伊26

Last-modified: 2021-06-21 (月) 18:44:33
No.283
伊26(い26)巡潜乙型 7番艦 潜水艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久14火力2 / 9
装甲4 / 18雷装32 / 75
回避13 / 37対空0
搭載0対潜0
速力低速索敵10 / 39
射程14 / 51
最大消費量
燃料10弾薬20
装備
未装備
装備不可
装備不可
装備不可
改造チャート
伊26伊26改(Lv50)
図鑑説明
呉生まれの伊号だよ!
ねえねえ*1、あたしのことも覚えていてね!
通商破壊戦はもちろん、巡洋艦や空母だって食っちゃうから!
まかせておいて!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:小倉唯、イラストレーター:くーろくろ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

セリフCV:小倉唯、イラストレーター:くーろくろ
入手/ログインねえねえねえ!貴方が提督なんだ!あたし、伊26潜水艦!ニムでいいよ!よろしくね!
母港/詳細閲覧ん?ニムのこと、呼んだ?
なになになに?出番?…通商破壊戦?任せてよ、提督!
え? ニーナ、じゃないよ。ニムだよ。提督、私の名前ちゃんと覚えてよね? 結構やるから、私!
母港/詳細閲覧(新年)提督、あけましておめでとっ♪ 今年も、ニムや潜水艦隊をよろしくねっ♪
母港/詳細閲覧(節分)ねえねえねえ! あ、なになに? あ、節分? なるほどねぇ。で、あたしたち潜水艦隊の鬼は? んぇ? 大鯨……。大変、だねぇ……
母港/詳細閲覧(春)春でぇ~す! ねぇねぇねぇ、提督。潜水艦隊で、大鯨も誘って、皆でお花見行かない? ねぇ、行っちゃおう?
母港/詳細閲覧(四周年)ねえねえねえ! 提督、四周年じゃない? ねぇ、すっごいね。ニムもお祝いするね。おめでとう♪
母港/詳細閲覧(五周年)ねえねえねえ! 提督、五周年じゃない? ねぇ、すっごくない? おめでとう。本当、ありがたいね、感謝だね♪
母港/詳細閲覧(六、七、八周年)ねえねえねえ! 流石にすっごくない? こんなに続くなんて。本当、感謝だね。ありがとう、そして、おめでとう♪
母港/詳細閲覧(秋)あ~、夏が終わちゃった~。秋かぁ。この季節はねー、う~ん…あ、扶桑さん? え、突入訓練ですか? あ、う~ん、えっとぉ…。
母港/詳細閲覧(秋刀魚)くんくんくんっ♪ この匂いは、もしかして秋刀魚? 秋刀魚焼いてるの?! 食べたい食べたい食べたーい♪
母港/詳細閲覧(クリスマス)はぁ~、これがクリスマスってもんか。ねぇねぇ、サラっち。あんたんとこ、本場はもっとすごいの? あ、そう。へぇー!
母港/詳細閲覧(決戦前夜)あ、西村艦隊の皆だ。やっほ~! ねぇねぇねぇ、どこ行くの? え? えぇっ!? うそ、ほんとに? ん~、来年にしない?
ケッコンカッコカリ(反転)提督、なになになに?ニム、呼んだ?…ん?何、その箱と顔。へ、もしかして、もしかして?もしかするの!?ねえねえねえ!…そうなんだぁ。ありがと、嬉しい
ケッコン後母港(反転)ふわぁ、今日も働いた働いた。ん、あれれ?どうしたの、提督?なになになに?元気ないねー。よーし、ニムの膝枕で、ちょっと休むといいよ。はい、ここここ!
編成伊号、第26潜水艦。出撃、します!
出撃潜水艦隊旗艦伊26、ニム。抜錨です!
伊号、第26潜水艦。出撃、します!
遠征選択時きた きた きた~!
アイテム発見きた きた きた~!
開戦敵艦発見!潜望鏡深度、魚雷戦、よーい!
航空戦開始時敵艦発見!潜望鏡深度、魚雷戦、よーい!
よーし、いっけー!!
夜戦開始伊26、残敵を追撃します! 逃・が・さ・な・いー!
攻撃1番2番、発射管用意!てー!
よーし、いっけー!!
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃よーし、いっけー!
小破きゃっ、やばっ! 潜航! 潜航急げ!
や、やー! 水が、やばーい!
中破/大破や、やられた…!急速浮上、まだやれるから! 浮上砲撃戦、用意して!
勝利MVPえ、うそ?ニムが一番戦果を挙げたの?やったぁ!よーし、次は空母とか、大物食っちゃうからね。提督、期待してて!
旗艦大破
帰投ふー、帰ってきましたー! みんなお疲れ、私もお疲れー!
補給うんっ ありがとー!
改装/改修/改造わぁ、この装備いいねー。ありがとー
ねえねえねえ、聞いて! この兵装、良さそう、やったぁ!
キタキタキタっ!
入渠(小破以下)お風呂入ろうっと
入渠(中破以上)ごめんねー、ニム、長風呂頂きます
建造完了ねえねえねえ! 新しい娘、来たよ?
戦績表示なになに? 情報が見たいのね? はい
轟沈(反転)や、やられた!急速浮上、水上へ!…あれ、浮上しない?沈んでいく…。うそ、うそぉ…
時報(0時)
(6時)
(12時)
(18時)
放置時魚雷積んで、燃料もオッケーっと。馬鈴薯や玉ねぎも、積んで積んで…っと。よし、これでいつ出番が来てもだいじょぶ!

