|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.198|
|&attachref(装備カード一覧/weapon198-b.png,nolink);|>|F4F-4|>|艦上戦闘機|
|~|>|>|>|~装備ステータス|
|~|~火力|+1|~雷装||
|~|~爆装||~対空|+5|
|~|~対潜||~索敵|+1|
|~|~命中|+1|~回避|+2|
|~|~&nobr{[[戦闘行動半径>基地航空隊]]};|4|>|BGCOLOR(#ccc):|
|~|>|>|>|~装備可能艦種|
|~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):駆逐艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):軽巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):重巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):戦艦|
|~|軽空母|正規空母|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):水上機母艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):航空戦艦|
|~|>|>|>|~備考|
|~|>|>|>|開発不可、[[改修可>改修表#id198]]、[[入手方法>#HowtoGet]]|
|>|>|>|>|~[[改修更新>改修表#id197]]|
|>|>|>|>|[[F4F-3]] → ''F4F-4'' → [[F6F-3]] → [[F6F-5]]|
|>|>|>|>|LEFT:大戦初期の太平洋上で零戦としのぎを削った名艦上戦闘機、その改良型です。&br;ワイルドキャットとよばれたF4Fシリーズは、格闘戦闘で劣る零戦隊を相手に果敢に戦いました。&br;本機は火力を強化し、空母艦載に最適化したF4Fの完成形といえるバージョンです。|

*ゲームにおいて [#about]
-2016年11月19日にイベント突破報酬として実装。
-[[F4F-3]]との性能差は対空&color(blue){+1};、索敵&color(blue){+1};、命中&color(blue){+1};。
-零戦21型のライバルという位置づけなのか、対空は同じく+5。性能差は火力&color(blue){+1};、命中&color(blue){+1};、索敵&color(blue){+1};、回避&color(blue){+2};、戦闘行動範囲&color(red){-3};と、ほぼ零戦21型の上位互換。 

**アップデート履歴 [#update]
-2016年 11月19日:実装
-2016年 12月09日:[[改修可能>改修表#id198]]となった。
--必要素材は[[零式艦戦21型]]と[[零式艦戦32型]]。後者は開発でのみ入手可。
-2017年 01月10日:[[F6F-3]]へ更新可能になった。
-2021年 06月22日:同日改修可能となった艦爆[[SBD]]から[[SBD-5]]への改修更新時に、素材として[[F4F-4]] (本機)を1つ要求されるようになった。

**入手方法について [#HowtoGet]
-初期装備艦
--[[Independence]]、[[Saratoga改]]、[[Ranger改]]、[[Hornet改]] (&color(teal){★+4};)、[[Wasp]]
-「[[F4F-3&color(teal){★max};>F4F-3]]」からの[[改修更新>改修表#id197]]
-2016年 秋イベント『[[発令!「艦隊作戦第三法」]]』[[E-5>発令!「艦隊作戦第三法」#area5]] 甲作戦 突破報酬

