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中畑監督

Last-modified: 2019-09-15 (日) 11:30:57

横浜DeNAベイスターズ前監督・中畑清氏のこと。


概要 Edit

監督の内定発表の当初はその就任理由が疑問視され、春田真オーナー(当時)が求めていた『若さ』も『情報発信力』も無いものと思われていた。
またアテネ五輪時の指揮への悪評や、他の監督候補として新庄剛志や工藤公康があげられていたこともあり、横浜ファンは中畑の話題を意図的にスルーする傾向があった。

 

また「中畑監督就任」の情報が受信されていない事件も起きたりしていた。

スポニチ『番長「ウソ!」福島の子供たち「中畑監督」知らず…』
DeNA・三浦が横浜市内で、被災地である福島県在住の子供約40人を対象に、キャッチボール教室を開いた。福島県外で遊んでもらおうという支援策の一環だったが、連日メディアに露出している福島県出身・中畑新監督の予想外の知名度の低さにびっくり。「ウソ、知らへんの?監督も福島(出身)やろ…。DeNA浸透してへんな」。質問コーナーが終わった後に「横浜の新監督は誰?」と子供たちに聞いたところ「し~ん」。子供たちは沈黙したままだった。

 

ところがキャンプが始まると、毎日のようにマスコミに話題を提供。キャンプ中の一面を飾る光景もよく見られるようになった。

中畑コピペ Edit

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その後 Edit

中畑は教育係、モチベーターとしても役割を発揮。挨拶をさせるところから基本を教えたり、ベンチで選手に声出しを徹底させたり、キャンプの練習量も低迷期と比べても激増させたりした。自分も手本としてかチームが逆転したりホームランが出たりすると誰よりも喜んだ
また、当時二軍の帝王状態だった筒香嘉智梶谷隆幸の才能を見抜いて主力に成長させ、先発としてドラフト指名した山﨑康晃をオープン戦後にはクローザーに抜擢するなど、育成面でも手腕を発揮。
そして2013年には永久に不可能かもしれないと囁かれていた最下位脱出を果たし、シーズン終盤までCS争いを繰り広げた。2014年には借金を1桁に抑えるなど、少しずつだが確実にチームを強化していった。
2015年は前半戦終了時点で首位に立ち、最大11もの貯金を手にしながら結局最下位に逆戻り。中畑はその責任を取り退任したが「面白コメントを連発するネタ監督」という当初の評判とは一転、「チームをベリーグからセ・リーグに引き戻した」と一定の評価を得た*1
また、前任者(大矢明彦・尾花高夫)が重度の左右病で好調の打者を腐らせたりマシンガン継投を繰り返すなど擁護できる面が見られなかったことや、当時のセリーグに無能扱いされた監督が多かったことも、中畑の評価が相対的に上がった一因であるとされている。

監督辞任後 Edit

放送局・地域を問わず巨人戦・DeNA戦のテレビ中継に招かれており、特にDeNA戦での出演時は一時不敗神話ができるほどの高勝率を記録するためポジハメの親玉として扱われるなど、人気は衰えていない。ただしDeNAを「ウチ」と呼ぶ癖が治っていない模様

大洋時代からのOBや現役選手を集め行われたハマスタレジェンドマッチにおいて「TEAM YOKOHAMA」の監督として再びユニフォームに袖を通した。試合では監督時代さながらの猛抗議を見せたり、「代打俺」として佐々木主浩から安打を放ったりするなど、横浜ファンとは今でも相思相愛のようだ。


関連項目 Edit



Tag: 横浜 報道機関






*1 球団側もファンも中畑の功績は認めており、最下位ではあったものの続投を要請した程である。