ゲームにおいて

  • 2016/8/12アップデートで新規実装。同日から始まった2016年夏イベントのE-1,3,4のボスマスでドロップした。
    • 2016年夏イベントでは2隻目以降のドロップ報告が無く、1隻限定だった模様。
    • 通常海域でのドロップや建造では入手不可のため、通常は新規/追加入手の方法が無い。入手後はロックを忘れずに。
  • U-511以来、約1年半振りに登場した潜水艦娘。
    日本生まれに限るなら伊401以来、約2年8か月ぶり。
    • これで伊号潜水艦のみで6隻艦隊を組めるようになった。

キャラクター設定について

  • 性格は小悪魔な潜る18禁と比べると、無知無邪気系と言え、その様は小動物めいている。
    癖なのか、「ねぇねぇねぇ」「なになになに」「きたきたきたー」など愛玩艦のように同じ言葉を繰り返すことが多い。なおこちらの方が一回多い。
  • 時報によると、すぐに悪戯してくるとは違い、甲斐甲斐しく提督の世話を焼いてくれるし、料理も三食作ってくれる……が、潜水艦の食事事情が窺い知れるメニューとなっている。
  • 総評すると、ナイスバディだがそれをわかっておらず無自覚に誘惑してくるお兄ちゃん大好きな妹系といったところ。

小ネタ

艦歴

艦歴

19396.7呉海軍工廠において「伊27」として起工
19404.10進水
194111.1「伊26」に改名
11.6竣工。横須賀鎮守府籍。第4潜水隊に編入
11.19横須賀より出撃。アリューシャン方面の偵察を開始
12.8米国貨物船「シンシア・オルソン」を撃沈
19423.4K作戦*2に参加
6.7米国貨物船「コースト・トレーダー」を撃沈
8.31米空母「サラトガ(CV-3)」に雷撃を行い1本を命中させ修理に3か月を要する損害を与える
11.13第3次ソロモン海戦・第1夜戦で米軽巡洋艦*3を撃沈
19433.3ダンピール海峡海戦で全滅した船団の救助を命じられる
3.474名を救助しラエへ揚陸
4.11QC68船団を攻撃、ユーゴスラビア貨物船「レシア」を撃沈
4.24豪貨物船「コワーラ」を撃沈
11.15第8潜水戦隊に編入
12.28米貨物船「ロバート・E・ホーク」を雷撃により撃破、大破擱座させる
12.31英タンカー「トーナス」を撃破
19441.2米貨物船「アルバート・ギャランティン」を撃沈
ガダルカナルへの輸送任務を行った後、モルディブ諸島方面へ進出
3.13米タンカー「H・D・コリアー」を撃沈
3.21諾タンカー「グレナ」を撃沈
3.29米貨物船「リチャード・ホベイ」を撃沈
4.2第6艦隊に編入
10.24レイテ沖海戦に参加すべくフィリピン東方海面に進出するが、この日以降連絡無く、消息不明となる*4
11.21亡失認定
19453.10除籍

