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瑞鶴

Last-modified: 2019-05-20 (月) 02:42:35
No.107
翔鶴型航空母艦2番艦、妹の瑞鶴です。幸運の空母ですって?そうじゃないの、一生懸命やってるだけ…よ。艦載機がある限り、負けないわ!瑞鶴(ずいかく)翔鶴型 2番艦 正規空母
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久62火力0 / 39
装甲33 / 49雷装0
回避39 / 69対空29 / 69
搭載75対潜0
速力高速索敵44 / 69
射程40 / 89
最大消費量
燃料55弾薬55
搭載装備
21零式艦戦21型
21九九式艦爆
21九七式艦攻
12未装備
改造チャート
瑞鶴瑞鶴改(Lv25) → 瑞鶴改二(Lv77+試製甲板カタパルト+改装設計図) *1 瑞鶴改二甲(Lv90)
図鑑説明
翔鶴型航空母艦2番艦、瑞鶴です。
翔鶴姉と共に、ミッドウェーの後の第一機動部隊の中核として、
矢尽き刀折れるまで奮戦しました。
文字通り、最後の機動部隊が壊滅する、その日まで…。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:野水伊織、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)




ゲームにおいて Edit

  • 2013年5月17日の臨時メンテナンスで追加実装。
    同日より開始され艦これ初のイベントとなった「敵泊地に突入せよ!!」にて、E4ボスドロップとして先行ゲットが可能だった。
    • 姉の翔鶴も同時に追加実装され、同イベントのE3突破報酬として先行ゲットが可能だった。
    • その後、2013年6月26日のアップデートで通常建造可能に、7月17日のアップデートで通常海域でのドロップで入手可能になった。
      建造での入手も可能だが出現率は低め。ハマりすぎてリアルで破産しないように注意。
  • 搭載機数84機を誇る、高い搭載能力を持つ正規空母。
  • 翔鶴同様、搭載機のスロットはかなり平均的である。攻撃力を維持しつつ強力な艦戦で制空値を稼ぎたいと言う時などには困るかもしれない。
    すなわち「空母は艦載機数の一番多いスロットに艦戦を装備する」という一般的な運用ができない。
  • 反面、どのスロットでも平均的な火力が出る上に低燃費で回避も高いので、レベリング時の引率としては非常に優秀。
  • 運が40(改になれば42)と、かなり高い部類に入る。
    長らく被弾しなかったことや開戦時の正規空母で一番長く働いたことなどがこの数値に繋がっているものと思われる。
  • なお、Lv25と、正規空母の中では低めのレベルで改造可能である。
  • 2015年10/30のメンテで改二/改二甲実装。IF改装ということで設計図とカタパルトが必須(瑞鶴改二参照。)
  • また同日に、瑞鶴(改にすることが必須)旗艦の新任務が複数実装された。
    これまでは、彼女の艦これにおける代名詞でもある五航戦関連の任務で翔鶴と常にセットだったが、今回は小沢艦隊・第三航空戦隊。つまり最終時の瑞鶴がモチーフであり、全てを達成することで瑞鶴に縁のある熟練パイロットに率いられた強力な艦上戦闘機隊が入手できる(小ネタ参照)。
  • 2018年12月7日のメンテナンスで、期間限定グラフィック【クリスマスmode】が実装された。
    • 前年は何故か翔鶴にしか無かったクリスマスmodeだが、今回ようやく姉妹でサンタ姿お披露目となった。やはり2017年版公式カレンダーのイラストが元ネタである。
限定イラスト:Xmasmode

小ネタ Edit

  • 翔鶴型航空母艦二番艦「瑞鶴」として1941年9月25日、神戸川崎造船所で竣工。
  • 航空戦の時代において「文字通り、最後の機動部隊が壊滅する、その日まで」主力艦として常に最前線を転戦し続けた、日本海軍の最殊勲艦に数えられる一隻
  • 幸運を意味する漢字「瑞」に長寿の象徴「鶴」の名前通り、見事な幸運艦ぶりを発揮。が沈んだマリアナ沖海戦まで一発も被弾したことが無い。運の高さはこの経歴を反映したものだろう。
    • 彼女のような大型艦を建造する際は、どうしても工事中の事故で2~3人は死傷者が出るのが常であった。
      しかし彼女は起工から竣工までの3年4ヶ月間、1人も殉職者や重傷者を出さなかった。生まれる前からその幸運の片鱗を見せていたといえる。
    • 兵装の仕上げのため建造された神戸から呉へ移動する事になったのだが、完成したての新鋭空母を人目の多い瀬戸内海を航行させるのは防諜上好ましくないと考えた海軍が、神戸から徳島沖を経て太平洋に出、四国をぐるりと回って呉に入るよう考えた。しかし室戸岬沖を通過時に台風に遭遇。艦体が28度も傾き、艦内に残っていた重量級の溶接機が右へ左へと転がる。塗料庫の一つの窓が完全に閉まっていなかったので浸水が発生し、乗員たちがバケツリレーで一晩中排水作業をする。足摺岬を通過したら北へ変針して呉へ向かうところ鹿児島の南まで流されてしまい、川崎造船所は無論のこと、艦政本部や海軍省、第一航空艦隊司令部らを慌てさせる。何とか呉に帰港したとき、艦首の菊の御紋は無残にもぎ取られていた。それでも船体には損傷はどこにもなかった。
      • 散々な初航海だった訳だが、これが却って「厄払い」になったのか、以後の幸運ぶりはご存じの通り。
  • 但し、竣工後にレッコ*2用レールを増設したり、搭載機数増大のために仕切り壁を撤去するなどちょこちょこ史実でも改造している…但し、現場レベルで勝手にやったのだが設計に携わった人はその話を聞いて絶句したとか。仕切り壁を撤去して強度は大丈夫だったのだろうか。
    • もっとも戦闘時に関していえば、ただ単に姉が不幸過ぎて全てを吸い取っていた可能性もある。姉の不幸はむしろ妹を守るために身代わりになっていたと考えると泣けてくる。お姉ちゃん…
      • 姉だけでなく、祥鳳龍驤もある意味珊瑚海海戦や第二次ソロモン海戦で翔鶴・瑞鶴の身代わりになって沈んだようなものである。
  • ちなみに艤装員長と初代艦長を勤めた横川市平大佐は「瑞鶴を芸術家の作品で飾りたい」と企画。巨匠たちの全面協力により、艦内公室は日本海軍史上例を見ないほどの美術作品群で彩られた。
    • 長官室には川合玉堂の筆による、翔鶴と瑞鶴の姉妹を象徴した「二羽の鶴」の日本画。畳一畳分はゆうにある大作だった。艦長室には小磯良平の油絵。士官室には伊東深水の美人画や朝倉文夫のブロンズ像「兎之像」、渡辺長男の彩色の花瓶。さらに山川秀峰、福田平八郎、小林古径ほか、当時の日本を代表する巨匠たちの作品が集まり、その様子はまさに洋上の美術館。建造にあたった神戸川崎造船所でもこれらの作品群を非常に喜び、瑞鶴へ取り付ける前に大展覧会を開いたほどである。
    • しかし就役から間もなく、真珠湾攻撃出陣の際に、これらの芸術作品群は不要物件として呉軍需部の倉庫に陸揚げされた。そして終戦の際に持ち去られたか、あるいは呉空襲の時に焼けたか、今もって行方不明のままである。
  • 台詞でもお馴染みの爆撃には、史実でも何かと縁がある。真珠湾攻撃に参加した際、雷撃を行うには練度に不安があると判断された為、五航戦の攻撃隊は艦爆・艦攻とも爆撃任務のみ命じられている。その他、南太平洋海戦では翔鶴から艦攻隊、瑞鶴から艦爆隊と分担されていたり、レイテ沖海戦の瑞鶴最後の攻撃隊は零戦と爆戦が主力だったりと、割と爆撃経験が豊富。いわゆる爆撃系女子である。この為か、秘書にしていると頻繁に爆撃を仕掛けてくる。特に執務室で襲われることが多いので提督諸子はくれぐれも頭上注意。
  • 胸当てに書いてある「ス」の字は艦の識別用の文字である。特に翔鶴型は搭乗員が間違って着艦したという逸話があるほど艦形が酷似していたため、この文字の存在は非常に重要な意味を持っていた。ここら辺は翔鶴も参照。
    • なお、エンガノ岬沖海戦時には塗りつぶされほぼ見えなくなっている。大きな理由は「翔鶴」が沈没したから識別する必要性が低くなったから。そして、稼働可能な大型空母は既に「瑞鶴」以外いなかったからである。

