//コピペするのはここから
|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.455|
|&attachref(./455.png,nolink,あなたがAdmiral? ご一緒にまいりましょう!);|>|Northampton&br;(ノーザンプトン)|>|Northampton級 &br;1番艦 重巡洋艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
//下記にもある通り、左側の初期値は改造直後の値とは異なります。
|~|~耐久|44|~火力|36 / 51|
|~|~装甲|33 / 47|~雷装|16 / 44|
|~|~回避|36 / 61|~対空|20 / 62|
|~|~搭載|6|~対潜|0|
|~|~速力|高速|~索敵|14 / 51|
|~|~射程|中|~運|10 / 52|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|40|~弾薬|60|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|1|>|>|[[8inch三連装砲 Mk.9]]|
|~|1|>|>|未装備|
|~|4|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''Northampton'' → [[Northampton改]](Lv50)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:ノーザンプトン重巡洋艦一番艦、ノーザンプトンです。&br;あのエンタープライズの機動部隊、護衛の中核として、さらにホーネットの護衛にも就きました。&br;そして、運命のアイアンボトムサウンドへ突入しました。鼠輸送を阻止するために。&br;日本の水雷戦隊、あの夜の力、それは驚異です。|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

#fold(CV:佐藤聡美、イラストレーター:ZECO (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:佐藤聡美、イラストレーター:ZECO
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>Northampton/定型ボイス]])
#table_edit(Northampton/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>Northampton/時報ボイス]])
#table_edit(Northampton/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>Northampton/季節ボイス]])
#table_edit(Northampton/季節ボイス)
~
}}

*ゲームにおいて [#game]
-2021年05月09日、令和三年度春イベント『[[激突!ルンガ沖夜戦]]』[[E-3>激突!ルンガ沖夜戦/E3]] 突破報酬として実装。
**キャラクター設定について[#charactor]
-海外艦二人目の眼鏡っ子で、アメリカ艦としては初の眼鏡っ子。
--眼鏡っ子艦娘は19年秋イベ実装の[[平戸]]以来。
-[[Houston]]同様、おっとりした大人の女性。ただルンガ沖夜戦で沈んだため、夜を恐れる傾向が強い。
また、常に落ち着いた様子を見せているあちらと異なり、こちらはMVPを獲得した際に無邪気にはしゃぐという一面もある。
--特にルンガ沖夜戦で二水戦旗艦だった[[長波]]には苦手意識が強い模様。
長波もその辺は気にしているのか、放置時ボイスでは[[巻波]]と一緒に和菓子を差し入れたりしている。
--季節限定ボイスでは割と日本駆逐艦と仲良くやっているのだが、節分で[[夕立]]や[[暁]]と一緒に[[自国の軽巡洋艦>Atlanta]]を撃ってるのはいいのだろうか……。
-艤装は姉妹艦のHoustonとほぼ同じだが肌の露出は控えめで、測距儀的なマスコットはいない。
また、腰にロープを巻いている。史実で[[Hornet]]曳航に使おうとしたものだろうか。
中破時に左側が損傷しているのも、ルンガ沖夜戦で致命傷となった左舷後部への被雷が元ネタと思われる。
-中破すると、足元にPTボートが出現する。

**[[期間限定グラフィック>艦娘カード一覧(期間限定グラフィック)]] [#graphic]
-2021年9月28日のアップデートで【[[浴衣mode>https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/1442805239585775624]]】が実装された。
--日本の駆逐隊が設えた朝顔柄の浴衣が似合っている。
……のだが、とにかく目につくのが紐くじをモチーフにしたと思われる''上から吊るされた景品の数々''。
---大賞の袋に混じって[[Hornet]]や[[ベイちゃん>Gambier Bay]]のぬいぐるみ(?)、[[Sam>Samuel B.Roberts]]のクジラに[[島風]]の連装砲ちゃん、
果ては逆さ釣りになった浮き輪さんに燃料・弾薬・鋼材、魚雷なんて物騒なものまであるが、ボーキは無いようだ。
---ちなみに本人の帯にも紐がついているため、彼女も景品と思われる。&color(Silver){しかし紐くじの束には含まれていない。ゲーム機枠};
あるいはHornetとはぐれない為のつなぎ紐だろうか?
---その占有面積の大きさからネルソンタッチに組み込むとがっつり被る。
そして''浴衣modeの季節にドロップすると、当然この格好で登場する。''インパクト絶大である。
--中破しても胸部装甲は無事だが眼鏡の右レンズにヒビが入り、お尻の部分が派手に破れて大人っぽい黒が丸見えになる。
--イラストレーターによるとホーネットを曳航しようとした事から千本引きのグラフィックを思いついたらしい((https://twitter.com/ZECOXZECO/status/1442816750588817420))。
-
#fold(限定グラフィック:浴衣mode){{
限定グラフィック:浴衣mode
&attachref(./455_Autumn.png,nolink,秋……この鎮守府、ベースに漂うエスニックな香り。これは……?);
}}

