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Last-modified: 2010-05-26 (水) 01:00:44

第七十四景 一 いちのじ

ゴロロ…
おおおお
「これなるは ご主君より当家に下賜された暑気払いの品 阿蘭陀(オランダ)渡りの珍菓にござる
 虎眼先生いわく 遠慮無用とのこと!」
バッ
当時 高級品であった西瓜
皮を残すという発想は 虎子たちにはない

 
 

ピチャ ピチャ ビチュ ビチュ ビチュ ボリュ ボリュ
病の虎が本能で薬草を貪るように 無意識の源之助が狒狒の天印を喰らう

 
 
 

町地で成果を得られぬ“物乞い”の小さな足は 武家屋敷の居並ぶ城下へと向かった
馬が疾走する事もある武家地は 身分無き者にとって危険極まりない場所であったが
栄養失調のため朦朧とした意識は 白く美しい駿府城に吸い寄せられていた

 
 

「何ともったいない」
「あのような者に伊良子さまが直にお手を…」

 

「武家の屋敷」
「下賤の者には天上界の景色に映ろうて」

 

「“草餅”なる菓子じゃ のどに詰まらせるでないぞ」
ぱくっ パッ パッ はぐっ ぐちゃ ぐちゃ

ぐちゃ ぐちゃ

ぐちゃ ぐちゃ ぐちゃ
「何とまあ卑しい…」
「牛馬でもあるまいに」
ケラケラケラ

 

伊良子さま…

 
 

「当道座の屋敷に連れていくが良い 摂者の名を出せば面倒を見てくれよう
 それから 津島町の橋の下にある小屋より死臭が漂っておった 恐らくはこの者の親であろう
 不憫ゆえ 誰ぞに金子を与えて葬ってやるがよかろう」
「仰せの通りに」

 

「暮れたな…」

 
 

ズ ズ  ズ ズ ズ
「伊良子清玄は
 生まれついての士(さむらい)にござる」
己の野心の目指す“士”なる身分は しかし 心の奥底で最も憎悪する存在であるという矛盾に 清玄は気づいているだろうか

 

“当道者である事を愚弄されたゆえ無礼討ちに処した”
駿河藩より遣わされた伊賀者二名を斬った清玄に“咎め”が無かったのは
天下人の剣 一(いちのじ)の加護か