神のお告げ

Last-modified: 2022-05-04 (水) 22:24:14

かつて阪神タイガースに所属していたマイク・グリーンウェルのこと。グリーンウェルが引退理由として発した言葉が由来である(後述)。

概要

獲得まで

1996年、阪神は「暗黒時代」と形容される球団の慢性的な弱さに加え、前年に発生した阪神大震災の影響や、中村勝広藤田平両監督の更迭劇、95年ドラフトの大失敗などを代表するフロントの杜撰さから観客動員数が大幅に落ち込み、オーナー・久万俊二郎が直々にサントリー社長の佐治敬三へ持ち掛けたとされるサントリーへの身売り話*1も土壇場で破談してしまうなど、崖っぷちに追い込まれていた。関西マスコミも前年からパ・リーグ連覇を達成し、同年は日本一になったオリックス・ブルーウェーブを取り上げる日が多く、阪神は徐々に見放されつつあった。

そこで、オフにはてこ入れのために西武からFAした大物獲得に動く。後年に星野仙一が監督になるまで非常にケチだったことで知られている「電鉄本社の重い金庫の扉」を開け、当時の吉田義男監督も「ユニフォームの縦縞を横縞にしてでも」と獲得への熱い思いをその大物に伝えるも、結果的に巨人にさらわれてしまう。そのためこの資金を流用し、ボストン・レッドソックスでの活躍から「ボストンの英雄」とまで呼ばれていたグリーンウェルの獲得を計画。近鉄と上述の大物を失った西武を含めた三つ巴の争奪戦が展開され、阪神が獲得に成功した*2

入団~退団以降

阪神は住居として家賃150万円の高級マンションを提供するも、グリーンウェル側から「狭い」と苦情を入れられてしまう。大物に機嫌を損ねられては困る阪神は2部屋を借り、壁を取っ払う工事を行なった結果家賃300万円+工事費用を負担する羽目に。さらに、当時6文字しか表示できなかった甲子園の電光掲示板にも改良を施した*3

しかし、翌1997年の春季キャンプ開始(2月1日)には間に合ったものの、2月11日に「副業(牧場と遊園地経営)の事務処理」「夫人との結婚記念日」を理由にキャンプを離脱。夫人や子供を大切にする傾向が強い外国人選手(これ以外にも出産立ち会いなどで帰国するケースが多い)らしく、「キャンプ途中離脱」自体も契約条項のうちだったが、オープン戦中を見据えていた復帰予定は、直前に代理人から「キャンプ中に背中を故障したため、主治医から来日を控えるよう言われた」と連絡が入り順延。以後は「主治医にしっかり診察してもらいたい」「徹底してリハビリを行う必要がある」と主張するグリーンウェル側と、「チームドクターが軽症と診断している」「早々に合流して欲しい」と主張する阪神側の間で揉めたために遅延が続き、ようやく来日したのは4月30日だった*4

その後は5月の2試合で活躍を見せた一方、「日本にはゴルフをしに来ただけ」とさえ言われたほど練習態度は不真面目*5、打撃は本塁打三振四球よりも併殺が多い低打率ノーパワーあへ単ゲッツーマシン*6右翼守備は過去の故障のせいもあってお粗末、かつ久慈照嘉から「送球がチェンジアップ」と評される弱肩という状態。このため、攻守で阪神ファンを失望させつつあった。

7試合目の出場では自打球により骨折し、その後も本人の意志で強行出場していたものの、靴も履けないほどに患部の状態が悪化したことから戦線を離脱。そして、再来日からわずか2週間ほどの5月14日に「野球をやめろという神のお告げ」との迷言を残して電撃退団・引退を発表したが、この文言があまりにも衝撃的だったことから、阪神ファンを始めとする野球ファンからバッシングを受けた。ただし怪我自体は否定しようのない事実であるほか、当時の会見では「阪神ファンに申し訳ないけれど、いい球団で最後にプレー出来て嬉しい」「野球は金のためじゃなく名誉のためやっている」との言葉も残しており、決して周囲を舐めきった発言でも宗教的な理由で発した訳でもないことは考慮したい*7

