| No.009 | ||||
|---|---|---|---|---|
![]() | 飛龍(ひりゅう) | 飛龍型 1番艦 正規空母 | ||
| 艦船ステータス(初期値/最大値) | ||||
| 耐久 | 50 | 火力 | 0 / 29 | |
| 装甲 | 27 / 49 | 雷装 | 0 | |
| 回避 | 37 / 69 | 対空 | 26 / 69 | |
| 搭載 | 64 | 対潜 | 0 | |
| 速力 | 高速 | 索敵 | 42 / 69 | |
| 射程 | 短 | 運 | 35 / 89 | |
| 最大消費量 | ||||
| 燃料 | 50 | 弾薬 | 50 | |
| 艦載 | 装備 | |||
| 12 | 零式艦戦21型 | |||
| 27 | 九九式艦爆 | |||
| 18 | 九七式艦攻 | |||
| 7 | 未装備 | |||
| 改造チャート | ||||
| 飛龍 → 飛龍改(Lv30) → 飛龍改二(Lv77) → 飛龍改三(Lv98+改装設計図+戦闘詳報+新型兵装資材x6+開発資材x220) | ||||
| 図鑑説明 | ||||
| 飛龍型航空母艦、飛龍です。 …ん?蒼龍型改じゃないかって?いいじゃん、そんなこと。 それより、索敵は大切にねッ。 空母戦は先手必勝!慢心はダメ、ゼッタイ。 慎重に、そして、大胆に戦い抜こうよ! | ||||
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。
CV:上坂すみれ、イラストレーター:しばふ
定型ボイス一覧
| イベント | セリフ | 改装段階 | 備考 | 追加 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 飛 龍 | 飛 龍 改 | 飛 龍 改 二 | 飛 龍 改 三 | 追加 | ||||
| 入手/ログイン | 航空母艦、飛龍です。 空母戦ならおまかせ! どんな苦境でも戦えます! | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | ||
| 航空母艦、飛龍です。 空母戦なら、おまかせ! どんな苦境でも反撃してみせます!! | × | × | ◯ | × | 編集 | |||
| 改装強化された航空母艦、飛龍です。 空母戦なら、この私におまかせ! どんな逆境からでも、反撃してみせます! 今度はもちろん、勝利を貴方に! | × | × | × | ◯ | 編集 | |||
| 母港*1 | 編集 | |||||||
| 母港1 | 詳細 | ん? 敵空母が現れましたか? | ◯ | ◯ | ◯ | × | 編集 | |
| 敵空母が現れましたか?お任せください! | × | × | × | ◯ | 編集 | |||
| 母港2 | …っあぁ、めっ! 艦載機が落ちちゃいますからぁっ! | ◯ | ◯ | ◯ | × | 編集 | ||
| 最近の艦載機、大きいなぁ。 …提督、変に触っちゃダメ! めっ! | × | × | × | ◯ | 編集 | |||
| 母港3 | 多聞丸に怒られますよ? | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | ||
| 多聞丸に…ってあぁ、違うの? なら大丈夫ね、本当? | × | × | ◯ | × | 編集 | |||
| 多聞丸に…ってあぁ、違うの? なら、大丈夫ね。えっ?本当?本当かなぁ?…って、まっ良いか。 | × | × | × | ◯ | 編集 | |||
| ケッコンカッコカリ | たまには…そう、たまには…戦いを忘れてもいいよね? ね、こっち見てよ。うん、好きだな、その笑顔♪ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
| ケッコン後母港 | どぉよ! | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | ||
| 提督、新鋭機も嬉しいけれど…やっぱり私は、友永隊と一緒に戦いたいな…。え?解ってくれるの?ありがとう!…あ、つい抱きついちゃった。ごめん! | × | × | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 放置時 | ほう~ほうほう…これが改飛龍型の新型航空母艦、雲龍型の図面~。たくさん作る気だったのねー。へ~これはすごいわー…。あっ、あ、提督、なに?ごめん、聞いてなかった。もっかい言って? | ◯ | ◯ | ◯ | × | 編集 | ||
| そうよ! 戦訓を取り入れて、できる限りの改装をした、飛龍を超えた飛龍! それが私!どうよ! 被弾時の対策も、ほらー!ねっ! 格納庫も拡張して、搭載機も充実よ!あ、提督、何? ごめん、聞いてなかった! もう一回言って!えへっ、き~く~か~ら~ | × | × | × | ◯ | 編集 | |||
| 編成出撃 | 編集 | |||||||
| 編成 | よしっ! 二航戦、出撃します! | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | ||
| よしっ! 第二航空戦隊、旗艦、飛龍!出撃します! | × | × | ◯ | × | 編集 | |||
| よしっ! 第二航空戦隊、旗艦、改装飛龍!出撃します!行くぞ! | × | × | × | ◯ | 編集 | |||
| 出撃 | よしっ! 二航戦、出撃します! | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | ||
| よしっ! 第二航空戦隊、旗艦、飛龍!出撃します! | × | × | ◯ | × | 編集 | |||
| よしっ! 第二航空戦隊、旗艦、改装飛龍!出撃します!行くぞ! | × | × | × | ◯ | 編集 | |||
| 徹底的に叩きます!索敵も念入りにねっ! | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | |||
| 艦隊出撃!徹底的に叩きましょう!索敵も怠りなく! | × | × | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 開戦・攻撃*2 | 編集 | |||||||
| 戦闘1 | 昼戦開始 | 第一次攻撃隊、発艦っ! | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | |
| 二航戦!攻撃隊、発艦! | × | × | ◯ | × | 編集 | |||
| よし、行くぞ!友永隊、発艦始め! | × | × | × | ◯ | 編集 | |||
| 戦闘2 | 昼戦攻撃 | 第二次攻撃の要を認めます、急いで! | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 夜戦攻撃と共用 | 編集 |
| 戦闘3 | 夜戦開始 | よしっ、友永隊、頼んだわよ! | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 戦闘4 | 開幕航空攻撃 | たとえ最後の1艦になっても、叩いて見せます! | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 戦闘時ステータス*3 | 編集 | |||||||
| 小破 | この程度ならかすり傷よっ! | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
| 痛っ……まだ、発着艦は出来る? | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 中破/大破 | やられたっ……! 誘爆を防いで! | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
| 轟沈 | 沈むのね……最期に月を肴に一杯やるかなぁ…… | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 戦闘終了*4 | 編集 | |||||||
| 勝利MVP | どぉよ! ね、多聞丸……見ててくれた? | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
| 旗艦大破 | 痛っ……まだ、発着艦は出来る? | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
| 装備・改修*5 | 編集 | |||||||
| 装備1 | 改修/改造 | やったぁ! これでもっと戦える! | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | |
| やったぁ!良い機体です!ねっ! | × | × | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 装備2 | よしっ! これなら一航戦にも負けませんね! | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | ||
| よぉし!これなら一航戦にも負けません!ねっ?蒼龍! | × | × | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 装備3 | 改修/改造/開発/バケツ/遠征/発見 | どぉよ! | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| その他 | 編集 | |||||||
| 帰投 | 艦隊が帰投しました。次はMI作戦ですか? | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | ||
