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Last-modified: 2010-05-13 (木) 00:39:45

第七十一景 虎殺 とらころし

「鮮やかにござる」

 
 

彼岸の頃 笹原邸内 藤木源之助の元へ 掛川藩より一腰の太刀が届けられた
産地は備前 刀工不明 “虎殺七丁念仏”
名に“虎殺”と加えられたのは 刀を預かっていた岩本家の没落に因る
次いで刀を預かった孕石家では 当主が自刃し子息が病死
禄を断たれた岩本家であったが お家に災いをもたらす妖刀の所持は許された

 

ズ ズ ズ ズ

 
 

カッ ヒュ パカッ
カッ パカッ

 

「さすがは濃尾無双 岩本虎眼先生のご息女 鮮やかなお手並み」
「お恥ずかしゅうございます」
「いえ見事 藤木どのよりはるかに手際が宜しゅうござる」
「何卒お許しを 藤木源之助の胸にあるのは伊良子清玄を討つことのみ」

 

「藤木どのと伊良子清玄は 元々は同門の相弟子と聞きました
 伊良子清玄はどのような門人でござった?」

 

「あの者は 剣の道にいてはならぬ者

 

 虎眼流の内弟子は日が暮れるまで 道場にて激しい稽古を積みます
 抜きんでるためには稽古の後 さらに自分(おのれ)を苛めて鍛え上げねばなりません
 より多く血と汗を捧げし者に 剣の聖は宿るものゆえ

 

 しかしあの者は道場での稽古を終えると 涼しき場所を選び 惰眠をむさぼる毎日
 それでいながら剣の技量は

 

 あの者は 剣の聖を汚しまする」
        ・ ・
「私がまさにそうでござった
 “才に慢心し怠けている”と皆に陰口を叩かれ申した
 しかし真実(ほんとう)のところは 必死でござった

 

 道場で錯綜する全ての槍を 敵と心得て気を配っておりましたゆえ さながら戦場の如く…
 余力などは残りませぬ おそらくは伊良子清玄も…
 藤木どのはどうなされて?」
「藤木… あれは何と申し上げたらよいか
 稽古の後はひたすらに刀を眺め やがては」

 

「笹原どの
 工夫がつきましてござる」

 
 
 

バキィ

 

源之助が二体
否 それは源之助の投げた木剣
剣鬼の執念吹き込まれし得物ゆえに 笹原修三郎の目をもあざむいたのだ

 

「剣を投げるとは邪法な…
 正気か…… 御前試合にござるぞ!」

 

“此度の武芸 真剣を以てせしむべし”
駿府城にて催される上覧試合に於いて「真剣」の使用が命じられたのは この四月である