- 人格/イサン/ロボトミーE.G.O/厳粛な哀悼
- 人格/ウーティス/ロボトミーE.G.O/魔弾
- 人格/ドンキホーテ/ロボトミーE.G.O/提灯
- 人格/ファウスト/ロボトミーE.G.O/後悔
- 人格/ファウスト/生き残ったロボトミー職員
- 人格/良秀/ロボトミーE.G.O/赤眼・懺悔
人格ストーリー
生き残ったロボトミー職員 | |
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1 | 人格/ファウスト/生き残ったロボトミー職員 |
人格/イサン/ロボトミーE.G.O/厳粛な哀悼
(▌=案内放送、▌=マルクト)
▌いや、私は十分休みしぞ。確かに作業へ頻繁に呼び出さるることはあれど、それはさばかり嫌ではあらねば、案ぜでくれ。
軽快な鐘の音が2回。
確かに、隔離室の中で混在してるのは子供の声と鐘の音だけのはず。
▌過労とな…。それも普段、仕事の少なきときにこそそう感ずるものなれ。かくして過ごし時間なかなか長ければ、そこまで悪しきものならず。
なのに、子供は確かに何かを聞いているかのように答えているんだ。
きっと、あの蝶のような頭をしている幻想体は管理職員の頭に直接対話を吹き込むことができるんでしょうね。
▌却って、そなたと話せると見識広がるべく心地の良きことも多し。
…子供が相手している幻想体は、それなりに扱いづらい幻想体なんだ。
T-01-68,死んだ蝶たちの葬儀。
この幻想体は、自分を相手する職員を選ぶタイプの幻想体だから。
成長に正義が足りなさすぎると対話の価値を得られず…。
血の気が多い職員だと、すぐにくたびれて疲労を訴えてくるの。
そういう点では、子供はこの幻想体を扱うにとても適した人材といえるでしょうね。
二つを適切に持っているだけじゃなくて、幻想体の衝動を抑制しているにもかかわらず単に強圧的なやり方じゃなくて、討議を通じて知らず知らず管理しているの。
幻想体もそれが管理方法の一種だというのが分かるくらいには知能が高そうに見えるけど、それで気分を損ねたりはしないんだ。
何はともあれ、自分との対話で精神が崩壊しない職員は貴重だから。
▌ふむ…。
少し鈍い鐘の音が1回。
▌嗚呼。そなたの手の甲に居りし蝶を見たりき。
▌確か…いづこにも帰れぬがゆえに、そなたに絡繹(らくえき)されたる者たちと言いきや?
鐘の音の代わりに、頭についた巨大な蝶の翅が微かに動く。
人間でいうと、頷いたようなものでしょうね。
▌そなたが死なば…その蝶たちもまた飛びゆくや?
▌座りし状態より、また立ち上がる様に。
子供の言葉を、簡単に理解することは難しい気がするね。
幻想体というものに死が無いということを知りながらもそういう風に言う意図を理解するのも難しいな。
でも…。
清らかに響く1度の鐘の音は、今回の作業も肯定的に仕上がったということを確かに告げていたの。
その言葉がとても気に入ったってことでしょうね。きっと。
▌うむ。ではこれにて失礼す。息災で。今度また会わんかし。
短い挨拶と共に子供は隔離室の外に出たんだ。
少しの休憩か、そう考えていた子供のすぐ隣には…。
▌まだ夢見てやがるのか?
▌…良秀チーフ。
安全チームのチーフを担当しているまた別の子供が煙草を咥えてじっと見つめていたんだ。
▌幻想体を人格として扱うと厄介なことしか起こらない。
▌何・同言わせるなと言ったが。
▌…そう待遇するやのごとき感覚を与うるだけなり。ご存知の通り、この幻想体は…。
▌口角でも隠しやがれ…。チッ、こうしてる場合じゃないな。
▌[警告、試練:紫の黎明出現。1段階トランペット発動。各部署の制圧担当職員は…。]
▌試練哉(かな)。
▌そうだ、お前は俺と一緒に行くぞ。
▌否、さる必要もなさそうなり。
子供は蝶の込められた銃を持ち直し、チーフに背を向けたんだ。
▌チッ。計画が何度も拗れてるな。
▌元々思いし通りになる会社には無からずや?
