//コピペするのはここから
|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.395|
|&attachref(./395.png,nolink,アジア艦隊、旗艦、Houston。weigh anchor.出撃します。);|>|Houston&br;(ヒューストン)|>|Northampton級 &br;5番艦 重巡洋艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
//下記にもある通り、左側の初期値は改造直後の値とは異なります。
|~|~耐久|43|~火力|37 / 52|
|~|~装甲|33 / 47|~雷装|16 / 40|
|~|~回避|36 / 60|~対空|20 / 60|
|~|~搭載|6|~対潜|0|
|~|~速力|高速|~索敵|15 / 50|
|~|~射程|中|~運|12 / 55|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|40|~弾薬|60|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|1|>|>|[[8inch三連装砲 Mk.9]]|
|~|1|>|>|未装備|
|~|4|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''Houston'' → [[Houston改]](Lv50)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:アジア艦隊に配備されたNorthampton級重巡、Houstonよ。&br;Perth、De Ruyter…彼女達と共にABDA艦隊として戦ったの。&br;私の記憶はバタビア沖が最後だけど……その魂と名は、新型軽巡に継承されたわ。|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

#fold(CV:名塚佳織、イラストレーター:ZECO (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:名塚佳織、イラストレーター:ZECO
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>Houston/定型ボイス]])
#table_edit(Houston/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>Houston/時報ボイス]])
#table_edit(Houston/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>Houston/季節ボイス]])
#table_edit(Houston/季節ボイス)
~
}}

*ゲームにおいて [#game]
-2019年11月30日、イベント『[[進撃!第二次作戦「南方作戦」]]』で実装。
-アメリカ艦としては初の重巡艦娘。
--重巡級の新規実装は2016年5月3日の[[Pola]]以来でおよそ3年半ぶりとなる。
-2023年1月20日実装の[[7-5>南西海域#area5]]にて通常海域でのドロップが設置された。

**キャラクター設定について [#character]
-落ち着きのあるおっとりとした大人の女性、といった感じ。
--改になり追加される時報では、三食作ってくれる上に食後のコーヒー、夕食後はバーボンまで用意してくれる。
-胸には[[連装砲ちゃん>島風]]よろしく謎のマスコットがいる。
おそらく形状から測距儀と思われる。&color(gray){英語で言えばレンジファインダー【rangefinder】くんか。};

-[[ZECO氏による衣装補足設定稿>https://twitter.com/C2_STAFF/status/1205353467990040576]]

**[[限定グラフィック>艦娘カード一覧(期間限定グラフィック)]] [#graphic]
-2020年7月31日のオンメンテで、無印と改に期間限定グラフィック「水着mode」が実装された。
--頭にかぶっているのは制帽風のサンバイザーで、サンバイザーと水着には「ABDA FLOAT」と書かれている。
--無印と改の差は通常版と同じく艤装の色が違う他、水着の色が無印が水色で、改は紫。
---また、測距儀的なマスコットキャラクターが無印だと胸の谷間にいるが、改だと艤装の方に移動している。
-
#fold(限定グラフィック:水着mode){{
限定グラフィック:水着mode
&attachref(./395_Summer.jpg,nolink,提督。この水着は、少し問題がありましたか? ……そうでもない? よかった、私も気に入っています。);
}}

-2021年1月1日のオンメンテで、期間限定グラフィック「晴着mode」が実装された。
--水着でも装備していた艤装は、背中の煙突部のみと軽量化されている。
--中破すると、手に持っていた破魔矢に凶のおみくじが刺さる。
-
#fold(限定グラフィック:晴着mode){{
限定グラフィック:晴着mode
&attachref(./395_Nenshi_2021.jpg,nolink,I wish a happy new year.提督、今年もこのHouston、よろしくご指導ください。);
}}

-2021年12月24日オンメンテにて[[艦娘【Xmas】mode>https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/1474032418348998661]]が実装された。
--中破時の苦笑いがカワイイ。
-
#fold(限定グラフィック:【Xmas】mode){{
限定グラフィック:【Xmas】mode
&attachref(./395_Xmas.png,nolink,提督、こちらのクリスマス仕様のパンケーキ、私が焼いてみたんです。如何ですか? 良かった。);
}}

