倫敦の地の底にて

Last-modified: 2019-06-22 (土) 14:35:18











世界でも有数の大都市、イギリス・ロンドン




その地下──────地の獄、底の底──────…………




そこに今宵、三十三の魔術師たちが集う。









ギィィィ……、と重々しい音を立てて扉が開く。
開いた先には、漆黒の闇に包まれた、黒より暗き暗黒の円卓があった。
ただ金飾の灯篭台の蝋燭の明かりだけが、既に椅子に座しているいくつもの影を照らす。
それ以外に、一切の明かりはなかった。


「…………相変わらず、集まりが悪いようだな」


そのまばらに埋まる席の様を見て、入室した女性は言い放った。
女性の髪は紅蓮に燃え盛る炎の如く赤く、紅く、この漆黒の間でなければ、さぞ人目を引いたであろう。


──────サンヘドリン第二十八ロッジ総括
ペルセフォネ・Z・フィッツジェラルド


「集まりが悪いたぁ! 言うねぇフィッツジェラルドぉ!
毎度聖杯戦争に出ては議会に出席できねぇお前がよぉ」


扉を閉ざすと同時に、その赤髪の女性、フィッツジェラルドに下卑た声がかかる。
その声にフィッツジェラルドは、顔色も変えずにフンと小さく息を吐いた。
まるで、それが毎度のことであるかのように。


「連れねぇなァ、最初の頃の辛気臭ぇ面はどこ行ったよ?」


話しかけてきた男の姿が蝋燭に照らされる。
その姿は女とは対照的に、髪も、肌も、総てが白く染まったような、凶悪な人相の男であった。
だが、その陶磁器のような美しい肌を、これでもかとずたずたに切り裂かれた傷が覆っていた。


──────サンヘドリン第十九ロッジ総括
アースガルディア・ディアマンティス


「貴様と交わす言葉はない。失せろ」
「ハハッ! 随分言うようになったじゃねぇかケツの青かったメスガキが!
思わず達しちまいそうになったぜ? 聖杯戦争で死ぬなって思ったらいつでも言え、抱いてやるよ」
「腐れ、ゲスが」


フィッツジェラルドは明らかに目の前の男、ディアマンティスに不快感を露わにする。
そんな彼女の肩に、まるで旧来の友人のように手をのせる影が1つあった。


『オイオイオイ、死ぬとか怖い事を言うなよぉ。可哀想にぃ』


軽快な笑い声が響く。
その笑い声にフィッツジェラルドは眉をしかめ、ディアマンティスは舌を鳴らした。
笑い声の主は、フィッツジェラルドの顔の横から覗き込むように顔を出した。


「俺はみんなをすごく心配したんだぜぇ? 死んじゃったんじゃないかってなぁ
大切な仲間だからなぁ。誰一人として失いたくないんだ! フィッツジェラルド嬢も、ディアマンティス殿も!」


──────サンヘドリン第二ロッジ総括
『波旬』


「触るな」


そう短く言うと、フィッツジェラルドはその軽薄な男、
波旬を名乗る青年が肩に乗せた手を、まるで蟲を払うかのように叩いて払った。


「ンー、酷いなぁ。心配していたのは本当なのに。まぁいいや。
エリカちゃん! いつものお茶頂戴!」
「かしこまりました」


手を払われた波旬を名乗る青年は、肩をすくめながらも笑顔で自分の席に座した。
それと同時に、円卓から少し離れた小さなテーブルの横に佇んでいた少女に一つ注文を立てた。


言われた少女は、非常にポピュラーな白と黒を基調とした給仕服……
俗にメイド服と呼ばれる服装を完璧に着こなした、無表情の少女であった。
少女はまるで冬空の下の金属食器のように冷たく、変化のない表情のままに、
ほんのりと湯気を立たせる紅茶を、それはもう見事な手際で注いで波旬を名乗る青年の目の前に置いた。


──────サンヘドリン第二十一ロッジ総括
「エリカ」


「以前聞きそびれたが……何故貴様は統括の一員でありながらそのような給仕の真似事をする?」
「理由は3点あります。此処が我々総括以外知らされていないため、誰かがお茶くみをしなくてはならないことと、
私がこの能力が三十三人の中で最も高い事。この格好をしていることが最も心が安らぐ事。この3点です」
「…………そうか、前者2つはともかく、最後の1つは何か疑問が残るが」
「エリカちゃんは俺に紅茶を飲ませたいからわざわざそんな方便を付いているんだね!」
「否定します。私は私の為にこの給仕を引き受けてますし、私が給仕をするのは33人全員平等のためです」
「ちぇー、そっかぁー」


波旬を名乗る青年が口をとがらせながら不満気にしていると、
先ほどのフィッツジェラルドの時のように重苦しい音を立てながら扉が開く。


「やぁ、みんな集まっているようだね」


入ってきたのは、スーツを着こなした顎髭を優雅にはやした男性と、
前髪によって両目の隠れている、おとなしそうな少女であった。


「おや……2人が一緒とは、珍しいですね」
「いやなに、道中で偶然一緒になったもので、案内してもらったまでさ
彼女は記憶力が良いからね。多忙な私では、ここは覚えるのに路が複雑にすぎる」


