●登場人物
詩姫人理:新人アイドル。恋人。
青葉逢音:新人アイドル。恋人
「ハッピーバースデー、アイネちゃん!」
満面の笑顔で、真っ白なクリームと赤く実ったイチゴで彩られたケーキを両手で持ち上げ。
「………え?」
それを、きょとんとした表情で。
青葉逢音は、ぱちくりとした。
◆
~人に逢うて愛の音を理る~
◆
【4月初頭】
「では、また来週に逢いましょう!」
ぺこりと人理が頭を下げると、他の出演者にカメラが向く。
目の前のモニタ用ディスプレイには番組のロゴが浮かび上がり、そのままどこかの橋と海の光景へと切り替わっていく。
軽快なBGMが鳴り、そして番組が終了したことを告げるテロップが流れていった。
―――生放送であることを売りにしている、朝の情報番組だ。
早朝から一時間ほど枠を取り、観光情報からグルメ情報、最近のビッグニュースから天気予報まで。
更には手抜きのようなアニメや、やたらごま油を推してくる料理枠が数分あったりと、あらゆる層の視聴に耐えうるように組まれている。
時間帯の割りにそれなりに視聴率が稼げる冠番組であり、この番組に出る事は芸能界に生きる人々の憧れと言ってもよいだろう。
人理はそのまま頭を上げ、肩に掛かったツインテールを下ろす。
そして振り返ると他の出演者たちに向けて、番組が終わった時に続いて再び頭を下げた。
「お疲れ様です! 今日もありがとうございました!」
そんな明るい声音の彼女に対し、他の出演者も朗らかに応える。
ほとんどが成人した大人たちの中、ひときわ若い容姿の彼女は見様によっては異質と言っても良かった。
しかし、仕事を選ばずにがむしゃらに頑張ってきた結果、勝ち取った成果の一つであり、人理は胸を張ってこの番組に出演しており。
何より他の出演者もそんな若々しい彼女を「フレッシュな風」などと言って、すんなりと受け入れてくれていたのである。
……本当にありがたいことだ、と、彼女をよく知る人であればそう思うことだろう。
そして、撮影セットを降りた人理は一目散に、スタジオの奥まった所にある薄暗いエリアへと駆け寄った。
そこには二つの人影、マネージャーの■■さんと首輪を付けた少女――逢音だ。
彼女は人理に気が付くと、小さく手を振る。
「お疲れ様です、人理ちゃん」
迷惑にならないよう、それでも人理にははっきり聞こえる声量で逢音は人理に呼びかける。
「おまたせ、アイネちゃん!」
それを受けて人理は小走りで逢音の前に立ち、逢音の頬に自らの頬を擦り付けるように抱き着いた。
勢いが付きすぎて逢音もよろけるが、マネージャーが人理と逢音の肩を支えるようにしてそれを受け止める。
「わふ」
「ボクがいなくて大丈夫だった? アイネちゃんはボクがいないとダメなんだからね!」
鼻息荒くお互いの吐息の香りすら感じ取れる至近距離で捲し立て、二度愛玩動物を抱くように人理は逢音を抱き締めた。
逢音もそれに抗うこと無く、微笑みすら湛えてそれに応える。
「えへー。おかえりなさい、人理ちゃん。逢音は人理ちゃんを待つのも好きですから」
「あーもー! アイネちゃんはそういう事言うから可愛いんだよー!!」
むぎゅむぎゅ、ぎゅむむむ。
と、ありったけの力を込めて三度抱き締め、逢音はちょっと苦しげに呻くと弱々しく微笑んだ。
◆
マネージャーに二人の家まで送り届けてもらうと、人理はぽふんとソファーに勢いよく座り込んだ。
そして手招きすると素直に従った彼女を隣に侍らせ、ごろんと横になり、そのふとももの上に頭を載せる。
傍若無人そのものだが、逢音はそれをにこやかな表情で受け入れていた。
「おつかれさまです、人理ちゃん」
人理の表情を覗き込むように覆い被さり、逢音は彼女の剥き出しとなった二の腕に細い指を這わせつつ、ねぎらいの言葉をかける。
そんな彼女の優しさに甘えるように、人理はむふーと晴れやかな笑顔でそれを享受する。
「ボク専用のアイネちゃん膝枕は今日もいい感じ!」
独占欲の強いその言葉を受け、逢音はにっこりと微笑みを向けた。
そして、とりとめのない会話を続けつつ。
少し型落ちしたモデルである薄型テレビの音声をBGMに、二人はまったりとした休息の時間を過ごす。
お仕事の話。以前居た孤児院の話。共演者の話(ただしこれは逢音がむっとしたので長くは続かなかった)、などなど。
