Top > 伊8

伊8

Last-modified: 2019-04-24 (水) 00:56:13
No.128
グーテンターク…あ、違った、ごめんなさいね…「はち」と呼んでくださいね。伊8(い8)巡潜3型 2番艦 潜水艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久15火力2 / 9
装甲5 / 19雷装30 / 69
回避14 / 37対空0
搭載0対潜0
速力低速索敵12 / 39
射程20 / 59
最大消費量
燃料10弾薬20
装備
未装備
装備不可
装備不可
装備不可
改造チャート
伊8伊8改(Lv50)
図鑑説明
遣独潜水艦作戦の第二次遣独艦として、かの地に向かったのよ。そして、Uボートをもらったの。
この作戦は5回行われたんだけど、機雷とか色々あって、無事往復できたのは私だけなんですって…そうね、機雷なんてダイッキライ!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:味里、イラストレーター:ショボン (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2013/11/1から始まった秋イベント、「決戦!鉄底海峡を抜けて!」のE4海域のクリア報酬艦娘として先行実装された。
    • 同イベントで実装された艦娘は武蔵阿賀野能代伊19矢矧(2013/11/20~)。
      余談ではあるが、このうち武蔵とはアーケード版においても同僚関係となった。史実はさておき艦娘としては眼鏡やら声帯やら何かと繋がりのある娘である
  • ゆっくりおっとりしたしゃべり方が特徴。
    • 本人は「はち」と呼んでほしかったようだが、「はっちゃん」の方が提督には呼びやすかったらしい。本人もそれでも構わないと言っている。
  • 金髪碧眼の容姿でドイツ語を話すことからドイツ艦と勘違いする提督も散見されるが、れっきとした日本艦である。
  • 能力的には伊58とほぼ同等。
    • 基本能力はこちらが耐久が1、火力が2上回る。
    • 運はあちらが40でこちらは20。決して低くはないのだが、カットイン攻撃発生率においては一歩劣る。
  • 伊号潜水艦勢で初めての金レア。入手難易度は潜水艦としてはやや高いが、下記の通り様々な入手手段がある。
    • 2014/1/29のアップデートで通常建造可能となった。
    • 2014/3/14のアップデートで実装された1-5ボスマスにて、待望の通常海域ドロップが確認された。
    • 2014/9/26のアップデートで実装された6-1ではボス前マスとボスマス、そしてIマスでドロップする。
      • 6-1では伊8だけではなく実装済みの多くの潜水艦がドロップする。
        しかし難易度は高いので、伊401や伊8他、複数の潜水艦を同時に集める時に利用するべきだろう。
    • 2018/8/17からの第二期では1-5、3-5、4-5、5-5、6-1でドロップが確認されている。(ドロップマスは各海域のドロップ表を参照のこと)
      • 同日のアップデートで実装された7-1ボスマス、2018/11/16のアップデートで実装された7-2第一ボスマスでもドロップが確認されている。
  • 伊19同様、改造すると潜水空母に艦種が変更される。
    • 2013/11/06の修正により、遠征時に「潜水艦」と同様に扱われるようになった。
  • 2017/12/22のオンメンテナンスで、クリスマスmodeが実装された。ショボン氏が描いた艦娘では、初の限定グラフィックとなる。
    • 手にしているのはグリューワイン*11ショボン氏の解説。ワインに果物の果汁や香辛料を加えて温めるホットカクテルで、ドイツのクリスマスのお祝いに欠かせない飲み物。アルコールを飛ばす飲み方・飛ばさない飲み方、どちらも美味なので飲み過ぎ注意。はっちゃんのグラスは柑橘を浮かべてシナモンスティックを浸した、定番レシピのようだ。