開戦~ミッドウェー海戦 Edit

  • 瑞鶴が参加した作戦は以下の通り。
    • 真珠湾攻撃、ラバウル攻略、セイロン沖海戦、珊瑚海海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、い号作戦、ろ号作戦、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦。
      • そして参加した作戦のうち、珊瑚海海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦では日米ともに大規模な空母機動部隊を擁していいたので、世界初となる空母同士の海戦も含め激しい衝突が度々生起した。ちなみに帝国海軍にとって武勲艦である瑞鶴と最も対戦しているのは米海軍の武勲艦エンタープライズ(愛称「ビッグE」)。
        瑞鶴が幸運艦なら、エンタープライズは主要海戦の殆どに参加し、何度も撃沈一歩手前の大損害を受けながら終戦まで生き延び、不死身と言われた艦だった。
  • 姉ともども連合艦隊の保有する空母では最強格だが、竣工と訓練が開戦前ギリギリだったので、特に先達の一航戦・二航戦との練度に差があった。
    • 建造中に視察に来た高松宮殿下(昭和天皇の弟君)が「もっと早く完成させらんない(意訳)」とのたもうた為に、神戸川崎造船所はバーナーも無いのに根性で工期を3ヶ月短縮。瑞鶴が開戦に間に合ったのはこのおかげである。
      • だがその結果、就役の2ヵ月後に実戦投入(@真珠湾)と言うトンデモ無いことに。無茶しやがって…
    • 真珠湾攻撃から帰投すると間もなく、翔鶴ともども、艦爆・艦攻の常用機定数が各27機から各18機に削減されて常用機数が蒼龍・飛龍と同じ計54機となり(艦戦はもともと18機)、投射重量は3分の2になった。
    • 全盛期の一航戦の搭乗員の練度が異常なだけで、五航戦の搭乗員たちも十分有能(海外行ったら教官やれるレベル)ではあったのだ。
      • というのも五航戦でも隊長クラスの搭乗員は、他空母での搭乗経験や夜間着艦の技能も取得していた他、日華事変に参加して実戦経験がある者もいたりなど、一航戦や二航戦のベテランと遜色無い実力を持っていた。練度が不安視されたのは、彼ら以外の陸上基地勤務しか経験のない者や実用機教程を卒業したばかりの新米搭乗員など、五航戦全体の半分ほどであった。元々日本海軍の母艦航空隊に回せる搭乗員には余裕がなく、定期的な人事異動も行われていたため、一・二・五航戦全ての航空隊を熟練者のみで構成するには人員が不足していたのだ。
      • また当時の日本海軍には空地分離の制度がまだ無く、母艦の完成が開戦ギリギリとなった五航戦飛行機隊の訓練期間は、どうしても限られたものにならざるをえなかった*3
      • とはいえ五航戦の練度が不安視され特別な配慮をされたのは、基地攻撃を担当した真珠湾攻撃*4と一航戦の支援を受けた攻略作戦(第一次ラバウル攻撃)だけであり、セイロン沖海戦では二航戦の防空支援があったとはいえ他の空母と遜色ない成績をあげている。
        空母自体不慣れであった新米搭乗員を隊長たちが短期間で鍛え上げた末の戦果としては、十分すぎるほどであっただろう。
  • 珊瑚海海戦では世界史上初となる空母戦を戦い、不慣れな戦闘形式で索敵ミスや攻撃失敗も起きたが、米空母レキシントンを撃沈し、ヨークタウンを中波させている。
    しかしこの戦いで五航戦の飛行機隊は多くの搭乗員が戦死し、敵空母への追撃とポートモレスビー攻略は中止される。
    そして機材や人材が不足していた台南空や一航戦・二航戦、新就役の隼鷹などに残された搭乗員や機体も一部提供することとなり、五航戦飛行機隊はほとんど1から再建しなければならない状態になってしまう。
  • またこの時期になると一航戦や二航戦の飛行機隊でも、半年間連戦続きによる疲労と大規模な人事異動による新人搭乗員の編入、訓練期間の短さなどが原因で練度が大幅に低下していたとされる*5
  • ミッドウェー海戦後、空母機動部隊として第三艦隊が新設され、翔鶴・瑞鶴・瑞鳳も第三艦隊で再編された一航戦に転出となり、五航戦は解隊となる。
    五航戦時代の隊長たちも多くが他部隊へ転勤となるが、新生一航戦の飛行機隊は、旧五航戦搭乗員とミッドウェー海戦で比較的被害の少なかった赤城や加賀の搭乗員を根幹に組織されることとなった。
    瑞鶴所属の航空搭乗員小話

