Vやねん!

Last-modified: 2022-11-17 (木) 22:31:53

2008年9月3日に日刊スポーツ出版社から発売された阪神タイガースの優勝を祝うはずだった雑誌のタイトルのこと。
正式名称は『08激闘セ・リーグ優勝目前号 Vやねん!タイガース』。

なんJや野球chに限らず「縁起モノ」を出すと逆効果な場合も多いが、特にマスコミが強いインパクトを与えたことから現在も日本プロ野球における死亡フラグの代名詞として扱われている。
ここでは本項以外にも同じような阪神V逸ネタも解説する。


概要

『Vやねん!』発売時の状況

2008年の阪神は春先から好調を維持し、2位の巨人と最大13ゲームもの大差を付けて首位を独走。このペースなら優勝はまず確実だろうと踏んだ(と思われる)日刊スポーツは『セ・リーグ優勝目前号』と題打ち、特別雑誌の発売準備を進めていた。

しかし後半戦になると阪神先発陣が疲弊。長いイニングを保たせられず*1、更に同年の北京五輪日本代表としても出場していた新井貴浩が疲労骨折で戦線離脱した影響で春ほど打線が繋がらなくなり徐々に失速。首位こそキープするもののマジック点灯→消滅を繰り返す。さらに春先の不振が嘘のように息を吹き返した巨人に圧倒され直接対決では大きく負け越すなど、ジワジワとその差を詰められていく。
9/3の『Vやねん!』発売の時点で2位・巨人とは5ゲーム差、マジック24(既に3度消滅、4度目の点灯)となっていた*2
既にこの段階でファンからは「『Vやねん!』の発売は見切り発車すぎたのでは?」と不安視されていたのだが…。


歴史的なV逸

『Vやねん!』発売以降も巨人は阪神とのゲーム差を縮め、ついに10月3日の東京ヤクルトスワローズ戦(神宮)で阪神が5点リードをひっくり返されての敗戦*3試合詳細)を喫したことで、巨人は同率首位に並びかける。
一旦阪神は単独首位を奪い返すが勢いの差は歴然。5日後の巨人との直接対決(東京ドーム)で敗北した*4試合詳細)ことにより、首位陥落と同時に巨人にマジック2が点灯した。
さらに2日後、阪神は横浜ベイスターズ戦(横浜)*5で敗れ(試合詳細)、ヤクルトに勝った巨人のレギュラーシーズン優勝が確定してしまった。

なお、この年の巨人は阪神とは逆に前半戦までは2005年や2012年、のちの2017年の時ほどではないにしろ不調でオープン戦は最下位になっている。
にも関わらず13ゲーム差をひっくり返しての優勝は、最大11.5ゲーム差から逆転優勝の1996年の「メークドラマ」(命名・長嶋茂雄)になぞらえ、「メークレジェンド」と呼ばれて話題となった。これは最大ゲーム差逆転優勝のセ・リーグ新記録である*6
それと同時にひっくり返された阪神は「歴史的V逸」として名を残すことになり、後に残ったのは本商品の存在及び微妙な気まずさだけである。
ちなみに金本知憲はメークドラマの時には広島に、メークレジェンドの時には阪神に在籍しており、双方の被害に遭った唯一の選手である。逆に清水隆行はメークドラマ・メークレジェンドの両方で巨人に在籍しており、双方で逆転優勝を経験した唯一の選手である。


阪神・巨人貯金数推移グラフ


元サイト


クライマックスシリーズ

しかし「メークドラマ」達成時と違い、今のプロ野球にはクライマックスシリーズ(以下CS)があることから、阪神ファンはCSの逆転で日本シリーズ進出に期待を掛けた。

迎えたCSファーストステージは3位・中日ドラゴンズとの対戦で、第3戦までもつれ込み、引き分け以上でファイナルシリーズ進出という所まで近づく。
すると0-0で迎えた9回表、この回から登板した阪神の守護神・藤川球児タイロン・ウッズ痛恨の被弾。これが決勝点となり阪神は第1戦に続いて0-2の完封で敗北、同時にCS敗退が決定
藤川は当時の監督・岡田彰布*7が「絶対の信頼を寄せるストッパー」だったため、シーズン終盤では藤川の酷使*8が目立ち、ここ一番で頼り過ぎた事が大きな仇となった。
そして、

