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Last-modified: 2026-05-13 (水) 20:19:06

ありえないなあと思いながら行くところまで行った。うひょー
ディーンとカスティエルがアルファでサムだけオメガだよ。呪われた子よ…
その2 その3 その4(本番)

なぜこの組み合わせなのか

ドラマ本編でもディーンは常に「引っ張っていく者」サムは常に「黙って受容する者」として描かれてた。超解釈もあるのかもしれないけど、ドラマでのキャラ設定として見ても積極的な兄と受動的な弟なのでディーン攻めとサム受けにするのは少なくとも俺の中では自然の感想だった。体格の差だけどうしてもあるけど、そこはまあなんとでもなる。なんとでもするためにキャスを入れた。

1

ウィンチェスターの血筋は、強靭なアルファのゆりかごであるはずだった。
父も、そしてディーンも、その血に抗うことなく支配者としての資質を持って生まれてきた。
それなのに、なぜ僕だけがこうなってしまったのか。身体の奥底から不定期に込み上げる、あの甘ったるく、倫理観を溶かすような熱。
自分が「オメガ」であるという事実は、狩人として、そしてウィンチェスターの一員として生きる僕にとって、受け入れがたい呪い以外の何物でもなかった。

賢人のバンカーという閉鎖された空間は今や僕にとっての安全な隠れ家ではなく、呼吸することさえままならない檻だ。
鉄筋とコンクリートで固められたこの地下施設では二人の強力なアルファが放つフェロモンが逃げ場を失い、濃縮され、僕の鼻腔を容赦なく突き刺してくる。

ディーンのにおいは、冬の凍てつく夜に暖炉で爆ぜた木片(チップ)が放つ、焦げ付いたような濃密で暴力的なまでの熱を帯びている。
それは兄としての庇護欲というより、獲物を自分の縄張りに囲い込もうとする、剥き出しの捕食者の執着だ。

一方で、カスティエルのにおいは静かだが圧倒的な質量を持って僕を圧迫する。
激しい雷雨が降り出す直前の、深く重い空気とオゾンの香り。
かつては神聖さの象徴だったその気配は、今やアルファとしての本能に塗り替えられ、重低音のように僕の存在を内側から揺さぶる。


「いい加減にしろ、ディーン。サムを混乱させているのがわからないのか」
「天使様こそ、自分の立場をわきまえろよ。これは俺たちの家族の問題だ。部外者はすっこんでろ」

今日も図書室で、二人が衝突していた。
些細な意見の食い違いから始まったはずの諍いは、瞬く間にアルファ同士の醜い縄張り争いへと変質する。
喉の奥で鳴らされる威嚇の唸り声。空気がひりつき、静電気のように肌を刺す。

「やめてくれ、二人とも! 喧嘩はやめて!」

耐えかねて間に割って入った瞬間、僕は自分の失策を悟った。
動揺した僕の体から、古い古書のページをめくった時のような渇いた紙のにおいと、雨上がりの無垢な大地が混ざり合ったフェロモンが溢れ出してしまったのだ。
それは彼らにとって、理性を焼き切るほどに甘美な、最高級のごちそうに他ならない。

二人の視線が、同時に僕を射抜いた。さっきまでの敵意は霧散し、代わりにどす黒い欲望がその瞳に渦巻く。

「サム……お前、自分がどんなにおいをさせてるか分かってんのか」

ディーンの熱い手が僕の肩を乱暴に掴み、背後からはカスティエルの冷徹な重圧が僕を押し潰そうとする。

「……サム、私の方がお前を静められる」

二人がかりで床に押し倒されそうになり、僕はパニックに陥った。
彼らは僕を求めているようでいて、実際には互いに「どちらが僕を所有するか」を誇示し合っているだけなのだ。
僕を組み伏せようとする腕と、互いを排除しようとする力が僕の体の上で激しくぶつかり合う。

