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太鼓鐘貞宗

Last-modified: 2018-12-18 (火) 20:36:21
69番
戦ってのは一世一代の晴れ舞台だからな。着飾って当然だろ?太鼓鐘貞宗(たいこがねさだむね)短刀貞宗
ステータス(MAX)
生存27(33)打撃15(26)
統率20(39)機動25(53)
衝力17(26)範囲
必殺42偵察36(50)
隠蔽34兵装備スロット1
装備可能刀装
投石/弓/銃/軽歩/重歩
ランクアップチャート
太鼓鐘貞宗太鼓鐘貞宗 特(Lv20) → 太鼓鐘貞宗 極(Lv60)
刀帳説明
俺は、太鼓鐘貞宗! 伊達忠宗様が使ってた刀なんだぜ。
どうよ、この彫り物! 派手でかっこいいだろう?
……あ? 名前の由来? 何だったかなー。よく覚えてねーな。
まっ、めでてえ感じでいいじゃねーか!
公式Twitterの紹介
相州貞宗の作で、長く伊達家に在った短刀。
伊達者という言葉が今に残るだけあって、派手好きでお洒落を尊ぶ性質をこの太鼓鐘貞宗も受け継いでいる。
燭台切光忠とは「みっちゃん」「さだちゃん」と呼び合う仲。
(公式ツイッター本丸通信12

※ステータスは刀帳に表示されている初期値のもの カッコ内の数値は錬結・内番で強化できる限界値

CV:髙橋孝治、イラストレーター:⑪(クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

現在の入手方法

過去の入手方法

イベントドロップ
キャンペーン報酬


ステータス

  • 初期値
    • 同刀種内で偵察が単独トップ、必殺が2位(小夜左文字不動行光と同率)。全刀剣内でも必殺が7位(小夜、不動と同率)、偵察が7位(鳴狐加州清光と同率)。
    • しかし生存・隠蔽が低く、統率初期値は短刀・全刀剣内ともにワースト。
  • 最大値
    • 初期値で短刀1位だった偵察が全体でも単独トップになった。
    • 初期値では低かった生存が同刀種内で2位(信濃藤四郎と同率)、統率が3位(後藤藤四郎、信濃藤四郎と同率)になり、合計値が単独トップに。機動も全刀剣内で6位(へし切長谷部と同率)。
    • 必殺の高さ、隠蔽の低さは初期値と変わらないが、衝力も低くなった。
      • まだ生存・偵察の最大値が不明な男士がいるため、判明し次第順位の変動あり。
  • ランクアップ後のステータスは太鼓鐘貞宗 特を参照

他の刀剣男士との会話

その他

  • 2016年6月23日のメンテナンスで7-2ボスの稀ドロップとして実装された。当初から燭台切光忠大倶利伽羅の台詞とキャラ設定文で言及されていた刀剣男士であり、1年6ヶ月越しの実装となった。
    • 以降イベント「戦力拡充計画」に登場することがある。
    • イベントや鍛刀キャンペーンでの先行実装を経ずに初めから常設ステージで実装されたのは2015年5月実装の明石国行以来約1年ぶり。
    • 2018年7月3日のメンテナンス以降、通常鍛刀が可能になった。
  • 初入手時と、2回目以降の入手時で台詞が異なる。入手時のボイスが2種類用意されているのは現状では彼と山姥切長義のみ。
    • 2018年7月3日メンテナンス以降、鍛刀で初入手した場合、入手ボイスは2回目以降の1種類のみに変更された。但し、ランダムになっているとの報告もあり。(情報募集中)
      ドロップで初入手した場合の台詞変化は不明。(情報募集中)

