●登場人物
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:妖怪猫又。
アルビルダ:サーヴァント・セイバー。海賊。
月海原聖杯戦争:舞台。
むかしむかし、あるところに、おひめさまがいました。
おひめさまは、それはそれはうつくしかったのですが、
たったひとつだけ、けってんがありました。
おひめさまは、おとこまさりでした。
きれいなダンスや、うつくしいおけしょう。そのおしろには、なんでもありましたが
おひめさまは、おしろのそとであそぶのがすきでした。
おとこのこのともだちと、いっしょに、まいにち、おしろのそとであそんでいたのです。
あるひ、おうさまがいいました。
「むすめや。おまえもいいとしじゃ」
「となりのくにの、おうじさまとけっこんしなさい」
となりのくに、デンマークおうこくのアルフおうじさまは、かっこいいことでひょうばんでした。
おうさまも、おうひさまも、そのおうじさまと、おひめさまが、けっこんできることをとてもよろこびました。
おつきのひとも、しつじさんも、メイドさんも、こくみんのみんなもよろこびました。
けど、おひめさまは、うれしそうではありません。
「わたくしは、いや!」
「かおを、みたこともないひとと、けっこんしたくない!」
そして、なんと、おひめさまは、みんながおどろくことをしました。
こっそりおしろをぬけだすと、なかがよかったおとこのこたちといっしょに、かいぞくになったのです!
「さぁ、わたくしのふなでですわ!」
「王女アルビルダではない。海賊アルビルダとしての物語は、ここから始まるのですわ!」
◆
『幸せな結末の向こう側』
◆
月海原聖杯戦争にて、セイバーが脱落する少し前。
アルビルダ:
「聞きたいことが一つあるのですわ、マスター」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「我が眷属の微かな声にも我は耳を傾けよう!」
アルビルダ:
「身構えないでくださる?」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「あっはい…」
「で、何でしょうセイバー」
アルビルダ:
「ええ。わたくしはこれを聞くためだけに召喚されましたわ」
「何で、ハッピーエンドで終わらなかったの?」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「ッ……!」
アルビルダ:
「ええ、ムーンセル・オートマトンの仕様上、サーヴァント側もマスターの情報を閲覧できるのですわ」
「だから、一度はハッピーエンドを迎え、それで終わらなかったあなたにわたくしは思うところがあったのです」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「にゃ……!」
アルビルダ:
「これはわたくしの出自もまぁ関係しているのですわ」
「王女様と王子様は結婚し、幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
「────『英霊アルビルダ』としての物語は、そこで終わっているのですわ」
「なので、わたくしはアルビルダがハッピーエンドを迎えた後のことを何も知らない」
「だから、知りたかったのですわ、猫宮ミケ」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム!」
アルビルダ:
「いいえ、あなたは猫宮ミケ。」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「やめてにゃ…! あの人に、付けられた名前を、ここで」
「こんな聖杯戦争ごときで、汚したくないんだにゃ…!」
アルビルダ:
「…………ええ、わたくしも少々踏み込みすぎましたわ」
「けど、聞きたいのです。どうしても。“ハッピーエンドの後を”」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「に、にゃ………」
「……………」
「あの人の居場所を守りたかった、のにゃ。あの人はわたしを、受け入れてくれて………」
◆
荒い息を立て、彼女は草原の中を駆け抜けていた。
それを追い立てるのは鍬に鎌、思い思いの武器や農具を携えた人々である。
「猫又を逃がすな!」
「此奴は不吉の象徴。殺せ!」
狭まっていく包囲網。三日三晩の追跡劇により、彼女は魔力を使い果たしていた。
猫の瞬発力は高いものの、持久力はそれほどでもない。
ただひたすら、幻影を見せ騙しつつ物陰へ、木陰へ、岩陰へと。
「無駄だ。七夜の目は誤魔化せぬ」
けど、彼らはどれだけ幻惑しようと追跡の手を止めることはない。