「やめて、お願いだから……!」

涙が溢れ、視界が滲む。
僕は必死に彼らの腕を振りほどき、這うようにしてその場を逃げ出した。
背後でなおも響くアルファたちの咆哮と、互いを罵り合う声を聞きながら、僕は冷たい廊下を走り続ける。
このバンカーに、僕の居場所なんてどこにもない。ただ一人、自分自身の存在そのものに絶望しながら、僕はただ暗い自室へと逃げ込むしかなかった。

2

自室の扉を閉め、冷たいベッドに身を沈める。
冷静になればなるほど、己の存在がこのウィンチェスターという血の系譜において、どれほど惨めで異質なものであるかを突きつけられる。なぜ僕だけがオメガだったのか。その理由は、鏡を見るよりも容易に導き出せた。

僕は、戦うことが嫌いだった。幼い頃から、暴力によって問題を解決することに生理的な嫌悪感を抱いていた。無意味な争いは避けるべきだと思っていたし、他人を屈服させることに高揚感や支配欲を覚えたことなど一度もない。僕が求めていたのは常に、傷ついた誰かに寄り添う共感であり、言葉を尽くした対話だった。対して、兄さんや親父はどうだ。彼らの人生は、復讐と怒りを基盤とした終わりのない戦争そのものだった。戦いの中に身を置くことが、呼吸をすることと同じくらい自然なこと。選択肢に「逃走」や「妥協」が入ることは稀で、常に最前線で敵をねじ伏せるアルファの魂を燃やし続けてきた。

そこにカスティエルという異分子が加わる。かつて天使の軍団で上位階層に君臨していたという彼は、本質的に「導き、管理する側」の存在だ。以前、何かの資料で読んだことがある。天使はその役割柄、必然的にアルファの資質を帯びやすいのだと。虚無という深淵に触れ、かつての神聖さを失いかけている今の彼でさえ、その本能は健在だった。

ディーンの、暖炉から爆ぜたチップが放つ焦げ付いた火のにおい。
カスティエルの、大気を引き裂く雷光の兆しのような重いオゾンのにおい。
この閉鎖されたバンカーの至るところに、彼らの支配的な気配が澱のように溜まっている。その濃密な毒に当てられ、僕の頭はどうにかなりそうだった。

「おい!サム!サミー!」
暴力的な衝撃とともに、扉が悲鳴を上げる。ビクッと肩が跳ねた。ディーンがそこにいることは、音が鳴る前から察知していた。ノックというよりは、障壁を叩き壊そうとする野獣の衝動に近い。
「いい加減認めろ! お前はオメガなんだよ!」
耳を塞ぎたかった。まだ僕たちが、自分たちは共にアルファとして生きていくのだと確信していた頃。いつか愛する番を見つけようと、無邪気に将来を語り合っていた少年時代。あの清廉な日々は、もう二度と戻らない。視界が涙で歪む。

「だからって、無理やりは……」
「ディーン、サムの言う通りだ」
カスティエルが現れた気配がした。直後、部屋の前に充満する火と雷のにおいが臨界点を突破する。扉の向こうで、ぴたりと静寂が訪れた。
「また邪魔をするのか、キャス」
「そうではない。……私と君の目的は、同じはずだ。そうだろう?」
不穏な、あまりに不穏な同意。対立していたはずの二人のアルファが、僕という一点において「共通の目的」を見出そうとしている。扉を隔ててなお伝わってくる、二人掛かりの捕食者の気配。逃げ場のない絶望の中で、僕の理性は音を立てて崩れ始めていた。

3

「そういうことか。まあ、いいけど。俺もこんな狭い場所でお前とやり合うのは本望じゃねぇし」

扉の向こうで、ディーンが苛立ちを孕んだ溜息とともに休戦を宣言する気配がした。衝突していた二つの強大な重圧が、霧散するどころか一つの巨大な指向性を持って僕の部屋の扉に集中する。それは最悪の結末だった。アルファ同士の反発が消えた今、彼らを繋ぎ止めているのは「僕」という共通の獲物に対する原始的な欲望に他ならない。

「サム、そういうことだ。開けてくれ。私たちが互いに傷つけ合う必要はなくなった。……君だけがこの家系でオメガとして発現したことは、確かに数奇な運命と言わざるを得ないが」
カスティエルの、低く、どこか事務的ですらある声が続く。だがその声の裏には、先ほどまでの冷徹な理性をじわじわと侵食するような熱が混じっていた。