  • 絶対的守護神が打たれて敗北
  • 全く噛み合わない打線
  • 結局V逸
  • MAKE(まけ=負け)レジェンド*9

とあってこの日の2ちゃんねる実況板、各所のブログや掲示板はお祭り騒ぎだったようで、そして事ある毎に本商品は「ネタ素材」として宣伝・投下され、

  • 何がVやねん!タイガース
  • V逸やねん!タイガース

など一部を改変された画像が出回り、笑いの種とされてしまったのである。
なお日刊スポーツ出版社は約1ヶ月後、『原巨人 奇跡の逆転V』をいけしゃあしゃあと出版している。なお日シリ。

ちなみにこの『Vやねん!タイガース』は現在入手困難なレア物となっており、通販やオークションではプレミア価格で取引されていることもある。
また同様の特集誌は過去にも発刊されており、阪神が日本シリーズ制覇を果たした1985年には『永久保存版・阪神優勝記念 Vやねん!!タイガース こんなに打ってこんなに勝った』というタイトルで発売。こちらはリーグ優勝決定後に発売されており、正真正銘の『Vやねん!』であった。そして出版したのは2008年と同じく日刊スポーツ社である


画像

  • 本家 Vやねん!タイガース2008
  • 元祖 Vやねん!タイガース1985
  • 改変1 何がVやねん!タイガース
  • 改変2 ビリやねん!タイガース
  • おまけ 原巨人 奇跡の逆転V


V逸・CS敗退の原因と影響

2008年の各ポジションにおけるベストオーダーは以下の通りとなる。

打順守備位置名前満年齢
(当時)
1中堅赤星憲広32
2二塁平野恵一29
3一塁新井貴浩31
4左翼金本知憲40
5右翼葛城育郎31
6遊撃鳥谷敬27
7捕手矢野輝弘40
8三塁関本賢太郎30
9投手

この年の阪神は新井貴浩や平野恵一の移籍加入によって一見するとレギュラー陣が強力ではあったが、その内情を見てみると今岡誠ルー・フォードの不振が影響して金本以外は本塁打数が少なく長打力に乏しいラインナップとなっていた。
また、(前田)大和(現DeNA)らの若手も育っておらず、内部からの新戦力の突き上げや2003・2005年の優勝時に出てきたような所謂日替わりヒーローの台頭も乏しく、ドラフト戦略の不味さもあって控えの選手層が非常に薄かった。実際、新井が離脱した後は高橋光信がカバーしていたが得点力が激減している。予備戦力については、監督である岡田自身がシーズン当初からのチームの理想形にこだわるタイプであり、ベストオーダーを弄ることを好まなかったために育たなかったとの指摘もある。
後に岡田自身も「独走した事で『これを逆転される訳にはいかない』と逆に他の選手を試す余裕がなくなってしまった。」と語っている。
それに加えて、前年に躍進した林威助と桜井広大が怪我や不振などで振るわなかったことも影響した。
そのような中で優勝争いを演じたチームであったが、結果は現有戦力の消耗を招いただけに終わった。現有戦力の消耗という点ではクライマックスシリーズで対決した中日の落合監督にも同様の傾向があったが、岡田とは違って非情なまでの勝利至上主義に徹したため、彼が監督を務めたその後3年間の中日では少なくとも戦力の大幅ダウンが無かった。

翌2009年の真弓明信監督時代以降はチーム力の低下・主力選手の高齢化に直面したため*10戦力の更新が喫緊の課題となる*11。外部からの選手獲得は一定の成功を見たものの生え抜き選手の台頭に乏しく、和田豊監督3年目の2014年になるまでCS突破の壁に跳ね返され続けることとなる。