| 艦隊が帰投しました。MI作戦の次は…まだ、早いですね。んふふふっ。 | × | × | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 補給 | やったぁ! これでもっと戦える! | ◯ | ◯ | ◯ | × | 編集 | ||
| うーん、鎮守府の食事って、美味しいけど、ちょーっと量が足りないのよね。提督的にはどお? ん?そおう?んふふ、そっか、じゃあいいか。 | × | × | × | ◯ | 編集 | |||
| 入渠(小破以下) | ちょっと飛行甲板を補修するね | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
| 入渠(中破以上) | やれやれ。まっ、たまには休養も必要よね | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | ||
| やれやれ。まっ、たまにはドック入りも必要だよね | × | × | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 建造完了 | 建造完了です。いい船だといいですね | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
| 戦績表示 | 赤レンガから、提督に連絡があるみたい | ◯ | ◯ | × | × | 編集 | ||
| 赤レンガの情報を確認ですね、お願いします! | × | × | ◯ | ◯ | 編集 | |||
時報ボイス一覧
| 時刻 | セリフ | 改装段階 | 備考 | 追加 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 飛 龍 | 飛 龍 改 | 飛 龍 改 二 | 飛 龍 改 三 | 追加 | |||
| 00 | さぁ!今日は私が時報ってのを担当するね。 今、ちょうどてっぺん! 午前零時。 | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 01 | マルヒトマルマルゥ うぅ…ふわぁ…はぁ~ …眠いねぇ | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 02 | マルフタマルマル 提督、眠くない? さっすがぁ! | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 03 | マルサン…マルマルゥ… んぁ、いかんいかん!コーヒーでもいれよっか? | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 04 | マルヨンマルマル 提督、コーヒー入れたよ。 はい、熱いから気を付けて。 | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 05 | マルゴーマルマル! ふわぁ~朝日が目にしみるぅ~ 提督!おはよっ! | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 06 | マルロクマルマル あっさですよー!艦隊、総員起こしぃ!さ、一日を始めよう。 | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 07 | マルナナマルマル 提督、朝ごはん作ったよー。 簡単な和朝食でごめんね。 ごはん足りた? | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 08 | マルハチマルマル さぁ!朝の鍛錬、始めましょうか。 練度向上は大事大事ぃ! | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 09 | マルキューマルマル そうよ。訓練を怠ったら多聞丸に叱られちゃうもん、ね? | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 10 | ヒトマルマ… あ、風雲、巻雲ぉ。 元気してた? そぉ、ならよかった! 私も元気元気! | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 11 | ヒトヒトマルマル うーん、なんかお腹空かない? 朝、少し軽かったかなぁ? | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 12 | ヒトフタマルマル 今日はお昼はー… ん、間宮しちゃおっかぁ? いいよね? | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 13 | ヒトサンマルマル ふわぁ~食ぁべた食べたぁ。 間宮さん、美味しいけど、量が足りないよね、ねぇ? | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 14 | ヒトヨンマルマル さぁ、腹ごなしに演習しましょうか? 演習は激しく、厳しくいきましょう! | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 15 | ヒトゴーマルマル おっやつのじっかんー♪ あ、伊良湖ちゃんだぁ! おーい、おーい! | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 16 | ヒトロクマルマル 蒼龍? うん、仲良しよ! なんていうのかなぁ、もう一人の自分自身…っていうか | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 17 | ヒトナナマルマル そんなこと言ってたらもう夕方だしぃ。 どうしよう、夕飯の支度ぅ。 | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 18 | ヒトハチマルマル え、提督が作ってくれるの? そういえば美味しいって蒼龍も言ってた。 | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 19 | ヒトキューマルマル なんか本格的…。 提督、それ大和ホテル並みじゃない。 美味しそ~。 | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 20 | フタマルマルマル いっただきまーすぅ! 提督ぅ、これ…おっいしぃ~。 量もあるし、サッイコー! | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 21 | フタヒトマルマル ふわぁ…食べた食べたぁ…。 でも、太っちゃう…。 多聞丸に怒られちゃうかなぁ | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 22 | フタフタマルマル うん、友永隊の整備もバッチリ! 明日もこれで戦えます! | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
| 23 | フタサンマルマル ふぅ~今日も一日疲れたねぇ。 提督、お疲れさま。 明日もがんばろっ! | × | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |
季節ボイス一覧
| 季 節 | イベント | セリフ | 改装段階 | 備考 | 追加 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 飛 龍 | 飛 龍 改 | 飛 龍 改 二 | 飛 龍 改 三 | 追加 | ||||
| 春 | 桃の節句 | 編集 | ||||||
| 春の訪れ | 編集 | |||||||
| ホワイトデー | 編集 | |||||||
| 春 | 編集 | |||||||
| 春本番 | 編集 | |||||||
| 夏 | 梅雨 | 編集 | ||||||
| 初夏 | 編集 | |||||||
| 夏 | 編集 | |||||||
| 盛夏 | 編集 | |||||||
| 夏祭り | 編集 | |||||||
| 秋 | 秋 | 編集 | ||||||
| 秋刀魚 | くんくん…秋刀魚の塩焼きのいい匂いっ! そっか、鎮守府秋刀魚祭りの季節。いいねぇっ♪ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 晩秋 | 編集 | |||||||
| ハロウィン | 編集 | |||||||
| 秋のワイン | 編集 | |||||||
| 冬 | 冬 | 編集 | ||||||
| 師走 | 編集 | |||||||
| クリスマス | ほぅほぅ、クリスマスねぇ。ケーキに七面鳥も……う~ん、美味しいわぁ! ……あれ、瑞鶴? なんで怒ってんの? えっ? | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 年末 | 編集 | |||||||
| 新年 | 明けましておめでとうございまーす! 提督、今年も二航戦をよろしくね! ねっ! | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 節分 | 節分ね、いいんじゃない? 鬼は……加賀さんかぁー! 誰よ、決めた人。提督? 赤城さん? | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| バレンタイン | んっふ~♪ 提督、チョコあげる、チョコ♪ 一応手作りだよ? 大事に食べてね♪ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 周 年 | 二周年記念 | そーか今日はお祝いなんだね!やったぁ!来年も、提督と一緒にお祝いしたい…ねっ♪ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
