榛名

Last-modified: 2020-10-20 (火) 22:59:53
No.023
榛名、感激です!榛名(はるな)金剛型 3番艦 戦艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久63火力63 / 89
装甲52 / 69雷装0
回避30 / 59対空24 / 69
搭載9対潜0
速力高速索敵13 / 39
射程15 / 69
最大消費量
燃料80弾薬110
艦載装備
335.6cm連装砲
315.2cm単装砲
37.7mm機銃
装備不可
改造チャート
榛名榛名改(Lv25) → 榛名改二(Lv80)
図鑑説明
高速の巡洋戦艦、榛名です。
国産の四一式36センチ砲を装備しました。
呉鎮守府の江田島で最後まで空を睨んで奮戦したわ。
高速戦艦四姉妹で最期まで、戦い抜いた榛名のこと、覚えていてね。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:東山奈央、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

セリフCV:東山奈央、イラストレーター:コニシ
入手/ログイン高速戦艦、榛名、着任しました。
あなたが提督なのね?よろしくお願い致します。
母港/詳細閲覧ええ、榛名でいいなら、お相手しましょう!
はい、榛名は大丈夫です!
提督は優しいのですね。榛名にまで気を遣ってくれて。
母港/詳細閲覧(ヴァレンタイン)提督…もし良かったら、この榛名のチョコレート…もらっていただけますか?
母港/詳細閲覧(ホワイトデー)えぇっ?チョコレートのお返しだなんて、そんな…榛名には、もったいないです……嬉しいです♪
母港/詳細閲覧(大切な記念日)*1提督、榛名と一緒に二周年を迎えて頂いて、本当にありがとうございます。榛名、感激です!
母港/詳細閲覧(三周年)提督。今年も、榛名と一緒に3周年を迎えていただいて、本っ当にありがとうございます! 榛名、感激です! ふふっ♪ ……提督。
母港/詳細閲覧(四周年)提督。今年も、榛名と一緒に4周年を迎えていただいて、本当に…本っ当に…ありがとうございます… 榛名、嬉しいです… ふふっ ……提督。
母港/詳細閲覧(五周年)提督……榛名と共に5周年を迎えていただいて、本当に……ありがとうございます……榛名、感激です!
母港/詳細閲覧(六周年)提督……榛名と提督は、六周年を迎えることになりました。本当に……ありがとうございます。榛名、感激です!
母港/詳細閲覧(七周年)榛名と提督は、遂に七周年を迎えることになりました。提督、……うっ……本当に……ありがとうございます。ううっ……榛名、感激です!
母港/詳細一覧(X'mas)メリークリスマス、提督。榛名、提督とまたクリスマスをご一緒できて、幸せです。提督、シャンパンをお開けしますね。はい、どうぞ!榛名も…いただきます♪
母港/詳細閲覧(年末)提督、大掃除の季節ですね。提督のお机、榛名がお掃除します。……はい、引き出しの中も、きちんと整理しておきますので、お任せ下さい! ……え、提督? ……あの、ひきだ……提督?
母港/詳細閲覧(新年)提督、新年あけまして、おめでとうございます! 本年、金剛型四姉妹と榛名を、どうぞ、よろしくお願いいたします。さあ、初詣に参りましょう。おみくじも、引いてみましょう
母港/詳細閲覧(2016年節分)提督、節分ですね。福は~内! 鬼は~外! うふふ、楽しいですね。ぁ、提督、それはなんですか? 恵方、巻? 大きな、お寿司ですね! 榛名、初めて見ました!
母港/詳細閲覧(秋刀魚)漁場での勝手は!榛名が!許しません!…はいっ提督。榛名、サンマ漁支援に出撃します!お任せください!
母港/詳細閲覧(2018決戦前夜)守りたい…榛名は、そう、思っています。
母港/詳細閲覧(2018決戦)はい……榛名は出撃致します。 提督……あなたと……。
母港/詳細閲覧(2018盛夏)提督……ほぇっ? パーカー、ですか……? あっ……あの、その……ぁはは……。
ケッコンカッコカリ(反転)なんでしょう…守りたい気持ちが、溢れてしまいます。仲間も…そして、提督…貴方のことも…
ケッコン後母港(反転)提督…優しくしてくれても、榛名、十分なお返しできません…
編成榛名!いざ、出撃します!
出撃榛名!いざ、出撃します!
勝利を!提督に!!
遠征選択時榛名、感激です!
アイテム発見榛名、感激です!
開戦主砲!砲撃開始!!
航空戦開始時
夜戦開始夜戦なの?腕が鳴るわね。
攻撃主砲!砲撃開始!!
榛名!全力で参ります!
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃勝手は!榛名が許しません!
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃(ヴァレンタイン)勝手と!チョコレートの食べ残しは!榛名が許しません!
小破やだ!被弾した!?
きゃああぁッ!
中破/大破やだ、こんな…でも、まだやれます!
勝利MVP当然のことをしたまでです。特別な評価なんて…榛名には、もったいないです。
旗艦大破やだ!被弾した!?
帰投作戦完了の報告書です。ご覧になりますか?
補給力を感じます。お心遣い、ありがとうございます。
改装/改修/改造力を感じます。お心遣い、ありがとうございます。
これは…素敵です!ちょっと重い感じもしますけれど、でも、頑張ります!
榛名、感激です!
入渠(小破以下)いいのでしょうか?榛名がお休みしてて。
入渠(中破以上)私の疲れを見抜いたのですね…提督、ありがとうございます。お休みしますね。
建造完了新しい艦が誕生しました。
戦績表示提督、ご連絡です。
轟沈(反転)これが運命ならば…受け入れます…ごめんなさい
時報にて実装
放置時榛名、待機命令、了解です…。

