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択捉

Last-modified: 2019-05-21 (火) 15:59:04
No.334
司令、おはようございます!択捉型海防艦一番艦、択捉です。今日も頑張ります!択捉(えとろふ)択捉型 1番艦 海防艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久9火力4 / 18
装甲4 / 16雷装0
回避40 / 83対空7 / 27
搭載0対潜35 / 72
速力低速索敵3 / 14
射程37 / 78
最大消費量
燃料10弾薬10
装備
12cm単装砲
25mm連装機銃
装備不可
装備不可
改造チャート
択捉択捉改(Lv37)
図鑑説明
択捉型海防艦の一番艦、択捉です。先輩の占守型の改良型です。生産性と爆雷装備数などが向上しているの。
とても多くの姉妹が建造され、船団護衛の任などに就きました。*1
最後まで戦えた艦は多くはなかったけれど、後方の海を最後まで護って戦いました。*2
戦いが終わった後も、少し頑張らせて頂きました。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:首藤志奈、イラストレーター:赤坂ゆづ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2017年5月4日にイベント「出撃!北東方面 第五艦隊」で先行実装。
  • 海防艦の特徴については占守を参照。
  • 同じ実装済みの択捉型として、択捉、松輪対馬佐渡福江がある。
  • 初期対潜値35、Lv3になると対潜値36となり四式ソナー×2でさっそく対潜先制爆雷攻撃が可能になる。これは全艦娘最速のLv
    (2017年秋イベ実装の佐渡はなんとLv1から四式ソナー×2で先制対潜可能)
    (2018年冬イベ実装の日振大東は対潜初期値が40もある。Lv1から三式ソナー2つで対潜先制爆雷攻撃が可能な他、四式ソナーなど対潜値+12以上のソナーを所持していれば、爆雷とのシナジーつきでも先制可能となる。)
  • コンプティーク2017年6月号で、択捉以外の艦娘はイラストレーターが発表されたが、択捉に限って公表されなかった。翌月のコンプティーク2017年7月号で声優が首藤志奈、イラストレーターが赤坂ゆづであることがわかった。
    • 声を担当した首藤志奈は、2017年4月からプロ・フィットに所属することとなった新人声優。今後の活躍が期待される。
    • イラストを担当した赤坂ゆづは、提督室の家具をメインに描いていたが、艦娘のイラストを描くのはこれが初めてである。
  • ちょっと見え辛いが袖口がもこもこしている。占守型の制服同様の耐寒仕様と思われるが、簡易化によるものか上着のデザインが丈の短い簡素なものになった。
    またタイツではなくスパッツを着用しており、あちらよりは多少涼しそうである。
  • これも少々見え難いが、肩からたすき掛けで左側の腰辺りに下げているのは爆雷の予備
    左の太ももにバンドで固定されている九四式爆雷投射機に再装填しやすいようにしているのだろう。
    ホルダーの形状は爆雷投下軌条そのものなので、AC版の駆逐艦娘のようにここから取り出して放り投げるか直接ばら撒けると思われる。
  • まるゆもかくやとばかりに幼い容姿に加えて真面目でハキハキとした健気な言動から、朝潮型駆逐艦娘をこよなく愛する諸提督をはじめ人気を博している。
    また一方でリボンが巻かれた帽子に両側のおさげ、白紺配色のセーラー服という特徴からヤツ(二代目)の姿がチラつくともっぱらの噂。

限定グラフィック Edit

  • 三越の書き下ろしイラスト(お買い物mode)で、左腕に提げているカゴから出ているぬいぐるみは、2017年夏イベントで実装された松輪である。