同じようなネタ

タイガースV一直線!(1992年)

タイガースV一直線!(1992年)
『Vやねん!』に16年先立つ1992年。この頃になると1985年の優勝・日本一の余韻はすっかり薄れ、1987年からのチーム成績は5位が1回、6位が4回という典型的な弱小チームに成り果てていた。1985年のV戦士も中心選手だった岡田彰布真弓明信がすでに衰えを隠せず、好材料と言えば来日2年目のトーマス・オマリーと大洋を解雇され入団したジェームス・パチョレックくらいしか見当たらず、当然ながら1992年も当初は最下位の予想が大多数を占め、下馬評は芳しくなかった。

そのような中、監督3年目の中村勝広は村山実前監督が1988年から進めていた若手起用策を更に前面に出し、亀山努・新庄剛志・久慈照嘉を登用*12。その結果、彼らは期待に応える活躍を見せ、チームに新たなる風を巻き起こした。オマリーとパチョレックの外国人コンビも打線の中核を担い、チームリーダーの和田豊を中心に粘り強い戦いを披露。投手陣もこの年からラッキーゾーンが撤廃されたことが追い風となり、仲田幸司・湯舟敏郎・中込伸・田村勤などが大健闘。恒例の死のロードも10勝6敗と無難にまとめてヤクルトと熾烈な首位争いを演じる。その勢いに乗じて週刊ベースボールが10月5日号にて『タイガースV一直線!』などと題して刊行。
しかし、このあたりからチーム状況は硬直し始め、長期ロード前に中村監督がマスコミの前で「大きなお土産を持って帰ります」と発言したこともあって選手たちは緊張と疲労で力を発揮できなくなり、10月には3勝6敗と力尽き、最終カードでヤクルトに優勝を決められて2位に終わる。しかも単独2位ではなく巨人に追い付かれての同率2位である。

なお、翌年の1993年の順位は亀山のケガ、仲田の不振に加えオリックスから加入した松永浩美も誤算だったことなどから阪神は4位になりヤクルトが連覇しており、阪神は2003年に優勝するまで更に10年の雌伏を余儀なくされることとなる。

Vやで!(2015年)

Vやで!(2015年)
時は流れ2015年。この年、球団創立80周年を迎えた阪神は後半戦に入って調子を上げ、8月8日に首位へ立つ。多くのファンはこれを喜んだが、同時にこの年のセ・リーグは混戦模様を呈しており「楽観視できない」という意見が大勢を占めた。
しかし前半戦で横浜DeNAベイスターズを特集、見事に失速の立役者と見なされてしまった週刊ベースボールが『10年ぶりの歓喜へ!阪神大特集』『セ界制覇へ突き進め』『Vやで!タイガース』などと題し9月14日号での阪神特集を予告
 
それがまたもや盛大なフラグとなり、その後数日は持ちこたえた阪神だったがヤクルト・巨人の追い上げに遭い首位陥落。さらに黒星を重ねて3位へと順位を落とした挙句、首位争いどころか4位・広島東洋カープ*13とのCS争いをする羽目に。そもそもこの年の阪神は、シーズン途中までチーム成績(主に打率、得点、防御率等)がリーグ最下位で、最終的に3位だっただけでも凄いといえる。
そして9月27日、広島に2-5で敗れ阪神のリーグ優勝は完全消滅、阪神は2008年の二の舞を演じることとなってしまった。案の定である*14*15

なお、この年199投球回を記録し14勝、奪三振王に輝きエース級の活躍をした藤浪晋太郎は、この年の酷使が遠因となって翌2016年シーズンの途中から成績不振に陥ることになる。

  • 派生 Vやで!タイガース

下からVやねん!(2018年)

