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Last-modified: 2007-04-02 (月) 10:29:02

第三十一景 死閃

いくの目に見えたものは
ただ清玄が倒れる姿のみである

 

勝てり…
我 流れ星に勝てり!

 

手応えは十二分 あとは老虎が
どうと倒れる音を聞くばかりである

 

ちがう これはいくの伏せたる音

 

ちがう! これは石燈籠の…

 

な…何じゃ?

 

そこにおるのは一体何じゃ?

 

死に体であった筈の虎眼は
人でも獣でもない
正体不明の"何か"に変質していた

 

ひゅ ぅ ぅ ぅ ぅ

 

清玄の耳に聞こえるものは生あたたかい風の音
魔神と化した虎眼がさらなる変貌を遂げたのか

 

その場を這いずり去るべく
踏ん張った清玄だが
体が鉛のごとく重く動かない

 

この時
岩本家公用の間に何者かの足音
血の海など意に介さぬ歩み

 

三つ指をついての膝行は武家の子女の嗜み

 

「お父上 この佳き(よき)日を迎え 幸せにございまする」

 

三重か… 美しゅうなった喃

 
 

清玄の一閃により
虎眼はすでに顔半分を
失っていた

 

風の音と思われたものは
血泡の詰まった老虎の呼吸音

 

娘の眼前で
うどん玉の如く大脳がこぼれた

 

濃尾無双とうたわれた剣客の右顔面は
屋根の上で空しく空を睨んでいた