▌…お前はここであいつらを防ぐ。
▌この部署の隔離室が全部爆ぜたら、お前が生き残ったとしても俺が殺してやる。分かったか?
▌さる死は避けたけれど…。
子供は嫌そうな表情で、蝶でできた弾丸を撃ち出してるね。
会話を維持しながらも攻撃できるくらいに、子供も今や経験豊富な職員になってたんだ。
▌チーフは助けおわさずや?
▌オレは中層部から移された「弾丸」を探しに情報チームへ行く。
▌弾丸…さりか。管理人様とセフィラ様が我らの息災を謀るために放ちたまうという。
▌ふん。気に食わないやつをそのままぶっ飛ばせる弾丸がある方がもっと美しいだろうが。
▌役に立つ奴は生かさないと。
▌指揮チームのチーフが情報教育を目的に部下へ命じて、中層部の在庫を上に移したらしい。
▌あぁ、ファウストチーフのことなりや?
▌それならば…目的ならず口実ならん。
▌黎明の試練にさる準備すとは、え思はず…。きっと、何か規格外の騒動の起こるしるしなり。
▌お前にゃ弾丸をぶっ放すのは似合わないだろうよ。中々使える。
▌彼女の部署を預かるセフィラ様は汝(みまし)が常に優れたらずは、心証を害せられつる方なれば…。
▌あーあー!聞こえる?上層部!私、マルクトだよ!今日の試練統制は私が直々に担当するよ、みんな私の指揮に従って!
▌計画は緻密に練るがネジが1,2本外れてる奴だから、きっとあのチーフが非常事態を想定したんだろう。
▌まぁ、構造の緻密なるほど気付かぬ穴が一つや二つあらざらむや。
▌教育チーム、情報チーム、安全チーム!あなたたちもみんな該当するからね!分かった?私はあなたたちみんなが上手く対処できるって信じてるからね!
▌フン、対処できない奴は職員扱いすらしないんだしそういうもんか。
チーフの子供はその言葉を最後に軽く身体を動かして廊下の向こう側に消えて行ったんだ。
▌はぁ…。
そして子供は、ひとり残って紫色の奇怪な生命体へ銃口を向け。
▌理解の果実たちよ…そなたらも行き場を失いたらずや。
そして同じく行き場を失った蝶たちを撃ちだしながら、子供はやるべきことをするだけ。
▌私がそなたらを哀悼するがゆえに…自ずから咲き誇り、互いの行き場となりたまえ。
静かに、そして厳粛に。
人格/ファウスト/生き残ったロボトミー職員
子供に残されたものはない。失ったものだけでいっぱいだったんだ。
失った右目、失った仲間、失った職場、失った信頼。それ以外にも無数に失ってしまったものたちが頭の中をぐるぐる回った。
▌終わりました、復帰します。
子供は短い言葉を言い終え、送信機をポケットの中に入れてしまった。
子供が見下ろす片目の前にある世界は…。
上半身と下半身が分離してしまった者の遺体と、冷たい都市の裏路地の地面。補修されてかなり経ったせいか、絶えず点滅している青い光などが全てだった。
▌あなたは知っていますか?
答えるはずがないものに子供は質問を投げかけた。
それでも返事を望まない子はまた言うんだ。
▌ファウストはいつになれば認められますか?