「俺たちがアルファだってことは、嫌ってほど分かってんだろ? なあ、サミー。扉越しでも自分の身体がどうなってるか、気づいてねぇわけじゃないよな?」

ディーンの言葉が、物理的な衝撃となって僕の肌を打つ。彼の言う通りだった。頑丈なはずの木製の扉が、内側に軋んでいるように感じられた。鍵穴やわずかな隙間から漏れ出してくるのは、暖炉の奥で爆ぜる薪のような、焦げ付いたディーンの熱。そして、大気を切り裂く直前の雷鳴を予感させる、重く湿ったカスティエルのオゾン臭。
二人のアルファが放つフェロモンが混ざり合い、逃げ場のない廊下で煮詰められ、暴力的なまでの圧力を伴って僕を追い詰める。肺に流れ込む空気はもはや酸素ではなく、彼らの存在そのものに塗り替えられていた。意識が遠のき、膝がガクガクと震え出す。熱い呼吸が喉を焼き、正常な思考を奪っていく。

「し、らない! ほっといてくれ!」

反射的に叫んでいた。押し寄せるプレッシャーを跳ね除けようと、全力で声を荒らげた。しかし、その拒絶の言葉は僕にとって最大の失策となった。激昂した感情に伴い、僕の体内から抑え込んでいたオメガのにおいが、堰を切ったように溢れ出したのだ。
それは、幾千もの時を経た古い書物が放つ静謐な紙の香りと、雨を吸い込んだばかりの無垢な大地が放つ、生命の息吹そのものの芳香。ディーンの火とも、カスティエルの雷とも相容れない、けれどそれらすべてを優しく、かつ強烈に包み込み、惹きつけて離さない逆属性の誘惑。

一瞬、廊下が静まり返った。あまりに純粋で、あまりに豊潤なそのにおいは、百戦錬磨のアルファである彼らの本能を根底から叩き起こしたに違いない。

「……やべぇ、これ、本当にサムのにおいか?」
ディーンの声から余裕が消え、喉を鳴らすような野性的な響きが混じる。
「これは……相当だな。私もこれまで何人かのオメガを見てきたが、これほどまでに魂をかき乱される気配は初めてだ」

カスティエルの感嘆を含んだ声が、すぐ耳元で囁かれているかのように響く。扉一枚を隔てた向こう側で、二匹の捕食者が完全に牙を剥いた。僕の大地のにおいは、彼らの火をより激しく燃え上がらせ、雷をより狂暴に落とすための触媒でしかなかったのだ。絶望的な熱狂が、静かに、そして確実に部屋の扉を押し破ろうとしていた。

4

「お願い、落ち着かせて……。お願いだから、もうやめて……っ」

喉の奥から漏れ出した声は、自分でも驚くほど湿り気を帯び、震えていた。扉の向こうにいる二人の凄まじい威圧感に気圧されているだけではない。本当の恐怖は、僕自身の内側からせり上がってくる、抗いようのない「欲求」だった。僕のにおいが彼らの本能を焼き尽くそうとしているのなら、その逆もまた真実なのだ。
扉の隙間から、あるいは壁を透過してくるかのように、ディーンの放つ爆ぜる薪のような業火と、カスティエルの大気を震わせる雷鳴の気配が、僕の全細胞を蹂躙していく。今すぐこの扉を開け、彼らの強靭な腕の中に飛び込みたい。彼らの放つアルファの重圧に叩き伏せられ、すべてを委ねたいという狂おしい衝動が、理性を泥沼へと引きずり込んでいく。

けれど、もし今扉を開けてしまえば、そこに待っているのは愛などではない。理性を失った二頭の獣による、徹底的な破壊と略奪だ。心も体も、修復不可能なほどにボロボロにされ、一生彼らの所有物として繋がれることになるだろう。
「お願い……はぁ、……っ」
ぼたぼたと、床に涙がこぼれ落ちる。僕は自分の体を抱きしめるようにして床に蹲り、震える声で懇願を続けた。抑制剤は、用法を守って確実に飲んだはずだった。ウィンチェスターとして、この異常な体質と共生するためには、一瞬の油断も許されないことは骨身に染みて理解していたはずなのに。