下からVやねん!(2018年)
『Vやねん!』から10年後の2018年、今度はサンスポが開幕直前にオールカラー84ページからなる『Vやったるで!!タイガース』を発売したことでシーズン開始前から早くもファンは恐怖する。阪神はオープン戦から壊滅的な打撃不振守備難などに苦しみ、オープン戦をぶっちぎりの最下位で終えたことでファンを心配させる。

開幕してからもちぐはぐな戦いぶりを見せ、交流戦もこの年絶不調の楽天と紙一重のブービー*16だったためファンはますます不安を抱いていたのだが、それが最後の最後に的中することになる。

9月後半まで下位4チームによる3位争いに加わるものの、シーズン後半に入り投手陣は先発救援ともに崩壊*17し、8月下旬から故障者が大量に続出*18。9月下旬以降は暗黒時代以上に弱いと言われる戦いぶり*19*20一気に最下位まで転がり落ち10月3日には自力CS進出消滅、同8日にはそのまま最下位が確定*21

一時期最下位を独走していた中日との10.0ゲーム差をひっくり返しての奇跡的な最下位は「下からVやねん!*22と呼ばれ盛大にネタにされた。金本監督は3年間で最強の布陣と言っていたが、「下から最強、二軍が最強*23、打てなさ最強」と揶揄された。

あかん阪神優勝してまう(2021年)

あかん阪神優勝してまう(2021年)
2021年の阪神は開幕から好調で首位を堅持。交流戦を11勝7敗で勝ち越した。そんな中、6月20日の阪神-巨人戦(甲子園)の試合前にABCテレビが『虎バンスペシャル#あかん阪神優勝してまう』*24を放映。この中ではABCのアナウンサーが「優勝いただき隊」を結成し、6月の時点で優勝旅行などの話を繰り広げたのだった。
しかしその時点で投手陣の不安が露呈したり打線が湿った試合が増えたりなどと既に失速気味だった阪神はそれ以降甲子園で6年ぶりにDeNAに3タテを喰らうなど、放送された20日から翌週の27日までに2勝5敗。一方で2位の巨人は同じ期間で6戦全勝*25。最大8あったゲーム差が1.5まで縮まり、何かを思い出したファンが多数いた模様。

それでも何とか首位陥落の危機を14度も乗りきってきた阪神だが、8月後半以降になると佐藤輝明ジェリー・サンズ梅野隆太郎を始めとした主力選手の不振が重なり、迎えた8月29日、デーゲームで巨人とヤクルトがそれぞれ勝利し、残るナイターの対広島戦(マツダスタジアム)で阪神が3タテされたことにより、約5ヶ月守り続けた首位から遂に陥落。さらに勝率の関係で一気に3位にまで降格*26。巨人が1位、ヤクルトが2位に立った。しかしながら中日戦を挟んでの巨人との直接対決を2勝1分の好成績で乗り切り一度は首位を奪還したものの、今度はヤクルトが2008年巨人を思い起こさせる猛追*27で阪神を抜き去った。そのような中ABCテレビは『16年ぶりに優勝してまう?』を放送して意地になったものの、神宮の直接対決で負け越しマジック点灯を許してしまう。

