第四景 涎小豆
虎眼流に流れ星なる秘剣あり
掛川城主松平隠岐守定勝(まつだいらおきのかみさだかつ)をして
「神妙 古今に比類なし」と言わしめたり
虎眼の右手は常よりも一指多く
その時虎眼が様(ため)した科人(とがにん)六名の中二名の首は
切断された後もなお胴の上に乗ったままであったという
――剣術流祖録
「代わりましょうか 」
「おかまいなく 指の鍛錬になりまするゆえ 」
三重は掛川武芸師範 岩本虎眼の一人娘
三百石の士(さむらい)の子女
虎眼流の内弟子となる前の藤木源之助の身分は百姓の三男である
牛股権左衛門に敗れ 座敷牢に放り込まれた伊良子清玄であるが
ここへ連行される際に目撃した屋敷の広さ 小間者の数などを思い返すと
ほくそ笑まずにはいられない
さすがは掛川藩名うての武芸師範の屋敷 三百石はある
遠まきに己を見ていたあの娘 あれが虎眼の一人娘か…
武士の役職は世襲制である 三重の婿となれば虎眼の跡目となり
三百石の掛川藩士 槍持 草履取 挟箱持を引き連れた上
騎馬で登城する身分となるのだ
婿入りも悪くない…
「おお これは牛股どの 」
「伊良子清玄 先生がお会いになられる 」
「これはかたじけない それがしの入門願い聞き届けてくだされたか 」
「それは先生がお決めになる ついてまいれ 」
「三重様おあらためを 」
豆(ささげ)の甘露煮であるが
掛川の名産である葛あんのとろみに加え
当時貴重であった水あめをからめてある
「このねばりならよいでしょう 」
「う 牛股どの このように縛られていては 先生に礼を尽くすことはでき申さぬ 」
「頭を下げてはならぬ お主はただまっすぐに先生を見据えるのだ 」
こ こいつら 何の呪いだ…
「おでましになられる 」
岩本虎眼が心の平衡を失ったのはいつの頃からであろう
神妙である筈の指の動きを 制御できぬと自覚した時ではなかったか
よろ・・ よろ・・
「う 牛股どの 」
権左の骨子術が清玄の所作を封じた。
ぴ た
な…
「い いくぅ 」
「いくさまではござりませぬ それなるは当流の門を叩きし者 」
ぴたっ
「お美事 」
「お美事にございまする 」
この様切(ためし)こそ 虎眼流の入門儀式
涎小豆である
じょぼぼぼぼぼぼ