|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.070|
|&attachref(./070_2nd.jpg,nolink,特型駆逐艦…綾波型の「潮」です。もう下がってよろしいでしょうか…。);|>|潮(うしお)|>|綾波型 10番艦 駆逐艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
|~|~耐久|15|~火力|10 / 29|
|~|~装甲|5 / 19|~雷装|27 / 69|
|~|~回避|41 / 79|~対空|12 / 39|
|~|~搭載|0|~対潜|20 / 49|
|~|~速力|高速|~索敵|5 / 19|
|~|~射程|短|~運|20 / 79|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|15|~弾薬|20|
|~|>|>|>|~装備|
|~|>|>|>|[[12.7cm連装砲]]|
|~|>|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(GRAY):装備不可|
|~|>|>|>|COLOR(GRAY):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''潮'' → [[潮改]](Lv20) → [[潮改二]](Lv60)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:綾波型10番艦の潮です。&br;レイテ沖海戦などの激戦を潜り抜け、運命のあの日、横須賀で御役目を終えるまで戦い抜きました。&br;あ、あの…沈めた敵艦の皆さんも…ホントはお助けしたいのです。ホントです!|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。
#fold(CV:早坂梢、イラストレーター:drew (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:早坂梢、イラストレーター:drew
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>潮/定型ボイス]])
#table_edit(潮/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>潮/時報ボイス]])
#table_edit(潮/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>潮/季節ボイス]])
#table_edit(潮/季節ボイス)
~
}}
* ゲームにおいて [#about]
-1-1でも簡単に取得できるコモンの駆逐艦。
-小ネタ参照だが、史実では歴戦の艦でありそのためか運の数値が20と高めに設定されている。
--改造''前''から20ある点で[[長月]]や[[霞]]と異なる。とはいえ運は夜戦カットインの発動率に関わるくらいなので
そこまで気にしなくてよいだろう。残念ながら運20でのカットイン発動率はあまり高くないので、夜戦で活躍させたいなら連撃装備にした方が安定する。
-1つの編成任務と2つの出撃任務で必要となる。
--2013/12/11のアップデートで追加された編成任務『[[「第1水雷戦隊」を編成せよ!>任務#id-A30]]』
--2015/01/23のアップデートで追加された出撃任務『[[「那智戦隊」抜錨せよ!>任務#id-B38]]』
---実装当初は[[潮改]]だと任務達成にならないバグがあった(未改造・改二はOK)が、現在は修正済。
---これら2つの任務には[[曙]]・[[霞]]も必要になるので一緒に確保しておこう。
--2018/10/26のアップデートで追加された第七駆逐隊の出撃任務『[[「第七駆逐隊」、南西諸島を駆ける!>任務#id-B124]]』
-2014/11/14のアップデートにおいて[[改二>潮改二]]、及び追加ボイスが実装された。&color(Gray){%%近代化改装卒業。%%};
**キャラクター設定について [#character]
-母港でつんつんしてるといきなり悲鳴をあげてきて結構危険。音量注意。
-元祖・隠れ巨乳駆逐艦。最初から[[そうと>浜風]][[わかる>浦風]]、あるいは[[のちにほんとは巨乳だったと判明した>村雨]]駆逐艦も居るが、彼女らと異なり潮は前かがみで胸を隠しているので、中破イラストのインパクトは大きい。&color(Silver){陽炎抜錨ではその巨乳を各巻でネタにされていたり……。};
