GREED ~Goddess Rebel Eager Evil Demon~

Last-modified: 2021-01-01 (金) 05:21:47

 
 
「私はあなたを殺すわ。絶対に殺す。それが私に与えられた使命なの」
「ハッ───悪が、悪を殺すなんて寝惚けたことをなァ。戯言にも程がある!」
 
 
【GREED ~Goddess Rebel Eager Evil Demon~】
 
 
 私は外道善慈。魔術師だ。
 
 まずは、私は一人の男について語らねばならない。
 その男は私の兄にして、外道家現当主。外道家の歴史も長いが、その中でも前人未到の域に達したであろう稀代の天才。
 そして特筆するべき事項としては、架空元素・無の魔術属性を持ってこの世に産み落とされた、人類史のバグに近い男であるということだろう。
 彼の存在は外道の魔術に明確な進歩をもたらし、それでも尚飽き足らず、その先を追求しようとしてその男は禁断の遺物に手を付けたのである。
 それは、この世全ての厄。開けてはならぬパンドラの匣に彼は手をかけてしまった。
 マキリの英霊召喚術式の断片式を入手した彼はそれを応用して魔人カスンテの下顎を触媒に災厄の神霊パコロカムイの力の断片を引き出そうとして失敗、弟である中陰と共にポクナモシリに引き込まれる。
 
 そして、その後に彼は神霊ネメシスの手によって無限闇魔神塔ヤルダバオトにて蘇生され、永劫の死を繰り返すこととなった。
 パコロカムイによって復活した中陰と袂を別ちヤルダバオトの黒幕である海野六郎の元に着くも、中陰とマスター達によって敗北。
 そのまま死の運命を繰り返し、そして復活することなく舞台から降りていった。
 
 と、思われていた。
 
 ◆
 
 外道の家は、元は大陸におけるGedoというハンガリー由来の魔術の家系であり、かつては貴族の道楽に端を発するものであったという。
 それが故に目的地点とするものも通常とは異なり、普通の魔術師が目指す根源ではなく、幸運の物質化という極めて異端な部類であった。
 ────我らは貴様らとは相容れぬ。我らは外法、「外道」。
 しかし、彼等は通常の魔術師と一線を画するが故に軋轢も生み、『魔女狩り』────そして、幾多もの内戦に巻き込まれていった。
 
 かつて為した7つの魔法より外れし番外法、「幸運の物質化」。
 他の魔術師には一切知られぬ、れっきとした魔法である。
 しかしその手段ももはや喪われ、かの家系は離散して世界各地に散ってゆく。
 
 その一つは日本の蝦夷地、現在における北海道に辿り着くとそこを根城に魔導の研究を再開した。
 地脈との相性が良かったのか、そこで彼等は発展に次ぐ発展を繰り広げ続ける。
 
 
 ゆらりと幽鬼のように覚束ない足取りで、青と白で身を固めたシルクハットの少女は走っていた。
 その少女は逃げる、逃げ続けている。しかしその奮闘むなしく突如として現れた男によって取り押さえられる。
 少女はしばらく足掻くも、身体の向きをなんとか変えて、自らを捕らえている白髪の男の顔を見ると怯えた表情で懇願を始めた。
 
「たすけて。おねがいします。僕は、もうさからわないよ」
 
 だが、その男は意地悪く笑うと彼女の頬を優しく撫で────ると見せかけ、アイアンクローで鷲掴みにする。
 その男にとって、彼女は実の娘であるが、彼はそんなことを意に介する気配すら無い。
 
「いいや。私の可愛い人理(ひとり)。父として私は人理に教育をしなければならないんだ」
 
 そして、彼女…外道人理の顔の方向を強制的に変えさせる。
 歪む視界の中、その先には人理の父親である外道悪徒、その使い魔である奇妙な魔獣が一人の男を引き摺っているのが見えた。
 その引き摺られた男は頭を上げ人理の姿を目にすると、か細い声で呟く。
「……そうか、失敗したか…はは、私の人生は失敗ばかりだな」
 