-2023年2月14日のアップデートで【Valentine】modeが実装された。
--マグカップを片手にホットチョコレートを淹れてくれている模様。
--中破すると転んでしまったのかマグカップは割れて中のチョコレートがこぼれてしまう。
ノーザ本人も服、特にスカートが派手に破れてストッキングに包まれたお尻と黒下着が丸見えになった上、眼鏡がリアクション芸人並みにずれる。
-
#fold(限定グラフィック:バレンタインmode){{
限定グラフィック:バレンタインmode
&attachref(./455_Valentine.png,nolink,提督。良かったら、これを。チョコケーキです。小さいけれど、手作りしました。良かったら!);
}}

-2024年4月23日のアップデートで【カクテルドレス】modeが実装された。
--シースルーにスリット入りと、これでもかとセクシーな緑のドレス姿。
--中破絵ではボロボロになりながらもすっかり出来上がってしまっている。
-
#fold(限定グラフィック:カクテルドレスmode){{
限定グラフィック:カクテルドレスmode
&attachref(./455_Hanataba.png,nolink,提督、fleet tenth anniversary! ついに十周年ですね。本当にすごい!おめでとうございます。ノーザも祝福致します。);
}}

-2023年11月08日のアップデートで【秋刀魚】modeが実装された。
--秋刀魚を食べているが、口に合わなかったのかそれともワタを食べてしまったのか、渋い顔をしている。
-
#fold(限定グラフィック:秋刀魚mode){{
限定グラフィック:秋刀魚mode
&attachref(./455_Autumn2.png,nolink,);
}}

*小ネタ [#neta]

#fold(略歴){{
略歴
//Houstonページのコピペなので要編集
//|CENTER:45|CENTER:45|700|c
//|~1928|5.1|ハンティントン・インガルス・インダストリーズ所有のニューポート・ニューズ造船所にて起工|
//|~1929|9.7|進水|
//|~1930|6.17|軽巡洋艦(CL-30)として就役|
//|~1931|2.22|マニラ着。アジア艦隊の旗艦に任命|
//|~|7.1|重巡洋艦(CA-30)に艦種が変更される|
//|~1932|2.3|第一次上海事変に伴い上海へ|
//|~1933|11.17|オーガスタ(CA-31)と交代し太平洋で活動|
//|~1941|12.7|真珠湾攻撃に伴いオーストラリアのダーウィンへ|
//|~|12.28 |スラバヤABDA艦隊に合流|
//|~1942|2.4|日本軍基地航空隊の攻撃を受け三番砲塔が損傷。マーブルヘッド(CL-12)の損傷と共に攻撃を中止|
//|~|2.5|チラチャップに帰港|
//|~|2.27&br;|&br;2.28|スラバヤ沖海戦に参加するも艦隊の壊滅により後退|
//|~|3.1|スンダ海峡封鎖後、砲雷撃戦(バタビア沖海戦)となり敷波の魚雷がとどめ。機銃射撃により横転、沈没|
}}

