第三景 一虎双竜
背骨からつま先にかけて煮えた鉛を流し込まれたような
激痛に襲われ藤木源之助は全く動くことができなかった
伊良子清玄が押さえているのは源之助の右掌(みぎて)の
わずか2ヶ所に過ぎない
江戸牛込榎町の由比民部之助(ゆいみんぶのすけ)の道場に
伊良子と名乗る骨子術を使う剣士がいたとされているが
それがこの清玄であるという確証は無い
骨子術とは人体の経路を利用したものであるらしい
指溺(ゆびから)み!
「それまで 」
「く… 」
「師範代! 」
「こ…これからにござる 」
「さようにござるか 」
「それまでと申した 」
「藤木… 」
「これからにござる 」
これからに…
「そうよのお 」
源之助は兄弟子のこの笑顔に絶大の信頼を寄せていた
「師範代っ 」
「て 手当てを! 」
「かまうな 」
「師範! 」
長身と強い膂力がなければ上下することさえ難しいその木剣は
体長三メートルに達する海魚にちなんで"かじき"と名付けられている
「素振り用の木剣とお見受けいたすが 」
「無作法お許しあれ 」
「太刀筋はお見破り申した
このあたりでやめにいたすも
武士(もののふ)のいさぎよさかと 」
「山内 大坪 出口をふさげ 」
「牛股師範の肩ならしが済んだ 」
「いかに牛股どの 」
「未だ極め尽くさぬ身の上なれど
虎眼流 お見せつかまつる 」
消えた 彼奴の笑み
「殺めるは易し 伊達にするは難し 」
「ようやく まことの剣にめぐり会い申した
無頼の月日 今は悔ゆるのみ
今日(こんにち)ただいまより
師弟の礼をとらせて頂きたく… 」
「道場は芝居をするところではござらぬ 」
「て てめえら 」
刀! 己の刀!
「どけ! 己の刀だ 」
「他流試合は稽古磨きのための試み
命のやりとりではござらぬ 」
ひ…
「おおっ 」
あんなところまで
この時清玄が見せた跳躍は
鍛錬によって到達し得る領域を
明らかに凌ぐものである
「彼奴め天稟がありおる 」
「否 彼奴はすくたれ者にござる 」
「真槍(やり)をもて! 」
※ 天稟…生まれつきの才能
※ すくたれもの…臆病者