2008年9月3日に日刊スポーツ出版社から発売された阪神タイガースの優勝を祝うはずだった雑誌のタイトルのこと。転じて、2008年の阪神のV逸を指す。雑誌の正式名称は『Vやねん!タイガース 08激闘セ・リーグ優勝目前号 』。
なんJや野球chに限らず「縁起モノ」を出すと逆効果な場合も多いが、特にマスコミが強いインパクトを与えたことから現在も日本プロ野球における死亡フラグの代名詞として扱われている。なお、ここでは2008年以外の阪神V逸ネタも解説する。
解説
背景
2008年の阪神タイガースは春先から好調を維持し、対称的に開幕5連敗を喫した2位・巨人に最大13ゲーム差を付けるなど首位を独走していた。しかし後半戦になると先発陣が崩れはじめ、同年の北京五輪にも出場していた新井貴浩が疲労骨折で離脱した影響で打線も春より繋がらなくなり徐々に失速。一方の巨人は北京五輪で阿部が離脱するのを見据えて横浜から鶴岡をトレードで獲得し、若手が積極的に起用されては結果で応えるなど夏場から怒涛の勢いで勝ち進み、阪神は巨人との直接対決で大きく負け越した結果、マジックの点灯と消滅を繰り返す状況になっていた。
このような状況の中、9月3日に『Vやねん!』は発売されたのだが、その時点で2位の巨人とは5ゲーム差、マジック24(既に3度消滅、4度目の点灯)となっており、見切り発車過ぎないかと不安視する声も阪神ファンから出ていた。
歴史的V逸
巨人との差は徐々に詰められ、10月8日の直接対決(東京ドーム)で敗北したことにより、首位陥落と同時に巨人にマジック2が点灯。その2日後、阪神は横浜戦(横浜スタジアム)で敗れ、ヤクルトに勝った巨人のレギュラーシーズン優勝が確定した。最終的に、阪神は7回のマジック点灯と消滅を繰り返した。
メークレジェンド
この年の巨人はオープン戦で最下位だったが13ゲーム差をひっくり返しての逆転優勝。最大11.5ゲーム差から逆転優勝した1996年の「メークドラマ*1*(命名・長嶋茂雄)になぞらえた「メークレジェンド」と呼ばれ、話題となった。またこのV逸で阪神は最大ゲーム差逆転優勝のセ・リーグ新記録を献上した*2。
巨人の「歴史的逆転V」の被害を受けた阪神にとっては本誌の存在と微妙な気まずさだけが残る結果となった。監督だった岡田彰布も同年10月12日にこの悲劇的なV逸の責任を取って辞任を発表し、15年後の2023年に復帰するまで阪神球団から離れることとなった。
なお金本知憲はメークドラマの時には広島に、メークレジェンドの時には阪神に在籍しており、双方の被害に遭った唯一の選手である。逆に清水隆行はメークドラマ・メークレジェンドの両方で巨人に在籍しており、双方で逆転優勝を経験した唯一の選手である。
阪神・巨人貯金数推移グラフ
クライマックスシリーズ
ファーストステージは3位・中日ドラゴンズとの対戦で、第3戦までもつれ込む。
しかし、9回表から登板した守護神・藤川球児がタイロン・ウッズに痛恨の被弾。これが決勝点となり阪神は第1戦に続いて0-2の完封で敗北、CS敗退が確定した。
藤川は当時の岡田監督*3が絶対の信頼を寄せるストッパーだったため、シーズン終盤では藤川の酷使*4が目立ち、ここ一番で頼り過ぎた事が大きな仇となった。
そして、
- 絶対的守護神が打たれて敗北
- 全く噛み合わない打線
- 結局V逸
- MAKE(まけ=負け)レジェンド*5
とあって、この日の2ちゃんねる実況板、各所のブログや掲示板はお祭り騒ぎ。そして事ある毎に本商品は「ネタ素材」として宣伝・投下され、
- 何がVやねん!タイガース
- V逸やねん!タイガース
など一部を改変された画像が出回り、笑いの種とされてしまった。
余談
- 『Vやねん!タイガース』は現在入手困難なレア物となっており、通販やオークションではプレミア価格で取引されている。
- 同様の特集誌は過去にも発刊されており、阪神タイガースが初めての日本シリーズ制覇を果たした1985年には『永久保存版・阪神優勝記念 Vやねん!!タイガース こんなに打ってこんなに勝った』というタイトルで発売。こちらはリーグ優勝決定後に発売されており、正真正銘の『Vやねん!』であった。そして出版したのは2008年と同じく日刊スポーツ社である。