  • 2017年9月12日にと共に浴衣modeが実装された。
    中破で剥れるお姉ちゃん。幼妻っぷりといい誰かに似ているような……。
    限定イラスト:浴衣mode
  • 2018年6月13日にも直前のミニイベントで実装されたと共に梅雨modeが実装された。
    持っている傘が完全にお子様仕様。色んな意味で危険がいっぱい。
    限定イラスト:梅雨mode
  • 2018年7月12日、松輪と共に夏服&かき氷modeが実装。
    実装時の季節故か、袖がもこもこしている冬服を着ている択捉型は択捉と松輪だけだったりする(2018年、福江実装時点)。
    限定イラスト:かき氷mode
  • 2018年10月10日、福江と共に秋刀魚modeが実装。
    紫の法被姿で秋刀魚をもぐもぐする姿がなんとも可愛らしい。なお同年の秋刀魚祭りでは、福江ならびに松輪と共に期間限定で一部通常海域でドロップしていた。
    限定イラスト:秋刀魚mode
  • 2019年1月22日には節分modeが実装された。
    佐渡が節分modeで着ているポンチョコートと同じものを着用している。よく見ると択捉は冬服の上にコートを着ているのに対し、佐渡は夏服のままである。
    枡に補充している炒り豆は提督の机からかっぱらった疑惑が浮上中。
    限定イラスト:節分mode
  • 2019年4月22日、瑞雲modeが実装。
    だぶついた緑の法被を着込んで瑞ぐるみをギュッと抱いた立ち姿はとても可愛らしく、ムチムチ度の増したふとももが視線を誘うなど諸提督のKENZENな理性を大いに試してくれる。
    瑞ぐるみは第三次瑞雲祭(ZUIPARA!)にて販売された特製品で、同会場内では藤波と速吸も所持している。
    当限定グラフィックは公式Twitterにて「魂の込められた」と殊更にプッシュされており、中破状態では衣服の破損そのものは然程激しくないにもかかわらずとても悩ましい。水面から見上げたいなどと不埒な事を考えた提督は出頭せよ。
    限定イラスト:瑞雲mode

小ネタ Edit

  • 国後と同様に戦中は「擇捉」と旧字表記されていた。艦名の由来は北方四島のひとつ、択捉島。
    • この名を持つ艦としては二代目で、初代は日露戦争時に鹵獲した汽船アフロダイト号を運送船に改装した擇捉丸。
  • なお、択捉は当て字で本来の意味はアイヌ語の「エトゥ・ヲロ・プ(岬の・ある・所)」。

択捉型海防艦 Edit

  • 占守の項で触れた通り、マル急計画で量産が決定された海防艦第一陣。
    本来量産を想定していなかった占守型をベースにしたため簡易化が十分ではなく、工期も11ヶ月*3を要した。
    第二陣として設計し直された御蔵型でも建造に9ヶ月掛かり、本格的な工期短縮は更に次の日振(工期4ヶ月)でようやく達成した。
    • 舵および艦首の簡易化と直線化、居住設備が簡略化され*4工数は9万から7万まで削減、武装面では搭載爆雷を18個から36個に増加したが原型から目立った変化はない。
      小型ながら外洋航行を難なくこなし、占守型譲りの長大な航続距離(8000海里)に比肩できる護衛艦は英海軍のブラックスワン級スループ(7500海里)と、日本海防艦と同じくディーゼル機関を搭載した米海軍の護衛駆逐艦(6000~10800海里)くらいだった。
      しかし戦時急造に向かない設計と貧弱な対空・対潜兵装は当時の戦況に全く見合っておらず、本型の評価はあまり高くない。
    • 船団護衛や対潜作戦について日本海軍は明確なビジョンを描けていなかったため、沿岸警備艦としての武装を引き継ぐことになった。
      小型艦にそぐわない強力な主砲はある意味日本海軍の艦艇らしくはあるが、それが有効な水上艦艇との戦闘機会は少なく、比較的後発の艦型でありながら25mm連装機銃2基のみという対空兵装の貧弱ぶりはしばしば酷評の的にされる。*5