「あ、ゼンジ、さん」人理は思わずアイアンクローを振りほどき寄ろうとするが、悪徒に髪を掴まれて引き戻された。
 舗装されていない砂利道にしたたかに身を打ち付け、人理の全身に引っ掻くような擦り傷ができていった。
 それを見届けた悪徒はフンと鼻息荒く息巻くと、美しい銀髪から手を離して善慈のもとに歩み寄る。
 項垂れる善慈の顔をぐいと引き上げさせ、その顔を強引に自分の方に向けさせた。
「ぐうぅ…っ!」
「毎回私の邪魔をしようなどと。そろそろ取り返しの付かないペナルティを与えてやろう」
 
「おねがい。それはやめて」
 起き上がった人理は懇願するかのように、悪徒に縋り付いた。
 けれども彼は悪鬼の表情とともに、ニタァリと笑って使い魔を呼んで人理を捕まえさせ、善慈の後頭部を掴んで地面に押し付ける。
 
「────いいや。私の可愛い人理。この愚かな善慈に付いて逃げたことは、さすがにもう堪忍袋も限界なのさ」
「ぐぅ…ッ!」更に押さえつける手に力が込められ、善慈は呻く。無詠唱での「強化」の魔術だ。
 更に魔術属性・無は「魔術において『ありえないが、物質化するもの』」を示す属性であり、それによって彼は通常の魔術とは全く異質な性能を発揮させる。それが特に発揮されたのが、異世界における改造令呪「奪幸令呪」だ。
 その性質はこの世界においても存分に発揮され、外道悪徒の行使する魔術はその全てが異質なものとなる。
 基礎中の基礎である「強化」の魔術すら、その例外にはない。通常の筋力強化とは異質なソレによって、善慈の身体が次第に持ち上げられていった。
 
「テンマちゃんは、きょうは」
 人理は声を絞り出すように、縋るように、やっとその言葉を捻り出す。
 少しでもこちらに気が向くように。あわよくば、善慈を痛め付けるその手が緩むように。
 
 だが、この男はそこまで甘くはない────不敵に、父親は笑う。
「ああ。流石に私でもこの世全ての悪には抗えぬさ。けど、毎回彼女は遅い」
 
 テンマちゃん────外道天魔。外道善慈の実娘である。
 とある理由により常人を超える能力を持っており、毎回善慈を助けに来ている少女だ。
 だが、毎回邪魔されているだけあって悪徒の手管は回を追うごとに悪辣を極めており、助けが遅くなってきているのもまた事実である。
 
「ご覧よ人理、この愚かな男の末路をな。この男から魔術回路を剥ぎ取って人理に移植しようと考えているんだ。
 中陰は成功するはずがないと否定してはいるが、なに、女神の祝福のある人理なら何があろうと上手くいく」
「……それ、は」
 魔術回路の剥離。
 それは魔術師にとって、文字通り命を絶たれるようなものである。悪魔の所業、と言えるだろう。
 
 外道悪徒は嗤う。
「今回は私も手際を整えた。あとは人理、お前の心構えだけなのだよ。
 回路を受け入れるためには、準備が必要だ。
 ……人理。父を受け入れるのだよ。父をいつものように心の底から愛しなさい」
 
 歪んだ寵愛。
 娘に向けるものとは思えぬその愛情を前に、シルクハットの少女の表情からすぅ、と魂気が抜けていく。
 この世全てに絶望し、諦め、悪夢を受け入れる。
 
「………おとうさま。ひとりはおとうさまをあいします。あいしています」
 
 ────ああ、私の可愛い人理。お前って子は、本当に愛らしい。
 私は人理の父親で良かった、とても幸せだ。
 そんな言葉と共に、そっと魔性の腕(かいな)が自らの頬に絡みつくのを感じていた。
 物理的なものだけではなく、精神的にもがんじがらめに暗き辺へと、歪んだ愛情によって引き込まれていくのを身をもって感じつつ。
 
 ひとりは、おとうさまがだいすきです。だいすきです。だいすきです。
 だから、シアワセになるのは、ひとりだけでいいの────!!
 