ただ阪神は5割以上の戦いを演じ食らい付き、交流戦明けから続いた不調から立ち直った投手陣の踏ん張り、坂本誠志郎島田海吏らの活躍もあり追撃。10月下旬に入り今度はヤクルトに週刊ベースボールの呪いが発動したか先発陣が試合を作れずに降板した上に打撃陣も冷温停止。優勝目前で足踏みしたため『Vやねん!』と『予約ルト』のフラグ対決とも揶揄され、ヤクルトのマジック消滅とはならずも10月23日にゲーム差0の状態となる。
そんな中ヤクルトがM2(1.5)で迎えた10月26日、阪神はシーズン最終戦となる本拠地での中日戦を迎える。中日は主砲のダヤン・ビシエドが欠場した上に、規定投球回到達を狙う先発の小笠原慎之介がコンディション不良という報道も出ており、阪神ファンは勝利を期待していたものの、2回に糸原健斗が痛恨のタイムリーエラー。5回、8回にも追加点を奪われ、今季甲子園の試合においては1敗しかしていなかった中日相手に0-4で敗戦*28。同日にヤクルトはDeNAに5-1で勝利し、ヤクルトが2015年以来の優勝を決めた。阪神は最大奈々ゲーム差からのV逸となり、『Vやねん!2008』の再来を演じてしまった。
本拠地甲子園で迎えたCSファーストステージでもシーズン最終盤に絶不調だった野手陣の立て直しが出来ず*29終盤失速して借金フィニッシュだった巨人*30相手に2連敗であっさり敗退。2008年と同様首位チームへのリベンジすらできない結果となった。なお、この時にはNHK大阪がCS開幕前日の11月5日に『生激論!クライマックスシリーズ直前特番~夢の関西対決 あるで!?阪神×オリックス~』を放送しており*31、阪神は見事にフラグを回収した。なおとばっちりを食らったオリックスは無事日本シリーズに進出しているものの、注釈内の放送の因果か日本一は逃した

このような結果から、阪神の最大の敵は巨人等他球団ではなく(一部の過激な)ファン、タニマチ、朝日新聞*32を始めとする関西メディアであると指摘され、特に特番を放送したABCテレビは(普通の)阪神ファンの目の敵として見られるようになった。挙句の果てにはABCテレビのキー局であるテレビ朝日まで叩かれた模様
しかしベテランが多かった『Vやねん!2008』と異なり、主力の年齢層が若く、2軍の若手選手の突き上げ等、伸び代は十分残っていると思われる*33。そういった点やヤクルトが優勝したという要素から見ると、むしろ阪神としてのチーム状況は2008年よりは先に挙げた1992年の例に近い*34

ちなみに矢野は『Vやねん!2008』は選手として、『下からVやねん!』は二軍監督として、『Vやねん!2021』は一軍監督として全て経験することになった。
また、秋山拓巳には「優勝しなかったらテレビ局どうするんかな思った」「余計なプレッシャーありました」とジョブチューンで語られた他、藤浪晋太郎にも「フラグでしかない」と言われるなど、阪神の選手達もフラグを感じていた模様。*35

余談1:1999年版『下からVやねん!』

余談1:1999年版『下からVやねん!』
実は1999年阪神の転落ぶりの方が2018年よりも激しい。

この年から野村克也監督に率いられた阪神は開幕から好調を堅持し6月には中日と同率ながら1992年以来2209日ぶりの首位となり7年ぶりのAクラスあわよくば14年ぶりの優勝をファンから期待された。しかし、その後は好調の反動と選手層の薄さを露呈し負けに負けまくり、7月にはオールスターを挟んで9連敗を喫しあっという間に5位転落。さらに9月には球団タイ記録の12連敗を喫し一気に最下位に転落、最終的には借金25でシーズンを終え6月には同率首位だった中日*36から26ゲーム差も付けられた。また5月終了時点で阪神と5ゲーム差の最下位に沈んでいた横浜(3位)には全く歯が立たず最終的には11ゲーム差を付けられ、開幕から低調だった5位広島にさえも2ゲーム差を付けられてしまうという有り様だった。しかし、これでも借金31だった前年よりはマシである。

更に余談であるが、首位転落1週間前の6月12日と12連敗直前の9月10日の試合後のヒーローインタビューにて新庄剛志が「明日も勝つ!」と発言しており、そのことが「お立ち台での『明日も勝つ』は禁句」と認識されるきっかけとなった。

余談2:牛バンチャンネル

余談2:牛バンチャンネル
2021年の日本シリーズは第2戦終了時点でヤクルトとオリックスがお互いに1勝1敗だった。

そんな中、普段阪神を応援しているABC公式YouTubeチャンネルは11月23日*37に『緊急生配信!一夜限りの牛バンチャンネル! 日本シリーズ第3戦を語りまくりSP!』という生放送を行う。