*小ネタ [#trivia]
-元ネタは、アメリカ海軍の艦上戦闘機F4F「ワイルドキャット」の3番目の量産型、F4F-4と思われる。
&br;
-F4F-4は、固定翼だった[[F4F-3]]の主翼に折りたたみ機構を追加し((ちなみにこの方法はルロイ・グラマンが愛用していた練り消しとクリップを使って思いついたと言われている))空母での取り扱いと搭載数を向上させた型。
--主翼を折りたためるようになったことで、F4F-3 2機分の幅でF4F-4 5機搭載可能に。
当初は油圧による折りたたみ機構も検討されたが、重量増加との兼ね合いで人力となった。
--また、主翼だけでなくエンジンにも改良が加えられている。F4F-3の一段過給器から二段過給器に進化し、中高度以上での性能が向上。出力そのものも増大している。
--さらに機銃を2丁追加して計6丁とし、火力を強化した。
4挺から6挺に増設された経緯としては火力強化も一因だが、継戦能力を上げるためでもあった。ブローニングM2はベルト給弾方式だった為、空戦中にGがかかった状態で射撃するとベルト切れや給弾不良を起こしやすかったのだ。((また、弾道性能に定評のあるM2ではあるが、「発射速度が遅く、火力の割に重い」という欠点もあった。発射速度はMG151/20(独20mm)やShVAK(ソ連20mm)に劣り、自重は九九式一号と二号(日本海軍20mm)の中間…と書くと一気に微妙な雰囲気が漂ってくる。低い発射速度や給弾不良をカバーすべく多連装にすると、ただでさえ重いのにさらに重量がかさむ…という悪循環に終始悩まされていたのだ。))
この武装強化で機体重量と射撃時の反動が増した一方、機銃1丁当たりの装弾数は減少。「F4F-3よりも鈍重で、射撃は反動がきつくて当てにくい、おまけに弾切れが早い」と、搭乗員からの評判はあまりよくなかったという。重量増加による性能低下はかなり深刻であり、特に運動性能と上昇性能が大幅に低下、加速や速度にも悪影響を及ぼし[[鹵獲された零戦二一型>零式艦戦21型]]との上昇性能比較テストの際、高高度で抜き返したF4F-3と違い、重量が増えたF4F-4は終始抜き返せなかったという&color(Silver){%%搭乗員からしたらシャレにならない%%};エピソードがある。
---弾切れが早いことが特に致命的で、ミッドウェー海戦では、飛龍の99式艦爆がヨークタウンの上空に到達した時点で、多くのF4Fが弾切れになっていたという。また、サンタクルーズ島沖海戦でも、翔鶴と瑞鶴の攻撃隊を迎撃したエンタープライズのVF-10は迎撃戦闘の途中で弾が尽き、最後はエンタープライズへの攻撃を眺めるしかできなくなった。ジョン・サッチ少佐((ミッドウェー海戦でのVF-3隊長))とジェームズ・フラットレー少佐((サンタクルーズ沖海戦でのVF-10隊長))はどちらも、機銃を6丁から4丁に減らし、代わりに1丁あたりの弾数を250から400以上にすることを提言した。((※出典『U.S.S. YORKTOWN Report of Action for June 4, 1942 and June 6, 1942.』『USS ENTERPRISE The Battle of Santa Cruz, October 26, 1942 』))
---これもあってアメリカ海軍は空戦戦術を変えざるを得ない状況になり、サッチ少佐提唱のサッチウィーブをメインに、奇襲戦法の一撃離脱などを組み込んで零戦に対抗した。((一撃離脱は相手との高度差がそれなりに無いといけない為、相手よりも高い上昇性能と高度性能が必要になる。))
--なおこれらの改良は、英海軍発注のマートレットMk.2(F4F-3ベース)で先行的に実施されたもの。英空母の格納庫はやや狭かったので、折りたたみ機構が米海軍より早く要求されたのだ。
---イギリス向けに6丁にした際に、生産性向上のためアメリカ向けも6丁にしたのであるが、上述の通り重量増加による性能低下が起き、これには後述のフラットレー少佐も含めて多数のパイロット達から苦情が殺到した。あるパイロットは零戦には不意打ちした時以外、勝てないと言い切った。急遽グラマン社に4丁に戻したF4F 100機が発注されたが、グラマン社の回答は1943年にならないとできないというものであった。前線部隊からは本国はよい戦闘機をつくる努力すらしないと非難されたという
-1942年5月から順次F4F-3との交替が進められ、ミッドウェー海戦時にはほぼ置き換えが完了していた。
--なお、ミッドウェー基地所属の海兵隊第221飛行隊は機種転換が間に合わず、F2A-3を20機とF4F-3を6機装備のままミッドウェー海戦に参加している。
-かつて本邦では評価の低かったF4Fだが、近年では零戦と互角の死闘を繰り広げた機体として再評価されつつある。
--ミッドウェー海戦では、零戦との戦闘によりミッドウェー基地航空隊は長期の再編成が必要なほどの損耗を出し((その損害の内戦闘機、さらに空戦による損失に絞ってみるとF4F-3/4は地上基地、空母合わせて10機の損失。地上基地のF2A-3は13機の損失+使用不能機が5。対する零戦は直接の戦闘機同士の戦闘による損失は13機。総合ではアメリカ海軍戦闘機隊が41機の損失、日本海軍は戦闘機20機の損失))((※出典:『ミッドウェーの奇跡』、『記録ミッドウェー海戦』『Battle of Midway:Action Report』 ))ている。
---ちなみにサッチウィーブはこの海戦で初めて実践されたことで有名だが、実はジョン・サッチ少佐の指揮下に居た戦闘機は僅か6機でありサッチ・ウィーブさえ困難な状態だった((というか本来サッチ少佐率いるVF-3の任務はランス・マッセイ少佐率いるVT-3のTBD隊12機の護衛であるので当たり前と言えば当たり前でもある。なおVT-3隊は同海戦で20機以上の零戦に迎撃され、3倍以上の零戦に果敢に挑んだサッチ少佐の奮戦及ばず、TBDは隊長機も含めて全滅、サッチ少佐も突破できず離脱するのがやっとだった))。
--南太平洋海戦では、洋上で活動するための空母部隊が壊滅してしまい、一時期太平洋での稼働空母がゼロになるという事態に直面するなど、序盤の戦闘では苦戦している。