画像
V逸決定の瞬間
同じようなネタ
タイガースV一直線!(1992年)
『Vやねん!』に16年先立つ1992年シーズンの阪神タイガースは、1985年の優勝・日本一から既に7年が経過して余韻はすっかり薄れ、1987年からのチーム成績は5位が1回、6位が4回という典型的な弱小チームに成り果てていた。1985年のV戦士も中心選手だった岡田彰布・真弓明信が衰えを隠せず、好材料と言えば来日2年目のトーマス・オマリーと大洋(現:DeNA)を解雇され入団したジェームス・パチョレックくらいしか見当たらず、当然ながら1992年も当初は最下位の予想が大多数を占め、下馬評は芳しくなかった。
そのような中、監督3年目の中村勝広は1988年から村山実前監督が進めていた若手起用策をさらに前面に出し、亀山努・新庄剛志・久慈照嘉を登用*6。その結果、彼らは期待に応える活躍を見せ、チームに新たなる風「亀新フィーバー」を巻き起こした。オマリーとパチョレックの外国人コンビも打線の中核を担い、この年から選手会長となりチームを牽引した和田豊を中心に粘り強い戦いを披露。投手陣もこの年からラッキーゾーンが撤廃されたことが追い風となり、仲田幸司・湯舟敏郎・中込伸・田村勤などが大健闘。恒例の死のロードも10勝6敗と無難にまとめてヤクルトと熾烈な首位争いを演じる。その勢いに乗じて週刊ベースボールが10月5日号にて『タイガースV一直線!』などと題して刊行。
しかし、このあたりからチーム状況は硬直。長期ロード前に中村監督がマスコミの前で「大きなお土産を持って帰ります」と発言したこともあって、選手たちは緊張と疲労で力を発揮できなくなってしまう。10月には3勝6敗と力尽き、最終カードでヤクルトに優勝を決められただけでなく、巨人に追い付かれて同率2位に終わった。
なお、翌年の1993年の順位は亀山のケガ、仲田の不振に加えオリックスから加入した松永浩美も誤算だったことなどから阪神は4位になり(ヤクルトが連覇)、阪神は2003年に優勝するまでさらに10年の雌伏を余儀なくされることとなる。
Vやで!(2015年)
2015年に球団創立80周年を迎えた阪神は後半戦に入って調子を上げ、8月8日に首位に立つ。多くのファンは喜んだが同時にこの年のセ・リーグは混戦模様を呈しており「楽観視できない」という意見が大勢を占めた。しかし前半戦で横浜DeNAベイスターズを特集、見事に失速の立役者と見なされてしまった週刊ベースボールが『10年ぶりの歓喜へ! 阪神大特集』『セ界制覇へ突き進め』『Vやで!タイガース』などと題し9月14日号での阪神特集を予告。
それがまたもや盛大なフラグとなりヤクルト・巨人の追い上げに遭い首位陥落、さらに黒星を重ねて3位へと順位を落とした挙句、首位争いどころか4位・広島*7とのCS争いをする羽目に。そもそもこの年の阪神は、シーズン途中までチーム成績(主に打率、得点、防御率等)がリーグ最下位で、最終的に3位だっただけでも凄いといえる。
そして9月27日、広島に2-5で敗れ阪神のリーグ優勝は完全消滅、阪神は2008年の二の舞を演じることとなってしまった。さらに10月2日の試合に敗れたことになりヤクルトの優勝決定を目の前で見届けることとなった。案の定である*8。
下からVやねん!(2018年)
この年の詳細は地獄も参照。
『Vやねん!』から10年後の2018年、今度はサンスポが開幕直前にオールカラー84ページからなる『Vやったるで!!タイガース』を発売したことでシーズン開始前から早くもファンは戦慄。「やねん」から「やで」を経て「やったるで」と呼称を変えたら良いかと思われたがそんなことはなく、阪神はオープン戦から壊滅的な打撃不振や守備難などに苦しみ、オープン戦をぶっちぎりの最下位で終えたことで既に暗雲が漂っていた。
