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Last-modified: 2010-01-26 (火) 01:43:00

第六十一景 俄雨 にわかあめ

調印のため駿府へ武芸者の足は速い
これまでの人生で女人と連れ立った経験のない源之助の歩みは
乙女にとって過酷であった

 
 

「よろしいか」
「もちろん 拙者も雨宿りの身」

 

街道筋の閻魔堂で出会った剣士と修行僧とおぼしき男は互いに名乗ることなく
一方の肉体は欠如しており一方の肉体は過剰に膨らんでいた

 

「どちらへ?」
「駿府に」

 

「大分 疲れておいでのご様子
 おみ足に この膏薬を」
「おかまいなく」

 

体軀は六尺を悠に越えようか
雨の止みきぬうちに男は発った

 
 

「上覧試合か」

 
 

駿府城下

 

駿河藩城代家老
三枝伊豆守高昌屋敷

 

「御殿 忠長様は伊良子清玄の剣技に痛く感心しておられるゆえ
 近く武芸上覧の運びとなり清玄にふさわしき対手を募っておっての
 藤木源之助とやら その方は清玄と只ならぬ因縁があるそうな」
「決着をつけまする」
「見上げた武士道もあったものよ喃
 完敗を喫しておきながら腹も切らず のうのうと再戦を申し出るとは」

 

「お 畏れながら
 藤木源之助は ご家中の馬淵さまより伊良子清玄と再戦する旨
 然と申し付けられましたゆえに…」
「知らぬ!」

 

「藤木!」

 

「清玄と立ち会いたくば業前を見せよ
 隻腕となりても戦えるという証を立てい!」

 

同屋敷別室