    • プレゼントも貰ってほろ酔い気分だが、中破すると包みが解けて中身が露わに。彼女が気に入ってくれたかどうかは定かではない…。
限定イラスト:Xmasmode

小ネタ Edit

略歴
艦長
  • 潜水戦隊旗艦用潜水艦としてはじめて純日本式設計*12で建造された、伊七型潜水艦(巡潜3型)の2番艦、「伊号第八潜水艦」である。
    ゲームでは改造しないと水上機の搭載が出来ないが、史実では建造当初から水上機1機を搭載・運用可能だった。
    • 巡潜3型の魚雷発射管は艦首6門。その他、40口径14cm連装砲1基2門、13mm連装機銃1基2挺*13を装備。
      更にドイツ土産の20mm機銃(2cm Flakvierling38)もあり、潜水艦のくせにやたら充実した砲火力を誇っていた。
    • 設計も優秀で、後に建造される巡潜丙型*14のタイプシップともなっている。
  • 1943年6月から行われた第二次遣独潜水艦作戦を成功させ、唯一無事に帰国した潜水艦として知られる。
    挨拶や時報等、妙にドイツかぶれなのはこのせいか。
    • 遣独潜水艦作戦とは、南方の資源が欲しいドイツと最新の軍事技術が欲しい日本の利害が一致して始まった、伊号潜水艦による輸送作戦である。
      詳細は『<論説>敵中突破五万四〇〇〇キロ』という論文になっているので参考にされたし。
      吉村昭著『深海の使者』に、乗組員たちの苦労などが描かれている。
      また伊8潜とその乗員のフランスでの様子は伊呂波会編『伊号潜水艦訪欧記』光人社NF文庫に多数の写真が掲載されており、当時の様子が偲べる。
      • 遣独潜水艦作戦は第五次まで行われたが、往復に成功したのは伊8潜が行った第二次のみである。
        第一次・第四次は復路にて、第三次・第五次は往路にてそれぞれ撃沈されている。
    • 第一次遣独潜水艦の伊30潜(未実装)は復路のシンガポールと惜しいところまでは来たが味方が敢えて残しておいた英軍の機雷で沈没
      一刻も早くドイツの暗号機を欲しがった海軍省兵備局が、本来予定に無かった寄港を急遽命じたことにより起きた悲劇であった。
      伊8本人に触雷経験は無いのに機雷がキライと言っているのは多分この経験から。ただの駄洒落じゃないはず……多分。
      伊30潜のロリアン入港や乗組員らとドイツ兵たちとの交流の様子を記録したフィルムがニコニコ動画やYoutube等の動画サイトにあるので、興味があれば探してみよう。
      • 機雷敷設用として設計された機雷潜型(伊121型)潜水艦が、操艦が難しかったことから乗員から「嫌い潜」と呼ばれていた。
        「機雷はキライ」というのは帝国海軍の潜水艦乗り伝統の駄洒落なのである。多分。
    • 第三次の伊34潜(未実装)は往路のペナンで英潜水艦によって撃沈。第四次の伊29潜(未実装)*15も成功目前、復路のフィリピン北方バリンタン海峡にて米潜水艦によって撃沈。
      ただし便乗していた技術将校らはシンガポールで降りていて難を逃れている。
    • 第五次の伊52潜(未実装)は、ドイツ占領下のフランスへの到着目前に米護衛空母「ボーグ」艦上機の音響誘導魚雷*16の餌食となった。
      • 1995年になって、海底に眠る伊52が発見され、遺族に回収された遺品が贈られている。この時の様子は当時のバラエティー番組で放送された。*17
    • これら作戦とは別に、ドイツ側からも潜水艦(U-Boot)が日本に向けて出発している。
      1943年5月にIXC型のU-511がドイツ人乗組員の手で日本に向けて出発。8月に無事日本に到着し譲渡され、「呂500潜(さつき1号)」と改名された。
      またドイツ降伏間際にU234が日本へ向けて出発したが、大西洋上で本国降伏の報せを聞いて連合軍に投降、同乗していた日本の技術士官2名が自決している。