 唐突に、悪徒の身体が硬直した。
 驚く悪徒、その背後には────指差しの呪い、ガンド。
 善慈が人差し指を伸ばして構え、それを悪徒に向けて魔力弾を撃ち出していたのだ。
「父親として恥ずかしくないのか、悪兄さんッ!!!」
 
 善慈が吼える。
「お前の娘は、お前の人形じゃない、一人の人間だ! 彼女の人生は彼女のものだ。
 貴様のような外道が好き勝手していいものではない!」
 
 
「いや、好き勝手していいものだ」
 
 その悪魔は、嘲笑った。
 
「人理は、私の娘は私のものだからね」
 
 自らの認識が甘かった。善慈は後悔する。
 外道悪徒は自らの兄であり、自分と同じ赤い血の流れる人間……今の今まで、そう思っていた。だが、それは違うと今、思い知らされたのだ。
 この男はどうしようもなく、紛れもない混沌・悪。全てが利己主義。 
 世界にとって、存在することを許してはならない悪なのだと。
 
 重鈍音と共に、使い魔の魔獣が善慈の頭と手を地面に押さえつけた。
 再度呻く善慈の前に歩み寄ると、顔を近付かせて嫌味ったらしい微笑みを湛え言葉を投げかける。
 
「今までの人生ご苦労さん、善慈。何の役にも立たないどころか、足を引っ張られて実に鬱陶しい人間だったよ。
 けど、最後に回路だけは活用させよう、回路の質だけは良いからな」
 そして、トドメの一言を投げかける。
 
「生まれてきてくれてありがとう!」
「こ…の、化物がっ……!」
 
 思わず、叫んでいた。
「やめて、おとうさま────! だれか、だれか、たすけて────!」
 少女の悲痛な叫び。
 しかしそれに応える人は、この場には誰もいなかった。
 肝心にして唯一の頼れる存在である天魔は悪徒の妨害工作を受け、この場には来る事すらかなわない。
 
 故に、その男の暴虐を止めることは、もはや出来はしない。
 
 
 ……本当か?
 本当に、できない?
 
 爆音が鳴り響いた。
 その場にいた誰もが思わず衝撃から身を守り、その一瞬の隙を突いて善慈は転がるように束縛から逃れた。
 
「今回は間に合ったようね、外道悪徒!」
 凛とした、声が鳴り響く。
 空から降ってきた轟音、その爆心地には一人の少女が立っていた。黒いフードを被った少女だ。
 彼女こそが外道天魔、外道悪徒の唯一無二の天敵と言える存在である。
 
 彼女に続いて、シルクハットの痩身の少女が傘を落下傘代わりにして降り立ってきた。
 そんな二人を見て、人理は思わず表情が綻んだ。
 
「あ……ヘル、ちゃん。それに、テンマちゃん…!」
「元気かい、人理姉さん? よかったね、天魔ちゃん。どうやら今回は私達は間に合ったようだ」
 
 どこか軽薄で、剽軽な雰囲気を感じさせる女性────彼女は厄災人形・外道地獄(ヘル)。
 外道悪徒の弟である外道中陰、彼のロールアウトした人造人間である。
 そんな彼女は真っ先に悪徒の姿を確認すると、頬を膨らませて
 
「ぷっぷくぷー、くすくすくす! どんな気持ちだい悪徒おじ様!」
 自分より何歳も下であろうその少女に馬鹿にされ、その男はギリィと歯軋りをする。
「どういうことだ。一体なぜ、このような事になった!?」
 
 その質問には、天魔がずいと前に出て答える。
「私が頼んだの。今回ばかりは、私だけじゃどうにもならなさそうだったから」
「そう、天魔ちゃんだけでは間に合わなかった。でもね、私がいれば話はまた別さ!
 ……あ、それそれいい顔。エクスタシーにゾクゾクくるね、あはははははははは!」
 
 悪徒は思わず手袋を脱ぎ、地面に叩きつける。
「クソッ、最悪の気分だ。中立という本分はどうした、中陰の厄災人形ァ!」
「私は中立さ。どちらにも肩入れはしない。トリックスターとして、「中庸」に立ち回るだけだよ」
 そして、くいんと大きく背を伸ばし、ブリッジするように身体を反らして背中側から天地が逆になった眼で悪徒を睨みつけた。
 
「キミこと、悪徒おじ様の所業を見過ごすことは、要するに悪徒おじ様の方に肩入れするってことになるからね。
 そんなことになっちゃ中立の名折れさ。 ────何より、面白くない!」
「チッ! 中陰の奴、とんだ失敗作をリリースしたものだ。 いや、アイツもユーモアの何たるかを理解したということか!?」
「お父様をお褒め頂きありがとう! 僕も嬉しいというものだ!
 では悪徒おじ様、感謝の印と手土産にこういうのを持参してきてみたよ!」
 