「サム……まさか、ヒートなのか?」
扉の向こうで、カスティエルの声が響いた。心配しているような響きを装ってはいるが、その声は妙に上擦り、欲望を堪えきれずに唾を飲み込むような生々しい気配が混じっている。
「いや、違うな。本当にヒートなら、俺たちが今頃こんな程度で済んでるはずがねぇ。……こいつはガキの頃から用意周到なんだ。抑制剤を飲んでやがるんだろ」
ディーンの、吐き捨てるような声。
「そうか……」
「大方、俺らの匂いに当てられて、身体が勝手に反応しちまってるだけだ」

ディーンの声には、明らかな落胆の色が混じっていた。その「期待外れだ」と言わんばかりの態度が、僕の中の苛立ちを逆なでする。なぜ、これほどまでに僕を追い詰めるのか。
怒りと悲しみが混ざり合った僕の感情に呼応するように、僕の体から発せられる大地の、そして深い木々のにおいが、より一層濃密に、鋭く変質していく。それは炎をも雷をも鎮め、あるいはそれらすべてを呑み込もうとする、オメガとしての本能的な防御反応であり、挑発でもあった。

「……キャス、もういい。今日はほっとこう。このままじゃ、互いにまともじゃいられなくなる」
ディーンが、苦渋に満ちた休戦を告げる。
「そうしよう。……サム、すまない。君を傷つけるつもりはないんだ。それだけは、どうか信じてほしい」

二人が、その強靭な精神力で僕への執着を断ち切り、重い足取りで廊下を去っていくのがわかった。火と雷のにおいが遠ざかり、肺を焼くような熱気が引いていく。
「……っ、ふぅ……」
喉の奥から、熱い溜息が漏れる。ようやく助かった。この檻のような部屋で、僕は一人、静寂を取り戻した。
だが、安堵と同時に、胸の奥を突き刺すような虚無感が襲いかかる。なぜ僕は、彼らが去っていくのを追いかけようとしないのか。なぜ、この呪われたバンカーから逃げ出そうとしないのか。
その理由は、あまりに単純で絶望的だった。
僕は――この惨めなオメガの肉体は、あんなに恐れていたはずの、あの二人のにおいに、狂おしいほど飢えていたのだ。

5

翌朝、バンカーのキッチンに漂っていたのは、昨夜のような刺すような殺気ではなく、淹れ立てのコーヒーの苦い香りと、穏やかな朝の光だった。

テーブルにはディーンとカスティエルが並んで座り、それぞれマグカップを手にしている。昨夜、扉一枚を隔てて獣のような咆哮を上げていた二人とはとても思えない、平穏な光景だった。アルファとオメガという、本能に支配された危うい関係性も、ひとたび熱が引いてしまえば「ただの家族」に戻る。これまで僕たちが共同生活を続けてこれたのは、この切り替えの早さ――ある種の暗黙の了解があったからだ。時折、どうしようもなく本能が暴発し、昨夜のような深刻な闘争に発展することもあるけれど、日が昇れば何事もなかったかのように振る舞うのが、この閉ざされた場所で生き抜くためのルールだった。

「おはよ、ディーン……キャス」

僕はつとめて自然に、昨夜の涙も絶望も忘れたような声を出し、二人の間の空気を慎重に読みながら椅子に座った。寝癖のついた髪を指でとき、自分のために用意されていたコーヒーを一口すする。熱い液体が胃に落ちると、張り詰めていた神経がわずかに緩んだ。

「おい、サム……髪を整えるなら洗面台に行ってやってこい。飯を食う場所でオメガの匂いを撒き散らすな」

ディーンが、マグカップを置かずにぶっきらぼうに指摘した。その声には昨夜のような執着は感じられないが、どこか苛立ちを含んだような、拒絶の響きがある。隣ではカスティエルが、感情の読めない青い瞳でじっと僕のことを見つめていた。その視線に、昨夜の「私と君の目的は同じだ」という言葉が脳裏をよぎり、背筋が冷たくなる。