| 三周年記念 | そーか今日はお祝いなんだね!やったぁ!来年も、提督と一緒にお祝いしたい…ねっ♪ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 四周年記念 | やったぁ、四周年!! すごいじゃない! おめでと、提督と私達! イエイ♪ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 五周年記念 | やったぁ! また記念の日! すごいじゃない! ありがと、提督! おめでと、私達! イエイ♪ | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| 六周年記念 | 編集 | |||||||
| 七周年記念 | 編集 | |||||||
| 八周年記念 | 編集 | |||||||
| 十周年記念 | やったあ! 私達、遂に遂にまさかの十周年! すごいじゃない! 本っ当に! ありがと、提督! おめでと、私達! 多聞丸! みんなで美味しいご飯、思いっきり食べよ! イェイ! | ◯ | 編集 | |||||
| 十三周年記念 | 私たち、ついに、十三周年なんだって! やったね! とに、すごいじゃない! ね、ありがとう、提督! おめでとう、私たちアーンド、多聞丸! みんなでおいしいご飯、目いっぱい満足いくまで食べたいね! | ◯ | ◯ | ◯ | 編集 | |||
| イ ベ ン ト | イベント名 | 編集 | ||||||
| そ の 他 | 内容 | 編集 | ||||||
ゲームにおいて
- 最大搭載機数79機の正規空母。
- 相方(同型艦ではない)である蒼龍に比べて、異様にレア。
- 基本的には蒼龍と同等の性能だが回避が蒼龍(および赤城・加賀)より10高く、運も他の正規空母の水準よりかなり高い。
- 正規空母であるため装甲・耐久・回避が高く、安定した継戦能力をもつ。
- 運が高いのは、ミッドウェーで一旦生き残り米軍に反撃を加えたことが評価されたためだろう。なお、BGMにも「飛龍の反撃」という曲がある。最速で1-4ボス戦から聞けるので必聴。
- ちなみに最強の艦爆と艦攻を手に入れるために飛龍改二が必要。
- しかし異様に出にくいため、蒼龍は改二なのに飛龍がいないため艦攻、艦爆を入手できていない鎮守府が多数ある模様。
ごく稀に逆の方も
- しかし異様に出にくいため、蒼龍は改二なのに飛龍がいないため艦攻、艦爆を入手できていない鎮守府が多数ある模様。
- 期間限定ボイスにて料理に舌鼓を打つことが多い。これは司令官山口多聞少将が健啖家だったことに由来するのだろう。
- また、飛龍の三越限定イラストでもなぜかご飯のお椀を持っている。
デパ地下で食い倒れるつもりなのだろうか。 - VictoriousやJavelinの時報で、「すごい食べっぷりの中型空母」として間宮で目撃されている。
- また、飛龍の三越限定イラストでもなぜかご飯のお椀を持っている。
小ネタ
略歴
| 1936 | 7.8 | 横須賀工廠で起工 |
| 1937 | 11.16 | 進水 |
| 1939 | 7.5 | 竣工。伏見宮博恭王が臨席 |
| 11.15 | 第2艦隊第2航空戦隊に配属 | |
| 1940 | 10.11 | 紀元二千六百年特別観艦式に参加 |
| 12.9 | 第2航空戦隊旗艦となる | |
| 1941 | 4.10 | 第1航空艦隊に所属 |
| 7.10 | 第2次仏印進駐の支援に参加 | |
| 12.8 | 真珠湾攻撃に参加 | |
| 12.18 | ウェーク島上陸作戦の支援を命じられ、井上成美中将以下南洋部隊の指揮下となる | |
| 12.23 | 南洋部隊の指揮下を離れる | |
| 12.29 | 日本へ帰投 | |
| 1942 | 1.23 | アンボン島爆撃に参加 |
| 2.19 | ダーウィン港爆撃に参加 | |
| 2.21 | セレベス島スターリング湾に入港 | |
| 3.1 | 米軍の給油艦*6と駆逐艦*7を共同撃沈 | |
| 3.5 | チラチャップ空襲に参加 | |
| 4.5 | セイロン島コロンボ空襲に参加。英軍戦闘機25機を撃墜。また英軍重巡洋艦2隻*8を撃沈 | |
| 4.9 | セイロン沖海戦に参加。英軍艦2隻*9と豪軍駆逐艦*10を撃沈 | |
| 5.27 | MI作戦参加のため日本を出撃 | |
| 6.5 | ミッドウェー海戦に参加。米軍空母*11を大破させるが、飛龍も空襲により大破炎上 | |
| 6.6 | 生存者を巻雲と風雲が引き取ったのち巻雲が雷撃処分。戦死者417名 | |
| 9.25 | 除籍 | |
| 1999 | 10.29 | 米国深海調査会社により、ミッドウェー沖の海底4,800m付近で艦体が発見される |
- 元々、蒼龍型の二番艦として建造される予定だった中型正規空母。
- 蒼龍の建造が長引いている(詳しくはこちらを参照)うちにワシントン軍縮条約の破棄が決定、じゃあ設計から変えてしまえということになり、飛龍型航空母艦として完成した。
- 蒼龍と比べて、飛行甲板の拡幅や艦橋の位置変更、船体強度のアップ、舵形状の変更といった改良が加えられている。他にも飛龍は飛行甲板の左右の誘導線が実線、蒼龍が点線という細かい違いもある(というか誘導線は一・二航戦それぞれに差異がある)。
- 飛龍は艦橋が左中央部、蒼龍は右前部にあるので両艦は見分けやすい。というか現在まで左艦橋の空母は世界中探しても赤城と飛龍だけ。
艦橋がど真ん中にあった空母もあるけど。- よく、「蒼龍と似ている」と言われる事があるが、2隻は艦橋の位置以外もかなり見た目が異なっており、実は全然違う艦容をもった艦である。
蒼龍はこの頃の巡洋艦の船体に似た、舳先が高くその後甲板を低くする構造で、その船体の上に2段格納庫が乗っていてさらにその上が飛行甲板という構造
対して飛龍は舳先からほぼ横に甲板あってあまり低くなく、格納庫も下の段は船体内にあるので見た目的には格納庫は1段分しか載っていないように見えており、蒼龍とは大分イメージが異なっている。⇒同じようなアングルで撮られた蒼龍と飛龍
因みに後年建造された雲龍型航空母艦は艦橋の位置こそ蒼龍と同じだが、船体は一部の改修*14箇所以外は飛龍の図面そのままなので、明らかに「飛龍似」の艦となっている。そりゃ設計図は飛龍の流用そのままなのだから当たり前だが… ⇒同じようなアングルから撮影された雲龍型3番艦葛城 - このため船体の上に格納庫が2段載っている蒼龍は、むしろ「加賀の小型化」と形容される時もある。前述写真と同じアングルの加賀の写真もあるが、艦首部の船体から飛び出している格納庫外壁の構造など、共通点は多い。対して飛龍の構造は後の翔鶴型に踏襲されていてこれも似ているので、飛龍は「翔鶴型のプロトタイプ」ともいえる。
因みに飛龍と翔鶴型の縁は艦長人事にもあって、翔鶴の初代艦長城島高次大佐は飛龍の初代艤装員長だった人物だし、瑞鶴の初代艦長横川市平大佐は飛龍の2代目艦長からの移動で就任した艦長である。
- よく、「蒼龍と似ている」と言われる事があるが、2隻は艦橋の位置以外もかなり見た目が異なっており、実は全然違う艦容をもった艦である。
- 飛龍は艦橋が左中央部、蒼龍は右前部にあるので両艦は見分けやすい。というか現在まで左艦橋の空母は世界中探しても赤城と飛龍だけ。
竣役後の活躍
- 1939年(昭和13年)7月5日、飛龍はときの軍令部総長でもあった伏見宮博恭王臨席のもとで竣工する。11月15日には蒼龍や第11駆逐隊と共に第二航空戦隊*15への配属となる。
- 初陣は1940年(昭和15年)4月に行われた福建省への爆撃で、9月17日には飛龍と初雪、白雪の3隻で北部仏印進駐の支援作戦を行うなど、新鋭空母として中国大陸や仏印方面で活躍している。
- 北仏仏印進駐支援後、飛龍は内地に戻って10月6日には「紀元二千六百年特別観艦式」に参加と結構なスケジュールをこなしている。この頃2航戦の旗艦だったこともあり、飛龍は第1列の2番目として鎮座して天皇陛下の観閲を受けている*16。
- 11月1日、戸塚少将は異動となり、新たな司令官として山口多聞少将(通称「多聞丸」)が着任する。12月9日には旗艦を飛龍に変更した事で、飛龍と多聞丸が初めて顔を揃える事になった。
- 1航戦でもそうだったが、この頃の航空戦隊は頻繁に旗艦を変更する事をよくしている。山口も2航戦司令官着任後は
・蒼龍(1940年11月1日~12月9日、1941年3月24日~9月22日、10月26日~1942年5月8日)
・飛龍(1940年12月9日~1941年3月24日、9月22日~10月26日、1942年5月8日~6月5日)
と2隻を頻繁に渡り歩いている。
これは旗艦であることで乗員の士気向上を考えての措置だったといわれるが、下士官兵たちには偉い人が増えるのであまり喜べたわけではなかったようだ…
- 1航戦でもそうだったが、この頃の航空戦隊は頻繁に旗艦を変更する事をよくしている。山口も2航戦司令官着任後は
- 山口新司令官を迎えての最初の出動は1941年(昭和16年)2月3日、ベトナムとタイの国境紛争調停のための出動だった。だが進出中に蒼龍と駆逐艦夕月が衝突事故をおこしてしまう。2隻は沈没の心配はなかったが蒼龍は佐世保にトンボ帰り、飛龍は沖縄で待機となってしまう。
だが代わりにとばかり中国沿岸部の封鎖作戦に参加して艦載機が各沿岸部攻撃に参加、3月12日に帰還している。- この頃の2航戦は第二艦隊に所属していた。第二艦隊はご存じの通り主力艦隊同士の決戦の際は前衛として夜間雷撃などを仕掛けて敵主力を損耗させる艦隊であり、2航戦はその航空支援、機会あらば共に敵主力に攻撃を仕掛けるのが役目だった。第一艦隊所属で主力戦艦部隊と行動を共にする1航戦とは明確に運用が異なっていたのだが、日中戦争での航空戦の戦訓や、山本五十六連合艦隊司令長官の「開戦劈頭の真珠湾奇襲攻撃」で航空機の集中運用が想定されていた事もあり、各艦隊にバラバラに配置され、異なる作戦目的で運用されていた各航空戦隊をひとつの艦隊に纏めて運用する「航空艦隊編成」の気運が高まり、1941年4月10日に「第一航空艦隊」が創設、飛龍ら2航戦もこれに加わる事になる。