      設計段階では電探や対潜ソナーも未搭載だったが設置スペースは設けられており、順次取り付けられた。
      しかし択捉型以降の海防艦の標準装備とされた九三式水中探信儀と九三式水中聴音機の性能は不十分であり*6、満足な成果が得られたとは言い難い。
    • 上記のように改善の余地を多く残していたが、1隻でも多くの護衛艦がすぐにでも欲しい海軍は簡易化設計と同時進行で先行量産型たる択捉型の建造を決定。*7
      マル急計画では海防艦を合計30隻建造予定としており、当初は択捉型12隻の予定だった。しかし再設計の遅れから択捉型の建造が続けられ、14隻を起工したところでようやく再設計が完了したため御蔵型へ移行した。
      また、最後の4隻は御蔵型に竣工時期が追いつかれている。
    • 生産計画時から南方航路へ投入されることが決まっていたにも関わらず、暖房用の補助缶が搭載されたままだった。
      これも批判の的にされることがあるが、択捉や福江など南方から北方へ任地が変わった艦にとってはありがたい装備だったに違いない。
      そして占守型同様、暖房はあるのに、冷房はない。*8
    • その後、船体構造を簡略化し対空・対潜を大幅に強化した鵜来型*9、丙型、丁型が建造されるが完成したのは昭和19年であり時既に遅しであった。
  • 占守型、択捉型は甲型海防艦と呼ばれており、書類上も占守型で一括りにされている。
    • そのため本艦は海軍省の公式類別では占守型海防艦の5番艦となっている。
  • 占守型は遣支艦隊に配属された占守以外は北方に配属され、喪失は石垣のみに留まり各艦の戦死者も少なかった。
    対して南方航路へ本格的に投入された択捉型は過半数が戦没、戦死者も激増した。
    輸送船団が発信していた定時連絡と位置報告の暗号通信を片っ端から傍受、解読されて船団の行く先々に潜水艦が待ち伏せていたのである。暗号通信の解読は大西洋の戦いでも行われており、船団襲撃などに利用されていた。
    海上護衛司令部は暗号が解読されている可能性が濃厚と疑いはしたが、明確な確証は得られず保留。戦線の縮小や敵潜水艦の活動数の増加、船団の排煙の視認や電探による探知など様々な要素が関係していると判断したとされる。深刻な人手不足により打てる手もほとんど無く、被害は拡大の一途を辿る事となった。
一方英国では

海防艦択捉 Edit

  • 1942年3月23日、大阪鉄工所桜島工場*11で起工。翌年1月29日に進水、5月15日に竣工し、佐世保鎮守府に所属。
    南西方面艦隊第1海上護衛隊に編入され、主に日本本土~台湾間の護衛に従事した
    • なお、1942年7月1日付で海防艦は軍艦籍から外されたので、択捉(を始めとする択捉型海防艦)は菊花紋章を戴く「軍艦」であったことはない。
  • 1943年6月、竣工したばかりでありながら択捉は第1海上護衛隊旗艦に指定され、檣頭に少将旗が翻った。
    • 直後、護衛艦4隻、特設空母1隻、輸送船18隻の計23隻からなる超大型船団を下関からシンガポールまで指揮する大任を仰せつかった。
      なんせ新式水測兵器を積んだ待望の最新型海防艦である。練度不足ではあっても、それだけ期待されていたということであろう。
      • さらに択捉はこの時、皇弟・高松宮宣仁海軍大佐へ「敵潜攻撃に対する我が水測兵器の効果」との演題での御進講を命ぜられている。講者に指名されたのは対潜予備学生1期の少尉。
        さすがにビックリしたそうだが無事やりおおせ、高松宮殿下からは微笑みとともに「ではしっかり頼む」との期待の声をいただいたそうな。
        超大型船団の出発を前に、それを指揮護衛する小さな新鋭海防艦の能力がみんなよっぽど気になったらしい。
      • 実際のところ、18隻もの輸送船の安全については艦長も司令官も自信があったとは言えないようである。
