばたいてカインに向かって全速力で突進した。バカルの長い口笛が響き渡った。バカルを囲んでいた壁の中でカインが守っていた方だけが群れを作らずカイン一人で立っていた。当然のことだった。彼は絶対強者なのだから!
カインは自分に向かって飛んでくるバカルを見て右手を上げて力を集めた。全大地が振動し、周囲の軽い物体はこれに耐え切れず渦巻きながらあちこちに飛ばされた。一方、バカルの長い口笛はいつの間にか気合に変わっていた。バカルがカインにぶつかる直前、カインは力を集めていた右手を振り回そうとしてたが一瞬表情が固まって止まった。
そして瞬間的に自分に向かって全速力で飛んでくるバカルを一度見ては迅速に体を回転させ、バカルを避けた。それは逃げ道を作ってあげたことになり、バカルはそのまま遠くて見えないところまで飛んで行ってしまった。
一瞬にして起きたことで全員反応すらできなかった。ただただバカルが飛んで行った方向を、そしてカインを、そしてヒルダを、交互に見ているだけだった。カインも自らの行動が理解できないようで自分の右手を何度も裏返していた。
「追撃しようか?ヒルダ?」
イシス-フレイだった。彼は集まった者の中で唯一空が飛べる者だった。ヒルダはバカルが消えた方向を静かに見つめてはイシス-フレイに声かけられ、ようやく口を開いた。
「いいえ、フレイ様。あれくらいの速度ならいくらフレイ様だとは言え、遅れて発つことになるので追いつくのは無理でしょう。それにこの魔界にはもう行き場はないので魔界の外に逃げたに違いありません。今日は彼の最後の日ではならなくなりましたね。しかし、彼の限りない欲望は結局彼を破滅に導くのでしょう。今日はこのまま退くことにしましょう。皆様お疲れ様でした・・・。」
ヒルダはこの日も泣いているような顔をしていただがこの時だけは喜んでいただろう。長年彼女が夢見たことえの第一歩を踏み出したから。

Episode20.第6章 1ヶ月前

「おい、あれのことだが・・・私に見せてくれたもの・・・。」
ルークは見向きもせず仕事を続けたが、私は構わず話を続けた。
「今度ヒルダから何かを手に入れてみようと思うが、今度失敗すると私はこのまま死ぬかもしれない。私が火の中で死ぬのってまさかこの魔界ではないよな?それは気持ちの良いことではない。」
私の巨体は崩れ落ちている壁の上に危うく乗っかっていた。壁が崩れ落ちるのではないかと心配して一度は振り向いてくれそうだがルークはまったく気にせずにひたすら金槌で叩いていた。
「使徒という奴らは私が事実を話してもどうやら信じてくれないし、何一つ役に立たん。自惚れて自慢ばかりしている奴らで・・・私と似ている奴らだが、ガハハハ。」
ルークは黙々とレンガを運んでいた。私は突然飛び降りてルークの前を遮った。どんという音と共に砂があちこちに飛び散った。
「おい、じじい。あんた喋れないけど耳は聞こえるだろう?」
ルークはしばらく見つめては避けて通ろうとした。私は今度こそ手を伸ばして必死に阻止した。
「私にこの全てを耳打ちしてくれたならば少しは協力してくれないと。どうやら逃げるところが必要になりそうだが。しかし、異空間の中で彷徨っているこの魔界という空間はヒルダのみが制御できる。果たして私はどこへ逃げられるのか?」
ルークは視線を変えて遠くを見つめるばかりだった。ただ遠くの山を見ているように。
<おい・・・卑怯だぞ。視線を避けるのか。それとも本当に聞こえないのか?>
しかめていた私の両目は自然とルークが見つめていた方向を見つめていた。ところでそこにはとても微かな照明が照らされ、普段はまったく見えなかった塔の形が薄く見えた。あれは一体何だ?