      • このU234の日本への航海~投降を描いた「ラストUボート」という映画がある。
      • 因みにこのとき自決した技術士官のうち一人は友永英夫大佐で、潜航中の潜水艦深度を自動的に一定に保つことを可能にする自動懸吊装置や、燃料の流出を防ぐ重油漏洩防止装置を完成させた方である。
  • 第二次遣独作戦においては「充分な航続力があり、臨時乗組員約60名を収容できる艦」という条件に合致する伊8と伊10が候補に上がっていた。
    しかしながら、伊10は新鋭艦であり性能も良く、もし途中で撃沈されでもしたら大変惜しい。
    一方、伊8の方は建造から5年を経てそろそろオーバーホールの時期でもあり、どうせ失うなら古い艦を……という打算で選ばれたのだという。
    • 広島・呉から66日の航海を経て、ドイツ占領下のフランス大西洋岸ブレスト港に到着。ドイツから無償提供された潜水艦IXC40型のU1224を回航するための要員51名を送り届けた。
      この時、天然ゴム等の資源と酸素魚雷をドイツに届けて、代わりに高速艇用エンジン、メトックス電探(逆探)、暗号機エニグマなどを受け取った。
      • またこの時、夜戦攻撃時の台詞にある20mm四連装対空機銃を後甲板に装備した。だが艦これでは装備できない…。
      • メトックス電探もさっそく取り付けられ、日本製電探と比較にならない鮮明さ、高感度、安定性に乗員たちは驚嘆した。
        艦長の内野信二中佐は「これがなかったら、大西洋を乗り切ることは不可能だったでしょう」と回想している。
        一方、これに比べると呉で装備してきた日本製電探は恥ずかしくて見れたものじゃなく、「日本の恥だから外しちゃえ」と途中で取り外してしまったという。
    • ドイツ側の歓迎ぶりは大変なものだった。
      ブレストでは乗員全員が歓迎パーティーに招待され、ここで生まれて初めてシャンパンを口にし、顔をほてらせる者も多かったという。
      • 大尉以上の士官はベルリンへ1週間の表敬訪問を行い、あいにくヒトラー総統は留守だったものの、カール・デーニッツ海軍総司令官と面会し、司令官官舎での朝食会にも招かれた。
        宿泊は超一流ホテルの「カイザーホッフ」のそれも貴賓室が割り当てられ、厳しい食糧統制下にもかかわらず特別料理が連日ふんだんに振る舞われた。
        なお、このベルリン訪問中にイタリアが降伏し、悄然としたイタリア大使館員たちが大型バスで何処かへ連れ去られるのを目撃してもいる。
      • また、一般乗員たちはフランス・パリへ2泊3日の観光旅行に招かれ、ベルサイユ宮殿や市内を見物した。
        突然日本海軍軍人が現れたのでパリ市民たちはびっくりした様子だったという。
      • その後、帰国準備がととのうまでの約1ヶ月間、伊8乗員たちはフランスの別荘地であるシャトーヌーフで暮らした。
        宿舎はフランス貴族が所有していたお城で、広大な芝生や森もあり、美しい風景のなかで心ゆくまでのんびり休養を楽しんでいる。
    • 約1ヶ月の滞在後、帰途に就く。そして12月、半年に渡る長旅を終え呉に帰港する。
      • 余談であるがこの時の艦長、内野信二中佐は以前伊168(当時は改名前の伊68)の艦長を務めた事がある。
      • なおU1224は1944年2月に独キール軍港にて引き渡された際に日本軍艦籍に入り、「呂501潜(さつき2号)」(艦長:乗田貞敏少佐)と改名された。しかし日本を目指す回航途上の5月、日本で初めて対潜迫撃砲ヘッジホッグの餌食となり大西洋上にて撃沈されている。
  • ドイツからの帰還後はインド洋で通商破壊作戦に従事するが、この際に「撃沈した輸送船の船員が漂流している時、船員を銃撃・殺傷」する事件を二度にわたって起こしている。
