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Last-modified: 2008-08-03 (日) 16:15:11

第二十景 虎子

両断された丸子彦兵衛の口中には
自身の一物が押し込められていたが
湯屋に刀を持ち込んだ者など
誰一人として目撃していなかった

 

虎眼流門下生による
山狩りが二度行われたが
成果は猪二頭
下手人は人にあらざる
妖魔と囁かれ始めた

 
 

内弟子部屋
虎子の間

 

「広うなり申したな…」

 
 

文盲の藤木源之助に読み書きを
教えたのは興津三十郎であった
紙は貴重なので板に水で
文字を書いて学ぶ
毎日 欠かさずである

 

その右手が現在
二倍に膨れ上がっている
七人組の牢人者を殴った際に
歯が刺さり雑菌が入ったのだ

 

膿んだな…

 
 

翌日 掛川城下

 

総坪数 千三百九十坪
盲人の自治組織
当道座の最高位者
検校の住居である

 

当道者の長たる者に
これほどの身分を与えたのは
神君・徳川家康である

 
 

幕府の後ろ盾を得た豪勢な屋敷を
似つかわしくない安い袴が歩いている

 

三味線の修行を積む当道者たちは
嗅ぎ慣れぬ野性臭に眉をひそめた

 

「よう参られた」

 

検校には職事と呼ばれる
三名の秘書官がおり
その者たちは目明きである

 

「虎三頭の代金にござる」
「かたじけなし」
「興津どの 残りの三頭は如何なものか?」
「しばし待たれよ 残りの三頭の隙を
 見出すことは容易なことではござらぬ」
「虎の中の虎と」
「左様」

 

興津は源之助の怪我を漏らさなかった
その理由は興津自身にもわからない

 

ぷぃ~~ん
ヒュフ チーン

 

「御免つかまつる」

 

目の前にいた職事たちは
鍔鳴りの音を聞いたのみであったが

 

七間先で庭木の手入れをする中間の目には

 

その中間の鼻の横には葡萄ほどの黒子がある

 
 

「興津
 あの屋敷に伊良子はいるのか?」
「藤木…
 おぬしはあの虎子の間で
 一生を終えるつもりか?
 虎眼流に明日はあると思うか?」
「虎眼流の明日は三重さまにござる」
「三重さま? くっふふふ

 

 藤木…
 心という器はひとたび ひとたび
 ひびが入れば二度とは 二度とは

 

 この掴みはな藤木 おぬしから盗んだのだ
 伊良子仕置きの際 おぬしが気前良く
 見せてくれた奥の手 せっかく編み出した技を
 不器用な奴だ おぬしは 」

 
 

「藤木 おぬしはやはり 物が違う…」
「虎子の間…
 まこと広うなり申した 」