私は直ちに塔へ向かって飛んで行った。塔は果てしなく上へ上へと、魔界の空を突き抜いてそびえ立っていた。他の世界と繋がっているのか!当周辺にはある装置が施され、周囲の光を全て遮断して特定の角度で光をあてない限りは見えない構造のようだった。この古狸じじい、異空間を突破できる通路を作っといては巧みに隠しておいたな。
再びルークのところに戻ってきたが、彼は相変わらず黙々と自分の仕事を続けていた。
「ハハ、実はじじいは私の味方じゃないか。こんなのをこっそり作っておいたりしてな。あの塔の上にどのような世界があるのかは知らんが、まあ、この地獄よりはましだろう。」
これは新しい感覚であった。私と同じことを考えてる者がいるとは。
「老人一人が私の味方とのことでこんなにも心強くなるとは、ククッ。確かに一人で寂しく戦っていた幼い時やつまらない王の時にはいつも私の味方はいなかったな。実にありがたい。我々は友になったのだな、じじい?」
私は両手を広げてルークの肩を掴んだ。ルークの頭は私の拳の半分くらいだった。私とルークの体の大きさの差が違いすぎて私が体を曲げてお礼をしているように見えたかもしれない。私はしばらく見下ろしていては言った。
「ところで、こんなことを考えてみたが・・・。」
私はそっと微笑み鋭さで満たした。
「万一、じじいが預言者ではなく、ヒルダの命令で動いているのならば?だから・・・まるで予言をしているように私に全てを見せかけたがその全てがヒルダによる緻密な脚本で私がその通りに行動するように誘導しただけだとしたら?」
ルークが微動だにしなかった。その姿を静かに見つめていた私は大声で笑いながら言った。
「もしそうだとしやらあんたが私を逃走させるのもヒルダの計画に含まれていたらいいけどな。とにかく私がここで生き延びたらもしかしたら状況が変わるかもしれん。未来は決まっているのではないだろう?まあ、そうでなくてもこの暗い魔界で燃えて死ななくて済むのであれば何でもやるさ、ククッ・・・。」

Episode20.第7章 天界の支配者

あの塔は本当に外部への通路でアラド惑星の天界へと繋がっていた。
時空間の境界を繋ぐ工法は宇宙全体でルークだけができることだった。
バカルは塔を通る際、あちこちにある多くの死体を見た。おそらく塔の通路としての機能を試してみただろう。
バカルはあの塔を[死者の城]と称した。
死者の城を通じて辛うじて天界に逃げられたバカルであったが、天界ではもう逃亡者の身分ではなかった。
そこにはバカルを相手できる者がいなかった。彼は直ぐ様天界の支配者になった。ルークが他の使徒に死者の城の位置を教えない限り、彼の天界支配が牽制されることはないだろう。
バカルは直ちにこの世界の構造を把握した。下には巨大な大陸のアラド。上には逆さに付いている魔界。魔界は数十年ものこの惑星に付いて全く動いていなかった。ルークは魔界とこの惑星を繋ぐ死者の城まで建設した。
この惑星こそがヒルダが気に留めている"あの"惑星に違いなかった。そしたらバカルのやるべきことは明らかであった。
全てのことをヒルダの思惑どおりにさせないのが重要だった。ヒルダの目標は結局アラド大陸のはずだからその通り道であるこの天界への道を切断すればいい。すなわち、アラド大陸に通じる天城と魔界に通じる死者の城を封印すればいい。
やるべきことがもう一つあった。天界から魔法を完全に消すことだった。そうすればヒルダが天界に来た時、彼女の協力な魔法力を直ちに感知することができるだろう。
しかし、天界から魔法を消そうというバカルの真の目的は他にあった。
<ヒルダの望むことは使徒たちの死である・・・だが、カインが私を殺せなかったように自らの手で使徒たちを直接殺すことはできないだろう。彼女があれくらいの力を持っているわけでもないし。>
<'試練で鍛錬した刃のみだが我々の心臓を突き破っては偉大なる意志に回帰させることができる・・・。’まさかヒルダはこの惑星の野蛮な生命体らを訓練させ、いつかは使徒たちを倒すことはできるとでも思っているのか?たとえ、それが可能であるとしても数百数千はかかるはず・・・。>
その時、一つの考えがバカルの頭をよぎった。
<彼女が私をして天界を支配するようにしたのは、もしかすると彼女の計画の一部かもしれない。バカルという試練を与えて鍛錬させる。そうだな、このバカルは彼らには乗り越えられない大きな試練である・・・このままだと彼女の手で操れることになるかもな。>
<そしたら全てが彼女の計画通りにならないようにしなければならない。彼女の計画とは違う方向に動くような変数を作り出さなければならない。この種のような緻密で巨大な計画にはとても小さな変数によって壊れやすいもの。>
バカルは大きな叫びと共に空の果てまで飛び上がった。
「野蛮な生命体らよ、お前らが想像すらできない最大の試練を与えるから強くなってみたまえ。お前らに潜在力と自尊心があるのならば可能かもしれん。だが、それはヒルダの予想を遥かに超えるものでなければならん。それでこそヒルダの計画を狂わせる変数を作り出すことが出来るのだ。私はヒルダが信じているよりもお前らを信じてみる。お前らがいつかカインとヒルダを退治するあの日を心待ちにしているのだ!!だが、魔法のような一つの力に頼っては彼らを倒すのは到底不可能。他の力がもっと必要なのだ。お前ら自ら必ず見つけ出さなければならん・・・!!!」
この時から天界では魔界使用が禁じられた。
天界の暗黒期とも呼ばれる500年はそのように始まった。

Episode20.第8章 7人のマイスター

マイスターテネブ(Teneb)は悩んでいた。
マイスターエルディル(Eldirh)・・・彼女の正体は一体何なのか。
どうして彼女は魔法が使えるのか!彼女は果たして本当に天界人なのか?
