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Last-modified: 2011-02-24 (木) 00:45:42

最終景 真紅 しんく

隻腕の剣士は刀の重量を支えきれず宙空に投げ出し 盲目の剣士はやはりあらぬ間合で刀をふるった
壮絶なる秘剣の応酬は 「大納言秘記」にはそのように記録されている

 

眩しすぎた
あまりにも眩しすぎたゆえ 斬らねばならなかった
清玄と出会った誰もが その輝きに心を奪われ
そのような羨望が悪意となって 美剣士の双眸を斬り裂いたのではあるまいか

 

清玄を追って 菩薩もまた命を断った

 
 

「藤木源之助 よくぞ 清玄を仕留めた

 清玄は当道者の分際で神聖なる武芸の庭へ足を踏み入れたる無礼によって 近々御殿がお手討になさる御所存でござった
 獄門に処するゆえ ただちに清玄の首を切り落とせ!」
源之助は我が耳を疑った 伊良子清玄がそのような恥辱を受ける謂れは無い
“誇り”だ 伊良子清玄は源之助の“誇り”そのものだ
ドクン ドクン
「藤木源之助っ
 合戦の場で敵の首級(みしるし)を奪いたるは武士の習い 遠慮は要らぬぞ
 士(さむらい)ならば 士の本文を全うすべし!」
士…

 

三枝伊豆守がさらに何事か叫んでいたが 源之助の耳には聞こえなかった
ただ“士”という言葉だけが 体内で反芻していた

 

うむっ
頸骨と頭蓋骨の継ぎ目を狙えば 斬首はさほど困難ではないが
この時 源之助は赤子の如く 微かな力しか発揮できなかった
神経は蒼白となって震え 鋸引きの如く刀をこすりつけるしかなかった
自己の細胞が次々と死滅してゆくかのような嘔吐感 しかしこれは…

 

バキュ

 

「計らえ」
「藤木源之助
 このたびの天晴な働きに御殿より有難き御仰せを賜った
 格別の計らいをもって その方を駿府家中に召し抱えて遣わす
 この大恩をゆめ忘れることなく本日只今より御殿に命を奉るべし!」
うぶっ
平伏しつつ 源之助は嘔吐した

 

試合場を後にする源之助の姿は 入場した時とは別人である
全て奪われた
残ったものは 約束だけだ
乙女との

 
 
 

三重さま

 
 

シグルイ ~無明逆流れ編~ 完