渇き切った声を聞いてくれる人は誰もいない。どこにでもいるような虫一匹でさえ。
▌いつになれば、墜落した翼の職員だったという事実が忘れられるのでしょうか。
彼女が失くしていないものが一つあるとしたら、旧L社で…。そう、私の子供たちがいたその空間で働いていたという事実があるだけでしょう。
▌その生き地獄から生きて帰らなければならなかった理由があったのでしょうか。
▌私を必要とする場所はあるのでしょうか。
▌埋没されたその空間で生き残った他の人はいたでしょうか。明るく輝いていた夜と漆黒のようであった昼は何でしょうか。
子供は小さくため息をつき、
▌ファウストは、知りうることが何もありません。
溜め息は裏路地の片隅を満たすことすらできず、霞んで消えてしまった。
人格/ファウスト/ロボトミーE.G.O/後悔
(▌=ジェイコブ、▌=室内放送)
▌記録開始します。
▌指揮チーム管理職チーフファウスト、本日の業務時間内記録を実施します。
▌現位置は…ロボトミーコーポレーション本社。上層指揮チーム部署です。
▌作業開始より9日、情報チーム部署が解放されてからは3日が経過しました。
▌まもなく事務職の出勤が完了する予定ですので…少し騒がしいですね。
▌管理作業が開始される際に、再度録音を開始しなければなりませんね。しばらく一時停止いたします。
▌…再度記録を開始します。
▌今は…しばらく新入職員教育のため移動している最中です。
▌そして、管理人様に昨日新たに入ってきた幻想体に対する管理を頼まれました。どうやら、指揮チームに配置した人員が死亡したようですね。
▌追加で新入職員を募集したようですが…。
▌あ、少々お待ちを…。(ガサガサいう音)
▌ジェイコブ、あなたですね。どうして隔離室の前で尻込んでいるのですか…。
▌あ、ファウストチーフ…わ、私、初めての配置なんですけど…少し…怖くて…。
▌安心してください、ジェイコブ。あなたが担当する幻想体より安全な幻想体は、きっとこの支部にはいないでしょうから。
▌でも…この、書類に書かれている名前が怖すぎるんですけど…。
▌たった一つの悪と何百もの善…。
▌チーフさん!あのたった一つの悪が私に落とされたらどうなるんですか?わ、私、まだ…。
▌落ち着いてください。あの幻想体はそのようには行動しません。
▌幻想体図鑑に書かれたとおりに洞察や愛着作業を実施すれば、何も起こらないでしょう。
▌ほ、ほんとですよね…。
▌ファウストは嘘を言いません。
▌わ、分かりました…ありがとうございます、チーフ。
▌…少し時間を使ってしまいましたね。ジェイコブは指揮チームに配属されたばかりの新入社員なので、幻想体に対する説明を聞いて必要以上に怯えてしまったようです。
▌こういったこともチーフの職務でしょう…管理人様にも理解していただけると考えております。
▌それでは…再び隔離室の前まで移動してから録音いたします。
▌あーあー。記録を再開します。
▌予想していた時間より到着が少し遅れましたね…マルクト様と対面して、少し対話をしました。
▌本日実施の管理作業に対して尋ねられたので、報告いたしました。
▌完了予想時間を秒単位で要請されるとは思いませんでしたが、記録のおかげで満足のいく答弁を差し上げられたようです。
▌担当部署自体を管理すべき…部署長格のセフィラ様ですので、納得がいかないわけではありません。
▌とにかく…ここはT-01-54、通称捨てられた殺人鬼の隔離室の前です。
▌今まで確認された記録によると…作業結果が悪くさえなければ、問題が起こりそうにないですね。
▌ふむ…(紙が捲られる音)記録済みの作業内訳を見るに、以前に作業した職員は抑圧作業を実施したようです。
▌その結果、NE-BOXが蓄積しすぎて、頭が鉄と類似したものに変異…職員を頭で潰して死に至らせた…ふむ。
▌頭が鉄に変異するということに原理を正確に理解する人は数少ないでしょうけど、そういったものが幻想体ですからね。
▌少なくとも抑圧作業は避ける方が正しいということは、記録を通じて把握できるでしょう。
▌万が一何かがあっても…レッドダメージを減衰させられるE.G.Oスーツもありますし、大丈夫でしょう。
▌それでは、作業を実施してきてから経過を録音しましょう。
▌…ファウストです。
▌作業は成功しました。
▌何かをつぶやきながらずっと下を見つめて不安に震えている姿が観測でき、理想的な対話は難しいであろうと判断しました。
▌かなり憔悴した様子だったので、人間に有用な食事を提供しながら本能作業を試行してみました。
▌結果的に良い作業効果を得ました。この幻想体には本能作業が有効であると記録すれば良いでしょう。
▌ただし…鉄に変わる理由や、そういった兆候に関しては確認されませんでしたね。
▌該当幻想体より抽出されたこのE.G.Oウェポンの特徴を見るに、幻想体の特性がE.G.Oウェポンの形態と特性に影響を与えていることが分かります。
▌あっ、サイレンの音が…。
▌[通告、緑色の黎明の試練出現。1段階トランペット発動。各部署の制圧担当職員は、即時上層最下段右側エレベーターへ移動。]
▌端末に管理人様の召集命令が出力されました。…もう試練が現れる時になったのですね。
▌管理人様の下す命令はこうやって、各職員が持つ端末機にテキストで出力されます。時々刻々と命令が忙しないため、素早く確認する必要があります。
▌私も試練制圧へ合流しに移動しましょう。
人格/ドンキホーテ/ロボトミーE.G.O/提灯
15日目!