- 7月10日に南部仏印進駐を支援した飛龍は9月に戻ると、いよいよ開戦に向けての準備に入る事になる。この頃新たな、そして最後の艦長となる加来止男大佐を迎えた飛龍は鹿児島湾や有明海で真珠湾攻撃に向けた訓練に終始する。
- この頃の2航戦は第二艦隊に所属していた。第二艦隊はご存じの通り主力艦隊同士の決戦の際は前衛として夜間雷撃などを仕掛けて敵主力を損耗させる艦隊であり、2航戦はその航空支援、機会あらば共に敵主力に攻撃を仕掛けるのが役目だった。第一艦隊所属で主力戦艦部隊と行動を共にする1航戦とは明確に運用が異なっていたのだが、日中戦争での航空戦の戦訓や、山本五十六連合艦隊司令長官の「開戦劈頭の真珠湾奇襲攻撃」で航空機の集中運用が想定されていた事もあり、各艦隊にバラバラに配置され、異なる作戦目的で運用されていた各航空戦隊をひとつの艦隊に纏めて運用する「航空艦隊編成」の気運が高まり、1941年4月10日に「第一航空艦隊」が創設、飛龍ら2航戦もこれに加わる事になる。
真珠湾攻撃~ウェーク島攻略支援
- 真珠湾攻撃時は戦隊旗艦を蒼龍に譲っていた飛龍は、加来新艦長の指揮のもと真珠湾攻撃に参加した。
道中は無線封鎖・海上へのゴミ投下禁止と厳重な警戒態勢をとっていたが、この出撃を「生きて帰れない決死作戦」と捉えていた多聞丸の指示で2航戦では乗員に毎回豪勢な食事が振舞われていたという。多聞丸らしいといえばらしい指令ではある。
奇襲の際は乗員全員が日の丸鉢巻をしめ。あらゆる機械にしめ縄をはって成功を祈願するなど、かなりの気合のいれようだったとも- 改ニで飛龍が日の丸鉢巻になるのはこのエピソードからなのかもしれない。
- 攻撃時は飛龍からは第1波に零式艦上戦闘機6機、97式艦上攻撃機18機*17が、第2波に零戦9機、99式艦上爆撃機18機の計51機が出撃し、第1波は全機帰還した*18が、第2波は零戦1機、99式艦爆2機を失っている。
- この失った零戦が西開地重徳一飛曹機で、彼は被弾して帰還できなくなったことで潜水艦回収地点で不時着して救助を待つが合流できず、ニイハウ島事件を起こすことなる。
- 帰路についた機動部隊は同時進行していたウェーク島攻略が手間取っているので支援に向かうよう指示が出た事で、2航戦と第8戦隊(利根、筑摩)の4隻を支援に向かわせる。
- 21日から始まった支援攻撃で、2航戦は49機*19を出撃させこれを叩くが、思ったより抵抗が少なかったからか、翌22日は護衛の零戦を減らし、鈍重だが搭載爆弾で艦爆より勝る艦攻を出撃させる。
総勢42機*20がウェーク島上空に到着したとき、ウェーク島守備隊唯一の航空戦力となったF4F2機が奇襲攻撃を仕掛け艦攻2機が撃墜されてしまう。このF4Fは護衛の零戦に寄って撃墜され爆撃も成功はしたが、撃墜された艦攻の1機には蒼龍所属で当時の日本海軍航空隊で「水平爆撃の至宝」ともいわれていた金井昇一飛曹が搭乗しており戦死してしまった。- これについては飛龍艦戦隊分隊長で出撃していた岡嶋清熊大尉が「流石に護衛に零戦6機だけでは少なすぎる。飛龍だけでも9機出すべきだ」と加来艦長に進言し司令部にも具申したが、敵を甘くみた司令部はこれを却下したと証言している。真珠湾攻撃の大成功に多聞丸にも油断があったのかもしれない。名将で知られる彼の数少ない「判断ミス」だった。
- 21日から始まった支援攻撃で、2航戦は49機*19を出撃させこれを叩くが、思ったより抵抗が少なかったからか、翌22日は護衛の零戦を減らし、鈍重だが搭載爆弾で艦爆より勝る艦攻を出撃させる。
南方侵攻
- 12月29日に帰還した飛龍ら2航戦だったが、殆ど休息をとる暇もなく翌年1月12日には出撃、パラオに進出した。
アンボンやテルナテへの攻撃を行ったのち2月には南雲機動部隊と合流し19日のダーウィン空襲に参加し、計飛龍は44機*21が出撃、零戦1機が未帰還となった。- なお、この零戦の搭乗員だった豊島一一等飛行兵は機体から脱出に成功するも捕虜となっているが、これがオーストラリア軍の日本人捕虜第一号だったそうである。彼は「カウラ事件*22」の中心的人物であった。なんで飛龍の搭乗員はこうも事件に関わるのだろうか…
- 3月1日には南雲機動部隊は遭遇した給油艦ぺコスと護衛の駆逐艦エドサルを攻撃、まず第三戦隊と第八戦隊が砲撃を加え撃沈しようとするが双方とも中々撃沈できず、しびれを切らした南雲が加賀、蒼龍、飛龍に艦載機出撃を命じ、艦爆隊が攻撃に加わり瞬く間にこれを撃沈している。
- 双方の飛行機隊行動調書では各空母合わせて53機が出撃し2手に分かれてぺコスとエドサルを攻撃、エドサルは簡単に撃沈できたがぺコスは対空他を激しく撃ちあげて応戦し、加賀で4機、蒼龍5機、飛龍7機の計16機が被弾し、飛龍の1機は着艦後に炎上、搭乗員脱出の後投棄されている。
- この出来事は書籍によって「蒼龍のみの戦果」だとか「飛龍が出した戦果」だとか書かれているが、当時の行動調書で記録されているのは加賀、蒼龍、飛龍の3空母の艦爆隊による戦果である。
- 双方の飛行機隊行動調書では各空母合わせて53機が出撃し2手に分かれてぺコスとエドサルを攻撃、エドサルは簡単に撃沈できたがぺコスは対空他を激しく撃ちあげて応戦し、加賀で4機、蒼龍5機、飛龍7機の計16機が被弾し、飛龍の1機は着艦後に炎上、搭乗員脱出の後投棄されている。
- 3月6日、南雲は部隊を二手に分け残敵掃討を開始する。2航戦は第三戦隊第2小隊の金剛、榛名と第17駆逐隊と別動隊を組んで掃討戦を開始するが、まずは未だ連合軍が立てこもるクリスマス島への艦砲射撃を実施しようとし、翌7日には金剛、榛名が同島に接近して艦砲射撃を実施、同島守備隊は瞬く間に降伏する。2航戦も周辺海域索敵攻撃を展開し、発見したオランダ商船を撃沈している。
インド洋作戦
- 掃討戦を終えた別動隊は11日にはスターリング湾に戻り暫くの休息の後、インド洋作戦に参加すべく26日に出撃する。
- 4月5日、セイロン島コロンボへの空襲が行われ飛龍も零戦9機、97艦攻18機が出撃してイギリス駆逐艦テネドス、仮装巡洋艦ヘクターの撃沈に関わっている。
- 午後になって利根索敵機からイギリス巡洋艦2隻発見」の報を受けコロンボ空襲に出撃していなかった艦爆隊が出撃、この2隻はイギリスの重巡洋艦「ドーセットシャー」「コーンウォール」で、赤城、蒼龍、飛龍の99艦爆計53機がこれを攻撃、わずか17分で2隻を撃沈している。
この後南雲機動部隊は南下しながらセイロン島の哨戒圏内から離脱し、9日に今度はセイロン島ツマンコリーを攻撃する。この時も遅れてイギリス空母ハーミーズを発見した南雲機動部隊は艦爆隊をこれに向かわせ、飛龍艦爆隊もこれに参加、ハーミーズ及びオーストリア海軍駆逐艦ヴァンパイア、コルペットのホリホック、タンカー2隻の共同撃沈を果たしている。- ただ、この海戦のさなか南雲機動部隊をヴェリントン爆撃機の編隊が奇襲攻撃し、被害こそ出さなかったが後のミッドウェー海戦での失敗をこの時も犯している。また上空直掩していた飛龍艦戦隊分隊長の熊野澄夫大尉が迎撃戦の中で戦死している。これ以外にも零戦1機、空襲に向かった97艦攻2機を損失した飛龍は帰路につくが、飛龍の加来艦長の具申もあり第一航空艦隊司令部は飛龍艦内で兵装転換の実験を行っている。
これは敵の来襲の無い好条件下で兵装転換を行いながら艦攻の出撃が間に合わなかったため、兵装転換の所要時間を把握するために行われたもので、艦攻18機を対象に行われた*24。兵装転換にいがいと時間がかかる事が判明したが司令部からは改善命令はでずこれに苦慮した加来艦長は作業の迅速化を図るための猛訓練を実施している。
- ただ、この海戦のさなか南雲機動部隊をヴェリントン爆撃機の編隊が奇襲攻撃し、被害こそ出さなかったが後のミッドウェー海戦での失敗をこの時も犯している。また上空直掩していた飛龍艦戦隊分隊長の熊野澄夫大尉が迎撃戦の中で戦死している。これ以外にも零戦1機、空襲に向かった97艦攻2機を損失した飛龍は帰路につくが、飛龍の加来艦長の具申もあり第一航空艦隊司令部は飛龍艦内で兵装転換の実験を行っている。
いざミッドウェーへ
- 4月22日、開戦以来殆ど休むまもなかった飛龍は漸く佐世保に帰港しドックに入りオーバーホールを受ける事ができた。
- この間に海軍内で大規模な人事異動があり、士官だけでなく下士官兵でも異動があった事で各部署の練度が低下してしまう。前述の猛訓練で「陸用爆弾から通常爆弾への転換なら30分で完了するまで短縮」していた整備兵たちも、この人事異動で技量低下を招き振り出しに戻ってしまった。
- ミッドウェー海戦で奮戦し、艦これでも「友永隊」の名で知られる友永丈市大尉も、この時期の人事異動で霞ケ浦航空隊から飛龍飛行隊長に異動してきた人物で、実は飛龍との関わりがこれが初めてであった。
こういった人事異動による技量低下は飛龍に限らず各空母や艦艇でも起こっており、一航艦もこれに苦慮している。山口も第二艦隊司令長官の近藤信竹と連れ立って連合艦隊司令部に赴き6月に行われるMI作戦の延期を具申をしているが聞き届けられなかった。- そうした中、5月8日に山口は旗艦を飛龍に変更する。こうして太平洋戦争における「飛龍・多聞丸」コンビが爆誕した訳だが、そんな彼らにMI作戦という大作戦が待ち構えており、彼らの最期が近づいてもいたのであった。
- ミッドウェー海戦で奮戦し、艦これでも「友永隊」の名で知られる友永丈市大尉も、この時期の人事異動で霞ケ浦航空隊から飛龍飛行隊長に異動してきた人物で、実は飛龍との関わりがこれが初めてであった。
ミッドウェー海戦
- 数々の問題を抱えつつ、南雲機動部隊は5月27日に日本を出撃し、ミッドウェーに向かった。