艦長

艦長

艤装員長横田稔 中佐1941年7月15日~1941年11月6日
第1代1941年11月6日~1943年9月18日
第2代日下敏夫 少佐1943年9月18日~1944年8月1日
第3代西内正一 少佐→(中佐1944年8月1日~1944年11月21日戦死認定
  • 実は伊19と同じ巡潜乙型で、同型艦である(伊15型潜水艦で、伊19が3番艦、伊26が7番艦)。胸が大きいのもお姉ちゃん譲り。
    • 桃井涼太氏の公式4コマ初登場の145話は、伊19のキラ付けカットから始まるが、彼女が伊26を潜水艦初の姉妹艦と説明している。直後に伊26が伊19を後ろからプールに引きずり込むという潜水艦ならではのじゃれあいを(これを見た吹雪曰く「このじゃれあいは水上艦には刺激が強い」)。作中で伊26は「通商破壊」と称してアイオワサラトガに後ろから抱きついてお菓子をねだる。という行為をしている。
      • 余談だが、この145話が収録されたコミックス10巻が発売された週の「吹雪、がんばります!」のweb掲載回が、くしくもサラトガ初登場回となった169話で、同話でもサラトガは伊26の通商破壊に見舞われている。
    • 巡潜乙型は、伊19や伊26を含め20隻(改良型の乙型改一や乙型改二を含めれば29隻)建造された。
      航続力が大きいために、東はアメリカ西海岸から西はアフリカ東岸を活動範囲とし、さらに大西洋へと渡った艦もあり、日本の潜水艦の中でも特に活躍した形式である。
      しかしそのために損耗も激しく、終戦時残存していたのは伊36のみであった。
    • 活躍した艦には、アメリカ本土を最初に砲撃した伊17、砲撃に加えてさらに史上唯一のアメリカ本土空襲も行った伊25、そして日本海軍では2番目に多い13隻、72,449トンの撃沈記録を持つである伊27などがいた。久しぶりの新規潜水艦娘となった伊26に続き、彼女たちも今後の実装が期待される。*5
      また、長大な航続力を活かして、伊29、伊30、伊34は遣独潜水艦作戦に起用された。ただしそのいずれもが往路または復路の途中で撃沈され、伊8のように日本までの完全な往復に成功した艦はない。
    • このように活躍した姉妹が多い巡潜乙型だが、その陰で「あの」伊33のように尋常ではない不運の連続に遭った艦もあり、また戦果のないまま消息を絶った艦もいる。
  • 進水時には”伊27”と命名されていたが、就役直前の1941年11月1日に、現在の名前に改名された経歴を持つ。*6彼女が「ニーナじゃないよニムだよ」と発言するのはそういう理由である。*7
  • 真珠湾攻撃により開戦した1941年12月8日、伊26はサン・フランシスコの西方約300海里の東太平洋にて、米オリバー・J・オルソン社貨物船「シンシア・オルソン」を警告射撃により乗員を退去させた後、撃沈した。
    これは開戦後、日本潜水艦による初のアメリカ船撃沈記録である。
    • 開戦時直前に就役した本艦は主力の九五式魚雷の割り当てが間に合わず、やむなく大正時代に採用された旧式の六年式魚雷を10本、何とか用意して出撃している。(伊26の魚雷定数は17本)
       この後も慢性的な魚雷不足だった日本海軍では終戦までに六年式魚雷は特四式内火艇や魚雷艇、射堡(魚雷の砲台)と終戦まで使用された。
  • 真珠湾の成功で勢いに乗った日本軍は、アメリカ国民の士気をさらに削ぐべく、巡潜乙型潜水艦計9隻によるアメリカ本土攻撃に着手した。
    伊19らと共に本土攻撃に参加した伊26は、アメリカ西海岸において通商破壊戦に参加し貨物船を撃沈する。さらに1942年6月20日、バンクーバー島のカナダ軍無線羅針局へ30発の砲撃を実施した。
    • 2016年8月現在実装の日本艦で、連合国の本土に艦砲攻撃を行ったのは伊26が唯一である。*8
  • 一度本土に戻ったのち、8月からトラック・ガダルカナル方面に出撃。8月31日には第二次ソロモン海戦後に重巡ミネアポリスらに護衛された米空母サラトガへの雷撃を成功させる。
    • 一度は至近距離に迫ったものの、うっかり魚雷の発射体制が整っておらず失敗、その後もう一度攻撃態勢を整えて攻撃をやり直し、6本中1本を命中させた。
    • 魚雷1本が命中したサラトガは航行不能に追い込まれ、懸命な救助活動によってなんとか戦線を離脱、真珠湾で2ヶ月にわたってドック入りすることになった。またこの時指揮官フレッチャー少将も負傷した。
  • その後も伊26は、オーストラリア近海、インド洋を中心に通商破壊で大暴れした。就役中の撃沈成果は商船9隻+軽巡1隻、総トン数56,226トンに及ぶ。これは日本潜水艦でも3本の指に入る大戦果である。
    • この伊26が撃沈した米軽巡洋艦ジュノー*9にてサリヴァン家の5兄弟(全員が同じ艦に乗組んでいた)*10が全滅したことが、のちに米軍がソウル・サバイバー・ポリシー*11を導入する契機の1つとなった。
      • アメリカ海軍内部でもこれ以降、兄弟は別々の艦に乗務させるという慣習が生まれている。
      • なお、米軍はサリヴァン兄弟を称え、43年進水のフレッチャー級駆逐艦の一隻(DD-537)を「ザ・サリヴァンズ」と命名した(複数人由来の艦名としては初という)。この名は引き継がれ、現在もアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の二代目(DDG-68)が就役中である。*12
      • これとは逆に真珠湾攻撃では米戦艦ネバダと珊瑚海海戦では米空母レキシントンに乗艦して全員生還したパッテン6兄弟がいた。
    • 「空母だって食っちゃうから!」と言っているが、実際に空母を撃沈した潜水艦は伊168伊19と伊175(艦これ未実装)の三隻だけである。
      • もっとも日本の潜水艦で敵軍艦に魚雷を当てた事自体が数少ないので、自慢していい功績である。
  • 初代艦長である横田稔中佐(伊26着任当時)は、海軍解体の3日前である1945年10月2日、鹿島最後の艦長に着任することになる人物である。
    • 12月に鹿島が復員船指定された後も、横田復員官は鹿島の艦長を引き続き担当し、復員輸送に従事する。鹿島最後の活躍を見届けたのである。

  • 「馬鈴薯や玉ねぎも、積んで積んで…っと」
    • 馬鈴薯とはジャガイモのこと。常温で長期保存のきくジャガイモと玉ねぎは、今も昔も潜水艦にとって重要な食糧である。
      特に生でも食べられる玉ねぎは、平時のギンバイ対象なのは言うに及ばず、生鮮食料品が不足してきた頃になるとまさに垂涎の的。
      生鮮品が尽き果てて食卓が保存食と乾燥野菜と缶詰一色に染まる頃、古参乗員たちはおもむろに私物ということになっている出処不明のタマネギをナイフでスライス。
      醤油と味噌を絶妙な配分で混ぜて添え、とっておきの鰹節を削ってまぶした一品は、初めて潜水艦乗員になった者たちの心をかき乱すに十分であった。
  • 艦内神社の分祀元は兵庫県神戸市の湊川神社である。この神社は伊26以外にも伊202の艦内神社元であったり境内に軍艦山城凱旋記念石碑があったりと海軍との関連が深い

戦歴

折りたたみ

  • 大日本帝國海軍が建造した伊15型(巡潜乙型)潜水艦の1隻。1939年度海軍軍備充実計画にて、乙型一等潜水艦第139号艦として建造が決定。当初は伊27という名前だった。1939年6月7日、呉工廠で起工。1940年4月10日に進水し、1941年7月1日に横田稔中佐が艤装員長に着任して7月5日に艤装員事務所を設置。11月1日に伊26に改名し、11月6日に竣工した。初代艦長に横田中佐が着任し、横須賀鎮守府第4潜水隊に編入。
    • 要目は排水量2198トン、全長108.7m、全幅9.3m、喫水5.14m、出力1万2400馬力、最大速力23.6ノット(水上)/8ノット(水中)、重油774トン、乗員94名。武装は40口径11年式14cm単装砲1基、九六式25mm連装機銃1基、九五式53cm艦首魚雷発射管6門、九五式酸素魚雷17本。水上偵察機1機を内包する。安全潜航深度は100m。
       