        しかし航海十数日、船団は1隻も欠けることなく無事シンガポールへとたどり着いた。先の少尉は択捉の水測兵器の優秀さに確信をもったという。
  • 1943年7月29日、高雄発シンガポール行きのヒ03船団の護衛中に、船団がたまたま日本本土へ回航中のドイツ譲渡潜水艦と遭遇し、これを敵潜と間違える珍事にも見舞われている。
    • なにせゆーちゃん、形も船体の塗装も日本の潜水艦とは全く違う。怪しまれるのも無理はなかった。
      船団先頭の御室山丸はただちに砲撃を開始、対する潜水艦側は発光信号に手旗信号、さらに甲板で軍艦旗を振り回す大騒ぎの末、どうにか撃沈は免れた。
      半信半疑の択捉は完全武装の臨検隊を乗り込ませ尋問。U-511側は説明を繰り返し、どうにか納得してもらえたという。
  • フィリピン防衛へ向かう将兵を乗せた陸軍輸送船を含むヒ71船団、ヒ81船団及び復路のヒ82船団の護衛に従事するも米潜水艦の群狼戦術に為す術無く、2隻の護衛空母をはじめ多くの輸送船と人命を喪失する空前の被害に見舞われ、辛酸を舐める事となった。
    • ヒ船団は日本~シンガポール間で運航されていた護送船団で、主な任務はオランダ領東インド(現インドネシア)で産出された石油を日本本土へ送ること。
      中核を担う輸送船は全て大型高速のタンカーで構成されており船団が運ぶ物資は非常に重視されていたが、初期のヒ01船団からヒ43船団までは護衛が海防艦か旧式駆逐艦1隻という無茶な編成が常であった。
      護衛艦の数が圧倒的に足りなかったという事情があったとは言え輸送船5隻前後を1隻で護衛するのである。敵と遭遇すればどうなるかは占守の頁を参照されたし。
      ゆーちゃんと遭遇した上記のヒ03船団も、護衛は当然択捉1隻である。
  • 松輪佐渡日振と第三掃蕩小隊を編成していた択捉は朝風と共に馬公でヒ71船団に合流、マニラまで同行した。
    最大限の警戒を敷いて難所・ルソン海峡を通り抜けようとしたが米潜水艦レッドフィッシュに発見されてしまい、通報を受けた米潜水艦が次々に襲い掛かった。
    • 襲撃時の詳細については大鷹速吸の頁に詳しく書かれているので割愛。
      大鷹撃沈後、散り散りに逃げ惑った船団は旗艦平戸(択捉型)よりサンフェルナンド沖に集結するよう命令が下されるも、集まったのは輸送船5隻と護衛艦4隻のみ。他の生き残りはバラバラにマニラへ到着した。
      択捉は損傷した特設運送船能代丸を護衛し接岸航路をとってマニラに入港したが、松輪、佐渡、日振の3隻は遭難現場に残って敵潜水艦の掃討を継続。しかし戦果はないどころか切り上げてマニラへ向かう途中で米潜水艦ハーダーと米潜水艦ハッドに襲撃され、全滅してしまった。
      • 朝風と夕凪(神風型駆逐艦)はレッドフィッシュの雷撃により損傷したタンカー永洋丸を護衛し一足先に離脱、高雄へ引き返していた。
        そしてすぐにタマ24A船団の護衛としてマニラを目指して出港するも、ヒ71船団を襲った米潜水艦スペードフィッシュと松輪ら第三掃蕩小隊を葬ったハッドに襲われタンカー第二八紘丸が座礁、朝風は撃沈。夕凪も数日後に米潜水艦ピクーダに雷撃され、撃沈されてしまった。
    • 復路のヒ72船団でも楡林港で合流したとされるが詳細不明。船団は合流前に米潜水艦グロウラーの襲撃により平戸や敷波を撃沈されるなど多くの被害を受けており、本土へ向かう間にもB24爆撃機の夜間空襲を度々受けて更に被害が拡大するなど散々な結果に終わっている。
  • ヒ81船団は通算81番目(往路41番目)のヒ船団を意味しており、1944年10月から始まったフィリピンの戦いへ向かう陸軍の精鋭部隊「第23師団」を乗せた陸軍輸送船も同行していた。
    船団を構成する輸送船は大型タンカーみりぃ丸、東亜丸、音羽山丸、ありた丸、橋立丸の5隻に陸軍特殊船神州丸、あきつ丸、摩耶山丸、吉備津丸、海軍特設運送艦聖川丸の合計10隻。