---とは言え、南太平洋海戦では米海軍は81機の損失に対し日本海軍は91機の損失((うち未帰還69、海中投棄と不時着23機。 ※この辺各データごとに差異が有り。))((※出典:『太平洋海戦2 激闘篇』『Frank, Guadalcanal, p. 401 and Lundstrom, Guadalcanal Campaign, p. 456. 』))を出し、日本海軍は沈没艦こそ出さずに米軍相手に勝利したが艦爆・艦攻隊を中心に大規模な再編成が必要な程の損害を被っていた。

--しかし、ガダルカナル島の戦い以降は制空権を逆転しつつあった。米軍はコーストウォッチャーやレーダーによる早期警戒を徹底し、高高度から待ち伏せを行うことで日本軍は陸攻隊など攻撃機部隊を中心に多数の航空機と搭乗員を損失し、補充が満足に行えなかったのに対し、補給路を確立させたアメリカ軍は損失分の航空機や搭乗員を次々投入、長期戦で日本軍を押しつつあった。早期警戒は米軍の命綱とも言える方法であり、1942年10月2日の空中戦では日本軍の襲来に気付くのが遅れ、全機が発進するも有利な高度差が作れない状態で零戦と会敵してしまう。結果は空中戦で1機の零戦を撃墜するが、F4F側の損失は6機に上る。((Lundstrom, John B. The First Team and the Guadalcanal Campaign. ))ちなみにガダルカナル島の戦いで最も航空戦が激しかった1942年8月~11月までにF4Fは115機、零戦は106機を喪失している。((Stille, Mark. Guadalcanal 1942–43: Japan's bid to knock out Henderson Field and the Cactus Air Force))
……と言うと、F4F-4が零戦を超える性能向上を成し遂げたようにも聞こえるが……''防弾性能・急降下特性・横転率以外ほぼ負けている''という評価は変わらない。 
---サッチウィーブ発案者のジョン・サッチ少佐ですら、「(ミッドウェー海戦の零戦との戦闘で)我々((僚機のうち1機は被撃墜))は奇跡的に生還できた…(生き残った要因は)ワイルドキャットの性能ではなく、相手の射撃が下手だったから助かった。」「ワイルドキャットの性能が改善されない限り我々は任務を遂行することは不可能だ」と感想を残しているほどである。((この時少佐は空戦中編隊が崩れない日本海軍航空隊を高評価している。))((サッチ少佐自身がミッドウェーにおいて多数の零戦に囲まれて攻撃された際はサッチウィーブで防御しながら逃げ回った。反撃は偶然サッチ少佐の前を通った零戦数機を撃墜したとのことで日本軍の記録ともおおむね一致する。このようにサッチウィーブは防御戦術であった))((ジョン・サッチ少佐は「4丁で当てられない奴は8丁でも外すさ」といい、零戦に対抗するには武装の強化ではなく、戦術の改良が必要だと考えていた。これがサッチ・ウィーブ戦法につながる。さらにF4Fは設計上無駄に嵩張る部分が多かったらしく、この点について少佐は零戦に対抗するためには機体の軽量化も必要だと進言していた。この進言がFM-2の開発に繋がった…かどうかは定かではない。))
---F4F-4が零戦に対して有利な点と言えば、防弾性もさることながら信頼性の高い無線機か。この無線機があってこそ、F4Fが零戦に対抗できた…と言ってもいいほど重要なモノだった。&color(Silver){というか高性能な無線が無ければサッチ・ウィーブ戦法なんて生まれなかった。};