    この行為(民間人の殺害)は国際法に違反しているため、戦後軍事裁判にかけられた。
    • ドイツ側からの「物的損失より補充が難しい人的損失を狙ってくれ」との要請を受けた、日本海軍上層部からの命令に基づく行為ではあった。ドイツ側からの要請の存在については、軍事裁判で米国弁護士が明らかにしている。
    • この時の艦長であった有泉龍之介中佐は、甲標的 甲型の真珠湾投入を主張し、実現した人物。後に大佐に昇進、伊401の最初で最後の出撃に第1潜水隊司令として座乗している。
      最期は、洋上で米軍に接収された同艦内で自決。有泉司令の胸中を知る手立ては、今となってはない。
    • 当時第八潜水戦隊司令部副官を務めていた近藤道生元主計大尉の証言によると、有泉大佐が上官と激しく口論しているのを一度聞いたことがあり、次の内容が聞き取れたという。
      『自分は武人として教育を受けた。町人をやっつけろと言われても納得いかない。天皇陛下から預かった赤子(せきし)をそんな戦いに臨ませたくない』
      近藤氏は経緯の詳細は知らないと断りつつも、民間商船の撃沈を指示されたことを巡っての口論だったかもしれないと推測している。*18
  • 最期は1945年3月末、米軍の沖縄来襲を受けて出撃。沖縄本島沖まで来たところで、敵駆逐艦2隻から爆雷攻撃を受けて損傷。止むを得ず浮上して、14cm連装主砲やドイツ土産の機銃等を総動員した砲戦を挑んだが、劣勢を覆すことはできなかった。
    主砲が使い物にならない中、最初から最後までドイツ製20mm4連装機銃だけは動き続け、沈みゆくその瞬間まで銃口は火を噴いていたという。
    彼女のセリフ「浮上しても、抵抗するよ~」はこの史実からである。
    40分間の激闘の末、全身蜂の巣となって力尽き、生存者1名を除く全乗組員と共に永遠の潜航に向かった。
    時に3月31日午前4時12分。那覇の東南約50海里、北緯25度29分・東経128度35分の地点であった。
    • 伊19同様、その最期は味方に感知されなかった。生存者が口を割らなかったため、米軍側も終戦まで沈めた艦の名前を知ることはなかった。
    • 生還した乗組員は米軍の尋問に対し「もし逆に貴様の艦が沈められたら、貴様は自分の艦名を公言するか」と返答したという。
  • 戦後、広島県呉市の長迫公園に慰霊碑として「伊号第八潜水艦之碑」が建立されている。
    また、同公園の「呉鎮守府潜水艦戦没者之碑」にも合祀されている。
    • 前者の碑には伊8潜水艦の航跡図が刻まれており、彼女が航海した遙かなる足跡を偲ぶことができる。

  • 11時でにドイツパンをあげているのは、響が同じライ麦パン文化の国の経験があるから。
  • これは完全に余談だが。Uボートが搭載した8.8cmSK C/35型砲は第一次大戦で使用された海軍砲から発達したものであり、(20時の時報にある)陸軍の有名な高射砲とはまったく別の砲である。※なお、より正確を期するならば高射砲は元来空軍の管轄下にある火砲であり、高射砲部隊は空軍より各師団へ派遣されたものである。

所謂「3K」 潜水艦乗組員の過酷な生活 Edit

  • 日本海軍だけでなく、米英独伊仏などの列強海軍の当時の潜水艦はどこもそうだったが、潜水艦勤務はどの艦種よりも一番厳しい配置だった。
  • これは個人名は伏せるが伊8の中の人が詠った川柳が残っている。
    • 川柳で綴るドン亀よもやま話(注:ドン亀とは潜水艦の俗称)
      • ドン亀の一蓮托生口ぐせに
      • ドン亀の家族のようにかばい合い
      • ドン亀の太陽を恋う日が続き
      • ドン亀の忍者のようにハッチしめ
      • ドン亀の夢は今夜も風呂の夢
      • ドン亀で空気の味がわかりかけ
    • 結論をいうと潜水艦には今も昔もブラックな話題が尽きないということである。