ゲームにおいて

  • 金剛型戦艦4姉妹は、榛名の運が15なのに対して金剛が12、比叡霧島が10であることを除いて性能的な差違はない。
    他の一般的な戦艦との違いは、ルート固定に有用である速度「高速」であることと(回避率関係は実装予定で今は殆ど関係ない)、微妙に元の火力が低く、更に徹甲弾など一部の装備が積めないこと。(徹甲弾は金剛同様装備可能に。ただし中口径主砲は装備不可のままなので注意)
    ドロップなど詳しくは金剛のページも参照。
  • 提督に接する態度は極めて礼儀正しく、補給・入渠の際にはお礼を欠かさない。言葉の端々に提督への敬意が見受けられ、こちらの行為に全力で喜びを返してくれる。
    長女の金剛とは違って控えめながらもこうした姿に心奪われる提督もおり、彼女の事を提督Love勢の一員であると解釈する提督もいる。
    • 「榛名でいいならお相手しましょう」との発言を何か意味深な物に捉える人もいるが、どうとでも取れる状況でのどうとでも取れる発言なので解釈は提督諸氏に任せられている、のだろう。
  • その一方旗艦出撃すると提督への忠心を声高に叫び、戦闘では積極果敢、夜戦開幕時には丁寧語も忘れて張り切る…と母港とのギャップも備える。
  • 補給専用ボイス及び放置ボイスを話すのは改以降。
  • 2018/04/20~2018/05/27開催のよみうりランドコラボイベント「よみずいランド~鎮守府第二次瑞雲祭り」にて、バンジージャンプの受け止めマット担当に着任。ちなみに命綱担当は金剛お姉様。榛名は大丈夫です、というわけだ。なんという発想。
    これが大人気を博し、同アトラクションの1日あたりダイヴ数新記録を樹立した挙げ句「予想外の稼働率で命綱が限界」、「交換パーツの入荷待ちで3日間稼働停止」という珍事に至った。
  • 2020/11/25発売のkancolle memorialCDのジャケット絵に、完全新規且つ単独で起用された。初回特典にはジャケット絵のスリーブがついてくる上に、メーカー特典で同イラストのスペシャルカードがついてくる。
    なお、これの影響下は知らないが、「一時期アマゾンにて、某大人気アイドルやポ〇モンのMVのCDを追い抜き、堂々の売れ筋一位を勝ち取る」という事態にまで発展した。恐ろしいのが、これは予約販売を開始してたった二日かつ、複数ルートでのたった一本であるという点である。榛名提督らの凄まじさが垣間見えた瞬間である

限定グラフィック

  • 2017/03/17のアップデートにおいて三越コラボ第二弾「お買物」modeが実装された。
    • シンプルながらも清楚な魅力が漂う私服姿を見せてくれる。コラボ先への配慮故か紙袋には煤一つすら付かない。