ソロモンでの消耗戦-繰り返される航空隊の消耗と再建 Edit

  • 南太平洋海戦ではミッドウェーで4空母を奇襲して沈めたホーネットを、姉妹協力して撃沈している。
    ホーネットの僚艦かつ同型艦で、同じくミッドウェーで武勲を上げたエンタープライズにも第二次ソロモン海戦や南太平洋海戦では発着艦不能になる被害を与え、戦線から離脱させている。
    そして南太平洋海戦が終わった時点で、米海軍の太平洋における稼働空母がゼロになるという状況まで追い込むなど大戦果をあげている。
    だが味方の損害も大きく・・・ベテラン搭乗員を擁した艦載機部隊は事実上壊滅してしまった。
    南太平洋海戦の映像が空母ホーネット側から撮影されており、これを回収した日本軍が日本ニュース177号として後日公開した*7
    映像には空母ホーネットに攻撃する瑞鶴所属の攻撃隊の戦闘シーンが映っており、逃げ惑うホーネットに雷撃と爆撃が2発命中するシーンまでが今でもNHKデジタルアーカイブスで視聴できる。
  • 南太平洋海戦の後は空母を前線から遠ざけて母艦航空隊の再建が進められるが、今度は戦局の悪化から空母の飛行機隊を陸上基地に転用するよう要求され、幾度となく消耗と再建を繰り返すこととなる。
    空母での発着艦をはじめ高い技量が要求される母艦航空隊を基地航空隊で戦わせるなど、効率の面では最悪と言ってもよかったが、そうせざるをえないほどに日本の戦局と海軍航空隊の事情はひっ迫していた。
    • ろ号作戦実施前の一航戦飛行機隊は、全体として「ハワイ以来の精鋭部隊」と評されるほどの非常に充実した練度を誇っていたが、ろ号作戦の結果、全搭乗員の半数近くを失って再び壊滅状態となってしまう。
      しかもそれだけの大損害を出しながら戦果は満足に上がっておらず、原因には使用する航空機の性能が陳腐化しつつあったという問題が挙げられる。
      • 九九艦爆では敵戦闘機と対空砲火からの激しい攻撃に阻まれて効果的な爆撃が行えない上、爆撃後に敵戦闘機からの追撃を振り切れない、現地の部隊ではすでに九七艦攻による昼間雷撃は困難と認識され、強襲となればかなり危険であることが覚悟されていた、零戦も以前から指摘されていた通信能力の貧弱さによって、戦闘機同士や攻撃隊との連携を難しくしていたなど、大戦初期に活躍した機体もこの頃には多くの課題を抱えこむようになっていた。
      • 対するアメリカは大戦中期以降、新鋭の空母や戦艦、防空軽巡が機動部隊に編入され、空母や陸上基地には新型機配備が進むなど、戦力強化が確実に進んでいた。
        搭乗員の練度というソフト面の優位をどれだけ築こうと、使用する兵器というハード面での優位を確立しつつあったアメリカとの戦いは、厳しくなる一方であった。
  • そして開戦以来の消耗が続いたことで、新たに供給される搭乗員の質までも低下が進み、航空隊の再建自体が次第に困難なものとなっていく*8
    それでも搭乗員の練度不足が定説となっているマリアナ沖海戦の頃でさえ、搭乗員の飛行時間平均は真珠湾攻撃時のものと大差ないものであった。
    搭乗員ごとの格差や訓練内容の差異という問題はあったものの、飛行時間だけで見れば、この時期の搭乗員でさえも母艦航空隊としては十分な練度があったとされる。
    しかしどれほど練度があっても、アメリカとの間には既に埋めようがないほどの戦力差ができており、海戦の結果は後述の通りである。

マリアナ沖海戦 Edit

  • 台詞の「七面鳥」はマリアナ沖海戦のエピソード。日本軍搭乗員の技量低下に米海軍搭乗員の技量上昇、洗練された防空体制、新兵器「VT信管」の投入により、日本側艦載機が次々叩き落された。この事例を米兵は「ターキー・ショット(七面鳥撃ち)」と呼んだ*9
    • アウトレンジで…決めたいわね!」の台詞もマリアナ沖海戦が元ネタ。日本海軍艦載機の、米軍艦載機より長い航続時間・長い航続距離を生かし、相手の攻撃を受けずに戦おうとする戦法だが、長距離・長時間飛行による攻撃は搭乗員に過大な負担を強いる。これは、正攻法で圧倒的な戦力を保持しつつあった米艦隊と殴り合っても到底まともな攻撃は出来ないだろうと考えられた故の苦肉の策だった。
    • しかし、ソロモン諸島での激戦により熟練搭乗員の多くを失い、訓練未熟な搭乗員ばかり抱えていた当時の航空隊には、余りにも無謀で酷な作戦でもあった。また、タウイタウイ泊地では敵潜水艦などにより約一カ月も訓練ができない状況だった。結局、「数時間に及ぶ飛行でクタクタになった未熟な搭乗員が、準備万端の防空網と最適な位置で待ち伏せする大量の新型戦闘機群に突っ込んで叩き落される」「出撃したものの目標を発見できず、母艦に帰投する前に燃料切れで墜落」と言う悲劇的な結果に終わっている。
      • アウトレンジ戦法は、自軍の空母を極力危険に晒すことなく一方的に敵空母や基地を攻撃できるという利点がある反面、搭乗員に長距離飛行による疲労を強いる上、戦闘で撃墜された際に救助が出しにくく、母艦への帰還が絶望的になるというデメリットがあった。つまり空母の命である機体と搭乗員をすり潰すことで母艦自体の安全を確保するという戦法なのである。
      • そもそも、目印も何もない太平洋のど真ん中で「互いに動いている母艦と敵艦隊との間を数時間かけて往復しながら攻撃する」という行為自体が非常に無謀であったとも言われる。仮に敵艦隊を発見したとしても、長距離を飛行している間に実際の敵艦隊の位置と索敵機が発見した位置とのズレが非常に大きくなってしまっており、敵艦隊を発見することは難しい。そのため追加の索敵機を出して位置情報の確認や触接機による触接などが行われる。会敵できなかった場合は報告位置付近の捜索などを行う。
      • 更にこれは母艦へ戻る際にも同じことが言えるため、未熟な搭乗員では敵艦隊を発見するどころか、折り返して母艦に帰還することすらままならなかったのである。マリアナ沖海戦では攻撃隊の多くは米艦隊に到達したが、位置報告ミスなどにより会敵できなかった攻撃隊も存在した。
      • また根本的な話として、搭乗員という存在の重要性への認識の違いがあり、日本軍は米軍と比較して、搭乗員の損耗率が極めて高く、高練度搭乗員の維持が難しいという問題があった。 一方、米軍は搭乗員の生還率の高さ*10から次第に練度を上げてゆき、いつしか日米の練度差は開戦時とは逆転した状況になっていたのである*11
      • 艦載機の更新も遅れ、例えば本来の計画ではこの時期には戦闘機を零戦から烈風へ更新しているはずであったとされ、予定外な事続きに提督の小沢は胃を痛めたという。 さらに悪いことに、無傷のまま鹵獲された零戦(アクタン・ゼロ)などから米軍は既に零戦の弱点について熟知しており、対零戦用の空戦マニュアルが完成した状態にあったという。 それに加え、後に対日本機キルレシオ19:1という記録を叩き出す「零戦殺し」、F6Fヘルキャット*12の配備も着々と進んでいたのである。
    • 七面鳥撃ちの成果の大半は航空機の空戦における性能差とレーダーや航空管制によるシステム化された迎撃作戦によるもので、対空砲火での撃墜はちょびっとでしかない。VT信管は製造が間に合わずそれほど発射されていなかった。
      • というかソフト面の劣勢に目を瞑り、ゲーム的に投入された艦戦の機体と数だけを見たとしても、連合艦隊が投入したのは零戦を225機。対する米軍の迎撃は烈風クラスの機体が443機である。そりゃあ攻撃隊を守りきれるはずもない。もう航空劣勢ってレベルじゃねーぞ!
    • このように列挙すればキリがない劣勢な点を、たった一つの優位(航続距離)を活かして挽回しようとした(それ以外に挽回の方法がなかった)この海戦で、日本は逆に参加航空戦力の3/4を喪失するという大損害を被り、更には翔鶴姉や妹分の大鳳飛鷹といった虎の子の主力空母まで失った機動部隊は事実上壊滅*13。戦艦戦隊や巡洋艦戦隊、水雷戦隊は軽い被害で生き延びたが、それら二線級の戦力のみで米機動部隊を相手にするのは到底不可能であり、ここマリアナにおいて太平洋の勝敗はほぼ決した。かつて連合艦隊が日本海海戦をワンサイドゲームで飾ってから40年目、今度は連合艦隊がワンサイドゲームで決戦に敗れ、これが後のレイテでの悲惨な壊滅に繋がることになる・・・。