そしたら彼女からの数多くのアイディアはもしかするとこの世のものではないかもしれない、くそっ。一体・・・一体何なんだ!!
エルディルはいつも最高だった。7人のマイスターの中でも彼女を追い越す者はいなかった。
研究が壁にぶつかるたびに革新的なアイディアを出すのはいつも彼女だった。彼女がいなかったらこのゲイボルグプロジェクトは夢見ることすらできなかっただろう。
一方、テネブは彼女の天才的な発想の源は何なのかいつも気になっていた。それについて聞くと、彼女は“瞑想”のおかげだと言った。テネブは自分にもその瞑想の方法を教えてくれないかと冗談めかして言ったものの、それをそのまま信じたりはしなかった。彼女のアイディアというのは突然思いついたものではなく発展された未来の技術のようなものだった。
実はこれまでテネブは彼女を疑っている自分自身を責めていた。彼女の優れた才能は自分の中で強い嫉妬だけではなく、尊敬、それと慕う気持ちまでも目覚めさせているのを知っていたからだ・・・。そのせいで恋人であるジェンヌへの罪悪感で常に胸が苦しかった。それでエルディルの持っている才能は本物ではないとの幼稚な想像をしながら自分を慰めているのもよく知っていた。
彼は出来る限り早く、この混乱を終わらせなければならないと思った。そのために彼は彼女の才能の正体を確かめてみることにしたのだ。彼女に気づかれないよう、注意を払ってマイクロ監視ロボットをいくつかつけた。もちろん、このような思いもよらぬことを発見するとは夢にも思わなかった。
魔法だとは!
テネブは真夜中、こっそり研究室から抜けてあてもなく歩いていた。持ってきた煙草に口を入れた。この10年間一度も吸わなかったタバコだった。
<ふう・・・三か月ぶりに外で吸う空気がタバコの煙だとは。>
「何をそんなに悩んでいる?タバコは脳の化学物質の分泌を促進させて創造的なアイディアを浮かばせてくれるんだ。」
「どうしてお前の創造的なアイディアのために我々の寿命を減らさなければならない?」
常に言い争いをしていたマイスターラティとボルガンの口喧嘩を思い出して一瞬フッと笑ってしまったその時だった。
「悩まなくていいぞ。彼女はこの世の者ではないから。」
威圧的な声、巨大な影。テネブはもう後ろを振り向く前に怯えてしまって言葉すら出なかった。
「な・・・何・・・あなたは?」
巨大な影はゆっくりと彼の前に近づきながら話を続けた。
「どうして彼女は魔法が使えるだろう・・・どうして彼女は私の知らない知識を知っているだろう・・・どうして私は彼女を愛しているだろう・・・。」
テネブは少し気が静まった。暗殺者なら声をかけることなく殺したに違いない。落ち着いてくると大きな疑問が生じた。どうして私について知っているだろう?それにエルディルに関する話は誰にも言ったことがないのに。
「逆さになった都市の蜃気楼を見たことがあるのか。」
「・・・?」
「大昔、華麗なる科学文明を花咲かせたテラという惑星があった。そのテラが爆発した時、都市が一つ分離され、長年い空間を彷徨うことになってあちこちから乗り込んだ様々な生命体たちの戦いの場になってしまった。それでみんなはそこを魔界と呼んだのだ。その魔界が数百年前からこのアラド惑星に落着している。逆さにな。」
天界人なら魔界に関する伝説くらいは皆知っていた。もちろん、逆さになった都市の蜃気楼があの魔界という仮説が立証されたことはなかったが・・・。こいつはどうして突然私の前に現れ、こんなことを話すのか・・・もしかして?