今日も忙しない一日であった!
教育チーム配置されて四日が経ったのであるが、未だにここでのスケジュールはきっちきち状態で回っているようである。
一日が過ぎるたびに新入り君達もひとりふたり顔を見せはするが、次の日になるとまた見せてこなくなったりするがゆえに…顔を覚える暇すらないといえよう。
まぁ~チーム同士で人手を派遣したり交換したりする場合も往々にしてあるがゆえ、新入り君達がもっと働きやすい場所に配置されたと思っておる!
当人は、今日も0-04-84…いや、違う。提灯君と作業を実行したのである。
あぁ。正確に言うなれば、提灯君がまた廊下のどこかに花を咲かせに行ったのである!
当人は、提灯君を再び隔離室へ連れ戻して作業をする必要があった。
何も言わずに隠れんぼを始めるのはやめろおと何度も注意したが…。どうにもそんな簡単に言うことを聞いてはくれないようである。
提灯君は、他の幻想体と違って脱走しても特別な警告が鳴らないのである。
気が付くのは…提灯君の専属職員である当人が、隔離室が空になっているのを確認したときや、突然職員の失踪申告が増える区域ができたときである。
本人がそれに気付いて大急ぎで予想区域へ近付くと…必ず提灯君が隠れているのだ。
会社の隔離室前を自由気ままに陣取り、花を咲かせて…。何も知らない新入り君達をゴックリ、肥料にするために呑み込む様を放ってはおけませぬ!
どうしようもなく、この友達を何度かげんこつで殴ってやり…隔離室へ送り返すしかなかったのある。
そうして…当人は予定されていた作業を遂行したのだ。
本来予定されていた清潔プロセスや隔離室照明強度調整テストも実施したが…。やはり、今日の脱走を厳しく叱ってやるべきだという考えで会話を進めたいと思ったのでありまする!
あっ…しかし。
考えてもみてくだされ!あのふかふかとした毛で包まれた子をそんな簡単に叱ることができようか?
少し強目に、その毛を撫でることを訓告代わりにしなければならないとは…。当人の心がとても弱くなったのではあるまいか、そんな考えがしたのだ。
まぁ…そうして隔離室から出てから、PE-BOXが転送されるのを見ておると…。
もうそのときが来たのか、試練が現れたという警報が会社全体へ鳴り響いてたのである!
ウーティス殿…いや、チーフも隔離室にて作業中でいらっしゃるがゆえ試練対応に参加することができず、どうにも初期対応を失敗したのかまたまたいくつかの隔離室が毀損されていたようである。
廊下へと飛び出てきた友達の中には…。ああ、過去に当人が担当していた宇宙君もいたのである!
当人にこれほどまでに可愛らしいハート型のバッチをプレゼントしてくれたがげんこつで殴らねばならないので、少し心が痛むのである。
しかし…仕事は仕事!会社が当人を信じて任せた仕事ではあるまいか!
とりあえず、任された仕事であるならせめて楽しく!
