第七十一景 虎殺 とらころし
「鮮やかにござる」
彼岸の頃 笹原邸内 藤木源之助の元へ 掛川藩より一腰の太刀が届けられた
産地は備前 刀工不明 “虎殺七丁念仏”
名に“虎殺”と加えられたのは 刀を預かっていた岩本家の没落に因る
次いで刀を預かった孕石家では 当主が自刃し子息が病死
禄を断たれた岩本家であったが お家に災いをもたらす妖刀の所持は許された
ズ ズ ズ ズ
カッ ヒュ パカッ
カッ パカッ
「さすがは濃尾無双 岩本虎眼先生のご息女 鮮やかなお手並み」
「お恥ずかしゅうございます」
「いえ見事 藤木どのよりはるかに手際が宜しゅうござる」
「何卒お許しを 藤木源之助の胸にあるのは伊良子清玄を討つことのみ」
「藤木どのと伊良子清玄は 元々は同門の相弟子と聞きました
伊良子清玄はどのような門人でござった?」
「あの者は 剣の道にいてはならぬ者
虎眼流の内弟子は日が暮れるまで 道場にて激しい稽古を積みます
抜きんでるためには稽古の後 さらに自分(おのれ)を苛めて鍛え上げねばなりません
より多く血と汗を捧げし者に 剣の聖は宿るものゆえ
しかしあの者は道場での稽古を終えると 涼しき場所を選び 惰眠をむさぼる毎日
それでいながら剣の技量は
あの者は 剣の聖を汚しまする」
・ ・
「私がまさにそうでござった
“才に慢心し怠けている”と皆に陰口を叩かれ申した
しかし真実(ほんとう)のところは 必死でござった
道場で錯綜する全ての槍を 敵と心得て気を配っておりましたゆえ さながら戦場の如く…
余力などは残りませぬ おそらくは伊良子清玄も…
藤木どのはどうなされて?」
「藤木… あれは何と申し上げたらよいか
稽古の後はひたすらに刀を眺め やがては」
「笹原どの
工夫がつきましてござる」
バキィ
源之助が二体
否 それは源之助の投げた木剣
剣鬼の執念吹き込まれし得物ゆえに 笹原修三郎の目をもあざむいたのだ
「剣を投げるとは邪法な…
正気か…… 御前試合にござるぞ!」
“此度の武芸 真剣を以てせしむべし”
駿府城にて催される上覧試合に於いて「真剣」の使用が命じられたのは この四月である