No190 土佐/元ネタ解説

Last-modified: 2023-05-14 (日) 00:36:02
所属大日本帝國海軍
艦種・艦型加賀型戦艦
正式名称土佐(とさ)
名前の由来土佐国 旧令制国 (日本国高知県)
起工日1920.2.16
進水日1921.12.18
就役日(竣工日)未就役(1925.自沈)
全長(身長)234.09m
基準排水量(体重)39900英t(39269t)
出力ロ号艦本式重油専焼缶8基ロ号艦本式石炭重油混焼缶4基三菱-Persons式蒸気タービン4基4軸 91000shp(92262PS)
最高速度26.5kt(49.08km/h)
航続距離14.0kt(25.93km/h)/8000海里(14816km)
乗員1370名
装備(建造時)45口径四一式41cm連装砲5基10門
50口径三年式14cm単装砲20門
40口径三年式8cm単装高角砲4門
61cm魚雷発射管8門
装甲舷側:11inch 甲板:2.5+1.5inch 砲塔:9-12inch 艦橋:14inch 隔壁:9-11inch
建造所三菱造船長崎造船所 (現 三菱造船社長崎造船所) (日本国長崎県長崎市)
  • 「土佐」は日本海軍が建造するも就役を果たせなかった加賀型(土佐型とも)戦艦の1隻。
    帝国海軍拡張計画である「八八艦隊」計画において長門型に次ぐ戦艦型として計画され、長門型に主砲を1つ追加したような設計であった。
  • 姉妹艦である加賀とともに1921年に進水を果たすものの、ワシントン海軍軍縮条約の締結により戦艦としての就役は諦められることとなった。
    一時は条約枠内での空母化改装の候補に数えられたが、加賀型戦艦は結局廃艦処分となることが決まった。
    加賀は紆余曲折の末再び空母化改装の対象として命脈を保ったが、土佐はそれもかなわず、当時の戦訓を反映した装甲を活用した各種の試験に供されたうえで自沈することとなった。
    • 91式徹甲弾で言及される水中弾効果はこの試験結果で確認されたものであったり、逆にこの効果をフィードバックした装甲設計が以降の巡洋艦・戦艦設計に活かされることになる。
  • 1925年2月、豊後水道南方沖にて沈没。