6月4日午前4時30分(現地時間)*25、南雲機動部隊はミッドウェー空襲隊を出撃させる。これまで機動部隊の航空隊総指揮は赤城にいる淵田美津雄中佐が執っていたが虫垂炎となり盲腸の手術をしたため出撃できず、今回は飛龍の友永大尉が総指揮を務めている。- 1航戦が零戦18機、99艦爆36機、2航戦が零戦18機、97艦攻36機を出撃させ同島を攻撃するが、飛行機の殆どは空中退避して対空砲火も激しく、日本側は思わぬ被害を受けてしまう。
飛龍隊では5機の艦攻が撃墜され、友永機を含む多くの機が被弾、帰還後の調査で零戦2機、97艦攻4機が使用不能、零戦7機、97艦攻9機が要修理と判断されており、艦攻は即時使用可能なのは1機だけとなってしまっている。
- 1航戦が零戦18機、99艦爆36機、2航戦が零戦18機、97艦攻36機を出撃させ同島を攻撃するが、飛行機の殆どは空中退避して対空砲火も激しく、日本側は思わぬ被害を受けてしまう。
- 米軍の激しい攻撃を見た友永大尉は、攻撃後南雲司令部に「陸上基地第二次攻撃の必要性あり」と打電させた*26。これをうけた南雲は7時15分に敵艦隊発見に備えて対艦兵装で待機させていた残りの艦載機に地上攻撃のための兵装転換を命じた。
だが7時40分頃、偵察に出ていた利根の索敵機より「敵艦隊発見」の報を受け、45分に兵装転換の取りやめが命じられている。こうして南雲機動部隊の混乱が始まった。- 利根索敵機の報には空母の存在は書いていなかったので、司令部は詳細を知らせるように命じる一方で兵装転換を中止させていた。命じてから30分ほどしか経過しておらず、前述した飛龍での実験で転換にかかった時間から見て各空母ともそれほど転換は進んでいないという判断から*27であった。
その後8時30分に空母発見の報を受け空母がいる事が確定的となった。司令部は兵装転換がそれほど進んでいないであろうからと考え兵装を再び対艦兵装に戻す事を決断する。- 兵装再転換を決断した事については他の理由もある。11時頃より艦隊上空にはミッドウェーを空襲した機がぼちぼちと到着して上空待機している状態だった。ここで空母攻撃隊の出撃を優先したらその準備にかかる時間からみて空襲隊の燃料は切れてしまい、その殆どが不時着水して失われる事が確実視されていた。
それはつまり南雲機動部隊の航空戦力の半数をここで失うという事になり、未だミッドウェーも無力化できていないなかでその決断はできなかった。
こういった事情から南雲らは攻撃隊出撃よりも空襲部隊の収容と兵装転換を優先する決断をしたわけだが、これについては今現在でも議論の的になっている。
- 兵装再転換を決断した事については他の理由もある。11時頃より艦隊上空にはミッドウェーを空襲した機がぼちぼちと到着して上空待機している状態だった。ここで空母攻撃隊の出撃を優先したらその準備にかかる時間からみて空襲隊の燃料は切れてしまい、その殆どが不時着水して失われる事が確実視されていた。
- 利根索敵機の報には空母の存在は書いていなかったので、司令部は詳細を知らせるように命じる一方で兵装転換を中止させていた。命じてから30分ほどしか経過しておらず、前述した飛龍での実験で転換にかかった時間から見て各空母ともそれほど転換は進んでいないという判断から*27であった。
- 南雲が決断を逡巡しているとき、山口は南雲に充てて「直チニ攻撃隊ヲ発進ノ要アリト認ム」と具申して即時攻撃を主張したのは有名な話
この具申の妥当性については兎も角、南雲はこの具申をいれず空母は攻撃隊収容と兵装の再転換を開始した。だが南雲機動部隊への攻撃はこの頃より激しさを増し、各空母はその都度回避行動をとった事で艦載機収容と兵装転換が大きく遅延してしまう(山口は1航艦司令部からの出撃可能時刻の確認に「10時30分~11時に準備可能」と報告している)。
- 山口は「直チニ攻撃隊ヲ発進ノ要アリト認ム」と意見具申して即時攻撃を主張した事は、その後のこの海戦の結末から「正しい判断」と評価されてきたが、現在では反論もされており元GHQ戦史室長のゴードン・W. プランゲ氏は山口の進言は「余計なもの」と結論づけている。
- まず攻撃隊出撃を優先したらミッドウェー空襲隊が燃料切れで不時着水し、機動部隊の攻撃戦力の半数を無為に失う事になる事は前述したが、この時点で蒼龍と飛龍には予備の零戦はなく全て直掩に上げている状態だったので護衛の零戦を付けることができない。
- 99式艦爆はある程度の空戦能力をもってはいるが、それは「重たい爆弾を搭載していない場合」の話であり、爆弾懸架状態では米艦隊の上空を警戒しているF4Fには到底太刀打ちはできない。
実際3空母被弾後、飛龍は99式艦爆18機を零線6機の護衛のもと出撃させている(小林道雄大尉率いる第一次攻撃隊)が、F4Fの迎撃を受けた際、護衛の零戦がいたにもかかわらず10機がF4Fとの空戦で撃墜されている。
研究者の中には『「アメリカの戦闘機は、戦争のこの段階では日本より劣っていた」とする見解から、戦闘機の護衛なしに日本の艦爆隊36機が出撃した場合でもアメリカ空母の上空哨戒機によって全て撃ち落される事は有り得ない』とする研究者*28もいるが、それは零戦に対してアメリカの戦闘機は劣っているのであり、250㎏爆弾を懸架した99式艦爆とF4Fの性能比較は明らかにF4Fの方が優秀であり、搭乗員の練度も人事異動によって低下していた事や、第一次攻撃隊が実際に零戦が護衛についていながら過半数がF4Fによって撃墜されている事実からみて、やはり山口の意見具申が通って艦爆隊が出撃していても、護衛の戦闘機がいないことから過半数が撃墜されて戦果もそれほど出すことはできなかった可能性が高い。 - 仮に護衛戦闘機をつけるとしても、それは一度直掩戦闘機の着艦作業をするという事になり、それに要する時間がかかるのだから攻撃隊の出撃が遅れてしまう*29。
- 99式艦爆はある程度の空戦能力をもってはいるが、それは「重たい爆弾を搭載していない場合」の話であり、爆弾懸架状態では米艦隊の上空を警戒しているF4Fには到底太刀打ちはできない。
- また仮に山口の進言通りに攻撃隊出撃を行ったとしても、実は利根偵察機が報告した米空母の位置が実際の位置よりも北へ約100浬ほどずれており、そこに向かっても敵空母を発見できる可能性はゼロだった。
- まず攻撃隊出撃を優先したらミッドウェー空襲隊が燃料切れで不時着水し、機動部隊の攻撃戦力の半数を無為に失う事になる事は前述したが、この時点で蒼龍と飛龍には予備の零戦はなく全て直掩に上げている状態だったので護衛の零戦を付けることができない。
- こういった問題からプランケ氏のように山口の意見具申を受け入れていてもこの海戦の結果が大きく変わっていた可能性は低いと考える研究者も多い。
航空戦において先制を取るというのは大事なことだが、ミッドウェー海戦の場合は「すでに先手を取られている」状況であり、ここで攻撃力の半分を見捨てても攻撃隊発進をせかすのは得策であったとはいえない。日本軍では「慎重な策」よりも「積極的な攻勢策」を賛美する風潮があり、それが「たった1隻で反撃に出て敵に一矢を報いて戦死した提督」から出たものであったのだから、客観的な考証もせずに無条件で「妥当な策」だとしてしまう風潮が生まれてしまった。
- 幾度となく攻撃をしのいでいた飛龍だが、10時10分頃、ランス・マッセイ少佐指揮のヨークタウン第3雷撃隊が雷撃をしかけてきた。この隊は他の雷撃隊と異なり戦闘機隊指揮官ジョン・サッチ少佐のF4F隊6機の護衛がついていた事もあり、雷撃を仕掛けたTBD12機のうち10機が撃墜されるも5本の魚雷の発射に成功している。飛龍はこれを全て回避して難を逃れているが、結果3空母から少し離れてしまった。そしてこれが幸いすることになる。
- 山口は「直チニ攻撃隊ヲ発進ノ要アリト認ム」と意見具申して即時攻撃を主張した事は、その後のこの海戦の結末から「正しい判断」と評価されてきたが、現在では反論もされており元GHQ戦史室長のゴードン・W. プランゲ氏は山口の進言は「余計なもの」と結論づけている。
飛龍の反撃
- マッセイ隊の雷撃が終わってまもない10時20~25分ごろ、エンタープライズ及びホーネットの艦爆隊が赤城、加賀、蒼龍に爆撃を仕掛けてくる。直掩の零戦隊はそれ以前の適雷撃機迎撃で低空に降りており、各艦の監視もそっちの方に気を取られていて、艦爆隊の侵入に誰も気づいていなかった。
- 3空母は瞬く間に被弾大火災となりあっという間に戦闘力を失った。だがそれらから離れた位置にいた飛龍は目標から外されこの攻撃を受けなかった。山口は事態を悟ると直ちに飛龍乗員に「飛龍を除く3艦は被害を受け炎上中である。帝国の栄光のため戦いを続けるのは、一に飛龍にかかっている」と宣言し、飛龍単独の反撃を開始する。
- 実は飛龍が3空母から離れたのは「艦橋が左舷にあった」ことも影響している。
艦橋が左舷にある飛龍は陣形の左側に陣取っていたが、敵の雷撃を躱す際に陣形中央に向かう右舷回頭よりも安全な左舷に回頭、すると進行方向にスコールが見えたのでそこに身を隠そうとさらに進んだ結果、3空母から離れてしまっていたのである。
- 実は飛龍が3空母から離れたのは「艦橋が左舷にあった」ことも影響している。
- 10時50分、山口は各隊へ「全機今より発進、敵空母を撃滅せんとす」と無電し、敵艦隊の方向へ進撃を開始した。
11時には小林道雄大尉率いる飛龍艦爆隊18機と護衛の零戦5または6機が出撃し、一路米空母を発見した位置を目指す。
小林隊は進撃の途上帰路につく米艦爆を発見、これを追尾したことで空母ヨークタウンを発見し攻撃を開始、小林隊長機含む10機が直掩のF4Fによって撃墜され、3機が対空砲火で撃ち落とされるも5機が投弾に成功し3発が命中、ヨークタウンを一時的に発着艦不能に追い込んだ。- 小林隊を出撃させた山口だが、米艦載機の空襲規模から「空母は2隻いる」と判断しており、艦攻隊の出撃準備も進めていた。だがミッドウェー空襲の損傷で即時使える機体は1機しかなく、9機が要修理の状態だった。それでも飛龍は収容した赤城所属の艦攻1機と加賀所属の零戦2機を加えた第二次攻撃隊(零戦6機、艦攻10機)を準備する*31。
艦攻10機のうち8機は要修理のものを応急修理して用意したものだが、その中には片側翼内燃料タンクが破損したままの友永隊長機も含まれていた。- 片側のみ燃料を積んでる状態では機体バランスが悪く操縦も困難になるのだが、友永は構わずに乗り込み出撃していった。
