第四号海防艦

Last-modified: 2020-07-10 (金) 19:47:51
No.437
マル戦計画で生まれた丁型海防艦、その二番艦 第四号海防艦でっすー。そうね~ぇ、よつ……って呼んでくれていいよぉ? ていとく、よろしくねぇ!第四号海防艦(だいよんごう)丁型海防艦 2番艦 海防艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久8火力3 / 15
装甲4 / 15雷装0
回避39 / 79対空5 / 19
搭載0対潜30 / 67
速力低速索敵2 / 11
射程18 / 76
最大消費量
燃料10弾薬10
装備
三式爆雷投射機
装備不可
装備不可
装備不可
改造チャート
第四号海防艦第四号海防艦改(Lv35)
図鑑説明
マル戦計画で生まれた丁型海防艦、その二番艦、第四号海防艦でっすー。ちっちゃいけど、ものすごく頑張りました!
横須賀の防備やマリアナや小笠原、敵の潜水艦だって負けません!
最後は伊勢湾…松にもらった命、頑張りました!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:藤田咲、イラストレーター:ほづか (クリックするとセリフ一覧が開きます)

セリフCV:藤田咲、イラストレーター:ほづか
入手/ログインマル戦計画で生まれた丁型海防艦、その二番艦
第四号海防艦でっすー。そうね~ぇ、よつ……って
呼んでくれていいよぉ? ていとく、よろしくねぇ!
母港/詳細閲覧はーい、よっつ、呼んだ?
よっつのおしごと? やるやるぅ!
母港/クリック時松のあねご、お疲れさまでっすー。肩、こってないですかぁ? よーつ、肩もみ、上手なんですよぉ。
ふぇ、ていとくもこってるのぉ? じゃあ、ていとくは肩、もんであげますね。
ケッコンカッコカリ(反転)
ケッコン後母港(反転)
編成丁型海防艦、よっつ、出撃しますっ。
出撃横須賀鎮守府、警備海防艦、第四号海防艦、元気ですっ!
遠征選択時
アイテム発見
開戦たーいへーん、てっきだ~、敵でっす~。
航空戦開始時
夜戦開始深追いするの~? ほんとにぃ~?
攻撃こっちぃ~、くんなぁ~っ!
やーっつけろー!
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃やーっつけろー!
小破あぁ~っ!
小破/旗艦大破いたいたい!
中破/大破ああ~んくらった~! くっそ~! 港に戻らないと……。
勝利MVPはーい、よーつががんばっちゃった? うひゃあ!
帰投なんとか、戻ってこれました!
補給あーり、ありがと!
改装/改修/改造つめますねえ。
ふーむふーむ。
なーんとかなった!
入渠(小破以下)ちょこっと、修理です。
入渠(中破以上)ものすごーく、修理しないと。
建造完了はーいっ、できました!
戦績表示情報ですね。おまちくださーい。
轟沈(反転)うっそ……よーつ……ここで、終わり? ……うそだぁ、あねごぉ……。
放置時あ、松のあねごぉ。よーつ、ようかんとお茶、もってきますね~。ていとくもいるぅ? ……そっかぁ。ぁじゃあ、よーつのと、はんぶんつです!

ゲームにおいて

  • 2020/06/27アップデートで、イベント「侵攻阻止!島嶼防衛強化作戦」E4のドロップ艦として実装。
  • 他の海防艦娘に比べスロット数が1個少なく、改造してようやく2スロになる。
    • レベル35でも対潜値が43しかないため*1、改造前は現状先制対潜不可能。
      一応海防艦を使った近代化改修で対潜値を上げればできなくはないが、改装前に拘らない限り無理にやる必要は皆無。
  • 改装後のページでもある通り、スロット数も含め性能が著しく悪い。
    • 性能が低い艦は他の艦より燃費で勝っている事が多いが、彼女に至ってはそういう訳でなく勝っている面が改装レベル以外何もない。つまり他海防艦の完全下位互換であり、余力が無い限り育成に力を注ぐのはお勧め出来ない。
      • 特に三種シナジーが使えないのが大変な痛手となる。特にHPが3ケタ台のボス級の潜水艦になると別の面子と比べ露骨に与ダメージが下がる。現状改修以外ほとんど使い道が無いのが残念ながら事実である。

キャラクター設定について

  • 自称「よつ」。ただ言い方は「よっつ」や「よーつ」になったりもする。
  • 幼い感じの艦娘が多い海防艦の中でもとびきり幼い感じの子だが、放置ボイスでは提督に自分の羊羹を分けてあげる優しい子。
  • 戦歴で縁のあるのことは「あねご」と呼んで慕っている。