するとそこからオリックスが2連敗。その後は1勝取り返したものの、最終的に日本シリーズ敗退となったため、改めてネタにされた。
また、普段関西メディアがオリックス関連の報道をあまり行わないにも関わらず都合よく便乗したことにはオリックスファンからも呆れる声があった。

余談3:逆メークレジェンド

余談3:逆メークレジェンド
2022年の巨人と楽天は開幕からハイペースで勝利を重ね巨人は球団史上最速20勝を達成し楽天も5月10日に貯金18をマーク、勝率が8割台に達するなど首位を快走。
一方、阪神は開幕から史上稀に見るレベルの逆噴射ぶりでセ・リーグ最下位を爆走し、「年間8勝ペース」とまで揶揄されていた。この頃、巨人は阪神に対し最大13.5ゲーム差*38が付けていたが、交流戦から潮目が代わり阪神は急上昇したのに対し巨人は急下降。その後、巨人は阪神に順位を抜かれ、2008年とは反対に阪神に13.5ゲーム差をひっくり返されてしまう。
楽天も5月半ばから不調で、最終的に巨人も楽天も二桁貯金からの借金フィニッシュかつCS逸*39という結果に終わり(最大借金16からAクラス入りした阪神との対比から)、「逆メークレジェンド」と揶揄されたりしている。