  • 基本的に当時の潜水艦はどの艦よりも小型であり、一部を除いて駆逐艦よりも小型。その狭い艦内は水上艦艇と異なり注水タンクやら圧搾空気のボンベなど専用の設備がひしめき、巨大な魚雷が並んでいる。その中で50人前後の乗員が生活している訳である。
    そのため乗員のプライベートは皆無。士官と言えど個室はなく、唯一艦長は部屋を持つが大きさは2畳があるかないか程度のスペースで、それもドアはない場合もあった。
    • 士官は大型の潜水艦だと士官室があったが、大きさは艦長室の例に漏れず気休め程度。そこに2~3段ベッドがあり交代で使用。兵はもっと酷く、兵員室等はなく魚雷室とか配属場所で寝食を共にした。
      伊号潜水艦など大型の潜水艦では一人一人に寝台が用意されていることもあった。
      • 日本の伊号潜水艦は他国の潜水艦と比べて大型であり、航続力も長い事から長期間の作戦行動を前提にしていたので、乗員への負担軽減のため、寝台が1人1台用意しているように、他国の潜水艦に比べて好遇であったという。
    • また当然ではあるが、潜水艦には水上艦にある舷窓や通風孔はないので船内の空気は常によどみ、ディーゼルエンジンの熱と艦外の海水の0度近い水温とにより壁や配水管はつねに結露している。結果湿気が凄いことになり、室温30度、湿度100パーセントが当たり前だそうな。
      これに追い討ちをかけるのがお風呂がないこと。駆逐艦以上の艦には風呂はあるが*19潜水艦にはない。よって艦内は
      ・換気できないよどんだ空気
      ・湿度が高い
      ・ディーゼルエンジン特有の臭い
      ・そういった環境で何ヵ月も生活している何十人もの男たちの体臭
      が入り交じり、軍艦の中でも特に「独特な」臭いに満ちていたと言う。悪評名高い一航戦の二人など足元にも及ばない世界である。
      • では艦内に空調設備はなかったのかというと実は伊号潜水艦は搭載している。旧式の潜水艦はともかく、伊号潜水艦にはフレオンを冷媒とした空調装置が搭載されており、常時稼働している。冷房を装備していたのは大和型だけではないのである。むしろ空調によってなんとか「室温30度、湿度100%」を維持していたのである。
  • そういった環境で生活する乗員にとって食事は何よりも心を癒すものなのだが、風呂すら用意できない艦内なのでご多分に漏れず、潜水艦の食料事情も他の艦と全く違う。
    • 当然ながら食糧庫等はなく、上記のような劣悪な環境の中で数ヶ月保存しなければならない。
      そのため出港時には艦内にはところ狭しと食糧が積まれ、湿気の少なく冷気のある床下の空間に卵等を詰め込んだり、天井にハムや燻製ものをぶら下げたりとありとあらゆる場所に食糧がある状態になる。
      それらは日持ちしないものから順に消費されるのだが、なんせ艦内は室温30度、湿度100パーセントが当たり前の場所である。数日でそういったものは傷んでしまうので真っ先になくなり、あとは缶詰めやら干物など保存がきくものや、ビタミン剤などの錠剤になっていく。
      • 缶詰の内容には、赤飯、五目飯、稲荷寿司、餅、野菜、水煮、善哉など変化に富んでおり、付け合わせに沢庵や小梅などがあったという。また、調味料も粉醤油、粉味噌などが用意されていたそうだが、元乗員の方の証言によるとその味は実に不味いものであったという。
    • 伊58の元乗員の方の話では、訓練で浮上した時に近くにいた漁船を呼びとめ、釣れた魚と積んでいた焼酎と交換したこともあったという。
  • 実は潜水艦乗員の食事量は、規定(海軍糧食(基準)養価表)では水上艦乗員の基準カロリーは1日3食で3360kcal1だが、潜水艦乗員は3629kcalと定めている。もっとも作戦行動中でも水上艦勤務よりも体を動かすことの少ない*20。また海軍の御飯といえば脚気防止のための麦飯というイメージだが、潜水艦の御飯は殆どは米のみの白米で麦飯を出すことは殆どなかったという。
