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三日月宗近

Last-modified: 2018-09-18 (火) 17:23:27
3番
あっははは! いいぞいいぞ 触って良し三日月宗近(みかづきむねちか)太刀三条
ステータス(MAX)
生存50(57)打撃50(66)
統率52(66)機動31(31)
衝力40(49)範囲
必殺30偵察29(32)
隠蔽29兵装備スロット3
装備可能刀装
軽歩/重歩/盾/軽騎/重騎
ランクアップチャート
三日月宗近三日月宗近 特(Lv25)
刀帳説明
俺の名は三日月宗近。まあ、天下五剣の一つにして、一番美しいともいうな。
十一世紀の末に生まれた。ようするにまぁ、じじいさ。ははは
公式特設サイトの紹介
平安時代の刀工、三条宗近作の太刀。
天下五剣の一つで、
その中でも最も美しいと評される。
刀剣男士としての姿も平安貴族のような優雅さ。
器が大きいといえば聞こえは良いが、究極のマイペース。

※ステータスは刀帳に表示されている初期値のもの カッコ内の数値は錬結・内番で強化できる限界値

CV:鳥海浩輔、イラストレーター:沙汰(クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

実直な人柄ゆえによく笑う。全てに対して器が大きいため、少し抜けているようにも思える。(公式ツイッター本丸通信より)

現在の入手方法

過去の入手方法

イベント報酬
キャンペーン報酬


ステータス

  • ステータスは初期値、特最大値ともに合計値が小竜景光小豆長光大包平に次いで極を除く全刀剣男士中3位。
  • どの能力も非常に高水準。特最大値では、統率が太刀3位、打撃・隠蔽が3位になる。
  • 装備出来るスロットが3であるため、きっちり育てて兵を積めば高攻撃、高速度、高防御を兼ね備えたオールマイティキャラとなり、申し分ない戦力になる。
    • 初期実装された刀剣男士の中で唯一のホロ背景だったが、2016年3月18日に数珠丸恒次、2016年8月16日に大典太光世、2016年11月18日に小烏丸、2016年12月20日に大包平が追加実装され現在は5人に。

他の刀剣男士との会話

その他

  • サービス開始当初「本丸(負傷時)」のセリフは二種類存在したが、2015/02/18時点で一種類しか再生されなくなったことがユーザーにより確認されている。
    なお、消されたセリフは「入浴中だ」(←要反転) 今後再び聞けるようになるかは不明。
  • 2015/04/21に行われたメンテナンスでログイン(ゲームスタート)時のボイスが更新された。
    更新以前のログイン(ゲームスタート)時ボイス「提督が鎮守府に……はっはっは、さすがに違うか」(←要反転)

小ネタ Edit

  • 平安時代の刀工、三条小鍛冶宗近の作。現在は大原安綱・備前友成とは同時代で、共に現存在銘作のある最古の刀工と見るのが定説である。そのため日本刀独特の形をなしている物としては最も古い物の一つと言われる。
  • 制作時期は11世紀末から12世紀初頭とされる。
    • 現存の有銘作は東京国立博物館の三日月宗近、旧若狭小浜藩主酒井候から明治天皇に献上された御物の太刀、同じく奉納された福井県若狭彦神社所蔵の太刀、赤坂矢橋家から奉納された岐阜県南宮神社の太刀がある。
      • 所在不明の有銘作は島津家伝来の脇差・鷹巣宗近、大阪城で焼失した短刀・海老名宗近がある。
    • 銘は「三条」と「宗近」があり、三条と切る方に真作が多いといわれる。
  • 刀身は2尺6寸4分(約80cm)、反り9分2厘(2.8cm)。銘は佩裏に三条と切ってある。踏ん張りの強い極めて優美な太刀姿と、三日月型の打除けが多く入っているのが特徴的な名刀。インターネット上でも、e国宝、東京国立博物館画像検索などのサイトでその姿を見ることができる。
    • 号の由来は、打ちのけがたなびく雲に浮かび上がる三日月を思わせるところから。
    • 刀で斬りつけあう'物打ち'という箇所の少し下に斬り込みが残っている。*8
    • 刀装は後世に造られた鞘部分のみ現存しており、「糸巻太刀拵(いとまきたちごしらえ)」と呼ばれる様式である。この刀装は武家太刀拵とも言い、基本様式は鎌倉時代に始まり、桃山時代以降は主として大名の儀式に用いられた。刀装の中でも最も華美で格調が高く、武家の権力の象徴とも見られている。
  • 江戸時代初期の三日月宗近の押形が埋忠銘鑑(大正6年刊行)に記載されているが現存の物と全く一致しない。埋忠家は徳川家や諸大名、本阿弥家から装剣具を受注していた名家。
    • 徳川家伝来の三日月宗近と、東京国立博物館の三日月宗近が別物ということになる。
    • あるいは埋忠家が押形を写し間違えた。鬼丸国綱と童子切安綱も光悦押形に記載されているが、現存の物と一致しない。ミスはよくあることではないが、全くないわけでもないので可能性が高い。事実、徳川吉宗の享保名物に記載された三日月宗近と、現存の三日月宗近は寸法が一致している。
  • 刀帳説明にあるように天下五剣の一振り。
    • 天下五剣とは、室町時代に「刀剣の最高傑作、日本を象徴する五振り」として人口に膾炙した五つの太刀の通称とされているが実際は江戸時代から明治時代の間にいつのまにか決まった称号の可能性が高い。三日月宗近はその中でも最も美しいと評され、「名物中の名物」と呼び慣わされた。

