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Last-modified: 2007-03-30 (金) 16:19:42

第十九景 当道者

みいいん
みいん みいん
みいいい・・ん

 
 

「今 何と申した?」
「この度の下手人 伊良子清玄かと」
「3年前の仕置きの際 清玄に
 竹光を握らせたるは宗像進八郎
 その宗像の首がくわえしは竹光」
「同じく仕置きの際 清玄に
 焼き鏝を押し当てたるは山崎九郎右衛門
 その山崎の頬は焼けただれでござった」
「さらに涼の首が置かれたる場所は
 清玄が当流に入門した日
 我らが追い詰めた…」

 

「清玄は盲目(めしい)ぞ」
「宗像と山崎は 暗闇の中の立合い!」
「涼之介の腕は未熟!」

 

「左様なことはそれがしも存じておる
 よいか 盲目の剣というものはな……

 

戦国時代の剣豪
富田勢源は中条流の名手であるが
その肖像画には瞳が描かれていない

 

勢源は一尺七寸の小太刀をもって
三尺余に及ぶ大太刀を制す術理を工夫し

 

その稽古台となって勢源に師事した佐々木小次郎は
自然に大太刀の術理を会得したものと思われる

 
 

文禄四年七月二十三日
美濃国稲葉山城下 武藤淡路守邸

 

この日富田勢源は主命により立ち合いを命じられている
この頃 勢源は眼病を患い 肖像画の示す通り
その目は白濁し失明状態にあった

 

弟・富田影政 佐々木小次郎 門人数十名
師の敗れた際はただちに敵を仕果たす覚悟である

 

対するは梅津と名乗る神道流の遣い手
手にした獲物は三尺五寸の堅木の八角棒

 

勢源の握りたるは一尺二寸の薪雑棒
その握り手には鞣し革が巻かれている

 

「梅津ど…」

 

ボコッ ボコッ バコッ

 

バキッ
バゴォ

 

「ぬ…」

 

ボゴッ バキッ

 

グシャ  ぶしゅっ

 
 

 滅多打ちであったそうな」

 

「見えぬゆえそうせねばならなかった
 盲目の剣とはそうしたもの…」

 
 

虎眼流剣士たちはいずれも一太刀にて葬られている

 
 

下手人は伊良子ゆかりの者か
いずれにせよ 伊良子はいる
この掛川のどこかに!

 

「蔦の市おるか」
「どなたさまで?」
「虎眼流の者じゃ」
「へい ただいま」

 

「これは これは 岩本さまの
 お呼びでございましょうか」
「ちがう」
「あ… あの ご用のおもむきは?」
「新顔の座頭の話は聞かぬか?」
「新顔? と申されましても
 私どもはごらんの通り
 目が見えませぬゆえ」
「おぬしらには横のつながりがあろう」
「当道座のことにございますか」

 

当道座とはほぼ全ての盲人が加入する盲人の自治組織であり
座頭という呼び名は当道座の階位のひとつである

 

「知らぬか? 新顔の当道者」
「当道者について知りたければ検校さまにたずねられては
 検校さまなら何だってご存じにございまするよ」

 

け… 検校…

 

検校とは
四官十六階七十三刻からなる
当道座の階級の最高位であり
旗本並みの家蔵を構え
家臣十三人緩々と暮らし
貸金の利を楽しむ身分の者である

 

武芸師範の内弟子の身分では
検校に謁見することなど
到底不可能である

 

「蔦の市 お前はそれをわかっていながら」

 

っ…
ずぶっ

 

へ?

 

ずぶぶぶぶぶ

 

聞いたことがない異様な音が蔦の市を襲った

 

ばうっ

 

ぎしぃ ギィィィィィ

 

ぃぃぃぃぃぃぃ

 

興津三十郎がぶら下がった天井は
やはり蔦の市が聞いたこともない
悲鳴を上げて迫った

 

ず ぶ ぶ ぶ ぶ   ボズッ

 

あまりの恐怖に
ついに蔦の市は失禁してしまった

 
 

「用心せいよ」
「互いにな」

 

湯屋の前で丸子彦兵衛と  興津三十郎は別れた

 

「お腰のものを」

 

大小を預け悠々と着物を脱ぎ捨てる
刺客に狙われる身の上とは思えぬ
大胆さであるが

 

牛股に次ぐ怪力を誇る彦兵衛の肉体は
全身 余すところなく 凶器

 

裸の者ばかりの湯屋は市中より安全といえた

 

パァン パァン

 

ざぁっ

 
 

一閃であった

 
 
 

掛川城下 賤機検校 仕置屋敷

 

ベンベンベンベン