:Template/テキスト/ストーリー

Last-modified: 2024-04-21 (日) 21:58:30


人格/囚人

:Template/テキスト/ストーリー追記対象
シーズン4未反映(正式対応はシーズン終了後)

ワザリング・ハイツバトラー エドガー家チーフバトラー デッドラビッツボス エドガー家バトラー ワザリング・ハイツチーフバトラー エドガー家継承者

イサン

人格/イサン/南部セブン協会6課

(▌=悩む同僚)
汝の戦闘方式は畢竟、ツヴァイのものにあるべし。
▌…あ、はい!イサンさんにはいつも戦闘の方では押されてましたからね…防御的なアプローチで対抗してみようかと思いまして。
その発想は言ひ腐すことなかれど…汝の持ちし武器の名はなんぞ?
▌あぁ、これはレイピア…。
その武器の刃は致命的なほど薄し、反面ツヴァイの武器は厚く大きなり。
しかして防御と反撃という術策をかしこく使うに能うが、薄きものにて果たし遂ぐにはいちばいに労さん。
▌あ…。
例えば、私はセンクの技術を用いたれども。
▌え?本当ですか?…あっ、そういえばセンク協会と似てる気がしますね。
持て来べしものはただ基本技よ。他が使いしものをさながら使えど、誰も誰も知る術は測らるることか易し。
子供は剣を鞘へ滑るように仕舞い、言葉を続けたんだ。
観察を怠るべからず。
模造品や鏡像に過ぎぬならば自分の物にならぬゆえ。また偵探にて基本技を把握せんことを勧む。
▌あ、ありがとうございます!
子供は話を終えて外へ下りてきたんだ。
付き添いであれ、さっき手ほどきを受けた子供であれ、いつもイサンさんイサンさんと彼に好意を持つ理由は、大体こういう感じだった。
冷たくて無愛想に見えるけど、必要なときは有用な助言を惜しまなかったから。
…美しカウヒイなり。
もちろん、彼自身は何も考えてなかったけど。

人格/イサン/剣契殺手

当職は窓を眺めまほしきのみにあれども、ここは影が紙に歪むのみ。わろきことなり。
障子の窓を未だ釈然としないように細い目で見上げる子は、相手のことを気にも掛けていないように見えた。
瓦葺きの家で寝たいって言ったのはあなたじゃないか。
ずずずっ。茶を飲む音が不快さを唄うように。
そして南方に新しく活動地点を移そうと言ったのもあなた、イサンだ。
肯定するが…。
ケチを付けるような子の言葉に、イサンという子はゆっくり顔を下げて相手を見つめた。
新たに保護費を奪うに能う場所を探すべきにあらんや?当職は適切な代案を提示しきと思いぬ。
やれやれ、一歩も引かないんだな。
負くことは性分に合わぬがゆえ。
では、あなたが私たちを率いればよいのでは? そんな人がどうして私を推戴するんだ?
必要以上の労働と考えは理想的にあらじ。
必要以上に殺して殺手と呼ばれるくせに?
働くときは真具さなる一心が好し。
テンポ良く問答が行き交い、ふと目の下が暗い子供が何かしばらく考えて言葉を付け加えたんだ。
また、そなたがいつぞや言問いしおぼえあり。なぞ常はいたづらなる戯れ言を言いし癖に刀を握らば氷の如く冷ややかで硬き、か?
そんな質問もしたな。
已上で、答にならん。
ずずずっ。
どうってことないように、子供は自分の湯飲みに口を当てた。
向かい側で決まりの悪そうな顔をしている顔が多くを語っているけど、それをあえて説明するのは何だか似合わない気がするなぁ。
そうでしょう?

人格/イサン/開花E.G.O/壇香梅

=勤勉な隊員、▌=連れてこられた泥棒)
さりか...この者が?
子供の声はかなり乾いていた。
気乗りのしない表情と声で、前に連れてこられている人を見下ろしていたんだ。

はい。工ンケファリンを盗もうとしていたのか...単独で支部の地下まで降りて来てたんですよ。
...分かれる、下がりたまえ。
子供の部下なんだろうか。腕の縛られた人を引っ張ってきた者は、子供にペこりと挨拶をしてどこかに消えた。
いで...いま話したまえ。いかなる由に、そこに行ききや?
扇子がバチンと閉じられると、連れてこられた者が抗弁するように話し始めた。
▌あ、あなたがあの人たちの隊長か?
...一応は、さる役に就けり。
▌いや...あんたたちがあの支部を買い取ったわけじゃないし、俺もカネ稼ぐために命がけで下りて来たってのに、ちょっとですら分けるのが惜しいのか?
子供の表情はより一層、どうでも良さそうになる。一体何の話をしているのかという表情にも見えるね。
何か誤解があるめれど...。
▌何が誤解だ!ピッカピカの研究室まで構えときながら...まあ、こっちの支部のエンケファリンはポッケに突っ込める形で残っていなかったみたいだな?
そは、エンケファリンを採取する施設にあらず...。
▌じゃあ!
ジャラッ。
子供はもう聞きたくないという風に、扇子を思いっきり広げた。
その前で不満の声を出している者も、その音とえ辛い香りに圧倒されたのか、一瞬言葉を飲み込んだ。

▌な...なんだよ。よく見るとあんた、変な見た目してるな。頭にも花が生えてるし...。
こは...生えしものなり。
いつかの...呼びたき私の心の郷愁が、さまを整えけり。
戸惑った顔に向かって、子供は立ち上がってゆっくりと近づいていく。
▌ひぃっ、く、来るな!
恐るるに足らず。そなた、今命を賭けしと言わずや。
子供はいかなる攻撃の意思もなさそうに見える。むしろ遥か遠くの何かを眺めているみたいだね。
そなたは...近頃、まともなる花というものを見し試しやある?
▌...直接見たことは...無いと思う。造花は飽きるほど見たけど。
さり...遂に技術は、我らが当初楽しみきて、笑わせしものだに奪いけり。
いつか...失いにけるなり。便宜と便利を追求し、技術より切なりしものを。
さる技術など無からば、そなたが今のごとくエンケファリンなど盗みすることも無きにあらずや?
子供の言葉に、連れてこられた者は目を丸くして戸惑ってたみたいだけど。
▌いや、それでも...。
▌それすらもなかったら、そもそも俺が命を保つこともできなかった...と思うけど?
▌めちゃくちゃ高かったけど、K社から出たアンプルなんちゃらのおかけで命拾いしたこともあるし...。
......。
子供はしばらく言葉を忘れ、何かを思い出すような素振りを見せると...。
さり、その言の葉も正し。
にやりと笑ってそう答えた。
▌え?
私はいかなる由か、この者どもの大将の一人を自任すべくなれど...彼ら皆の叫ぶ意とは少し違う目標を持ちたれば。
初めて造花というものの作られし時、初めて花火というものの作られし時...。
さる物の無かりし時に、世界にうち出でしに感ずる純粋なる歓喜と楽しさ。
そなたもまたその感覚、吟味したくはあらずや?
▌...あんた、マトモじゃないな?
その言の葉もまた正しきやもしれず。されど...。
私はその道がいと麗しく見ゆ。かくて、それを思い浮かぶる我が心はこれまでより、大きにばっと咲き誇るべかりき。
子供の心は強靱で、鮮やかだった。
何人たりとも、手折ることが出来ないくらいに。

人格/イサン/奥歯事務所フィクサー

また他行におはすや?
また…って、言い方が良くないな。これは外勤だ。分かったか?
外務勤中に飲酒の横行せるに、それをいかでや警戒せぬ?
それも仕事だ!依頼人との業務調整のためには、多少のアルコールが必要でもあるからな!
…分かれり。なれば、さばかりにしたまえ。
チッ、この事務所のためにアタシがどれだけ努力してるかも知らないで…。
子供はそのブツクサ言う声を確かに聞いただろうけど、あえて答えはしなかった。
話しかけたところで、長ったらしく役に立たない消耗戦になるだけということを知ってたからでもあるし…。
自分の上官にこれ以上突きつけたところで、いいこともないだろうという考えもあったんだ。

ケホン。とにかく出かけてくるから、そのつもりで。
イサン、一昨日持ってきた「あの仕事」ももうすぐだから、着手する前に解決しなければならない仕事は全て終わらせておくように。
…選択の余地やあらむ。
バタン。
上官が外に出ると、子供は滞りなく自分の席に戻って書類を整理し始めた。
会話から感じられる上官の中途半端な仕事の処理感覚と違って、子供は業務時間中によそ見をせず仕事ばかりすることに定評があった。
周囲で何が起ころうとも、自分に与えられた仕事を一生懸命やり遂げるという意味ではあるけど…。

……。
頭の中で複雑な考えが飛び交っているということまでは、流石に噂になるわけがなかっただろうね。
子供は事務所に入って、苦労しながら依頼を解決していた日々を思い出した。
誰かにとってはつまらない仕事といえそうなものから始めて、一つずつ積み重ねた日々。
依頼期限に間に合わなさそうで戦々恐々としていたときや、敵が予想より多くて命が危なかったとき。
それらを一つ一つ積み上げて、最終的にR社という翼の仕事を勝ち取ったということは、今や子供の事務所がそれだけ認められたってことだろうね。
その事実に、充足感をそれなりに感じてはいるけど…。
一方では、心もとない考えが子供をずっと掠めていた。
頼りない上官は大丈夫か…戦うときはもちろん戦うし、仕事も上手いこと持ってくるけど…。
自分がそこまで優れてるとも思わないのに、こんなドンと大きな仕事を引き受けていいのか…みたいな考えがね。

…ふぅ。暫時、風にでも当たらんや。
子供はせっせと動かしていた手を止めて席から立ち上がり、窓をそっと開けた。
そして降りしきる雨音を聞きながら、心に付着した重い不安感を洗い流そうと息を深く吐いたんだ。
…それでも消えない狡猾な不安感に、疑懼心を抱きながらね。

人格/イサン/W社3級整理要員

(▌=案内放送)
がたがたいう鉄馬の中の空気はなかなかに重し。
なんぴとも口を開かず。聾唖ならむや?いや、鉄馬に座れる者どもは皆一人なり。彼らは誰も他人と絡まんとせず。隣にも前にも常にさなり。
ある方向より見ると、彼らは唇を動かす力だになさそうに見ゆ。
ただ肩を落とし、首もさせるまま手にぶら下がれる小さき道具を叩き、ぼんやり眺めたるばかりなり。
私も彼らと変わりあらず。
時々立ち止まりする私の意志とは露似ぬ鉄馬の中にて、阿呆が如し目つきで、前に座りし人やいかなる物のいづこにも至らぬ視線を持ちて、つと座れるばかりなり。
仕事を休みしより、いかばかり経きや。
数うることは無用なり。もしやすると数えられぬやもしれん。
会社は時間を奪い、記憶を奪うことに長けたり。
清掃係は彼らのサァビスを用いずといえど、欠片になりし彼らの肉組み合わせたると、私も彼らのごとく壊れ、付きし身ならぬや分からぬ立場ならん。
もしやすると私は知らぬまま、人の一生より多くの労働せしやもしれず。されど、体の困じたるを見ると、げにさりかもしれず。
されどさりとも何の意味やあらん。
...私の人生はこの鉄馬と変わりあらず。
私の両足にて歩むことも、両手に操舵することもあらぬまま、ただ群れに押され動ける様が。
自ら把握したらぬやもしれぬほどの困ずを持てりとも、出勤と退勤繰り返すということが。
他の人が何すとも自由に止まりゆく鉄馬のごとく、私が組み立て積み上ぐる肉がそもそも誰で、いかなる由にてこの地獄のごとき列車に乗りしや知ることも、知らんともせぬ私が。
皆が似たる気す。
そのため、その列車もこの鉄馬もそう変わらぬ気もす。
ぱっと感覚おどろく。腰につけし短剣におのづから手が及ぶ。私は知らぬほどにその車の乗客になりしやもしれぬ。それならば...。
▌...駅です。出口は...。
鉄馬止まり、人降り登る。熱き息がふうと吹き出だす。
また憂し空想にとらわれきや。ひやりとせる心は尚深く下がり、疲労感の上に沈む。
私は...。
私の会社の描かれしベィスボォルキェップを深く被り、席を立つ。出勤しに行く。
その他の選択肢は特にあらず。
少なくとも半分は新入生を教えん。肉を切りて盛るよりは心が困じはせじ。
少しにも癒やしの得しことに安堵し、私は鉄馬より車に足を運ぶ。
その歩みに意志はあらずということを改めて感じ、生臭き空笑いが私の口元に浮かぶ。

人格/イサン/ピークォド号1等航海士

(▌=船員たち、=慌てる船員、=呆れた船員)
さぁ!かくせば、さらに楽ならずや?
▌お、おお...。
子供は人のよさげな顔をしながら、どこかを指差してた。
かつて帆を張るために使われていた木材は今や廃木になり、船員たちの訓練材料として絶賛活用中だね。
そしてそこには、数百の武器が通り過ぎた痕跡が残っていて。
そしてその中でも一番深いのは、ついさっきできた痕跡だった。