//%%同じ日本機と舐めてかかって編隊戦術をとる陸軍機にぶち落とされたりしてたのはさておき。%%}; &color(Silver){よく日本海軍は単機戦闘を重要視すると思われがちだが、実のところジョン・サッチ少佐も褒めているように日本海軍でも編隊戦術がとっていた。ましてや無線機の問題は加藤少佐が隊長を務めていた時の64戦隊((元64戦隊のパイロットによると、隊長によっては無線機を使う場合と使わない場合があった模様))など一部を除き、陸軍と海軍の共通の問題であった。また日本陸軍、海軍は開戦当初はロッテ戦術ではなく3機一組のケッテ戦術が中心であった。この場合、密集編隊なので連携が取りやすく、かつ小隊長機が敵機を攻撃し、2機の列機がそれを支援するので火力を集中させやすいメリットがあった。};

---フラットレー少佐はF4F-4の優れた武装と・防弾・大馬力エンジン((栄21型に換装した二号零戦は航続距離の関係上使えず、昭和17年の戦いでは一号零戦が主力。))を評価し、次のように言った。
「どのみち1VS1では勝てない。F4F-4のほうが空母に多く積める分有利である。我々の戦闘機とパイロットを適切に使えば敵を上回れる。我々の戦闘機に文句をいうのはもうやめよう。それは敵を撃墜し炎上させ、我々の多くを基地に帰還させてくれる。戦闘機の任務を思い出そう。敵の戦闘機隊の任務と我々自身のそれは同じだ。F4F-4による戦術できっとうまくゆく。我々は彼らを知恵で打ち負かせる」とF4F-4を好意的に評価している。
---アメリカ海軍上層部は、フラットレーの言葉を喜び、ノックス海軍長官はこれこそわが海軍魂の発露であり、戦争の勝利は間違いないと激賞した
---ガダルカナル島のカクタス航空隊司令官スミス少佐は「不利になったら雲に逃げ込め、雲がなければ味方の飛行場に逃げ帰れ。対空砲火で追っ払ってやる。我々の義務は英雄的に死ぬことではなく、明日また戦うことにある」と部下に語った。ガダルカナル島では、日米ともに零戦より性能が劣ると認める本機はありとあらゆるものを使って零戦を代表する日本海軍航空隊と一進一退の攻防を繰り広げ、さらには爆撃機と共に日本軍の飛行場を銃爆撃し次々と日本軍の航空機を無力化して最終的にガダルカナル島の戦いをアメリカが有利な状況へと道を切り開いた。
-後継の[[F6F>F6F-3]]が空母に配備されると、%%F4Fは予備機として護衛空母や地上基地に移され、時々出撃していたようだ。%%
--''実はF4Fの製造数はF6F就役後の方が多い''。後述のFM-2がF4Fシリーズ最大の製造数なのだ。