    • これは麦飯は傷みやすく、劣悪な環境の潜水艦内で主食とするのに向いていない事と、水上艦以上に士気の維持に食事が重視されている潜水艦では、麦飯よりも白米の飯の方が乗員に好まれたという理由もある。
    • なお、保存のきく米を主食としている日本はともかく、黒パンなどを食べるドイツ等ではパンやチーズにカビが発生すると、その部分を削ぎ落として食していたそうだ。因みに当時カビに発ガン性の危険があることは判っていなかった。
  • また日光の当たらない艦内で何日も生活するので紫外線を浴びなくなり、普通なら小さな出来物程度で収まるはずのニキビとかが、卵黄位の大きさになり切開するはめになったという証言もある。
  • そういった艦内が戦闘になると一気に修羅場と化す。
    敵の見えない狭い艦内で息を殺し、いつ食らうかもしれない爆雷に恐怖し、付近でそれらが炸裂する度に乗員は艦体ごと上下左右に吹き飛ばされ、狭い艦内の突起物に身体を打ち付け負傷する。そして衝撃で発生する浸水やガスの発生に立ち向かわなければならない。
    • また潜水艦の操作は水上艦と比べて複雑であり、ちょっとしたミスで沈没してしまうことになる。伊58艦長の橋本以行も、伊24(未実装)の先任将校として開戦時に真珠湾に向かった時に、乗員の些細なミスから潜航が止まらなくなり、危うく沈没しかけた経験をしている。
  • こういった苦労の末、任務を終えて帰還した乗員たちに入浴などを提供し、新鮮な食事を与えるなどして慰労するのが潜水母艦である。司令部としての役目や潜水艦への補給任務もあるが、一番の役目は潜水艦乗員への慰労である。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • はっちゃんとケッコンした!性夜まで待てなかった・・・ -- 2018-12-18 (火) 00:01:31
    • おめでち!祝ってやるでち! -- 2018-12-18 (火) 00:42:22
      • だんけ!ちなみにサブのはっちゃんは中破したまま修理できないでち -- 2018-12-18 (火) 02:49:57
      • えっちだからね、仕方ないね -- 2018-12-19 (水) 17:52:25
  • 泥した時に知らない子が来た!と思う第三位がクリスマスはっちゃん、第二位が梅雨詳報 -- 2018-12-18 (火) 17:08:09
    • 7-1で普通に泥するようになったから嬉しいけど驚きますね。祥鳳もそうだったw -- 2018-12-18 (火) 17:30:31
  • あー子作りすぎるー^ -- 2018-12-23 (日) 16:17:27
  • 今年も可愛いな8ちゃん。潜水艦が服を着てるのが新鮮 -- 2018-12-23 (日) 21:48:45
  • はっつぁんの「フヒ」顔に癒されりゅぅぅぅ(ゲス顔) -- 2018-12-24 (月) 14:06:09
  • やだやだやだー!拙者クリスマスが終わるのやだ!服着てるはっちゃんがいいのおおおおおおおおお! -- 2018-12-25 (火) 17:06:41
  • さて、どれだけのはっちゃんが子作りコスで理性のトんだ提督に夜戦を挑まれて胎内で建造を開始したのか… -- 2019-01-05 (土) 21:07:19
    • ???「聞きたいかね? 昨日までの時点で99,822人」 -- 2019-01-12 (土) 20:01:57
  • Surcouf実装からの主砲搭載可とかならんかなぁ…… -- 2019-01-07 (月) 17:57:06
  • 調子こいて八っつぁん改装してしまった。だから1-5で採掘大会実施中。 -- 2019-02-19 (火) 12:18:21
  • すっ……すまなかった。腹を切って詫びるつもりだ。許せ。 -- 2019-03-20 (水) 22:38:20