やり遂げるべきであろう。
今日の日記は、ここまで!
人格/良秀/ロボトミーE.G.O/赤眼・懺悔
壁も天井も深い闇に沈んだ隔離室の内部。
張り詰めた緊張感と空気を押し潰す重圧感が漂う闇の彼方へ子供はよどみなく足を踏み出した。
▌背広を着込んだペン持ちどもは、本能作業の方が効率的だとほざいてやがったが…。
▌大人しくエサなんか投げてやるのは性に合わなくてな。
それらは全部微かに弾んでる心臓みたいに蠢いてるんだ。
下へ降りてきた人間くらいの大きさの、真っ白な繭。
それに繋がった蜘蛛の糸に沿って子供の首が上を向くと、夜中に広がった山火事みたいに、赤い眼が闇を照らしながら天井から浮き上がってきたの。
▌はぁ。あの呪われた本性を根底に持ちながらも、このくすんだ隔離室を芸術に昇華できるのか。
暗い隔離室、その中の光の一筋も入ってこないきめ細かい繭の内側。
自分の心臓の鼓動と、小さな蜘蛛たちが行き来する荒涼とした音だけが聞こえる糸の監獄。
数多の職員が気の毒にも命を失ってしまった、子供の美的感覚を満たす地獄絵図が目の前にあるの。
▌そうだ…これは俺の生涯でたったの一度ですら見たことのない作品だ。
▌…あるいは強烈な記憶がなかったから、覚えとく理由もなかったか。
床でごった返してた蜘蛛の子たちはいつの間にか子供の足伝いに登って…。
それらは探索するかのように子供の腕と首をあちこち行き来し、すぐに鋭い歯で子供の肉を噛みちぎったの。
でも。
▌……。
無視できるはずの苦痛じゃないはずなのに、子供は瞬きもせずに不穏な瞳とずっと視線を合わせてるんだ。
▌認めよう。この空間は見物する価値があるってことを。
▌でも、それで終わりだ。
▌ありのままの作品だってのにお前の本性は美しくも、純粋でもないな。
そう言った子供は足をゆっくりと持ち上げた。
子供は挑発しているんだ。今から俺が、お前の子供を踏む…ってね。
▌生まれた奴は親を選ぶ権利がない。ただその中で生きていく義務が残るだけだ。
▌衰落してここに閉じ込められた癖して虚勢を張るんじゃなきゃ…お前が本当にこの蜘蛛を本物の家族だって思ってるなら…。
▌今、俺を攻撃すべきだったんじゃないか?
蜘蛛のつぼみと子供は一時もお互いから眼を離してないんだ。
そうして長いようで短い時間が流れ…。
作業が終わってからやっと、子供は足をどかして無頓着そうな眼で仔蜘蛛を見つめたの。
▌生肉を噛みちぎる腕前を見るに、よっぽど部下たちを貪ったみたいだな。
▌母のしつけか?
質問を投げかけたけど、当然幻想体から帰ってくる答えはなかったんだ。
それにも関わらず子供は十分な答えだって顔で、あるいは床のその蜘蛛たちを無辜(むこ)なるものであるかのように…。
慎重に1つずつ自分の身体を喰いちぎっていた仔蜘蛛たちを取り除き、床へ降ろしてあげたの。
▌聞いてみるのすら無駄だったか。
▌…まぁ、親ってモンは自分の偏見を子に植え付けないと気が済まない存在だったか。
子供の後ろ姿が完全に消えた暗い隔離室は再び荒涼とした音だけを残したまま、深い沈黙に沈んだ。
▌チッ、お前は今日も死にそうな顔でダレてんのか。
▌……。
子供が属した安全チームだけではなく、他のチームの職員も集まってる廊下。
子供は周囲を見回すと、すぐに何か気付いたかのようにE.G.Oをすぐ構えて口を開いた。
▌ひよっ子どもが集まってるのを見るに、む・の・うだろうな。
▌無能ならぬ、白昼が来るがゆえ。
▌だからむ・の・うが…何で分からないんだ?