「あなたの言いたいのは・・・。エルディル・・・要はあのエルディルが魔界人だから彼女の持っている知識は古代テラ惑星の科学とのことなのか・・・?」
「さすが7人のマイスターの首長とも呼ばれし者。そうだ。彼女の名をよく考えてみたまえ。」
「エルディル・・・エルディル・・・エルディル(Eldirh)・・・まさか・・・。ヒルダ(Hilder)!!」
使徒に関する伝説は天界でも有名な話であった。魔界で繰り広げられた龍の戦争でバカルを倒し、追い払ったのは使徒たちだと言われていた。もちろん、そのせいでバカルが天界に降りてきたと使徒たちを非難する者たちもいたが大概の天界人たちはいつかその使徒たちが天界に降臨し、バカルを退治してくれることを願っていた。
それは天界人たち皆が共に心を抱いている巨大な信念であり、宗教だった。もちろん、7人のマイスターをはじめとする新興勢力であるメカニックたちは宗教よりは科学の力を信じた。
「使徒が・・・いや、彼女が使徒ならどうして我々を手伝っている?」
使徒の助けは驚きであり、喜びかもしれないが、その理由が分からなかったため、そのまま受け入れるわけにはいかなかった。
「それはお前らが本当に強くなる前に一日でも早く私を退治するためだ。」
私を退治・・・。“私を”と?
彼は再び目の前の巨体を見上げた。そうだったのか、くそっ。こいつはバカルだ!
「私が馬鹿だった。あなたがバカルだとは。殺すなら早く殺せ、何をそんなに長々と言っている?いくら私を懐柔しても他のマイスターたちの行方は絶対言えないぞ。」
威嚇してみたが無駄であることはよく分かっていた。バカルが私についてくまなく知っていることから他のマイスターたちも、そしてゲイボルグプロジェクトのことも完全に漏れたとのことか!!後少しだったのに!!
「しばらく我慢してくれ。そのうち死ぬことにはなるが、今すぐではない。」
「あなたの言うことなど聞かない・・・。」「ゲイボルグプロジェクトを中止しろ。」「何?ハハハハハ。」
思わず笑ってしまった。バカルという者がこんなにも突飛すぎる話をする者だったとは。笑っているうちに自分がバカルとくだらない話などをしているとのことが本当におかしくなってさらに大声で笑った。ところが笑いで全てを済ますわけにはいかなかった。やはりなにか変な点があったからだ。私について、ゲイボルグについて全て知っているならどうして黙って殺さず私を訪ねてきただろう?
「あのゲイボルグが完成されればな」
バカルの威圧的な声にテネブの笑いは止まった。バカルは一方的に自分の話を続けた。
「・・・本当に私は殺されるかもしれない。だが、私はそのように死ぬわけにはいかない。まだお前の種族全体が強くなったわけではないから。それにお前ら7人のマイスターたちすらそれほど強くはない。ゲイボルグは厳密に言えばお前らが作ったものではない。それは古代テラの科学文明の力によるものだ。こんな状況ではこの惑星の滅亡を阻止することはできないのだ・・・。」
「滅亡?何を言っている?正気なのか?」
しかし、バカルの話全てがでたらめではなかった。ゲイボルグを提案したのもエルディルだったし、プロジェクトが煮詰まる時の解決策を考えだしたのもエルディルだった。そう・・・それはエルディルの成果だ。エルディルが本当にヒルダだったとしたら・・・。
「今すぐじゃなかったらいつ私を殺すのだ?」
「お前らの研究を後世に譲る準備のでき次第。」
「後世?それが何の意味がある・・・。」
テネブは問い返そうとしたが、それは実に大きな意味を持っていると悟った。全てを知っているバカルがその気にさえなれば全ての成果を消すくらいは簡単なことなのにそれを残すと?