    限定イラスト:お買物mode

    限定イラスト:お買物mode
    023_Mitsukoshi.jpg

小ネタ

  • 金剛型三番艦にして、初の「民間造船所(神戸川崎造船所)で建造された純国産戦艦」(姉の比叡は横須賀海軍工廠)。
    • 一日遅れで起工した霧島も民間造船所(三菱合資会社三菱造船所)で建造されている。この二隻は会社同士が威信をかけて競い合うように作られた。
    • そのせいか、榛名の機関試験が故障により6日程の遅延が発生した際、これに責任を感じた機関担当責任者が自刃するという事件が起きてしまったため、海軍側からの要望もあり竣工日は霧島と同日(1915年4月19日)にする事で悲劇が再発しないように指示された。なのでこの両名は双子とも言える。
  • 予算計上は日露戦争に遡る。日露戦争直前に本来の艦艇製造費による「六六艦隊計画」第三期拡張計画で、明治36年度より同46年度までの11ヵ年計画として、戦艦3隻「第一号戦艦(香取)」*2「第二号戦艦(鹿島)」*3「第三号戦艦(扶桑)」と装甲巡洋艦3隻「第一号装甲巡洋艦(伊吹)」「第二号装甲巡洋艦(榛名)」「第三号装甲巡洋艦(霧島)」の予算案が上がっている。
    • さらに日露戦争中、失った戦力を急遽補充する目的で明治37年度の日露戦争戦費(臨時軍事費)による建艦計画が行われ、戦艦2隻「甲号戦艦(安芸)」「乙号戦艦(薩摩)」と装甲巡洋艦4隻「子号装甲巡洋艦(筑波)」「丑号装甲巡洋艦(生駒)」「寅号装甲巡洋艦(鞍馬)」「卯号装甲巡洋艦(比叡)」の予算案が上がっている。
    • 日露戦争終結後、明治40年度より同46年度までの7ヵ年計画として、補充艦艇費による海軍整備案で新型主力艦として戦艦2隻「伊号甲鉄戦艦(河内)」「呂号甲鉄戦艦(摂津)」と装甲巡洋艦1隻「伊号装甲巡洋艦(金剛)」の予算案が上がっている。
    • その後、明治44年になって「伊号装甲巡洋艦(金剛)」「卯号装甲巡洋艦(のち卯号巡洋戦艦→比叡)」「第二号装甲巡洋艦(のち第二号巡洋戦艦→榛名)」「第三号装甲巡洋艦(のち第三号巡洋戦艦→霧島)」の建造計画の予算案が裁可された。
  • 榛名が建造された神戸川崎造船所は、名門。
    艦これに実装済みの川崎造船所出身艦娘の中では最年長となる。
    • 戦後や川崎重工業の傘下となった現在でも自衛隊の艦艇を多数輩出している。
      もっとも、戦後は造船部門よりは鉄道車両(新幹線車両のほぼすべての車種を制作)、「カワサキか…」コピペで有名な二輪車などの制作に重点を置いている。
    • 戦後、数々の海上自衛隊の護衛艦を建造しているが、その中でも潜水艦はかなりの数を建造している。
      通常動力駆動潜水艦では世界最大級のそうりゅう型は、妹・霧島を産んだ同じく造船の名門・三菱重工業と共に現在も建造中。
      川崎造船(現・川崎重工業神戸工場)ではうんりゅう・けんりゅう・こくりゅうが建造されている。
  • 艦名の由来は、群馬県に位置する榛名山。日本戦艦の名前は大体旧国名なのだが、当初装甲巡洋艦として計画・設計された金剛型は重巡洋艦と同じ山の名前。ちなみに空母赤城も同じ事情。
    • 「はるな」という読み方は、現代日本人女性の名前としては別段珍しいものではない。ゲームやマンガ、小説などの登場人物にも使われることがある。とはいえ、ただの「はるな」ではなく、ガチに「戦艦榛名」に因んだネーミングが多いのはどういうことだろう?
      • 「空のキャンバス」という漫画のヒロイン『赤城榛名』は、「山の名前であり軍艦の名前でもある『榛名』からとった」とコミックスに明記されている。
      • 「きゃんきゃんバニーエクストラ」というゲームには同音のヒロイン『春菜』がいるが、その由来がなんと榛名が沈んだ呉大空襲。これまた『榛名』そのものにちなんだ名前。余談ながらヒロインのストーリーも呉大空襲が深く絡んでいる。
      • 1970年代の宝塚歌劇を風靡した大スターで『ベルサイユのばら』の初代オスカル役を務めた榛名由梨さんは、ご尊父が榛名の元乗員で榛名を心から敬愛していたことから芸名に「榛名」の名前をつけたという。
      • 艦娘になって一番損してない艦名……かもしれない。
    • 1973年に就役した、初の「ヘリコプター搭載護衛艦」に「はるな」(DDH-141)と命名された。かつては一等巡洋艦が名乗った山岳名を海自として初めて採用した例である。
      当時の自衛隊で最大の4,700トンと、かつての軽巡洋艦並みの排水量であったために、海外からはヘリ巡洋艦とみなされ、防衛庁が必死になって否定した*4
      今度は「次姉」だった「ひえい」(DDH-142)を妹に従え、長年活躍した「はるな」だが、2009年に次世代DDH「ひゅうが」が就役し、その入れ替わりに引退した。*5
      その「はるな」も最後は舞鶴でお役目を全うしたが、最後に解体された場所は運命のイタズラなのか、先代の「榛名」が大破着底するまで戦った呉だった。
    • ちなみにこの護衛艦はるな、海上自衛隊でも数少ない、任務として艦砲射撃を行った艦である。
      • その任務とは『第十雄洋丸事件』といい、自衛隊による撃沈作戦で難を逃れたとはいえ一歩間違えば川崎市街地が焼き尽くされかねない大事故であった。

  • 昭和天皇即位を記念して1928年12月4日横須賀沖にて挙行された大礼特別観艦式において、「榛名」は天皇陛下が座乗する御召艦を務めた
    • 1931年11月8日の天皇陛下による熊本行幸の際にも御召艦を務めている。11月19日には天皇陛下は鹿児島から横須賀へ「榛名」に乗艦して帰京した