レイテ沖海戦~エンガノ岬での死闘 Edit

  • 1944年10月、レイテ沖海戦で機動部隊の旗艦として出撃。最後の機動部隊としてと共に奮戦、任務を全うし小沢治三郎長官以下の司令部を大淀に移したのち、ルソン島北東のエンガノ岬沖にて力尽きた。
    • 当初は連合艦隊旗艦の設備を備えた大淀が旗艦になるはずだったが、機動部隊旗艦ならやはり空母をという小沢長官の意向で瑞鶴になったという。しかしこのことが結果的に禍根を残してしまうのだった。
    • 敵は米海軍の主力艦隊(エンタープライズ、エセックス、レキシントンIIらを含む空母11隻、アイオワなど戦艦6隻、他53隻)、対する連合艦隊は寄せ集めの機動部隊とは名ばかりの艦隊(瑞鶴、瑞鳳、千歳、千代田の空母4隻に対して艦載機は僅か108機、他13隻、但し艦載機は戦闘が始まる前に大半を陸上基地に退避させている)、戦力差だけ見ても、どれだけ絶望的な戦闘だったかが容易に想像がつく。
      • 実際のところ捷号作戦では機動部隊も航空戦力の一翼として米機動部隊を釣り上げる役目を受け持ち、マリアナ沖海戦後、3個航空戦隊の戦力回復が行われていた。10月頭の時点で第三第四航空戦隊が戦力数では予定の過半数は用意出来ていたのだが、12日より起こった台湾沖航空戦に、連合艦隊は「当分機動部隊は出撃させないから」と口約束して、この2個航空戦隊を投入してしまう。ところが数日後の17日に米軍がスルアン島を占領、レイテ決戦が始まると連合艦隊は手のひらを返して機動部隊に出撃を指示、しかし手元には錬成が軒並み遅れていた第一航空戦隊の所属機しかなく、そこから空母勤務経験の有るものを中心に108機が集められ、実戦に投入された。
    • 彼女は真珠湾攻撃に参加した空母のなかで"最後の生き残り"であった。米軍もこの事実をよく理解しており、瑞鶴を目の敵にして集中攻撃を加えている。
      • もっとも激しく瑞鶴を攻撃したのは空母レキシントン(二代目)(Lexington(II):CV-16)の航空隊である。同航空隊パイロットたちは珊瑚海海戦で、翔鶴および瑞鶴航空隊の攻撃を受け沈没した初代レキシントン(Lexington:CV-2)の敵を討つため、はりきっていたという。さらにレキシントン(二代目)が所属していた第38任務部隊・第3群の司令官は、初代レキシントンが沈んだとき艦長を務めていたF.C.シャーマン少将である。復讐戦の気運はいやがうえにも高まっていたのである。
    • もし翔鶴が生きていたら…とも思えるが、この時の小沢艦隊の直掩機が僅か18機しかいなかった事を考えると、身代わりの有無に関わらず瑞鶴の運命は決まっていたと言えるだろう。
      • この護衛戦闘機のうち、空戦を生き延びた6機が相次いで大淀のカッターのそばに不時着水した。
        このカッターは、損傷した瑞鶴へ小沢長官を迎えに行くためのものであり、空襲の間隙を突いての作業でもあったため、無事救助された戦闘機搭乗員は1名のみであった。
      • このカッターが到着し、傷ついた瑞鶴から小沢長官が乗り込むと、艦上からは「馬鹿野郎!俺たちを見殺しにするのか」「小沢!これが長官のやることか!」と罵声が浴びせられたという。一方で長官が大淀に乗り込んだことを確認した瑞鶴艦長・貝塚武男大佐が「どんなことがあっても軍艦瑞鶴を守るぞ!」と伝声管に向かって叫んだことで、乗組員の士気が大いに高まったというエピソードもある。
      • 瑞鶴乗員の恨みは深く、救助された生存者を奄美大島で確認・整理のため移動させた際にも、司令部の乗っている大淀が見えると怒号が巻き起こった。瑞鶴の高田副長も「お前らの気持ちはよくわかるが、ここで言ってはならん」と必死に制止する有様であった。自分たちのあずかり知らぬところで決められた囮作戦のために、艦も仲間も機動部隊の誇りもすべて失ってしまった瑞鶴の、血の叫びであった。*14
      • 空母の壊滅を確認した後米軍が護衛艦艇へ巡洋艦4、駆逐艦10隻による艦隊を差し向けたことで救助作業が打ち切られ、海上に取り残された駆逐艦初月の内火艇が21日後に台湾に流れ着き瑞鶴乗員17名と初月乗員8名が生還した。ちなみにこのとき救助作業を行っていたのは五十鈴・若月・初月である。