「それは後世の人々が我々マイスターたちの成果を分析し、自分たちの技術として九州できるようにしてくれるとの話なのか?ゲイボルグでなくてもすぐあなたを退治する技術を生み出すかもしれないのに?」
「それこそが私の望むこと。ところでお前が思う“すぐ”というのはかなり長い時間になるだろう・・・。」
「結局、何をしろと言っているのか、バカル。」「そろそろ私の話を聞く準備はできたのか?」
バカルは淡々とこれまでの話を聞かせてくれた。龍の惑星、ヒルダとの出会い、魔界というところ、使徒、ルークの予言、そしてヒルダがやろうとすることと自分がやろうとすることを。
テネブは黙ってじっと聞いていた。ようやくバカルの話が終わるとテネブが静かに話し始めた。
「この全ての話の証拠というのはエルディルが魔法を使えることしかないじゃないか。だが、私が信じるか信じないかはあまり重要なことではないだろう。とにかく、あなたはゲイボルグプロジェクトを中止させるからな、そうだろう?」
「図星を突かれたな。私がお前にこのような話をすることは先ほども言ったが、お前らの研究成果を後世に残せる機会を与えるためだ。もし、断れるならばお前らと共にこれまでの成果も全て消し、再びお前らのような者たちが現れる時を待つ。実は百年前くらいにもお前らくらいではないがかなりの成果を出した奴らがいた。残念ながら奴らは私の提案を断って跡形もなく全て消えてしまった。お前らの成果は素晴らしくて勿体ないが、お前らの種族もある程度は成長してきたから今度は数十年くらい待てばいいかもしれん。大した損害ではない。」
テネブは自分に選択する権利がないとよく分かっていた。ならば・・・。
「いいだろう。そしたら頼みが二つある。」「言いたまえ。」
「私は死んでも構わないが他のマイスターたちは助けてくれ。生き残った彼らにその計画を実行させればいいじゃないか。」
「そうするわけにはいかん。お前らは出来る限り、悲惨で壮絶な最後を迎え、後世に大きな伝説として残らなければならん。そうなれば人々は熱意を燃やすのであろう。とても悲劇的な演出が必要なのだ。」
「ならば・・・クリオ一人でも生かしてくれ。我々の成果を後世に教えるに最も適した人物だ。」
「いいだろう。代わりに彼が生き残って成果をまとめることならお前ら皆に多くの時間を与える必要はないだろう。後もう一つは?」
「ジェンヌ・・・彼女は私の子供を身ごもっている・・・もうすぐで生まれる、どうか助けてくれ。」「人間とは不思議な動物だ。自分が死ぬのに自分の子供の命を守ろうとする。理解しがたい。」
「そしたらこれはどうだ。ある日突然あなたがマイスターたちを殺し、ゲイボルグを壊したら後世の人々はあなたの情報力に怯えて何も始められないだろう。それなら私が裏切り者を演じる。本来であれば成功できたはずのプロジェクトだったが私の裏切りで全てが水の泡になった・・・そうすれば後世の人々は恐れず試みてみるだろう。」
「良い考えだ。お前の子供は生かしてやろう。他に頼みはないのか・・・?」
ないわけがないだろう。我々を苦しめるのを止めてこのまま消えてくれ、バカル!