小ネタ Edit

  • 太鼓鐘貞宗は相州貞宗の短刀でも最も小振りと言われる名物である。
  • 8寸2分、無銘。中心うぶ、目釘孔4個。うち2つは埋める。
  • 彫り物は差表が棒樋のなかに浮き剣、差裏が棒樋のなかに浮き宝棒。
  • 号の由来は「埋忠押形」によると堺の町人「太鼓鐘(たいこかね)」が持っていたためとされる。
    • だが享保名物帳では太鼓鐘の家から出たのかもしれない、と推測の書き方である。
      • 刀帳の自己紹介で名前の由来をぼかしているのはこのためか。

来歴

  • 毛利秀包?→徳川家康→徳川頼宣→徳川秀忠→伊達忠宗→仙台伊達家→稲葉家→仙台伊達家とされる。
    • 1616年の家康死去に伴う形見分けの記録「駿府御分物刀剣元帳」で上々御脇差の部に記載されている。
      • これで太鼓鐘の下に「もり藤四郎」と書かれていることから毛利秀包(通称:藤四郎)が家康に献上したのではないかと一部で推測されているが確証はない。
      • 上々御脇差は基本的に将軍家に残され秀忠が継いだ筈だが、「日本刀大百科事典」では頼宣に渡った後に秀忠に献上されたとしている。
    • 1617年に仙台藩二代目藩主忠宗(政宗の息子)が秀忠の養女振姫と結婚し、12月18日に政宗忠宗親子が江戸城にお礼に登城した際に、秀忠から忠宗に長光の刀と大小セットで贈られた。
      • 「徳川実紀」「貞山公治家記録」に同様の記載がある。この時に政宗には別所貞宗が贈られた。
    • 1677年に仙台四代目藩主綱村が稲葉正則の娘仙姫(万寿寺殿)と結婚し、4月10日にご祝儀として長光の刀とセットで稲葉家に贈られた。
      • この結婚は伊達騒動後の綱村の後見に稲葉正則がつくことを目的として幕命で決まったとされる。
    • 1688年、稲葉正往(正則の息子)の免職と転封の影響で稲葉家が財政難になったのか、茶道具などと共に8月22日に伊達家に買い戻された。その後は戦後まで仙台伊達家に伝来した。
      • 稲葉家に渡って戻ってきた経緯は「肯山公治家記録」に記載されている。稲葉家側の記録は不明。
      • 【参考文献】庄司恭『伊達政宗と刀―仙台刀工史話』宮城地域史学協議会 1993年
  • 「剣槍秘録」によると伊達家での管理番号は春の二号。
  • 戦後に仙台伊達家を出て、現在は個人蔵。重要文化財に指定されている。
  • 「享保名物帳」の太鼓鐘貞宗は稲葉丹後守所持と記載され、長さも八寸三分半と異なる。
    • 稲葉家で丹後守という官位は稲葉正往と息子の正知。
    • 享保名物帳が成立した享保年間には伊達家の太鼓鐘は稲葉家から既に伊達家に戻っているはず?情報が古かっただけか、同名が二振あったのか、他の刀が混同されたのか、不明。現存する太鼓鐘貞宗は伊達家伝来の一振のみ。
  • 短刀?脇指?
    • 徳川家や伊達家の文献では「脇指」とされているがこれは戦国~江戸初期にはまだ短刀という区分が無かったためで、現代の脇指と短刀は当時は引っくるめて全て脇指と呼ばれた。現在では1尺未満が短刀、1尺以上2尺未満が脇指とされる。

キャラクターデザイン

なるほどねぇ、これが主のコメントかー Edit

鍛刀成果の報告はレシピ報告内に、
ドロップ報告に関してはステージドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。

2015/02/02に設定されました当wikiガイドラインに基づき、入手・ダブり報告【のみ】・未入手の愚痴【のみ】のコメントはおやめ下さい。

ガイドライン周知のため、暫定的に折りたたんであります。




*1 メンテナンス後~メンテナンス前
*2 00:00~23:59
*3 日向正宗を除く当時実装済みの男士
*4 メンテナンス後~メンテナンス前
*5 17:00~04:59
*6 17:00~14:00
*7 日向正宗、南泉一文字、千代金丸、静形薙刀を除く当時実装済みの男士