    これを護衛するのは護衛空母神鷹をはじめ樫(松型駆逐艦)、択捉、対馬大東、昭南(日振型)、久米(日振型)といずれも最新鋭の護衛艦で構成されており、これが3度目の護衛任務となる神鷹は対潜警戒用に九七式艦攻を14機搭載していた。
    • 1944年11月14日、ヒ81船団は伊万里湾を出港。
      敵潜水艦の交信電波を多数傍受したため予定航路を変更して三列縦隊を組み、艦載機を常時2機飛ばして警戒飛行させるなど厳戒態勢で航行していた。
      そんな警戒態勢を嘲笑うかの如く敵潜水艦は忍び寄る。海軍が定期的に発信していた暗号通信が傍受されていたため、どれだけ警戒しようと船団の位置は常に補足されていたのだ。
    • 最初に餌食になったのはあきつ丸。
      15日正午頃、五島列島沖で護衛艦隊及び神鷹所属九三一空機の哨戒の隙を突き米潜水艦クイーンフィッシュが発射した魚雷2発があきつ丸の左舷船尾に命中。
      後部弾薬庫が誘爆して船尾楼部分が吹き飛び、急速に左傾したあきつ丸はボイラーが爆発して僅か数分で転覆沈没した。
      乗員約2000名が死亡。一部の漂流者は樫に救助された後、神州丸に移乗している。
    • あきつ丸を撃沈された船団は爆雷を威嚇投下しつつ更に進路を変更して航行を続けた。
      しかし今度は輸送船の機関が不完全燃焼を起こして発した黒煙を中国大陸から飛来した哨戒機に発見され、再び潜水艦が群がる。
      ヒ71船団の時と同様、潜水艦群は哨戒機が活動できない日没を待って襲撃を開始した。
      17日18時、済州島西方120km付近でピクーダが発射した魚雷2発が摩耶山丸に命中し沈没。乗船していた約3400名の命が夕闇の波間に消えた。
      その5時間後の23時、船団は潜水艦らしい影を発見。神鷹より樫へ掃討指示を発信するも、スペードフィッシュより発射された魚雷4本が神鷹に命中。
      航空機燃料槽が誘爆して大炎上した神鷹は被雷から10分後に総員退去を命令したものの20分後に沈没し、1165名が艦と運命を共にした。生存者は61名だった。
      択捉ら日本側の護衛艦も闇夜の海で必死に対潜攻撃を行ったが、一矢報いることは叶わなかった。
      • 黄海に設置していた防御機雷堰を利用するべく同じ航路を1日遅れで辿っていたミ27船団(輸送船10隻・護衛艦5隻)も、17日夜に済州島西方でヒ81船団の巻添えを食った形で潜水艦群に襲撃され輸送船4隻を撃沈された。
        本来ならばボルネオ島のミリまで向かう予定だったが、26日に経由地だった高雄で解散となってしまった。
    • 船団は潜水艦の行動が制限される水深の浅い海域を選んで航行を継続した。
      泗礁山泊地から馬公へ向かい11月25日、澎湖諸島東方でフィリピンへ向かう神州丸、吉備津丸、聖川丸とそれらを護衛するために対馬と大東が分離。これら5隻は高雄に到着した後、タマ33船団を編成してマニラへ出港した。
      これは前述したヒ71船団がルソン海峡で特に大きな被害を出したことから、フィリピンへ向かう輸送船は台湾近海で分離するよう方針が変更されたためである。
      経由地の馬公では故障したタンカーみりぃ丸が分離。護衛に第9号海防艦(丙型)と解散したミ27船団から第61号海防艦(丙型)が加わり出航し、12月4日にシンガポールに到着した。
    • ガソリン等を積み込んだタンカー(東亜丸を除く)を中心にヒ82船団(タンカー5隻、護衛は択捉、昭南、久米、第9号海防艦、第19号海防艦(丙型))が再編され、1944年12月12日シンガポールを出港。後日、ベトナムのカムラン湾でが合流した。
      21日朝、船団は米潜水艦フラッシャー*12に発見され、追跡される。そんな中、第19号海防艦がカムラン湾へ引き返すことになり船団から分離した。
