第十五景 産声
掛川城下 岩本虎眼屋敷
「三重さま お体に障りまする
この上は屋内でお待ちになられては…」
「寒うない 秋葉山じゃ
お父上は今 秋葉山で
流儀の秘奥を伝授なされている
虎眼流の跡目となる方に」
三重さまが笑うていなさる…
ご苦労ばかりで笑みなど
とうに忘れた筈の三重さまが…
三重が七つの時
可愛がっていた燕の親子が
父 虎眼に葬られた
十一の時
「たわけ」
座敷牢で自害した母に 父が吐いた言葉
ねんねした子のかわいさむぞさ
朝の目さましゃ 乳たんと
まるで天女じゃ
三重さまの温もりで
雪も溶けるような…
春じゃ じきに春じゃ
屈辱の日
ただ一人虎眼の命に背き
三重の誇りを守った者
あの方は傀儡どもとはちがう
血の通うたまことの殿御
寒い筈はない
乙女の胸の内に
伊良子清玄が燃えていた
伊良子清玄は意識を取り戻した
後方からのいくの叫び
前方に憤怒の虎眼
こ… こは何事!?
清玄の睾丸は赤子の如く縮み上がり
瞳孔は大きく見開かれた
ち 違う!
こは秘剣伝授などではあらぬ
な… な 何ゆえ!?
その脳裏によぎるものは
指で搦めて 目で堕とした情女たち
掛川藩士 角野安次郎の娘 八重
桜井彦九郎の妹 房野
小唄師匠の小鈴
呉服屋の内儀 よし
小料理屋の娘 喜美
通寺町の後家 まん
研屋町の囲われ者 いく
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く~ろかみのいろおとこ さらさら
"いく"とゆぶね つ~こたら
あ~かいまがくし さいた
「う あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ」
「う お お お お お お お お お お お」
止むことの無い清玄の慟哭は
天才剣士の終焉を示すものだろうか
これは産声…
新たなる怪物の産声…
「藤木… これでおぬしが虎眼流の跡目…」
誰じゃ!?
弟分の顔が別人に見えたのは
夜も明けきらぬ薄暗さのゆえ
権左衛門は自分にそう言い聞かせた
この日 生まれ出でた怪物は二匹
いや三………