  • 米軍発表によると、榛名は最低3回撃沈されている
    • 主だった原因は、爆撃機パイロット達の艦影の見間違いや撃沈の誤認。当時はどこの国も似たような事をやらかしていたが、彼女のやられっぷり(?)はその中でも屈指のものだったり。
      9回も帝国海軍に沈められたエンタープライズさんには敵いませんが。
    • 余談だが、「名取への至近弾」を「榛名撃沈*6」と誤報された時は、戦艦「ヒラヌマ」(おそらく榛名の取り違い)が沈没したとアメリカの幾つかの新聞が報道した。
      ただでさえ金剛型は複雑な家庭事情持ちなのにさらにややこしい設定を作られても困ry
  • なお、ミッドウェー海戦を皮切りに、榛名は参加した重要な海戦でどこかの狼さん被害担当艦さん程ではないが、必ずと言っていいほど損傷を受けている。「榛名は大丈夫です。」
    • 竣工して間もない頃に一番砲塔で筒内爆発事故が起きている。
  • 四姉妹の中では、金剛と一緒に出撃することが多かった。
    • 比叡と霧島は30ktにわずかに届かなかったが、榛名と金剛は30ktを超えていたためである。
      • 実は金剛型姉妹の中でも榛名は一番速かったりする。具体的にいうと双子の霧島が13万7000馬力で速力29.8ktに対し榛名が14万1000馬力で30.5kt。
        つまり榛名こそ最速の日本戦艦である。霧島「頭脳は負けないわよ!」
        もっとも、新造の時点では榛名が27.776ktだったのに対して霧島は27.540ktと殆ど差は無かった。
  • 榛名は、姉妹に先んじて第一次・二次近代化改装を受け、技術の進歩の礎として献身した。
    • 金剛型における最終時の榛名の見分け方は後部艦橋周辺。後部艦橋が□なのが榛名、⊿なのがそれ以外。
      また、榛名の後部煙突は他の金剛型より後ろにあり煙突間の距離が長く、さらに後部煙突が前部煙突より長い。明らかに他と違う比叡の次ぐらいには見分けやすい。
    • 金剛・比叡の主砲側面が角ばっているのに対して、榛名・霧島は主砲側面が丸みがかっている。
      この理由は、榛名から国産の35.6cm主砲になっているからであり、丸みを帯びていた方が、敵の攻撃によるダメージを拡散出来るという狙いがあった。
    • 榛名には日本初の方位盤射撃照準装置(全砲門を一括で動かして一つの目標に向ける装置)が搭載された。
    • また、第一次改装の時には、他の姉妹の改装による予算の都合で8年もの期間現役を退くことになった。
    • 日本戦艦で初めて冷房装置が入ったのも榛名である。
      第二次改装時、対毒ガス戦対応のため艦内密閉・与圧化を行った関係から通風悪化を補償するために空気冷却装置を置いたもので、他の艦にも大改装時に同様の対応がなされている。
    • 他に、日本の戦艦で初めて迷彩塗装を施されたのも実は彼女だったりする。1915年に行われた演習の折、砲戦時の迷彩の効果を調べるため船体に短冊状の白帯を描いた状態で参加している。
      • ……が「戦艦に迷彩とかないわー」と思われたのか戦艦への迷彩塗装は、1945年に彼女や伊勢姉妹らが浮き砲台となるまで復活しなかった。
    • その献身ぶりは最期の時まで発揮される。彼女たち生き残った艦達が残した鋼材は、戦後復興の資材となって戦後日本を支えた。
    • ゲームでの健気さと戦場での勇敢さは、先に触れた献身ぶりと大戦最末期まで勇戦した史実に由来するものと見られる。
      姉妹を差し置いて生き残った反動か自身を省みない面もまた見られるが。
  • 開戦に従い、南西方面の上陸支援を行った。その間に、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスを中心とした英国東洋艦隊を迎撃の為、金剛、鳥海らと共に向かっている途中、東洋艦隊は海軍航空隊の攻撃で壊滅したため、戦闘の機会を逃した。
    もっとも、英軍の最新鋭戦艦であるキング・ジョージ五世級戦艦であるプリンス・オブ・ウェールズに対し、旧式の巡洋戦艦上がりである金剛・榛名らとは格が違いすぎ、まともな砲撃戦では歯が立たないと考えられていたため、接敵した場合の艦隊の主戦力は水雷戦隊とされていた。マレー沖海戦