「頭が複雑だろう。だが、早く決めたほうがいいぞ。お前に準備する時間を3日やる。」
バカルが空高く飛んで行き、もう見えなくなったにもかかわらずテネブは微動もせず呆然として空をじっと見つめていた。彼の口には火もつけていないタバコだけが寂しくくわえられていた。
バカルは正確に時間を守った。
マイスターテネブはこの全てが自分の裏切りによるもののように見せかける証拠を残し、突然消えて誰もいないところで自ら命を絶った。
マイスターボルガンは未完成のゲイボルグに乗り、激しく抵抗してゲイボルグと共に壮絶に命を落とした。
マイスターラティは度重なる喫煙と過労状態でバカルの手によってゲイボルグが破壊されるのを目にし、その衝撃に耐えきれず血を噴き出しながら死亡した。
マイスタークリオはバカルの侵攻から辛うじて逃げた後、ゲイボルグの残骸を集め、異空間に封印してこれまでの全ての研究結果をまとめて後世に残した。
マスイタージャンヌはバカル軍の侵攻によってプロジェクトが失敗するとその衝撃で早産になったが保養中に全てが恋人のテネブの裏切りによることだと知り、絶望に陥ってオードリーに子供を預けて自ら命を絶った。
マイスターオードリーはプロジェクト失敗後、クリオを手伝っていたがある日ジャンヌを子供を連れて突然姿を消した。
マイスターエルディルはバカル軍の侵攻二日前から行方が分からなかった。

Episode20.第9章 思ったより早く

今から500年前。天界。機械革命。
7人のマイスターの意志を受け継いだ天界人たちは長年彼らの研究成果を研究し、発展させてようかく自らバカル軍に抵抗できる力を手にすることができた。
ある日、天界人たちは皆力を合わせてバカル軍に同時に多発的な攻撃を与え、天界の全都市が人々と共に荒い悲鳴を上げながら燃え上がっていた。
バカルは自分の宮殿バルコニーから戦争で燃え上がっている都市を見つめながらワインを飲んでいた。しかし、彼の余裕のある表情にはそぐわない耳を裂く爆発音があちこちから続けて聞こえてきた。
「もう・・・時になったのか。」
バカルは後ろを振り向かず言い続けた。
「思ったより早かったな、ヒルダ。」
そうするとバカルの後ろの暗闇から女のシルエットがそっと現れた。
「実に長い間私の前を遮っていましたね。しかし、もうこれ以上はいけません。バカル様。」
ヒルダはバカルの横に立ち、バカルと同じ方向を見つめた。そこには燃え上がる都市があった。
「少し早くないか?まだこの世界には私を相手できる者はいないはずだが。もしかして天界人たちがあのおもちゃのような機械をいくつか作ったから私の最後が見れるとも思ってここまで来たわけではないよな?」
「もちろん違います。」
ヒルダはしばらく間を置いて言い続けた。
「しかし、未来から来た者たちならどうでしょうか。」「フフフ・・・未来か・・・焦っているようだなヒルダ。」
ようやくバカルは顔をヒルダの方に向けた。
「彼らが私に挑戦できるくらい特別なのか?」
ヒルダはじっとバカルの目を見つめては口を開いた。
「おそらく。」
バカルの眼差しが凄まじくなり、彼の体中から黒い気運が漂い始めた。粗い鉄塊が割れるようなバカルの怪声が大地を揺らした。それでもヒルダは無表情な顔で彼の手から落ちるワイングラスをじっと見つめていた。
彼女を覆うバカルの影はますます巨大になり、周辺を暗黒に塗り替えた。
「使徒たちすら私を相手できないのに、」
バカルはいつの間にか巨大な黒い龍になってヒルダを見下ろしていた。
「何者が私を相手できると!」
天地を覆そうな巨大な威容を誇りながら豪快に笑っている黒い龍をヒルダは相変わらず無表情で見つめていた。いや。実は彼女の口元には微かな微笑みが浮かんでいたがバカルには見えなかっただけだった。

Episode20.第10章 とても小さな差

バカルの城の至るところが燃えていた。バカルは一群れの人々と向かい合っていた。
彼は怪我だらけで体中から血を流していた。人々の立っている後ろには次元の亀裂の空間の裂け目が段々塞がっていた。
「お前ら全員が天界人ではないようだな。ならば私が当ててみよう。お前らが未来から来た者たちか。言ってくれ。何年後から来たのか?」
「その通りだ。500年後の未来から来た。」
「500年・・・再び500年を待たなければならんのか・・・。そしたら私の3頭の龍は退治したのか?」
「我々は大陸に転移された使徒たちまで何人か退治した。お前が作り出したとのあの粗末な龍は我々の相手などにならない。」