小ネタ

  • 第二号型(丁型)の2番艦。
    • 丁型は計画時の呼称で、海軍が定めた艦型名は第二号型である。
    • 「海防艦四号」と表記する文献もあるが、正式な艦名は「第四号海防艦」*2
    • ちなみに1番艦が二号で2番艦が四号なのは、奇数番号を同時期に並行して建造した第一号型(丙型)の艦名に割り振ったため*3

第二号型について

  • 日本護衛艦艇の主役である海防艦は、量産に向かない占守型をはじめ、択捉型、御蔵型、日振型と量産のための工数削減や戦訓による兵装刷新に努め、そういった改良の結果生まれたのが鵜来型であった。
    鵜来型は量産性、攻撃力などが高いうえ扱いやすく、就役した海防艦級の中では喪失率が低かったことからもその高性能ぶりがうかがえる。
  • だがそんな鵜来型にも生産のボトルネックとなる部分があった。それは船の心臓たるエンジンである。
    • 鵜来型の主機の22型10号ディーゼルは量産性に優れたエンジンであるが、それがゆえに量産に向かない2号ディーゼルの代わりとして潜水艦用に取られてしまい、海防艦用に回ってこなくなった。
  • そこで一回り小型の750トン級にスケールダウンし、低出力で量産に向く13号駆潜艇用の23号乙8型ディーゼル機関を主機とした第一号型(丙型)海防艦の建造が始まった。
    • しかし機関の生産能力の不足により、必要量を満たせない可能性があった。そのため第一号型とほぼ同じ大きさの艦体に、ディーゼル機関ではなく蒸気タービン機関を搭載した海防艦として建造されたのが第二号型(丁型)海防艦である。量産性は最短で起工から竣工まで2ヶ月半と記録されており、かなり優秀なものといえる。
      • なお、これは簡略化というより、もはや粗製乱造であり、船体内に外界からの光が入る、復水器に海水が混入しタービンが錆びる、舵取り軸が焼き付くなど、船としてまともに出来ていなかったものもよくあった。設計者の福井静夫氏は戦後、やはり丙型以降の簡略化は行き過ぎであったと反省している。
        それでも、「轟沈型」よりはマシだったのだが…
    • 主機は2A型戦時標準船用の甲25型蒸気タービンを採用。戦時標準船もまた量産性を重視した設計であるため量産性が良く、元々6,800トン級の大型貨物船用タービン機関なので第一号型よりも高出力、高速だった。
      そのかわり燃費は悪く、燃料搭載量は第一号型の106トンでは要求された航続距離を満たせないため、240トンに増加している。
  • 143隻の建造計画が立てられたが、戦局の悪化による資材不足などで戦争中に完成したのはその半数にも満たない64隻にとどまり、戦後の復員輸送用に3隻が完成している*4。1番艦の第二号海防艦の竣工が昭和19年2月と遅い時期の登場となったため(ちょうどトラック島空襲を受けた時期)、25隻が戦没している。
  • 著名な艦には、ヒ72船団で艦長の一ノ瀬志郎少佐の指揮の下、連合軍捕虜157名を救助したというのようなエピソードを持つ第十号海防艦*5谷風水無月を撃沈したアメリカ潜水艦のエース、「ハーダー」を撃沈した第二十二号海防艦、途中空襲で被弾損傷し途中離脱しながらも、ヒ88J船団に参加した500トン以上の艦船として唯一本土に帰り着いた第二十六号海防艦などがいる。

