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鶴丸国永

Last-modified: 2018-05-23 (水) 00:03:34
130番
衣装は白一色でいいのさ。戦場で赤く染まって、鶴らしくなるだろう?鶴丸国永(つるまるくになが)太刀
ステータス(MAX)
生存51(59)打撃51(66)
統率51(66)機動31(31)
衝力38(48)範囲
必殺32偵察28(30)
隠蔽26兵装備スロット3
装備可能刀装
軽歩/重歩/盾/軽騎/重騎
ランクアップチャート
鶴丸国永鶴丸国永 特(Lv25)
刀帳説明
鶴丸国永だ。平安時代に打たれてから、主を転々としながら今まで生きてきた。ま、それだけ人気があったってことだなあ。
……ただなあ、俺欲しさに、墓を暴いたり、神社から取り出したりは感心できないよなあ……

※ステータスは刀帳に表示されている初期値のもの カッコ内の数値は錬結・内番で強化できる限界値

CV:斉藤壮馬、イラストレーター:Izumi(クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

現在の入手方法

過去の入手方法

キャンペーン報酬


ステータス

  • 全太刀の中で必殺が髭切膝丸と並んで2位。それ以外のステータスにもワーストを取るものがなく、バランス型。
  • スロットが3あるので、自由度の高い運用が出来る。

他の刀剣男士との会話

その他

  • サービス開始当初「本丸(負傷時)」のセリフは二種類存在したが、2015/02/18時点で一種類しか再生されなくなったことがユーザーにより確認されている。
    なお、消されたセリフは「…さて、どうすれば驚くような登場ができるかな…」(←要反転) 今後再び聞けるようになるかは不明。

小ネタ Edit

  • 「太刀 銘国永(名物鶴丸国永)」
    • 刃長2尺5寸9分5厘(78.63cm)、反り9分(2.73cm)、細身で反りの高い優美な太刀姿。
    • 皇室御物であり国宝/重文指定は受けない、めったに一般公開もされない。
    • 号の由来は不明。
    • 作者は平安後期に活躍した五条国永。鶴丸はその国永の最高傑作。三条から五条に移住したため五条と称される。*3*4
    • 三条宗近の流れを汲むとされ、この太刀を見るに同派であることは明らか。三条派に属すべきものであることは認められる。しかし五条派とされる。*5*6
    • 五条派は現存作が少ない、国永作は鶴丸の他に伊勢神宮の太刀、重要文化財の剣、重要美術認定の太刀、備前池田家伝来の太刀が上げられる。
    • 山里御文庫御剣庫蔵
  • 抜群の技術を見る健全作。
    • 鎬造り、庵棟、腰反りが強く、踏ん張りがあり、先は細く、小切先である点、またなかごが刀身と一体となって反り、雉子股の生である点など、三日月宗近とよく似ていると評される。*7
    • 同派に限らず古き京物の中でも、この完璧さは他に求められない。総じて新身の如き健体。*8*9
    • まるで新刀の様に今打ち上がったかと思う肉取り、この刃文や地鉄は絶対他に観ることは出来ない。*10
    • 皇紀2600年を祝う名賓日本刀展覧会が九段遊就館で開催され、宮内省より一般公開された。本阿弥光遜がその時のことを記している。「誠に天下の名品として讃えねばならぬ御太刀である。気品の高い太刀姿で、刃中には饒舌に尽くしがたい様々な働きが見え、地鉄の美しさは形容の言葉に苦しむ。」
    • 国宝・御物・重文・重美・保存協会指定の中から、1人の刀工につき一刀を原則に名刀100選を佐藤寒山が編んだ。記載順は小烏丸→三日月宗近→鶴丸国永→童子切安綱→厳島友成と続いていく。
    • 紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜で白黒なため見にくいが全体図が観れる。