※片道飛行で生還を期していなかったのだという説明をする書籍もあるが、小林隊の報告した位置と飛龍の位置では半分の燃料でも往復は可能なので、この話は想像の話だと思われる。
- 片側のみ燃料を積んでる状態では機体バランスが悪く操縦も困難になるのだが、友永は構わずに乗り込み出撃していった。
- 友永大尉以下第二次攻撃隊は13時30分に出撃、1時間後には敵空母1隻を発見する。炎上せず無傷のように見えた友永隊はこれを「2隻目の空母」と判断して攻撃を開始する。だがこの空母は実はヨークタウンで、小林隊の攻撃を1時間ほどの応急修理で治して行動再開したところだったのである。
- 友永隊は5機ずつの二手に分かれ挟撃体制をとろうとした。だがヨークタウンの巧妙な回避運動で一度目は失敗、再度挟撃体制に持ち込もうとしたところ、マッセイ隊を守り切れず復讐に燃えていたジョン・サッチ少佐のF4F隊が襲来、友永大尉が指揮する第一中隊5機に襲いかかった。
この攻撃で第一中隊の5機は全機撃ち落とされ、友永大尉も戦場に散華した。- 尚、友永大尉の最期については日米共に異なった報告がされている。
日本側では襲われる第一中隊を遠望していた第二中隊の第二小隊長機に搭乗していた電信員浜田義一一飛兵の目撃証言から、軍艦飛龍戦闘詳報に
「黄色い尾翼の友永機が魚雷投下後対空砲火で被弾炎上し、敵空母艦橋付近に突入自爆した」
と記録されている。
一方アメリカ側では、迎撃したサッチ少佐が
「隊長標識を付けた艦攻を迎撃し、主翼一部をリブ*32がむき出しなる状態にまで追い込んだが彼は飛行を続け、魚雷投下直後に墜落した」
と証言し、機銃掃射で機体がボロボロになっても飛行を続け最後までヨークタウンへの攻撃を諦めなかった友永の闘志と卓越した操縦技量に敬意を評している。
どちらにせよ、友永機は激しい迎撃を受けつつも諦めずに飛行し続け、ヨークタウンに一矢を浴びせようとしたのは間違いない。
- 尚、友永大尉の最期については日米共に異なった報告がされている。
- 橋本敏男大尉率いる第二中隊5機は近くに雲があった事でいったんそこに入って態勢を立て直し、改めてヨークタウンを襲撃、赤城所属機が魚雷投下できず4機が魚雷を放ったがうち2本が命中、5機全機が飛龍に帰還した。
- この攻撃でヨークタウンは全ボイラーが停止し26度にまで傾斜、電力も失った事で応急修理も不可能になった事から総員退艦となる。
その後中々沈まなかった事で曳航する事となり、3ノットという微速で真珠湾に向かっていたが6月7日に追撃してきた潜水艦伊168の雷撃を受け沈没する。
- この攻撃でヨークタウンは全ボイラーが停止し26度にまで傾斜、電力も失った事で応急修理も不可能になった事から総員退艦となる。
- 小林隊を出撃させた山口だが、米艦載機の空襲規模から「空母は2隻いる」と判断しており、艦攻隊の出撃準備も進めていた。だがミッドウェー空襲の損傷で即時使える機体は1機しかなく、9機が要修理の状態だった。それでも飛龍は収容した赤城所属の艦攻1機と加賀所属の零戦2機を加えた第二次攻撃隊(零戦6機、艦攻10機)を準備する*31。
飛龍の最期
- 友永隊が出撃した直後の13時45分、二式艦上偵察機が帰還し敵情を報告した。無線機の故障で通信できなかった本機だがその索敵情報は適切なものであり、山口はここで米空母は3隻いる事をしる。
そのため第三次攻撃隊を準備する事になったのだが、同時期に帰還してきた小林隊は大打撃を受けており、帰還したのは零戦1機*33と艦爆5機だけで、しかも零戦は海上に不時着水して失われ、艦爆は1機が損傷で使用不可、2機が要修理と判定され即時使用可能機は2機となってしまう。
15時40分には第二次攻撃隊も帰還したが此方も損害が大きく、帰還した零戦2機、艦攻5機のうち零戦1機は不時着水して失われ、艦攻は4機も修理不能となっていた。残り1機も要修理となり、これで飛龍が第三次攻撃に出せる機体は要修理機や3空母から収容したのも含め零戦6機、艦爆5機、艦攻4機となった。- 友永隊の報告で「米空母2隻を行動不能にした」と判断していた山口は、残り1隻を叩けば情勢をひっくり返せると判断していた。飛龍の鹿江副長も「これで勝てる。悪くても相打ちにできる」と感じていたと後に証言している。
小林隊、友永隊の損害の多さに一時第三次攻撃を逡巡していた山口だったが、二式艦偵を再度敵に向かわせて3隻目の空母の位置を把握し、その間に要修理機の修理を済ませて薄暮に全力出撃し、二式艦偵の誘導で敵空母に向かいこれを叩く事にし、二式艦偵の再出撃の準備に入った。
だが発進準備を終えた直後の16時30分頃、米空母から再度飛来した艦爆隊24機が飛龍上空に到着、飛龍めがけて攻撃を開始した。
- 友永隊の報告で「米空母2隻を行動不能にした」と判断していた山口は、残り1隻を叩けば情勢をひっくり返せると判断していた。飛龍の鹿江副長も「これで勝てる。悪くても相打ちにできる」と感じていたと後に証言している。
- 被弾した飛龍は当初機関系はボイラー8基中4基が使用不可となっただけで速力も30ノットを維持していた。だがバッテリーのトラブルで艦橋と機関室の電話が不通となり、伝令による連絡も通路に積載した米俵が炎上してて不可能となり、機関部は完全に孤立する。
- ・・・なのだが、実は飛龍はすぐには沈まなかった。それにまだ多くの生存者が艦内に残っていたのである。彼らは閉じ込められた機関部員で火災により右舷機関は放棄された。だが彼らは左舷に避難して持ち場を守っていたのである。彼らはなんとか自力で脱出路を作り外に出たが、その時は既に第10駆逐隊は退避した後だった。生還した方の証言ではこの時点で脱出できた機関科員は機関長以下100名ほどいたという。
- 彼らのうち39名は残っていたカッターボートを発見して食料や水を積んだうえで脱出した。その後飛龍は沈みだし、5日午前9時過ぎに沈没したという。彼らは15日間漂流して5名が死亡するも、残り34名はアメリカ軍哨戒機に発見され水上機母艦バラードに収容されている。
- また後方の主力部隊にいた鳳翔の艦攻が索敵の途上漂流する飛龍と飛行甲板にいる人影を目撃し報告、これを知った南雲は谷風に生存者救助と飛龍の処分を命じて谷風は現場に急行するも、米軍機に発見され襲撃を受けてしまい飛龍を発見できずに引き返している。
この時鳳翔艦攻が見かけた人影を山口と加来ではないかという説もあったが、生還した機関部員の証言よりこの2名は別の人物*35であることが判明している。 - 艦橋に消えた山口提督と加来艦長の最期については実際詳細は不明である。脱出した機関兵たちも艦橋に両人がいるとは思っておらず立ち寄っていない。
加来艦長は俳句趣味のある人物で作戦行動中でも時たま俳句を詠んだりしていたそうで、山口提督が残る際に加来艦長と「2人で月を愛でながら語るか」というような会話をしていたという証言から、関係者のなかには「最期の瞬間まで加来は山口提督と共に艦橋で月を眺めながら風流に俳句を詠んでいたのかもしれない」と考えている人もいる。
- また後方の主力部隊にいた鳳翔の艦攻が索敵の途上漂流する飛龍と飛行甲板にいる人影を目撃し報告、これを知った南雲は谷風に生存者救助と飛龍の処分を命じて谷風は現場に急行するも、米軍機に発見され襲撃を受けてしまい飛龍を発見できずに引き返している。
- 彼らのうち39名は残っていたカッターボートを発見して食料や水を積んだうえで脱出した。その後飛龍は沈みだし、5日午前9時過ぎに沈没したという。彼らは15日間漂流して5名が死亡するも、残り34名はアメリカ軍哨戒機に発見され水上機母艦バラードに収容されている。
- 飛龍の沈没と共に山口多聞提督、加来止男艦長、そして准士官以上30名、下士官兵387名の計417名が戦死した。飛龍の定員は1416名なので3分の2以上の方は生還している
- 因みに赤城は定員1694名*36の中で戦死者は221名、加賀は定員1708名中戦死者は811名、蒼龍は1103名中戦死者は718名となっていて、赤城に次いで生還率は高いほうである。これは加賀と蒼龍は被弾後の大火災で機関部員など船体下層の配置だった乗員が脱出出来ずに多くが犠牲となったが、赤城は脱出に成功したこと、飛龍も他の3空母のように奇襲を受けて早くに大火災が起こったという訳ではなかったという事から生還者が多かった。
飛龍の関係者たち
闘将「多聞丸」
- 飛龍の触れてる「多聞丸」とは、ミッドウェー海戦で最期を共にした山口多聞少将のこと。由来は楠木正成の幼名「多聞丸」である*41。
真珠湾攻撃前には日夜パイロット達をビシバシしごき、あまりの恐さ・厳しさに「人殺し多聞丸」「気違い多聞丸」の異名をとる。『多聞丸に怒られますよ!』- 1892年(明治25年)8月17日東京生まれで父は旧松江藩藩士。その勇猛さから体育会系の人のようにとらえられる人もいるだろうが、東京有数の進学校だった「開成中学」で「開校以来の秀才」と言われたほどのインテリで、海軍兵学校40期に150人中21位で入校するも卒業時は次席にまで進んでいる。
- 同期には宇垣纏や福留繁、大西瀧治郎など太平洋戦争を戦隊司令官や参謀長などで迎えて現場指揮官などを務めた人物が多い。特に大西とは兵学校名物の競技「帽倒し」では「双璧」ともいわれ、後に海軍航空の発展に尽力しあう仲であった。
- 次席で卒業後は各艦で勤務し中尉の時に第二特務艦隊司令部付となって第一次世界大戦に参加、艦隊は地中海に派遣され、佐藤皐蔵少将の指揮のもと幕僚として活躍している。
- 戦後はアメリカ駐在武官などつとめ少佐に進級後海軍大学校甲種に進学し、ここも次席で卒業するなど優秀さをしめしている。
- なおこの頃の多聞丸の逸話として、大学校での同期五十嵐を料亭に誘った多聞丸。既に他所で食事をしていた五十嵐だが折角の誘いを断るのも悪いので連れだって料亭に向かい食事を注文するのだが、多聞丸は普段通り1人で2名分の計4人前の料理を注文する。
五十嵐も多聞丸の大食感で一人2人前を注文する事が多かったのだが、他所で食べてきてる五十嵐は流石に2人前はきつく「1人前減らしてくれ」と頼む。だが多聞丸はきょとんとして「いや俺一人で3人前食べるつもりだが…」とつぶやき、ほんとに3人前を平らげてしまったそうな。