「あ、ごめん……」

僕は反射的に、髪に添えていた手を下ろした。昨夜の残滓が僕の体にはまだまとわりついているのだろう。古い本と無垢な大地が混ざり合ったような僕の匂いは、髪を揺らすだけで彼らの鋭敏な鼻腔を刺激してしまうのだ。

行動の一つ一つに細心の注意を払い、彼らの本能を逆なでしないよう振る舞う。それはひどく神経を摩耗させる作業だ。それでも、この不自由な生活を受け入れざるを得ないのは、僕がウィンチェスターの血筋にありながら、彼らなしでは生きられないオメガだからだ。

ふと、考えないようにしていた疑問が頭をもたげる。
僕の知る限り、ディーンにもカスティエルにも「つがい」はいない。これほど強力なアルファの資質を持ちながら、なぜ彼らは特定のパートナーを求めようとしないのか。

いや、本当は気づいている。
僕が彼らの火と雷に飢えているように、彼らもまた、このバンカーという檻の中に閉じ込めた「唯一の獲物」が自分たちの色に染まるのを、虎視眈々と待っているのではないか。
その理由を口にして確かめることは、あまりにも恐ろしかった。扉を閉ざして隠れることなどできない、本能という名の真実がそこにはあるのだから。

6

「ところで、……サム、お前はアルファの彼氏はいるのか?」

唐突に放たれたディーンの言葉に、僕は危うくコーヒーを吹き出しそうになった。たった今、僕の方から彼らに「つがいはいないのか」と聞きそうになって思い止まったばかりだというのに。兄のあまりの直球ぶりには、呆れを通り越して感心すら覚える。

「……は? え、急になんだよ」
「ごめん、意味が分からない」と、僕は困惑を隠さずに返した。
「……だから! お前はオメガだろ? 適当なアルファとつがいにならねぇのかって聞いてんだよ」
「ディーン、その言い方ではサムを勘違いさせる」

訳知り顔でカスティエルが間に入った。彼はいつものように淡々とした、けれど有無を言わせぬ響きを伴った声で言葉を継ぐ。
「私が同じアルファとして、ディーンの真意を訳そう。つまり、君はオメガとして今の状況を苦しく思っていないか、ということだ。つがいを持てば生理的な安定が得られ、今よりもずっと過ごしやすくなるのだろう? 私にはオメガの主観は理解し得ないが」

「そ、それは……そうだけど」

僕は言葉を濁した。カスティエルの言うことは論理的には正しい。つがいという「所有者」を定めれば、あの暴力的なまでの周期的なヒートは抑制され、精神的な平穏も得られるだろう。
何より、今の生活はあまりに不自由だった。ヒートがいつ起きるか、そして外にいる飢えたアルファたちがいつ僕の匂いを嗅ぎつけるか分からない以上、僕は自由な外出を厳しく制限されている。買い物はすべてAmazonの置き配で済ませ、鉄とコンクリートに囲まれたこのバンカーに引きこもる日々。それに慣れてはいたけれど、たまには明るい太陽の下で、誰の目も気にせずに散歩をしてみたいと願ったことは一度や二度ではない。そして、その自由を奪っている張本人が、心配そうな顔をしている目の前の二人であるという事実も皮肉だった。

「……決めて欲しいんだよ、俺は」

ディーンが重苦しく口を開いた。その瞳には、昨夜のような理性を失った欲望ではなく、どこか切実な、覚悟を決めたような光が宿っている。
「な、何をだよ」
「俺とキャスだよ。俺らはどっちもアルファで、こうして仲良く共同生活を続けてるし、これからもそのつもりだ。だがな、サム……お前を巡って互いの本能を削り合い、取り合い続けるのはもう限界だ。それは俺たちにとっても、そしてお前にとっても、しんどいことだろ?」

キッチンの空気が一変した。コーヒーの香ばしさは消え失せ、再びあの濃密な「火」と「雷」の気配がじわじわと膨れ上がる。
「俺たちのどっちを『番』にするか。いい加減、はっきりさせてくれ」