伸びる手を躱し、躱し続け、そして彼女の体力は尽きようとしていた。
そして、気が付くと小さな寺の境内の中に迷い込んでいた。
「…………ッ」
人影を感じる。
こうなれば奥の手である。かつて四国において土佐の化狸に教わった秘術の出番である。
借体成形。異形である妖かしがその神秘を失うことのないよう、人類社会に紛れ込むための秘術だ。
けれど、彼女は人間が嫌いであったし、変化も得意ではなかった。
けど、やらねばなるまい────彼女は、その人の気配がする直前、間一髪変化を行った。
「おや」
後になって知ったが、彼はこの小さな寺の住職であった。
彼は境内の石灯籠の陰にへたり込むように倒れている彼女を見つけると、慌てて草履を履くことも忘れ、彼女の元に駆け寄った。
元が猫であるとは言え、人に変化した彼女はそれなりに重量がある。
けれど住職は躊躇いなく彼女を両腕で持ち上げるように抱え上げ、居住区の中に運び込んだ。
「猫又を知らぬか」
「お上様に召し出さねばならぬ」
「妖魔は誅されるべき存在である」
何人もの人が、住職に聞き込んでゆく。
けど彼はその一切を、知らぬ存ぜぬで通す。
「ありがとうございます………にゃ、あっ!」
「気にすることはないさ」
彼の手厚い看護ですっかり元気を取り戻した彼女は布団から半身起き上がり、礼を述べる。
しかし彼は柔和な表情でそれを謙遜し、もっと休みなよ、と布団を催促する。
けど、彼女にとってもこのまま彼の世話にかかり続けるのは本意ではない。
彼に助けられたのは事実だ。けど、猫は一箇所に居付く生き物ではない。
いつかここを出なければならない時は来る。なら、せめて少しでも礼はしておきたい。
彼女は住職に何かできることはないか、と問うた。
住職は本堂の掃除が手に余る。故に、猫の手でもいいから手助けが欲しい、と返した。
「まずは裏手の井戸から、水を汲んでくれないかな」
お安い御用だ、と彼女は言うと布団から出て、水桶を片手に井戸へと向かう。
水を掬い、んしょんしょと両手で必死に持って桶を運ぶ。
そして、ふと桶の中の水面を眺めた彼女はとあることに気付くのであった。
彼女は裏にある森の中を走っていた。
そして杉山の中を駆け抜け、山頂付近の大きな木の元にへたり込むと、ゴロリと丸くなる。
既に人間形態への変化は解いていた。
水面に写っていた彼女の顔。
そこには、猫耳がはっきりと映り込んでいたのである。
ずっと、正体に気づいていたのに受け入れてくれていた彼の意図が、
彼女には、まるで理解できなかった。
人間は例外なく彼女を、妖怪猫又を畏れていた。
だから、猫又と知りつつ看護してくれた彼の心情が、彼女には全く理解できなかった。
夜が更ける。
猫又捜索隊は引き上げたと聞いていたが、この地には彼女がいたことは知られている。
明日の朝になったら、一刻も早くこの地から離れるべきだろう。
……結局住職にお礼ができなかった。それだけが、彼女の心残りであった。
「見つけた」
その声が聞こえてきて、彼女は思わず尻尾を伸ばして跳び上がる。
「ダメじゃないか、水がぶち撒けられててびっくりしたよ。それに君も、本調子じゃないだろう?」
さあ、帰ろう。彼は猫の姿であるにも関わらず、彼女に対して手を差し伸べる。
彼女は問うた。
なぜ、わたしを怖がらないのか。
わたしのことを、なぜ誰にも言わないのか。
そして、なんでわたしを受け入れてくれたのか。
その質問に彼は拍子抜けするが、一拍置いた後に彼は顔を赤らめつつ頬を掻く。
「好みだったんだ」
「年端もいかぬ幼童で、獣のごとき耳の生えた君の容貌がね」
一月もしたある日、裸に割烹着を付け、小気味いい音を立てる彼女の側に立ちつつ彼は言う。
そういえば名前を付けていなかったね、と。
彼女は私に名前はまだない、好きなように付けて、と述べる。
じゃあ、と彼は言った。
「大っぴらに祝言を挙げるわけでもない。けど、君は私の妻としてずっと、ここにいて欲しい」
「だから、姓には同じ名を付けよう」
そして、彼は私の名前にと考えてくれていた名前を、つらつらと並び立ててくれる。
たぶん、私にハッピーエンドがあるなら。
私が猫宮ミケになった日、それが私のハッピーエンドなのだろう。
………それから、何十年だろうか。
病床に伏せる彼を、私は彼と初めて会った時と同じ姿で……強いて言えば、巫女服である……眺め続けていた。
弱々しくも、あの頃と変わらぬ笑顔で彼は私に微笑み返してくる。
自然と涙が溢れた。
時代は移り変わり、街をゆく人々もざんぎり頭になっていった。
ガス灯によって世界は夜でも明るく照らされ、神秘は駆逐されてゆく。
あの人の遺した宮司服を仕立て直し、解れを直してきた服に袖を通して、私は彼のいた場所を守り続ける。
石と煉瓦作りであった建物は、次第にコンクリート製のものへと移り変わる。
その男は私の前に一枚の紙片を突き出してきた。