- なおこの頃の多聞丸の逸話として、大学校での同期五十嵐を料亭に誘った多聞丸。既に他所で食事をしていた五十嵐だが折角の誘いを断るのも悪いので連れだって料亭に向かい食事を注文するのだが、多聞丸は普段通り1人で2名分の計4人前の料理を注文する。
- 戦後はアメリカ駐在武官などつとめ少佐に進級後海軍大学校甲種に進学し、ここも次席で卒業するなど優秀さをしめしている。
- 1929年のロンドン海軍軍縮会議では随行員として加わり、ここで次席随員だった山本五十六と出会い知己をえている。
- その後五十鈴艦長や伊勢艦長、少将に進級のうえ第五艦隊参謀長などを歴任するが、実はここまでの間多聞丸は航空関連の職に就くことはなく、当時の多聞丸は「水雷屋」と目されていた提督であった。そんな彼が「航空屋」となるのは日中戦争がはじまり編成された「第一連合航空隊」の司令官となって、あらゆる方面に「武名」を残したからである。
- 司令官となった多聞丸は同じく「第二連合航空隊」の司令官となった大西と共に「第一空襲部隊」を編成、多聞丸が指揮官となり「101号作戦(重慶爆撃)」を実施する。
部下に「戦力が半減してでも重慶に爆撃を続け蒋介石政権W壊滅させる」と訓示した多聞丸は護衛の戦闘機が不足*42してても爆撃を継続させ、重慶に大損害を与えたが蒋介石を屈服させることは出来なかった。またこの際に多くの部下を失った事から(陰口の意味)で「人殺し多聞丸」とささやかれてしまっている。- 重慶爆撃についてはいわゆる「無差別爆撃」となり、後の東京大空襲で米側が東京への無差別爆撃をした際の「免罪符」となってしまった一面がある。中央は重慶にある外国関連の施設や資産に被害が生じた際の国際世論を恐れて慎重に行動するよう求めたようだが、多聞丸も大西もお構いなしだったようで、大西は「日本は戦争をしている。イギリスは負けている。アメリカも戦争に文句はあるまい。絨毯爆撃で結構」とまで言い放っている。流石に多聞丸は指揮官の手前中央の指示を立てる発言をして大西と殴り合いの喧嘩になったりもしたようだが、本心は「俺も徹底的に叩きたい」だったようで、大西も「それが戦争だよな」とこぼしたという。
- また漸く待望の「長距離侵攻が可能な新鋭戦闘機」である零戦が部隊が到着する際、彼らの到着が待ちきれない多聞丸が重慶爆撃継続を強行しようとして、「1週間待とう」と主張する大西とまたまた喧嘩している。最終的に山口が折れて零戦隊の到着を待つのだが、横山保大尉以下到着した零戦隊が、先行量産機にありがちな「機体の初期不良」への対処のためのテストを開始し、中々101号作戦に参加しなかったので参加を促したところ、横山が事情を説明して猶予を求めたのだが多聞丸は激怒。横山を呼びつけて「貴様は命が惜しいのか‼」と怒鳴りつけそうである。
護衛の無い攻撃隊としては零戦隊は待望の護衛戦闘機隊であり、熱望するのは当然ではあるがテストもせずに出撃させてトラブルが多発してしまっては元も子もない訳で、横山も呆れかえっている*43。- 大西の「それが戦争だよな」発言から見ても、第一次世界大戦を経て戦争は国同士の総力戦となり、艦艇や部隊だけでなく都市や施設といった「国そのもの」も攻撃対象になるという事を、この二人は理解していたと思われる。
泥沼化した日中戦争を早く終わらせるために、市民も巻き込む絨毯爆撃で重慶を徹底的に叩く事は「鬼の所業」である事は覚悟のうえで、2人で全責任を負う覚悟でしていたのかもしえない。多聞丸ファンには彼の大陸戦線での彼のこういった行為を知るとショックを受ける人もいるが、戦争をしている以上は誰もが大なり小なりこういった「負の面」があるもの。「市民を巻き込んだ総力戦」の時代になっているのだから、2人の覚悟を単純には批判できない
- 大西の「それが戦争だよな」発言から見ても、第一次世界大戦を経て戦争は国同士の総力戦となり、艦艇や部隊だけでなく都市や施設といった「国そのもの」も攻撃対象になるという事を、この二人は理解していたと思われる。
- 司令官となった多聞丸は同じく「第二連合航空隊」の司令官となった大西と共に「第一空襲部隊」を編成、多聞丸が指揮官となり「101号作戦(重慶爆撃)」を実施する。
- こうして大陸戦線で「航空部隊指揮官」として数々の勇名をのこした多聞丸は、1940年(昭和15年)11月1日付で第二航空戦隊司令官となる。ここに「空母部隊指揮官」としての多聞丸が誕生する。
- 2航戦司令官としての多聞丸の活躍は前述しているので詳細は語らないが、ここでの多聞丸は勇猛さはあるが大陸戦線の時ほど無茶な事は言わなくなり、丸くなったように感じられる。
そこ!「元々丸っこいだろ?」って言わない‼
大陸戦線での指揮の経験が彼を航空部隊指揮官として成長させたのかもしれない - なお戦史好きはもちろん、二次創作や某漫画を始め、飛龍と言えば多聞丸がお馴染み。だが実は開戦以来多聞丸は蒼龍を旗艦として作戦指揮を執っていた。飛龍を旗艦としたのはミッドウェー海戦の時だけだったりする*44。飛龍と言えば多聞丸というイメージはやはりミッドウェー海戦時のイメージが大きいからだろう。
- 開戦以来の飛龍を指揮していたのは(当然ではあるが)艦長の加来止男大佐である。最期の時には、山口提督と共に飛龍に残り運命を共にしている。俳句好きかつ非常に漢気のある艦長であるが、艦これの飛龍は何故か触れてくれない。何故だ…
- 因みに加来艦長の出身地は熊本県八代郡松高村(今の八代市)。八代城内に「海軍少将加来止男君之碑」がある。
また加来艦長は日中戦争時、将来を覚悟して自分の死に場所を南方と心に決めており、“南で死ぬ”という意味から「志南」(死なん)と号していた。
- 轟沈時のセリフは、上記二人の最期の会話と伝わっているものが元ネタ。退艦の際、最期まで残って説得していた参謀たちを振り切る形で、山口司令官が加来艦長にこう語りかけながら艦内に入っていったという証言が残されている。
- 2航戦司令官としての多聞丸の活躍は前述しているので詳細は語らないが、ここでの多聞丸は勇猛さはあるが大陸戦線の時ほど無茶な事は言わなくなり、丸くなったように感じられる。
- 丸くなったといってもあの「人殺し多聞丸」である。真珠湾攻撃の準備の際は2航戦の搭乗員に技量向上ための苛烈な訓練を課し、彼らに(畏怖の意味としての)「人殺し多聞丸」の異名を奉られている。
- 作戦立案の途上で2航戦の空母2隻と赤城の航続力不足の問題から「航空機を加賀と5航戦に乗せて真珠湾に向かう」という案が出てきた際は猛抗議。「それでは航空隊と共に猛訓練に励んでる蒼龍飛龍の部下たちに顔向けできない」と言い、しまいには「行きは一緒に行き、帰りは置き去りにしてくれても結構」とまで言い放ったそうな。南雲もしまいには3隻を連れていく事を決断、艦内の空いてるスペースに「燃料を積んだドラム缶を安全性無視して搭載する」という離れ業を指揮官の責任で実行するなどして多聞丸の意気込みに答えている。
- 真珠湾攻撃の際、帰還した攻撃隊を収容した際の「第二撃をするか」という問題について、世間では多聞丸は「第二撃をする用意言具申した」と説明される事が多いが実際は意見具申はしておらず、事前の計画通りに準備をしたうえで「第二撃準備完了」と報告しただけ*45だった。2航戦幕僚の証言でも、部下たちから「再攻撃するべきだ」という意見が出たそうだが、多聞丸は「南雲さんはしないよ」と漏らして意見具申はしなかったとしている。
- 因みに実際に意見具申したのは多聞丸ではなく第三戦隊司令官として加わっていた三川軍一提督である。
- MI作戦が命令された際は、実は多聞丸は当初反対している。敵機動部隊を捕捉殲滅するという点では乗り気であったが、準備期間があまりにも短くて間に合わないので延期するべきという考えであったが、山本五十六ら連合艦隊司令部は受け入れなかった。
- 因みにこの際に再会した同期の宇垣纏連合艦隊参謀長と談笑した際、宇垣に「南雲機動部隊司令部のやり方には飽き足らない」等々の愚痴をこぼしていたそうな。
- その鉄仮面ぶりと冷淡とまで言われる冷静な性格が災いして山本五十六からも当初は煙たがれていた宇垣だが、性格が真逆のような多聞丸とは意外と仲良く付き合っていたようで、前述のような多聞丸の愚痴を聞いたりしてるし、彼が戦死した際は「予の級友中最も優秀な傑物」と評してその死を惜しんでいる。
- 因みにこの際に再会した同期の宇垣纏連合艦隊参謀長と談笑した際、宇垣に「南雲機動部隊司令部のやり方には飽き足らない」等々の愚痴をこぼしていたそうな。
- 前述したウェーク島攻略支援で海軍の至宝と言われた名手金井一空曹が戦死した際は、折に触れて「あの時彼をいかすんじゃなかった」と漏らしていて、伝え聞いた1航艦参謀の源田実は「この人にもこんなしんみりととした面があるのか*46と思った」と語っている。
- 彼の通称は他にも「いいかいいか司令」というのがあり、これは自称だったそうな。航空戦は素人だったので大陸戦線では決断する際に幕僚に常に「いいか」と聞く事をもじって命名したという(同期の福留繁提督の談)。
- 1892年(明治25年)8月17日東京生まれで父は旧松江藩藩士。その勇猛さから体育会系の人のようにとらえられる人もいるだろうが、東京有数の進学校だった「開成中学」で「開校以来の秀才」と言われたほどのインテリで、海軍兵学校40期に150人中21位で入校するも卒業時は次席にまで進んでいる。
- 太平洋戦争を戦った諸提督のなかでも人気度、知名度では山本五十六に次ぐであろう事は間違いない。
友永丈市と飛龍
- 艦これでも触れられている「友永隊」とは、飛龍艦攻隊長の友永丈市大尉*47が作戦で指揮した航空隊の通称。
実際に「友永隊」という部隊が存在した訳ではなく、作戦中そう呼称されてた訳でもない- 普通出撃した航空隊とかは「第一次攻撃隊」「第二次攻撃隊」というような「出撃回数+攻撃隊」と呼称され、指揮官名で呼ぶ事は正式ではない。なので戦時日誌や詳報等でそう呼称されることもないし、命令電文でもそう呼ばれる事はない。