--公式四コマ第50話で、まさかの提督指定水着姿を披露。駆逐艦屈指のサイズの為か、''2コマぶち抜き''という駆逐艦とはいろんな意味で思えない特別な扱いとなった。
他に2コマぶち抜きの扱いを受けている駆逐艦は、綾波(改二、なお想像図)・磯風など。
**[[期間限定グラフィック>艦娘カード一覧(期間限定グラフィック)]] [#graphic]
-2015/06/26のアップデートにおいて【初夏の季節】限定グラフィック、及び限定母港ボイスが[[姉>朧]][[妹>曙]][[艦>漣]]と共に実装された。
--07/17のアップデートでも限定グラフィックは続投、初夏ボイスの一部が盛夏ボイスに置き換えられた。七駆としては[[同型艦>曙]]への言及がなされたのは初。
--[[改二>潮改二]]の実装されている潮のみ、改二では異なるグラフィックが用意されている。
--2016/07/15のアップデートで水着modeとして再実装。残念ながら改二共に差分は無し。
-
#fold(限定グラフィック:夏季限定mode){{
限定グラフィック:夏季限定mode
&attachref(./070_Summer_2nd.jpg,nolink,水着は…少し、恥ずかしいです。あの、提督…もしダメだったら、言ってくださいね?);
//中破絵は無しで
}}
-2015/10/09のアップデートにおいて秋の限定グラ【旬の味覚&F作業】mode、及び限定母港ボイスが実装された。
-
#fold(限定グラフィック:秋季限定mode){{
限定グラフィック:秋季限定mode
&attachref(./070_Autumn.jpg,nolink,秋は焼き芋が美味しいですよね。提督、後でお庭で枯葉を集めてお芋焼きませんか?);
//中破絵は無しで
}}
-2016/01/01のオンメンテにおいて新春の限定グラ【晴れ着】modeが実装された。
--[[改二ver>潮改二]]とは差分とは思えないほど印象が異なっている。
-
#fold(限定グラフィック:新春の晴れ着mode){{
限定グラフィック:新春の晴れ着mode
&attachref(./070_Nensi_2016.jpg,nolink,提督、新年明けまして、おめでとう…ございます!あ、あの…ごめんなさいっ!);
}}
-2017/02/28のアップデートにおいて春の限定グラ【桃の節句】modeが実装された。
--潮らしい露出の少ない私服姿となっている。手には曙と朧の姿をした雛人形が…&color(Silver){あれ、漣は[[?>潮改二]]};
-
#fold(限定グラフィック:桃の節句mode){{
限定グラフィック:桃の節句mode
&attachref(./070_Hinamatsuri.jpg,nolink,);
}}
-2018/02/05のアップデートにおいて春の限定グラ【バレンタイン】modeが実装された。
--エプロン姿の若奥様風。なお製作時(通常時)に比べ完成時(中破時)の箱は妙に小さい…
-
#fold(限定グラフィック:バレンタインmode){{
限定グラフィック:バレンタインmode
&attachref(./070_Valentine.jpg,nolink,提督、一生懸命作りました。潮のチョコレート、受け取っていただけませんか?);
}}
-2018/10/26のアップデートにおいて新たな秋の限定グラ【秋刀魚mode】が実装された。
--リアルイベント「リアル鎮守府第二次【秋刀魚】祭り」にも登場していたグラフィック。慣れない接客にも笑顔で一生懸命取り組んでいる。
-
#fold(限定グラフィック:秋刀魚mode){{
限定グラフィック:秋刀魚mode
&attachref(./070_Autumn_2nd.jpg,nolink,あっ、はいリーダー! 大丈夫です。は、ああああっ!? ……せ、セーフみたい。);
//中破絵は無しで
}}
-2020/05/20アップデートにおいて七駆による七周年を祝う【お祝いmode】が実装された。
--寒色系の服の印象が強い彼女には珍しい、黄色一色でアイドルのような姿がカワイイ。
-
#fold(限定グラフィック:お祝いmode){{
限定グラフィック:お祝いmode
&attachref(./070_Anniversary.jpg,nolink,潮を、お呼びでしょうか?);
//中破絵は無しで
}}
-2020/12/18オンメンテナンスにおいて【Xmasmode】が実装された。