  • 1942年3月米駆逐艦エドソールを榛名が撃沈したという風説が一部で流れているが……。
    • しかしこれは間違いである。3月1日に米駆逐艦エドソールを発見し砲撃を加えたのは霧島比叡利根筑摩及び艦爆隊の爆撃によるものである。*7
  • セイロン沖海戦では搭載の九五式水上偵察機が索敵中に英空母『ハーミス』を発見し、空母撃沈のきっかけを作っている。
  • クリスマス島に金剛谷風浦風と一緒に副砲で艦砲射撃を行ったところ、島から白旗を掲げた小型艇が出てきた。……が、上陸占領の兵員と武器を持っていなかった彼女は、なんと始末に困って逃げた。ただでさえ資材が少ないお家事情なのに何をしてるのか……
  • 金剛、第二水雷戦隊と共に飛行場夜間砲撃を行い、古鷹さん、衣笠さんの零式水上偵察機の照明弾の支援下、あらかじめ三角法で割り出した攻撃目標へ三式弾一式徹甲弾の猛射で飛行場を火の海に変えた。
    ちなみに主砲弾で三式弾を撃ったのは金剛のみ、榛名は零式通常弾と一式徹甲弾であった。
    • 同日行われた陸攻隊の爆撃成功もあり*8、これによってガダルカナルの米軍航空戦力は無力化出来たと思われ、陸軍第二師団の上陸作戦が行われたが、飛行場が早期に復旧してしまい、また第2飛行場の存在を見逃していたため、第二師団は空襲により多大な人的・物的被害を被ってしまった。上陸には成功したが飛行場機能を排除しきれなかったことから贔屓目なしの評価は「効果不十分」といったところか。
    • この「戦艦による対地制圧戦術」は、開戦当時は自殺行為とされていた。
      • 「波浪による射撃の不安定さと遮蔽物のない海上からの艦砲射撃は、足場が安定し隠蔽しやすい陸上砲台に敵わない。」という理由であり、世の海軍における常識であった。
      • 第一次大戦のガリポリ上陸作戦では連合国軍の戦艦三隻が機雷と砲台のコンボで撃沈され、第二次大戦のヴェーゼル演習作戦ではオスロを攻略したドイツ重巡「ブリュッヒャー」が砲台と地上魚雷発射管のコンボでやはり撃沈されるなど実例もある。
      • ちなみにハワイ・オアフ島に築かれた米軍の大要塞は、宇垣提督をして「攻略には連合艦隊がもう一揃い必要」とまで言わしめた。*9
    • もっとも、金剛・榛名が叩いたガダルカナルにそんな要塞レベルの永久陣地などあるはずもなく、恐れたのは復旧した飛行場や近隣の空母からの、翌朝の空襲である。
    • 結局、金剛・榛名による艦砲射撃は当初考えられていた程の大成功ではなかった。*10
      • 最終的には滑走路一ヵ所が破壊、多数の航空燃料が炎上、航空機が90機中54機が破壊され、海兵隊員43名戦死など。
    • 圧倒的な物量を持つ米軍は、早速パクって有効性を見出して、低速であまり出番のなかった旧式戦艦をこれ幸いと地上支援に投入し、以後島嶼攻略作戦に大いに活用したのである。とはいえ、要塞があるとわかっている場所には最後まで近寄ろうとはしなかったのだが。*11*12
    • しかしまともに対地支援の経験を積んでいなかった機動部隊直衛のIowa級などが対地砲撃を行ったときは、至近弾などで味方を危険に晒し、海兵隊から「役立たず」の酷評を受けた一幕もある。そもそも砲撃地点付近に居るお前らが悪い
      • それでも大口径砲の一撃の威力は他に代え難く、近年までアイオワ型が基礎戦術の一部として使用していた。*13
    • じゃあ日本はどうだったかと言うと、基本的に上陸作戦で戦艦が用いられず、精々軽巡洋艦と航空支援程度だったのでそこまで複雑なことは起きていない。
      • ちなみに日本海軍では、駆逐艦、巡洋艦、戦艦などの砲術長クラスは大半が海軍砲術学校を卒業している。この海軍砲術学校では、教官が陸軍の重砲兵隊を指導したりと対艦砲撃以外にも対地砲撃能力にも積極的で学生に大しても教育を行っていた。つまり日本海軍はワリと対地攻撃は得意な傾向にあり、マレー上陸作戦やガダルカナル島での各対地砲撃では活躍している。問題は観測支援が無かったり、観測班や観測機との連携が上手くいかず効果がイマイチ分からなかったことが多かった点である。