秘訣は疾くやることなり。武器に重さを乗せてはならぬというよしには...あらぬが...。
子供は再び自分の槍を持って、姿勢を整えた。
細長いけど、良く研がれているその槍は軽いから素早く振るにはお誂え向きだったんだ。

さぁ。武器突き刺さば、すぐ重心を動かすべきなり。かくせば...。
いや、待った待った...そんなの急にできるわけないですよ?
そうですよ。何ですかその...教科書通りに勉強すれば1位取れるみたいな感じで言われても...。
...さりや?
子供は顎を撫でながら、微妙そうな顔をした。
自分の説明方法が、船員たちに上手く通じないんだろうかと思ったんだろうね。
可能であれば船員たちがこんな時間を通じてより強くなって、波へ立ち向かったときに生き残る方法として使うことを望んではいたけど...。
簡単なことじゃなかったみたい。
波に向き合い鯨に向き合えば、必ず誰かがやられなければならなかった。
死を迎えたり、湖に落ちて見つからなくなるのはむしろ幸いなことだろうね。
中途半端に強い普通の船員たちは鯨との戦いで傷を負い、段々人魚になっていく様子を見守るしか無かったから。

「...小舟を下ろせ。」
船長はよく、子供にそんな命令を下した。
子供はその意図が痛いほどよく分かっていた。ピークォド号船長の命令無しに、誰もこの船で死ぬことがあってはならないから。
死んだり人魚に変わったりしなかったと主張するためにはその事実を隠してくれる媒介が必要だったんだ。
最初は子供もその命令に反旗を翻すこともあった。
生かすために手を尽くすべきではないか、そもそも波へ向かって今動くべきではなかったのではないか、そんなことを...。
でも子供は悟ってしまったんだ。
1等航海士である自分は、結局船長の言葉に逆らえない位置に置かれているということを。
だから子供は...船員たちのつまらない冗談に付き合ってあげて...。
あまり通じもしない武術訓練を引き続き見せて、少しでもその命令が下される瞬間を減らすことを望んでいたけど。
少しずつ減っていく船の上の人を見ながら悟るんだ。そんなことは意味がなかったってことを。

...この航海さえ終わらば。
そう望むことは、道がただ一つへと狭められたということ。
航海を一番早く終わらせるためには、船長の言葉に忠誠する航海士になるしかないと思うようになってしまったんだ。
まさにピークォド号の船長、イシュメールの命令にね。

人格/イサン/南部ディエーチ協会4課

一般的に拳闘とは、人体の構造を綿密に知るが核心というべし。
実践練習、基礎体力鍛錬、砂袋叩き…身体を鍛うる方法は無数あるといゆれど。
その後、卓に座りて筆書き動かす時を持ちし後になりてようやく、拳闘というものを心得るべからん。
体がくたくたするほど困ぜし時、きらめく小銭のごとく精神が澄み渡る経験せることやある?
かかる時、私はいと愉快になる。一心に人体の設計図面を眺めたると、ひとえに我が脳にも筋肉育ち、なおその結合強く結び付けたらん気す。
我が考えでは、肉体とは建物のごときものなり。
協会の図書館に並びし無数の知識の紙束読み上げつつ、最も我が興をそそりし建築というジャンル。
協会に救われし童が図書館の「あ」線を過ぎ「さ」まで来て、自らに最も強烈なる刺激を迎えし二つの索引語が建築と身体なりきということを思い出さば…。
その二人がいかほど似た軌を有せるや、説明する要は無からむ。
壁式構造、トラス構造、フレット-スレブ構造。
語感すら刺激的なる、さる技法をおのれのノォトに書きつつ心得るべかりしは、それら一つ一つがいかばかり堅固に立つるや悩みし過程の結果なりきといふことなりき。
また、さる設計を眺む時、その強靱なる構造体も脆弱の核心に触ると、めでたく崩れ壊るということも分かれり。
私はさる弱点を究むるが、いと楽しかりけり。
そのよしは、いつであれより正しき構造の発明されし時、誤りし構造を易く崩して、新しき構造体積み上ぐべきためと言うべけれど。
年を取るにつれ協会の仕事をひとつふたつ引き受け、図書館の「さ」ラインに近づくほどに、かかる考えをし初めけり。
あやまちし構造体が身体という名つけ道を歩行せるなり、と。
私はさることを正さばやという気せり。協会の命令ばかりならず、研究家のごとき我が性情反映されきというが正しからん。
身体をいうは一見、さながら同じ構造持てべく見ゆるやもしれねど、育つにつれまた別の構造体に変貌しけり。
ある構造は段々不安定な物理的構造になれど、強靱なる精神という接着剤と鉄骨にその構造強くし…。
ある構造は物理的には安定的にあるとも、正しくなき内部構造を築きゆきけり。
さるものほど、不良なる構造体ほど、弱点は明確になるものなり。
強力に、正確なる一撃にてその構造体崩して正すべしというが過ぎし日の私が立てし研究の結果なりき。
それゆえ、拳派なり。
あらゆる形に変貌し、外装を不必要に壊しおく鍵の様相よりかは構造の核心を打撃し崩す拳。
これが私という構造体が拳闘と呼ばるるロマンを選びし理由にならむ。

ファウスト

人格/ファウスト/W社2級整理要員

[22:32:40][ワープ、次元移動は…。]
[23:02:11][…23時02分、ファウスト…16番目の録音に引き続き。]
[23:02:15][実質的にW社の特異点はかなり利害打算的に絡まっている。]
[23:02:33][翼になれなかった特異点をあれが購入し、ただ目標だけが定められた「次元」の中に投げ入れただけ。]
[23:02:59][実際の特異点が何か把握できなかったが…出回っている噂を集めて情報化してみると。]
[23:03:13][(髪の毛を掻き上げる音) 恐らくそれはコンピューターの「取り消し」機能と酷似していると思われる。]
[23:03:21][保存されていた過去の形態があれば、いくらでも戻せる技術があるということ。]
[23:03:30][結果的には乗客たちが素早く到着したと受け入れるから大丈夫なのかもしれないが。]
[23:03:48][はぁ…私は、ファウストとしては私たちのような整理要員が「掃除」をする過程が不合理だと思われる。]
[23:04:02][非可逆的な行動が、いくつかの特異点を経て可逆的現象として現れるという事実は興味深くはあるが。]
[23:04:33][…これで録音を終えようと思う。]
[23:04:41][いつもと同じことを言うが、これは公益のための分析ではない。]
[23:04:58][私は、ファウストは。]
[23:05:00][ただ…都市を全部知りたいだけ。]
[23:05:08][…23時05分、ファウスト。録音終了。]

人格/ファウスト/生き残ったロボトミー職員

子供に残されたものはない。失ったものだけでいっぱいだったんだ。
失った右目、失った仲間、失った職場、失った信頼。それ以外にも無数に失ってしまったものたちが頭の中をぐるぐる回った。
終わりました、復帰します。
子供は短い言葉を言い終え、送信機をポケットの中に入れてしまった。
子供が見下ろす片目の前にある世界は…。
上半身と下半身が分離してしまった者の遺体と、冷たい都市の裏路地の地面。補修されてかなり経ったせいか、絶えず点滅している青い光などが全てだった。
あなたは知っていますか?
答えるはずがないものに子供は質問を投げかけた。
それでも返事を望まない子はまた言うんだ。
ファウストはいつになれば認められますか?
渇き切った声を聞いてくれる人は誰もいない。どこにでもいるような虫一匹でさえ。
いつになれば、墜落した翼の職員だったという事実が忘れられるのでしょうか。
彼女が失くしていないものが一つあるとしたら、旧L社で…。そう、私の子供たちがいたその空間で働いていたという事実があるだけでしょう。
その生き地獄から生きて帰らなければならなかった理由があったのでしょうか。
私を必要とする場所はあるのでしょうか。
埋没されたその空間で生き残った他の人はいたでしょうか。明るく輝いていた夜と漆黒のようであった昼は何でしょうか。
子供は小さくため息をつき、
ファウストは、知りうることが何もありません。
溜め息は裏路地の片隅を満たすことすらできず、霞んで消えてしまった。

人格/ファウスト/握る者

子供はその場に座ってから三日もの間、ビクともしていなかった。
まるで全ての刺激を目の前に置かれたモニターに奪われたかのように、食欲も、睡眠欲も。
子供は、何も感じられないように見えるね。

えぇ…まさにこれよ…いくつも出てくるじゃない…。
たまに零れ落ちてくる鳥肌の立つ笑い、囁くような独り言、そしてキーボードの音とマウスをカチャカチャする音以外には、何も聞こえない空間。
うぅううん!こんなに沢山の奴らが義体を量産してただなんて…酷い!おぞましい!
子供の前方にはどこからか手に入れた記憶装置が一つ挿さっていた。
小さく光っている文字を読んでみると、エミールという単語が書かれてるね。シンクレアに貰ったって鍵は、きっとアレのことみたい。

シンクレア…シンクレア…!本当の、本当にありがたい人間ですねぇ…あなたは!
くふっ、町が丸ごと異端といっても過言じゃないわ…!こんな場所で生きるだなんて、とても不快だったでしょうね、シンクレア!
その子供の頭はフル回転していた。
この純粋でない者達をどうやって浄化しましょう。
待って、ちょっと考えてみましょうか。
異端達のガラクタの中に、最も純粋なものが隠れているでしょう?
脳。
全身を義体に挿げ替えたモノたちも、脳だけはそのまま持っている。
心臓も、肺も、全部強化施術で変えてしまうことはできるが、脳だけは都市で代替することのできない純粋なもの。
はっ!
それじゃあ駄目でしょう。純粋なものが可哀想でしょう。その矛盾自体が不快じゃないの!
脳天をこじ開けて、不純物は不純物らしくしてやらないと。
いいよ…いいね!
ついに思考を止めて椅子から立上がった子供は、大きな釘を握りしめた。
ふふ…貴方は私の英雄です。シンクレア。
もう片方の手で血と油で滲んだ地図を広げながら。
あの会社の研究室で覗き込んだ硝子窓に映った様子、そっくりそのままね!
貴方がちらりと覗かせたその不潔さに対する正義溢れる、そして火のような憤怒…それに触れてあげたら貴方は私にこの宝物を渡してくれたんですよ。
ガリッ、歯で赤いペンのキャップを開けて吐き出す姿は、もはや何かに取り憑かれたように見えるね。
貴方の周囲の異端を浄化し…嫌悪を綺麗に片付けて差し上げましょう。
貴方なら直ぐに理解するでしょうね!私たちが共に異端を審判する未来は…確定していますから!
近いうちに会いましょう、シンクレア。
軽薄な笑い、強迫的な手振り。
子供は大いに笑い転げて…。
「カルフ町」と書かれた地図の一角に、何度も丸を描き殴った。

私たちは肩を並べて、不潔なモノ達を浄化してゆくでしょう…。
地図の上の町は赤く、より赤く染まっていった。
この先、そんな風に変わっていくことを暗示でもするようにね。

人格/ファウスト/南部ツヴァイ協会4課

(▌=怪しい取引人)
...はい、確認しました。
密着警護を担当中のグレゴール氏が、成功裏に敵対勢力を撃破したことを報告します。
子供は忙しなく誰かと通話をしてるみたい。
そうしながらも周辺を随時観察することは忘れてないみたいだね。

ロージャ、ヒースクリフ氏に伝達いたします。密着警護側で事態発生。追加の敵対勢力の増援がないのか、引き続き追跡願います。
指定保護かくに~ん。
おっと、ちょっと待って!私が食べるドーナツは残しといてよね!
…食事がより必要であれば、経費請求をしても問題ありません。
おっ!ホントに?分かった~切るね!
……。
今溜め息吐きました?ファウストさん?
いいえ。ファウストの呼吸が一時的に強くなっただけです。
何か文句を言おうとしたわけじゃなくて…ただ、何かしら反応を見せるのは久し振りなので申し上げたまでです。
子供の隣にいる別の子は、軽くクスクス笑いながら手帳を取り出した。
…このようなことまで記録する必要はないのではありませんか、イシュメールさん。
地域保護中に起こる出来事を全て観察して記録することが、私たちの仕事じゃないですか?
私は観察対象ではありませんが…。
あ、ドンキホーテさんが動きましたね。
…ふむ。
他の子供が手帳にさらさらと書き付けている間、子供は不審がりながら溜め息を吐いてはすぐ手持ちの端末を色々と操作した。
シンクレア氏、外部から地域内に入ってくる人物に怪しい者はいませんでいたか?
あ…それが。
ドンキホーテ氏がどこかへ動いてらっしゃいますね。
そ、それが…依頼人の方を尾行する人々がいた気がするから、追いかけるべきだとおっしゃったんですよね。
僕も…そうした方が良いと思ってます。ツヴァイは…依頼人の盾ですから。
既にお客様が敵対勢力と出くわしました。おっしゃった方は外部勢力と判断されますが…。
あ、ドンキホーテさんの方に誰かが接近していますね。
…シンクレア氏はドンキホーテ氏と素早く合流して戦闘を手伝ってください。申し上げました通り、6課は外部人物を制圧する方向性でお願いします。
はっ、もうですか…はい!分かりました!
…思ってた以上に規模が大きいですね。今回の件は。
合同作戦はそこまで稀な出来事ではありませんが、よくある出来事でもありませんしね。
4,5,6課を全て使うことになったということは、それほどの出来事が起こりうるから。でしょう。
例えば…
はぁ、噂をすれば。
はい。あのような事件が起こる場合でしょうね。
二人の子供は何を見たのだろうか。
きっと…お客様、あるいは依頼人と呼ばれるその者に引っ付いている沢山の敵対勢力を見たんだろうね。