--来年は丑年だけについに実装。ついにほぼ1年中限定グラフィックがあることとなった。
-
#fold(限定グラフィック:Xmasmode){{
限定グラフィック:Xmasmode
&attachref(./070_Xmas.jpg,nolink,クリスマス、素敵ですね。提督、ありがとうございます。素敵です♪);
//中破絵は無しで
}}
-2021/04/23アップデートにおいて七駆による八周年を祝う【八周年mode】が実装された。
--お祝いmodeをベースに服の色が変わり、左手からは8の字が書かれた花包みを下げている。頭に乗っていた漣のうさぎは、朧の方に行った模様。
中破したときの服の破れっぷりがお出かけmodeより増しており、腰のあたりに青いものが見える。
-
#fold(限定グラフィック:八周年mode){{
限定グラフィック:八周年mode
&attachref(./070_Hanataba_2021.jpg,nolink,提督。あの、提督と潮たち、八周年なん、です);
//中破絵は無しで
}}
-2022/04/23アップデートにおいて七駆による九周年を祝う【九周年mode】が実装された。
--改二のみ髪にピン留めがあって口を開けている。
-
#fold(限定グラフィック:九周年mode){{
限定グラフィック:九周年mode
&attachref(./5445_1960_v63.png,nolink,提督。あの、提督と潮たち、九周年なん、です);
//中破絵は無しで
}}
-2022/06/08アップデートにおいて[[艦娘【梅雨】mode>https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/1534446597438078976]]が実装された。
--水色のワンピースで傘を届けに行く途中の模様。
傘の持ち主は左から曙、朧、漣で、黒の折りたたみ傘は提督だろうか。
--全体的に大人びているが、襟にうさぎのワンポイントが入っていたりと潮らしさは健在。バッグにはてるてる坊主もついている。
そして後ろからのアングルでも主張の激しい胸部……。
--中破すると、お尻の白が丸見えになってしまう。
-
#fold(限定グラフィック:梅雨mode){{
限定グラフィック:梅雨mode
&attachref(./070_Tsuyu.png,nolink,梅雨の雨って、なんだか落ち着いた気持ちになりますね。不思議ですっ。);
//中破絵は無しで
}}
-2023年4月23日のアップデートで、ついに【十周年mode】も実装された。
--8本の白薔薇が示す意味は、いかにも彼女らしい「貴方を支えます」。
-
#fold(限定グラフィック:十周年mode){{
限定グラフィック:十周年mode
&attachref(./070_Hanataba_2023.png,nolink,提督。あの、提督と潮たち、十周年なん、です);
}}
-2024年1月25日のアップデートで、【節分mode】が実装された。
--厚手の上着にマフラーと、防寒対策ばっちりな服装。前髪には柊をかたどった髪留めを付けている。
--鬼役ということで、頭に角付のカチューシャを装備。豆を投げられている最中なのか、頭に当たって跳ねてる豆が確認できる。
--左手に下げたうさぎが描かれた袋からは、豆と爆雷が飛び出している。
-
#fold(限定グラフィック:節分mode){{
限定グラフィック:節分mode
&attachref(./070_Setsubun.png,nolink,あ、あの、あ、曙ちゃん!本気の豆は、い痛いから!!あっ……や、やめっ……。);
//中破絵は無しで
}}
-2024年4月23日のアップデートで、【11周年お祝いmode】が実装された。
-
#fold(限定グラフィック:十一周年mode){{
限定グラフィック:十一周年mode
&attachref(./070_Hanataba_2024.png,nolink,);
}}
-2025年4月23日のアップデートで、【パーティmode】が実装された。
-
#fold(限定イラスト:パーティmode){{
限定イラスト:パーティmode
&attachref(./070_Hanataba_2025.png,nolink,え、曙ちゃん、なあに?…ぁ、本当に!?);
}}
----
//※''新規''期間限定グラフィック実装期間終了後は潮を入手時・中破時に一緒に図鑑に登録される。
//-新規グラが図鑑で確認できるようになるタイミングは''新規''実装期間終了メンテ後。
*小ネタ [#trivia]
#fold(艤装員長・駆逐艦長){{