関連項目



Tag: 阪神 報道機関 フラグ・ジンクス


*1 一応、下柳剛安藤優也・岩田稔が規定投球回到達し2桁勝利を達成しているので、前年よりはマシのレベルではある。
*2 9月5日には2リーグ制後初となる4度目のマジック消滅。最終的に7回のマジック点灯と消滅を繰り返した。
*3 磐石を誇っていた所謂JFK及びスコット・アッチソンが7・8回で計7失点の大炎上。
*4 試合は巨人が4回に李承燁の2点タイムリーで先制し、巨人の先発・内海哲也山口鉄也豊田清マーク・クルーンの継投で阪神を押し出し四球の1点に抑えた。
*5 余談だが、この年横浜から3タテを食らったのは阪神だけである。
*6 日本記録は1963年の南海ホークスが西鉄ライオンズ(いずれも当時)の逆転優勝を許した14.5ゲーム差。いずれも関西(当時南海は大阪が本拠地)球団が敗れたところが共通している。
*7 10月12日にV逸の責任を取り辞任することを表明していた。また、『Vやねん!』の存在は2021年に週刊ポストの取材を受けるまで全く知らなかったという。
*8 同点やセーブが付かない場面、8回からのイニング跨ぎ、さらにCS第2戦でも4点リードでの登板など。
*9 野村氏がメークドラマを正しくないと発言してローマ字読みした「負けドラマやないか」から。正しい意味は「Make it drama」だとのこと。
*10 上記のベストオーダーの場合だと、平均年齢は32.5歳となる。金本・矢野に至っては満40歳。しかも矢野はキャッチャーという極めて負担のかかるポジションのため怪我も心配された。
*11 結局この課題は2019年まで解消できなかった。2020年以降はある程度改善されたが、真弓・和田監督時代において生え抜きスタメンの台頭に乏しかったことは、金本・矢野監督時代になって年齢層の偏り、特に中堅層の人材不足となってチームを苦しめることとなる。特に2021年は最終試合までヤクルトとデッドヒートを演ずるも最後の最後で失速、V逸する大きな要因となった。
*12 この亀山を登用するにあたって従来スタメンだった岡田は控えに回ることとなった。当時の阪神ではスター選手や幹部候補生からスタメンを剥奪することは禁忌とされており、岡田も中村監督のこの行為に対して憤慨しており、後に自由契約で放出される一因となる。
*13 その広島も甲子園での田中広輔の幻のホームランもあり、3位阪神と0.5ゲーム差でCS進出を逃している。
*14 混戦の中での見切り発車過ぎる特集で、阪神の失速を見越した週刊ベースボール編集部が『Vやねん!』を念頭に半ばネタ的に作ったものとも囁かれている。そのせいか、謳い文句も『Vやねん!』と比べ控え目になっている。
*15 この年優勝したのはヤクルト。なお阪神は目の前で胴上げをされた。
*16 阪神は6勝11敗1分、楽天は6勝12敗で0.5ゲーム差だった。
*17 後半戦の救援陣防御率は「竜の死体」を抱える中日や「新生俺達」が大暴れしていた西武よりもさらに悪かった。
*18 この時離脱したのはメッセンジャー・秋山・糸井・陽川・北條・高橋遥・藤川・原口ら。
*19 9月25日時点で10月9日巨人戦までに9勝5敗すれば3位の可能性があったが、結果は最下位確定の8日までに2勝9敗2中止と言う惨状であった。
*20 少しフォローをすると2018年シーズンは悪天候や自然災害が多く、そのせいで多くの試合が中止になった。その代替試合が9月に一気に組まれたことにより凄まじい過密日程が発生。その中で選手が疲弊したせいでここまでの惨状になったという見方も強い。その点においては金本は不運だったと言える反面、無謀な采配さえなければ中日の惨状もあり大失速しても最下位はなかったという声もある。
*21 最下位を逃れた中日とはわずか1ゲーム差だった
*22 広島のマジック対象チームはAクラスに居たころの阪神であり、5位の中日は開幕からずっと低空飛行のままだったことを考えれば阪神が最下位でシーズンを終えること自体が逆ミラクルであり金本のクビが飛ぶのも残当といえる。
*23 阪神二軍はこの年優勝したことから。
*24 2004年から放送されていた番組。当初は一週間のダイジェストをまとめるCBCテレビの『サンデードラゴンズ』のような番組だった。全国ネットに時間帯を奪われたのか、2019年以降は不定期放送になっている。
*25 最終的に19日から29日まで8連勝。なお阪神と比べ1試合少ないのは、24日が移動日だったため。
*26 55勝41敗3分 勝率.5729
*27 9月14日から13戦負けなしの9連勝→2連敗→7連勝。
*28 余談だが、中日は本試合で阪神に勝利したことで最下位を回避している
*29 阪神は2試合で合計18安打を放ったにもかかわらず、得点は2試合目に挙げた2得点のみという体たらくであった。
*30 加えて本塁打、打点二冠王の岡本和真を故障で欠いていた。
*31 その後、阪神のファーストステージ敗退を受けて『全力応援!プロ野球 あるで!?オリックス日本一』に変更した。
*32 『Vやねん!』を生んだ日刊スポーツ並びに『あかん阪神優勝してまう』を生んだABCテレビ双方の親会社であるため。
*33 外国人を除き、主力選手は梅野や岩崎優を除いてまだ20代である。逆に30代以上の西勇輝岩貞祐太二保旭・糸井・陽川らがことごとく振るわなかった点もV逸の一因と言える。
*34 阪神OB座談会で激論 今年は「V逸の1992年」に似ている?
*35 矢野に関しては「取り上げてくれて嬉しかった」という旨の発言をしてはいるが、これは当のABCのインタビューでの発言であるので、そう言わざるを得なかったというのが大方の考えである。
*36 山崎武司から逆転サヨナラ「Xムラン」を食らったのもこの時期である。
*37 この日はABCテレビのキー局であるテレビ朝日系列での中継があった。
*38 4月23日の試合終了時点。巨人の貯金が11(18勝7敗)あった頃、阪神の借金は16(4勝20敗)まで膨れあがっていた。
*39 先述のように楽天は序盤に勝率8割という驚異的な成績を叩き出していたが、そこから黒星を重ねてBクラスへと転落したのはプロ野球史上初の事態であった。
*40 オリンピックでの新井貴浩の故障が阪神V逸の一因とも言われている。