  • 伊26が誕生した時には既に戦争の足音が目前にまで迫っており、時間的猶予は残されていなかった。さっそく本籍地の横須賀に回航され、11月8日に到着。慣熟訓練を行う。九五式魚雷の在庫が無かったため、伊26側は八九式魚雷の搭載を希望したが、これも在庫に無かったので旧式の六年式魚雷を持たされる羽目になった。来るべき出撃に備え、戦備を整える。11月10日、ハワイ作戦を支援する先遣部隊に編入され、伊26はその旗艦となる。そして北太平洋方面の要地偵察任務が言い渡された。11月15日、横田中佐は第6艦隊旗艦香取に召集され、真珠湾攻撃の説明を受ける。長期の活動が出来るよう、格納庫にまで食糧が詰め込まれた。
  • 11月19日15時、伊10とともに横須賀を出港。アリューシャン方面へと向かった。竣工後間もない艦であったため、航行中に乗組員の訓練を行った。ハワイ方面に長駆する南雲機動部隊が敵に発見されないよう、伊26は米船舶を発見すると、その行き先を事細かに報告した。アリューシャン列島まで600マイルを切ると、夜間のみ水上航行を行った。11月27日、アリューシャン列島線に到着。アッツ島を南側から偵察し、次にキスカ島を潜航偵察。11月29日にアダック島を潜航偵察した。いずれも敵影が見られなかったため、敵の拠点であるダッチハーバーに移動。ここでは大胆にも港内に侵入し、潜望鏡で見張り所を偵察。日向ぼっこしている兵士の姿を確認したが、停泊中の艦船は無かったため、見つからないよう静かに去っていった。要地偵察を無事終え、一路南下。ハワイとアメリカ本土の間に移動した。12月2日、「ニイタカヤマノボレ」の暗号電報を受信。対米戦は8日と下令された。12月7日、ハワイ東方700海里に進出。23時、小雨が降る中で1隻のアメリカ貨物船を発見した。しかし真珠湾攻撃よりも前に攻撃してはいけないと考え、追跡だけに留めた。暗くなった後に浮上し、攻撃位置についた。
     
  • 1941年12月8日、真珠湾攻撃が行われて大東亜戦争が勃発。開戦時、伊26はハワイの北東1000海里に位置していた。敵船を追ってサンフランシスコ西方300kmに移動し、午前3時30分に浮上。開戦前に狙いを付けていた米陸軍輸送船シンシア・オルソン(2140トン)に威嚇射撃を加え、乗組員を脱出させる。だが一部は電信室に残り、しきりにSOS信号を打っているようだった。甲板砲を後部船腹に撃ち込んで、その電信員を追い出した。最初は砲撃だけで沈めようと考えていたが、一向に沈む気配が無い。やむなく魚雷を使う事にし、距離1000mから1本を発射。しかし射出したのが旧式の六年式魚雷だったため、右へ左へふらふらした挙句、船尾すれすれを通って外れてしまった。結局甲板砲で仕留める羽目になり、47発を消費してシンシア・オルソンを撃沈した。日本潜水艦が最初に沈めた例となり、伊26最初の戦果にもなった。
  • 12月10日16時50分、伊10とともにハワイからアメリカ本土に向かう敵空母の撃滅を命じられる。しかし捕捉する事は出来なかった。12月13日、アメリカ西海岸沖での通商破壊を命じられ、シアトル西方フラッタリー岬方面に配備される。またクリスマスの夜に、伊号潜水艦9隻で西海岸を一斉に砲撃する作戦も含まれていた。12月20日、フラッタリー岬沖に到着した。ところが帝國海軍では足の遅い輸送船の襲撃訓練を行っておらず、発見した1隻の商船を相手に苦戦。やっとの思いで発射した魚雷は横に外れてしまう。また第6艦隊は「商船相手には魚雷を1本しか使ってはならない」と命じており、外してしまった以上は見逃すしかなかった。横田艦長は「現実から遊離したバカな戦策」と通商破壊を甘く見る上層部を忌々しげに語った(この戦策は約1年後に撤廃されている)。海が荒れていた事も、攻撃不成功の要因であった。12月22日、山本五十六長官は「クリスマスの日に犠牲者を出すと敵の戦意を煽る」として、一斉砲撃を12月27日に延期。しかしその日が訪れると、沖合いに展開していた潜水艦の大半が燃料に余裕が無くなってしまった。このためシアトル近海から撤収。クェゼリンに向かった。
     