レイテ沖海戦~反転と通信不達に関する事実 Edit

  • しかし、瑞鶴たち囮部隊の奮戦は報われなかった。肝心要の栗田艦隊が、レイテ湾を前にして反転してしまったからである。
    • その理由は戦後長らく謎とされ議論の的となっているが、一説には瑞鶴が小沢艦隊の旗艦だったことがある。
      瑞鶴は空母であるために高いマストや通信線を備えることが出来ないためそもそも通信能力が弱く、さらに空襲の損傷で通信機能が低下したために、小沢艦隊が囮作戦に成功した旨の電文が栗田艦隊の旗艦大和に届かなかったとする説である。
      • 通信は届いていたとする一部指摘もあるが、大和だけでなく他の栗田艦隊所属艦艇や志摩艦隊など他の艦隊、連合艦隊や基地航空隊にも受電記録はなく、記録があるのは旗艦瑞鶴の周囲にいた機動部隊所属艦艇の記録しかない。なので通信は届かなかったと見る考えが現在では主流である。
        また愛宕の沈没で栗田艦隊の司令部の通信員が戦線離脱し大和の通信員を補充した分、過度の業務を強いる事になったことや、空襲により電線が切断し通信アンテナの機能が低下していた、増強された対空砲の轟音で2つある通信室のうちの1つが戦闘中使用不可能な状態だったことなどもあり、届いていたという指摘は現在疑問視されている。
      • というか分かった筈だという論者の論拠は、この時点で各隊に届いていた事が確認できる25日発の2つの無電「敵航空機の触接を受けつつあり」(軍令部に着電記録有、栗田艦隊は無し)「大淀に旗艦を移乗」(軍令部、栗田艦隊共に記録有り)から成功していると推察が出来るはずだというものだが、最初の電文は敵の偵察機に発見されたという意味であり、それが敵をおびき寄せる事に成功したと断じる事を当日のこの時点で栗田艦隊や軍令部が判断する事はできないし、次の旗艦移乗の電文も、旗艦移乗が瑞鶴沈没に繋がる訳でもない。南太平洋海戦でも翔鶴から嵐への旗艦移乗があったが、翔鶴は沈んだわけではない。何かしらの攻撃を受けた事は推察できるかもしれないが、それがハルゼー機動部隊の殆どなのか、一部なのか、それではない別の敵部隊(例えば潜水艦による雷撃)によるものなのかは、この電報だけでは全く推察できない。現在では「結果を知っている戦後だからこそ言える論拠」として大勢は否定的である。そして、肝心要の囮作戦成功を示す最重要の電文「敵艦載機の攻撃を受けている」旨の電文は、殆んどの艦艇の受信記録には残っていない。
    • 機動部隊側に発信履歴がある事から、海軍随一の傍受能力のある大和が傍受できなかったのはおかしいとして、そこに隠蔽があるのではないかという論者もいるが、これも正しくない。
      海軍の作戦時の送受信は、付近の友軍勢力圏内に設営された「中継所」を通じて行うものである。発信者はその中継所の方向へなるべく指向性の高い電波で送信し、中継所は受けた電波をそのまま広域性の電波に替えて発信、傍受側は受信機を常に中継所の方向に向けていて、自隊宛の無電が来ればそれを傍受する、という形をとっていた。これは無電を発信すること自体が、敵に傍受されると内容が判ろうが判るまいが、電波が飛んできた方向と強さから発信者の大まかな位置が露見してしまうという危険があるので、そのリスクをなるべく減らす為にこういう形をとっており、これは米軍も同様だった。
      • しかしこの方法にも当然問題点もある。まず発信者は指向性の高い電波で送るのだが高速で移動する艦艇から発信される以上安定性に欠け当然中継所が傍受できない場合もある。こうなると当然無電は各部隊に送信される事はない。中継所側も受信した無電が電波の状態が悪いなどで判読不明だと発信せずにこれを廃棄するし、優先度によっては後に傍受したものを先に発信するし、受信側の受信方向がないと延々と無電を発信し続けるので、当然後からくる無電は後回しにされてしまう。そういった事情から、発信してもたとえ受信側が優秀な傍受機を持っていたとしても受信できない事は十分あり、1時間以上の遅延は頻繁に起きた。酷いときは半日以上もかかった事例もある。
      • 今回の場合は伊勢大淀などの記録には小沢艦隊司令部の発信した無電の傍受記録はあり、第一遊撃部隊や本土の軍令部などには傍受されていない事から、小沢艦隊司令部の放った無電の多くは、中継所(今回の場合はマニラにあった南西方面艦隊所属の第31中継所)に届いていなかった可能性の方が高い。発信した電波は付近にいた伊勢や大淀にしか届かず、マニラまでは届かなかったのだろう。
      • また、当の大和自体、相次ぐ空襲で送受信用のアンテナ線が幾本も切断され、その都度修復したが戦闘中では全て修復できず、更に切断されたケーブル線から出る電波がノイズとして干渉し、送受信の妨げとなった。この他にも愛宕沈没により旗艦が大和となった際に、司令部の通信要員の大半が移乗できず、救助した駆逐艦がそのまま高雄と一緒に退避したので司令部の通信要員の数が足りず、それを大和の通信員を引き抜いて対処した結果、それぞれの要員が不足したこと。その通信員自体が新兵の補充で技量不足となり、その分熟練員の負担が増えた事などから、「大和の通信能力はマヒ同然」だったことを、当時大和の通信士だった都竹氏が証言している。