難しいことはよくわからないが、土地の権利書らしい。
私も言い返すが、年端もいかぬ姿であった私の言葉は何もかも軽んじられる。
彼の愛したものでは、彼の居場所を守れなかった。
彼と私の思い出は塗りつぶされ、半年後には面影も残らぬ大きな鉄筋建造物が屹立する。
そして、私は再び全国を流浪することになる。
その道中に見かけた一つのものに、私は惹かれていった。
あれは親娘だろうか。アヤカ、と呼ばれた少女は父親から何かの修練を受けていた。
黒魔術というらしい。呪術によって対象を取り殺す、というもののようだ。
それに傾倒した私は、真偽問わず黒魔術の情報をかき集め、そして、聖杯戦争へと辿り着いたのであった。
◆
アルビルダ:
「難儀なものね……いえ、よっぽど、質が悪い」
「じゃあ、あなたはそのあなたから全てを奪った男に、復讐したいのかしら?」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「にゃ?」
アルビルダ:
「違うの?」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「うん。……わたしにとって、人間はあの人以外、全部おなじに見えるからにゃ」
「それに人間はわたしが生きている限り、勝手に寿命でみんな死んでいく」
「だから、個体への復讐なんて、意味がない」
アルビルダ:
「……そう、それがハッピーエンドの向こう側」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「だから────」
「人類を不幸にする黒魔術。それは、わたしの理想そのもの」
「それが欲しいから、わたしは聖杯を求めているんだにゃ」
アルビルダ:
「病的なまでの────人間嫌い。それが、マスターの根幹なのですね」
「………けど、わたくしはハッピーエンドであって欲しい、切にそう願いますわ」
「この世全ての、幸福を」
アリア=ダークスペシャル・ゴールドプレミアム:
「………………」
「……我が眷属よ。決戦の時は間近に来たれり」
「海を翔ける双剣の王女、闇をその剣にて切り裂かん!」
アルビルダ:
「……ええ。マスターの号令とあらば」
「ヨーソロー。バルト海に轟きしスカンディナヴィアの海賊王女、月の海であろうと力量を見せつけますわ!」
「錨を上げろ野郎ども、船出の時はきたれましてよ! ヒャッハァ────────ッ!!」
◆
デンマークかいぐんのこうげきで、アルビルダたちはだいピンチです。
かいぞくせんは、もう、しずんでしまいそうです。
つぎからつぎに、デンマークかいぐんのふねから、へいしがのりうつってきます。
アルビルダはさけびました。
「わたくしは、にげもかくれもしませんわ」
「いちばんえらいひと、でてきなさい。せいせいどうどうと、けっちゃくをつけましょう」
すると、ひとりのおとこのひとが、ぐんかんのなかからでてきました。
アルビルダは、とてもおどろきました。
そのおとこのひとが、とてもかっこよかったからです。
アルビルダと、そのおとこのひとは、ぶつかりあいました。
カキン、カキン。
けんのうでがじまんのアルビルダと、まけずおとらずのうでまえです。
アルビルダと、そのおとこのひとはなんども、けんをぶつけあいました。
こんなすごいひとの、なまえはなんだろう。アルビルダはぎもんにおもいます。
「なまえをなのりなさいな!」
アルビルダがさけぶと、そのおとこのひとはこたえました。
「わたしはデンマークのこうたいし、アルフおうじだ!」
そのなまえに、アルビルダはまたびっくりします。
なにせ、アルビルダがいえでするまえにきかされた、けっこんあいてですもの!
アルビルダはアルフおうじに、かえします。
「わたしはスカンディナヴィアのおうじょ、アルビルダ。
アルフおうじ、あなたが、こんなにすてきなひとだとはおもいませんでした」
「どうか、わたくしとけっこんしてください。
かいぞくはやめます。あなただけの、おうじょになります」
そのことばをきいたアルフおうじは、すぐにけんをおさめて、アルビルダをつれてデンマークにかえりました。
アルビルダはアルフおうじのおかげでゆるされ、そして、アルフおうじとアルビルダはけっこんしました。
そして、いつまでもしあわせにくらしましたとさ。
めでたしめでたし。
◆
そう、アルビルダの物語はハッピーエンドだ。
だからこそ、彼女はハッピーエンド以外を知らない。
ハッピーエンドを迎えた英雄(ヒロイン)。
ハッピーエンドを超えた姫君(プリンセス)。
その二人の違いは、ただ、物語の終わりという一線で立ち止まったか、どうかである。
終わってしまった物語。
それが再び動き出すかどうかは、神のみぞ知る。
Beyond The HAPPY 『END』