来歴

  • 現存する鶴丸国永の来歴として確実なのは元禄年間に本阿弥家が折紙をつけて以降であり、それ以前の来歴については確定的な史料は存在しない。
    • 平維茂が所持していたとする説があるが、国永の活動年代と合わないことや、江戸時代以前の史料に記載がないことから、後世に付された逸話の可能性が高い。
    • 保元の乱時に村上太郎長盛(永守)が所持し清野三郎入道に伝わったとする説もあるが、『喜阿弥本銘尽』*11や『鍛冶名字考』ではその太刀は後述する北条貞時の太刀と「同作の太刀」だと書かれているため、鶴丸とは別物と考えられる。
  • 『喜阿弥本銘尽』によると、城奥州太郎の所持していた国永の太刀を、弘安合戦(霜月騒動)の後に北条貞時が尋ね出して所持した。一般的にはこれが後の鶴丸国永とされる。
    • 一説には、城奥州太郎とは安達貞泰を指し、貞時が霜月騒動で死んだ貞泰の墓を暴いて鶴丸を手に入れたとされる。が、城奥州太郎=安達貞泰と明記した史料はなく、貞泰は貞時より長生きしていたとも。*12
    • 『佐々木氏延暦寺本銘尽』に「相模守貞時相傳之 鶴丸四条国永作」という記述があり、貞時が鶴丸という号の太刀を所持していたことは古くから知られていたようである。
  • 『享保名物帳』によると、元亀年間に織田信長の所有になり、三牧勘兵衛(御牧景則)に下賜される。その後、経緯は不明ながら、貞享年間に本阿弥家の人間によって伏見藤森より取り出される。
  • 元禄16年(1703)年8月3日、金二百枚の折紙がつけられる。その後、刀屋・森田左衛門が、本阿弥六郎左衛門の添状とともに伊達家に納めた。*13
    • 伊達家での名称は「鶴丸国永御太刀」。宝永元年(1704)伊達吉村の初入国の祝儀として先代の綱村より贈られたという。*14
    • 伊達家では引両入りの金具をつけ、鞘にも同じ紋蒔絵にした太刀拵をつけた。
  • その後代々伊達家に伝わり、同家の『伊達家御宝物御太刀由緒書』『観瀾閣宝物目録』などに記録が残る。『劒槍秘録』には載っていない。
  • 明治34年(1901)本阿弥成善に入念な研ぎをさせた後、仙台行幸の折に伊達家より明治天皇へと献上され、皇室御物となっている。
    • 竹中公鑒(本阿弥)が『鶴丸由来記』を一緒に提出している。


台詞

  • 墓を暴いたり、の下りは北条貞時が安達貞泰の墓を暴いて手に入れたという説が元ネタだろう。
    • 実際に墓を暴いた話が載った史料はほとんど存在しない(福永酔剣『日本刀大百科事典』には「正銘写物目録」に同説が紹介されているとあるが、詳細不明)。刀剣書中の「貞時が国永の太刀を尋ね出した」という記載と、国永の太刀の「みささぎ(陵)」という異名についての「ミササギトモ云、ホリイタスユヘナリ」*15という記載が組み合わさって生まれた逸話と考えられる。
  • 神社から取り出したり、の下りは『享保名物帳』の「光的次男出家一条院伏見藤森にて取出す神事并に借太刀に致候」が元ネタだろう。
    • 「光的次男出家一条院」は、「本阿弥光的の次男で出家して一条院と称した人」の意。「伏見藤森にて取出す」は、藤森神社から取り出したとも、伏見藤森のどこかで取り出したとも解釈できる。
      • 『日本刀大百科事典』では、藤森神社の5月5日の神事(藤森祭)において武者行列に貸し出されていたとする。

キャラクターデザイン

  • デザインを担当したIzumi氏のtwitterにて、背面のデザイン内番衣装の背面デザインが公開されている。
  • 刀剣乱舞一周年記念イラスト(公式Twitterより)
  • 2015年7月26日のニコニコ生放送「刀剣乱舞-ONLINE-」トークイベントにてボイスを担当する斉藤壮馬氏はキャラクターの印象について「驚き驚かせるのが大好きで、近侍にすると審神者を驚かせてきたり、おじいちゃんだけど放置されると寂しがり屋な反応をしたり、茶目っ気がある」「見た目はすごい儚げな感じなんですけど、中身は結構面白い人なのが良いところだと思います」と語っていた。

予想外だったか?コメントだぜ! Edit

鍛刀成果の報告はレシピ報告内に、
ドロップ報告に関してはステージドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。

2015/02/02に設定されました当wikiガイドラインに基づき、入手・ダブり報告【のみ】・未入手の愚痴【のみ】のコメントはおやめ下さい。

ガイドライン周知のため、暫定的に折りたたんであります。




*1 00:00~23:59
*2 メンテナンス後~メンテナンス前
*3 日本刀大観
*4 朝日百科皇室の名宝
*5 日本刀鑑定法
*6 紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜
*7 日本刀全集第一巻
*8 日本刀の掟と特徴
*9 紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜
*10 本阿弥成善
*11 『刀剣美術』第223号
*12 多賀宗隼「秋田城介安達泰盛」
*13 高瀬真卿『刀剣談』
*14 『伊達家御宝物御太刀由緒書』
*15 福永酔剣『日本刀よもやま話』