──────サンヘドリン第三ロッジ総括
グェンフォード・ロックフェラー


──────サンヘドリン第十三ロッジ総括
アントワーヌ・ナンシー


「やぁナンシーちゃん! この前プレゼントした副総括、どうだった!?」
「…………(グッ」


波旬を名乗る青年が、入室した二人組の姿を見るや否や、
入室者二人組の片割れに対して手を振るいながら笑顔で問うた。
その問いに対して、目の隠れた小さな少女、アントワーヌは無言で親指を立てて返した。


「あー……満足してくれた?」
「うん。あの人、凄い。アンの知らない物語、いっぱい、知ってる。
凄い、すごく、好き。ありがとう、はじゅん。はじゅんは、きらいだけど、あの人、好き」
「いやぁ!喜んでくれて嬉しいよ! って……酷いなぁみんなして……」


無表情のままアントワーヌはふんすふんすと鼻息を荒くして喜びを体現していた。
そんなアントワーヌをよそに、時を同じくして入ってきた男性グェンフォードは無言のままに自分の席に座し、
そのままエリカの差し出した紅茶を受け取っていた。


「さて……本日の議題は、何だったかな?
前回はEU離脱に関連する議題だったから私の発言も多かった。
此度は、あまり私に関連しない話題であると、ありがたいのだが」
「ああ、それならば私が詳しい。なぜならば、私の提言もこの議題に大きく関係するからだ」
『──────…………』


フィッツジェラルドの言葉により、漆黒の円卓に緊張と沈黙が走る。
ただ一人、ディアマンティスだけが「道理で集まりが悪いわけだ」などとほざいていたが、フィッツジェラルドは無視して話を続ける。


「聖杯戦争についてだ」
「………………………………」
「──────ほう」
「ああ……度々世界各地で起きている"人為的災害"についてか」


ククク……、とグェンフォードは喉を鳴らして笑う。
円卓に座する者たちがざわつく中で、一つの荒げた声が走った。


『バカバカしい!!!』
「──────なんだと?」
「聖杯戦争だと……、そんなもの議題にあげるまでもない!!」


声を荒げたのは、中性的な容姿の少年であった。
髪は黒く、整えられたように切りそろえられていて、燕尾服を着こなした美しい少年であった。


「何故なら聖杯戦争が人類にとって害悪であることは話すまでもない周知の事実!!
英霊! 令呪!! 召喚術式!! これらは全て、人類が持つに相応しくない!!」


──────サンヘドリン第三十一ロッジ総括
ロスティスラフ・バイルシュタイン


「相変わらず過激だねぇバイルシュタインの坊ちゃんは」
「核の是非を問う者が世界にいるか!? エイズウィルスの有益性を説くものがいるか!?
聖杯戦争はそれと同じだ!! 英霊召喚術式はそれ以下だ!! そんなもの、議題にあげるまでもないだろう!」
「そう結論を焦る必要はないだろう。バイルシュタイン卿の、若き御子息よ」


声を荒げる少年に対して、一人の老荘の男性が隣の席から声をかけた。
豊かな髭と、眼光を閉ざす暗き色眼鏡、そして顔に浅く刻まれた皺は、その男の持つ貫録を物語っているようであった。


──────サンヘドリン第三十二ロッジ総括
趙 俊照(チョウ・ジェンシィ)


「英霊と言う存在は、我らが先祖であり、先駆であり、そして土台だ。
彼らは太陽と同じだ。崇め、尊敬し、そして信仰しなくてはならない」
「相変わらずのようですね俊照さん。相変わらずあなたの古い脳細胞には僕の言葉は理解できないようだ」
「結構。私としても、道理の分からない子供と話を合わせるほど、時間も余裕もない」


二人の間に不穏な空気が立ち込める。
キリキリと、軋むような音が響く錯覚すら覚える、一触即発の空気であった。


そこに


「やほー!! 遅れた遅れたー! あ、まだ始まってない感じぃ? らっきー☆
いやぁエリカちゃん今日も良いおしりだねぇー! 胸は相変わらずだけどー」


重苦しい音を立てて開いた扉から、漆黒のスーツに身を包んだ女性が走りながら入り、
そのまま流れるようにエリカに近づいて身体を撫で始めた。


「流れるようなセクハラをしないでください」
「ちぇー、ごめんごめん。いいじゃん女の子少ない部屋なんだし」
「君のところは、其れなりに女性職員がいたはずだが……」


──────サンヘドリン第十六ロッジ総括
聖間 砂霧(ひじりま さぎり)


「あれ? ひょっとして喧嘩してたぁ?
ごめんごめん! 続けて続けて!」
「いや? バイルシュタイン卿の若き御子息と、少し戯れていただけですよ」
「あやっぱりー? そっかー! じゃ私も席ついちゃうねー」