-2024年4月23日のアップデートで姉共々【カクテルドレス】modeが実装された。
--セクシーだが姉と比べて落ち着きも感じる装い。
-
#fold(限定グラフィック:カクテルドレスmode){{
限定グラフィック:カクテルドレスmode
&attachref(./395_Hanataba.png,nolink,Congratulation!提督、我が艦隊は十周年。本当におめでとうございます。);
}}

-2025年2月13日のアップデートにおいて、【Valentine】 modeが[[改>Houston改]]共々実装された。
-
#fold(限定グラフィック:Valentine mode){{
限定グラフィック:Valentine mode
&attachref(./395_Valentine.png,nolink,);
}}

*小ネタ [#neta]

#fold(略歴){{
略歴

|CENTER:45|CENTER:45|700|c
|~1928|5.1|ハンティントン・インガルス・インダストリーズ所有のニューポート・ニューズ造船所にて起工|
|~1929|9.7|進水|
|~1930|6.17|軽巡洋艦(CL-30)として就役|
|~1931|2.22|マニラ着。アジア艦隊の旗艦に任命|
|~|7.1|重巡洋艦(CA-30)に艦種が変更される|
|~1932|2.3|第一次上海事変に伴い上海へ|
|~1933|6.2|親善のため訪日、横浜港着。このあと神戸も訪問|
|~|11.17|オーガスタ(CA-31)と交代し、アメリカに戻る事に|
|~|11.20|帰国途中で横浜に立ち寄る|
|~|11.23|横浜出港、以後はアメリカ本土で偵察艦隊やハワイ分遣艦隊に所属|
|~1940|11.19|アジア艦隊旗艦に任命。フィリピン方面で活動|
|~1941|12.7|真珠湾攻撃に伴いオーストラリアのダーウィンへ|
|~|12.28 |スラバヤABDA艦隊に合流|
|~1942|2.4|日本軍基地航空隊の攻撃を受け三番砲塔が損傷。マーブルヘッド(CL-12)の損傷と共に攻撃を中止|
|~|2.5|チラチャップに帰港|
|~|2.27&br;|&br;2.28|スラバヤ沖海戦に参加するも艦隊の壊滅により後退|
|~|3.1|スンダ海峡封鎖後、砲雷撃戦(バタビア沖海戦)となり敷波の魚雷がとどめ。機銃射撃により横転、沈没|
}}

-アメリカ海軍の[[ノーザンプトン>Northampton]]級重巡洋艦の5番艦。艦名はテキサス州最大の都市であるヒューストンに由来し、その名を持つ艦としては2隻目となる。
--名前の語尾の韻は似ているが、[[Johnston]]とは縁もゆかりも無い。&color(Silver){とはいえヒューストン自体が人名に由来する都市名なので、間に地名をワンクッション挟んでいるかどうかの違いではある};
~


-ヒューストンの艦長の中には艦これとも関係する有名人もいる。スリガオ海峡で西村艦隊を撃破した第77.2任務群指揮官ジェシー・オルデンドルフ少将である。大佐だったころの1939年10月から1941年8月まで艦長としてヒューストンの指揮を執った。ちなみにオルデンドルフ少将がスリガオ海峡夜戦時に座乗していた旗艦・重巡ルイビルはヒューストンの姉・ノーザンプトン級3番艦である。
~
-ちなみにノーザンプトン級の平均的な乗員数は610名前後だが、当艦に限りその倍の1100名強が乗船できるようになっている。
ヒューストンの名はアメリカ海軍のロサンゼルス級原子力潜水艦の26番に引き継がれて2016年に除籍されている

**戦歴 [#i99c84ec]
-ヒューストンはノーザンプトン級の5番艦として1928年5月1日にバージニア州ニューポート・ニューズのニューポート・ニューズ造船所で起工。
1929年9月7日に進水し、1930年6月17日に CL-30として艦長J・B・ゲイ大佐の指揮下就役。翌年7月に前述の通り新しい艦級&color(Black){CA};(重巡洋艦)に類別変更された。
--ちなみに番号(ハルナンバー)は5番艦なのだが、起工順では3番目、就役順では2番目である。姉なんだか妹なんだか。
-上海事変後から第二次世界大戦まで特別巡航を行う機会が多く、1933年に就任したフランクリン・D・ルーズベルト大統領を乗せる機会が多かった名誉艦でもある。
どうやらルーズベルト大統領のお気に入りだったようだ。
--1933年6月から7月にかけて、日本に滞在している。横浜港や神戸港に停泊して、交流を深めた。11月にも横浜に寄り道している。この頃に在籍していた日本艦娘とは顔見知りの筈である。
--1934年にアナポリス出発、カリブ海、ポートランド、ハワイまでの12,000海里を航海したり、1935年には大統領の休暇のためにコスタリカまで足を伸ばしたり、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ落成記念式典に参加したり、観閲式に参加する大統領のためにサンフランシスコまで走らせたりと足のように使われていた。