- そもそも指揮官が出撃後に機体トラブル等で引き返す事もあるわけで*48、指揮官名で部隊呼称していたらややこしい事になってしまう。
- 普通出撃した航空隊とかは「第一次攻撃隊」「第二次攻撃隊」というような「出撃回数+攻撃隊」と呼称され、指揮官名で呼ぶ事は正式ではない。なので戦時日誌や詳報等でそう呼称されることもないし、命令電文でもそう呼ばれる事はない。
- 友永丈市は海軍兵学校59期卒で、前述した零戦の初前線参加の際の指揮官だった横山保や、初実戦時の指揮官新郷英城、零戦や烈風開発に関わる小福田租、伊58の艦長で有名な橋本以行、神風最後の艦長春日均などがいる。特に横山、新郷、小福田は零戦に初期から関わるパイロット達でもあった。
- ミッドウェー海戦での彼の活躍と最後は前述しているのでここでは語らないが、彼の性格は豪放磊落、大胆無比で、海軍航空隊でも野中五郎大尉と双璧とされて有名だった。通称は同期の間では「トモジョー」で、部下からは「トモさん」
- 友永が富岡基地で勤務していた頃の部下だった方の回想では、厳しい訓練の合間、外出して遊びに行きたかった部下たちが「隊員たちも疲れているし、明日当たり24時間外出を許可してもらえませんか?」と恐る恐る尋ねると、普通の分隊長なら「この前も外出したじゃないか」とか「酒飲み過ぎるからダメ」とかいって許可しない事が多かったが、友永は「なに?明日からだと?何言ってる。今晩からさっさと行ってこい」といって即日外出許可を出していたそうな。
- 元艦爆乗りで戦後作家となった豊田穣は霞ケ浦航空隊時代に友永大尉が教官だった。彼も友永を「トモさん」と呼んで慕い、彼の豪放であけっぴろな性格を自身の著書で紹介している。
- 一方で当時の海軍軍人らしい厳しさもあり、上記の富岡基地での部下だった方の話では、ある日搭乗員たちに拳銃を配った友永は「任務中に不時着したら、暗号書は海中投棄すれば問題ねえが、始末が悪いのは人間様だ。未練がましく生に執着するな。後程拳銃を渡すが全員に配るには数が足りねえ。だから機長だけに配る。機長は部下の処理を責任もって行いその後潔く自決しろ」と凄まじい訓示をだしたと語っている。
- 友永が富岡基地で勤務していた頃の部下だった方の回想では、厳しい訓練の合間、外出して遊びに行きたかった部下たちが「隊員たちも疲れているし、明日当たり24時間外出を許可してもらえませんか?」と恐る恐る尋ねると、普通の分隊長なら「この前も外出したじゃないか」とか「酒飲み過ぎるからダメ」とかいって許可しない事が多かったが、友永は「なに?明日からだと?何言ってる。今晩からさっさと行ってこい」といって即日外出許可を出していたそうな。
- ミッドウェー島を空襲した際、実は友永機は爆弾投下前に被弾して一時炎に包まれている。それを何とか消火してしれっと普通にポジションに戻って爆弾を投下したそうな
- 「第二次攻撃の要を認めます~」というセリフはこの空襲後に友永隊長が、機動部隊に打電した暗号「カワ・カワ・カワ(第二次攻撃の要あり)」からきている。また公式4コマ第16話の飛龍の「皮!かわ!カワ!」もこれがネタ元。
- ミッドウェー海戦での活躍から「飛龍」とワンセットで語られる場合の多い友永大尉だが、彼が飛龍にいたのはこのミッドウェー海戦の時だけ。日中戦争での従軍経験はあるものの機動部隊での実戦も実はこれが初めてだった。
余話
- 「赤レンガ」は海軍省の通称。当時の建物が赤レンガづくりだったため。
- MI作戦はミッドウェイ攻略作戦のこと。史実で発動された結果は……前述の通りである。
- 「次はMI作戦ですね!」というセリフは、おそらく当時MI作戦に対する海軍の防諜意識が低く、乗組員が一般人から「次はミッドウェーなんてところらしいですね」なんて言われた、という小話から来ている。
- 因みに陸軍にも飛龍は存在する、もっともあきつ丸のような艦船ではなく四式重爆撃機「飛龍」(キ67)という航空機である。
- 「重爆撃機」とあるが双発爆撃機で、アメリカのB-17やB-29とは小ぶりの、欧米で言う「中型爆撃機」クラスの機。だが中型爆撃機としては超優秀な性能を誇り、それに目を付けた海軍の要望で魚雷の搭載能力を付与された「大東亜決戦機」である。
- 2020年12月29日、十一月作戦武勲褒賞として、こちらの飛龍も先行実装された。もちろん艦娘の飛龍は重爆の飛龍を装備できないが。
- 「重爆撃機」とあるが双発爆撃機で、アメリカのB-17やB-29とは小ぶりの、欧米で言う「中型爆撃機」クラスの機。だが中型爆撃機としては超優秀な性能を誇り、それに目を付けた海軍の要望で魚雷の搭載能力を付与された「大東亜決戦機」である。
- 飛龍誕生から真珠湾攻撃、南洋転戦に於ける戦いの日々と上陸時の乗組員達が見聞きしたり体験した珍事、近付くミッドウェー戦と乗組員の間によぎる一抹の不安。そして最期の時までの彼女の旅路と、彼女と共に戦い続けた男達の魂の航跡は『飛龍天に在り―航空母艦「飛龍」の生涯』(碇 義朗/潮書房光人社)に詳しい。興味のある提督諸姉諸兄はご一読されてはいかがだろうか。
当時の情勢やアメリカ軍によるドーリットル空襲、日米海軍の空母運用術の違い、ミッドウェーにおいてあの空白の時間はなぜ生まれたのか、雷爆転装を下令するまでの司令部の逡巡はなぜ起きたのか、利根のカタパルト不調は本当に敗因であったのかなどの様々な疑問が中立的な立場に立って分析されているので、あの時あの場所で敵味方問わず描かれていたであろう人間模様に思いを馳せてもいいかもしれない。
元は雑誌「丸」に執筆されていた連載作品であったが、後に書籍化され更に文庫化されているので、今から探す人は文庫版の方が手に入れやすいと思われる。
- 飛龍戦没者の慰霊碑は長崎県佐世保市の佐世保海軍墓地(東公園)にあり、毎年6月4日に慰霊祭が執り行われている。
- ちなみに江戸時代、小倉藩がイギリスから購入(建造はアメリカ)した木製汽船「飛龍丸」が存在する。なお、読みは「ひりょう」である。
元々商船であるが、第二次長州征討のときは大砲2門を搭載して長州軍勢への砲撃を行っている。
財政難により飛龍丸の修理・維持費が捻出できなったため、江戸幕府が購入し御用船として利用した。- 明治元年に新政府軍に捕獲されて海軍籍となったため、この船が初代「飛龍」であるとされる。
- 空母「飛龍」を最後に、この名前を名乗った軍艦(自衛艦)は無いが、海保の消防船に「ひりゆう」(ローマ字表記でhiryu)が存在する*49。
- 1969年就役の初代「ひりゆう」、及び老朽化した初代を置き換えた1997年就役の二代目「ひりゆう」。
- 二代目「ひりゆう」は東日本大震災時に爆発炎上した石油会社の製油所(市原市)にいち早く駆けつけ、消火作業に当たっている。*50
- 福岡市消防局の消防艇は船名に「飛龍」が使われていて、現在は4代目である。
- 「ヒリュウ」は陸上自衛隊が保有する多用途ヘリコプターUH-60JAの機種別コールサインで使用している。
- かつて沖縄に存在した有村産業(通称「沖縄カーフェリー」)が「飛龍」、「飛龍2」、「飛龍3」、「クルーズフェリー飛龍」、「クルーズフェリー飛龍21」の各船、及び貨物船の「雲龍」を運航していた。
この艦娘についてのコメント
- 来年の周年記念に吹雪と一緒に実装じゃないかな? -- 2025-08-24 (日) 18:08:25
- どれだけ2-3掘り続けても飛龍が出ない(=_=) -- 2025-09-09 (火) 02:07:51
- 3-4なら道中でも出て、ごく稀に1周で2隻とかもあるんだが、ある程度戦力ないと回れんのがなー -- 2025-09-09 (火) 09:06:17
- 他の空母戦艦が一発中破とか食らってる中飛龍だけいくら狙われても大体無傷かカスダメで帰って来るの流石やわぁ -- 2025-09-21 (日) 23:47:06
- 5年ぶりくらいに戻ってきて72Lvで止まってる牧場無印飛龍いたからとりあえず使って育ててるけど無駄にならんよな? てかこいつの声聞いてると艦これやってるなってなるわ -- 2025-10-08 (水) 22:09:36
- E4-2で働いてくれてー、E5-3で友軍で戻って来てくれてー、飛龍を堪能した良い年の瀬だったー…と思っていたら横須賀にも出撃していらした。このタフネスさすが多聞丸(参 -- 2025-12-14 (日) 22:12:12
- 飛龍改三は設計図2枚とカタパルトとかになるのかしら?強い飛龍が見たいわよ~ -- 2025-12-18 (木) 18:57:46
- 飛龍改三(今年春実装)は装甲空母?震電改三(ジェット?)も同時実装ならあるのかしら?最近やたらカタパルトとかネ式配ってるもんなぁ -- 2026-01-03 (土) 19:14:20
- 『艦娘と呑んで気絶した提督の最後の記憶』にうっすら残ったのは飛龍改三の幻だッタ…(昏 -- 2026-01-04 (日) 21:37:18
- なんかやたら飛龍の単語言われてるから公式から何か言われたのかと思ったけど まず早波が先か -- 2026-01-05 (月) 01:16:41
- 今日確定ですな どんなに資材持っていくのか(震え声) -- 2026-02-13 (金) 13:03:51
- 改三が話題沸騰で色々画像検索してたら25年5月のファミ通に行き着いたんですが、その、飛龍ちゃん、ナニとは言いませんがでっかいですね。後ろの蒼龍ちゃん超えてるんじゃないですか? -- 2026-02-16 (月) 02:07:23
- そもそもこれ どこで入手するんだっけ? 3-3? -- 2026-03-02 (月) 15:22:46
- 飛龍と瑞鶴、赤城は持ってるのに一向に蒼龍、翔鶴、加賀が来ない… -- 2026-04-07 (火) 11:06:02
- 申し上げます!トトカマ海域に敵空母が現れましたぁ! -- 2026-06-25 (木) 20:38:11
ドロップ報告はここではなく建造レシピ及び出撃ドロップにお願いします
戦闘後は撃墜されるので艦載機の搭載数が減りますが、「補給」でMAXまで回復します。
艦載機搭載数が減ったと報告する前に補給を行いましょう。
