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Last-modified: 2007-03-29 (木) 19:33:45

第十景 簪

寛永元年 師走 晦日

 

逆川に面した貧民集落
年の瀬のにぎやかさは
ここにはない

 

「お袋…」
「い いらしゃんせ~」

 

清玄の母 蓉の声は
少女そのものである

 

「いつか死ぬほど食ってみたい
 と言っていたもちやの銀鐔」

 

「ヒグ…」

 

七年前より蓉は脳梅に侵されており
息子と客の区別もままならない

 

「もうじき三百石の屋敷が手に入る
 ぬかるみ長屋とはこれ切…」

 

只今より清玄の身分は士にござる

 
 
 

掛川城下 岩本虎眼屋敷

 

武家では元旦に家族全員で屠蘇酒を祝うため
妾いくも屋敷にて虎眼に奉仕していた

 
 

わたくしの大切な良人を二人も奪った憎い指
いいえ二人だけではない
伊良子さま… 伊良子さままでも!

 

「どうやら己は虎眼流の跡目
 三重の婿に選ばれたらしい
 となるといくは己の母御
 じゃれ合うのもこれ切…」

 

嫌! いくは伊良子さまにとってただの女
わたせない! 伊良子さまだけは…

 

「……」

 

はっ

 

「旦那さまお目覚めにございまするか」
「夢ん中でちくりと蚊にさされたわい」
「お寒うございましょう すぐに着替えを」
「寒うない」

 

「いく」
「はい」
「剣客たるもの刃紋を見れば
 その剣が幾人どのように斬ったか
 おおよその察しはつく
 ましてこれはわしの道具…
 儂の眠っておる間 手入れを
 している者の姿が よう見えるわ」

 

出来ておる喃 藤木は…

 

「いく これへ」
「よう見えるわ いくは儂の道具ゆえ喃」

 

「痛」
「ううう~~」

 
 

三尺七寸の太刀を神速にて操る剣客の腕は
無刀であろうと容易に人体を破壊しうる

 
 

やってくれた喃 伊良子!