No416 プロジェクト47/元ネタ解説

Last-modified: 2023-10-08 (日) 01:15:34
所属Военно-морской флот СССР
艦種・艦型47型計画嚮導駆逐艦
正式名称-(未命名)
起工日-(計画のみ)
進水日-(同上)
就役日(竣工日)-(同上)
全長(身長)160m
基準排水量(体重)5600英t(5689.8t)
出力メーカー不詳重油専焼缶4基ГЭУ式蒸気タービン2基2軸 75000PS(73974shp)
最高速度38.0kt(70.37km/h)
航続距離???kt(???km/h)/6000海里(11112km)
乗員???名
装備130mm55口径Б-2-У連装砲4基8門
37mm67口径66-К連装高角砲4基8門
ДШК12.7mm機関銃x8(4x2)
533mm2-Н五連装魚雷発射管2基10門
爆雷投射機2基
装甲舷側:50mm 甲板:25mm 隔壁:37mm 砲塔:14mm
  • 47計画装甲嚮導駆逐艦はソ連の駆逐艦の一種であり、35号計画大型駆逐艦(未成)の嚮導用に設計された。
    そのため、ステータスにもみられるように火力や装甲が強化されているのが特徴である。
  • 嚮導駆逐艦の建造は帝政ロシア期から検討されていたが、当時の技術的課題の多さや革命のごたごたに巻き込まれ日の目を見ることがなかった。
    革命後、20年代には戦後復興と併せて国防のための装備更新が求められたが、ポーランドやルーマニアといった近隣諸国の兵器更新を脅威と捉えたソ連は、より具体性を増した嚮導駆逐艦の計画を開始する。
    この時提案された計画は、6inch(152mm砲)、強力な魚雷、40ノットの速力、一定の装甲をもつというもので、実現性に乏しいものであった。
  • さすがに無理があったことは分かったようで、その後の駆逐艦建造はより無難な性能へ戻っていく。しかし強力な嚮導駆逐艦の夢は捨てきれずに再び設計案が提出され、計画番号27が割り振られることになる。…が、その後設計局にて戦艦や重巡洋艦の設計作業にリソースが割かれ、計画は流れてしまう。
  • 装甲嚮導駆逐艦計画が再び持ち上がることになるのは1939年のこと。同艦の重要性がさらに高まったととらえた赤色海軍は、47号計画として再び設計を開始。130mm砲10門ないし152mm砲6門を装備、敵駆逐艦に打撃を与え、ある程度の装甲防御も付与されるものとして計画が進んだ。
    だが(後にドイツで立証されるが)駆逐艦に152mmもの巨砲を搭載することは非現実的であることから130mm砲の搭載に決定、設計局の移管を経てスターリン直々に賞賛を受ける設計になる。1942年より建造開始を目されたものの、戦争勃発により艦の建造はおろか搭載主砲の開発さえ中止に追い込まれた。
  • 第2次大戦を経て7割もの駆逐艦を損なうこととなった赤色海軍は、戦後の駆逐艦大量建造によって世界に追いつこうと必死であった。そこで建造が棚上げ状態だった47号計画艦が着目される。
    主砲の搭載数を減じる改設計が行われたが、当時は肝心の建造に用いられる溶接技術が未熟であったために同時期の68-бис型計画巡洋艦の建造に支障が出るほどで、そのあおりを受けて47号計画も起工前に建造中止が決定、計画の一部が後の41号計画駆逐艦のプロトタイプになった。