      22日、ベトナム沿岸を北上中に本艦含む護衛艦5隻全てが船団から離れてしまい、無防備になった瞬間を虎視眈々と狙っていたフラッシャーが見逃さず襲撃。合計8本放たれた魚雷はありた丸、御室山丸、音羽山丸に命中し、積み荷の燃料類に引火して火柱を上げ文字通り火達磨となり爆沈させた。
      なお日本側は機雷敷設区域に入り込んだと考えたため、フラッシャーへの反撃を行わなかった。
    • 生き残った2隻のタンカーのうち橋立丸は台湾の守備隊にガソリンを回すために経由地の高雄で離脱。
      最終的に日本へ回航出来たタンカーはシンガポールで加わった中型のぱれんばん丸1隻のみで、ヒ81船団で日本から出港した大型高速タンカーは1隻も戻れなかった。
  • 本土帰還後は舞鶴から北方の護衛に従事し、1945年4月には大湊警備府へ転属。北海道から千島方面への護衛に従事し、稚内で終戦を迎えた。
    暖房用の補助缶を外していたらどうなっていたことやら……。
  • 終戦後は復員輸送に従事したが、1947年8月5日に特別輸送艦の任を解かれ賠償艦としてアメリカ軍へ引き渡された。
    が、特にアメリカ本土へ渡るような事はなく同年10月13日、播磨造船所呉船渠(旧海軍呉船渠)にて解体された。
    運の初期値が高いのは長女は薄幸の法則をものともせず、苛烈な南方航路に身を置きながらも無傷かつ戦死者ゼロで終戦まで生き延びた為だろう。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 今回のE1で初めて出てくれたよぉおおおおお!!ようこそぉおおお!!けど、直後にも2回連続でドロップしたんですが・・・。択捉ちゃん,(^_^;)? -- 2019-05-22 (水) 16:55:41
    • 逆に考えるんだ、「択捉ハーレムを築ける」と考えるんだ -- 2019-05-23 (木) 14:40:52
    • 一日5択捉までは許せ -- 2019-05-24 (金) 16:32:23
      • 生涯ずっと択捉(プロポーズ)でもいいぞ -- 2019-05-25 (土) 23:50:01
    • 100周で5人来た。かなり出易い部類と思われる。 -- 2019-05-24 (金) 16:33:36
  • 夕張ビールは「メロン味のビール」だったけど、択捉はビールっぽさがなくて「チューハイとはちょっと違うゆずレモン味のアルコール飲料」にしか感じないな。美味いのは確かなんだが。 -- 2019-06-16 (日) 20:09:22
    • (1.ゆずれもん→黄色 2.択捉ちゃん→ワイン飲む 1+2=)択捉ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど -- 2019-06-20 (木) 09:41:26
      • 憲兵「おじちゃんが代わりに聞いてあげるから言ってごらん」 -- 2019-06-21 (金) 14:57:17
  • 夏イベは択捉型の新艦2隻ぐらい来てくれないかなぁ -- 2019-06-23 (日) 07:35:59
  • リベッチオがアーケードに実装されたし、択捉もアーケードに実装されないかな? -- 2019-07-04 (木) 17:07:04
    • 択捉ちゃんが動いたら大変なことになりそうだな -- 2019-07-05 (金) 02:59:16
      • 実装されたら日本中のゲーセンの筐体に青い寒天がべったり張り付いてる事態が頻発するのは間違いないだろうな -- 2019-07-05 (金) 17:56:25
  • 択捉にGaribaldiの制服と同じものを着せて旅の音楽隊編成させたい。択捉がタクトを振って他の海防艦と妖精さんが演奏しながら練り歩くねん。最近の択捉ちゃんの体格が風船少女だからとかは思っていない -- 2019-07-05 (金) 18:09:52