そして、次の休日はどこに遊びに行こうか、というところまで話が広がる。
「人理ちゃん、お休み取れるんですか?」
「マネージャーが休養日はしっかり取りなさいって言うからねー」
おへそに頭のつむじを押し付けるように、くい、と動き、脳裏にあの感情の読めないしかめっ面を想起しながら呟く。
「ボクの生活くらいボクの好きにさせてほしーなー」
そんな言葉に、くすりと逢音は口に手を当てて含み笑いする。
「逢音もマネージャーさんのことは嫌いではないですよ。優しいですし」
「ええー!? 無口なくせに、口を開くと注文ばっかで!」
そうだろうか、と逢音はいつもスーツ姿のマネージャーさんの姿を思い浮かべる。
人理の紹介で引き合わされたのだが、いつも人理の仕事のことを第一に考えてくれる人なのだという印象を抱いていた。
確かに口数は少ないのだが、その数少ない言葉の端々からは、人理のことを「商品」ではなく「少女」として気遣うように感じ取れており、有り体に言えば――「いい人」である。
まぁ、恋愛感情に発展されるような事があれば逢音としては困るのだが。
その辺りは自ら一線を引いているように見て取れ、その点においても好印象ではある。
「んー。でも人理ちゃんが好きなお仕事ができるのは、マネージャーさんのおかげですよね?」
うっ、と人理は口が詰まる。
それまでは売れないアイドル活動一辺倒だった人理だが、逢音との同棲をきっかけにバラエティに転向した途端、様々な番組に出演する事が出来ていた。
最大の理由はそのビジュアル所以だろう。
何せ贔屓目に見てもかなりの美少女であり、しかも日本人離れした美しいグリーンのツインテールは一際目立つ。
更に逢音という背景があるゆえにどんな仕事にも全力で当たるため、子役にありがちな「気分性」が無く、番組側としても使いやすいのである。
更にアイドル出身というのも利した。キャラ付けは勿論、ボイトレやダントレもそのまま他番組においても彼女を一際目立たせる魅力の根源となっている。
けど、それだけでは急激に仕事を増やすことは出来ない。番組というものはコネから成り立つ商業である。
人理が仕事を増やす事が出来たのはひとえにマネージャーの功績だろう。
裏でどのような大人の取引があったのかは知る由もないのだが、おかげでこうして逢音を抱えてなお生活を成り立たせる事ができている。
だから、言葉に出すまでもなく、マネージャーに対する人理の胸中は感謝で一杯なのである。
「ぅあー、こういうのって弱みだよねー」
てんころりんと体勢を大きく入れ替え、ソファの上でうつ伏せになると逢音の腰に抱き着くようにして、ふとももにはあごを載せる。
どこかの垂れ目パンダのマスコットアイドルのようだ。その姿があまりにも愛らしく、その髪を撫でる逢音の手も思わず早まる。
「えへー。弱ってる人理ちゃんもかわいいです。なでなで」
「うにー」
……そして、人理はひっそりと部屋の隅っこのサイドボードにちらりと目を向ける。
そこにはお揃いのティーカップや可愛らしいぬいぐるみなどが所狭しと並び、その内のインテリアの一つとして、ちょこんと小さなスタンドタイプのカレンダーが載っている。
二人のテーブルカレンダーだ。元は人理の私物だったが、逢音と共同で使用しているものである。
そんなに高価なものではない、年の瀬にTV局の視聴者懸賞品の余りがあったのでついでにと貰ってきたものだ。番組のマスコットキャラクターが隅っこに添えられてる、何の変哲も無いカレンダーである。
そのカレンダーの4月のとある日付に、逢音の筆跡で小さいハートマークが書いてある。
はて、何の日だったか。人理の記憶では、その日付には幾つかワクが入ってはいるものの、さしあたって特別な用事があるわけでもなかった。
しばらく思案して、
「………ははーん」
答えに行き当たった人理は、悪そうな笑顔でいたずらっぽく笑う。
その様子を、逢音は撫でる手を止めずに首を傾げつつ、疑問の表情で眺めているのであった。
◆
【4月8日】
そして、ででんと置かれた、数々のフルーツで彩られた5号サイズ(4~6人前分)のホールケーキ。
特に真っ赤なイチゴが目立ち、ヴェールのように純白のクリームでしっかりと塗られ、更に絞って彩った白いホイップクリームが実に食欲をそそる。