入団早々の退団に、吉田監督は「あっという間の出来事」「嵐のごとくやって来て嵐のごとく去っていった、つむじ風のような男」と評し、ファンからは「ゴールデンウィーク(G.W.)にだけ来て帰っていったグリーンウェル(G.W.)」等と揶揄され、その後「1試合2570万円男*8」なる異名も生まれた。グリーンウェルは未だに「NPB史上最低の助っ人」として絶許扱いを受け続けており、ホセ・カンセコによる禁止薬物使用のカミングアウトを糾弾した時も、日本のファンから「グリーンウェルこそ薬物をやってるのでは」と逆に疑われたりした

ちなみに、これ以後は「ビザ取得などの関係で来日が遅れる」「故障などでキャンプやオープン戦、シーズン開幕に間に合わない」などの条件に当てはまる外国人選手を指し、「グリーンウェルの再来*9」を懸念されることがある。

余談

本命の補強選手を逃した焦りで実質解雇状態のグリーンウェルと高額契約を結び、理想通りの運用を全く出来なかった本件。この年は他にも「(牽制球以外は)二軍選手のほうがまだマシ」とまで言われたボブ・マクドナルドの体たらくもあり、阪神は「外国人を見る目がない」「ケチな上に金の使い方を知らない」などと盛大な揶揄を受けて叩かれた。そんな中、中日はレオ・ゴメス、西武がドミンゴ・マルティネス、近鉄がフィル・クラークと、グリーンウェル獲得を見送った(or獲得に失敗した)球団が皮肉にも当たり外人を引き当てた*10ことで、大枚をはたいて獲得したグリーンウェルの低迷も余計際立つ結果に。ファンからの風当たりの強さも残当であると言えよう。

この一件が相当堪えたのか、阪神はこれ以後「新外国人を性格重視で獲得する」とも言われており*11ケビン・メンチやウィリン・ロサリオ、シェーン・スペンサー、ジャスティン・ボーアなどは、成績が伴わなかったものの性格が良いことで知らており、なんやかんやで愛されていた*12。同時期にはロブ・ディアー(1994年)やマイク・ブロワーズ(1999年)など、高年俸を払って獲得した大物メジャーリーガーが期待外れに終わることが続発していたためか、2000年代前半は来日時に年俸1億円未満の格安助っ人を獲得する*13か、国内他球団から既に日本で実績を残している外国人選手を引き抜く*14ケースも増えていった。2005年にスペンサーを獲得して以降、再び高額な新外国人も獲得するようになっている。

素行面について

上で書かれた阪神・西武・近鉄以外に、第二次星野仙一政権時代の中日も獲得を検討していたが、「背中の故障で調子が悪くなるとすぐ文句を言う」などの性格難や不真面目さを米国の野球関係者から忠告され、獲得を取り止めたという逸話も残っている*15。この他にも代理人のジョー・スローバーがいわく付きの存在で、阪神の常務取締役であった野崎勝義もグリーンウェルではなくスローバーに警戒心を抱いていたとされ(結局最後まで警戒は解けなかったという)、上述の「マンションが狭い」と文句を付けた件はスローバーの意向が大きかったとも言われている*16
また、近鉄が獲得を見送った理由も、同じくスローバーが代理人だったケビン・ミッチェル*17の存在などから、契約下の選手の素行を懸念したためであるほか、ダイエーの瀬戸山隆三球団代表はこの件を指し、「阪神は代理人に騙されている」と評していた。

もっとも阪神時代の低迷・離脱の原因にもなった数々の故障(背中の故障・肩の手術・死球による親指の負傷・膝の慢性的負傷など)を阪神入団時点で実際に抱えていたほか、アメリカでは前述のように"英雄”とリスペクトを受けてチーム殿堂入りする、阪神と結んだ高年俸についても契約破棄の際に4割が返金され、契約金も「全額返上する」と申し出る*18など、"性格難””不真面目”エピソードについては少々盛られている部分がある