-アメリカ海軍のノーザンプトン級重巡洋艦の1番艦。艦名はマサチューセッツ州のノーサンプトンに由来し、その名を持つ艦としては2隻目。&color(Silver){決してノー座布団が由来ではない。};
--都市の方はノー''サ''ンプトンと濁らない。これはマサチューセッツ州も、その元となったイギリスノーサンプトンシャー州の都市も同じ。&color(Silver){というか米軍もノーサンプトンと発音していると思われる。};
**ノーザンプトン級について [#d0c4f6b4]
-ワシントン軍縮条約下で設計された、アメリカで2番目の「条約型巡洋艦」である。
-1番目の「条約型巡洋艦」ペンサコーラ級に続いて計画された。そのペンサコーラ級は1万トン以内・8インチ主砲というワシントン条約の制限内で設計された……のだが。
--ペンサコーラ級は条約の範囲内に収めるため、船体を軽量化したため船体強度に問題がでることが起工前に予想された。そこでペンサコーラ級の起工前にノーザンプトン級の設計は始まった。((問題がでることがわかってるなら改設計したのを作ればいいとはならない、アメリカも平時は可決された予算を簡単に流用できないし、なにより造船所だって設計が終わるまでは発注待ってくれなんて言ったらふざけんなと激怒する))
ペンサコーラ級同様、もともとは単なる「巡洋艦」として類別されたため艦種記号も''CL''があてられていた((CLはロンドン会議以後は軽巡を意味する記号になるが、それ以前は単純に巡洋艦を指した。))が、のちにロンドン軍縮会議で「6.1インチ以上8インチ以下の主砲を持つ艦」は重巡洋艦と定められたので改めて艦種記号''CA''に変更された。

-主砲はペンサコーラの連装・三連装混載4基10門から同じ55口径8インチ砲Mk.9を三連装3基9門として、砲塔の数を減らしながらも門数は1門減で済ませている。
--ノーザンプトン級がその後のアメリカ重巡、そしてアメリカ海軍に残した大きな遺産のひとつが、この主砲配置である。
8インチ三連装主砲を前甲板に2基、後甲板に1基という配置はこれ以降アメリカ海軍のオーソドックススタイルとなり、アメリカ海軍が最後に建造する重巡・デモイン級まで一貫して採用された。それだけでなく、軍縮条約明けに建造された新型戦艦(ノースカロライナ級)もまたこの前2基+後ろ1基という主砲配置を採用することになった((ただし、ノースカロライナ級は14インチ4連装砲塔を採用して12門装備になる予定だったが、建造中に日本の新戦艦が16インチ砲を装備すると判断して16インチ3連装9門に変更した。もっともその「日本の新戦艦」が搭載したのは18インチ―46㎝砲だったのだが。))。最後の戦艦となった[[アイオワ>Iowa]]級の主砲配置も、元をたどればノーザンプトン級に行きつくと言っても過言ではない&color(Silver){かもしれない};。
--主砲の性能については装備ページも参照ください。

-平甲板型だったことから凌波性の悪さを指摘されていたペンサコーラに対し、船首楼型甲板を採用することで航行性能も改善させることができた。また全長そのものも延長され182mとなり、アメリカ海軍の巡洋艦として初めて180mを超えた艦となった。
--船首楼型甲板は艦内の容積も増え、それだけ使えるスペースが増えた。このことから4番艦以降の3隻(シカゴ、[[ヒューストン>Houston]]、オーガスタ)は旗艦設備を増設できるように船首楼を拡張する改設計が行われた。
-煙突は中央部に2本あるが、機関のシフト配置を採用したことで前後に離れた配置になっている。アメリカ海軍ではこの2本の煙突の間に水上機カタパルトを搭載していたが、ノーザンプトン級では初めて格納庫が設置され、水上機を露天係止しなくても済むようになった。格納庫は二番煙突の根元に設けられた。このデザインも条約型重巡の各艦に引き継がれた。
-魚雷は両舷に3連装発射管1基ずつを搭載していたが、就役後に撤去された。ノーザンプトン級をさらに改良した次のポートランド級では最初から装備していない。