ディーンの言葉を、カスティエルは否定しなかった。むしろ、その沈黙は同意以上の重みを持って僕を圧迫する。
「つがい」になるということは、どちらか一方に僕のすべてを明け渡すということだ。そして選ばれなかった方は、その瞬間から「家族」ですらなくなってしまうかもしれない。
平和な朝食の時間は、彼らが突きつけたあまりに過酷な最後通牒によって、修復不可能なほどに引き裂かれていた。二人のアルファの視線が、逃げ場のない僕の心臓をじりじりと焼き焦がしていく。

7

「決められるわけないだろ……」

僕の声は弱々しく、キッチンのタイルの上に落ちて消えた。どちらかを選んで幸福になるという未来を思い描くよりも先に、選ばれなかった方が抱くであろう失望や孤独への思慕が、胸を締め付ける。誰かを慈しみ、共感することを何より大切にしてきた僕の性格が、この瞬間、呪いのように自分を縛り付けていた。

「ま、今まで決めさせてこなかったのに、いきなりってのも、アレか」

ディーンがフイッと視線を逸らし、目の前のコーヒーとバーガーに意識を戻した。投げやりな態度を装ってはいるが、先ほどの言葉に込められた願いがどれほど切実で、どれほど彼自身を削り続けてきた結果なのかは、痛いほどに伝わってくる。この歪な均衡は、昨日今日で始まった問題ではないのだ。

「私たちは家族だ。家族の中に、たまたま支配者が二人いた……というだけのことだからな」

カスティエルが締めくくるように付け足し、本来は必要ないはずのブリトーを大きな口で頬張った。その所作は、内側に渦巻く苛立ちを強引に咀嚼して飲み込もうとしているかのようだった。隠しきれない雷の匂いが、刺すようなオゾン臭となって漂い、彼の平静が建前に過ぎないことを雄弁に物語っている。

「僕には、どっちも大切なんだ。……決められるわけがないだろう」

独り言のような呟きは、誰にも届かない。ディーンは幼い頃から、どんな地獄の中でも僕を守り抜いてくれた唯一無二の兄だ。その無骨な愛を、僕は誰よりも深く、そして重く受け止めている。一方でカスティエルは、神の兵士でありながら僕たちのために天を捨て、地に落ち、何度もその身を犠牲にしてきた守護者だ。彼を失うことなど、今の僕には到底耐えられない。
二者択一という発想そのものが、僕のこれまでの人生を否定することと同義だった。

「少し、考えさせて……」

僕は重い溜息を吐き出し、半分も減っていないサラダの欠片を無理やり喉に流し込んだ。椅子を引く音が、静まり返ったキッチンにやけに大きく響く。二人の視線が背中に刺さるのを感じながら、僕は逃げるようにして図書室へと足を向けた。

そこは僕にとって、唯一の聖域だ。古びた紙の匂いに包まれ、知識と理性だけが支配する場所。そこにある本たちは、僕をオメガとしてもアルファとしても定義しない。重厚な扉を閉め、その向こう側にある「火」と「雷」の熱気から逃れ、僕はただ一人の「サム・ウィンチェスター」に戻りたかった。今はただ、本能という名の鎖を忘れ、静寂の中に身を沈めていたかった。

8

あの日以来、僕たちは意識的にあの重苦しい沈黙を日常生活の騒音で塗り潰してきた。ディーンはいつものように夜明けとともに起き、インパラのエンジンを唸らせて整備し、一人で狩りへと向かう。僕が屋外で不測のヒートに襲われるリスクを考えれば、それは極めて合理的で妥当な判断だった。僕はその代わりに、図書室の膨大な資料とパソコンの光に埋もれ、ディーンのバックアップに徹する。徹底的なリサーチを行い、時折入る彼からの緊急連絡に備えるのが、僕の新しい日課となった。

カスティエルはといえば、ディーンと和解したのか、あるいは一時的な休戦協定に従っているだけなのか、すっかり影を潜めていた。彼のことだ、きっと天界で片付けなければならない仕事があるのだろう。前触れもなく姿を消すのは以前からのことだったので、僕は特に気に病むこともなく、兄からの連絡を待ちながら読書に耽る穏やかな日々を過ごしていた。