そう言いながら黒スーツの女性、砂霧は自分の席につき、エリカの出した紅茶を飲み干していた。
その砂霧を恨めしそうに見ながら、不満気のバイルシュタインは小さく、誰にも聞こえない言葉を吐き捨てるように言い捨てた。


「何故あんなにも笑っていられるんだ……。
聖杯戦争の被害で……家族全員を失ったくせに……!」









そのまま議会は滞りなく終わった。
終わりと同時に、グェンフォードが腕時計を見ながら立ち上がり、ニコリと微笑んだ。


「ああ、相変わらず時間通りだね。
君の進行はいつも予定通りに終わってくれて助かるよ、波旬君」
「いやぁ! 世界に誇る大富豪に褒められると照れちゃうなぁ! もっと褒めてください」
「失敬、飛行機の時間があるのでこれで失礼するよ」
「…………グェンフォード」


鞄を手に持ちコートを肩にかけ立ち去ろうとするグェンフォードを、
ふとすれば聞き逃してしまいそうなほどにか細い、儚い少女のような声が呼び止めた。
声のした方向に注目が集まる。そこには和服を纏った、非常に美麗な少女のような人影があった。


──────サンヘドリン特別外部顧問
メルヒオール・ゲッテンシュタイン


「貴方の所有している■■■油田、数か月中に爆発事故が起きるから、注意してね。
周囲一帯の海洋も確か汚染されるはずだったから。ま、頑張ってね」
「ああそれは大変だ。君の未来視は良く当たるからね、気を付けるよ」


そう笑顔で振り向いて会釈し、グェンフォードは扉をくぐりこの場から去っていった。


「またお得意の未来視か」
「でもおかしくないですか? 未来視なら自分に関わることしか予言できないんじゃ」
「言ったでしょう? 私、4018年から来たの」
「またそれか……天丼ネタでもつまらんぞ」
「そ、じゃあ私も帰るから」


そう言うとその和服の子、メルヒオール・ゲッテンシュタインも同じように扉をくぐった。
閉じてゆく扉の向こう側には、白い服を纏った気の弱そうな女性がおり、ぺこりとこちらに会釈をした。


そうして1人、また1人と、この部屋から去っていき、
最終的にはこの場には、波旬を名乗る青年とフィッツジェラルドだけが残された。


「おやぁ? 君はいかないのかい?」
「行かせてもらう。貴様と同じ空間に2人など、怖気が走るからな」


そう悪態を付いて、フィッツジェラルドは立ち上がった。
扉の前に立ったフィッツジェラルドに、唐突に波旬を名乗る青年が声をかける。


「ねぇ! 俺たちサンヘドリンの起源って、なんだか覚えているかなぁ? 忘れちゃって!」
「…………問いかけにしても下らんな。エジプトの奴隷層が抱いた理念を、石工、騎士団と引き継いで、
最後の騎士団長ジャック=ド・モレーにより新たに作り上げられたのが今のサンヘドリンであろう。その程度も忘れるとは」


はぁ、と短くため息をつき


「第二ロッジの総括の座を返上した方がいいんじゃないか?」


そう吐き捨てるように言葉を投げかけ、フィッツジェラルドはその場を後にした。
ぽつねん、と一人残された波旬を名乗る青年はニタニタと嗤う。


「なるほどなるほど、へぇー……」


「"そういうことになってるんだぁ"」


そう、誰もいない部屋で呟くと、一人の男の影がボウと彼の隣に浮かび上がる。
浮かび上がった影は見る見るうちに人の形となり、やがて、白きスーツを纏った深く皺の刻まれし老人となった。


「やあ、統括司令」
「久しぶりだな、波旬……直接顔を合わせるのは、何年ぶりだろうか……」




──────サンヘドリン第一ロッジ統括 兼 サンヘドリン最高統括司令
アーベルデルト・ヴァイスハウプト




「さぁどうでしょうかね、もう数字にできないほど前じゃないでしょうかね?」
「ははは。──────まぁ、さて」


かつり、と老人、アーベルデルトが杖を突く。
それと同時に、その皺の深く刻まれた頬がにたりと歪む。


「時は来た」
「我ら外なる民の宿願は今この時を以て始まる」
「ああ、実にキュベレーは良くやってくれた。ああ、"あと少しで我らは排除されるところだった"」
「まさかあそこまでやるとは思っていませんでしたからねぇ。ええ、ええ。まぁそのおかげで、俺たちも急ピッチで進むことができた」
「だから、故に、いや……必然として、我らは此処にいる」
「ええ、ええ! だからこそ、始めましょう」


「「恐怖劇(グランギニョル)の幕開けを、今此処に」」


そう、声が重なり合うと同時に、漆黒の部屋より総ての燈火が消えた。
その明かりの消失とまた同時に、2人の影もまた──────消えた。