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Last-modified: 2007-08-28 (火) 16:29:10

四十四景 牛鬼

「若… 若先生が敗れた…?」

 

くふっ くふっふうう
こみ上げる喜悦を悟られぬよう
清玄は手で面を覆った

 

宿敵の出血の音が停止したのだ
「やるせなきかな… 我が剣は呪われしか…
 御法といえど… 無双とうたわれた岩本虎眼さまのみならず
 若き虎藤木源之助どのまでも斬り果たすとは…
 やるせなきかな

 

 藤木どの… お主とは共に剣を磨き
 己が魂を高め 語り合いたかったぞ…」
(良き血の臭いじゃ)

 

ズン

 

「ううっ ううう 牛…」
「ムム権左!!」
「す 助太刀!?」

 
敵討心得 助太刀之法
一、敵討において 妄りに助太刀するを認めず
一、討手・仇人、幼児・女人に限り助太刀これを許すべし
一、討手・仇人、手負い等により敵討能わざるとき
  親類縁者これに代わるを許す
 

「権左は虎眼の子にも等しき間柄であり 源之助の兄も同然の者
 助太刀の資格は十二分!」
「親父どの しかし源之助どのはもう…」
「あの手を見よ…
 あの太刀を離さぬうちは 源之助は死んでおらぬ!」

 

やおら賎機検校が席を離れ 右手を天にかざした
すると

一、助太刀用うるとき 他方もこれを許す
一、助太刀人数 討手仇人共に制限を定めず

ゆえに仇討は二十人対三十人など 合戦の様相を呈することも稀ではなく
その結果一族が根絶やしになる悲劇も記録されている

 

仇人側の助太刀は十一名が届けられていたが
清玄の縁者などは皆無であるか これは検校が金で雇った手練である

 

この者らの前身は公儀によって取り潰された大名の馬廻役・槍組
その任務は藩主の警護にあるのだから技量の確かなことは語るまでもない

 

対する岩本家の布陣は 老いた中間の茂助と目録の大坪
・・
あの藤木源之助が敗れるなど誰が想像し得よう
牛股が十一本の槍によって串刺しとなった後には
三重が命を散らすのだ
「抜けっ 抜かぬか!」

 

その男の両の手には 武具として利用できぬ重量の木剣
焦点は定かならず

 
 

「ウ」「ウヌ」
「ヒィ」「ギャ」
「な…」

 

この物ちから強くして執念ふかく
勢い大磐石を覆すがごとし
往来の人を採食し牛馬六畜を爪裂く
牛鬼といふもの 名よりも見るはおそろし