▌あな。紫の白昼のことならば、さて合えり。みな一ヶ所にて集まりて待機中―チーフ。
説明していた他の子供は、自分の頭に感じた重い感覚に戸惑い言葉を続けることができなかったんだ。
それもそう、子供は骸骨が特徴の十字架の鈍器を構えると…。
棺を持った子供の頭に向かってガンガン振り下ろしてたからね。
▌私はパニックになりしよしならず、ただ眠り短く疲れたるばかりなり。
▌なれば…懺悔で頭を殴るを、止めるはいかがなりや…。
▌く・ヅで殴りつけないことを有り難く思え、陰気な奴め。
二人の会話だけを聞くと、日常的で平穏な一日のように思えるけど…。
入って間もない新入社員たちが身体を震わせているのを見れば、この状況が尋常じゃないってことが簡単に分かるね。
案の定、1分もしないうちにうるさい警報音が会社全体に鳴り響いてきたんだ。
▌む・の・うが来たってのに、たかがこの程度のトランペット警報か…。
▌いま一度言えど、この試練は無能ならぬ、チーフ。白昼と呼びしこそ…。
▌そ・ん・わ・な。
▌ところで管理人の野郎。まるで何が起こるのか分かってるみたいに怪しいくらいに仕事が上手いんだよな。
▌心当たりはないか?
▌うーん、特になし。初日よりさりきと聞きければ、ただ有能ならん…。
▌チッ、役に立たないな。
▌ペン持ちたちはどこ行った?
子供は事務職の職員が見えないことに気づき、周りを見回した。
しかし、どこにも職員たちは見当たらなかったんだ。
▌片っ端より処分されき。多くの死に飛びいだす幻想体もあれば…。
▌はぁ…つまらん芸術をするんだな。
▌う~ん…安全チームは全員…教育チームの方へ支援に行ってください…。
▌気を遣ってあげるべきかもです…まあ…どうせすぐまた状況が悪くなるから大して意味はないだろうけど…。
▌まーたエンケファリン漬けのカンカンの情けない独り言が始まったな。
▌部下二人が来てないんだが…み・カ・ンに似てどこかでエンケファリンでもヤってんのか?
▌いかで分かれるや…?先日、教育チームより部署移動せしティファニーという者が、今薬物によりて気絶せりとな。
▌…ま・じ・か。
口に咥えていた煙草をポイと落とした子供は呆れたように安全チームの方を眺めると…。
すぐに顔を背け、ポケットから新しい煙草を取り出して火を付けた。
▌残り一人…あのハゲは?
▌さだめて…安全チーム内部に落ちし碑石を処理せる最中と思う。
▌お前もそこに行くのが良さそうだ。み・カ・ンがエン・ファ漬けになって言った言葉は無視する。
▌確かに…管理人もそれを望めめり。
▌支援は俺1人で行こう。
疲れ切っている子供が同意するように頷く、子供は誰よりも早く*1廊下を渡り始めたの。
そして…教育チームに到着するやいなや誰かに答えた。
▌腹が減ったと泣き言を言うのはそこまで。
他の職員が追いかけてきたわけじゃないんだ。
かといって、先に戦ってた教育チームの2人と対話してるわけでもないの。
▌目の前に獲物が見えないか?
笑顔の宿った子供に赤眼(せきがん)は閉じていた目を全て開けて、咆哮するように震えたんだ。
▌はぁっ!この気配は…ウーティス殿!安全チームから支援が来たのである!
▌殿じゃなくて、チーフだ!
▌けほん。丁度6発目を撃ったところだし良いタイミングだ。支援は安全チームチーフのお前ひとりか?
▌……。
▌人が聞いたんなら返事を―
▌善のために血を見る意志?そんな面倒なモンは無くても血を見ることはできる、しゃ・こ。
▌…E.G.Oと騒いでるせいで聞こえていないのか。
▌たまにだが、ああいう風に…特定のE.G.Oと感応する職員たちがいる。
▌じゃ、じゃあもしや今から噂でしか聞いたことのない良秀殿のE.G.O二刀流が見られるということでありまするか!?