艤装員長・駆逐艦長
|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):55|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):210|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):570|c
||艦長氏名(期・本籍)&br;配属期間|他の経歴・小ネタ|
|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):55|CENTER:210|570|c
|艤装員長|武田喜代吾中佐(兵38、福島)&br;1931.4.1~10.31|[[旗風]]艦長([[春風]]艦長兼務)、艦これ実装艦の先代になる第六駆逐隊司令を経て初代艤装員長。小ネタにもある通り[[叢雲]]艦長となる。東雲艦長を経て予備役。大戦中は充員召集により第32掃海隊司令、淀川丸監督官、山東丸艦長など。|
|~|田中頼三中佐(兵41、山口))&br;1931.10.31~11.14(艤装員長)&br;&nobr{1931.11.14~1932.12.1(艦長)};|[[由良]]水雷長、太刀風艦長を経て潮艤装員長を引き継ぎ、引き継ぎ初代艦長となる。[[第>村雨]][[二駆>夕立]][[逐>春雨]][[隊>五月雨]]司令、[[神通]]艦長、[[金剛]]艦長([[千歳]]艦長兼務)、第六潜水戦隊司令官を経て開戦時の[[第二水雷戦隊>神通]]司令官。その後の陸上勤務・戦後に関しては[[長波]]記事参照。なお、当時の水雷長(青木久治大尉)は[[玉波]]艦長、[[第三>藤波]][[二駆>早波]][[逐隊>浜波]]司令として戦死。|
|初代|~|~|
|第2代|稲垣義龝中佐(兵40、広島)&br; 1932.12.1~33.11.15|前任は[[漣]]の艤装員長・初代艦長。その後、[[第一駆逐隊>神風]]司令、敷設艦初鷹艦長、装甲巡洋艦常磐艦長など。|
|第3代|木村進中佐(兵40、愛知)&br;1933.11.15~34.11.15|前任は[[浦波]]艦長。[[赤城]]二航戦直掩の旧2駆司令や第三十駆逐隊司令、第十一駆逐隊司令、[[川内]]艦長、[[三隈]]艦長、[[榛名]]艦長を歴任。戦時中は[[第十>長良]][[戦隊>阿賀野]][[司令官>矢矧]]([[秋月]]で負傷し[[第十一水雷戦隊司令官>龍田]]となるが)として空母機動部隊直掩部隊の指揮を執り続けた。10戦隊解散後は陸上勤務。|
|第4代|成田茂一少佐(兵43、青森)&br;1934.11.15~35.3.15|峯風型駆逐艦数隻の艦長を経て潮艦長。[[朝潮]]の艤装員長・初代艦長、[[神通]]副長、第1掃海隊、[[第六>響]][[駆逐>雷]][[隊>電]]司令、[[大井]]艦長。42年11月死去。|
|第5代|森可久少佐(兵44、鹿児島)&br;1935.3.15~37.12.1|一時[[朧]]艦長を兼務。[[朝雲]]の艤装員長・初代艦長。彼については朝雲の記事参照。|
|第6代|大江覧治中佐(兵47、岡山)&br;1937.12.1~38.12.15|[[由良]]水雷長、[[白雪]]艤装員水雷長、[[妙高]]水雷長、秋風艦長、野風艦長を経て潮艦長。第三駆逐隊司令、[[第>磯波]][[十九>浦波]][[駆逐>綾波]][[隊>敷波]]司令。戦時中は[[第六>秋月]][[一駆>涼月]][[逐隊>初月]]司令、[[摩耶]]艦長。レイテ沖海戦にて同艦長として戦死。少将特進。|
|第7代|柳川正男中佐(兵48、兵庫)&br;1938.12.15~40.10.15|[[夕暮]]艤装員長・初代艦長、朝凪艦長、夕霧艦長、[[雷]]艦長、[[朝雲]]を経て潮艦長。こちらも一時[[朧]]艦長を兼務。|
|第8代|矢野寛二少佐(兵50、山口)&br;1940.10.15~41.10.1|波風艦長([[神風]]艦長兼務)を経て潮艦長。戦中は浮島丸艦長、[[千歳]]副長。エンガノ岬沖海戦にて同職として戦死。少将特進。|
|第9代|上杉義男(兵50、広島)&br;1941.10.1~43.1.20|[[弥生]]艦長、沖風艦長、[[松風]]艦長を経て開戦時の潮艦長。[[峯雲]]艦長に転任2ヶ月後のビラ・スタンモーア海戦時に戦死。大佐特進。|
|第10代|神田武夫中佐(兵52、東京)&br;1943.1.20~7.3|皇族付武官として[[比叡]]乗員等を経て潮艦長。修理中の[[野分]]艦長と交代する形で転任。|