「めでたい。基本テストは軽く通ったようだ。だが、あの愚かな使徒の奴らは結局彼女の手によってとんでもないところであっけなく死んでしまったのか?当ててやろう。お前らの地に降りてきて死んだ使徒たちはシロコ、ロータス、ディレジエだろう?」
「遠い未来のことをどうして知っている?」
「フフ・・・運命的に順序が決まっているのか、意図的に彼女がそのように配置したのかは私にも分からん。ところで、人間だけではなく天界人と魔界人に黒妖精まで肩入れをしているのか。潜在力があるなら何一つ逃さないとのことか、ヒルダ。」
「お前とおしゃべりするためにあの遠くから来たわけじゃない。かかって来い。歴史上では天界人たちが機械革命でお前を退治したこととなっているが、今日は我々が特別に古代天界人たちの手間を省いてやるぞ。すでに大怪我を負っていて残念だが、悪人に慈悲などをかける必要はないもの!」
「クククク、天界人たちが私を殺したと教えられたのか?あんな機械ごときで?悪いがこんな粗悪なものではまだ私を倒すことはできん。だが、あの機械らを同時に相手したせいで私の気力が多く消尽されたのは事実だ。彼女はこの隙を狙ってお前らをここに連れてきたようだな。実に良い作戦だぞ、ヒルダ。さあ、これからは私が真の歴史の勉強をさせてやる。もし私が死んだら、それはお前らの過去もそうだったとのことだ。すなわち、私を倒したのは天界人たちではなくいつもお前らだったとのことだ。あの事実は変わったことないものだし。」
「・・・・・・!?」
「やっと理解ができたようだな。お前らの種族が強くなるのはこれから500年先。ヒルダは、私に彼女の計画を遮られたまま時間だけが過ぎては自分の予想を覆すことが起きると思って私の死を早めようとしているのだ。実はお前らがわざわざ遠い未来から訪ねてこなくてももう少しで私が大陸に降りようとしていたところだった。あ、それで彼女は焦っていたのか、クク。ところで未来のヒルダは異空間を思うがままに操れるのか。お前らを正確な時間帯の過去に送るとはな。」
周辺はすっかり燃えていた。そうだ、ルークが私が火の中で死ぬと暗示したな。それが今なのか。まだやることがあるのに。
「お前らの話をきいたらもしかすると本当に今日私がここで死ぬかもしれないと思った。私の気力が消尽された今は確かに良い機会かもしれん。このまま死ぬことになってお前らの強さを確認できないのが非常に残念だが・・・。」
バカルは胸騒ぎを感じた。彼が数百年もの努力してきた結果がすぐ目の前にあるのだ!彼は一人一人注意深く見回した。果たして私の努力が彼らにどのような影響を及ぼしたのだろうか。それとも彼らは彼女の操り人形にすぎないだろうか。
「お前らの強さはヒルダの思惑通りなのかそれともそれ以上なのか。私がヒルダの計画を500年遅らせる間、お前らの種族は少しでも成長しただろうか、それとも何一つ変わることはなかっただろうか。これほど緻密に仕組まれたゲームではともて小さな変数で大きな変化をもたらすこともある。」
バカルは鋭い目を光らせて巨体を起こし、翼を広げた。その圧倒的な威容に冒険者たちは思わず後ろへ下がってしまった。全員の顔に本能的な恐怖が浮かび上がった。
「あ、もう一つ変数がある。いくら私の気力が落ちたとは言え、果たして本当にお前らが私を倒せるのか・・・?今日私は死から逃げられないかもしれんが、私を倒したのがお前らではなく未来から来た者たちなら?」
巨大な龍の口が大きく開いてその中で巨大な火の塊がめらめらと燃え上がり始めた。

Episode21.通信

“本当だ!そ・・・空の上が水で満ちているとは・・・あれが伝説の海というものか・・・。”
少女の声は浮かれていた。それもそのはず、海というのを生まれて初めて見たから。
少女の目を奪ったのは海だけではなかった。幻のように青い海に包まれている美しい島々・・・海の下に流れる白い雲、遠くから見てもここは生命の力が溢れ出るところだった。
この美しい島々が数十年もの戦争が繰り広げられた‘荒れ果てた地’だとは信じられなかった。
“本当に美しい・・・。”
少女はあの美しい光景から目を離すことができなかった。死者の城を命がけで20日に渡って苦労して上ってきた甲斐があった。首が痛くなるのも忘れてずっとその海を見上げていた。
もちろん、魔界にも‘海’というのはあったがその黒くて臭い汚らわしい海とは次元が違うものだった。