    • それ以前に栗田艦隊は武蔵の沈没後一度反転しており、後に陣形を立て直して再度進撃を開始した旨の電文を、小沢艦隊の旗艦瑞鶴だけは受信していなかった、よって小沢艦隊は栗田艦隊がすでに引き上げていたと認識していたという説まである。
      • 小沢艦隊司令部から送信された電文に「囮成功」を明確に伝えるものがそもそも存在しないのは、栗田艦隊の再反転を小沢艦隊司令部が把握していなかったからではないかとされる。
      • 四航戦司令官で、小沢艦隊の次席指揮官であった松田千秋少将は、小沢長官自身から聞いた話として「小沢長官は最後まで、栗田艦隊が反転進撃を始めたことを知らなかった」と、戦後証言している。
    • レイテ沖海戦で各艦隊間の通信が混乱を極めたことは問題とされ、瑞鶴の送受信能力不足と艦隊旗艦の通信機能の強化が第一機動艦隊司令部から戦訓として指摘されている。つまり、最初から大淀を旗艦にしていればよかったのかもしれない(大淀も「旗艦不適」という評価はあるが、通信能力自体は非常に強力なものである)。
      • 空母の通信設備が不足していることは、ミッドウェー海戦で後方の大和がつかんだ敵空母の通信符丁情報を機動部隊の赤城がキャッチし損ねた事例からも窺える問題であった。
        こういった問題は日本海軍伝統の指揮官先頭の理念が関わっている。指揮官は常に先頭に立って戦うべきという風潮から、連合艦隊は全体の指揮を執らねばならないのに無線封鎖が必要な前線にでたり、基地設備より能力の劣る艦艇に旗艦を置いて通信していたりしていた。日露戦争のような狭い海域での戦闘ならそれでもよかったが、其の何百倍も広い海域で戦った太平洋戦争ではその形で指揮を執るのは困難だった。それでもガダルカナル戦では連合艦隊司令部自体が前線に近いトラック諸島に進出したので、それほど問題にはならなかったが、トラックを撤退した後は再びそれが問題となっていた。その為マリアナ沖海戦後司令部を陸上に移動したのだが、今度は前線部隊の旗艦を通信能力よりも「夜戦の旗艦は重巡洋艦じゃないと先頭に立って戦えない(by連合艦隊司令部)」「空母機動部隊なのだから旗艦は空母じゃないと戦えない(by第一機動部隊司令部)」という発想を優先した結果、レイテ沖海戦では通信能力の混乱が最悪の形で発生し、栗田艦隊が反転という決断をしてしまう主因ともなった。もし栗田艦隊が、艦隊側が要請したように通信能力の秀でた大和型に旗艦を変更していたら?、小沢艦隊が空母旗艦を拘らず大淀に旗艦をしていたら?、恐らくこういった通信の混乱は起こらなかった可能性が高い。
      • この連携の不備がなければ、小沢艦隊の前衛部隊として前進していた日向伊勢が、米空母「エセックス」・「レキシントン」を捕捉し、両戦艦の火力で以って一矢報いることが出来たのではないかとする考察もある。
    • 作戦後に天皇陛下より「艦隊運用に問題はなかったのか?」という主旨の御下問があったが、当時の海軍大臣米内光政は連合艦隊が遠く本土で指揮をとったため前線部隊への統率が混乱し、それが問題だったと奉上している。これによると台湾なりマニラなり、もっと前線に近いところで連合艦隊が作戦指揮をとっていれば前線の状況をもっと掴む事ができ、小沢艦隊の通信問題など、この作戦での指令系統の混乱に対処できたとしている。
    • 一方アメリカ側の視点から見た場合、22日にブルネイを出撃した直後の栗田艦隊を米潜水艦と哨戒機で補足していたのに対し、19日に瀬戸内海を出撃した小沢艦隊については豊後水道沖に哨戒線を張っていた米潜水艦が偶然移動中で、動向を掴めていなかったという問題もある。
      • 当然ハルゼー機動部隊の視線も栗田艦隊へと向けられ、24日にシブヤン海で攻撃を加えている最中にようやく小沢艦隊の存在を把握したという状況であり、囮成功以前に小沢艦隊が栗田艦隊の脅威を取り除くのは、事実上不可能となっていた。
      • ハルゼー大将は機動部隊全軍を率いて小沢艦隊迎撃に向かったが、24日夜には栗田艦隊を優先して小沢艦隊を後回しにする案や、部隊を二手に分けて栗田艦隊、小沢艦隊の両方を攻撃する案も考えていた。
        太平洋艦隊司令長官のニミッツ大将から「上陸部隊支援より敵機動部隊攻撃を優先すること」を許可されていたのに加え、「栗田艦隊はシブヤン海で大きな被害を出して撤退し、万が一再進撃してきてもオルデンドルフ少将率いる旧式戦艦部隊と護衛空母群からなる第7艦隊で十分に対応できる」と判断したことで、結果として囮に引っかかる形となり、オルデンドルフ少将との連係ミス*15もあって、栗田艦隊のサンベルナルジノ海峡通過とサマール沖でのタフィ3の危機を招くこととなった。
  • 小沢中将は戦後、「レイテで本当に真剣に戦ったのは西だっ」と語ったという。
    • 只、この発言の意味は反転の指示をだした栗田提督を批難するものではない。この海戦に参加した栗田、小沢、志摩、大西、福留ら各艦隊司令長官、指揮を執った豊田連合艦隊司令長官、皆が作戦実施の徹底を欠いたり、作戦に失敗した中、西村提督だけが作戦を盲目的に実行して戦死した事に対して、自身も含めて「真剣ではなかった」と捉えての発言である。個人を批判しているのではない。かつてこの発言をそういった意味で利用して某提督を誹謗中傷する輩が多くいた。(今でもチラホラいるようですが…)それは栗田だけでなく発言した小沢提督自体の思いを踏みにじるものである。新人提督諸氏はご注意あられたし。