  • 1942年1月1日、ハワイ東方で新年を迎えた伊26。間もなく敵空母発見の報を受け、ジョンストン島南方を索敵しながら帰投するよう下令される。だが敵空母は発見できず、1月11日にクェゼリンに帰投した。ここで第1潜水戦隊に編入され、次期作戦に備えて整備休養を行った。1月27日、二式飛行艇によるハワイ空襲を企図した「K作戦」への参加が決まる。その直後の2月1日、敵機動部隊がクェゼリンを空襲。伊26は沈降して敵機をやり過ごした。攻撃から2時間後、僚艦8隻とともにウォッゼ方面の索敵を実施。翌2日、ハワイ方面に向かって敵機動部隊の追撃を試みたが、敵は既に遠くまで逃げていて捕捉には至らなかった。2月3日に帰投を命じられ、2日後にクェゼリン帰着。K作戦に備え、給油装置の工事を受ける。2月14日に工事完了。翌日にK作戦が発動され、環礁内で二式飛行艇と合同訓練を実施。2月20日、ラバウル方面に敵機動部隊が出現して2隻の僚艦が出撃していったが、伊26はK作戦のため出撃から外された。
  • 2月22日15時30分、出撃。ヤルート島南方からマーシャル諸島東方を経て移動し、K作戦に備えた。2月24日、敵機動部隊のウェーク島来襲に伴ってフレンチフリゲート礁西方への配備が決定。3月3日に配備地点に到達する。翌4日13時50分、飛来した二式飛行艇に給油。完了後、礁内を出て西方に移動。南鳥島を襲撃した敵機動部隊を探しながら横須賀を目指した。3月13日、敵機動部隊を警戒するM散開線への配備を下令され、3月16日に到着。索敵と哨戒を実施。翌17日午前6時にM散開線から撤収し、帰路につく。3月21日、横須賀に帰投。整備を受ける。4月18日、ドゥーリットル空襲が発生。横須賀に1機のB-25が襲来し、改装工事中の大鯨に爆弾が直撃するところを乗組員が目撃している。第1潜水戦隊は急速出撃準備を命じられ、23日を出撃予定日としていたが、4月19日に中止となった。5月8日、第北方部隊に編入。アリューシャン方面の偵察任務を帯びる。
  • 5月11日、横須賀を出港。5月21日にコジアク島近海に進出して索敵に従事する。5月27日、コジアク島南方のトリニティ諸島を偵察。隼鷹率いるアリューシャン作戦部隊に情報を提供した。5月31日、バンクーバー沖に進出して通商破壊を行う。ミッドウェー海戦が行われている6月6日、ファンデフスカ海峡沖で米貨物船コースト・トレーダー(3286トン)を発見。本土に近いためか敵船はジグザグ運動をしておらず、護衛も無しと格好の獲物だった。約1000mまで距離を詰めたのち、八九式魚雷1本を発射。魚雷を喰らった敵船は轟沈し、大量の荷物だけが残された。6月21日、バンクーバー無線羅針局に17発の14cm砲弾を撃ち込んだ。その後、ウニマク水道東方に移動。獲物を探したが発見出来なかったため、アダック島方面に移動。7月3日、アダック島南方に到着。警戒を行いながら横須賀を目指し、7月11日に帰投。インド洋方面での通商破壊作戦に参加するはずだったが、8月8日に敵軍がガダルカナル島に襲来したため急遽取りやめとなる。8月10日、第4潜水隊は解隊。第2潜水隊に転属する。8月12日、元山航空隊が本土東方の洋上で不時着水した敵軍の水上偵察機を発見。これを受けて伊26は8月15日に横須賀を出撃、本土東方の索敵を実施する。だが敵情を得なかったため夕刻に中止となり、そのままソロモン方面に向かう。そして散開線への配備を命じられ、敵艦隊の捕捉を試みる。8月20日早朝、ガダルカナル島近海を偵察した九七式飛行艇が敵空母を発見。サンクリストバル島沖を哨戒していた伊26は僚艦とともに敵空母撃滅を命じられたが、捕捉出来なかった。8月23日、ソロモン諸島南東に到着。夜間にのみ浮上してバッテリーを充電する。8月25日16時、潜航中の伊26は1隻の空母と10隻の駆逐艦で構成された敵艦隊を発見。20時には重巡洋艦1隻と空母1隻を発見しているが、いずれも攻撃には至らず。翌26日午前0時20分、1隻の空母、2隻の戦艦、複数の駆逐艦で構成された敵艦隊を発見。ガ島近海は既に敵が跳梁跋扈する魔の海と化していた。同日、旗艦潜水艦が被弾損傷したため、一時的に第3潜水戦隊の指揮下に入る。同時に敵の損傷空母がショートランド近海にいるとの情報が入り、伊19とともにバニコロ島南方を捜索。しかし8月29日に中止、散開線への復帰を命じられた。8月30日午前2時40分、2隻の戦艦を基幹とした敵艦隊を発見。
  • 8月31日未明、エスピリトゥサント島の北西で浮上した伊26は充電を開始。すると水平線の向こうにライトのようなものを確認し、敵機動部隊と確信。しかし敵戦艦ノースカロライナのレーダーに捕捉され、敵駆逐艦ファラガットが向かってきたため攻撃の実行は出来なかった。敵をやり過ごした後、浮上。午前3時53分、見張り員が南東方向に動く影を発見。アメリカ空母サラトガが大小の護衛艦を伴って移動しているようだった。直ちに襲撃運動に移るが、潜航しているため4ノットしか出せず、適切な攻撃位置につけない。間もなく敵艦隊は針路を変え、接近してきた。好機だったが、魚雷装填作業が遅れて機会を逸してしまった。それでも諦めずに追跡を行い午前4時46分、サンクリストバル島東方140海里の地点で6本の魚雷を発射。護衛の駆逐艦から潜水艦警報を受け取ったサラトガは回避運動を取ったが、このうちの1本がサラトガの右舷艦尾に命中。機関室一箇所に浸水が発生し、衝撃により電機回路を故障させて中破に追いやる戦果を挙げた。さっそく敵駆逐艦マクドノー、フェルプス、モンセンの3隻からの爆雷制圧が始まり、4時間に渡って攻撃を受けた。敵は潜水艦を沈めたと思い込んだが、伊26は損害皆無で離脱に成功していた。9月13日午前9時30分、偵察の二式飛行艇がツラギの南南東に敵機動部隊が潜んでいる事を突き止めた。この海域には伊9と伊31しかおらず、直ちに当該海域への進出を命じられる。翌14日、伊26の進出が完了。K散開線に加わる。9月15日、索敵機が敵輸送船団を発見。ガ島への増援輸送を遮断すべくインディスペンサブル海峡南方に移動。9月20日、トラックへの帰投を命じられて帰路につく。5日後にトラックへ入港し、整備を受けた。
  • 10月5日、伊15や伊17とともにトラックを出撃。ガダルカナル島沖で甲標的に燃料を補給するのが今回の任務であった。10月10日、カミンボ沖に到着。無事甲標的に燃料を補給し、索敵に従事。翌11日19時27分、近距離に敵影を発見し潜航退避。22時26分、ガダルカナル島南西で敵の巡洋艦が北上しているのを発見。伊26は潜航するも、上手く攻撃位置につけない。やがて追跡を断念し、23時41分に浮上。トラック基地に情報を送った。10月17日、伊15と任務を交代し、インディスペンサブル礁での補給任務を受け持つ。10月18日、インディスペンサブル礁に到着。しかしリーフに座礁し、艦首魚雷発射管3門が使用不能になる。何とか離礁には成功し、零式水上偵察機の飛来を待った。10月21日午前8時49分、ショートランドからレカタを経由して飛来した3機の水偵が到着。燃料補給を施し、作業が完了した1機が飛び立った。この水偵は敵戦艦ワシントンが北方に向かっているとの情報を送信している。10月23日、敵の輸送船団を発見した別の零式水偵が礁内に着水。燃料補給を施す。翌24日にも補給任務を遂行したが、午前5時15分と午前10時29分に敵飛行艇が出現。急速潜航により攻撃を回避したが、「以降は補給が難しくなる」と報告。10月25日、B-17が出現して礁の上を旋回。伊26は潜航を強いられ、この日は補給が出来なかった。10月31日、サンクリストバル島南西にて、敵増援の阻止を命じられる。
     