-一方で欧州では高翼面荷重で直線番長のドイツ機に対し、水平速度で劣る本機はその格闘性能を活かして有利に戦った。&color(Silver){なんだかなぁ……};

&br;

-F4F-4にはF4F-4A、F4F-4B、F4F-4Pという3つのサブタイプが存在する。
--F4F-4AはエンジンをP&W R-1830-90に換装したもの。どうやら生産はされてないっぽい?
--F4F-4Bは英国供与版の米国呼称。エンジンをライト R-1820-40Bに換装したものでイギリス海軍ではマートレットMk.4と呼んだ。
--F4F-4Pは偵察機型。少なくとも1機は生産されたようだ。
-このF4F-4の途中から、グラマン社がF6Fに集中するためにF4Fシリーズの量産はゼネラルモーターズ社が行うことになった。
F4F-4のゼネラルモーターズ社製の機体に当てられた型式はFM-1である。
--そして、小型の護衛空母用に軽量化したバージョンが[[FM-2]]。
ブローニングM2機関銃の搭載数を4挺に戻し、エンジンを2段2速過給機付き二重星型14気筒のR-1830-86ツインワスプ((離昇出力1200馬力))から、1段2速過給機付き一重星型9気筒のR-1820-56サイクロン((離昇出力1350馬力))に変更。高高度性能と火力はやや低下したが、機体重量を減らしつつエンジン馬力をアップさせ、これにより低空での運動性や上昇力が大幅に向上した。その飛行性能は「低高度ならばF6FやP-51といった次世代機にも大きく劣らない」と評価され、また着陸時の癖がなくなったこともあり、搭乗員からは好評だったようだ。