-ペンサコーラ級の欠点を克服あるいは緩和し、アメリカにおける重巡の一つのスタイルを作り上げたノーザンプトン級だったが……。
--主砲が削減された一方で装甲は強化されたが、砲塔数の減少から全体として見れば防御装甲の重量が削減された結果、ペンサコーラ級よりも軽量化に成功''してしまった''ため、&color(Red){復元性の面では逆効果に働いた};面もあった。
---対策として就役後に上部マストの撤去・短縮が行われている。
-航洋性もペンサコーラ級よりは改善できたものの、[[古鷹]]のページでも触れられている通り艦尾側には「水族館」化してしまう船室もあったとかなかったとか。
--更なる改良型としてノーザンプトン級をベースにしつつ、それらの教訓を取り入れて「条約型重巡洋艦」第3弾となるポートランド級が計画されることになる。
~
-艦載機格納庫と居住性改善の為のベッドが両方とも設けられた艦としては地味にアメリカ初。それでも居住性の抜本改善には至らなかったようだ。
~
-6隻建造されたノーザンプトン級はチェスター、ルイビル、オーガスタの3隻が大戦を生き残るが、元設計が古いことや戦後の予算削減から1946年6月と7月に3隻とも退役した。
--2019年11月30日より始まったイベント「進撃!第二次作戦「南方作戦」」で実装された[[ヒューストン>Houston]]はノーザンプトン級5番艦で妹にあたる。

**戦歴 [#x1821441]
-ノーザンプトン級重巡洋艦1番艦としてマサチューセッツ州クインシーのベスレヘム・スチール社、フォアリバー造船所で1928年4月12日に起工、1929年9月5日に進水し、1930年5月17日にウォルター・N・ヴァーノウ艦長の指揮下で竣役した。
-太平洋戦争開戦時は妹の「チェスター」やペンサコーラ級重巡洋艦の「ペンサコーラ」「ソルトレイクシティ」ら3隻と第5巡洋艦戦隊を構成し、太平洋艦隊に所属。ノーザンプトンが旗艦を務めていた。
--因みに司令官はレイモンド・スプルーアンス少将。後にウイリアム・ハルゼーと並んで艦隊司令長官として日本海軍と相対する事になる提督である。

