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Last-modified: 2007-04-07 (土) 20:32:57

第三景 一虎双竜

背骨からつま先にかけて煮えた鉛を流し込まれたような
激痛に襲われ藤木源之助は全く動くことができなかった
伊良子清玄が押さえているのは源之助の右掌(みぎて)の
わずか2ヶ所に過ぎない

 

江戸牛込榎町の由比民部之助(ゆいみんぶのすけ)の道場に
伊良子と名乗る骨子術を使う剣士がいたとされているが
それがこの清玄であるという確証は無い

 

骨子術とは人体の経路を利用したものであるらしい

 

指溺(ゆびから)み!

 
 

「それまで 」

 

「く… 」
「師範代! 」
「こ…これからにござる 」
「さようにござるか 」
「それまでと申した 」
「藤木… 」
「これからにござる 」

 

これからに…

 

「そうよのお 」
源之助は兄弟子のこの笑顔に絶大の信頼を寄せていた

 

「師範代っ 」
「て 手当てを! 」
「かまうな 」

 

「師範! 」

 

長身と強い膂力がなければ上下することさえ難しいその木剣は
体長三メートルに達する海魚にちなんで"かじき"と名付けられている
「素振り用の木剣とお見受けいたすが 」
「無作法お許しあれ 」

 
 

「太刀筋はお見破り申した
 このあたりでやめにいたすも
 武士(もののふ)のいさぎよさかと 」
「山内 大坪 出口をふさげ 」

 

「牛股師範の肩ならしが済んだ 」

 

「いかに牛股どの 」
「未だ極め尽くさぬ身の上なれど
 虎眼流 お見せつかまつる 」

 

消えた 彼奴の笑み

 

「殺めるは易し 伊達にするは難し 」

 

「ようやく まことの剣にめぐり会い申した
 無頼の月日 今は悔ゆるのみ
 今日(こんにち)ただいまより
 師弟の礼をとらせて頂きたく… 」
「道場は芝居をするところではござらぬ 」
「て てめえら 」
刀! 己の刀!
「どけ! 己の刀だ 」
「他流試合は稽古磨きのための試み
 命のやりとりではござらぬ 」

 

ひ…

 

「おおっ 」
あんなところまで

 

この時清玄が見せた跳躍は
鍛錬によって到達し得る領域を
明らかに凌ぐものである

 

「彼奴め天稟がありおる 」
「否 彼奴はすくたれ者にござる 」
「真槍(やり)をもて! 」

 

※ 天稟…生まれつきの才能
※ すくたれもの…臆病者