艦歴

  • 1943年10月5日、横須賀海軍工廠で起工。12月30日に進水、翌年3月7日に竣工し、横須賀鎮守府に所属。
    海上護衛総司令部第1海上護衛隊に編入。編入後すぐ松作戦に参加。皐月率いる東松5号船団、東松8号船団の護衛を務めた。
  • 1944年6月11日、サイパンはアメリカ軍空母搭載機による空襲を受ける。これはサイパン上陸戦によるものだった。これをうけ、日本海軍は行動可能なマリアナ所在の輸送船で護送船団を編成、島外へ退避させることにした。そのため第4611船団が編制され、先に出港して横須賀に向かっていた第四号海防艦も船団の護衛のために反転し、12日9時頃に合流。
    • 陣容は旗艦の水雷艇1(鴻)、海防艦1(第四号海防艦)、駆潜艇3(第33号駆潜艇、第50号駆潜艇、第51号駆潜艇)、掃海特務艇1(第6号掃海特務艇)、駆潜特務艇2(第20号駆潜特務艇、第51号駆潜特務艇)、特設駆潜艇1(第8拓南丸)、特設捕獲網艇1(国光丸)、運送船13。
  • 9時35分、船団はアメリカ軍に発見され、激しい空襲を受ける。これにより鴻と国光丸、運送船9が撃沈され、船団各艦船は損傷が激しく救助もままならない漂流状態となり散り散りとなってしまう。
    • さらにアメリカ軍は日本軍の反撃戦力を撃破するべく小笠原諸島一帯を空襲したためさらに被害が拡大。運送船で生き残ったのは18日に名古屋港に到着した稲荷丸、激しく損傷しながらも21日に硫黄島に到着した浜江丸だけだった。第四号海防艦は18日に横須賀へ単独で帰投し、生き残った護衛部隊もそれぞれ日本側拠点へ帰投した。
  • 7月15日、第三海上護衛隊に編入。同日未明、第四号海防艦は第3714船団を護衛して館山を出港。
    • 陣容は海防艦1(第四号海防艦)、駆潜艇2(第50号駆潜艇、第51号駆潜艇)、輸送艦1(第2号輸送艦)、特設輸送艦1(第105号特設輸送艦)、曳船1(報国第13号)、運送船4。
  • 7月18日未明、第四号海防艦の寺島健次少尉によると父島より北西250kmの海域で潜望鏡のようなものを見たが確認できず、その後衝撃を感じまず第十雲海丸がやられ次に日秀丸がやられたと述べている。
    • 雷撃したのはアメリカ潜水艦コビアで、2時頃に劣速のため後落して船団を追及していた第十雲海丸が雷撃を受けて撃沈。7時頃船団本隊に追いついて雷撃を行い、日秀丸の船尾に魚雷が命中。日秀丸は28両の戦車、兵員の装備品とともに沈没した。
  • 第四号海防艦は第2号輸送艦、第105号特設輸送艦を護衛して父島へ向かう船団と別れ、19日に硫黄島に到着。
  • 7月25日、第四号海防艦は第二護衛船団司令部、旗風、第十二号海防艦、第51号駆潜艇、第52号駆潜艇とともに乙直接護衛部隊に編入される。
  • 7月29日、第3729船団を護衛し館山を出港、父島へ向かう。旗艦を務めるのは松で、この時瑞鳳と護衛の駆逐艦4隻も乙直接護衛部隊に一時的に編入されていたが、瑞鳳達は船団の小笠原到着まで護衛することになっていた。
    • 陣容は駆逐艦2(松、旗風)、海防艦2(第四号海防艦、第十二号海防艦)、駆潜艇2(第51号駆潜艇、第52号駆潜艇)、運送船5。
  • 8月2日、父島へ無事に船団が入港する。
  • 4日の朝、第4804船団と改名後、二見港を出港、一路北上する船団、だがアメリカ軍空母搭載機が襲いかかってきた。この空襲で運送船4隻が撃沈され、 各護衛艦も至近弾などで損傷。船団は次第に散り散りになっていった。
    • 父島も空襲に見舞われた。なんとか父島に移動できたものの損傷が激しく、父島の二見港に停泊中に7月の空襲で座礁していた浜江丸も5日に航空魚雷を受けて炎上し、放棄された*6
  • 空襲が終わると今度はアメリカ軍水上部隊が来襲した。敵艦隊と交戦中に松から「四号海防艦は利根川丸を護衛し、戦場を離脱せよ。」と電文が入った。この時第四号海防艦は唯一残った利根川丸を単独で護衛し、2000m離れた位置に松と第十二号海防艦がいた。それから「四海防、四海防」と呼び出し符号があったあとしばらく途切れ「われ敵巡洋艦と交戦中。只今よりこれに突撃…」。第四号からは砲弾の中を火を吹きながらアメリカ艦隊へ突撃してゆく松が見えた。8月4日19時40分のことであった。
    • なんとか離脱した2隻だったが、夜間空襲を受けて利根川丸が被弾炎上。やがて松を撃沈したアメリカ軍水上部隊が追いつき、船首にある高射砲の水平射撃で激しく抵抗する利根川丸も照明弾で照らし出されて砲撃を受け、21時頃に撃沈された*7
      • 利根川丸の沈没により船団は全滅。さらに父島を出て船団の生存者捜索に向かった特設駆潜艇第六玉丸がアメリカ潜水艦スターレットの雷撃を受けて沈没するという二次被害を出している。
    • 第四号海防艦は7日に横須賀に帰投。旗風他各護衛艦もそれぞれ帰還した。
  • 11月8日、第4108船団を護衛して父島を出港、館山に向かう。
    • 陣容は海防艦1(第四号海防艦)、駆潜艇3(第44号駆潜艇、第51号駆潜艇、第52号駆潜艇)、特設駆潜艇1(第2拓南丸)、運送船4。
  • 11日、上空警戒機からの報告で潜水艦に対する警戒を強めていたところ、八丈島北方沖で自艦の右前30度の方向に潜水艦を探知した。この潜水艦はアメリカ潜水艦スキャンプで、伊168を撃沈した潜水艦だった。第四号海防艦は輸送船を退避させたのちスキャンプに向首していった。目標まで1,000メートルになったとき、突然スキャンプから2本の魚雷が発射された。第四号は魚雷を回避し、爆雷攻撃を実施。爆雷投下点に目印の発煙筒と旗を投下し、3度にわたって合計70発の爆雷を投下。攻撃後、10数メートルはあろう大きな気泡が何個もわき出し、また重油も大量に湧出してきた。探信の結果なんの反応もなく、第四号海防艦はこの攻撃でスキャンプを撃沈した。
    • 12日に船団は館山に到着。翌13日に横須賀に帰投した第四号海防艦は15日に潜水艦4隻撃沈の功により、海上護衛総司令部司令長官野村直邦中将から海防艦単艦として初めての感状を授与された*8。以降乗員は、同じく潜水艦4隻撃沈の功を挙げた第六号海防艦*9の乗員とともに、他艦艇の教練の際に指導を受け持つことが多くなった。以降は伊豆諸島方面で行動。
  • 1945年4月10日、第三海上護衛隊は第四特攻戦隊に改編。7月28日朝、鳥羽で停泊中にイギリス軍空母フォーミダブルの搭載機による空襲を受ける。この空襲でロケット弾3発、至近弾20発を受けて炎上し、13時45分に総員退去。14時25分、第四号海防艦は大破着底した。この空襲で、乗員5名が戦死した。
  • 戦後、第四号海防艦は東海サルベージにより浮揚され、1948年6月30日に解体を終了した。