***太平洋戦争緒戦 [#u387b205]
-1941年12月7日の真珠湾攻撃の際、「ノーザンプトン」は第8任務部隊に所属し、ハルゼー提督座乗の空母「エンタープライズ」を護衛してウエーク島への輸送任務を終えて帰投中だった。
--真珠湾攻撃の報を受けた第8任務部隊は南雲機動部隊捕捉のためハワイ南東方面を中心に偵察機を展開する。結局この偵察行動は功をせず、南雲機動部隊の捕捉に失敗するのだが、その際偵察に出たノーザンプトン搭載の偵察機2機が、零式艦上戦闘機と遭遇しこれを撃墜したと報じている。
---この零戦についてはニイハウ島に不時着した[[飛龍]]所属の西開地重徳一飛曹機と言われている。不時着した西開地一飛曹は、後にニイハウ島事件を起こすのだが、詳細についてはwikiなどに項目があるので、興味のある方は各自で調べられたし
-真珠湾攻撃後、主力の戦艦部隊が使用不能となった米海軍は、残された空母部隊を中核に日本海軍へのゲリラ的な攻撃を実施するようになる。ノーザンプトンは引き続きハルゼー指揮の第8任務部隊の所属として行動し、1942年2月1日のマーシャル・ギルバート諸島機動空襲作戦ではクェゼリン方面に進出。ここでノーザンプトンは本隊と別れ、「ソルトレイクシティ」駆逐艦「ダンラック」の2隻を従えてウォッジェ環礁への砲撃に向かう。
--2月1日早朝、スプルアンス少将に率いられた3隻はウォッジェ環礁への砲撃を開始、在泊中だった「第十昭南丸」「鹿島丸」を撃沈し特設砲艦「豊津丸」「第十一昭南丸」を撃破する。スプルアンスは敵潜望鏡発見の報告を受けて攻撃を2時間ほどで切り上げて後退したが、この功績を称されて海軍功労賞を授与されている((スプルアンス自体は潜望鏡発見の報告が誤報であったこと、それが知らされた各艦が混乱して砲撃も滅茶苦茶になり、収拾が出来なかったこと、等から作戦自体を評価はしていなかった))。
-空母部隊によるゲリラ攻撃は引き続き実施され、第8任務部隊から第16任務部隊へと名称が変わったハルゼー貴下の部隊は、今度はウエーク島への攻撃を企図。「ノーザンプトン」も引き続き第16任務部隊に所属し、スプルアンス少将指揮の下「ソルトレイクシティ」駆逐艦「バルチ」「マウリー」で砲撃隊を編成して同島への艦砲射撃を実施した。
--砲撃自体は同島守備隊曰く「発射速度は遅く散布界も広い。不発弾が多く技量はよくなかった」と評しているが、同伴の駆逐艦が日本軍の監視艇2隻を撃沈している。
--その後、第16任務部隊は引き続きマーカス島(南鳥島)に進出、3月4日に攻撃を実施し、10日に真珠湾に帰投している。
---この一連の攻撃は、戦局全体には大きく貢献する事はなかったが、日本側に米軍の動向について神経質にさせる事になり、以後の作戦指導に大きく影響する事になる。
-4月8日、第16任務部隊は真珠湾を出撃、13日に本土から来た「[[ホーネット>Hornet]]」以下の第17任務部隊と合流する。2部隊はそのまま日本本土に進出。18日に「ホーネット」に搭載していたB-25爆撃機が出撃し日本本土各地を空爆する。所謂「日本本土初空襲」、指揮官名から「ドーリットル空襲」と言われる作戦である。帰還後2部隊はソロモン諸島へ進出する日本軍を阻止すべく南西太平洋に向かったが、到着したときは「珊瑚海海戦」は終わっており、5月26日に部隊は真珠湾に帰投した。
-5月28日、ミッドウェーに来襲する事が予測される日本軍を阻止するため、第16任務部隊は「ホーネット」らを加えて出撃する。しかし指揮官のハルゼー提督は皮膚病を発症して緊急入院する事になり、後任としてそれまで「ノーザンプトン」で指揮を執っていたスプルアンス少将が選ばれる。「ノーザンプトン」らは「ホーネット」と共に加わった第6巡洋艦戦隊に所属、これも後に艦隊司令長官として日本側と対峙する事になるトーマス・C・キンゲイト少将の指揮下に入り、ミッドウェー海戦に参加する。この海戦で「ノーザンプトン」は特に損害を受ける事もなく、真珠湾に帰還している。
***ガダルカナル方面の死闘 [#m427615f]
-ミッドウェー海戦後、「ノーザンプトン」はジョージ・D・マレー少将((開戦時からミッドウェー海戦後までの空母「エンタープライズ」艦長))が指揮する第17任務部隊に所属を替え、空母「ホーネット」の護衛につく。部隊はガダルカナル戦が始まった8月7日時点ではこれに参加せず、航空隊の練成にあたっていたが、24日の第二次ソロモン海戦で「エンタープライズ」が中破戦線離脱、31日には第11任務部隊の空母「サラトガ」が[[伊26]]の雷撃で損傷し撤退、指揮官のフレッチャー提督も負傷する。
相次ぐ空母の戦線離脱に第17任務部隊もガダルカナル方面に出動する。現地で唯一活動している第18任務部隊(指揮官:リー・ノイズ少将、空母「ワスプ」基幹)と合流した第17任務部隊だが、直後の9月15日には[[伊19]]の攻撃で「ワスプ」が撃沈、戦艦「ノースカロライナ」駆逐艦「オブライエン」損傷((オブライエンはその損傷で後日沈没))し、ガダルカナル方面で活動する空母部隊は第17任務部隊だけになってしまう。
--このため修理の為真珠湾に戻っていた「エンタープライズ」は同じく真珠湾にいた「サウスダコタ」と第16任務部隊(指揮官はキンゲイト少将)を編成してガダルカナル方面に進出。10月26日、来襲する南雲機動部隊と南太平洋海戦が起こり、「ノーザンプトン」もこれに参加する。
---海戦では「ホーネット」が大破航行不能となり、指揮官のマレー少将は旗艦を「ペンサコーラ」に変更。「ノーザンプトン」は「ホーネット」の曳航を命じられるが、その作業中に日本海軍の空襲が再開され断念せざるを得なかった。結局「ホーネット」は放棄される事になり、「ノーザンプトン」は「ホーネット」乗員を救助し、処分を駆逐艦2隻に任せ戦場を離脱した。