|第11代|荒木正臣少佐(兵56、山口)&br;1943.7.3~(45.2.10)|開戦時は砲艦熱海艦長。[[磯波]]戦没時の艦長。[[旗風]]・[[野分]]艦長をそれぞれわずか1月弱担当し、前任野分艦長と入れ替わりで潮艦長となる。レイテ・多号作戦、そして片肺航行による本土回向など末期の活躍は彼の指揮下。宵月艦長となるが、後任艦長着任までの間艦長不在。|
|第12代|佐藤文雄少佐(兵59、大分)&br;1945.3.30~(6.20)|[[萩風]]艤装員、[[谷風]]艤装員航海長、開戦時は[[鳳翔]]航海長。[[北上]]航海長、[[妙高]]水雷長を経て潮艦長。第三特攻戦隊参謀。&br;戦後自衛隊にて幹部学校副校長・校長。第2護衛隊群司令、幹部学校長、大湊地方総監、横須賀地方総監(海将)で退官。|
|&nobr{(第13代)};|酒匂雅三少佐(兵62、鹿児島)&br;(1945.10.?~?.?)|最後の[[初霜]]艦長。((一部資料には初霜戦没後潮艦長となったと記載されているがwikipedia等には掲載されていない。))|
}}
-潮とは、潮の満ち引き。特に「朝」という文字が入る通り朝方のものを言う。夕方の場合は「汐(読みも「うしお」)」が使われる場合もある。
--彼女の靴下の絵柄は朧や漣のような錨ではなく、三日月のような模様が一部に使われている。
これは潮の満ち引きが主に月の引力によって引き起こされる事に由来していると考えられる。
またその月は左に弧を描いており、これは明け方の月を指している(夕方に見える三日月は右に弧を描く)。
その姿は終戦という夜明けと共にひっそりと消えていった彼女の艦生に通じるものがあるだろう。
-臆病なおのぼりさん系だが、第一印象に騙されてはいけない。
実は精鋭にして日本海軍を代表する武勲艦。同じく弱気設定ながら武勲を上げている艦に[[羽黒]]や[[神通]]がいる。%%これはきっと敵を油断させる孔明の罠に違いない。%%
-[[綾波]]型の後期型の「特ⅡA型」と呼ばれるグループの1隻。
浦賀船渠((彼女の他同地で建造された特型駆逐艦は就役順に[[磯波]]、[[深雪]]、[[狭霧]]、[[雷]]の計5隻。))で1930年11月17日進水、1931年11月14日就役。初代艦長はルンガ沖夜戦などで知られる田中頼三中佐。
--途中で艤装員長が交代した珍しいパターンで、田中中佐(当時)が竣工直前に前任の武田喜代吾中佐から引き継いでいる。
武田中佐の更迭理由は[[叢雲]]駆逐艦長の拝命と言うことになっている。
--ちなみに加賀の進水日は1921年11月17日(ただし戦艦時代)。誕生日を一緒に祝えるよ!やったね!
-就役当初はロンドン軍縮条約の影響で特型駆逐艦は三隻で駆逐隊を編成していたため、「[[朧]]」「[[曙]]」「潮」で第七駆逐隊を編成した。
条約失効後の1939年11月に「[[漣]]」が解隊された第十駆逐隊から編入され、特ⅡA型四隻体制となった。
-初陣は第一次上海事変で、日華事変を通じて奮戦、仏印進駐作戦にも参加。
太平洋戦争が始まったとき第七駆逐隊は第一航空戦隊(一航戦)付きだったため、緒戦から南雲機動部隊を支援。
漣が告白しているが、彼女もミッドウェー島への砲撃を行っている…というか、このときの旗艦は潮。
翌年には日本海海戦以来の艦隊決戦であった[[スラバヤ沖海戦>雑学#H]]の先陣を切り、[[珊瑚海海戦>雑学#Coralsea]]では中破して離脱する[[翔鶴]]を護衛するため[[夕暮]]と共に翔鶴を追いかけた。
この際に潮は綾波型の性能諸元を超える40ノットを発揮したともいわれている。%%それでも翔鶴には追いつけなかったという。可愛い顔してなんてバカ力だ!!%%((緊急時なので機関を限界まで酷使した結果であり、こういった運用は艦の寿命を縮めることとなる、また速度についても諸説ある。))
#fold((この公海最速伝説について)){{
(この公海最速伝説について)
-潮&翔鶴が珊瑚海海戦時に40ノット出ていたというのは翔鶴に追い抜かれた時に『機関長が「(潮が)40ノット出ているんですぞ」と言った』と潮に乗っていた士官(第七駆逐隊司令部付通信士)の証言ぐらい((出典元 光人社NF文庫 第七駆逐隊海戦記 P248-249))であり、以下の証言、記録、状況などから考えても信憑性は薄い。
--珊瑚海海戦時、翔鶴に乗組んでいた方々の証言では福地少佐は30ノット、渡辺中尉は34.5ノット、西村一等兵曹は30ノット以上(証言の詳細については[[翔鶴]]のページを参照)。などで40ノット云々という話はない。
