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Last-modified: 2007-08-23 (木) 11:28:03

四十三景 腕 かいな

「ふぉ」「おお」「お…」
フ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ

 

ドサァ
「三重さま!」
交錯の後 一方が倒れた
決着の光景である
「若先生の勝ちを見て 安堵なされたか…」

 

「斬ったのか 源之助が…」
「や あまりの速さゆえ 何とも…」
丘の上で蝦蟇が首を振った

 
 

この時 伊良子清玄の全細胞が悲鳴を上げていた
命ごと浴びせるような秘剣を二度までも用いたが故に

 

はあ はあ はあ

 

体力の限界は源之助も同じ
逆流れの恐るべき威力を
受け止めた左腕は感覚を全く失い
小刀の保持すら困難であった

 

それを悟られぬよう左手を太刀に添えた時

 
 

「な… 何としたことじゃ これはァ」

 

どくん どくん
 ドクン ドクン ドクン ドクン

 

無明逆流れは受けた刀ごと左腕を切断していた
清玄は鼻孔を大きく広げ 宿敵の鮮血の臭いを吸い込んだ

 

「藤木……」
「伊良子ォ」

 
 

抜群の精度を誇る虎眼流の太刀が目標のはるか頭上をすり抜けた

 

“首刎ねられた唐丸が なお羽搏かんとするが如き様”
   ――掛川事件史

 

「立て 立て源之助ェ」

 

左手を失ったことで重心が変化し かつての平衡感覚では
激しい身体操作ほど転倒を引き起こすのだ

 

うおっ
は… 離せ…  離せ…

 
 

士は貝殻のごときもの
士の家に生まれたる者のなすべきは
お家を守る これに尽き申す