シーズンが開幕してからもちぐはぐな戦いぶりを見せ、交流戦もこの年絶望的不調に陥った楽天と紙一重のブービー*9だったためファンはますます不安を抱いていたが、それが最後の最後に的中することになる。
9月後半まではシーズン前半に抜け出して首位を独走していた広島と9月頃から波に乗って2位入りしたヤクルトを除いた下位4チーム*10によるCS(3位)争いに加わるものの、シーズン後半に入り投手陣はなんとか持ち堪える*11も、8月下旬から野手を中心に故障者が大量に続出*12。9月下旬以降は暗黒時代以上に弱いと言われる戦いぶり*13で一気に最下位まで転がり落ち、10月3日には自力CS進出が消滅、同8日にはそのまま最下位が確定した。
一時期最下位を独走していた中日との10.0ゲーム差をひっくり返しての劇的な最下位転落は「下からVやねん!」*14と呼ばれ盛大にネタにされた。金本監督は3年間で最強の布陣と言っていたが、「下から最強、二軍が最強*15、打てなさ最強」と揶揄された。
あかん阪神優勝してまう(2021年)
2021年の阪神は開幕から好調で首位を堅持。交流戦でも11勝7敗で勝ち越した。
だが交流戦終盤にかけて投手陣の不安が露呈し、打線が湿った試合が増えたりなどと既に阪神は失速気味だったが、6月20日の阪神-巨人戦(甲子園)の試合前にABCテレビが『虎バンスペシャル#あかん阪神優勝してまう』*16を放映。この中ではABCアナウンサーが「優勝いただき隊」を結成し、6月の時点で優勝旅行などの話を繰り広げ、ファンを大いに戦慄させた。
それでも首位陥落の危機を14度も乗りきった阪神だが、8月後半以降になると佐藤輝明、ジェリー・サンズ、梅野隆太郎を始めとした主力選手の不振が重なってしまう。そして8月29日、デーゲームで巨人とヤクルトがそれぞれ勝利し、残るナイターの対広島戦(マツダスタジアム)で阪神が3タテされたことにより、約5ヶ月守り続けた首位から遂に陥落。さらには勝率の関係で一気に3位にまで落ちてしまい、巨人が1位、ヤクルトが2位に立った。
その後一度は首位を奪還したものの、今度はヤクルトが2008年の巨人を思い起こさせる猛追*17で阪神を抜き去った。このような中でもABCテレビは諦めが悪く意地とばかりに『16年ぶりに阪神優勝してまう!?』を放送したものの、神宮球場の直接対決で負け越しマジック点灯を許してしまう。
ただ阪神は5割以上の戦いを演じて食らい付き、交流戦明けから続いた不調から立ち直った投手陣の踏ん張り、坂本誠志郎や島田海吏らの活躍もあり追撃。10月下旬に入り今度はヤクルトに週刊ベースボールの呪いが発動したか先発陣が試合を作れずに降板した上に打撃陣も冷温停止。優勝目前で足踏みしたため『Vやねん!』と『予約ルト』のフラグ対決とも揶揄され、ヤクルトのマジック消滅とはならずも10月23日にゲーム差0の状態となる。
ヤクルトがM2で迎えた10月26日、阪神はシーズン最終戦となる中日戦(阪神甲子園球場)を迎える。中日は主砲のダヤン・ビシエドが欠場した上に、規定投球回到達を狙う先発の小笠原慎之介がコンディション不良という報道も出ており、阪神ファンは勝利を期待していたものの、2回に糸原健斗が痛恨のタイムリーエラー。5回、8回にも追加点を奪われ、今季甲子園の試合においては1敗しかしていなかった中日相手に0-4で敗戦*18。同日にヤクルトはDeNAに5-1で勝利*19し、ヤクルトが2015年以来の優勝を決めた。阪神は最大8ゲーム差からのV逸となり、『Vやねん!2008』の再来を演じてしまった。
この年は例年苦手としていた巨人戦も14年ぶりの勝ち越しを決めるなどセ・リーグ5球団に負け越し無しを記録したものの、DeNAと広島に勝負どころで3連敗を喫するなど、『Vやねん!』と同様に下位チームからの取りこぼしが多かったことがV逸の原因となっている。
本拠地・甲子園で迎えたCSファーストステージでもシーズン最終盤に絶不調だった野手陣を立て直せず*20、終盤失速して借金フィニッシュだった巨人*21相手に2連敗し、あっさり力尽きた。この時にはNHK大阪がCS開幕前日の11月5日に『生激論!クライマックスシリーズ直前特番~夢の関西対決 あるで!?阪神×オリックス~』を放送してしまっており、阪神は見事にフラグを回収することになった。