この艦娘についてのコメント

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過去ログ

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  • とりあえずコメントページが過去コメの長文リンク直貼りで横幅おかしくなって凄く見辛かったのでURLリンクに修正しました。まずかったらまたどなたか修正よろしくです -- 2020-07-09 (木) 18:23:11
  • 通常の手段ではまず使わないし、状況次第では堀回避した方が良さそうね? -- 2020-07-10 (金) 09:52:25
    • 俺も掘らないつもり。仮に攻略中に掘れたとしてもずっとLv1のままになりそう -- 2020-07-10 (金) 11:20:41
  • 完全にマスコットキャラ。ゲーム攻略上は悲しいが出る枠はない。今回のE4甲は難しく、クリア報酬装備も新ドロップも自慢するために取るだけ感 -- 2020-07-10 (金) 10:33:40
  • E4様子見でまだやってないんだけどpoi見た感じ甲でも大分ドロップ渋いのな。甲報酬の家具欲しいけどよつも欲しいし堀易さ考えて乙にするべきか……。 -- 2020-07-10 (金) 16:41:38
  • この子は5歳位の設定だろうか?まるで赤ちゃんではないか。 -- 2020-07-10 (金) 17:55:15
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

ドロップ報告に関しては出撃ドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。


*1 HF/DF + Type144/147 ASDICを装備しても先制対潜ラインである60に届かない
*2 もっと正確に書くならば、号が旧字体の「第四號海防艦」
*3 第一号型は1番艦から順に第一号、第三号、第五号……、第二号型は第二号、第四号、第六号……となっている。
*4 他に3隻が終戦時未完成状態。うち第六十二号海防艦は復員輸送用に建造が再開されたが、原因不明の浸水が発生し沈没。
*5 詳細については平戸の戦歴の項を参照。
*6 終戦後、その船体の残骸は戦争遺跡として小笠原村の観光スポットの一つとなっている。
*7 ちなみに、利根川丸を所有していたのは松岡汽船という海運会社で、その社長一族に有名な元プロテニスプレーヤー、松岡修造氏がいる。
*8 スキャンプ以外に該当艦はいない。
*9 こちらも該当艦はいない。