  • 未改造海防艦はHPフルなら大破しないと話を聞いたが、どうもデマみたいだ。4-4のAマスで大破させたエリート軽巡からの一撃で、ふつうに大破したよ。大破しにくいだけのようだ -- 2019-07-10 (水) 09:44:44
    • デマっていうか…たぶんその話は大破ストッパー発動時の話なんだろうけど、相手が大破してて火力が下がってたからストッパー発動せずに丁度良い具合に装甲抜かれたんだろう -- 2019-07-10 (水) 12:38:30
    • 何事にも穴がある・・・要するに過信できないって話だな -- 2019-07-10 (水) 18:17:09
    • そんなんあったら2-2海防艦+バイト大型艦最短編成でほぼ資材消費せずにデイリー南西消化できちゃうから、もうょっと話題になるだろうさ。 -- 2019-07-10 (水) 18:37:11
  • 択捉ちゃんの水着は来なかったか・・・ -- 2019-07-19 (金) 00:51:00
    • さて、海防艦に水着modeが来るとしたら安定のスク水か、はたまたフリル多めのお子様水着か……。 -- 2019-07-20 (土) 16:23:34
    • 余暇に着用する分には自由(おね鎮談)らしいので提督が買い与えれば着てくれるハズだ。いくつでも、何着でも…記念撮影しなきゃ! -- 2019-07-20 (土) 23:37:07
  • むかーしのやる夫スレを見ていてふと閃いた 択捉ちゃんに真紅のコスをさせたら似合うのではないかと(意味不明) -- 2019-07-21 (日) 12:23:48
  • 択捉チャン「しれい、かたつむりがいます!かわいいー」 しれい「エトロフチャン、エトロフチャン」 択捉チャン「 ? 」 しれぇ「みて。かわかむり(ボロン)」 -- 2019-07-21 (日) 14:45:52
    • 憲兵「行こうか、ごくつぶし」 -- 2019-07-21 (日) 15:08:19
    • 報道「度重なるセクハラがあったとの事ですがこれまで大本営は何をしていたでしょうか」 -- 2019-07-21 (日) 16:57:34
      • せいかん -- 2019-07-22 (月) 23:35:39
      • 変提にエサをまかないよう、水着の配布を自重しました -- 2019-07-26 (金) 00:01:53
  • Lv3で先制爆雷可能とか書いてあるけど入手時点で四式ソナーは無理だろ・・・ -- 2019-07-28 (日) 11:09:00
    • 択捉より四式ソナーの実装のほうがずっと前だし、精鋭「八駆第一小隊」対潜哨戒!の任務報酬でも貰えるで。 -- 2019-07-28 (日) 11:23:54
      • 早い段階で二個もらえるならいいけど、一個でしょ? 自分、木主じゃないけど自分も以前、三ソだった場合のレベルもあるといいなって書いたけど、同調者もなかったし、もう普通に育っちゃったので色々あきらめてた -- 2019-07-29 (月) 04:43:34
      • ここの説明自体、横棒で消えてる”これは全艦娘最速のLv。”(実装当時)を軸に据えた記述っぽいですね、攻略情報というよりは歴史? -- 2019-07-30 (火) 11:40:59
      • 「海防艦」整備計画wo -- 2019-08-04 (日) 03:59:15
      • 「海防艦」整備計画を達成したとき初期艦30くらいだったと思う。対潜最低セットより良いやつが1つあれば改造前に達成できるし五十鈴や八駆を改二にしないと手に入らない四式はあんまり意味ないかなぁ、と -- 2019-08-04 (日) 04:10:03
      • なんかいらんことばっか書いたかな。今は任務でもらえるから、艦隊で最初に先制爆雷可能になるって意味では最速といえるかも -- 2019-08-04 (日) 09:15:02