そんな静寂を切り裂くように、けたたましく携帯電話が鳴り響いた。画面にはディーンの名前。
「なに、どうしたの?」
「サムか! 悪いがちょっと調べて欲しい。今すぐこの儀式の詳細を聞き出したいんだが……」
受話器越しにディーンが告げた儀式の内容は、手元の賢人の資料だけでは補いきれないものだった。古びた地元の伝承が絡んでいるらしく、街の図書館にある郷土資料を直接あたらなければ用が足りないだろう。
「……、ここにはない。図書館に行かないと」
「なら頼むわ。俺は今、現場を動けない」
それだけ言うと、彼は一方的に電話を切った。

外出は極力避けたかったが、背に腹は代えられない。僕は眉間に皺を寄せながらも、抑制剤の予備を確認して外出の準備を整え、重厚なバンカーの扉を押し開けた。
その瞬間、全身を突き抜けたのは、何年も忘れていたような鮮烈で新鮮な空気だった。日中の眩い光の下に身をさらすのが、一体いつ以来のことか思い出せない。レバノンの街までは、緩やかな坂道を含めて二キロほど。それほど遠い距離ではない。

人の気配がないハイウェイを歩き出すと、肺の隅々まで外気が行き渡り、全身に生気が満ち溢れるのを感じた。
「ああ、気持ちいいな……」
思わず独り言が漏れる。大地や木々が放つ野性味のある香りは、僕自身の持つオメガの匂いと驚くほど相性がいい。脳の奥まで洗い流されるような感覚に、これまでバンカーの閉鎖空間でどれほど神経を摩耗させていたかを改めて痛感した。

やがて現れたレバノンの街は、僕の記憶にある通りの静かな佇まいを見せていた。迷うことなく図書館へと足を向ける。この地に腰を据え、バンカーを住まいとしてからは、日常の風景として見落としていた光景ばかりだ。香ばしい香りを漂わせるパン屋、活気あるコーヒーショップ、昼間から笑い声が漏れる酒場、そして子供たちが遊ぶ公園。
そこには人々の営みが目まぐるしく、かつ等身大に交差している。そこには、僕を執拗に追い詰めるアルファやオメガという属性など、最初から存在していないかのような錯覚さえ覚えるほど、ありふれた、けれど愛おしい日常が広がっていた。

9

図書館の静寂が、今の僕にはひどく重苦しく感じられた。埃を被った郷土資料のページをめくる指先が、焦燥でわずかに震える。

調べていくうちに、ディーンが追っている事件の輪郭が、予想もしなかった醜悪な姿で浮かび上がってきた。この儀式は、悪魔や魔物を地獄へ送り返すための聖なる守護などではない。それどころか、魔術的な素養も知識も持たない素人が、ただ手順を踏むだけで生身の人間を生ける屍――ゾンビへと変質させる、極めて悪質な「 democratization of evil(悪の民主化)」とも呼ぶべき代物だった。

現代のネットワーク社会において、これほど危険な情報は即座に抹消される。だからこそ、デジタルの海には欠片も残らず、こうして物理的な禁書の中にのみ、情報の澱として沈殿していたのだ。

「……最悪だ」

嫌な予感が背筋を駆け抜ける。調べがついたことを伝えようと、僕はディーンの携帯に指を走らせた。だが、何度コールしても、あの聞き慣れた兄の声が返ってくることはなかった。仕事用のメイン回線も、バックアップの二番目も繋がらない。そして、最後の望みを懸けた三番目の、緊急時以外は決して使わないはずの回線までもが、無機質な留守番電話のメッセージを繰り返すだけだった。

「ディーン、頼む……早く出てくれよ!」

思わず声を荒らげ、拳を机に叩きつけそうになる。
その瞬間、身体の奥底から熱い何かが一気に噴き出すのを感じた。不安と焦燥。それがトリガーとなり、僕の理性を脆くも崩していく。抑制剤は朝、確実に飲んだはずだった。けれど、極限まで高まった負の感情は、科学的な制止を嘲笑うかのように僕の肉体を支配し、隠すべき「オメガのにおい」を周囲に振り撒いてしまった。