  • 1944年6月のマリアナ沖海戦で250キロ爆弾と60キロ爆弾各一発が直撃。この250キロ爆弾がもたらした被害は甚大で、人力操舵室周辺諸室を大破し、左舷外軸の推進器軸を支えるスクリューブラケットに亀裂が入ってしまった。
    佐世保で行われた修理で取り急ぎブラケットを交換したものの、スクリュー軸のバランスが崩れてしまったらしく、いざ出動してみると「24ノット以上出すと艦尾が振動する」という後遺症を抱え込んでしまう。
    振動のため4番主砲塔照準困難、見張りすら出来ない状態では戦闘どころでなく、シンガポールの浮きドックに緊急入渠。
    問題の左舷外軸の使用を取り止め三軸運転とすることでどうにか振動も収まり、26.5ノット発揮可能へ回復した。この状態でレイテ沖海戦を迎えることとなる。
    • 同年10月のレイテ沖海戦では姉の金剛と共に栗田艦隊に所属したものの、前述の通り推進器故障によって3軸運転となっていため26ノットしか出せない状態であった。
      また、この海戦で榛名は弾薬節用や敵航空機による空襲の可能性を考え後部主砲の使用を控えるなどした他、
      別の空母群を追撃するなどしたため、戦果をあげる事が出来なかった。*14
      榛名は修復のため栗田艦隊と別行動をとるが栗田艦隊と共に日本への帰途についた金剛はその道中で力尽きる(榛名乗組員からも金剛の沈む様が見られていたという)。結果としてボロボロであった榛名が金剛型の最後の生き残りとなった。
      • 金剛の最期を榛名が見たと言う乗員の証言があるが、記録には榛名はこの時点では内地帰還組には加わっておらず、金剛と共に帰還したのは戦艦では大和と長門のみ。これに軽巡矢矧、駆逐艦浦風、磯風、浜風、雪風らが護衛についている。金剛が台湾沖で撃沈された11月21日には榛名は第二遊撃部隊の指揮下でブルネイからリンガ泊地に移動中(翌22日着)であり台湾近辺にすら居ない。
        榛名が内地に帰還するため出港したのは12月5日であり、隼鷹や、秋月型の涼月、冬月、松型の槇(冬月及び槇の2隻が未実装)と共にである(この道中、槇は敵潜水艦の攻撃から『庇う』を発動して隼鷹を救うことになるのだが、詳細は隼鷹の項で)
        この乗員の証言は、恐らく何かの勘違い、記憶違いだろう。
  • レイテ沖海戦から帰還後に呉鎮守府に移されるが、榛名には最早出撃機会はないと判断され、1945年2月に特殊警備艦となる。
    これによって、副砲・高角砲・機銃などの大半が陸揚げされてしまった。
    • 他には長門も同様の処置を受けており、長門は煙突やマストと言った航海艤装等までも取り払われた無残な姿であった。
      この時期全力出撃が可能であった戦艦は、北号作戦から奇跡的に無傷で生還した伊勢日向(第1予備艦、多少の整備で直ちに出撃が可能な状態を維持するもの)と大和のみであった。
    • 停泊している間も幾度か空襲を受けており、6月22日を以て呉対岸の江田島に曳航される。結果としてそこが彼女の終焉の地となった。
  • 7月24日から28日にかけて、呉軍港の壊滅を狙った米機動部隊、及び陸上航空隊による大規模空襲が発生(呉軍港空襲)。
    • 24日の空襲は、榛名と同じく特殊警備艦となっていたものの機銃や高角砲が多数残されていて一番激しい抵抗を見せた日向に攻撃が集中し、榛名・伊勢を守る形で大破し、日向は26日についに力尽き着底した。
    • そして28日、榛名は午前8時より艦載機の猛攻にさらされる。残された対空火器や主砲の三式弾も用いて抵抗するが、爆風で高角砲と機銃の多くが潰され、測距儀が折られ、と蹂躙される。
    • 午後からは陸上基地より発進したB-24の襲撃も受けた。その際2番砲塔の砲側照準のみで編隊長機をふっ飛ばした逸話もある。
    • 結局B-24の2機を含む8機撃墜確実を報じたが、代償として500キロ爆弾のみで直撃弾13発を浴び*15煙突や艦橋上部は大きく歪み、艦尾に命中弾が集中して後方にバランスが崩され、
      さらに至近弾により両舷に開いた多数の破孔から浸水、16時15分に艦尾から着底した。
    • 後方に倒れ左舷側に12度傾斜、満潮時に第四砲塔を含む後部甲板ほぼ水没、艦首も半分あまりが海中に隠れ、前部最上甲板のみが水上…という状態であった。