  • 択捉ちゃんよく聞けよ~ 司令官には惚~れる~なよ~ -- 2019-08-01 (木) 15:54:16
  • 掃海艇「ひらど」から露骨な実装催促きてるし、イベント毎といわず海防艦はどんどん実装して欲しいなー。個人的には故郷の「天草」の実装を待ってる -- 2019-08-06 (火) 16:31:03
  • 今年は浴衣mode来るだろうか…… -- 2019-08-09 (金) 00:17:33
    • 高解像度の絵が欲しいのよね、去年は氷が長引いたからなあ -- 2019-08-10 (土) 10:45:11
    • 中破時のムスっとした顔が可愛いんだよなぁ! -- 2019-08-11 (日) 08:57:55
  • すげえ今更だけどさ、海防艦ってみんななんであんなに顔がでかいの? -- 2019-08-15 (木) 09:29:30
    • 逆に考えるんだ。体が小さい。と -- 2019-08-16 (金) 14:38:02
      • あぁ~^いいですわぁ~ -- 2019-08-17 (土) 12:51:06
    • 二次性徴前の子供は成人よりも体に対して頭がデカイ -- 2019-08-19 (月) 04:42:24
  • 水着がなくてある意味よかった -- 2019-08-16 (金) 15:18:36
    • あってもいいのよ?(ぺドフィリア並) -- 2019-08-18 (日) 23:53:59
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*1 「とても多くの姉妹が建造され、」の部分はボイスでは「たくさんの姉妹が、」となっている
*2 「護って戦いました」の部分はボイスでは「護り抜きました」となっている
*3 全長が倍近く大きい秋月型駆逐艦の工期が概ね12~13ヶ月とあまり差がない
*4 計画中に海防艦が軍艦籍から外されたため。それでも艦長室や司令官室の造りは中佐以上が艦長に着任する軍艦籍であった占守型から装飾を廃した仕様で機能的だったため、より大型の駆逐艦が艦隊に所属していても旗艦は択捉型というケースは多かった。
*5 写真を確認すると機銃が三連装になっていたり、色んな所に機銃が増設されているものが多々見られる。各艦で連装単装の違いはあるが、最終状態では対空機銃を16~18挺程度搭載していたようだ。更に艦橋前に対潜威嚇用として三式8cm迫撃砲を増設したものもあるが単装かつ固定砲で狙いはほぼ付けられず、これによる戦果は皆無。
*6 聴音機や探信儀の性能よりも根本的に日本海軍の艦は自己雑音が大きすぎるのである。タービン艦はまだましだったが択捉のようなディーゼル艦はうるさすぎて使い物にならなかった。改善された保高ができたのは昭和20年3月であり、もう護るべき船団そのものがなかった
*7 択捉型は当初から起工を優先して、簡易化はある程度にとどめた占守型の準同型艦として計画されていたとの説も存在する。
*8 尤も、重巡以上の大型艦や潜水艦や貨客船から改装された特設艦でもなければ冷房は設置されていないのが普通だった時代でもある。民間でも海外航路や朝鮮・台湾航路向けの新型客船でやっと採用が始まった頃だ。
*9 三式爆雷投射機片舷8基合計16基という爆雷論者、主砲も高角砲を採用している
*10 あくまで同国の護衛艦と比較した際の話である。日本や米国のディーゼル機関搭載護衛艦と比較してはいけない。おそらく対潜任務が主目的であるため燃費は良くとも従来の機関より騒音が大きいディーゼル機関は適さないと見做されたのだろう。故にか英国製護衛艦は戦中戦後を通してディーゼル機関を採用していない。
*11 択捉の建艦中に「日立造船桜島工場」と改名。工場閉鎖後はUSJの敷地となっている。
*12 大井をはじめ多くの日本艦艇を葬り、ガトー級潜水艦で唯一10万トンを超える撃沈スコアを叩き出した。が、その中には謎の駆逐艦「岩波」が含まれており、これを除外した場合は10万トンを下回ってしまう。