 パチン、地獄は指を鳴らす。
 すると、煉瓦塀を破って幾多もの物影がなだれ込んできた。
 
「────────ッ!!!」
 その奇妙な、それでいて不気味な天使は声にならない声を挙げる。
 
 破界天使アルコーン。無限闇魔神塔から無尽蔵に溢れ出す正体不明の殺戮機構。
 その実態はサーヴァントが改造されたものなのではあるが、この時の彼らにはそれを知る由もない。
 だが、その出自ゆえにアルコーンは強大な力を持ち、対抗するにはサーヴァントを用いる必要がある。
 
 さしもの悪徒も、流石にはこれにはたじろいた。
 現在進行系で出現している無限闇魔神塔、そこから溢れ出すアルコーンへの対処は彼も頭を悩ませるところであった。
 当面は結界の強化で対処しているが、流石に今みたいに直接交戦となると万に一の勝ち目すら無い。
 
 だが、何故だ。一つの疑問が男の脳裏に浮かぶ。破界天使アルコーンは無限闇魔神塔を統べる魔術師・海野六郎の支配する手駒である。無論、いかなる魔術師であろうとアルコーンの操作権を奪うことはままならない。
 であれば一体どうしてアルコーンは地獄の命令に従うかのように、タイミング良く突撃してきたというのか。
 
「英霊召喚システムって知ってるかい、外道悪徒?」
 彼の心中を読み取ったかのように、地獄は一連の手品のタネを明かし始める。
 まず、彼女が見せびらかしたのはその腕に嵌まる近代的な腕輪であった。
「『代演者の腕輪(ファルシュ・テスタメント)』と言って、まぁどこかの一門が創り出したアーティファクトだよ。
 これはあまり知られていないんだけどね、無限闇魔神塔は英霊を破界天使に改造するシステムだ。であれば、令呪か、それに準するシステムであればアルコーンの操作も可能となる」
 
 なるほど、と悪徒は頷いた。
「令呪か、システムは理解した」
「したところで、おじ様は多分ここで終わってしまうんじゃないかな?」
 
 破界天使アルコーンの大群。天敵・外道天魔。
 この二つは確かに相対しているのであれば、絶望的な状況であろう。
 
「逃げろ、人理!」
 善慈に唆され、思わず人理は走り出した。
 けど、どこに逃げればいいというのか。
 
「あの無限闇魔神塔がいいよ、人理姉さん」
 地獄の声が背後から届く。
「この世界はかの無限闇魔神塔、そして破界天使アルコーンによって終焉を迎える。悪徒おじ様が事を急いだのもそのせいだろうね。
 なら、この世界で唯一終わらないもの、それは無限闇魔神塔ヤルダバオト……あそこに他ならないだろうさ」
 
 うん、ありがとう。
 人理はかろうじてそう答えると、全力で駆け出し始めた。
 
 だが、この男がそれを許すはずもない。 
「逃がすものか。逃すまい。先ずはその腕輪を奪い、そして破界天使とやらを私の使い魔としよう!
 そして人理に善慈の回路を移植し、フォルトゥーナの摂理を以て破界天使を撃破しよう!」
 そう叫ぶと使い魔である魔獣を大量に呼び出し、アルコーンと天魔に相対させる。
 
 ならば、その男に立ちはだかるのは、無論天魔の役割である。
「そうはいかないわ。あなたの野望、私が無に帰してあげる」
「邪魔をするな、小娘がっ!」
 
 天魔は、手を組んで祈るような体勢となる。
 自らの中の魔性、この世に敵するもの、その概念の力を引き出すべく。
「わたしはこの世、全ての悪。かくあれと願われし反願望器よ! だから、私は私に願う―――――」
 
「『この世、全ての悪(ウェン・カムイ)』」
 
 それは、天然の聖杯に近い────けど、決して其の物ではない。
 禍々しい魔力を溢れさせ、彼女は悪徒ににじり寄る。
 
「来るな……俺の側に近寄るなぁ──────っ!!」
 悪徒は手当たり次第に魔術を繰り出す。
 けど、その全てがかき消され────天魔は、悪徒に全身全霊で突撃を繰り出した。
 