来歴

  • 打たれてから高台院が手に入れるまでの間の資料がスッポリ抜けており、一切不明。
  • 「享保名物帳」には『三ヶ月と申す仔細は三ヶ月形の打のけ数々有之依て名付たる由、秀吉公御後室高台院殿(ねね)御召仕に山中鹿之助と申者あり 此者に一度下され候事有之此者常々三日月を信仰して武具に三ヶ月を記す御拵に三ヶ月あるは右の者所持の内拵へ其造りの儘にて候哉、台徳院様(2代秀忠)へ高台院殿御遺物として遣さる三條と銘有り』とあり、三日月宗近の所有者として高台院、徳川秀忠、山中鹿之助の三人の名が登場している。
    • 何故、高台院が所持していたかは不明。三好政康が豊臣秀吉に献上説・15代将軍義昭が羽柴秀吉に下賜説などがあるが、両説共に史料による裏付けはなく上記に影響された創作と推察される。つまり高台院が手に入れた経緯はわからない。
    • 徳川将軍家の「御腰物台帳」に所載され、同家に伝来したのは間違いない。
  • ゲームの中では足利宝剣とされているが、実は足利家に関する史料に三日月宗近の記述はない。
    • 永禄の変で義輝が襲撃してきた三好三人衆・松永久秀の軍に対し、将軍家に代々継承される刀を畳に突き刺し奮戦したという俗説が広まっているが、義輝の武勇伝が確認できる史料「足利季世紀」「永祿記」には、利刀を突き刺したとあり名刀とは記されておらず三日月宗近も登場しない。この説の出所は、江戸時代後期に作られた『日本外史』の「足利家秘蔵の刀を畳に刺し、刃こぼれするたびに新しい刀に替えて寄せ手の兵と戦った」という記述が元である。
    • 同書は先行する史料との間の齟齬が多く当初から批判されていたが、幕末から明治にかけて一般に広く読まれた。歴史小説などでの将軍足利義輝のイメージは、ほぼそれを踏襲していると言える。つまり、剣豪将軍という呼び名自体が俗説であり、実像とは無関係なものである。
      • 仮に足利宝剣というのが事実だとしても、かの有名な室町幕府の初代征夷大将軍尊氏や、室町幕府第3代将軍義満、足利最後の将軍義昭も所持した可能性があるので、とくに義輝のみが特別という訳ではない。
  • 戦後、徳川公爵家を出て金貸しを転々とするが、海外流出する危険が高かった名刀を蒐集する所蔵家が保護。この方は童子切や鳴狐も保護し、死後に御子息が東京国立博物館に寄贈した。
  • 持ち主の変遷を要約すると、空白の数百年→高台院→徳川家→金貸し→個人蔵→東京国立博物館に寄贈。
    天下人から金貸しに渡ったりと波乱万丈かつ謎の多い刃生、現在では国宝に指定されている。

キャラクターデザイン

いいぞいいぞ コメントして良し Edit

鍛刀成果の報告はレシピ報告に、
ドロップ報告に関してはステージドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。

2015/02/02に設定されました当wikiガイドラインに基づき、入手・ダブり報告【のみ】・未入手の愚痴【のみ】のコメントはおやめ下さい。

ガイドライン周知のため、暫定的に折りたたんであります。




*1 メンテナンス後~メンテナンス前
*2 00:00~23:59
*3 日向正宗を除く当時実装済みの男士
*4 メンテナンス後~メンテナンス前
*5 17:00~04:59
*6 17:00~14:00
*7 日向正宗、南泉一文字、千代金丸、静形薙刀を除く当時実装済みの男士
*8 日本刀大百科事典