敵対勢力の過剰増大を確認しました。ファウストは今より近接保護を遂行します。
はい、以降の報告はイシュメールさんの方からお願いします。
電話を切って、子供はツヴァイのコートを身にまとった。
到着した場所は、既に沢山の敵陣が敷かれた路地だった。
ピッ。

▌お前は…ツヴァイか?
はい、顧客の盾です。
▌あっちこっちからたんまり飛び出てくるなぁ…殺っちまえ!
子供は慣れた風にツヴァイヘンダーを握り…。
ファウスト、保護任務を開始します。
大したことないように、乾いた一言を吐き出して駆け出した。

人格/ファウスト/南部セブン協会4課

(▌=依頼人)
長らくお待たせして申し訳ございません。ご注文はファウストが承ります。
ごった返しの小さなカフェテリアの中。子供は落ち着いた声でテーブルの前に立った。
ミルクティーですね。茶葉はセイロンでよろしいでしょうか?温度のご指定が特になければセ氏94度でご用意いたします。
大きな眼鏡をカチャカチャさせながら、ひっそりとした声は段々と速度を上げていった。
砂糖は1ティースプーンですね。最初の1杯は注いでご提供いたしましょうか?あるいは、カップを温めるお湯を入れたままでのご提供もできます。
絶えずタイプライターを叩く音に子供の声が埋もれそうになるが、子供はそれに合わせて声を張り上げながら話速を絶対に下げようとしない。
そうしていると、ピクッ。
反対側から飛んできた一言に、全てが止まったんだ。

…ミルクピッチャーをお探しになる理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか。
牛乳をより注ぐことを好まれるのであれば、合わせて差し上げられます。お茶を注いでから、更に追加することはお勧めしたくはありません。
牛乳を後から注げば、蛋白質の変性が素早く起こります。香味損失が有意に発生しますので…。
…子供の説教が当面の間終わらなさそうだし、しばらく待ってみようか。
しばらくして…。

…はい、次の注文をお伺いします。
かなり疲れてそうな子供の前に、また別の人が立った。
▌あっ、私は注文じゃなくて…。
協会関連の仕事であれば、今はカフェの仕事を行っているので少し後で…。
▌あ!いえ、受付からこちらにファウストさんがいると言われまして。先日依頼した事件の…あっ、名刺が…。
…事後処理関係ですね?
子供は今カフェで働いているけど、このカフェは純粋にセブン協会のフィクサーのうち、お茶を深い趣味として楽しむ人々が自発的に運営してるだけなんだ。
お互いが決めた時間以外は、当然セブンのフィクサーとして仕事を処理しないと。
子供が主に担当してるのはセブンに来た依頼を、捜査を行った他のフィクサーの情報と総合して結論を下すこと。
そして…。

ご存じだとは思いますが、事後処理の依頼もセブンにお任せしていただけるのであれば依頼費を多少割引して差し上げます。もちろん、それよりもお手頃な方法をお望みであれば、提携事務所を利用する方向性もございます。
▌セブンに任せ続けるなら…処理はあなたが担当することになるんですか?
その通りです。
▌じゃあ…引き続きセブンに任せたいですね。あなたの実力は色々と有名ですから。
…賢明なご選択です。
子供の新たな担当は、事後処理の解決。
事後処理というのは…。

リストにあるのはこの程度ですね。今から二階へ上がりましょう、ヒースクリフ。
以前の依頼から探し出した犯人に対する、徹底的な復讐や掃討。そんな類のものだ。
そう、子供はそのどちらにも定評があるフィクサーだ。
紅茶を淹れる能力であれ、
人間を切る能力であれ。

人格/ファウスト/ロボトミーE.G.O/後悔

(▌=ジェイコブ、=室内放送)
記録開始します。
指揮チーム管理職チーフファウスト、本日の業務時間内記録を実施します。
現位置は...ロボトミーコーポレーション本社。上層指揮チーム部署です。
作業開始より9日、情報チーム部署が解放されてからは3日が経過しました。
まもなく事務職の出勤が完了する予定ですので...少し騒がしいですね。
管理作業が開始される際に、再度録音を開始しなければなりませんね。しばらく一時停止いたします。
...再度記録を開始します。
今は...しばらく新入職員教育のため移動している最中です。
そして、管理人様に昨日新たに入ってきた幻想体に対する管理を頼まれました。どうやら、指揮チームに配置した人員が死亡したようですね。
追加で新入職員を募集したようですが...。
あ、少々お待ちを...。(ガサガサいう音)
ジェイコブ、あなたですね。どうして隔離室の前で尻込んでいるのですか...。
▌あ、ファウストチーフ...わ、私、初めての配置なんですけど...少し...怖くて...。
安心してください、ジェイコブ。あなたが担当する幻想体より安全な幻想体は、きっとこの支部にはいないでしょうから。
▌でも...この、書類に書かれている名前が怖すぎるんですけど...。
▌たった一つの悪と何百もの善...。
▌チーフさん!あのたった一つの悪が私に落とされたらどうなるんですか?わ、私、まだ...。
落ち着いてください。あの幻想体はそのようには行動しません。
幻想体図鑑に書かれたとおりに洞察や愛着作業を実施すれば、何も起こらないでしょう。
▌ほ、ほんとですよね...。
ファウストは嘘を言いません。
▌わ、分かりました...ありがとうございます、チーフ。
...少し時間を使ってしまいましたね。ジェイコブは指揮チームに配属されたばかりの新入社員なので、幻想体に対する説明を聞いて必要以上に怯えてしまったようです。
こういったこともチーフの職務でしょう…管理人様にも理解していただけると考えております。
それでは…再び隔離室の前まで移動してから録音いたします。
あーあー。記録を再開します。
予想していた時間より到着が少し遅れましたね…マルクト様と対面して、少し対話をしました。
本日実施の管理作業に対して尋ねられたので、報告いたしました。
完了予想時間を秒単位で要請されるとは思いませんでしたが、記録のおかげで満足のいく答弁を差し上げられたようです。
担当部署自体を管理すべき…部署長格のセフィラ様ですので、納得がいかないわけではありません。
とにかく…ここはT-01-54、通称捨てられた殺人鬼の隔離室の前です。
今まで確認された記録によると…作業結果が悪くさえなければ、問題が起こりそうにないですね。
ふむ…(紙が捲られる音)記録済みの作業内訳を見るに、以前に作業した職員は抑圧作業を実施したようです。
その結果、NE-BOXが蓄積しすぎて、頭が鉄と類似したものに変異…職員を頭で潰して死に至らせた…ふむ。
頭が鉄に変異するということに原理を正確に理解する人は数少ないでしょうけど、そういったものが幻想体ですからね。
少なくとも抑圧作業は避ける方が正しいということは、記録を通じて把握できるでしょう。
万が一何かがあっても…レッドダメージを減衰させられるE.G.Oスーツもありますし、大丈夫でしょう。
それでは、作業を実施してきてから経過を録音しましょう。
…ファウストです。
作業は成功しました。
何かをつぶやきながらずっと下を見つめて不安に震えている姿が観測でき、理想的な対話は難しいであろうと判断しました。
かなり憔悴した様子だったので、人間に有用な食事を提供しながら本能作業を試行してみました。
結果的に良い作業効果を得ました。この幻想体には本能作業が有効であると記録すれば良いでしょう。
ただし…鉄に変わる理由や、そういった兆候に関しては確認されませんでしたね。
該当幻想体より抽出されたこのE.G.Oウェポンの特徴を見るに、幻想体の特性がE.G.Oウェポンの形態と特性に影響を与えていることが分かります。
あっ、サイレンの音が…。
[通告、緑色の黎明の試練出現。1段階トランペット発動。各部署の制圧担当職員は、即時上層最下段右側エレベーターへ移動。]
端末に管理人様の召集命令が出力されました。…もう試練が現れる時になったのですね。
管理人様の下す命令はこうやって、各職員が持つ端末機にテキストで出力されます。時々刻々と命令が忙しないため、素早く確認する必要があります。
私も試練制圧へ合流しに移動しましょう。

人格/ファウスト/剣契殺手

世の中には美しいものが本当に多いです。
降り注ぐ月の光、咲き乱れた紅梅。
その美しいものの中でも、ファウストはこの二つを最も美しいものとして挙げたいと思っております。
...あえて言いますが、ファウストが読めない本は希でファウストに知り得ない知識はありません。
それゆえ、私にとってこの二つより美しいものは確実に存在しないでしょう。
とにかく。
私がこのように考えたことを、筆を通じて記録しながら新しいものを作り出せるので...今は大丈夫です。
...じきに、時期に私たちは拠り所を離れなければなりません。
すでにS社は取り返しのつかないほど没落してしまいました。
上から、まるで川を汚染させるように降りてくる堕落の波紋は抑えきれず。
武を追っていたに過ぎない私たちは、それを防ぐ小さな堤防の役割を果たすことも果たせるわけもありませんでした。
ただ、未だにその汚染をなんとか取り除こうと努力する清廉な人もいましたが...。
私たちは、少なくとも頭目は彼らを助けることを最善と考えていました。
それは頭目個人の正義感だったかもしれませんし、もしかすると私たちが居場所を奪われないための最後の防壁を支援しようとしたのかもしれません。
なにせ無口な人物で、直接聞いたことはありませんが。
しかし意図がどうあれ、私たちは崩れて水が漏れ始めたその堤防を結局護ることはできませんでした。
汚染された波紋はその堤防を守っていた私たちにも氾濫してきて...その結果、結局は拠り所を捨てざるを得なくなったのです。
巣を離れていく決定も簡単ではありませんでした。
頭目が率いる今の剣契は、かつて各々の立ち位置で小さいながらも官職を持っていた羽たちでしたから。
頭目を追跡するために、S社はチュノックンを送ってきて...。
その過程でも色々な同僚が散って命を失ったので、たとえ小規模であれど再び会って意を交わせるだけでも幸運でしょう。
...いつかもう一度、月明かりの中で手紙を書いてみたいです。
ふむ。私は死線を前にして、過去のことを噛み締めるようですね。
それゆえ私は今、私の剣を側にいる親友たちを守り新たな居場所を作るために振りかざしています。
空中で咲く紅梅は今その美しさを果たし枯れたとしても、私はこの刹那の大切さを守るために咲かせ、また咲かせます。
...巣を離れてからどれくらい経ったでしょうか。
月明かりの下ではありませんが、少しのあいだ筆を執る機会ができましたね。
親友の偵察情報に従い、新しく定着する居場所を熱心に探した結果最も有力なのはT社の裏路地に行くことでしたが...。
よりによって、そこを先に牛耳っていた組織がありました。
争いは起こるのは必然ですね。
ふむ。
月の光が遮られたようです。
彼らの名前は黒雲...黒い雲と言いましたっけ。
確かに雲はしばらくの間、月を隠すことはできます。
しかし...。
風が吹き、時間が経てば雲はやがて散ります。
また、月の大きさに比べれば雲はただ小さな埃の欠片に同じ。
雲は...こうやって美しく舞い散る梅の花びらのように散るでしょう。
私の指先から散るかもしれませんし、頭目...あるいは他の殺手の手でそうなることもあるでしょう。
誰であれ、結果は同じでしょう。
雲が散るのも、敵の懐から梅が咲くのも。
どれも自然なことに過ぎませんから。

ドンキホーテ

人格/ドンキホーテ/W社3級整理要員

先輩!質問がありまする!
どうぞ。
ワープ列車は高速走行中、衝突を防止するために外郭を経由し加速しながら戻ってくるという話を聞いた。これは本当か?
いいえ。
そ、そうであったか…それなら!一等席を利用する乗客が17次元ワープ空間に存在するといわれている「真空ワインセラー」を通じて食前酒を提供されるというのは事実か!?
いいえ。
うぉっほん…ほ、当人もこれはありえないと思っていたぞ!それなら、我が管理職員は…。
ドンキホーテ、とおっしゃいましたか。後輩さん。
いかにも!
…とりあえず座ってください。どうせもうじき、直接列車を見ることになりますから。
うほぉおっ!!!!で、ではそうしようか!
でも子供は知らなかっただろうね。
どうして先輩がちょうどそのあたりで止めたのかを。
どうして答えがそんなにも簡潔で明瞭だったのか。
それでも、子供は間もなく真実を知ることができたんだ。