    • ???「さっさと腹切るでち! この後簀巻きにして海に流すでちから! こっちは急がしいんでち!」 -- 2019-03-26 (火) 20:18:43
  • 「~♪」「はっちゃん? 今日はえらく機嫌がいいでちね」「ふふっ、今日ね。提督がいろんな所ではっちゃんの事を話してるみたいなの。最近あまり話せてないから、とっても嬉しいなって」「……あ~」「? ごーやちゃん?」「はっちゃん。今日奢るでち」 -- 2019-05-21 (火) 10:16:28
    • あの娘の事はジョーと呼ぶことにする -- 2019-05-21 (火) 19:05:31
  • そうだ!8×八というカップリングにすればみんな幸せだ!たぶん! -- 2019-05-22 (水) 17:54:04
    • そいつは素敵だ!大好きだ! -- 2019-05-22 (水) 19:29:59
      • そんなに好きなら撃たれてもいいのよ? デブでメガネな大隊指揮官殿w -- 2019-05-24 (金) 19:29:06
    • 劇場版 ふたりははっちゃん エンドレスエイト 近日公開 -- 2019-06-12 (水) 00:38:08
  • もしかして夏イベ特攻艦? -- 2019-08-19 (月) 11:05:59
    • ブレストフォイヤー!(特効倍率2.0倍) -- 2019-08-24 (土) 15:27:49
  • はっちゃん、ブレストだよ!ブレスト! -- 2019-08-19 (月) 16:15:50
  • やっと…はっちゃん来たあ…明石が出てもいつまでも出なかったから困ってたけど…次のイベントで活躍するといいなあ -- 2019-08-20 (火) 00:30:09
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

建造成果の報告は建造レシピ内にあるコメント欄に、
ドロップ報告に関しては出撃ドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。





*1 "Guten Tag"=「こんにちは」
*2 アハト=「8」
*3 "Stollen"、ドイツの菓子パン
*4 ダンケ=「ありがとう」
*5 イタリア・ミラノの菓子パン。本来はクリスマスに作って食べるもの。
*6 フォイヤー=直訳だと「砲火」、意訳すると「撃て!」
*7 ダンケシェーン=どうもありがとう
*8 グーテンモルゲン =「おはよう」
*9 ドイツのライ麦パン
*10 アハトアハト =ドイツ軍にて使われた高射砲「8.8 cm FlaK 18/36/37」のあだ名
*11 ドイツ語では「Glühwein」。本来の発音は「グリューヴァイン」(IPA:[ɡlyːvaɪ̯n])の方が近い。
*12 それまでの艦は旧ドイツ帝国海軍の巡洋潜水艦をもとに建造されていた。
*13 2基4挺とする資料もある。
*14 水上機搭載能力、旗艦能力などをオミットし、特殊潜航艇の搭載スペースの確保、魚雷火力を充実させた巡潜型。
*15 伊19がワスプを撃沈した時の艦長(木梨鷹一中佐、戦死後少将)が指揮していた。
*16 最新の対潜兵器で、Mk24「機雷」と秘匿名が付けられていた。また、これまた最新対潜兵器であるソノブイによる、最期の瞬間の録音が残っている。1995年のNHKスペシャル「消えた潜水艦イ52号」のタイトルで放映された事も。ちなみに、同番組には伊8の艦長本人も登場した。
*17 なお、伊52にはドイツ製の装備を購入する為の2トンの金塊が積まれていたが、それらは発見されなかった。
*18 『日本海軍400時間の証言: 軍令部・参謀たちが語った敗戦』NHKスペシャル取材班。
*19 もっとも大型艦でも無い限り士官専用の場合が多く、小型艦の兵員は甲板にケンバス張りの簡易浴槽を展開し、海水を沸かしたお湯で入浴していた。ガトー級などではシャワー室が用意されていた。
*20 艦内が狭い事と、運動することで余分に酸素を消耗する事を防ぐため