この美しい光景を見つめていた彼女の目に工場で埋まっている島が入ってきた。その他のところとは全く違う風景であった。燃え上がる溶岩を噴き出す活火山。魔気で満ちている待機と大地、至るところに魔界のモンスターでごった返している異質的な島・・・。
そこには火を飲み込む者、使徒アントンが転移されていた。
“そんな・・・あの最悪の使徒がここにいたとは・・・。メトロセンターの電力が再び供給されておかしいと思ったが・・・こんなところでエネルギーを吸い込んでいるとは。”
この時、少女の手の小さな装置からジジジと音がしてある女性の声が聞こえてきた。
“ジジジ・・・聞こえるのでしょうか?通信状態が良くありません。いつ通信が途切れるか・・・。”
“あ!今空の上に広がる美しい光景を眺めていました。ここは聞いた話よりも遥かに美しいところです!最初は死者の城を通って他の世界と繋がるとの話を信じられなかったのに・・・実はこのように自分の目で見ているにもかかわらず未だに実感が湧いてこないです。”
“私も実感が湧いてこないのです。魔界とこのように通信が可能になるとは・・・想像すらできなかったことですから。”
少女と通信をしているのはあのスラウ工業団地で映像通信装置を管理しているリア=リヒター、天才メルビンの妹であった。何ヶ月前から通信装置を通じてよく分からない電子音が受信されるのに気づいたリアはこの電子音が‘死者の城’が観測される日に限って受信されるのにも気づいた。直ちに好奇心に駆られ、リアはあの電子音を分析し、内容を明らかにした。内容はこのようなものだった。
「ここはメトロセンター・・・古代から残っている通信機を使用してお知らせします。私は‘ザ・チェイサー’ニウ・・・。魔界から消えた使徒たちを探しています。使徒たちの行方を知っている方はこの周波数までご連絡を・・・。」
直ちにその周波数まで連絡をしたリアはニウが魔界の魔法使いで使徒たちを追っていることを知り、アラドの状況をニウに伝えた。リアからの情報でニウは魔界から多くの使徒たちがこの愛戸に転移されたのを知った。
全てを破壊して飲み込んでしまう貪欲な使徒たちの悪行を阻止するためにニウは棄権を冒して死者の城を上り、次元の亀裂が天界と魔界を繋いでくれるのを待っていたのだ。
“彼女と連絡が取れました!後少しで天界に着くようです!”
リアの声は期待感で浮かれていた。この小さな魔界の少女が使徒アントンを退治できるとても大きな情報を持ってくるとの期待で。
“気を静めろ、子供でもあるまいし・・・。”
浮かれていたリアを厳しい声で叱ったのはセブンシャーズのフェルールウェインだった。ウェルールウェインはメルビンとは格別な仲で特に電気系銃の専門家であった。パワーステーションの復旧とアントンの弱点を分析するためにスラウ工業団地に派遣された。
“申し訳ございません・・・。”
“謝ることはない、ただ誤りを犯すのではないかと心配になってな。こんな時こそ気を落ち着かせなければならん”
“はい・・・。”
“ところで変だな・・・先ほどからニウという少女の声が聞こえないが、どういうことだ?”
“本当です!ま・・・まさか!”
リア=リヒターが恐れていたのは魔界と天界を繋ぐ次元の亀裂がいつ開いていつ閉まるのか分からないことだった。
“頭の上の海が消えている・・・。次元の亀裂が閉まっている。”
ニウは頭の上で消えている天界の風景を見つめているしかなかった。一瞬にして閉まった次元の亀裂は天界と魔界の境界を引き裂いた。
“閉まったわ・・・仕方ないか。いつかまた開くことを願うしか・・・。とりあえず、ここで過ごしてみようかな?うぅ・・・またいつモンスターたちが現れるかもしれないからチェイサーで体を守ろう。”
困るのはリアも同じだった。
“通信が途絶えてしまいました。どうやら次元の亀裂が閉まったようです。”
“時が良くなかった・・・。直ちに彼女の助けを受けるのは難しいかもしれん。彼女と再び通信ができるまで我々のできることをやろう。まずはパワーステーションを占領しているアントンの守護者たちを追い払うのだ・・・。”
“この前、皇都のメルビン兄様とお話しをしたらお兄さまがそこで最も勇ましい冒険者たちを送ってくれると言いました”
“嬉しい報せだ。イートン工業地帯が再び活気を取り戻す日もそう遠くはなさそうだ。”
フェルールウェインは遠くの赤い溶岩を噴出しているアントンをじっと見つめた。彼の目はいつもより希望で満ち溢れていた。