…いずれにせよ幻想を抱くのは自由ですが、ドンキホーテさん。
こ、これは…。
現実と幻想に乖離が存在し得るということも知っておいてください。
まもなく到着した列車のドアの中を見ることになった子供は、戸惑いと嫌悪が入り混じった青白い顔をして、その場に座り込んだ。
うん、誰だってそうしただろう。
あの列車の…本当の正体を知ってしまったのならね。

人格/ドンキホーテ/南部シ協会5課

いつも豪放な笑い方をするし、くだらない冗談を誰よりも楽しむ子供だったけど、今は違うんだ。
実のところ、その姿はその子供の本質ではなかったんだ。
他人に微笑んで親しい関係を作ることは、もしかしたら殺しの仕事をするために子供が選んだ処世術だったのかもしれない。
子供の剣は速い。誰も知覚出来ぬ刹那に、黒い敵は真っ二つになっていた。
そうする子供の顔には何の表情もない。
悲しみも、喜びも、笑顔や涙もない。
でも、何歩か歩いて子供が仲間と合流すればまた顔色は変わるだろうね。
とぼけた笑顔で冗談を交わしながら。
きっと、誰も知らないだろう。
その子供が、一人で任務を遂行するときの姿を。

人格/ドンキホーテ/N社中鎚

=謹厳な異端審問官、=重厚な異端審問官、=囚われた義体保有者/驚愕した義体保持者)
しかしそなたとは私と契りを交わしたがゆえに…。
子供は血塗れの重い甲冑を身にまとう前から、夢があったんだ。
都市のどこかに裁判所というものがあれば、悪に審判の槌…ガベルを振り下ろしたいと思っていた。

醜悪な異機を付けた不潔なもの達を釘で導き…。
子供は何かを集中して読むことにも、大きな才能を持っていた。
その代わりに、何かしらを目に入れていないと休まずに話す癖を持ってしまったけどね…。

なるほど。しかし我々がその悪を釘で貫く理由は、握る者が正義を執行なさるきっかけを作るための道具として活用するためであるからか…ふひっ。
子供の目が、その一声と共にキラッと光った。その光は多少濁ってはいるけど、何はともあれ光を放ってはいるということだ。
休息は終わりだ。中、小鎚は規定の隊列に集合せよ。
今日も有意義な休憩であったな…労働を休む間、握る者のお言葉を吸入することができるなど、最高の福祉でないわけがない。
子供は自分の身体より大きな鎚を地面に突き立てながら、すっきりとした表情で身体を起こした。
第三鎚。二路地分、前進。綺麗にするように。
期待に応えよう!正義を体現しようではないか!
かなり骨が太い鎚達も、入社してからずっと続く「浄化」に疲れていったが、子供はそんな気色を少しも露にしなかった。むしろ言葉が終わるや否や、気が狂ったかのような速度で走り出していたんだ。
…あの者か?一度も缶詰を口にしていないという鎚は。
それだけだとでも?小鎚であった頃からあの者は一度も「教育」を受けたことがない。
…それは驚きだ。
土埃だけを残して去った子供を眺めながら、二人の鎚たちはそんな会話をしていた。
信実であることは、確かに美徳だが…特異ではあるな。
皆まで言うな。あの者がどうして休むときに長靴を脱いでいないのか、知っているか?
噂は本当か?運動靴を甲冑の中に重ねて履いているので、不便であるがゆえに脱がないという…。
正義を共に実現する仲間だとか。まぁ、握る者がそのようなものを処罰しろとは仰せられていないがゆえに放置してはいるが。
彼らはそれ以上、特に話題が思いつかなかったようだった。
自分たちの教育も、人格缶詰を食べる日々も無いまま、教理にすぐさま心酔した新入りは一度も見たことがなかったから。怖気づいたんだろうね。
むしろそれくらいで怖気づけて良かったのかも。

フハハハッ!ハハハ!!
子供の前にいる者達は、怖気付く気力すら無かったから。
た、たすけ。
心臓の無い空き缶が喋ったりもするのだな!アハハ!
肉が裂ける音、巨大な金鎚が空気を爆発させる音。
こ、これ。外します。わ、わたしは。
創傷に裂傷、そして爆傷と打撲傷。
悪人の言葉をいかに信じられよう!
私が…?どうして、あく。
世界に存在する全ての傷と騒音が、その空間に押し寄せているような気がした。
阿鼻叫喚っていうのは、きっとこんなものを目にしたときに言う言葉なんだと思う。
最も怖い人間って、自らを常に正しいと信じる者たちだって話があったっけ…。
うん、きっと間違ってはいないと思う。
もしかすると子供はただ、自分が信じたいものだけを信じたかったのだけかもしれないね。

人格/ドンキホーテ/南部センク協会5課部長

(▌=インタビュアー、=興奮した市民、=悔しがっている市民、=外野)
さぁ!こちらへ早く来たまえ!
子供は浮かれた表情で路地を駆け抜けていた。その後方には、小さな手帳を持った者も共にいたんだ。
▌ちょ、ちょっと待ってください...。今回のインタビューの目的は、センク協会の業務を知ることなんですけど...。
やっているであろう?今!
▌いえ、今やってるのは裏路地の散策しゃないですか...。
手帳をくしゃくしゃにしているインタビュアーの表情が、段々と機嫌悪そうになってるね。
確かにインタビューの約束を取り付けたときは、あまり知られていないセンク協会の業務環境を知ることができるだろうと期待して来ただろうけど...。
いざ会うと、部長という人は30分も裏路地をうろついてばかりいたからね。

ちっちっ...そなた、よく分かっていないようだな!
でも子供は気にせす、人差し指を左右に揺らして笑っていたんだ。
問おう!そなたはセンクの主な役割は何であると思うか?
▌そりゃあ...センクは決闘協会しゃないですか。
▌依頼人の代理決闘に出たり...まぁ、そんなことをしてるんじゃないですか?
はは、ほれ見ろ!よく分かっていないではないか?
▌...まさか、悪人を見つけて決闘を申し込んで回っているとおっしゃるつもりじゃないですよね?
▌そんな正義の使者でもあるまいし...部長さんがそんな幻想を抱いてるって情報提供もあったんですけど、無視したんですよ。
▌そんな幼稚な考えを持ったまま部長の座に就けるわけないじゃないですか、そうですよね?
うぇっへん!こほん...。
どこかしら刺さるところがあったかもしれないけど、子供は気にしなかった。
もちろん...そういうことではあらめ。もう少し実利的な理由と言えば良いだろうか?
その言葉と共に裏路地を抜けると...。
ガヤガヤとしている群衆の間に、今にも喧嘩を始めそうなニ人が目に入ってきたんだ。

▌何ですか...?依頼が入ってたんですか?
いいや!依頼は他の協会員に伝達したのである。
▌ということは...。
分かったか?こんな路地では言い争いが起こり、喧嘩になる状況はとても頻緊にあるのだ。
だからこそ~。
せ、センク協会だ!
よ、よく来た!こっち!代理決闘を申請しよう!
あっ、こ、この野郎...お、俺も!
さあさあ~落ち着きなされ!どれ、どういう状況だったのか話を聞こうではないか?
子供はニ人の話を聞いて手袋を脱ぐと...。
ふぅむ。私が契約する依頼者は決まったようだな!
向こうに立っていた者へいきなり手袋を投げつけた。
決闘依頼をするのにも手順と格式があるものだ!
無闇に詰め寄ってきて声だけ荒らげるそなたは、許せないな。
くうっ...この...クソ...。
まったく。高貴な決闘の申し込みを、どうしていつもこんな風に怒りながら受け入れるのであろうか。
ああ、インタビュアー君!そなたは少し離れるが良い!
子供は腰から剣を抜き取ってフォームを取り、
アレ!(Allez!)
じきに、手袋を当てられた者の敗北で決闘は終わってしまったんだ。
▌すごい...こんな瞬時に?
驚くべき実力ではあるまいが。ああ、依頼に対する代金はこちらに払いたまえ。
子供は何度も頭を下げる依頼人に名刺一枚を渡し、インタビュアーのところに戻った。
正義の使者...都市ではそれを幼稚と受けとめるやもしれぬが。
こんな「業務」の方式で遂行すれば、それはまた実績として認められたのだ。
これが私なりの妥協点である。どうだ、まだ幼稚だと思うか?
爽快な笑顔と共にね。

人格/ドンキホーテ/ロボトミーE.G.O/提灯

15日目!
今日も忙しない一日であった!
教育チーム配置されて四日が経ったのであるが、未だにここでのスケジュールはきっちきち状態で回っているようである。
一日が過ぎるたびに新入り君達もひとりふたり顔を見せはするが、次の日になるとまた見せてこなくなったりするがゆえに...顔を覚える暇すらないといえよう。
まぁ~チーム同士で人手を派遣したり交換したりする場合も往々にしてあるがゆえ、新入り君達がもっと働きやすい場所に配置されたと思っておる!
当人は、今日も0-04-84...いや、違う。提灯君と作業を実行したのである。
あぁ。正確に言うなれば、提灯君がまた廊下のどこかに花を咲かせに行ったのである!
当人は、提灯君を再び隔離室へ連れ戻して作業をする必要があった。
何も言わずに隠れんぼを始めるのはやめろおと何度も注意したが...。どうにもそんな簡単に言うことを聞いてはくれないようである。
提灯君は、他の幻想体と違って脱走しても特別な警告が鳴らないのである。
気が付くのは...提灯君の専属職員である当人が、隔離室が空になっているのを確認したときや、突然職員の失踪申告が増える区域ができたときである。
本人がそれに気付いて大急ぎで予想区域へ近付くと...必ず提灯君が隠れているのだ。
会社の隔離室前を自由気ままに陣取り、花を咲かせて...。何も知らない新入り君達をゴックリ、肥料にするために呑み込む様を放ってはおけませぬ!
どうしようもなく、この友達を何度かげんこつで殴ってやり...隔離室へ送り返すしかなかったのある。
そうして...当人は予定されていた作業を遂行したのだ。
本来予定されていた清潔プロセスや隔離室照明強度調整テストも実施したが...。やはり、今日の脱走を厳しく叱ってやるべきだという考えで会話を進めたいと思ったのでありまする!
あっ...しかし。
考えてもみてくだされ!あのふかふかとした毛で包まれた子をそんな簡単に叱ることができようか?
少し強目に、その毛を撫でることを訓告代わりにしなければならないとは...。当人の心がとても弱くなったのではあるまいか、そんな考えがしたのだ。
まぁ...そうして隔離室から出てから、PE-BOXが転送されるのを見ておると...。
もうそのときが来たのか、試練が現れたという警報が会社全体へ鳴り響いてたのである!
ウーティス殿...いや、チーフも隔離室にて作業中でいらっしゃるがゆえ試練対応に参加することができず、どうにも初期対応を失敗したのかまたまたいくつかの隔離室が毀損されていたようである。
廊下へと飛び出てきた友達の中には...。ああ、過去に当人が担当していた宇宙君もいたのである!
当人にこれほどまでに可愛らしいハート型のバッチをプレゼントしてくれたがげんこつで殴らねばならないので、少し心が痛むのである。
しかし...仕事は仕事!会社が当人を信じて任せた仕事ではあるまいか!
とりあえず、任された仕事であるならせめて楽しく!
やり遂げるべきであろう。
今日の日記は、ここまで!

