第二景 他流試合心得
隻腕の剣士の刃は骨を断つことができるのか?
盲目の剣士の刃は対手に触れることができるのか?
出来る 出来るのだ
これは尋常の剣術ではない
読めぬ…太刀筋が全く………
見よ 異形と化すまで鍛え込まれた背中
見よ 万力の如く刀身を締め付ける跛足の指先
そこから放たれる恐怖の一閃を知る者は
女人禁制の場にて勝負を見守る二人の美女(おんな)
七年前
元和八年 遠江国
濃尾無双とうたわれた剣客岩本虎眼の道場に
一虎双竜と恐れられた三人の弟子がいた
「藤木師範代の鍔迫り… 」
「あれは辛い 」
「参ったを言わせてくれぬ… 」
「ま… が… 」
「それまで! 」
「藤木 もう少し こう何というか 手心というか… 」
「牛股師範… 痛くなければ覚えませぬ 」
「申し上げます ただいま玄関に他流の者が… 」
「伊良子清玄と申す 」
道場には似つかわしくない
艶めいた芳香が門下生の鼻をついた
「ご用のおもむきは? 」
「岩本虎眼先生とお手合わせ願いたい 」
な… 道場破り!
「わかり申した 道場の約条により門弟二名と
手合わせした後ということになるが 」
「構いませぬ 」
「お父上! 道場に他流の者が 」
「だんな様 後生ですから あ… 」
「お父上! 」
「あああー 」
嫌…
他流試合心得
稽古磨きの為の試みとして立合申候(たちあいもうしそうろう)上は
勝負の善悪(よしあし)によって意趣遺恨の儀 決して有之(これある)まじく候(そうろう)
寸止(とめ)ないぞ 藤木師範代は
. .
また見るのかあれを
虎眼流の剣名が濃尾一帯に広がり
最盛期門弟千人を越えるほど隆盛を
示したのには理由がある
他流のもの丁重に扱うべし
斃(たお)すことまかりならぬ
伊達にして帰すべし
かかる者の姿は「虎眼流強し 」を世に知らしめ
道場の名声を高むるに至るなり
無用だ 彼奴(きゃつ)の紅い唇 剣術には無用だ!
藤木の剣先 やや熱いか…
「彼奴め 」
「飛び込みおった! 」
「だが鍔迫合(せりあい)は 藤木師範代の得意とする戦形(かたち)! 」
今だ鍔迫り!
つ…潰す!
機を逸した
この時 伊良子清玄の濡れた指先が
藤木源之助の掌にからみついていた