#br
-図鑑説明にあるようにアジア艦隊の旗艦を務め、太平洋戦争開戦時にアジア方面に展開していた唯一のアメリカ重巡だった。
--上述の特別巡航を行っていた時期は妹のオーガスタに旗艦の座を譲っている。
--ワシントン海軍軍縮条約によってフィリピンの要塞化が長らく禁止されていた関係でアメリカはアジア方面に大規模な港湾施設を持っておらず、フィリピンに拠点を置くアジア艦隊は他の合衆国艦隊に比べ小規模なものとなった。
---アジア艦隊の開戦時の主な陣容は重巡ヒューストン、軽巡ボイシ((1942年1月21日に座礁し、修理のため本国へ後退していたため南方方面の戦闘に参加せず、難を逃れた。))、マーブルヘッド、旧式のクレムソン級駆逐艦13隻((ポール・ジョーンズ、ジョン・D・エドワーズ、アルデン、ホイップル、エドサル、スチュワート、バーカー、パロット、バルマー、ジョン・D・フォード、ポープ、ピアリー、ピルスバリー))、水上機母艦ラングレーなどであった。
---対日戦では太平洋艦隊や英東洋艦隊と連携する手はずだったが、真珠湾攻撃とマレー沖海戦でそれぞれの主力艦は壊滅。
アジア艦隊はABDA艦隊に合流し、南進する日本艦隊と対峙することになる。

#fold(太平洋戦争にて){{
太平洋戦争にて

-アジア艦隊司令官ハート提督が戦闘準備を宣言した41年に行われた真珠湾攻撃により、当艦はフィリピンのシナイ島からオーストラリアはダーウィンに向けて移動。
偵察任務の後スラバヤに移動し、[[ABDA艦隊>雑学#ABDAkantai]](米英蘭豪艦隊)に合流した。
--太平洋戦争初期においては日本軍の東南アジアへの拡大を許した事に対し米英蘭豪司令部が立ち上げられ対日本軍作戦が取られたものの、蘭印作戦の阻止に失敗するなど兵力不足や統率が取れていないことによる問題が多く、旗艦としての活動が果たせていたとは言い難い状況であった。
-2月4日、オランダ海軍の指揮の下日本軍の上陸船団に対する攻撃のために出撃(ジャワ沖海戦)。基地航空隊の攻撃を受け三番砲塔が稼働不能となる。
--この攻撃の際アメリカの軽巡洋艦、マーブルヘッドが艦首、艦尾の両方を損傷。沈没こそ免れたものの戦力を失い共々後退することとなる((マーブルヘッドはその後応急修理の後にインド洋と喜望峰を経由してニューヨークに帰投、42年10月までブルックリン海軍工廠で修理を行っている。))。
-2月5日、チラチャップに到着。ダーウィンを経由し2月15日より輸送船護衛任務に付きティモールに移動。日本軍の飛空艇より攻撃を受けるも被害なく到着。
-2月6日、日本軍による攻撃を受け護衛していたメイガス、マウナロアの2艦が損傷。
-2月15日、シンガポールが陥落。更に19日にはダーウィンが空襲によって破壊され、ABDA艦隊は損傷艦の修理や補給も難しくなった。
--ヒューストンも先の戦いで損傷した三番砲塔の修理ができず、主砲6門での戦いを余儀なくされる。
-2月26日、ジャワ島占領のために高木武雄少将の第五艦隊が派遣開始。
ドールマン少将は上陸を阻止するため[[パース>Perth]]、[[デ・ロイテル>De Ruyter]]、エクセターなど15隻の艦隊を組み、スラバヤ沖にて日本艦隊と衝突。
-2月27日、砲撃が砲撃を開始し開戦。18時38分、僚艦エクセターが被弾、援護したエレクトラが大破、コルテノールが沈没するなど被害が出始めたところで戦場を離脱。
--同日エレクトラが沈没、夜戦にてジュピターが触雷による沈没。エンカウンターが生存者のフォローに入り、エクセターと5隻の駆逐艦がスラバヤへ退避するもドールマン少将は進軍。
-2月28日、日付が変わってまもなく日本軍と遭遇。日本軍の魚雷発射によりデ・ロイテルとジャワが被弾、爆発により沈没し、ドールマン少将も戦死。パースとヒューストンに退避命令がくだされる。
--同日朝にバタビアに帰投するも、ジャワ島南岸のチラチャップへ移動するよう命令を受け、夕方にパースと共に出港。
---このときオランダの駆逐艦、エヴェルトセンが護衛につく予定だったが出発準備が遅れ、2隻のみ先に出港した。
--スンダ海峡へ向かう途中ジャワ島のバンタム湾で日本軍輸送船団を発見し攻撃を開始。しかし日本軍の[[吹雪]]に先に見つかり魚雷を打たれ、第七戦隊、第五水雷戦隊との戦いが始まる。
輸送艦1隻と駆逐艦3隻を損傷させるも日本軍がスンダ海峡を封鎖し孤立、[[最上]]、[[三隈]]との砲撃戦が開始。
--23時26分、パースが沈没。これによりヒューストンが完全に孤立してしまう。同日魚雷が命中し主砲が損傷。稼働不可能となる。
-3月1日、日付が変わった直後、艦長を努めていたアルバート・ルックスが被弾し死亡。午前2時に[[敷波]]の魚雷を被弾。
さらに日本軍が副砲を止める目的で機銃射撃を行い、ヒューストンがまもなく横転、沈没。
--第二次世界大戦で初めて失われたアメリカ海軍の巡洋艦となった。
--なお、遅れて出港したエヴェルトセンは2隻の惨状を見て日本艦隊との戦闘を回避。単艦でスンダ海峡を通過するも3時半頃に[[白雲]]、[[叢雲]]の砲撃を受け大破、浅瀬に擱座し放棄された。
--同日昼過ぎには同様にスンダ海峡を通過しようとしたエクセター、エンカウンター、ポープも日本艦隊の攻撃を受けて撃沈され、ABDA艦隊は主要艦艇を失い壊滅した。