--戦史叢書や戦闘詳報にも載っている公式の記録は「30ノットで退避」となっている。((出典元 戦史叢書49 南東方面海軍作戦<1> ガ島奪還作戦開始まで P317-318。))((出典元 アジア歴史資料センター 昭和17年5月8日 第7駆逐隊戦闘詳報 珊瑚海海戦 レファレンスコードC08030727700。))
--当時の特型駆逐艦(吹雪型・綾波型・暁型全て)は戦前の改装(船体強度の強化に伴い重量増加)により最大速力は34ノットまで低下しており、竣工時の最大速力38ノットすら出すことは出来なくなっている。((出典元 海人社 世界の艦船 2013年1月増刊 日本駆逐艦史 P96 P100 P165。))((出典元 潮書房光人社 丸 平成26年8月別冊 日本の駆逐艦オール大百科 P85。))
---なお特型駆逐艦は竣工時の38ノット時代でも40ノット出すのは技術的にも不可能で「38ノットに達したが、予想以上には出なかった」と言われている。((出典元 光人社 日本海軍艦艇写真集16 駆逐艦吹雪型[特型]。))
---この速力(34ノット)から40ノット出すための必要機関出力は「速力は馬力の3乗に比例する」の法則により、1.62倍となり81,416馬力が必要で40.9ノットを叩き出した島風の機関出力79,240馬力より上となる。
公試運転などでの過負荷運転は定格最大機関出力の1.05倍程度で、この数値では計算上1ノット程度の増加が限界。これの3倍の過負荷(1.15倍)を出したとしても+2~3ノットが限界。
実際のデータとしては吹雪が公試運転中で通常(50,000馬力で38ノット)の1.05倍の52,890馬力で出した速力は38.29ノットで0.29ノットしか増えてなく前述の40ノットは不可能であることを裏付けている。((出典元 海人社 世界の艦船 2013年1月増刊 日本駆逐艦史 P92。))
島風は75,000馬力39.9ノットに対して、1.05倍の79,240馬力で40.9ノットで+1ノット。
--珊瑚海海戦当時の海は荒れており、駆逐艦のような小型艦は波の影響を強く受け速力も低下する。波がかなりきつい場合は鈍足の戦艦にすら追い抜かれるほど速力は低下し、一方で戦艦や空母などの大型艦は波の影響を受けにくい。
戦艦武蔵と駆逐艦の話として昭和19年2月25日に暴風雨の荒波に遭遇した時、武蔵には影響なかったが4ノットまで速力を落として駆逐艦に合わせたという、武蔵第三代目艦長朝倉豊次少将の証言がある。((出典元 光人社 戦艦武蔵 P14。))
---船というのは地上を走る車と違い揺れる波に浮かんで進むので、小型なほど波の影響で船体が上下左右に揺れる分前進する力にロスがでるが、大型船だと波の影響を受けにくいので前進する力のロスも少ない。
造船官である堀元美海軍技術中佐も戦後の著書で『海上に風波があるときには、夕雲でさえ30ノット以上を出すことの不可能なことが少なくなかったのである』と述べていて、((出典元『原書房 駆逐艦 その技術的回顧 堀元美著』P273))海上が荒れている時には駆逐艦が速度を出せないということを解説している((この場合は夕雲の最大速力35ノットが30ノット以下になるということである))。
--各種造船官の本で、島風の40ノットを語る時には潮や翔鶴などが40ノット出たという話は出てこない。
--また別の駆逐艦の話としてはトラック島空襲時の[[野分]](最大速力35ノット)があり、トラック島から脱出時、米戦艦に捕捉、砲撃され、絶体絶命のピンチとなり、『限界一杯まで回して36ノット超の速力であった~』との野分航海長の佐藤清夫海軍大尉の証言があり、((出典元『光人社NF文庫 駆逐艦「野分」物語』P163 P166。))潮より新型で性能も上である陽炎型の野分ですら、限界一杯まで回しても+1~2ノットしか増えていないのである。
『特型は艦底が少し汚れるとたちまち32ノットそこそこに低下する』という話もあり、40ノットどころか、34ノットすら出せない理由がこのように複数存在する。((出典元『光人社 日本海軍艦艇写真集17 駆逐艦 初春型・白露型・朝潮型・夕雲型・島風』P122。))
--そもそも原子力機関が開発された現代においても、翔鶴型のような大型艦艇で速力40ノットも出せれるような水上艦は存在していない((原子力空母エンタープライズで最終状態で36ノット、ニミッツ級やジェラルド・R・フォード級で30ノット以上、フランスのシャルル・ドゴール級で27ノット、通常動力だがロシアのアドミラル・クズネツォフ級で29ノット、イギリスのクイーン・エリザベス級で26ノット))。それを考えると翔鶴や潮が40ノットも出たというのはあまりにも荒唐無稽な話である。