人格/ドンキホーテ/中指末妹

(▌=末兄、=疲れた末弟/気長な末弟、=末弟たち、=???)
当人はですな!
末兄様を補弼(ほひつ)するようになったことが実に光栄でありまする!
中指という組織に足を踏み入れられたのも感激でありまする!
当人が...!いかに知ることができたであろう!指にて当人を望んでいると言うことを...!
えへん、は、はは...。
新入りちゃん...元気なのは良いけど、そろそろ末兄様が出てくるから...。
少し黙って立ってようか、分かったか?
はっ!しょ、承知した!
子供はぺちゃくちゃ動かしていた口を大げさにぎゅっと閉じて、きちんと両腕を寄せて腰をすっと伸ばした。
けほん、えへん、ふーむ...。
でも、そうしながらも唇をぴくぴくさせてるのを見るに誰かがチャンスを与えたら、すぐ滝のように言葉を吐き出しそうだね。
廊下に並ぶ大勢の人たちの雰囲気は中々厳粛で、子供の気質とはあまり合わないような気もするけど...。
彼らもコソコソ、クスクスしながら雑談を少しばかりしているのを見るにこの集団は元々かなり緩くて、互いに仲が良いのが特徴なのかもしれないね。
もちろん、子供くらいにうるさい感じでは無いけど。

あっ、いらしましたな...!
子供が小さく囁いたとおり、廊下の向こう側から図体の大きい誰かが歩いてきてた。
なんとまぁ...あの刺青がぎっしり詰まっているのを見よ...怨恨をどれほど片付けてきたのでありましょう...!
怨恨一つを片付けるたびに刻めるという独特な中指だけの強化刺青が全身を覆っているその人は、それなりの腕をした人を数十人を連れて行っても一人で片付けてしまえそうなオーラを醸し出していて...。
力強いオーラに包まれていると言っても過言ではないほど圧倒的な姿に、子供は肌が痺れるような感覚を、身を以て味わっていた。

▌そうか、皆元気みたいだな。特になんも無いか?
おおお...ほぉ...。
一体あれほどの怨恨をいかに書き下ろしたのでありましょうか。復讐を行うだけでも忙しかったのでありましょうに!当人のより大きなあの帳簿を埋めながら動くためには定めて鉛筆で書き付けるわけではなく...。
▌...えへん。
▌こいつぁ誰だ?
あ、今回新しく入ってきた子です。結構大袈裟言いはしますけど、実力は良かったですね。
うえっへん...!
▌そうか...そういう風には見えるな...。
▌ふむ、まあでも新しく入ってきたヤツがいるなら夕飯にパーティーを開かにゃならんのだが。
パー...ティー...!
▌俺今日忙しくて。お前ら同士勝手にやれ。そら、カードだ。
ありがとうございます!
▌新入りも頑張れよ~。俺今日別の港船に用事があるから、そのつもりで。
はっ!
手をひらひらと振りながら、廊下の遠くへ兄様という者が消えると...。
みみみみ見たでありますか!?ききききき聞いたでありますか!?
末兄様が当人を見たのでありまする!当人のためにパーレィを開くとおっしゃりました!
あぁ、うっさいな...はっ。そうだね、すっごくうれしいなぁ~すっっっごく。
新入りが入るたびにやるってのに、そんなに良いのか?
当人はパーレィが!本当に好きでございまする!!
そんな大好きなパーティーを楽しむなら、今日の仕事は早く終わらせないとな?
素早く行ってこようか~オーケイ?
もち!!!ろん!!!
...こんな子供が、本当に組織生活に慣れるだろうか。そんな疑いもあったみたい。
でも意外と、こんな単純な人であるほど何かしらの仕事を任せるのに便利でもあるからね。

パーティー、パーティー!
かはっ、うっ......。
確実な動機付けさえすれば...業務効率が急上昇するからね。
そこの!そなたの犯した罪がこんなにも帳簿に書かれているではないか!
私は夕方に急ぎのパ...いや、用事があるゆえ!何度も抵抗せずにじっとしているがよい!
知らなかった、知らなかったって...!中指の人だって知ってたら...。
興味!無い!
ぐぉっ...。
中指の義理を無視して、中指の肩を持たなかっただけでもそなたは悪である!
そして当人はその正義を執行し、それに相応しい勲章としてこの身に刺青をもう一画刻むのである!
あんな表情でよく人が殴れるな...。
妹に留まってるべき人材じゃないのかもな。パーティーを盛大に開くべきか?
おい、ドンキホーテ!パーティーでもっと食べたいもんはあるか?
当人はアイスクリィムが!食べたいのでありまする!
高ぶった口調で食べたいものを言い、中指の仕返しを実践する子供は...。
誰よりも中指らしい人物と言うしかなさそうだね。

人格/ドンキホーテ/剣契殺手

待て、待て!
酒瓶を持って飲み込む寸前、子供の前に座っていた者は愚かしいという風に大声で叱りつけた。
ど、どうした!突然大声で...。
我々は平民ではない、ドンキホーテ。今、ラッパ飲みをしようというのか?
ラッパ...?
反対側に座っている子供はじれったげに溜め息を大きく吐きながら、目をぎゅっと閉じた。
今はさすらい歩く剣契の一員だけど、もしいつか色んな汚名をそそいで全員S社に戻れるようになったら、高官の任務に就くことになるだろうし...。
そうなると食事の席を共にすることもあるだろうに、このままでは困った未来しか見えないという考えが、頭をじわじわと包み込んでいった。

酒を飲むときは杯に注いで飲むんだ...。
杯を全て空にして、また新しく注いで飲んで。それが基本中の基本だ。
...なにゆえ?
子供は本当に、純粋に分からないって目をしているね。
こんな小さな杯に注いで飲めば、無駄に手間だけ増えるではないか!
...節酒をしろという意味だ。酒に酔って、人事不省になることがあるから杯に注いで少しずつ飲めというこ―
うぇっ!ケホケホ!
向こうの子供が何を言おうが、言うまいが。
子供は瓶から直接中身を呑み...。
期待していた味と香りではなかったせいか、それとも酒が辛く感じられたのか。
...そのまま反対側に噴き出してしまった。

......。
そして当然、説教をしていた子供にその中身が全部掛かってしまった。
い、いや...わざとではありませぬ!
ただ思ってた味と違―
......。
こ、米で作ったものだと言ったではないか?当然シッケや、甘酒のようなものだろうと...。
私が、言っただろ。
ひっ!
杯に注いで、少しずつ呑めと。
言うことを聞いていたなら、こんなことは起こったと思うか?
い、いいや...。
敬え!今は私が教える立場ではないか!
はっ、はい!
そもそも、そんな風に箸を持つこと自体間違いだ!
こ、これは酒瓶を持とうと一時て―
箸は!こう!持つんだ!そうやって雑に...。
...向かい側の子供が繰り広げる説教は、留まるところを知らずに続いた。
今や半分くらいは、怒りを解消するために言っているような気もするけど...。
子供が言うことを聞かずにしでかしたことだし、その対価を支払うのは当然だよね?

...このくらいにしておこう。
うぅ...。
偵察は順調だったか?何日も、その知らせを聞くために待っていた。
けほん。近くの裏路地をあちこちをうろつきながら見ておいた良い場所が、5ヶ所ほどあったのだ。
うむ。それは良い知らせだ。しかし、それよりかは黒雲会の...。
えっへん!そう言われずとも、黒雲会の会食の席を偵察してきたのである。
...二日後と言っていたな。
向かい側の子供が持っていた杯がぴくっと動いた。その中の澄み切った酒の中にも、小さな揺らめきが生じた。
そうか...結局、転がってきた石は埋まっている石と衝突するしかないということか。
しかし、このように放浪しながら生き永らえてさえいれば必ず機会が訪れるはず...頭目はそう仰せられた。
それにしてもよく敵陣から抜け出せたな。
へへ。実は最後、何人かに首根っこを捕まれはしたが...。
後腐れなくうまく処理したのだ。
子供は剣を持ち、組員を斬り倒したことをまるで服についた埃を払い落としたかのような調子で話した。
昔はこうやって裏路地を放浪する組織員ではなかったかもしれないが、彼らが今剣契となって刀を振るうことができた理由はきっと...。
剣契であっても、そうでなくても...昔にも剣と共に長いこと生きてきた殺手だったからだろう。
ただ、違うことがあるとすれば...。
......。
以前は誰かのために剣を振りかざしたけど、今は自分のために斬っているだけということだろうね。

良秀

人格/良秀/南部セブン協会6課

=気になる様子の同僚)
…君は一体何でセブンにいるんだ?
べつ、ない。
子供は相手の質問にはいつも冷たく答えた。
そういった行動に特段意味はなかったけど、セブン協会はむしろそういう子供の特徴に焦点を置いたんだ。
セブンは情報を集めるが、相手にはセブンの情報を与えないのが彼らのルールだった。
そういった点で、子供は大体の情報を他人に渡すのを嫌がった。口が堅いというべきかな?
もちろん、意図的な行動じゃなかったけど。
ただ剣を振り回す場所が子供に必要だっただけ、という可能性の方が高いかもしれないね。

…ふっ、よく見てろ。
子供は剣を変わった姿勢で振りかざし、瞬時に操ってみせた。
剣が目標に達するたびにそれは剥がれ、切り取られ、砕け、散らばり…。

剣創芸極…。
剣で創り出す芸術の極致。
文字通り、目の前のそれは人間とはあまりにもかけ離れた形の肉の塊に変わってしまったんだ。

人格/良秀/黒雲会若衆

=若頭補佐)
子供は、ちゃんと見ていろという風な視線を送りながら、口の中いっぱいに溜め込んでいた煙草の煙を吐き出した。
補佐、どうだ?これくらいなら芸術に近しくないか?
煙草の煙でできた雲が刃を通ると、その煙は真っ二つに分かれ漂っていった。
ともあれ、剣については認めてやらないとな。
まぁ、能力が無いのに若頭補佐に対してこんな態度を取ったら指の一本や二本じゃ足りないだろうし。
斬る仕事ができたら言ってくれると嬉しいな。斬る形の構想があるんだ。
補佐は苦笑いを浮かべた。
もしかしたらこの子供は寛大というよりかは、ただ扇情的に煙草の煙を切っている子供に勝つことが難しいのかもしれないね。

そんな良秀君に朗報だ。
ふぅん。
抗争だ。
…本当に朗報だな。
子供の目元が細くなった。口角は既につり上がっていて、指はうねうねと動いてたんだ。

人格/良秀/りょ・ミ・パ厨房長

あぁ、起きたか。
子供は淡々とした声でそう言った。
目を開かずに聞けば、まるで熟睡から目覚めた誰かに掛ける、安否を尋ねる挨拶のように聞こえるかもしれないね。

時間通りに起きてくれて良かった。心臓の拍動が遅すぎるときにやる作業は、味に影響を及ぼすからな。
子供は小さく笑みを零しながら、床に横たわった誰かを見た。
気の毒なことに自分の状況が受け入れられないのか、全身をもぞもぞさせているね。

おい、あんまり動くな。ちっ、あいつには適当に息を弱くしておけって言ったってのに。
バチッ。
子供は非情な口調でその者の頬を叩いた。

芸術の素材が勝手に主題感を持つのは我慢ならないんだ。し・へする前にじっとしてろって。
それが四肢をへし切るって意味だってことを、哀れな山羊は知るわけなかっただろうけど…。
静かにしていれば少しだけでも長く生きてられるってことはすぐに悟ったんだ。

話・良・聞・賞だ。
ブスッ。
子供はさっきからいじっていた注射器を、横たわってる者に突き刺した。

麻酔剤と様々な香味剤を添加した注射だ。お前を裏路地最高の美術品であり、美食··· そして芸術にしてくれる高価な添加剤だ。
子供がしきりに口にする芸術だとか、美術品だとかいう言葉が理解できないかもしれないけど…。
中でも、23区の裏路地はグルメ通りとも呼ばれるところなんだよ。
うん。W社が位置する巣の裏路地のあそこだね。
美食を追求し、それを美しさになぞらえる文化が蔓延している裏路地。
8人のシェフとか、ドシュランガイドとかの発祥の場所でもあるんだ。
この子はその8人のうちの1人になりたがっているんだ。芸術食の華と呼ばれる材料の一つである人間を利用してね。
そのために子供はここにりょ・ミ・パという飲食店を開いた。…言葉を減らす癖は、子供の確固たる好みみたい。
店名の通り子供は肉で作ったパイを売っていて、そのパイは美食家の間でそれなりの口コミが広まっていた。

さぁ…段々と感覚が鈍くなっていくだろ?
子供は楽しそうに哀れな山羊を眺めながら、刃を点検した。
良い素材でじゃなきゃ駄目だ。グレゴール、あの格下の愚かで経験も少ない助手と一緒にやっていくにも、そろそろ癇癪が抑えきれないからな。
子供は舌打ちと共にグズグズ言い始めた。
のろのろ動くだの、質の悪い素材ばかり持ってくるだの、鈍った包丁で裁断するから素材が傷むだの···。

まぁ、いい。8人のシェフに名を連ねた瞬間解雇するから。
子供が不満を漏らしている間、哀れな山羊の目はだんだんと閉じていく。
なぜあんなにイライラしているのか、自分はどうなるのか…何も考えられず、だんだん感覚だけが朦朧としていくんだ。

ふん、いったん集中するか。
さぁ…笑え。今からお前は芸術の中心になるだろうから。
子供はそんな哀れな山羊の姿を見つめながらナイフを持ち上げる。
子供のナイフに付いた血が笑顔のように見えたのは偶然だろうか。
…その後ろにある表情を見た感じだと、それを気にする必要もないような気がするね。