▌そんなのを見物している時間はない。処理するまでに一度、光と共にクリフォトカウンターが減少するはずだから対応準備を…。
教育チームチーフの言う通り、碑石は紫色の光を帯びていたけど…。
それが発散される前に子供は空中に飛び上がり、2つのE.G.Oを振り上げた。
まともに学んだというよりかは、センスに依存するかのような身のこなし。
型に囚われない、E.G.Oの使い方。
とても未熟ではあるけど、見慣れてると言われれば見慣れてる戦闘方法だね。
そう…私を守ってくれた…裏路地の苦痛について教えてくれたあの人みたいに…。
▌爆ぜちまえ。
子供は2つのE.G.Oウェポンを完璧に扱って、紫色の巨大な碑石を粉々にしたんだ。
…これは結構、あの人と似てるかもしれないね。
人格/ウーティス/ロボトミーE.G.O/魔弾
「じき、試練が訪れるだろう。」
射手のその重々しい言葉に子供が示したのは、軽い鼻笑いだけだった。
試練はこの場所に欠かせない同伴者だったよね、「訪れてくるもの」ではなかったから。
子供の鼻笑いが意味するものを悟ったのか、それは言葉を続けた。
「いや、それはお前ごときでは耐えられぬ試練だ。」
それが話している全ての瞬間が、子供の目へと生々しく映されている。
「この廊下から始まる。逃げる恐怖と恐れを呑み込み、隅に隠れていた罪悪感すら抉り喰い、より多くの犠牲を抱こうとするだろう。」
「終末を告げるトランペットが鳴り響き、独り残ったお前にできることはその取るに足らない弾丸をお前のこめかみに向けることだけ。」
子供は未だ返事をしないまま、パイプの煙を吐き出した。煙たかったが、深淵にまで触れて消える煙がそれほど悪くはなかったんだ。
一時は、煙草というものを口を咥えなかった日もあったというのにね。
「だが。私と契約を結ぶのなら…。」
そして子供はその続きを見た。
子供の前を遮るモノの頭が、いくつも貫かれていた。
敵と味方を区別しない、あの一発の弾丸でね。
そして子供は…全てがぐちゃぐちゃになっていくその光景の中で…。
パイプの煙を初めて味わったときと同じ気分を感じた。
それと同時に悟った。
最後の弾丸は、最愛の人を撃つまでは何でも貫いてしまう弾丸だということをね。
それにもかかわらず、子供は…。
「良いだろう。契約を受け入れようじゃないか。」
「お前は既に契約を受け入れた。」
「お前が頭の中でその場面を見たときからな。」
射手の言葉と同時に、子供は望みさえすればいつでもその弾丸を撃てることに気付いた。
「その日がとても楽しみだ。」
「愛する人を撃ったあと、お前ならどんな選択するか。」
「私は、お前の未来に成り得るからな。」
その言葉に子供が示したのは、やはり軽い鼻笑いだけだった。
「さぁな、果たしてそうなるだろうか?」
「…!」
ついに、弾丸が最後に向かうところが見えた。
子供にとっては、たった一つの目標だけが全てだった。
この全ての試練を片付けて、家に帰らねばならないという目標がね。
それさえ叶うのであれば、いかなる条件も子供にとっては殊勝な慈悲に過ぎなかった。
前を遮る全てを貫いた最後の弾丸はついに子供と共に家へ入ると…。
子供が愛すことができなかったときにも愛していた人々を掠めると…。
遂には…。
「軌道を曲げるためなら、誰でも騙せるということか。」
「そうだ、必要であれば自分自身すらも。」
自分自身の頭へ向かうということを。
その最後の瞬間まで子供は、今と変わらない自信満々な微笑だけを浮かべているんだろうね。
目標を達成するために自らの心まで騙したのかな。あるいは、最後になってこそ曝け出した子供の本心だったのかな。
今となっては知ることができないだろうけど、契約はそういう風に終わった。
子供は自分が変えてしまったその軌跡を喜んで迎え入れるだろうから。