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Last-modified: 2007-03-31 (土) 12:59:41

第二十二景 二輪

四名の虎眼流剣士の首を縦に割ったのは
同門の興津三十郎であり

 

その興津を制裁したのは
やはり同門の藤木源之助

 

恐るべしは
同門といえども命を賭して剣技を競う虎眼流

 

市井の風評はそのような形に落ち着いた

 

しかし

 
 

「とぼけまいぞ うぬらも興津と同じく 金で
 虎眼流を売ったのであろう 白状せえ! 」
「誓うて左様なことは…… 」

 

四十九日ぶりに覚醒した老剣鬼は
興津の裏切りを聞くや
憤怒の形相に変じ

 

「儂の目は節穴ではない うぬらも検校の飼い犬ならん! 」

 

それ以上の事情説明は不可能となっている

 

「口では何とでも申し開きできよう
 武士(もののふ)ならば… 二輪にて身の証を立てい!」

 

「ふ… 二輪と?」

 

「明朝じゃ」

 
 

二輪を命じられた源之助は
中間の茂助に葛湯を丼鉢で
申し付けた

 

丼鉢で申し付けられる葛湯は岩本家特製の
下剤を混入させるのが習わしであり

 

源之助はそれを一息で飲み干すと
しばし瞑目ののちに 厠に入り

 
 

この手順を三度重ねると
源之助の腹腔に内容物は
何も残っていない

 

これは切腹の際
臓物の臭気を消すための礼法である

 
 

翌朝

 

虎眼流の竜虎と呼ばれた両名が
手にしているのは木剣ではない

 

権左衛門のやや痩けた頬は
源之助と同様の清めを
行ったからに他ならない

 

虎眼が真剣を握っているのは
弟子に対する猜疑心の表れか

 

「虎眼流 二輪 つかまつれ! 」

 

「一本目ッ 晦まし」
「応!」

 

二輪とは虎眼流秘太刀の型であり

 

「二本目ッ」

 

型とは
定められた攻防の手順を呼吸を合わせて行うことで
剣の術理を体に覚えこませるものであるが
精妙な太刀筋を恐るべき速度で行った場合
その致死率は真剣勝負以上の

 

「一息たりとも留もうてはならぬ
 刃と刃の二輪となれい! 」

 

疲労により 互いの呼吸が乱れ
そのような中で 最後の型は
互いを目視できぬ体勢から
緊急停止不可能の

 

一命を賭して
師の命じた二輪を舞った忠弟

 

互いの目にあふれた涙は
心をつないだ同門の士を
斬らずに舞い終えた感動か

 
 

同夕刻

 

岩本家の玄関に
手紙を携えた中間が訪れた
その男の鼻の横には
ぶどうほどの…