  • 11月13日深夜、ガ島近海に進出していた伊26は、島の反対側から戦闘の光が発せられているのを目撃する。ちょうど島を挟んだ先では第三次ソロモン海戦が勃発しており、伊26のもとにも陸上の友軍が発した「敵大巡轟沈」の電文が届いている。同日早朝、ガ島とサンクリストバル島の間に進出して獲物を待ち伏せる。伊26の前方より、ゆっくりと近づいてくる敵艦隊を発見。昨晩、比叡率いる挺進部隊と交戦した敵の残党であった。駆逐艦2隻を前衛とし、その後方から重巡1隻と軽巡2隻が進んでくる。夜明けだったため太陽が低く、海面を透視しにくいという絶好の襲撃チャンスであった。潜望鏡を上げ、雷撃の機会を窺う横田艦長。午前8時59分、無事だった発射管から3本の魚雷を発射。1分後、敵巡洋艦ジュノーの左舷に直撃。伊26は2回の爆発音を聴音した。間もなく敵の駆逐艦がすっ飛んできて、2時間半に渡る爆雷制圧を受ける。何とか脱出する事に成功したが、戦果の確認は出来なかった。この雷撃でジュノーを撃沈した。11月14日未明、伊26は2隻の駆逐艦を視認して報告。その後の午前6時54分、敵機が出現して潜航を強いられる。夜遅く、敵駆逐艦フレッチャーに追跡されるも振り切った。11月22日にガ島近海から撤収し、11月29日にトラックへ帰投した。12月3日、損傷した魚雷発射管を修理すべくトラックを出港。横須賀に向かった。12月9日に到着し、入渠修理を受ける。
     
  • 1943年1月15日、横須賀を出港。1月20日にトラックに到着し、潜水艦によるモグラ輸送に備えて特型運貨筒の装備を行う。この時点で既にガ島からの撤退が決定していたが敵軍に撤退を悟られないためと、飢餓に陥っている将兵を元気付ける目的で輸送が続けられていた。1月23日、トラックを出発してガダルカナル島方面に移動。1月28日の夜、エスペランス岬に到着。艦尾を海岸に向け、特運貨筒を浜辺に打ち上げさせた。輸送任務完了後はレンネル島方面に向かい、甲散開線に参加。30分後、2隻の敵巡洋艦を発見したが攻撃は出来なかった。1月31日、いよいよガ島からの撤退作戦が開始され、作戦の援護に回る。2月3日、伊26は敵の駆逐艦を発見。予想された敵の襲来は無く、2月7日に撤退作戦は完了。伊26にも撤収命令が下され、2月12日にトラック入港。こうしてガ島を巡る戦いは終結した。
  • 2月27日、オーストラリア東岸にて通商破壊を命じられ、3月1日にトラックを出撃。その途上にあった3月3日、ビスマルク海海戦で駆逐艦4隻と輸送船8隻が撃沈される大惨事が発生。伊26は、帰投中の伊17とともにダンピール海峡南方へ急行するよう命じられ、3月6日に現場へ到着。折りたたみ式の救命艇に乗って揺られている20名を発見し、翌7日にラエへ送り届けた。伊26は献身的に救助を行い、グッドイナフ島に上陸していた生存者54名を発見してラバウルに移送。3月9日、スルミ南方で漂流者10名を収容し、ラバウルに移送。同日中に出発し、本来の任務である通商破壊に臨んだ。3月28日、ブリスベーン沖でオーストラリア空軍第71飛行隊のアブロアンソンに発見され、機銃掃射を受ける。幸い日没が近かったため、宵闇に紛れて潜航。窮地を脱した。4月11日、ビクトリア州ハウ岬沖南東でワイアラからニューカッスルに向かっているQC船団を襲撃。ユーゴスラビアの武装貨物船レシーナ(4732トン)を雷撃し、14時1分に右舷へ直撃させて沈没させた。護衛艦艇から7回の爆雷攻撃を受けたが、離脱に成功。4月24日19時、クイーンズランド州サンディ岬北東でオーストラリアの武装商船コワーラ(2125トン)を3本の魚雷で攻撃。ボイラーが爆発し、僅か45秒で轟沈。積み荷の砂糖とともに沈んでいった。5月5日、トラックに帰投。
  • 6月13日に南太平洋方面での作戦を命じられ、翌日トラックを出撃。6月25日、スヴァの南西にてロッキードハドソンに発見される。4発の爆雷を投下され、3分後に油が浮いてきた。敵パイロットは撃沈を確信したが、伊26の被害は僅少だった。7月12日、エスピリットサント島方面に移動。8月7日、トラックに帰投。本格的な整備のため、8月17日に出発。8月23日に横須賀へ到着、入渠整備を受ける。9月18日、二代目艦長として日下敏夫少佐が着任した。11月20日、第6艦隊から除かれ、南西方面艦隊第8潜水戦隊に転属。戦場をインド洋へと移す事になり、ペナン進出を命じられた。
  • 11月22日、横須賀を出発してペナンに向かう。12月4日、ペナンに入港。インドのゴアとコーチンの港を偵察する二式飛行艇へ燃料を補給する任務が与えられ、12月8日に出撃。8日後、モルディブ諸島ミラムズマル礁に到着。17時、アンダマン諸島から飛来した二式飛行艇へ給油を行う。作業中に天候が悪くなり始め、完了した時には海は時化ていた。飛び立とうとする二式飛行艇だったが、大時化でフロートが破損して転覆。伊26は搭乗員10名を救助したのち25mm機銃で飛行艇を破壊した。12月21日、パキスタンのカラチ飛行場南東20海里付近に浮上。闇夜に紛れて接近し、光機関のインド人工作員12名と電信機、小型兵器を舟艇で上陸させる。その後、オマーン方面に向かう。12月26日、オマーン沖に到達。12月28日、マスカット南方ハドラマント海岸沖で3発の魚雷を発射し、アメリカのリバティ船ロバート・E・ホーク(7176トン)を大破させる。曳船に曳航され、何とかスエズまで到着したものの、致命傷を負っていたため全損と判定された。12月31日、カラチ沖でイギリス油槽船トーナス(8054トン)を3本の魚雷で攻撃。そのうちの1本を命中させたが、トーナスは元気に反撃してきた。伊26は反対側へ移動し、更に2本の魚雷を発射したが仕留められなかった。トドメを刺すべく浮上し、砲撃で撃沈した。
     