人格/良秀/W社3級整理要員

どう思う?
適当な労働を対価に毎日、何度も新しい芸術品が勢揃いの展示館が到着してくる日々についてだ。
ああ、これは答えを期待して書く文じゃない。誰かが読むとも思ってもいない。
芸術品を見てから書き下す...短縮できないーつの観覧後記ということにしておこう。
この会社へ入ることになった契機は単純だった。あまり期待もしてなかった。
整理要員という仕事を提案されたときは単に固定依頼元ができただけだ、と思ってばかりいた。
そうだ。翼なんぞになりやがられると、あれこれ気をつけなきゃあならんことが身の回りに増えるんだろう。
俺を無駄にイラつかせなきゃそんなもん知ったこっちゃない。そんな風に思って契約書に捺印した。
だけど...はっ!
今まで堂々と走り回ってたあの列車が...。
時間を通じて編み出された芸術品が融け込んだ展示館だったとはな!
こんなもん良く上手いこと隠し通せてたな。そんなことを考えもしたが、それと同時に、そして俺の頭の中を大きく占めたものは。
意想外。その三文字の単語だった。
思い浮かべてみると、近ごろ俺は自ら「芸術」を追求して創り出しただけ。
他者の「芸術」を観覧したことは無かった。
これは恥すべきことだ。いかなる芸術であれ見ることを通じて視野を広げ、より味を深めていかにゃならんのに。
そのときになってやっと、今まで俺の作品にマンネリズムが宿っていた理由を悟った。
状況を覗き込まなきゃ、生々しい制作をすることも不可能だから。
列車と列車の間に伸びて引っ付き、新たな「扉」の役割をする作品だの、
椅子の厚くて柔らかな部分を、より厚く重ね塗りして自分自身が新たな椅子になった作品だの、
お互いに絡み付いて生命体の様相を呈しながら歩いてくるモノ...これはまだ作品とはいえない。
芸術行為ともいえない。これらは自らが「芸術」を遂行するという意思もなかったから。
確かな意思を示さないまま動いているならそれは結局、仕上けが済んでいない未完成作品だから。
俺はこういったモノを主に切りつける。整理しやすくしろという会社の命令があるから。
意図せす芸術品になろうとしていたモノに手出しすることは俺の性に合わないが...そこまで多くあるわけじゃない。そんなモノよりも手に入る価値がとても高い。
会社で出してくれる支給品も、とても気に入った。
空間妖刀、屈折魔刀、ディメンションアートナイフ...様々な候補の中から俺は、次元魔剣という名前を付けてやった。
準備ができてない状態で未完成品を切りつけると、俺の体力を吸い取っちまうのが一番イイ。
まともな心構えもなしに芸術品を扱おうとすれば血を見るって感じがな。
はあ...このまま、眠ることもなく、この仕事を続けられたら...
良かっただろうに。
クソッ...上のドタマたちは何考えてんだ、俺をひよっ子どもの教育なんかやる場所にブチ込みやがった。
はあ、あの横のヤツがブツブツ言ってるザマを見ろよ。あいつはこれがさぞかし楽しいらしい。
変なヤツじゃないわけない。どうして鉱山から絶えす金が転がってくるってのに、他の仕事に興味を感じられるんだ?
いっそ俺がこのタチの悪い冗談に付き合ってる間、あいつが代わりに全部やることになれば...
はっ、そんなワケないか。
クソッ。こうしてる間も、通り過ぎる芸術品たちを見る時間が惜しいな。

人格/良秀/LCCB係長

(▌=教育担当者、=ひょろい組員)
▌さあ、新入りの皆さん。何度も言ってますが...。
▌この教育の目標は精神戦力強化ですから、なにとぞご協力ください。
......。
カチャ、カチャ。
子供が貧乏揺すりをしているがゆえに感じる微細な振動、ズボンの擦れる音。
そして忙しなくボールペンの後ろをカチャカチャする音には、退屈さと苛立ちがこれでもかと込められていた。

▌さぁ、少し眠くてイライラしてたとしても...声に出して読んでみましょう。
▌教育マニュアル、3ページの第一段落
▌...LCCB社員の皆様は今一度心に刻んでください。我々ビフォーチームは皆の代わりに道を切り拓く重要な任務を任された職員です。皆さんが―
じ・む。
子供は溜め息を吐きながらそう言った。時間を無駄にしてるこの状況が気に食わないみたいだね。
前にまで聞こえるほどの音じゃなかったけど、隣の席に座った同期たちには十分すぎるくらい聞こえただろうね。

いつまでこれしきのくだらない話を聞かなにゃらんのだ。ブツブツ言うのも一度や二度ならまだしも、そろそろ耳にタコができそうだ。
...あのですね。少し静かにしてください。
子供の隣にはまた別の子供が座っていた。その子も凄く退屈そうな雰囲気だったけどしかめっ面をしながらも、前で復唱しろっていうものは全部復唱してる妙に誠実な雰囲気が目に付くね。
間違ったことでも言ったか。皆の代わりに犠牲やら、それを誇らしく思えやら。他意によって転がされることの何がそんな面白いのやら。
あの話の一部には同意できるんですけど...まぁ、楽しむために就職したわけではないじゃないですか。黙って言うとおりにした方が良いと思いますけど
一部も同意できないな。俺は楽しむために働く。
...はい、どうぞご勝手に。ええ。
隣の席の子供は呆れたのか、眉間をひそめて口を少し開けると、ため息をつきながらそっぽを向いてしまった。
ふん。
▌ああ、あと...弾丸は支給されますけど、値段が値段だからなるべく節約するのが良いです。
▌節約した分、追加手当が出ることもお忘れなく。
子供は片腹痛いと笑ったが、隣の席から聞いた話が必ずしも間違ってはいないと*1うこともよく知っていた。
「楽しい仕事」を得たいなら、何はともあれ解雇されずにしっかり就いているべきなのは事実だろうからね。
子供はため息と恨み節が飛び出しそうな口に支給されたボールペンを咥えてガリガリいいながら、どうにかこの時間が早く過ぎていくことを願った。
濃くて烟たい煙が溢れ出る煙草を燃やす瞬間を待ちながら...。
そして、今。
彼女は烟たい煙をこっぴどく吐き出しながら歩いていた。
もちろん、それは口に咥えている煙草の煙でもあったけど...。

...。
同時に、子供が持っている散弾銃の銃口から流れ出る火薬の煙でもあるみたい。
ふん。結局こうなるか。
ま・ま・よ。
待ちに待って...ようやく面白い仕事を任せてくれるじゃないか。
ガチャガチャいう鉄の摩擦音と、地面に軽く落ちるプラスチックの薬莢。
そして子供の靴が立てるカツカツという音。
それ以外には何も残ってなかったってこと。新入りであれ、子供の同僚たちであれ...。

...!
さっきまで生きて息をしていたものの命でさえ。
あるものは子供が奪い、あるものは子供から奪われたこの状況を、子供は楽しげな表情で煙草の火を吸い寄せた。

思ってたより弱っちかったな...あの先輩って奴ら。
こんなに楽しくて素晴らしい対話手段を用いたところであんな風にしか意思疎通ができないだなんて...。
まぁ、銃弾はあんま残ってないみたいだから適当に殴る用途になってしまいそうだが。
座標ってものを探すのが目標だったか...。あの先輩だったものを死体袋と一緒に持っていけばそれなりに歓待してくれるだろうな。
これからは...楽しい仕事にだけ俺を入れてくれるだろうな?ふっ。
子供は良かったという風にニヤリと笑い、燃え尽きた煙草を吐き捨てて建物のより深い場所へと歩いて行った。

人格/良秀/南部リウ協会4課

リウの協会シンボルは炎だ。
何も知らない烏合の衆は、拳や足から火花や炎が出る様子だけを見てそれを形象化したと思うんだろう。
だが、外れだ。
あの炎はただ工房の武具たちが出す副産物に過ぎず、それがリウを代弁するものにはなり得ない。俺が学んだリウの行動綱領は、炎のようにどんなものでも燃やせということ。
心と身体をいつでも炎のように燃やす準備をしなければならないと、俺は受け止めた。
沢山のフィクサーが強くなるため、あらゆる試みをする。雑多な強化身体施術、奇怪至極で儚い強化刺青…カネを稼ぐたびそういうものに捧げながら、どうにか都市で生き残ろうと足掻く。
つまんねぇ。戦闘の勝敗と生死を分ける決定力において、そんなものに効用があるはずはない。
経験に欠けた強化は、ただ訓練場に置かれた自動木人と変わりないからだ。反対に言えば、無限に積み上げた経験、すなわち度重なる訓練は誰も持つことができない身体施術を受けたのと同じだという意味だ。
…まぁ、高い武具や強化された身体まで持っていれば、もっと強くなることはできるだろうが。
そうやって全部を揃えおくのは俺の性に合わないからな。
極限まで整えた武芸と経験が武器に他ならないってのは、かなり燃えてこないか?
鍛錬という炎を消さないように、絶えず身体を刻んでいくのは楽しいことだ。
そして…。
こうやってたまに。その結果を検証できる場が作られる。
拳からは炎や火花が燃え上がる。これまた感覚的な演出だ。
しかし俺にとっては、ただメインディッシュの横に添えられたガーニッシュ…あるいは調味料程度にしか感じられない。
俺にとって本当に価値のあるのは、俺の指先が以前より敵の身体にどれだけ深く突き刺さったか。
また、どれだけ俺の打撃が速く、重くなったのか。
この動く…少し湿った木人椿(もくじんとう)を通じて検証することだ。
そして俺はいつも悟る。
俺が選択した鍛錬の炎は、未だに熱く燃え上がり…。
準備のできていない木人椿をめらめらと燃やしてるってことを。
とあるやつらはリウ協会が皆で集まって、メシでも食べてるやつらだって言って回ってるみてぇだが…。
はぁ、正直言うと一緒にされるのにイライラする。
そいつらが名店探訪だの何だの言って休日を過ごしてるとき…閉じこもって自分を彫っている俺と、同じ扱いはしないで欲しい。

ムルソー

人格/ムルソー/南部リウ協会6課

(▌=未熟な新入り)
▌うわっ!?
深紅色の花火がめらめらと燃え上がった。
剣を持った子供はビックリして尻餅をついて、ガントレットを着けた子供が彼に手を差し出した。

▌ムルソーさん…。
的確な瞬間、打撃点を見取ればリウの装備は火花を起こし得る。
火花が散った拳甲を倒れた子供の方に向かって伸ばした無口な子供は、そう口を開いた。
▌……。
反対に、的確な軌跡と摩擦でなければ燃え上がることはない。自ずから起こる火花などないがゆえに。
▌えっと……。
リウの全てはそうだと教わった。従って火花が立ち上るのも自然で、私がまだ6課に籍を置けているのも自然なのだ。
問いを投げかけた子供は依然としてわけが分からないという様子で首をかしげ、返事を投げた子供はそんな子供を見て薄く笑みを浮かべてるね。
より一層精進しろ。
そう言って、子供はその場から立ち去った。

人格/ムルソー/W社2級整理要員

(▌=頑固なチーム員)
▌あいつを見てみろよ。ずっと何も言わずに自分の仕事ばっかやってるだろ。あいつの半分でも…。
見習え、子供はきっとそう結びたかったのだろうけど口を噤んだ。
そうして他の話題で話を続けた。

▌いや、あいつは見習うな。正直あれも見てて愉快じゃないからな。
さてはともあれ。
槍玉に挙げられた子供は黙々と自分の仕事をしている。
高い身長と冷やかの目つきをしたその子は、特に耳に何かをはめているわけじゃなかったけど、誰も自分のことを話していないかのように淡々としてるんだ。

▌…おい、自分のこと言われたら返事でもしろよ。
その様子がイライラしていた子供には、かなり気まずかったみたい。そうしてやっとでくのぼうみたいな子供が彼を見つめて口を開いた。
特に私に対して答えを要求したわけではないと思ったのだが。
▌それでも空気ってもんがあるだろ…お前は悪口言われたのに何もしないのか?
私に危害を加えるものでさえなければ。
そう言った子供は再び黙々と仕事の片付けに戻っちゃった。
イライラしてた子供は冷たい目線をずっと送っていたけど…。
子供には届かないみたいだね。

人格/ムルソー/N社大鎚

(▌=信実な異端審問官)
子供の周りには、厚い甲冑を身に付けた者たちが立ち並んでいたんだ。
彼らは皆片手に太い釘を持ち、もう片方の手には、本当に片手で握れるのか気になるくらいには大きな金鎚が握られてた。

▌大鎚よ。
その中の一人が子供の前へ出てそう言った。
▌もはやこの区域には異端の影が見えません。
……。
大鎚と呼ばれた子供は静かに息を吐き出した。その息は、どこか震えているみたいだった。
汝らはこれで復帰しても良い。
その子供の声はいつであれ低く、孤高だ。
さらに、いつも顔に付けている仮面にその声がぶつかって響くと、より一層神聖に聞こえたんだ。

▌大鎚におかれましては…。
当人は最後まで確認する義務がある。握る者より命ぜられたがゆえに。
▌握る者が望まれるのであれば。
ガチャン、ガチャン。
他の人は全員その場から離れ、死体の畑となった廊下には子供だけが残った。

ふぅ…。
子供はガチャガチャさせながら仮面を脱ぐ。
すると、その子供の隠されてた様子が露わになったんだ。
口を覆っている小さな機械と、皮膚の合間合間に突き刺さっている緑色の奇怪なチューブ。
うん、あれはK社の物品みたいだね。

信仰が…底を突きそうだ。
子供の声はさっきよりもっと震えてた。それは恐怖や畏れによるものではないみたい。
閉じ込められている何かが湧き上がろうとあくせくしてるみたいな、一種のほとばしりだね。