-以上が理由があるが、では機関長はまるっきりのホラ吹きかというとそれもまた違う。それというのも、艦艇というものはエンジン出力と速度が完全に比例するものではないからである。例え波の抵抗で10ノット程度の速度しか出ていなかったとしても、エンジンは30ノットもかくやというフル回転であったという可能性も考えられる。そのような状況では振動も騒音も激しく、そこから機関長が誤認したとも推測できるが、普通なら「一杯」「戦速」「原速」といった専用の速力用語を使うはずで「40ノットも出てる」という表現を機関長がするのはおかしい。またこの発言は「機関長は潮が40ノットも出せれると思っている」事が前提であり、機関長ほどの人が性能的に無理な40ノットを出せれると信じているのも変である。
-この話は恐らく『第七駆逐隊海戦記』で証言した第七駆逐隊司令部付通信士が、恐らく機関長が「(潮が)機関一杯出ているんですぞ」というような発言したことを聞いていたこと。同著では「特型が40ノット出る」という記載が複数あり、通信士は特型の最大速力を40ノットと勘違いしていること。などから「一杯=40ノット」と思い込み、「潮は40ノットで進んでいた。その潮が翔鶴に追いつけなかったんだから翔鶴も40ノット以上出していたはず」と勘違いして記述した。結果生まれた話であると思われる。
--なお同著では九〇式魚雷の速力は60ノットと記載されていたりもする。九〇式魚雷は46ノット、このようにおかしな記載が複数ある。&color(Silver){戦後の89式魚雷と間違えてるんじゃないのか?};
}}
-更にはアリューシャン攻略、ショートランド泊地攻略、最後の艦隊決戦となった[[レイテ沖海戦>雑学#Leyte]]に到るまで殆ど全ての作戦に参加し続けた。
--第七駆逐隊は1944年11月時点で彼女以外は喪失、第一水雷戦隊の解散と共に阿武隈から旗を預かった[[霞]]を第七駆逐隊に編入((1945年3月異動で[[第二十一>朝霜改二]][[駆逐隊>初霜改二]]に編入し翌月の天一号作戦に参戦・戦没した。))、1945年1月に第六駆逐隊唯一の生き残りである[[響]]が編入された。
-1941年12月30日、柱島泊地のとある場所で対潜用爆雷を一つ起爆する状態で落としてしまい、その爆雷は回収されなかった。
その爆雷を落としてから約一年半後、落とした場所の真上で[[陸奥]]が爆発・轟沈した。このため「潮の爆雷が陸奥爆沈の原因」という説がある。
--調査によって陸奥の船体には外圧による破損を認められなかったことから、この説は完全に否定されている。
-スラバヤ沖海戦では航行不能の敵潜水艦を発見して乗組員を救助したり、室戸岬沖でドイツの仮装巡洋艦ホルスト号を発見して神戸まで回航したり、
第七駆逐隊を率いてルンガ沖に突入し[[第一次ソロモン海戦>雑学#Solomon]]のキッカケを作ったりもしている。''彼女いるところに事件あり''だ。
-主機故障のため横須賀に係留されたまま、1945年6月には第四予備艦となり、そのまま終戦を迎えた。この時の白黒およびカラー写真が残されている。
--主砲や機銃などの艤装は取り外され、主砲は[[響]]に装備された。
--なお終戦後も[[初霜]]の最後の艦長でもある酒匂雅三少佐が潮の艦長を務めていた。
-ともあれ、[[雪風]]ほどではないにせよ豪運の持ち主だったのだ。
……だがその''とばっちりを主に曙が被っている。''別に何か恨みがあったわけではないのだろうが……。
大破した[[曙]]を曳航して帰還させたのもこの子なので、単純に時の運だった……と思いたい。
--実は[[阿武隈]]も被っている。スリガオ海峡で旗艦を[[霞]]に譲る前に雷撃を受けているのだが、これは回頭中の潮を狙っていた魚雷らしいのだ。((出典元 時事通信社 連合艦隊サイパン・レイテ戦記 P221。))
その後空襲で阿武隈は沈んでしまい、生存者を潮が救助しているのだが…&color(silver){何て恐ろしい娘!};[[元操舵員の話>https://www.city.musashino.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/369/14416-6.pdf]]があるのでご一読を(P27-32)
--潮の戦闘詳報によると、[[阿武隈]]沈没の前日に[[阿武隈]]から誤射されている模様……。