      この有様でなお弾薬庫は浸水もなく、前部砲塔は無事であったため戦闘は可能で、「着底したんだからもう沈まない」と士気は依然として高かったという。
      だがもはや軍港ではなくなった呉は大規模な空襲を受けることはなく、榛名もこれ以上戦うことなく終戦を迎えた。
      • なお、榛名が撃墜を報じたB-24の生存者は機長のみが東京に送られ、残りは広島に収容されていたが、彼らの身に何が起こったかは皆様も承知の通りであろう。
    • 戦後に米軍が撮影したカラー映像が残されている(冒頭約2分)。
  • 日本海軍の主要な作戦のほぼ全てに参戦し、幾度も損傷を受けながらも四姉妹の中で唯一終戦を迎えた。
    • そのため運が若干高く、他の金剛型の上位互換。幾度となく傷つきながらも帝国海軍を支え続けたことから、連合艦隊屈指の殊勲艦であるという見方もある(要出典)。
  • 金剛型4姉妹のうち最後まで戦い抜き戦後は江田島小用沖から引き上げられ復興の資材となったといわれる。
    昭和21年7月4日に解体完了とされるも、この時点で撤去されていたのは主砲塔など艦上構造物のみで船体が残っており、榛名が完全に姿を消したのは早くとも昭和25年以降であった。
    • 日本船舶海洋工学会・西部支部が発行したメールマガジンには、クレーン船による榛名の上構撤去作業の様子がセピア写真で載せられている。
      また国土地理院の運営する「国土変遷アーカイブ」には、昭和22年7月付で上構をほぼ取り去られた姿で佇む榛名の空撮写真が残されており、呉市の大和ミュージアムには昭和25年3月9日付の解体撤去作業見積書が展示されている。
    • この時榛名の解体を手がけたのは、旧呉海軍工廠の設備を引き継いだ播磨造船所呉船渠であった。
  • 実は彼女に装備されていた物のうち、2つが現存している。
    • ひとつは昭和8年8月から翌年9月まで呉工廠で行われた第2次改装の際に撤去されたと思われるマスト(後檣トップ)が、兵庫県尼崎市の難波八幡神社(なにわはちまんじんじゃ)に保存されている。現在県立塚口病院のあるあたりには戦前大日本国光宣揚会があり昭和11年にその敷地内に建てられ国旗掲揚柱として使用されていたが、長年放置されていたのと病院が建設されるため現在の場所に移された(画像は「榛名のマスト」でググってみてください)。
    • もうひとつは榛名の大砲から作られた灰皿が、名前の由来となった群馬県高崎市の榛名山中腹にある榛名神社に保存されている(戦後引揚げ解体された企業から奉納された物だが、現在非公開となっている)。もともと榛名に設けられた艦内神社の御神体は榛名神社から分祀されたものだったが、7月28日に着底大破する直前になぜか御神体は撤去されたという逸話が残っている。
      • その御神体は、終戦直後の昭和20年8月23日に、榛名最後の艦長・吉村真武大佐が江田島八幡宮に奉納しており(その縁で着底した榛名を横から撮った望遠写真あり)、当地で約10年間奉られた後、昭和30年(1955年)7月30日を以て、初代艦長・舟越楫四郎らの手により元の榛名神社へと奉還された。
        祭神の還御は「凱旋」とみなされ、舟越が奉告文を納め、往年のクルーやかつて祭神の分霊に携わった神職らの立会いのもと、厳粛に奉還の儀式が執り行われたという。
  • 長崎県佐世保市と広島県江田島市に慰霊碑がある。江田島市小用の碑では毎年7月28日、江田島近海で大破着底した練習艦兼警備艦「出雲」との合同による慰霊祭が執り行われており、近年は多くの一般参列者がいる。また彼女が所属していた佐世保鎮守府に程近い佐世保東山海軍墓地には、金剛型のうち金剛、霧島、そして榛名の慰霊碑が建立されている。
    • 135名の英霊を祀った慰霊碑には「来るべき日を既に直感しながら 後に続くを渇望し 雄雄しくも海に散華せし榛名桜」と記されているそうな。
  • 余談だが、あの撃墜王と称される坂井三郎も榛名の二番砲塔砲手として配属された事もある。その二年前には、姉妹艦である霧島の副砲手として配属された経歴も持つ。
  • プロレスラー、ザ・グレート・カブキの父親も配属されており、最後の戦いの際に機銃弾を浴びたが、奇跡的に生還したという。その前には大和にも配属していたということである。