その上には蝋燭が10本ほど立っており、その全てにちろちろと火が灯っている。
「ハッピーバースデー、アイネちゃん!」
ぱぱーん!とクラッカーを鳴らし。
人理は、満面の笑顔で今日という日の主役を祝福する。
自慢げな笑顔で。
ドヤ顔で。
「マネージャーに頼んで買ってもらったんだ、アイネちゃんフルーツ好きだもんね!」
満面の笑顔で、真っ白なクリームと赤く実ったイチゴで彩られたケーキを両手で持ち上げ。
「………え?」
それを、きょとんとした表情で。
青葉逢音は、ぱちくりとした。
「え、違いますよ。逢音の誕生日は9月15日ですし」
「えっ」
静寂(きまずさ、とルビを振る)が二人の間を包む。
………そして、逢音はあー、と空気を裂くべく呟く。
「ちなみに人理ちゃんは6月18日ですよね」
「どうして知ってるの!?」
「えへー。逢音、人理ちゃんのことはなんでも知りたいですから」
うっ、と人理は呻く。
いつも逢音に対しては愛してやまないことを言っているのに、誕生日を知らなかった手前、気まずさのみが募る。相手はちゃんと知っていた、というのであれば尚更だ。
……じゃあ、今日は一体何なのだろう。そんな疑問も湧く。
かといって今更聞いちゃうと逢音を傷付けてしまうかもしれない。
それは非常に不味い。けれど、人理の記憶では今日という日は特に何でもない日だったはずだ。
うーんうーん、と呻く人理の顔を、逢音は疑問に思いつつ覗き込む。
そして、カレンダーを見て、あー、と納得したように逢音は手を打って。
「あー、そうでした。もしかして人理ちゃんも今日を気にしててくれたんですね」
「へ?」
こくり、と逢音は頷く。満面の笑顔で。
「ほら。人理ちゃんと逢音が会ってから、今日でちょうど半年記念日ですよね。えへー、逢音もこんなに一緒に居られるなんてびっくりです」
「え?……あ、そうだったね! うん、アイネちゃんと会ってから半年だからね! これは祝うべき日だよね!」
「はい! とってもとっても祝うべき記念日ですね」
「そうだよね! あっははは、はははははは、はははははは…………えっ? 半年?」
◆
「そっかー、もう半年なんだぁ。なんか、そんな感覚がしなかったなぁ……」
ケーキを食べ終え、ソファでいつものように逢音の膝枕で逢音ちゃん成分を補給しつつ、そんなことを人理は独りごちた。
その言葉に逢音は反応すると、人理の髪の毛を撫でていた手を止める。
「それって、時の流れが早く感じたってことですか?」
「ううん、その逆。なんか、アイネちゃんと一緒にいたこの半年って、時間がゆっくりしてたんだ」
そう。今年の冬は、長かった。
グッドマンお父さんのところから出てきて、マネージャーさんと一緒に頑張って、そこで逢音と出会って。
逢音と一緒にずっと居たいという思いから、身も心も擦り減らして頑張ってきて。
部屋の片隅で埃を被っているギターが、そんな人理の頑張りを視覚的に著している。
すぅ、と人理の髪に手櫛が入れられる。
人理の長いツインテールは細やかな手入れがないとすぐに痛むため、もっぱら最近は逢音がケアをしている。
「んー。ボク、アイネちゃんに色々やってもらいっぱなしだしなぁ…」
「えへー。気にしないでください。逢音は好きで人理ちゃんと一緒にいるんですから」
「アイネちゃんには、ボクには何かやってほしいことある?」
「え? そんな。逢音は人理ちゃんと一緒にいるだけで満足ですよ」
その言葉を聞いた人理は、悪戯っぽく笑って。
「それ、じゃ―――」
こつん、と人理は逢音の眉間に自らのおでこをぶつける。
「……キスで子供ができるって話、あるよね」
もちろん、そんなものは迷信だ。
そんなことは人理も逢音も承知している。
逢音はそんな唐突な話に、頬を染めてこくんと無言で頷いた。
だから、と少女は言葉を続ける。
「ボクはこう思うんだ」
「それは斯くあれと思う夢想。二人のイメージの共有」
「だから、きっと信じ続けたら……きっと、キスで子供も出来ちゃうよね」
……そして身体を起こすと、伸びの姿勢で逢音に顔を寄せる。
互いの息吹が顔に当たる距離。
お互いの頬が真っ赤に染まっているのが分かる。
「だから………ボクに頑張れる勇気という子供をくれるかな?」
「………えへー」
…………そして、二つの影が交わった。
「人に逢うて愛の音を理る」 Fin