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Last-modified: 2008-08-24 (日) 11:21:38

第五十六景 合戦

 

天正十一年 賎ヶ岳の合戦にて
無銘の刀を携えた雑兵が

 

若き一伝斎のこの武勲が 中空の兜を両断する
武技へと姿を変え "兜投げ"と呼ばれる
舟木道場の名物となった

 

この神技をなし得るのは 一伝斎の息子のみであったが
両名の他界により 兜投げをなし得た者は
一粒種 千加の婿に選ばれ 舟木一伝斎の跡を継ぐものと
まことしやかに囁かれていた

 
 

寛永四年

 

「何と申した…」
「へえ 来る五月五日の兜投げに頑之助も
 出陣仕らせていただきとうございまする」

 

「わっははは」

 

桑木十蔵
「下種め 素振りひとつ出来ぬ腕前で自惚れおって」

 

倉川喜左衛門
「あのいぼ面で千加さまに想いをかけているとは
 身の毛もよだつ」

 

斎田宗之助
「…………」

 

「お師匠さま どうか頑之助を"兜投げ"に……」
「良かろう」

 

無名の浪士と雖も兜投げの参加は拒まぬが
剣技優秀なる者との条件がある

 
 

お父上~~~ お父上~~~

 

かついでいるのは一伝斎の愛馬である
乙女が下等生物と認識する者を
婿選びの儀式に参加させる事に対する
可憐なる抗議である

 

「千加よ どのような境遇の者であろうと一生に一度だけは
 自己の運命を覆し得る場に立つことが出来る
 舟木流は合戦の武功で成り上がった家ゆえのう

 

 だが頑之助に兜を割ることは到底無理
 割るのはおそらく斎田じゃろう」

 

斎田……

 

斎田宗之助 舟木門下で実力随一と云われ
前年 投げられた兜を三寸五分まで切り下げた
実績を持つ美丈夫である

 

斎田なら……

 
 

「又八……」
「ひぃいぃ」
「どうしたのだ?
 千加の身体になにかやましいところがあるか?
 何も無かろう あれは夢  夢じゃ…」

 

千加の秘部が男子と化すことは
あの一件以来一度たりともなかった

 
 
 

寛永四年 五月五日

 

一番手 桑木  失敗
二番手 倉川  二寸のみ

 
 

そもそも兜は刀槍から身を守る武具ゆえ
この結果は理に適うもの

 

しかし一流を背負う者は 理不尽に勝利せねばならない

 

「やっ」

 

「だあっ」

 

ズン

 

「おおお」
「やったぞ」「さすがは斎田!」

 

斎田…

 
 

のそっ

 

白塗りの顔面と 不器用な裃

 

オェェ

 
 

こ こやつ いつの間に…

 

「兜投げ お願いつかまつるぅ」

 

で 出来おる…

 
 

無害と思っていた小動物が
毒を有していたことを知った際のおぞけが
舟木一族に伝わる 怪力の細胞を

 
 

「戦場に於いて敵の兜が 己の欲するように
 程よきところに飛び来ると思いおるか」

 

血泥にまみれ 身悶える頑之助の姿は…

 
 
 

菊の香りの高く匂う頃 千加と宗之助は結ばれた

 

その初夜