  • 1944年1月2日、マスカット南方オマーン湾にて伊26はリバティ船アルバート・ギャランティン(7176トン)に向けて4本の魚雷を発射するが、外れる。すかさず浮上し、砲撃を以って撃沈した。ギャランティンが沈没していく最中にブリストルブレニム爆撃機が出現し、伊26に向けて4発投弾。幸い至近弾で済み、艦内に若干の被害が生じた程度だった。急速潜航して敵手から逃れた。1月15日にペナンへ帰投。整備を受ける。2月25日、ペナンを出撃してアラビア海北部に向かう。道中の27日、チャゴス諸島を偵察した。3月初旬、カラチの西方に光機関のインド人工作員10名を上陸させた。3月13日、カラチの南南西にてアメリカ油槽船H・D・コリアー(8298トン)を雷撃。無線機を破壊し、船尾を炎上させる。コリアーは武装していたが、伊26は砲の死角に入っていたため反撃できず。やがて船体は放棄され、沈没していった。3月21日、アデンからアバダンに向かうノルウェー油槽船グレナ(8117トン)を雷撃。グレナは真っ二つに裂かれ、沈没。3月29日16時15分、アラビア海中央部にてリバティ船リチャード・ホベイ(7176トン)を3本の魚雷で雷撃。魚雷が命中して航行不能に陥らせる。ホベイの左舷側に浮上し、甲板砲を撃ち込んで撃沈した。4月18日、ペナンに入港。インド洋方面は敵の対潜対策が遅れており、大戦果を挙げる事が出来た。4月20日に南西方面艦隊から除かれ、第6艦隊に復帰した。5月3日、ペナンを出発。5月15日に呉へ帰港した。6月20日、第15潜水隊に編入。瀬戸内海西部にて75mm砲を内包した運砲筒の曳航訓練を行う。
  • 6月27日、機銃、山砲、弾薬を満載にして呉を出撃。敵軍の包囲下に置かれているグアム島、テニアン島、サイパン島に運砲筒を揚陸し、搭乗員の退避させる任務に従事する。7月9日、グアム島到着。しかし既にグアム島は敵艦隊に包囲されており、接近は困難を極めた。どうにか敵の監視が緩い場所を探し当て、夜にアプラ港へ突入。ゆっくりと岸に近づいていたが、誤って艦首が座礁。後進をかけて離礁すると運砲筒を揚陸。120名の便乗者と搭乗員を収容した。翌10日、テニアン島への接近を試みたが、敵の警戒が厳しく断念。雷撃でもしようかと考えていると帰投命令が届き、撤退。7月22日、横須賀に帰投。伊45、伊54、伊55も補給任務に従事していたが、成功させたのは伊26ただ1隻だけだった。この任務を以って中部太平洋方面での潜水艦作戦は中止となり、全潜水艦に被害防止対策が実施された。ちなみに座礁の際に伊26の艦首はぐにゃりと曲がっており、もしテニアン沖で雷撃していたら自爆しただろうと日下艦長は語っている。9月より横須賀工廠で回天母艦への改装工事が始まり、9月29日に完了。10月9日、横須賀を出発して内海西部へ回航。訓練に従事する。
  • 10月12日、敵機動部隊が台湾を空襲して台湾沖航空戦が生起。大本営は敵艦隊に決定的痛打を与えたと発表し、敗走する敵艦隊を追撃するため翌13日に呉を出撃。伊45、伊53、伊54、伊56とともに甲潜水部隊を編成してイ散開線を展開。10月17日、偵察の陸軍機から西表島近海に敵の敗残艦隊が南東に向けて退避中との情報がもたらされる。甲潜水部隊はこれの撃滅を命じられたが、10月18日にアメリカ軍がレイテ湾スルアン島に襲来。そのまま捷一号作戦に参加する事になり、17時よりルソン島東北端から南下を開始。10月24日、伊26はレイテ湾の南東に配備された。
     