この艦娘についてのコメント

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  • E-4甲第2ゲージラストで随伴のネ改に連撃を2回叩き込んでほぼ単独で沈めてくれた。装備は☆ダズル×2・紫雲・☆一式徹甲弾。おかげでラスダン勝てたよ。 -- 2019-12-27 (金) 15:57:45
  • そういや榛名の三越モードってまだ続いてるのな。コラボ中は変わらないだろうから3月くらいまで続くってこと? -- 2020-02-03 (月) 23:36:53
  • E1-3で妙にドロップするな。任務的にはありがたいけど、ドロップ的にはウンザリする。つーか、ドロップが偏りすぎにもほどがある。同じメンツが何回も何回も出てくる。 -- 2020-03-16 (月) 23:20:44
    • まーた今日も榛名・・・どんだけドロップが被るねん、ええ加減にせいや・・・ -- 2020-03-18 (水) 21:49:31
      • はい、今日も三越mode榛名w 三越からいくらもらってんだい?運営ちゃん? ん? (ゲス顔 -- 2020-03-19 (木) 21:21:15
  • カレー洋で12勝の内7勝が榛名ってどうなってんだ今週。なお残りは金剛型か軽空母…浦風に一回も会わない週はめんずらしい。 -- 2020-03-19 (木) 00:37:12
  • 流石にそろそろ通常グラが恋しい -- 2020-03-20 (金) 07:03:47
  • このコメントは管理板により削除されました
    • 俺にとっては幸運の女神さ、差し引きゼロだな -- 2020-03-29 (日) 21:54:02
  • 三越コラボ後段の延期が正式発表されたから三越榛名はまだまだ続くな。この分だと限定グラ最長記録作りそう -- 2020-04-01 (水) 17:01:06
  • 2隻目の榛名を略して「偽春菜」と呼んでいる。 -- 2020-04-11 (土) 21:10:22
  • 今回のメンテで久しぶりに通常絵の榛名を見た気がする。なんか逆に新鮮に感じた -- 2020-04-24 (金) 15:54:58
  • おうち遊園地ってサイトで例のバンジーや大淀のジェットコースターの体感動画見られんだよなそういや。まぁ動画は通常時のものだけど。 -- 2020-05-12 (火) 17:43:45
    • 失礼、大淀さんのは違った、明石のは最近追加されたけど。 -- 2020-05-15 (金) 17:08:18
  • 着任2ヶ月たったたけど榛名が出ません·······祈れば出ますかねぇ······ -- 2020-07-24 (金) 23:21:16
    • 祈らなくてもその内ボコボコ出てくるようになるゾ -- 2020-07-26 (日) 14:43:58
    • そういうもんよ。自分は榛名が最初に出てくれた代わりに、金剛姉様の着任まで3カ月かかったから。もう少しの辛抱。 -- 2020-07-26 (日) 17:12:40
    • 提督Lv66だけど金剛姉妹の中で榛名だけお迎えできません。ほんとでないすね。 -- 2020-07-27 (月) 00:16:33
    • うちは比叡だけ3ヶ月以上遅れたな。 -- 2020-08-19 (水) 00:32:13
    • 私も榛名でないっす -- 2020-10-20 (火) 22:59:52
  • 雑コラクリアファイルを販売され榛名への深刻な風評被害 -- 2020-08-18 (火) 17:21:52
    • 何も風評被害被ってなくね -- 2020-08-18 (火) 20:27:32
      • 榛名本人よりも榛名推しの提督に被害が… -- 2020-08-19 (水) 00:33:08
    • 公式コラボグッズが出にくくなったというのが最悪のポイント -- 2020-08-19 (水) 22:00:21
  • 改二に慣れてしまったが、未改造だと装甲max69しかないから軽巡並みにやわらかいのね -- 2020-09-22 (火) 14:42:24
  • C2機関のTOP画像が榛名っぽくて、「すわ  金剛型の大丈夫担当にまさかのさらなる改修か!?」と思って来てみたら思いのほか静かだった  色めき立ったの俺だけ? -- 2020-09-23 (水) 21:02:18
    • よく読んだら「ボーカルCDのジャケ」ではないかと自己解決  俺もうちょっとよく読もう -- 木主? 2020-09-24 (木) 06:06:36
  • 榛名のジャケットのCDについて面白いことがあったので、CDについて追加しました -- 2020-10-16 (金) 13:36:58
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

*1 2015/04/23~2015/04/28。
*2 香取の先代である香取型戦艦1番艦
*3 鹿島の先代である香取型戦艦2番艦
*4 この当時、最上さながらに、ソ連のモスクワ級、イタリアのヴィットリオ・ヴェネトなど、後部をヘリ甲板にした5千~1万2千トン級のヘリ巡洋艦が流行していた。
*5 しかし、2007年に「しらね」(DDH-143)が火災事故を起こしたため、「はるな」からCICの機器が移され、「はるな」の電子機器は「しらね」が退役した2015年3月まで稼働していた。
*6 その後の報道で更に「B-17爆撃機が榛名の煙突部分に体当りし、撃沈した」という美談が捏造された。詳しくは名取の項目参照。
*7 煙幕を展張し、回避運動を取りながらも隙をついて魚雷を発射し、主砲で盛んに反撃を繰り返してくるエドソールを1,300発以上の砲弾を費やしても撃沈できず、蒼龍より爆撃機(99艦爆)17機を発進させ、爆撃によって航行不能となった所に各艦が砲撃を加えてようやく撃沈した。17:22にエドソールを発見し砲撃を行っていたにも関わらずエドソールが沈んだのは19:01。エドソールや野分、初月のように回避行動に専念する小型艦を砲撃で沈めるのは容易ではないのである。
*8 米軍側は、艦砲よりもこの爆撃の被害が甚大であったと評している。
*9 オアフ島の要塞砲は16インチ砲をはじめとした戦艦砲クラスの大口径砲がいくつも存在し、なおかつ実弾試験において、最大射程付近で30%超の命中率を出したこともあるから当然の懸念である。艦砲に対して要塞砲の命中率は、文字通り桁が違うのだ。
*10 戦闘詳報にも「戦艦主砲を以てしても所在飛行機を一機も残さず撃破することは困難なり」と報告されている。
*11 連合軍がカレーではなくノルマンディーを上陸地点に選んだ理由のひとつがこれ。カレーには強力な要塞があると信じられていた。そして、終戦まで連合軍はカレー地区を攻撃しなかった。
*12 硫黄島やサイパン程度の陣地でさえ、戦艦相手に一ヶ月程度の傷を負わせることはできた。まともな大口径砲を持っている陣地が相手であれば極めて危険なのはやはり変わらなかったのだ。
*13 バンカーバスターの登場で、ようやくお役御免になったともいえる、って、あれは一種の巨大な徹甲弾なんじゃ。
*14 敵機撃墜:確実13不確実1 空母撃沈1と報告している。
*15 日本側の記録では合計で20発あまり、基準の違うアメリカ側では28日で直撃弾7発とされた。