なおオリックスは無事CSを突破したが、またもNHK大阪が『全力応援!プロ野球 あるで!?オリックス日本一』を放送、このためか日本一は逃した。
このような結果から、阪神の最大の敵は巨人など他球団ではなく(一部の過激な)ファン、タニマチ、朝日新聞*22を始めとする関西メディアであると指摘され、特に特番を放送したABCテレビは(普通の)阪神ファンからも目の敵として見られるようになった*23。挙句の果てにはABCテレビのキー局であるテレビ朝日まで叩かれた模様*24。
また、秋山拓巳には「優勝しなかったらテレビ局どうするんかな思った」「余計なプレッシャーありました」とジョブチューンで語られた他、藤浪晋太郎にも「フラグでしかない」と言われるなど、阪神の選手達もフラグを感じていた模様*25。
この時のバッシングがよほど堪えたのか、無事にリーグ優勝・日本一を果たした2023年に阪神が独走体勢になっても、ABCテレビはリーグ優勝が確定するまでこのような阪神特番を企画・放送することはなかった。
ちなみに矢野監督は『Vやねん!2008』は選手として、『下からVやねん!』は二軍監督として、『Vやねん!2021』は一軍監督として全て経験することになった*26。
余談1:1999年版『下からVやねん!』
実は1999年阪神の転落ぶりの方が2018年よりも激しい。
この年から野村克也監督に率いられた阪神は開幕から好調を堅持し6月には中日と同率ながら1992年以来2209日ぶりの首位となり7年ぶりのAクラスあわよくば14年ぶりの優勝をファンから期待された。しかし、その後は好調の反動と選手層の薄さを露呈し負けに負けまくり、7月にはオールスターを挟んで9連敗を喫しあっという間に5位転落。さらに9月には球団タイ記録の12連敗を喫し一気に最下位に転落、最終的には借金25でシーズンを終え6月には同率首位だった中日*27から26ゲーム差も付けられた。また5月終了時点で阪神と5ゲーム差の最下位に沈んでいた横浜(3位)には全く歯が立たず最終的には11ゲーム差を付けられ、開幕から低調だった5位広島にさえも2ゲーム差を付けられてしまうという有り様だった。しかし、これでも借金31だった前年よりはマシである。
更に余談であるが、首位転落1週間前の6月12日と12連敗直前の9月10日の試合後のヒーローインタビューにて新庄剛志が「明日も勝つ!」と発言しており、そのことが「お立ち台での『明日も勝つ』は禁句」と認識されるきっかけとなった。
余談2:牛バンチャンネル(2021年オリックス)
2021年の日本シリーズは第2戦終了時点でヤクルトとオリックスがお互いに1勝1敗だった。
そんな中、普段阪神を応援しているABC公式YouTubeチャンネルは11月23日*28に『緊急生配信!一夜限りの牛バンチャンネル! 日本シリーズ第3戦を語りまくりSP!』という生放送を行う。
するとそこからオリックスが2連敗。その後は1勝取り返したものの、最終的に日本シリーズ敗退となってしまった。
また、普段関西メディアがオリックス関連の報道をあまり行わないにも関わらず、この際に限って都合よく便乗したことにはオリックスファンからも呆れる声があった。
余談3:逆メークレジェンド(2022年巨人)
2022年の巨人は開幕からハイペースで勝利を重ね、球団史上最速20勝を達成するなどスタートダッシュに成功。
一方、阪神は開幕から史上稀に見るレベルの逆噴射ぶり*29でセ・リーグ最下位を爆走し、「年間8勝ペース」とまで揶揄されていた。
巨人は阪神に対し最大13.5ゲーム差を付けていたが、交流戦から潮目が代わり、阪神は急上昇した反面巨人は負け越して失速し、7月には阪神に抜かれてしまう。それでもさらなる転落は免れ熾烈な順位争いが続いたが、最終的に阪神3位、巨人4位となり、巨人は痛恨のCS逸を喫してしまった。