&br;
-ヒューストンの最期は共に居た艦艇が全滅したこともあり、沈没から9ヶ月近く不明であった。
--当艦の船員はおよそ1/3にあたる368名が生存し捕虜になったが、タイとミャンマーの国境にある泰緬鉄道建設の過酷な環境により、80名ほどが命を落とすこととなる。
---これらの話は同年12月、捕虜収容所から船員が解放されたことで発覚。
アルバート・ルックスには名誉勲章が、従軍牧師であったジョージ・レンツには従軍牧師としては第二次世界大戦唯一である海軍十字賞が授けられた。

#br
-奮戦虚しく沈没後、ヒューストン市民が艦名を復活させようと建艦債券に投資したり、海軍志願者(ヒューストン志願兵団)が増えたりと勇姿がヒューストン市民に讃えられている。
--これによりクリーブランド級のヴィックスバーグとして建造されていた船がヒューストン(CL-81)と改名され就役している。
}}

#br
-所属した海域、活動によりGalloping Ghost of The Java Coastというあだ名が授けられている。
これはティモールの輸送護衛の際に日本軍の攻撃を躱したにもかかわらず、沈没したと伝わっており、その事を船員が面白がってGalloping Ghostと命名したことに基づく。
--同じくGalloping Ghostとして呼ばれるのは''9度も沈没した''虚偽撃沈女王のUSSエンタープライズCV-6だがあちらは大なり小なりの被害があるのを誤認したという状況もあるが、こちらは無傷にもかかわらず撃沈報告が上がっている点でより疾走する幽霊としての要素が強い。

#br
-2011年に海峡に沈んでいた難破船の一つが同艦と同定。72年ぶりに存在が確定された。しかし2013年、違法なサルベージにより上部構造の多くが失われていることが発覚している。

*この艦娘についてのコメント [#comment]
//#fold(過去ログ){{
//#ls
//}}
//コメント2以降への移行時に↑のコメントアウトを外せば改造完了
#pcomment(./コメント1,reply,15)

//◆テンプレを無断で改変(内容変更やサイズ変更)しないでください。
//◆続く場合は管理板で協議の上、ID規制などの措置を行います。