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Last-modified: 2007-03-29 (木) 13:47:13

第二景 他流試合心得

隻腕の剣士の刃は骨を断つことができるのか?

 

盲目の剣士の刃は対手に触れることができるのか?

 

出来る 出来るのだ

 
 

これは尋常の剣術ではない
読めぬ…太刀筋が全く………

 

見よ 異形と化すまで鍛え込まれた背中

 

見よ 万力の如く刀身を締め付ける跛足の指先

 

そこから放たれる恐怖の一閃を知る者は
女人禁制の場にて勝負を見守る二人の美女(おんな)

 
 

七年前

 
 

元和八年 遠江国

 

濃尾無双とうたわれた剣客岩本虎眼の道場に
一虎双竜と恐れられた三人の弟子がいた

 

「藤木師範代の鍔迫り… 」
「あれは辛い 」
「参ったを言わせてくれぬ… 」
「ま… が… 」

 

「それまで! 」
「藤木 もう少し こう何というか 手心というか… 」
「牛股師範… 痛くなければ覚えませぬ 」

 

「申し上げます ただいま玄関に他流の者が… 」
「伊良子清玄と申す 」
道場には似つかわしくない
艶めいた芳香が門下生の鼻をついた

 

「ご用のおもむきは? 」
「岩本虎眼先生とお手合わせ願いたい 」

 

 な… 道場破り!

 

「わかり申した 道場の約条により門弟二名と
 手合わせした後ということになるが 」
「構いませぬ 」

 
 

「お父上! 道場に他流の者が 」
「だんな様 後生ですから あ… 」
「お父上! 」
「あああー 」

 

 嫌…

 
 

他流試合心得
稽古磨きの為の試みとして立合申候(たちあいもうしそうろう)上は
勝負の善悪(よしあし)によって意趣遺恨の儀 決して有之(これある)まじく候(そうろう)

 

寸止(とめ)ないぞ 藤木師範代は
           . .
また見るのかあれを

 
 

虎眼流の剣名が濃尾一帯に広がり
最盛期門弟千人を越えるほど隆盛を
示したのには理由がある

 

他流のもの丁重に扱うべし
斃(たお)すことまかりならぬ

 

伊達にして帰すべし
かかる者の姿は「虎眼流強し 」を世に知らしめ
道場の名声を高むるに至るなり

 

無用だ 彼奴(きゃつ)の紅い唇 剣術には無用だ!

 
 

藤木の剣先 やや熱いか…

 
 

「彼奴め 」
「飛び込みおった! 」
「だが鍔迫合(せりあい)は 藤木師範代の得意とする戦形(かたち)! 」

 

今だ鍔迫り!

 

つ…潰す!

 

機を逸した

 

この時 伊良子清玄の濡れた指先が
藤木源之助の掌にからみついていた