「この世界から消えて無くなれ、外道悪徒ぉぉぉぉぉ──────────ッ!!!」
 
 そして、二人は光に包まれ、忽然と姿を消したのであった。
 
 *
 
 
 ────それが、平行世界における外道悪徒がこの世界に入り込んだ顛末である。
 なお、その彼は元の世界に戻るために踏み込んだアルカトラス第二十八迷宮「ドゥオ・フォリウム」を攻略する最中、北欧神話の女神ノルン────ウルズとヴェルダンディの手により、命を落とすこととなった。
 
 
 *
 
 じゃらり、と鎖を揺らす。
 薄暗い蝋燭の明かりの中、その無骨な連環によってできた銀鎖は一人の女性の首元の真紅の首輪へと繋がっており、渋い光沢を放っている。
 その鎖の反対側の先端を男が引くと、その女性はその動きに抗うことなく地面へと倒れ伏せた。
 そんな彼女の頭に足を載せると、豪華な椅子にふんぞり返るその男はくいと顎を上げ、見下しながら高笑いする。
 
「ハハハハ、平行世界────か。それはそれは、面白い話だ」
 
 それは、「黒髪」の男。
 しかしそれ以外はシルクハットもそれ以外の全ても、身体のパーツの一つ一つが寸分違わず、あの白髪の男と全く同一である。
 それもそのはずだ、彼等は同一人物なのだから。
 
 正確には、平行世界の同位体(アイソトープ)と呼ぶべき存在だろう。
 あちらの世界の「白髪」の外道悪徒は、外道人理────この世界における魔術師「ひとり」の父親である。
 対して、こちらの世界の外道悪徒は詩姫人理の父親ではあるが、彼は娘の生存を認識していない。
 
 無理もない。彼は、魔術実験式の失敗によって具現した「災厄」に飲まれ、弟である外道中陰と共に若くして命を落とした。
 後に無限闇魔神塔ヤルダバオトにて女神ネメシスの試練により生き返り、二度死ぬもパコロカムイの気紛れによって又も再生された。
 そういう経緯があるため、死んでいる間……彼にとっての「空白の歴史」において、人理は野垂れ死にしたものと思っている故に。
 
「だが、あちらの世界の俺を手に掛けたとは、少々疎ましい話だな」
「いいザマだと思うわ……っああ!」
 自棄になって捨て台詞を吐く女神に、軽く苛立った彼は躊躇いなく制裁を加える。
 それはまるで女神を、自分の物として。いつでも勝手に使え、身勝手に捨てることのできる所有物としているかのように。
 
 いや、実際そうなのだろう。
 現在の女神は、彼にとってコントロール下に置いている只の玩具なのだ。
 それは女神にとっては屈辱である。人より上に立ち、崇められしものが、人以下のモノとされているのだから。
 
「第二十八迷宮ドゥオ・フォリウムの聖杯戦争の話、実に為になった。
 なるほど因果の再現か……、断ち切っておかねばな。フン、「あちら」の俺は酷いジョーカーを引いたものだな」
 だが、と外道悪徒は嗤う。
 
「それを防ぐ手立ては既に整いつつある。そう、運命を手繰ればいい!
 白面金毛九尾の狐、運命の三姉妹モイライ……女神にはそういった逸話には事欠かない。
 その中でも特に有名なのが、お前だよなぁ?」
 
 下卑た視線の先には、倒れ伏す女神がいる。
 その女神は、呻くように叫ぶ。
 
「は、やく…! 私を改造でもなんでもして、私から正気を持っていきなさい! でないとこんなの、耐えられない!」
 悲痛な懇願。しかし彼はそれを一笑に付し、鎖をぐいと引っ張りその女性に苦痛を与える。
 
「そうはいかないな、なぁ? 運命を紡ぐ、ヴェルダンディ(・・・・・・・)
「ううっ…!」
「お前には俺の運命を紡いで貰わなければな。そのためには、お前の権能に消滅してもらっては困るんだよ」
 
「こ…の、最「悪」の男!」
「そんなこと、当たり前だろう?」
 
 
 
 そして地下牢を後にした悪徒は、一つの雑誌とそれに添えられた調査レポートを手に取る。
 オカルト方面で有名なとある記者の記事が見出しになっている雑誌、そしてその内容の信憑性が高いと太鼓判を押した探偵の調査報告書だ。
 彼には目的があるが、如何せん今のままでは女神が不足している。
 現界を維持するフォトニック結晶も不足しているし、何もかも足りていないのが現状だ。
 であれば、どこかの聖杯戦争で調達するしか無いだろう。理想的なのは一人勝ちし、他の参加者のサーヴァントも全て何もかも掻っ攫うことだ。
 