沈没 そして生存者たちのその後 Edit

  • 最期の時が日本側から撮影されている珍しい艦。艦が大きく傾き総員退去が決まったなか、降ろされる軍艦旗に向け飛行甲板にいる乗組員が一斉に敬礼しているシーンと、その直後に両手を上げて万歳をしているシーンがカメラによって捉えられている。wikipediaに当該写真あり。
    • この一ヶ月前には、映画の撮影に参加。貴重な資料映像が後世に残された。
  • 彼女が沈んだ後も、第一機動艦隊として雲龍天城葛城隼鷹龍鳳、そして完成間近の空母信濃などの空母があったが、もはや日本海軍にこれを運用する力は残っていなかった。なけなしの機体も搭乗員も、不安定な空母より防衛力に優れた基地航空隊、そしてレイテ沖海戦において30に満たない機数で連合艦隊の60数隻よりも戦果をあげた特攻隊へと回されたのだ。
    • レイテ沖海戦での特攻隊の戦果は護送空母「セント・ロー」撃沈と「サンティー」「キトカン・ベイ」中破、「スワニー」小破だが、同海戦の水上艦艇の戦果は撃沈が護送空母「ガンビア・ベイ」、駆逐艦「ジョンストン」「ホーエル」「S・B・ロバーツ」、中破が護送空母「ファンショウ・ベイ」「カリニン・ベイ」、小破が護送空母「キトカン・ベイ」「ホワイトプレインズ」であり、特攻隊が水上艦艇よりもレイテ沖海戦で戦果をあげたというのは間違い。
    • ちなみに2015年春イベントで新規実装された葛城には、先輩の瑞鶴の前では緊張し、お揃いの迷彩にするくらい憧れているという台詞がある。
      彼女の「だって、あの瑞鶴さんだもん」という言葉には瑞鶴の華々しい戦歴への憧憬とともに、竣工が翔鶴沈没後の雲龍型にとってもはや先達の戦闘可能な大型空母は瑞鶴しか残されていなかったという悲しい史実もうかがえる。
      葛城が呉で竣工したのは1944年10月15日であったが、その5日後に瑞鶴は呉を発ち、レイテへ最期の出撃へ向かった。
    • 雲龍と天城には、まだ建造中だった1944年6月7日に「第605航空隊を7月1日付で編成し第五航空戦隊に充当する」との予令がなされていた。
      もしこれが実現していれば、2年ぶりに五航戦が復活するはずだったのだが、直後のマリアナ沖海戦で空母艦載機隊が壊滅した影響で、605空の編成は6月24日に中止されて五航戦新編も立ち消えとなり、完成した雲龍と天城、そして葛城は一航戦に編入された。
  • 沈没後、彼女の乗組員たちは情報秘匿のため呉の三ツ子島の病棟に隔離された。日本軍お得意の懲罰人事である。後に同じく隔離された空母信濃の乗組員曰く、その病舎の壁には次のような書き込みがあったという。
    「後続ノ戦友ヨ、挫ケテハナラヌ、我ラハマタ行ク、後カラ骨ヲ拾ッテクレ。瑞鶴乗組員一同」
  • 奈良県橿原神宮近くの慰霊公苑「若桜友苑」内に、「瑞鶴之碑」という慰霊碑がある。
    一命を捨てて祖国を守ろうとした、空母「瑞鶴」の乗組員たちは、今日も日本神話の聖地から祖国の姿を見守っている。
    彼らの犠牲が、彼らの想いが、末永く語り継がれんことを。 ――合掌。
    • なお、瑞鶴之碑の横には「第十三期海軍甲種飛行予科練習生戦歿者 殉國之碑」が建っている。
      瑞鶴之碑参拝の際は、こちらにも手を合わせてほしい。
  • 瑞鶴の生涯については、NHK制作のドキュメンタリーが「フィリピン・エンガノ岬沖 ~囮(おとり)とされた空母 瑞鶴~」としてNHKデジタルアーカイブにて公開されている。彼女のファンは各自検索して見てみよう。
  • 2014年12月12日のアップデートで、一部の艦娘にクリスマス仕様ボイスが実装された。残念ながら瑞鶴にボイスは実装されなかったものの、七面鳥ネタで飛龍秋月に火の粉が飛んでいっていたが、2015年12月7日のアップデートで瑞鶴自身にもクリスマス仕様ボイスが実装され、やはり七面鳥ネタにされている。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 艦これ始めてから5年半になるが未だに出ない… -- 2019-01-14 (月) 04:28:14
    • 7-2-2ならそこそこドロップするぞー -- 2019-03-09 (土) 09:33:56
  • 今回は活躍が限られたな、E3は軽空母2隻の水上部隊のほうが安定してしまった だが輸送とギミック解除では主将だったし面目躍如かな -- 2019-01-20 (日) 20:48:21
  • 瑞鶴!ヒダリテダセヤ 「何だよ何だよ急に」 ヒダリテダセヤ(指輪を出しながら) 「…やってやろうじゃねぇかよ///」 -- 2019-01-28 (月) 09:51:51
    • ごめん、心がほっこりしたw -- 2019-02-01 (金) 00:38:46
    • これめっちゃすき -- 2019-03-20 (水) 20:20:18
  • 「ぶらうざむかし話 新・鶴ヶ島」男の子・瑞鶴 乙姫・翔鶴 りんご・初月 まつのすけ・千代田 おはな・瑞鳳 いったいさん・飛龍 じゃのう・赤城 金太郎・足柄 ひのえさま・鳳翔  -- 2019-02-07 (木) 20:19:48
  • スーパー任務ストッパー、噴式や基地航空隊関連止まるのが特にキツイ -- 2019-02-11 (月) 19:53:17
  • 艦これ国勢調査の結果でてるね 瑞鶴は総合では一位…かな? 愛されてるなぁ -- 2019-02-12 (火) 00:52:53
  • 店内放送で喋ってるの聞いてレイテ越えて以来はしゃいでるな~なんて思ってたらなんか泣けてきた -- 2019-02-14 (木) 07:56:37
  • 二番艦はスケベボディ・・・ -- 2019-02-26 (火) 14:16:54
    • だ、だいじょうぶ。その表現は、「豊かな曲線を持っている」って意味じゃないから。スリムでシャープな体型でも、そこはかとない色気があるひともいるから、瑞鶴さんもきっと、どこかで(爆撃音) -- 2019-03-16 (土) 09:31:10
  • 3か月デイリーで建造し続けてやっと着た!と喜んだのが昨日。そして今日東方クエ周回中の4-4でドロップ・・・ -- 2019-03-13 (水) 17:13:25
    • 改二と改二甲のセットを用意しろってお告げだよ -- 2019-03-13 (水) 17:27:33
      • いつかカタパルトが余る時が来たらそうしたいですねw -- 2019-03-13 (水) 21:13:22
  • 瑞鶴をトリガーにする任務多いのに瑞鶴が全然来てくれない。。。カタパルトも来ないし基地航空も無理っぽい。てか、こんな重要任務だらけのトリガーにして主人公みたいな扱いするなら、翔鶴瑞鶴で赤城みたいな配布任務設けてくれよ。。。 -- 2019-03-16 (土) 07:54:15
    • それ(配布任務)をいってくれるなよ。艦隊解放とか改修工廠とかで詰まってる俺が泣けてくるじゃねーか…(でも瑞鶴の配布任務きたらうれしいですね) -- 2019-03-20 (水) 20:35:39
    • 来るまで建造する、それが配布任務みたいなもん。いつでもできて皆平等 -- 2019-03-20 (水) 20:56:53
      • どうせ大鳳の建造狙ってる内に嫌になる程出てくるしな -- 2019-03-22 (金) 00:20:27
    • 瑞鶴のレア度っつうか、特定艦が必要な任務が他の無関係な任務のトリガーになってるのがイミフなんだよな・・・ -- 2019-03-21 (木) 00:18:09
    • 卯月みたいに期間限定邂逅でもいいんだけどな。違和感ない時期はないけども。 -- 2019-03-21 (木) 16:36:42
    • 6-3で雲龍ねらってると嫌になる程出てくるし…雲龍は…まあ…うん。 -- 2019-03-22 (金) 10:47:39
  • 小ネタの練度関係のところ、熟練者揃いだったのは南太平洋海戦までという内容だったけど、別にそんなことはなかったし、ミッドウェー後に旧一、二航戦のパイロットが加わったから練度に問題なくなったという話でもなく、ミッドウェー後も五航戦があったと誤解してしまいそうな書き方だと思ったので、内容を追加して書き換えました。 -- 2019-03-22 (金) 00:18:54
    • 一航戦からまま子扱いされていた五航戦が、ミッドウェー後に改編されて一航戦に変更と言うのも皮肉と言うか……まあ戦火の中で消耗していくのは、当然と言えばそうなんだなあ -- 2019-03-22 (金) 10:02:40
  • 4/23に小ネタを更新された方、小見出しをつけるのに#endregionは不要です。レイアウトが崩れるのでお気を付けください。 -- 2019-04-28 (日) 21:45:41
    • しかし小ネタ冗長すぎですな。レイテイベの頃某ペディアでも暴れてた人がここにも来ていたようですがただの演説になってる部分は削ったほうが良いですぞ。 -- 2019-05-18 (土) 16:56:13
      • 所々長すぎる小ネタあるよねここのwiki。字数制限設けるべきじゃろうか。 -- 2019-05-19 (日) 00:35:06
      • 私は史実にあまり興味がないからよく知らんのだけども、それだけのエピソードを持っているとか、熱心なファンが多いとかいうことなのかしら。が、ここはあくまで攻略wiki。ゲームの内容や設定等に関連する話題がちょこちょこ書かれている程度なら小ネタの範疇だろうけども、単なる歴史解説が大半を占めている(ように見える)というのは如何なものだろうか。肝心の攻略情報の部分が埋もれてしまっては本末転倒なので、せめてもうちょい畳んでおくとかくらいはしてほしいと思うかな。 -- 2019-05-19 (日) 02:24:14
  • 運が良い筈なのに、うちの娘は真っ先に狙われる。レベルも115くらいまで上げているのに、レベル80の翔鶴より先に中大破する。なぜ? -- 2019-04-29 (月) 02:17:17
    • 逆に考えるんだ、敵の狙いがわかってるならバルジでガチガチに固めればいいやって。 -- 2019-05-18 (土) 17:07:51
      • バルジガン積みしたら艦載機載せられないじゃないですかやだー -- 2019-05-19 (日) 00:33:43
  • イベント直前だけど、二航戦任務でまさかの邂逅!任務受注し忘れてたのに途中気付いたけど、そのまま攻略して良かったー! -- 2019-05-19 (日) 00:20:01
  • イベントのバナーを変化させ続けるとズイ₍₍(ง˘ω˘)ว⁾⁾ズイやってるように見える -- 2019-05-21 (火) 09:37:23
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