関連項目


*1 ただ、同じ関西企業である以外は特に関係が深いわけでもなく、1980年代以前から甲子園球場の公式のビールはずっとアサヒビール(サントリーと同じく関西が発祥)が売られている。21世紀に入ってキリンビールもラインナップに加わったが、未だにサントリーの製品は販売されていない。
*2 近鉄が早々に撤退したのち、契約寸前まで持ち込んだ西武を土壇場(金額の差)で上回った形
*3 後年のランディ・メッセンジャー入団時にもこの改造が役立っていた。現在はフルLEDビジョンとなったため、表示制限などは無くなっている。
*4 最終的に阪神側からの「デトロイト・タイガースのチームドクターに診察を受けて欲しい」という要望をグリーンウェル側が受け入れ、診察の結果「軽症」との診断が下ったため。
*5 成績の残せない助っ人に共通して言われる文言であり、「再来日後に左の打撃投手相手で練習をする」と宣言し、実際に鳴尾浜球場で精力的に練習をする姿があったり、試合へも前向きなコメントが多かったことなど、実際に素行不良だったかは不明である。
*6 打率.231、長打率.346、OPS.656。MLB時代から三振よりも四球の方が多く(364三振に対して460四球、三振率は.0705)、NPBでも29打席で0三振と、比較的三振の少ないバッターだった。反面、併殺率は7試合で4併殺をマークするなど異次元の.137(29-4)を記録。
*7 引退して20年以上が経過した原罪でもこの件を振り返っては「申し訳ないことをしてしまった」と述べている。
*8 後に「1球3077万円男」が誕生。
*9 マウロ・ゴメスジェフリー・マルテなどが言われ、ゴメスはイニシャルも同じ「M.G」なことから特にネタにされた。
*10 3球団以外にも、同年に日本球界入りしたドゥエイン・ホージー(ヤクルト)やナイジェル・ウィルソン(日本ハム)がそれぞれのリーグで本塁打王を獲得している。これらの選手は、前年までグリーンウェルとチームメイトだったホージーで年俸5000万円(グリーンウェル2試合分未満)、最も年俸が高かったゴメスでさえグリーンウェルの半額未満(1億5000万円)と、比較的安価であった。
*11 事実、2004年から2009年までスカウトを務めたトーマス・オマリーは「獲得にあたり人柄を重視してスカウトした」と述べており、後述のスペンサーやメンチはオマリーが獲得してきている。
*12 スペンサーは時折の意外性やチームを鼓舞する姿勢が光り、ボーアもある程度までは成績を持ち直すなど、一応及第点レベルの活躍を見せた。
*13 ただしハワード・バトル(2000年)、エドワード・ペレス(2001年)らを筆頭に典型的な安物買いの銭失いとなるケースも多発しており、一応及第点レベルの成績を残せたのはトニー・タラスコ(2000年)くらいである。
*14 マイカ・フランクリン(前日本ハム)、ジョージ・アリアス(前オリックス)、アンディ・シーツ(前広島)など。故障持ちで活躍できなかったフランクリンはともかく、アリアスとシーツは高年俸を払った甲斐のある成績を残し、それぞれ2003年、2005年のリーグ優勝に貢献している。
*15 上述の「ゴルフをしに来ただけ」もこの関係者からリークされたもの。星野は大変なメジャー通として知られており、特にトミー・ラソーダからは長嶋茂雄ともども「兄弟」と呼ばれるほどだった。
*16 尚スローバーはグリーンウェルの引退・退団を巡るやり取りには関与しなかったが、仮にスローバーが介入していたら引退も退団もさせなかったのではないかとされている。
*17 トニー・ミッチェルの従兄弟。素行が異常に悪かったことで知られる。
*18 2019年7月7日放映のフジテレビ系列『ジャンクSPORTS』での本人による談話から。いわく"オーナーの久万から「正直ないい人だ」「契約金は返上しなくてよい」と言われ、お咎めなしになった”とのこと。前述の「金のためじゃない」発言をある意味有言実行する形となった。