***ルンガ沖夜戦 [#oeb5aafd]
-南太平洋海戦後「ノーザンプトン」は再び第16任務部隊に所属し、「エンタープライズ」護衛に従事する。
第三次ソロモン海戦では航空支援を行う「エンタープライズ」の護衛に終始している。
この頃ガダルカナル島の戦いで日本側はまともに輸送船で物資人員を輸送する事が出来なくなり、高速の駆逐艦で夜陰に紛れて接近し、食料などを入れたドラム缶を数珠繋ぎにして投擲し、島の守備兵らがそれを引き上げる「鼠輸送」が行われていた。
同方面の海軍側総指揮官となっていたハルゼー提督は、キンゲイト少将にこれの阻止を命じたが、直後にキンゲイトはアリューシャン方面への異動が命じられたので、後任のカールトン・H・ライト少将がこれにあたる事になる。ライト少将は着任後、第67任務部隊を率いて「東京急行」と呼称されていた日本駆逐艦の輸送作戦阻止をすべくガダルカナル方面に進出、「ノーザンプトン」もこれに加わっていた。
-11月30日夜半、第67任務部隊は鉄底海峡に進入する。これと同時に第二水雷戦隊司令官田中頼三少将指揮の駆逐艦8隻も鼠輸送のため、サボ島西南方向から鉄底海峡に進入していた。
--日本側は旗艦を駆逐艦「[[長波]]」とし、警戒隊として「長波」「[[高波]]」、ドラム缶輸送を務める部隊として第一輸送隊「[[黒潮]]」「[[親潮]]」「[[陽炎]]」「[[巻波]]」、第二輸送隊「[[江風]]」「[[涼風]]」の8隻で、ドラム缶輸送のため輸送隊の6隻は次発装填用の魚雷を降ろし、搭載していたのは長波と高波の2隻だけだった。
---但し、生還した江田航海長は高波も予備魚雷を降ろしたと証言しており、高波が所属する第三一駆逐隊が輸送作戦前に予備魚雷を陸揚げしたという記録もあり、本当に長波と高波が予備魚雷を搭載していたかについては実際はよくわかっていないようである。
--部隊は「高波」を先頭に「黒潮」「親潮」「陽炎」「巻波」「長波」「江風」「涼風」の単縦陣で進入。進入後「高波」は前路警戒のために分離先行している。
-21時06分、第67任務部隊の旗艦である重巡洋艦「ミネアポリス」のレーダーが前方約20㎞に日本艦隊を発見する。ライト少将は直ちに襲撃態勢を取り日本艦隊に接近を開始する。
--第67任務部隊は重巡洋艦「[[ミネアポリス>Minneapolis]]」を旗艦とし、「ノーザンプトン」「ペンサコーラ」「ニューオーリンズ」、軽巡洋艦「[[ホノルル>Honolulu]]」、駆逐艦「[[フレッチャー>Fletcher]]」「ドレイトン」「モーリー」「パーキンス」「ラムソン」「ラードナー」の11隻で編成され、前衛として「フレッチャー」を先頭に駆逐艦4隻、その後旗艦「ミネアポリス」を先頭に「ニューオーリンズ」「ペンサコーラ」「ホノルル」「ノーザンプトン」駆逐艦2隻が続くという体形だった。
-21時12分、「高波」が接近する米艦隊を発見、即座に襲撃態勢に入る。輸送隊側も1分後には米艦隊を発見するが、当初は輸送任務を優先してやり過ごそうと考え、揚陸準備を続けていたが、やがて米艦隊の動きが此方への襲撃行動であることが報告されたことで、田中少将は揚陸を諦め攻撃を決断。21時16分、貴下部隊に「揚陸止め、戦闘、全軍突撃せよ」の命令を出す。
各艦はドラム缶を固縛、戦闘に邪魔なものは海中投棄して直ちに襲撃行動に入る。
-21時20分、ライト少将は前衛の駆逐艦に攻撃開始を指示。「フレッチャー」らは輸送隊に対して魚雷20本を発射する。しかし距離が遠すぎて輸送隊には届かなかった。
--先行していた「高波」はこの時点では米駆逐艦4隻の魚雷の射界から外れていたので攻撃は受けなかったのだが、巡洋艦部隊からは格好の標的となっていた。巡洋艦部隊は距離9000mで「高波」への砲撃を開始、「高波」は単艦ながら果敢に反撃し、21時27分、主砲弾が米駆逐艦に命中、次弾も別の駆逐艦に命中火災が発生し、2隻の火災は闇夜に米艦隊をくっきりと浮かび上がらせた。