  • 1944年10月25日、「4隻の敵空母発見」の報告を最後に消息不明となる。10月27日に第6艦隊からラモン湾への移動を命じられたが、以降は返答が無かった。伊26の喪失場所は未だ明らかになっておらず、その死も不明瞭である。有力とされているのは、10月26日に敵駆逐艦リチャード・M・ローウェルによるヘッジホッグ攻撃で撃沈された説である。11月21日にレイテ島東方で喪失と判定され、乗組員105名は全員死亡。1945年3月10日に除籍となった。スコアは10隻撃沈(5万6226トン)と撃破4万4054トンであり、帝國海軍第3位の戦果となった。東はアメリカ西海岸、西はオマーン湾という長大な範囲を狩り場とした武勲艦だった。

この艦娘についてのコメント

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 今現在実装されてる潜水艦娘で最期の詳細が判明してないのは伊26だけなんだよなあ。いつか分かる日は来るのか… -- 2021-02-15 (月) 02:32:37
  • 実装から4年経過したしそろそろ建造落ちしてよくない?運営はどんな方向目指してるんだ… -- 2021-03-10 (水) 09:50:50
    • いくら期間限定邂逅があった&1-6ドロになったとはいえ磯風をいまだに建造落ちにしない運営だぞ?期待しない方が精神衛生上もいいぞ。 -- 2021-04-26 (月) 22:43:27
  • 夜戦突入時のセリフ「(聞き取れない)スタンバーイ!」とずっと思ってて正解見に来たけど「逃がさない」なのね・・・ -- 2021-05-18 (火) 16:37:20
  • 伊26が来てくれたお陰で潜水艦隊も更に厚みを増す。良かった良かった! -- 2021-05-20 (木) 17:42:35
  • こい…こい…ニムか伊201のどっちかが来てくれれば潜水艦隊を6隻にできるんだ… -- 2021-05-29 (土) 11:41:06
  • 丙だが5隻目来た。大盤振る舞いなイベントなことだ。 -- 2021-05-30 (日) 01:27:16
  • まさか出すぎて解体しなければならなくなるとは… -- 2021-06-02 (水) 20:52:53
  • E1最後は伊26ちゃん2隻目か、相変わらず健康的な色気だこと。今回E1泥凄いなw -- 2021-06-05 (土) 00:20:00
  • 今日初めて伊26お迎えしました☆ -- 2021-06-08 (火) 20:28:29
  • E2-3で掘ってて6隻(Sで5隻、Aで1隻)出たんだけど、某所の泥率から考えるとおかしくない?ほんとはもっと出やすいんじゃなかろうか? -- 2021-06-10 (木) 09:35:52
  • 今更だけど、親指を人差し指と中指の間に入れていたら面白かったのだが -- 2021-06-12 (土) 14:31:46
  • E2-3で現在67周・・・かすりもしないのはなんでだ・・潜水艦は19しかでねえぜ・・・そろそろ来てくれませんかね? -- 2021-06-18 (金) 12:01:39
    • わいはさっきE1-3で33周目で邂逅しましたよ。KCNavではE2-3よりE1-3の方が泥率高いみたいです。E1-3は周回がダルいけど出やすいということで2日前にE2からE1にしました~ -- 2021-06-19 (土) 22:48:41
  • 未所持の方には申し訳ないけど、「またニムかよ・・・」 -- 2021-06-20 (日) 10:43:24
    • またニムだよ・・・ -- 2021-06-20 (日) 10:59:46
  • E1-3を66周、E2-3を82周で初邂逅。最後はE1E2並行捜索していたけれどドロップはE1。未邂逅の艦隊にドロップするよう祈ってる。 -- 2021-06-21 (月) 01:29:51
  • 果たして滑り込めるかどうか…E1でまだ掘ってるよ -- 2021-06-21 (月) 18:44:30
URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

*1 ボイスでは「ねえねえねえ」。
*2 二式大艇によるハワイ空爆作戦。
*3 ジュノー(USS Juneau、CL-52)。
*4 「レイテ方面において米艦隊を攻撃するが、反撃により戦没」というのが有力な説である。
*5 ちなみに、日本海軍最多は伊10の14隻、81,553トンである。
*6 元々伊15以降の艦番号は奇数を巡潜乙型、偶数を同時に建造していた巡潜丙型(水上機運用機能を外し、代わりに魚雷発射管を増やしたタイプ)に割り振っていたが、巡潜丙型が伊24で一旦終了してしまったために27番以降の艦番号を26番から詰める事になったのである。
*7 注釈8からもわかる通り、伊29として計画された巡潜乙型8番艦が伊27として就役している。他の娘と間違えられたくないので余計に念を押しているのだろう。
*8 伊19は通商破壊のみで、本土攻撃には参加していない。
*9 実はこの時、伊26の魚雷発射管6門のうち、半分の3門は衝突事故のため使用不可になっていた。
*10 ジョージ、フランシス、ジョゼフ、マディソン、アルバートの5兄弟。スコット、ジョン、バージル、ゴードン、アランではない。
*11 兄弟が従軍している際に、全員を失わないよう、一人生き残った者を戦線から強制的に離脱させるという規定。映画「プライベート・ライアン」は、この規定をテーマとしている。
*12 両艦とも、モットーは"We stick together."(我々はいつも一緒だ) である。現在の横須賀海軍施設内にも、兄弟を記念した"The Sullivans School"という学校がある。