古い書物の乾いた香りと、雨を吸い込んだ無垢な大地が放つ、抗いがたい生命の芳香。それが、静まり返った図書館の空気を一変させる。

「おや……? こんなところに、オメガがいるのか?」

入口の方から、耳の奥にこびりつくような、下卑た野太い声が響いた。
顔を上げると、そこには不気味な笑みを浮かべた見知らぬ男が立っていた。男の放つ、腐った獣のような不快なアルファ臭が、僕の鼻腔を容赦なく突き刺す。

日常という名の安息は、一瞬にして崩れ去った。背後には連絡の取れない兄への懸念、目の前には僕を獲物として見定める下劣なアルファ。逃げ場のない絶望が、再び僕を飲み込もうとしていた。

10

「どいてくれ!」

叫びながら、僕は目の前に立ちはだかる男を突き飛ばすようにして図書館の出口へと急いだ。こんなところで無意味なトラブルに巻き込まれている時間はない。何より、連絡の途絶えたディーンの身が心配でたまらなかった。

体格にそれほど差はないはずだ。ハンターとして鍛え上げた僕の力量なら、力ずくで押し通ることも不可能ではない。しかし、男の脇を通り抜けようとした瞬間、鼻腔を直撃したアルファの匂いに、僕の脇腹が情けなくわなないた。
ディーンの火のような匂いや、カスティエルの雷のような匂いには、抗い難い誘惑はあってもどこか「家族」としての安らぎがあった。だが、この男の匂いは全く異なる。それは真夏の太陽に焼かれ、ドロドロに溶け出していくアスファルトのような、ひりつくほどに下卑た攻撃的な気配だった。

「は、っ……」

呼吸が乱れ、膝の力が一瞬抜ける。その隙を逃さず、男の手が僕の腕を掴み、強引に捻り上げた。

「おいおい、お兄さん。オメガだろう? こんな場所でそんなに無防備に匂いを振り撒いて、どういうつもりだ?」

頭が真っ白になる。抑制剤は確かに飲んでいるはずなのに。バンカーという閉鎖空間で長く引きこもり生活を送っていたせいで、僕は自分の薬がどれほど効力を失っているのか、あるいは自分の身体がどれほど敏感に変質しているのかを確認することすら忘れていたのだ。
ディーンやカスティエルが、僕をこれまで通り接してくれていたのは、彼らが超人的な精神力で僕の匂いを「耐えて」くれていたからに他ならない。そう気づいた瞬間、彼らへの深い感謝と、己の無知に対する耐え難い居たたまれなさが胸に突き上げた。

「離せ! 触るな!」
「強気だな。……へえ、ヒートになりかけてるのか? それとも、何かを焦って匂いが出ちまってるのか。お前の『番(つがい)』はどうした?」

男の指先が、僕の拒絶を無視して無遠慮に髪を選り分ける。その指が探っているのは、うなじにあるはずの刻印だ。だが、僕の首筋のどこにも「歯形」なんて存在しない。ディーンにもカスティエルにもつけられていない、誰にも所有されていない真っさらな証拠。

「マジかよ……。つがい、いないのか?! フリーってことかよ。だったら、俺が貰っちゃっても文句はねぇよな?」

男の瞳にどす黒い欲望が宿り、顔がじりじりと近づいてくる。勝手な理屈を並べ立て、僕を獲物として確定させた男の腕を、僕は必死で振りほどこうともがいた。

「離せ、近寄るな! 殺すぞ!」

叫び声は図書館の静寂に虚しく響く。身体はアルファの重圧に屈しそうになりながらも、心は激しく叫んでいた。僕を所有していいのは、僕の身体を暴こうとするこんな男じゃない。あのバンカーで僕を待ち続け、守り続けてくれた、あの二人だけなんだ。
絶望的な焦燥の中、僕はただ、自分を裏切り続けるこの肉体を呪いながら、出口の光を求めてもがいた。

つづき