「高波」は続けて2つの魚雷発射管から魚雷8本を発射するが、直後に缶室や魚雷発射管にたて続けて命中して大破航行不能になる。
---この後「高波」には50発以上の砲弾が命中し艦橋・主砲などが破壊され大炎上、艦長の小倉正身中佐も瀕死の重傷(後に死亡)を負う。
-「高波」が集中攻撃を受ける間、「長波」ら残り7隻は態勢を整え、第67任務部隊への反撃を開始する。以後の経過は日本軍の発射本数が多くまた時間も重複したため、一部を除いてどの艦の魚雷がどの艦に命中したのか等について明らかではないが、この反撃により第67任務部隊は優勢だったのが一転して大損害を被る事になる。
--21時22分、旗艦の「長波」は敵に対して砲撃を開始、その後反転して北西に針路をとり煙幕を展開する。続けて23分には後続の「涼風」「江風」が砲撃を開始、「長波」に続行する。
--一方第一輸送隊の4隻は第15駆逐隊司令の佐藤寅治郎大佐の指揮で一旦第67任務部隊をやり過ごし、東進後に反転して突入する。この際続行していた「陽炎」「巻波」が前を行く「黒潮」「親潮」を見失い分離、第一輸送隊は2隊に分かれて襲撃する。
-21時28分、「黒潮」「親潮」が相次いで魚雷を発射。転舵した「長波」「江風」「涼風」も21時32分に相次いで魚雷を発射する。「長波」は魚雷発射後に砲撃を再開((敵の目を引き付ける目的があったといわれる))する。これに気づいた米艦隊から砲撃が殺到、「長波」は再度煙幕を展開して回避する。
21時41分以降、第67任務部隊の巡洋艦に、「長波」らが発射した魚雷が殺到する。
--先頭の「ミネアポリス」には艦首に魚雷2本が命中し、''[[第一主砲前から艦首にかけての部分が垂れ下がり>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Damaged_USS_Minneapolis_(CA-36)_at_Tulagi_on_1_December_1942,_after_the_Battle_of_Tassafaronga_(80-G-211215).jpg]]''、速力が急激に低下、戦線を離脱する。
--二番艦の「ニューオーリンズ」は旗艦の速力低下を受け、回避するべく面舵をとった直後に第一主砲付近に魚雷1本が命中、弾薬庫が誘爆し、''[[第一主砲と第二主砲の間から船体が切断する>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Damaged_USS_New_Orleans_(CA-32)_reaching_Tulagi_on_1_December_1942.jpg]]''。「ニューオーリンズ」は速力が5ノットまで低下、本艦も戦線を離脱する。
--三番艦の「ペンサコーラ」は旗艦の速力低下を受けて「ニューオーリンズ」とは逆の取舵を切るが、やはり直後に艦橋直下に魚雷1本が命中。''[[重油タンクに引火して大火災となる。>https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/06/USS_Pensacola_%28CA-24%29_alongside_of_USS_Vestal_%28AR-4%29_after_the_Battle_of_Tassafaronga%2C_17_December_1942_%2880-G-33862%29.jpg]]''。。更に消防用の設備にも損害が出たので消火活動が出来ず、炎上したままこれも戦線を離脱する。