うっ!
でも、まもなくその震えは止まった。
子供が口に付いてる機械を弄ったからだろうね。管に入っている液体が瞬時に吸い込まれていったから。

私は…純粋さである…。
ガチャン、ガチャン。
握る者に忠誠を誓う…金鎚…。
子供は再び仮面を被り。
そうブツブツと呟きながらどこかへ去って行った。

人格/ムルソー/バラのスパナ工房フィクサー

(▌=怒った職員/媚びへつらう職員/お願いが多い職員)
▌...おい!あのときのあの仕事、まだ終わってないのか!?
進行中です。約三時間後に仕上がる予定です。
▌あの...今度もまた、仕事ーつだけ片付けてくれない?はは、飲み物買ってあげるから。
右から三つ目の文書の山に置いてください。
このフィクサー事務所はいつも活気に満ちてる気がするね。
その中でも、子供に*2席は特に騒がしいみたい。
...よく見てみると、事務所を埋め尽くす打鍵の音も大体ここから聞こえてくる気がするね。

お世話になっております。バラのスパナ工房、ムルソーです。お伺いしたいことが...。
子供は片方で電話しながらも、タイピングの速度は遅めない。
あ、はい。いつも通り我々の工房にて今回新たに製作した道具をトレス協会へ審査...。
そうしながらも傍らに置かれた紙へ、時折ペンで書き付けるのも忘れてないね。
<トレス協会御中.1.平素は格別のお引き立てを賜り、厚くお礼申し上げます。>
子供がやっている仕事は、きっと開発した装備を販売するための工房事務所への手続きだろうね。
トレス協会...工房協会とも呼ばれるその協会では、都市の全ての工房制作物に対して機能審査を行ってるんだ。
まあ、家でひとりガチャガチャさせて作った機械にまで審査を要請したりはしないけど...少なくとも販売するためには審査と登録を経なきゃいけないからね。
許可されない流通は...禁忌だからね。

▌おお...電話終わった?どう、上手く進んだって?
はい。簡単な装備なので現在登録手続きを経ているとのことです。
▌さっすが!今回もいい仕事だったよ~
追加承認のために書面で作成すべき文書もあります。ニつ目の文書の山の上から...。
▌あはは...言っただろ、そういうのまで全部君の裁量でやってもいいって。
...分かりました。
子供は頼みを断ることがなかった。
正確には、断る理由が無かったんだ。
その事務所の中で最も有能なのも子供だったし、最も仕事が早いのも子供だったから。
子供もその事実を知っていたし...。
その分、自分が仕事を引き受けるべきだというのは当然のことだという思考が定着したんだ。

うむ!
内勤が外勤よりは多い方だったけど、やはり外回りでも誰よりも優秀だった子供は、もう何週間も家に帰るという選択無しに、事務所と現場を行き来するだけだった。
...疲れたな。
子供は眉間を摘まみながら、溜め息を小さく吐いた。
モニターには、<メールアドしスが存在しません。>って文字が浮かんでた。
うん、都市の全ての場所が電算通信網で繋がっているわけじゃないから。もちろん書面だけで内容をやりとりするしかない取引先もあるんだろうね。

また...書かないと。これによって予想完了時間が2時間17分延びた。
子供はブツブツ言いながらペンを掴んだ。
そもそも工房フィクサーは...鍛冶屋のようにペンよりかはハンマーを、紙よりかは鉄板を扱うフィクサーだけど。
この子供に限っては、仕事がたくさん滞っている...事務業務を処理する会社員とそう変わらない気がするね。

...はい、お電話ありがとうこざいます。バラのスパナ工房事務所、ムルソーでこざいます。
それでも、もしかすると子供が事務の仕事を引き受けてくれるおかけで、この工房が回ってるのかもしれないね。

人格/ムルソー/R社第4群サイチーム

煙たい空間だった。
空間は広く、空は開かれていたが。
鉄臭い匂いと土埃の匂いで肺の隅まで不快さが満たされ、荒々しい息と浅い息が何度も視野を曇らせた。
靴が床に引きずられる音、拳が腹、脇腹、顔、胸。あらゆる場所に突き立てられる音が散発する阿鼻叫喚。
そしていっぱいに満たされている私と、私と、私。
そこは孵化場と呼ばれていた。R社の戦闘員として配置されるためには、誰であれ孵化場を経る必要がある。
その中には無数の自分自身が入っている。昏い壺に閉じ込められた毒蟲のように、その中で生き残るために無数の私たちは格闘する。
戦闘経験を短時間で体得することになり、その中で最も優秀なものを引き上げる。
それゆえオリジナルが何かは全く関係ない。
結局、複製体の中でもっともな*3優秀な者が結局「私」になるのだから。
そうして選抜の時間を通じて選ばれた私は、彼らを通じて孵化した。
巨大な外骨格スーツを動かすための感応施術を受け、私に合うスーツを支給された。
しかし孵化場から出て来たからといって、全てが終わったわけでは無かった。
その巨大なスーツは生体エネルギーを継続的に吸い上げた。
感応施術というものでは私のエネルギーをスーツに転換するものであり、私が配属されたチームはそれを当たり前のことのように受け受れていた。
楽な仕事ではなかった。スーツの中の私と仲間たちは、絶えず疲労を訴えた。
しかし私たちが私費を投じてカフェインや糖分を補っていたのは、このスーツが軽く思えるほどに恐ろしい孵化場へと戻ることは避けたかったからだろう。
戦闘にて想定された成果を見せられないのであれば、再び孵化場へと連行され…。
私と、私と、私を敵に果てしない戦いを行うことになるだろうから。
厚ぼったい武器を以て進む他の同僚とは違い、この硬化手甲剣を使い続けるのも同じ理由だろう。
私は…これで生き残ったから。

人格/ムルソー/中指末弟

(▌=???、=親しげな末弟、=厚かましい末弟)
この程度なら十分だな。
......。ガッ!
子供は血まみれになった男の胸倉を掴んであちこち振りながら、隅々を見ていた。
誰がどう見ても既に抵抗できない状態だったけど、子供はもしや逃したものがあるまいと、間違い探しでもするかのように几帳面に彼を見ていたんだ。

3条4項...G列。腹部に身体を利用した三回の加撃。解決。
11条1項、A列。顔面下部に強度を問わず一度の加撃...解決。
7条157項、C列...五つ目に該当するな。右腕を肩先を残す程度に...。
▌ぐぁぁあっ!!!
既存身体より分離、解決。
▌はっ、はぁっ...はっ...これで終わりだろ...?
知らされた通りならそうである。
▌うっ...すまねぇって...どうしてクラブで一回しくっただけでここまでするんだ...!?
男は切羽詰まった声で叫んだ。喉に血の混じった痰がずっと溜まっているのか、気持ちの悪いゴロゴロという音が何度も漏れ出した。
中指が管理するクラブだからだ。中指の保護下にある人物、器物。全てが中指の一家であり、ブツだ。
▌クソッ...そんなの分かるわけないだろ...。
▌よりによって中指か...クソッ...。
眉をひそめながら、引きちぎられた肩を掴んでいるその男もまた険悪な人相と体型をしていたから、かなり力仕事に秀でてただろうけど...。
彼自身も中指はどうしようも出来ないってことを知ってるせいか、じっと深く息を吸ってばかりいるね。

▌クソッ...腕はまたどうやってくっつけりゃ...。
▌...これでその帳簿から名前を消してくれるのか?
......。
子供は答えない。
ただ、小さな帳簿をペラペラしながら何かを探している。

...お前に復讐を開始する前、私は一時間程お前を監視していた。
▌...!
ここへ到着する前に知らされたお前の罪は、3つ程のみ該当すると聞かされたが。
たかがその程度には収まらなかったな。
▌そ、それは...ここのバックが中指だって知らなかったから!
お前の無知が中指にきたす損害を弁護することは無い。
子供は全ての内容を探したのか、ポンという音を立てて帳簿を閉じた。
それから、男の髪を掴んでどこかへずるずると引きずって行きはじめた。

▌あぁっ、ああぁっ!!
立席ステージB列4番目。このクラブの管理人である次男に対して悪口を言った罪。
▌管理人が中指だって知らなかったんだよ!
髪を掴んでテーブルへ連れてゆき、額を二回加撃。
▌ぐあっ、あっ!!!
解決。
▌いや、ただ髪がちょっとボサついてるって言ったのが悪口か!?
同時に、その悪口の内容は末兄様にとってデリケートな内容であったという点。
末兄様が、居心地の悪そうな溜め息を2回もなさった点。
...全て含めて、命を絶ってこそ復讐が完了する。
▌は、えっ?だ、だめ―
よく分かっているだろうから、これ以上言わない。
中指を侮辱したことを後悔しながら死ぬように。...鎖がジャラジャラと鳴ると音と共に、すぐさま人間であったものが床にべちゃっと落ちる音だけが残った。
子供が、また一件の仕事をやり遂げたって意味だろうね。

わぁ~ムルソー、またもう一人殺してきたんだ?
その通りです。
いやぁ、確かに腕を片方だけ引っ剥がせば終わるヤツだったのにまたどっから条項を見つけ出したんだ?
観察しただけです。
またまた謙遜しちゃって~。末兄様が喜ばれるだろうな?
そうであるなら喜ばしいでしょう。
微妙な表情と言葉遣いで話す子供のそばには、大げさに騒ぎ立てながら周囲を囲んでいる仲間たちがいた。
その群れは、子供とは全く合わなさそうな様子だったけど...。
子供にとってそんなことはどうでも良いんだろうね。
合っても、合わなくても。子供はただ、本に書かれた通りに仕事を遂行しているだけだから。

人格/ムルソー/剣契頭目

(▌=左議政、=右議政)
置きました。
▌...おぉ。そうか。
笠をかぶった子供の前には、白くて光沢のある道袍を着た老人が向かい合って座っていた。
かまどに火すら点けないせいで部屋は冷たく、灯火もつけずに、ただ障子を開けおいただけだった。
しかし、煌々と浮かんだ満月の光が凍(しば)れるほど明るかったので...。
二人が座った席と白くて黒い碁石が上がっている盤上まで、すべて鮮明に見えた。
左議政とその護衛武士は、重い対局を通じて隠密な会話をしていた。

▌こりゃすまないね。儂が別のことを考えていたせいで。
大丈夫です。この対局では秒読みをしないので。
▌ほっほっほ。
老人は慈しみ深く笑っていた。
そうしてしばらく何も言わないまま、容器に入った黒い碁石をがちゃがちゃしていた。

お気になさらずとも。教えを受ける立場で催促する気はありません。
▌その割には、かなり焦っておらぬか?
カチャッ。
ついに石を弄んいた音が止まった。

▌もう7年が過ぎたか。
その通りです。
左議政様の護衛武士として生きて、7年と4ヶ月が経ちましたね。
▌うぅむ。
▌今まで傍目で見た限りどうだろうか。どん底から登ってきた君なら、蝶よ花よと育ってきた儂の視野とは違うものを見たはずだ。
子供は碁石をカチャカチャさせながらしばらく物思いに耽ると、すぐに優しく言った。
ご老人が行こうとする道は、暗く難しい道です。
しかし、この巣と羽のために揺るぎない決断をされる方だと思いました。
老人の眉毛が静かに垂れ下がった。子供の答えに満足できなかったのだろうか。
▌君は昔も今も、最後まで自分の意見を言わないの。
▌もっとも、だからこそ儂のそばに置けたのだろうが。
申し訳ございません。至らぬ答えだったようです。
▌ほっほ、良いさ。何が申し訳ないだ。
▌...儂の道を追わずに左議政に従っていれば、君は雲剣の座も狙えたかもしれない材木だ。
▌S社で武の道を選んだ者、誰もが夢見る本国第一剣の座ではないか?
▌まさか、そういう類のものを志さなかったという冗談は言ってくれるなよ。
私という剣を手に収めたのは左議政様です。
子供は刹那の悩みもなく、淡々と答えた。
ならば、収めた剣の処遇を決定することに関しても左議政様の意思のみに懸かっているでしょう。
▌ほっ、こいつめ。どうしてこんな手を打っても長考ひとつすらしないんだか。
悩む意味があるとは判断しませんでした。
▌...。
老人、左議政は一方では嬉しそうに口元を上げたが、彼の目にはどこかもの悲しげな雰囲気が漂っていた。
▌そう言ってくれるなら、恥ずかしながら頼みがある。
ご下命ください。
▌来週、私はこの上訴を挙げようと思う。そのときまで...儂を守ってくれ。
どうして当たり前のことをわざわざお願いされるのか分かりません。
...なるほど、この仕事を最後に私を罷職するつもりですか。
▌冗談がかなり上手になったではないか!ハハ!
▌...これには、ここで起こっている醜悪な秘密と悪行そして研究について書かれている。
▌この内容が到達さえすれば、S社をひっくり返せるほどの。
......。
▌そのような力のある文言であるから、当然普段より儂の命を狙う者が増えるだろう。
▌...最後まで私が歩まんとする道の剣になっとくれ。それが頼みだ。
尊命。
子供はすぐに老人に返事をした。悩む必要もないことだったね。
子供にとって、左議政という人物を守ることは息をするのと同じくらい当然だったからだ。
...それが潰えるという想像すらしなかった。
子供の誓いとは裏腹に、結局老人は命を散らしてしまった。
代わりになれる人が見つからないほどの実力を備えているけど、それでも子供一人だけの力ではS社の全権力者が振り回す権謀術数と謀略に太刀打ちできなかったからだ。
誰が、そしてどうやって老人を殺したのか...S社の人たちには分からなかったけど。
子供だけは知っていた。
これは老人の政敵だった右議政の仕業だということを。
皆が眠りについた明け方。
見知らぬ人の気配に、老人が目を覚ました。