「狙うは奈落の獄(ひとや)、インフェルノ」
 
 外道悪徒は新たなる女神を求め。
 堕落到達地平へと、単身、飛び込んでゆく。
 その欲望は身を焦がす。彼自身それを自覚しているのか、どうか。
 
Get one's Act together(やってやるぜ!)!」
 
 
 Fin…?
 
 
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●付録 当SSの登場人物について
外道一族も参照のこと。
 
外道悪徒(白)(平行世界)
白うさ耳おじさん。40代。ひとり(平行世界の詩姫人理)の父親。やっぱり女神大好き。
聖杯ダンジョンⅡで死去しているため現在は故人。
 
外道天魔(平行世界)
「この世全ての悪(ウェン・カムイ)」を取り込み、霊基情報がビーストではなくアヴェンジャーに極めて近しくなった天魔。
ビーストが「人類悪」であれば、アヴェンジャーは「必要悪」。デミ・サーヴァントとは似て異なる存在。
 
外道善慈(平行世界)
平行世界における外道善慈。悪徒が死亡していないため家督を継いでいない。
妻もこの世界では生存しているが、悪徒と敵対しているため幸せとは言い切れない。
 
外道地獄
そとみちへる。外道中陰の最高傑作。真性のトリックスター。
「この世界」ではカスンテの情報を得たことによって、僅か数ヶ月で自らの娘「外道地球」をロールアウトするが、
「平行世界」では数年を経て「この世全ての悪(ウェン・カムイ)」の情報を得たことで地獄をロールアウトした。
いわばパラレル外道地球であり、その不幸をもたらすという在り方は地球に親しいが、地球は他者を救うことを行動原理とし、地獄は他者を陥れることを行動原理とする。
ちなみにサーヴァントの霊基情報をベースにした外道地球と比較した場合、単なる情報のみを材料とする地獄は性能が二回りほど劣る。
姉妹機が複数存在するらしい。
 
外道人理(平行世界)/ひとり
「この世界」におけるひとり。平行世界の詩姫人理。
無限闇魔神塔によって「この世界」に紛れ込む。
一人称は「僕」。また、他の人の名前をカタカナのイントネーションで呼ぶ。
 
外道人理(この世界)/詩姫人理
平行世界、つまりこの世界におけるひとり。オリジナル人理とも呼べる存在。アイドル。
外道悪徒の死によって自由になっているため、魔術に関してはごく簡単な使い魔くらしか知らない。
一人称は「ボク」。
 
 
外道悪徒(この世界)
うさ耳おじさん。20代。説明いらないよね。
 
時系列としては、十数年前に事故で死亡
無限闇魔神塔で復活、クラサ・ジラントヴナに燃やされ、ネメシスに復活させられる
(実際は物語開始前から破界天使アルコーンや門番・がしゃどくろ等の手によって何度か殺されている)
→マスターたちを裏切るも撃破され、ネメシスに燃やされる
パコロカムイによって復活(今ここ) となっている。
このSSでは堕落到達地平インフェルノ突入前の時間軸。
 
・『代演者の腕輪(ファルシュ・テスタメント)
魔術師クロゥム・シュタインバルトの発明した魔術礼装。別名をマジカル☆ブレス。
聖杯戦争の参加券の不法取得、およびサーヴァントの霊基改竄による強化を行う魔術礼装。
マスターを持たぬサーヴァントの成れの果てである破壊天使アルコーンをコントロールする手段の一つ。
本来は開発者である彼の知古のみに配布されたものだが、外道地獄はそれをどこからか奪ってきた。

・アルカトラス第二十八迷宮「ドゥオ・フォリウム」
聖杯ダンジョンⅡ参照のこと。死徒二十七祖コーバック・アルカトラスの遺した迷宮の一つ。
 
ヴェルダンディ
サーヴァント・アサシン。通常はライダー:スクルド、キャスター:ウルズと共に、
神霊多重複合霊基・ライダー:「ノルン」として召喚されるサーヴァント。北欧神話の運命の女神。