//以下コメントアウトされた文章。削除はしないでください。

//%%英海軍の相手は独伊だったからで、防御の弱い日本海軍機を相手にしていたアメリカ海軍パイロットはあまり必要性を感じていなかった。%%実際は、母艦に攻撃を仕掛けてくる攻撃機・爆撃機を迎撃する際に火力不足に直面しており、後継のF6F・F4Uでは6挺が標準になっている。さらに、6丁の12.7mm機銃をもってしても、被弾しようが出火しようがお構いなしに突っ込んでくる特攻機に対しては火力不足で、大戦後期にはF6FやF4Uに20mm機関砲を積んだタイプが登場している。
//---アメリカ軍戦闘機が頑なに12.7mm機銃に拘った理由の一つとして、当時アメリカが生産していたAN-M2 20mm機関砲の信頼性が低かったことが挙げられる。このAN-M2はイギリスのイスパノMk.I/II機関砲を元に「改良」したものだったが、薬室と薬莢の相性が悪く、不発や動作不良が頻発。弾薬にグリースをべったり塗ってやっとまともに動作する((気温の低い高空で凍結してしまう為、イギリスでは航空機関砲弾薬へのグリース塗布は厳禁だった))という工業大国らしからぬ代物だった。
//---そしてもう一つは、航空火器に重要なのは火力でも発射速度でもなく命中精度だという考えを持っていたことが挙げられる。単発の威力が低くても、高い精度で多数の命中弾を与えられればいい。威力が低かったり故障しやすいのなら、多数を搭載して火力と信頼性を上げればいい。こうしたドクトリンに基づき、弾道直進性の良いブローニングM2重機関銃を航空用に転用したという経緯がある。
//---%%なお、1942年初めの実戦の中で結局4丁で十分ということが判明し、FM-2では再び4丁に戻ることになる。
//--重量の問題は''「重量がかさむならもっと強力なエンジンを積めばいい」''という実に&color(Silver){%%筋肉的%%};合理的な発想で解決し、そのための高出力エンジンをどんどこ大量生産してしまえたのが大国アメリカの強さと言える…のだが、実際にやはり機体重量からくる運動性能の低さが顕著になっている。実戦に参加した米海軍機で最も運動性が優れていたF6Fでさえ、なんと6t近くもある。これを2000馬力のエンジンパワーで旋回率を上げ、旋回半径が大きくとも速度さえ出れば、旋回速度を速くすることで鋭い旋回を発揮するようにした。&color(Silver){ただし速度が落ちれば落ちるほど運動性が悪化し、そこを狙われて喰われたF6Fは数知れない};。さらに、一見運動性が良いように思えるP-51も実はそこまで運動性が良くない。こちらは翼面荷重のみならず、重量バランスが悪いので胴体内の燃料が残った状態で格闘戦をするのが禁止にされたほどである。ただ、今まであった航空機がP-38やP-47といった重戦闘機であることを考えると、確かに運動性は良好と言えるだろう。日本海軍の601空の戦闘報告書によると、「P-51は旋回性能が低いから攻撃を受けてもカンタンに回避できるしとっても格闘戦を組みやすいよ!でも速度が速いし武装も強力だから注意しようね!(要約)」といった具合であり、この点ではやはりアメリカは重量による運動性の低下という根本的な問題点の解決には至っていなかった。&color(Silver){でもP-51は日本軍の機体より高高度性能が高かったので依然脅威だったのは内緒};
//これはベルト給弾方式からくる理由だから、まあ仕方無いといえば仕方ないが。&color(Silver){ちなみに日本海軍はドラム給弾方式};さらによく言われる日本機やドイツ機は12.7mm機銃で十分、というのはかなり微妙で、実際に火力不足に直面する場面はあった。一撃離脱も編隊で行い、少しでも火力を高めようとした部分もある。
//---ちなみに、アメリカからM2機銃を4挺積んだP-51を借りた紅茶の国は、火力不足だったので自国製のイスパノ20mm機関砲に積み替えた。
//---F4F-4の活躍は、搭乗員の血のにじむ努力による結果だったといえる。
//--4挺から6挺に増設された経緯としては火力強化も一因だが、継戦能力を上げるためでもあった。ブローニングM2はベルト給弾方式だった為、空戦中にGがかかった状態で射撃するとベルト切れや給弾不良を起こしやすかったのだ。
//また、弾道性能に定評のあるM2ではあるが、「発射速度が遅く、火力の割に重い」という欠点もあった。発射速度はMG151/20(独20mm)やShVAK(ソ連20mm)に劣り、自重は九九式一号と二号(日本海軍20mm)の中間…と書くと一気に微妙な雰囲気が漂ってくる。低い発射速度や給弾不良をカバーすべく多連装にすると、ただでさえ重いのにさらに重量がかさむ…という悪循環に終始悩まされていたのだ。
//---とは言え南太平洋海戦では米海軍は74機の損失((このうち不時着、海中投棄数が含まれてるか不明。))に対し日本海軍は91機の損失((うち未帰還69、海中投棄と不時着23機。))((※出典:『太平洋海戦2 激闘篇』『The Office of Navy Intelligence.』))を出し、さらに戦死搭乗員の数は米海軍40名弱に対し日本海軍140名超と大きく差があった。勝利の裏で日本海軍は艦爆・艦攻隊を中心に大規模な再編成が必要な程の損害を被っており、結局は再編成した部隊を前線に出して消耗する状況に追い込まれていくわけだが


//正確な数値が不明な為、一旦コメントアウト。情報が入り次第編集します
//さらに搭乗員戦死者数は米海軍40名弱に対し日本海軍は米艦隊に対する大規模な攻撃の結果、133~145名((ただし、アメリカでの戦死の定義は負傷してから24時間以内に戦死した場合を指す)) 
*この装備についてのコメント [#comment]
#pcomment(./コメント1,reply,15)