建造成果の報告は建造レシピ内にあるコメント欄に、
ドロップ報告に関しては出撃ドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。





*1 資材の消費だけで、改二と改二甲をいつでも変更可能
*2 海軍独特の用語の一つ。要は不要物や損傷した艦載機などを海に放り捨てること。その時の掛け声の「レッツゴー」が訛ったもの。「ウォッシュタブ」→「オスタップ」つまり金ダライなど、イギリス海軍を範とした日本海軍では、この手の英語から転訛した用語・隠語が多かった。
*3 第一航空艦隊の全航空隊を統一指揮する立場にあった赤城飛行隊長の淵田美津雄中佐にとっても頭痛の種であったらしく、「空地分離さえ出来ていたら、瑞鶴、翔鶴の竣工を待つまでもなく、それに搭載する第五航空戦隊の飛行機隊は、当初から第一、第二航空戦隊の飛行機隊と一緒になって、連合集団訓練で練度を揃えておけたのだった」と自叙伝で語っている。
*4 新人たちには夜間の空中集合は難しいと判断され、発艦時間を夜間から黎明に、攻撃時間も黎明から昼間にずらされた
*5 MI作戦時の『第一航空艦隊戦闘詳報』では部隊全体として練成不十分で、新人はようやく発着艦が可能になった程度で旧搭乗員も全体的に練度が低下し、夜間攻撃は実施しても戦果に期待できない、雷撃隊は成績極めて不良、急降下爆撃は機体の確保と整備に手間取って1日1回の訓練にも支障をきたすなど、「練度の低下は相当大なるものあり」と評されていた。一航艦司令部はMI作戦の日程を1ヶ月延期するよう連合艦隊司令部に要請していたが、作戦日程の都合から却下されている。
*6 赤城、加賀、飛龍、翔鶴の飛行隊長は第一波攻撃隊に参加し、同じ第二波参加の蒼龍飛行隊長江草少佐より先輩のため。
*7 撮影した映像をニュース映像として作成し前線に配ったもののうちの1つを日本軍が鹵獲した
*8 事前に空母への着艦訓練を経験しないまま母艦航空隊へ配属となる新規搭乗員が増えてしまい、母艦航空隊での限られた訓練時間を着艦などの基礎訓練に割かざるを得なくなったことが原因とされる
*9 この時七面鳥と揶揄したのはエンタープライズなどが所属する米第58任務部隊
*10 航空機の防弾装備が日本より充実していたことや、不時着水した搭乗員の救助のためだけに捜索用艦艇を出すなど、人命重視を徹底していたことが大きい。日本軍でも不時着地点をあらかじめ決めておいたり、潜水艦などによる搭乗員の回収が行われたりしたが、制海権の無い海域ではこうした活動を行うのは困難だった。
*11 「最初はヘボでも出撃を繰り返せばベテラン」というやつである。
*12 性能は烈風のカタログスペッククラス。
*13 結果的に、ミッドウェーに続く第二の転機となってしまった。
*14 艦隊司令部が通信機能を失った旗艦を捨てるのは、残存艦隊を指揮するためにも当然の措置ではある。しかしそういった戦術・戦略的な合理性と命を懸けて戦う者たちの感情論が激しく矛盾するのがまた常でもあり、ルンガ沖で先頭に立たなかったことが評価を大きく下げた長波や大和特攻を陸上から命令する連合艦隊司令部を非難した朝霜の例があるように、特に日本海軍は指揮官の振る舞いに感情的に手厳しい傾向が強かった。
*15 オルデンドルフ少将の部隊は西村艦隊の撃滅で弾薬をほとんど使い果たしており、すぐには戦闘を行えない状態だったが、ハルゼー大将はその情報を知らなかった。