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Last-modified: 2007-03-29 (木) 14:50:22

第四景 涎小豆

虎眼流に流れ星なる秘剣あり
掛川城主松平隠岐守定勝(まつだいらおきのかみさだかつ)をして
「神妙 古今に比類なし」と言わしめたり

 

虎眼の右手は常よりも一指多く
その時虎眼が様(ため)した科人(とがにん)六名の中二名の首は
切断された後もなお胴の上に乗ったままであったという 
――剣術流祖録

 

「代わりましょうか 」
「おかまいなく 指の鍛錬になりまするゆえ 」

 

三重は掛川武芸師範 岩本虎眼の一人娘
三百石の士(さむらい)の子女

 

虎眼流の内弟子となる前の藤木源之助の身分は百姓の三男である

 
 

牛股権左衛門に敗れ 座敷牢に放り込まれた伊良子清玄であるが
ここへ連行される際に目撃した屋敷の広さ 小間者の数などを思い返すと
ほくそ笑まずにはいられない
さすがは掛川藩名うての武芸師範の屋敷 三百石はある

 

遠まきに己を見ていたあの娘 あれが虎眼の一人娘か…

 

武士の役職は世襲制である 三重の婿となれば虎眼の跡目となり
三百石の掛川藩士 槍持 草履取 挟箱持を引き連れた上
騎馬で登城する身分となるのだ

 

婿入りも悪くない…

 

「おお これは牛股どの 」
「伊良子清玄 先生がお会いになられる 」
「これはかたじけない それがしの入門願い聞き届けてくだされたか 」
「それは先生がお決めになる ついてまいれ 」

 
 

「三重様おあらためを 」

 

豆(ささげ)の甘露煮であるが
掛川の名産である葛あんのとろみに加え
当時貴重であった水あめをからめてある

 

「このねばりならよいでしょう 」

 
 

「う 牛股どの このように縛られていては 先生に礼を尽くすことはでき申さぬ 」
「頭を下げてはならぬ お主はただまっすぐに先生を見据えるのだ 」

 

こ こいつら 何の呪いだ…

 

「おでましになられる 」

 
 

岩本虎眼が心の平衡を失ったのはいつの頃からであろう
神妙である筈の指の動きを 制御できぬと自覚した時ではなかったか

 

よろ・・ よろ・・

 

「う 牛股どの 」

 

権左の骨子術が清玄の所作を封じた。

 

ぴ た 

 

な…

 

「い いくぅ 」
「いくさまではござりませぬ それなるは当流の門を叩きし者 」

 

ぴたっ

 
 

「お美事 」
「お美事にございまする 」

 

この様切(ためし)こそ 虎眼流の入門儀式
涎小豆である

 
 

じょぼぼぼぼぼぼ