-第十代艦長神田武夫中佐((海兵52期、東京出身。同期には南雲機動部隊の参謀源田実、[[6>零戦52型丙(六〇一空)]][[0>烈風(六〇一空)]][[1>彗星(六〇一空)]][[空>天山(六〇一空)]][[司令>流星(六〇一空)]]の入佐俊家と鈴木正一、261空司令の上田猛虎、205空司令として神風特攻を指揮した玉井浅一など、航空畑の人物が目立つ。))は写真好きで、上海で買ったライカで潮本人をはじめ多くの軍艦を撮っている。あの有名な[[大和姉妹のツーショット>https://yamato-museum.com/note/vol10/]]も彼の撮影。だが二次創作で写真魔という設定はない。&color(silver){知られてないのか?};
-彼女の胸部が大きいのは[[潮神社>https://www.town.yunomae.lg.jp/kankou/kiji003927/]]との関連がある、かもしれない……。&color(White){ポン酢かけたい。};
//かくれきょにゅう
--史実における駆逐艦「潮」の艦内神社の勧請元は不明である。
---海軍では昭和15年に軍令が出されてから公的な儀式となったが、それ以前は慣習的に適当に決めていた上、敗戦後に処分されて手がかりも失われてしまった物が多数。
勧請という行為自体は乗組員一同や艦長個人といった、非公人によって行われていたため、公的な記録は殆ど残らない。
小さい船は証言する人も少ないので尚更。
-実はただの白じゃなく、バックにウサギさんプリントらしい。
-太ももに装着している魚雷管の固定ベルトには、動物のマークが描かれている。なんとこれは撃墜マーク代わりだとか。&color(Silver){スコア凄いなオイ。};
--記録では潮の戦果は潜水艦パーチの撃沈%%と曙に演習魚雷が突き刺さったこと%%だけなのだが、これは[[「連装砲のデコは、撃墜マーク(希望)なんですけど潮の趣味で動物シールをペタペタ貼っていますー」>https://twitter.com/drew213g/status/400983205202776066]]とのこと。
-手に持っている砲塔の顔は、単なる絵と思いきや……。
-補給や改装でも「これが近代化改装・・・」と言うのがネタにされるが、これは史実では一度も近代化改装を受けていない為。&color(Silver){近代化改装とは何であるか、扶桑と一緒に手取り足取り教えてあげよう。};
--2014年11月14日のアップデートで補給ボイスが追加され、ようやく近代化改修とは何であるかがわかった…かと思いきや、やっぱりまだ勘違いしている模様。
//一応戦中に機銃増加装備や酸素魚雷改装(1944年5月~6月)などは行っています。
-尚、2014年7月現在の実装艦の中では、''日本国内にて浮揚状態で生涯を終えた、最後の艦''となっている。((日本国内に残り、かつ浮揚状態だった艦で最後に解体された艦である。浮揚していない大破着底まで含めると、国内で最後に解体されたのは「[[利根]]」となる。未実装艦では海防艦「志賀」が巡視船「こじま」、公民館を経て1998年まで浮揚状態で現存していた。また、太平洋戦争に参戦した船としては、後に初代南極観測船となる特務艦「[[宗谷]]」、戦後に商船に復帰した病院船「氷川丸」の2隻が現在でもお台場・船の科学館と横浜・山下公園に保存船として浮揚状態で現存している。))
-彼女についての本でもっとも手に入りやすいのはやはり『第七駆逐隊海戦記―生粋の駆逐艦乗りたちの戦い』(大高勇治著、光人社NF文庫)であろう。
著者が資料との照らし合わせをせず記憶を頼りに書いたらしく、記述に誤りや珍説がやたら散見されるのが難点だが((前述の翔鶴40ノット説、潮の爆雷による陸奥爆沈説などはこの本が出どころ。他にもミッドウェー島砲撃に響が参加していたことになってたりしていて、複数のおかしな記述が存在しているので鵜呑みは禁物であり、裏取りは必須である。))、
年季を入れた生粋の駆逐艦乗りの著者が書いたからこその、お行儀が悪く不平たらたらながらもやる時はやる、そんな「駆逐艦野郎」たちの生活を活写した名著でもある。
公式記録には残らないような様々なエピソードも満載で、潮を愛する提督ならば一読する価値は十分にあるだろう。
-「潮」の名を持つ艦としては二代目であるが、朧・曙・漣が雷型駆逐艦をルーツに持つのに対し彼女のみ神風型駆逐艦(初代)がルーツとなっている。
全32隻の大姉妹であり、「綾波」や「響」をはじめ睦月型から陽炎型までの艦これではお馴染みの艦が多数名を連ねている。
なおこの二代目を最後に、潮の名を受け継ぐ艦は現在まで存在していない。&color(White){終戦時未完成だったまるゆの妹は別にして。};
*この艦娘についてのコメント [#comment]
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