--四番艦の「ホノルル」は損傷した前の三隻をかわし、速力30ノットで非戦側の艦隊右前方に出る。被雷こそはしなかったが反撃の砲撃は命中せず、そのまま戦線を離脱した。
-こうして残された「ノーザンプトン」だが、日本駆逐艦の酸素魚雷の槍衾に、最も晒される事になる。必死に反撃する「ノーザンプトン」に、後方から密かに接近する駆逐艦があった。佐藤寅治郎大佐指示の反転を気付かず、第一輸送隊から逸れて行動していた「陽炎」と「巻波」である。
--21時52分、2隻((ただし戦闘詳報に記載されているのは陽炎からの4本のみで、巻波からの発射記録はない))は絶好の射点から魚雷を発射し、うち2本が「ノーザンプトン」の左舷後部機関室付近に命中、機関室は側壁に大穴があけられ機関停止、大量の海水が侵入し、「ノーザンプトン」はたちまち行動不能となり左舷に傾斜する。
火災も発生し復旧が困難となった「ノーザンプトン」は総員退艦が発令され、付近にいた駆逐艦「フレッチャー」「ドレイトン」が生存者を救助。翌12月1日午前3時4分、左舷に傾斜しつつ「ノーザンプトン」は鉄底海峡に沈んでいった。
戦死者は58名、生存者773名。「ノーザンプトン」は第二次世界大戦の戦功で6つの従軍星章を受章した。
-その後「高波」は23時30分頃、同乗していた第31駆逐隊司令の清水利夫大佐の指揮で自沈処置がとられ、生存者は海に飛び込むが、直後に米艦隊からの魚雷が命中して沈没。100名ほどいた生存者はこの時の爆圧に巻き込まれて多くが戦死し、清水大佐も行方不明(後に戦死認定)となる。30名ほどのわずかな生存者はガダルカナル島まで泳ぎ着き、友軍に収容されている。
--海戦自体は日本海軍の圧勝となったが、作戦目的であるガ島への輸送作戦は失敗し、第67任務部隊は作戦目的を達成する事には成功した。この後、日本側は引き続き田中少将の指揮の下鼠輸送作戦を継続するがどれも成功せず中止する事になり、田中少将もルンガ沖夜戦での作戦指揮を問題視され更迭される。
--一方アメリカ側も、指揮を執ったライト少将もその作戦指導が「慎重すぎる」と評価され、海軍十字章は授与されたが戦線から外され、海軍省に一時勤務ののち、1944年に第4巡洋艦部隊の指揮を一時執ったが、間もなくサンフランシスコの第12海軍区司令官となって水上艦勤務から外される事になる。期しくもルンガ沖夜戦を指揮した日米双方の指揮官は、この海戦をきっかけに前線から外されてしまう事になったのである。
***その名を継ぐ船 [#p3519290]
-ルンガ沖夜戦から約8年後の1951年1月、「ノーザンプトン」の名を継ぐ3隻目の船が進水、53年に就役する。
建造中途で工事が放棄されていたオレゴンシティ級重巡洋艦4番艦(CA-135)の船体を流用した「戦術指揮艦(CLC-1)ノーザンプトン」である。
--武装こそ船体に見合わぬ駆逐艦に毛が生えた程度の砲熕武装だが、当時最新の通信・索敵・情報処理・指揮機能を備えた電子情報戦時代の艦隊旗艦としてふさわしい能力を得た艦であった。
---「ノーザンプトン」は試験の後に当時緊張の高まっていた大西洋方面艦隊に配備され、艦隊旗艦や揚陸指揮艦の任をこなした。
--61年には艦種を指揮艦(CC-1)とし、来るべき東西全面戦争の際にアメリカ海軍の指揮を取る「国家非常事態水上戦闘指揮所」に指定されてさらに指揮・通信能力を強化され、1977年の除籍まで各種演習や大統領や交換の表敬訪問に利用され、アメリカ海軍の大西洋方面艦隊を支え続けた。
---なお「ノーザンプトン」は、ワシントンD.C.核攻撃が実施された場合、避難した大統領以下閣僚が乗艦し指揮を取る「浮かぶホワイトハウス」としての機能も有していた事が後年に発表されている。

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