なっ...誰かいるのか?
老人は、音の出た方の障子をそっと開け...。
あぁっ...!?
子供と目が合った。
やはりあなたですか。
ど、どうしてお前が生きているんだ。どうやってここまで...。
子供の側には、既に首が失せた者だけが並んでいた。
何かに取り憑かれたかのように、鬼気迫る目で右議政を見つめる子供とバラバラになった右議政の護衛武士であったモノだけがその場にいた。

わ、私をこの場で斬ればお前はもちろん、お前の家門まで滅門するだろう!
朝廷のチュノックンが付くはずだ!!ちゅ、チュノックンはS社を離れても必ず追いかける非常にしつこい奴らだということを誰よりもよく知っているはず!
伝統と位階が厳しいS社では、雇用人が逃げたり禁忌を犯したときはチュノックンを放って追わせるんだ。
S社ではフィクサーがチュノックンとも呼ばれるみたい。
それに朝廷のチュノックンは...他の翼の禁忌の狩人と同じく、誰よりも破滅的でしつこいということを子供はよく知っていた。

斬りません。それで変わることはないだろうから。
子供は剣を鞘に入れ、冷たく沈んだ声で話す。
ただ、これは警告です。
この腐った根を引き抜ける誰かに出会えたのならば、いつでもまた戻ってくるという警告。
あなたの首くらいは簡単に斬れるという警告です。
何だと...!
その言葉を最後に、子供は夜明けの空気の中へと姿を消した。
おい!!!今すぐに名高いチュノックンたちを雇って、あいつと関係のある者たちを皆捕まえろ!
必ず捕まえて、私の目の前にぶら下げておくんだ!!!
朗々と響くその音を後にして、子供はS社の境目に向かって進み続けた。
S社からひっ迫されているが、官職だけを維持していた親友たち。
そしてS社で剣契として剣を振り回していた者たちを引き連れ、いつかまた戻ってくるそのときを待ち焦がれながら。

ホンル

人格/ホンル/黒雲会若衆

(▌=若頭)
▌このクッッ―
真っ赤になったり真っ青になったりで顔が忙しい子供は、口の先まで出かかった悪態を吐き出すのをやっとの思いで堪えたんだ。
▌テメェがここに来てから結構経ったな。
てめぇじゃなくて、ホンル。
…それでもお前のとんでもない反応には慣れたと思ったんだが、まだ怒りが湧きに湧いてくるな。
この子供がこんな風に反応するのもおかしなことじゃないよ。
黒雲会という組織は本来、「指」それも親指の下に付く組織だから。
親指は誰よりも規律と規則、位階を重視して…。
それは組織の階級から見ても同じ。
組長、若頭、若頭補佐、若衆…下へ降りて行くにつれて、上の言葉が絶対的で、命令が守られない場合は指から腕、さらには首まで切られるらしいから。
それにもかかわらず、若頭っていう子供がホンルという子供をどうともしないことに理由があるとすれば…。

▌とにもかくにも、人を使うことだけに関してはあきれるくらい上手なんだよなぁ…。
まあ、頼んで断られたことはなかった気がするね。
うん、最終的にはこのおかげで残れてるみたい。

使えそうな子たちはもう目を付けておいてるよ。今回も連れて行って解決すればいいんだよね?
▌…ああ。あとできれば敬語も解決してこい。
俺はお前の兄貴分だからな。若頭はニヤついた声でそう話したんだ。

人格/ホンル/ぽんぽん派ボス

(▌=身なりの整った部下、=苦しむ侵犯者)
さ、ひとりずつ、ひとりずつ~。
子供の手の動きと、身のこなしは目で追うのが難しいほど速かった。
あ~そこ~、ちゃんと振らないと後で帰ってから頭をバラバラにするよ~。
▌はい!申し訳ございません!
一方で、子供は自分の部下に対する指示も忘れない。
よし、よし。それじゃあ、あなたたちはここに何しに来たんでしたっけ?
子供は、今度は自分たちの元へ訪れた敵に話し掛けた。そんな中でも飛びかかって来る敵をはっ倒すことを忘れてはいないみたい。
うっ…く、車の塔に…。
車の塔ですか?車の塔にどうして?
噂…J社の噂があるだろ…。
…あの~こいつが今なんてほざいてるのか分かる人?
子供はどうでもよさそうな声で部下たちに言った。すると、とある子供があたふたしながら彼に答えた。
▌た、たぶんあの…運命の輪の話じゃないかと思うんですけど、兄貴。
輪…?あの、タロットカードに出てくるあれ?
子供は未だに理解できないという風な顔で敵を見つめた。
それを何で僕たちのシマで探そうとしたんですか?
…輪。
はい?
…車…に…車輪が沢山あるので。
子供の目が細くなった。そしてすぐにイライラで顔が歪んだ。
すると…。

ちょっと気が抜けるんだけど…もうみんな死にましょう?
冷たい声で短剣を持ち直した。

人格/ホンル/南部リウ協会5課

いかがでしょう、口には合いますか?ファウストさん?
…ふむ。香りに比べて、何も味がしませんね。…物理的に可能なのですか?
子供の目が翡翠色に光った。
元々から翡翠色ではあったけど…それよりもっと輝くこともこんな風に、たまにはあった。

まさにそれですよ!これがこの骨董茶の妙味なんですよね。
子供は楽しそうに騒いだ。
これは僕の家門にだけ供給される最高級の普洱茶です。最も理想的な空間で20年以上後熟させた…値段を付けるのも難しいくらいのものなんですよ~。
かほん。
茶碗を傾けていた隣の席の男は、咽せたかのように小さく二、三回咳をした。
しかし気になりますね。そんな高値を出してこの程度の…だから、香り高い水を飲むような理由があるんですか?
あはは。安物ばかり舌に触れてきたせいで、感じられる味が少ないだけですよ~。
…。
茶が冷めてしまいそうなくらい冷たい空気が、テーブルの周囲を駆け巡ってるような気がするね。
もちろん、茶は冷めてないけど。

えっほん。本日集まりし理由は、茶に対する討論をするが為にあらじ。
凍り付いてしまいそうな空間に、再び活気が巡ってきた。
あっ、そうでしたね。だから…この前の任務のときの話をしようとしてたんですよね?
そうですね。正確には…あなたの左目に関する話です。
子供はニコニコとしながらお茶を一口飲んだ。
妙な感情が見え隠れした表情だった。

僕の目って結構輝いたりするんでよね~。気になるのも当然だと思います。
人間の目はカメラのレンズと似た役割をしていますが、そんな風に眼球から光が放出・収縮することはありません。
子供のふてぶてしい口調を、白い髪を持つ者が冷たく斬り捨てた。
義体の眼球だとしても異常なり。この時期に、それもかかる茶をあてがはる御曹司が、さしも機械であること著しき眼球を、いかでか付けたり?
生まれたときからこうだったっていうのに、どうすれば良いんですか~。宝石みたいな…子供だったんですよ、僕は。
子供の言葉には小さな震えがあったみたいだけど、席に集まった人たちはそこまでは気付けなかったみたい。
うん、むしろ幸いだったかもね。
子供からすると…いつその目が輝くか分からないからね。

人格/ホンル/K社3級摘出職職員

(▌=摘出職管理職員)
子供の昼と夜は、いつもあのガラス管の中で流れていったんだ。
K社が決めた、子供の「最も安定した状態」を常に維持するためだろうね。
子供の肉体はその棺のような場所で、そうやってずっと眠ってばかりいるんだ。
外から子供を起こすまではね。

あ~今日もお疲れ様です~。さっき来た方たちは、お昼を食べに行ったんですか?
▌......。
食事はされましたか?今日はどんなものを食べてきたんですか?
▌......。
食事の話には興味ないんですか?じゃあ...。
▌お前は毎日そんな風にペラベラと、疲れないのか?
あ~やっと僕の目を見て話してくれるんですね~。
研究員はボタンを押して子供を起こしたことを、少しの間後悔していたのかもしれないね。
K社の摘出職と呼ばれる者たちのうち3級職員たちは、投入されないときはいつもあのガラス管の中で生活してるんだ。
他の職員たちよりアンプルを過投与されることが常である3級職員たちは、その適合度を高めるためにガラス管での生活が強制されるんだ。アンプルに少しでも誤差が発生すれば、彼らを崩壊させる方向に作用することもあるから。

▌お前は起きてすぐなのに、よくそんなペラベラと喋れるな...。ただ寝て起きたわけじゃなくて、仮死状態から目覚めたっていうのに。
まあ~慣れたら何だかんだで適応出来たんですよね。
この者たちが寝ているのはいわゆる睡眠とは違う。端から仮死状態になるようにしてるんだ。
夢を通じて変わっていく無意識だけでも、崩壊する危険があるから。
でも、子供はそんなのに全く影響を受けてないって感じだし、むしろすっきりとしてみえるね。

はは、僕は外に出たいと思っても出るのが難しい身の上ですからね。暇だからしょうがないじゃないですか?
▌はぁ...どうやって摘出職になれたんだか。あんた、アンプル適合度が低かったら他の役職に就いてただろうに。
う~ん、きっとそれはないと思います。お婆さんが僕をここに送ったので。
▌お婆さん?
はい~。社会勉強のために、都市のあちこちを回れっておっしゃったんですよ。
▌だから...コネ入社か?お前の...お婆さんは凄い方ってわけで。でもコネ入社って普通、摘出職として現場投入されるのか...?
子供は笑いの代わりに、ボコホコと泡を垂れ流した。
会話していた研究員は何事だと慌てて顔を上けたが、子供はただ目を閉じてにっこりと口元をつり上げていたんだ。

▌驚かすなよ...
ふふ、面白かったから笑っただけですよ。
まあ~お婆さんの考えがどうなのか、僕はよく分からないし興味も無いけど~。
それでもこんな仕事をやってみるのって、悪くはないとは思うんです。
▌......。
複雑な顔で子供を眺めていた研究員の腕からアラームが鳴り響いた。
▌暇だって言ってたっけ。良かったな、投入だ。
あっ!やっぱり!
子供は...。
まもなく投入命令があった位置まで到達した。

さあ...じゃあ。摘出します。
子供はニコニコしながら武器を握り、敵に向かって走っていった。
仕事をしてるにしては、とても楽しそうに見えるね。
まるで、新しい経験を得ることが出来て嬉しいって風にね。

人格/ホンル/W社2級整理要員

あ~おいしかったですね!次はどこへ行きますか?
関・無。今日は気まぐれで一緒に行っただけだ。次は勝手にしろ。
残念なんですけど~。
子供は拗ねた声でそう言ったが、他の子供は気にも留めずに煙草の煙を吐き出すだけだった。
あ、そうだ。新入社員の教育は面白いですか?そっちの仕事も興味深いんですけど。
はっ。お前とメシ食いに行く方がまだ退屈じゃないだろうな。ひよっ子どもなんか引率してろだとは癪に障る*4な。
ありゃりゃぁ…それでも少しは新鮮じゃないですか?人によって反応も違うでしょうし。
気・無…。はぁ、そんなことがいちいち気になんのか?じゃあお前がやればいいだろ?
僕もそうしたいですね~。2級なんかが簡単に狙える仕事じゃないですしね?
ちっ。3級がこれしきの扱いを受けるとは知らないんだ。いっそ2級に格下げされたいよ。
タバコを咥えていた子供は吸い殻をトンと叩き、歪んた表情のままどこかへ消えてしまった。
まあなんというか…だからといって仕事を頑張る気にはなれないんですけどね…。
残された子供は舌舐めずりをして、片手に持っていた飲み物を飲み干した。
ここへ入社して以来、子供は仕事に満足できていなかった。
満足できないというよりかは、何の考えもないという方がより正しいのかもしれないね。
ここは子供が望んで入社した場所じゃないから。
ただ家門の大人の言うとおりに…そういう風に過ごしながら、言われた通りW社に入っただけなんだ。
翼に入社することは都市の誰もが羨むようなことだけど、目上の人はそんなことなんか関係ないという風にとても簡単に、W社に入社させることができたみたい。
そんなコネみたいな入社背景とは裏腹に、子供の実力は優れていた。本家にいたときから、たゆまずに武術を覚えてきたからだろうか。
そのおかげで、W社の勤務自体には困難がなかったけど…。

はぁ~羨ましいですね、良秀さん。それでもそっちの仕事の方がまだ退屈じゃなさそうに思えるんですけど。
毎回同じ状況で働かなきゃいけないせいか、子供はどんなときより退屈そうに見えるね。
近頃は会社の外にある様々なレストランを訪れることで、なんとかその退屈さを晴らしてるだけ。
子供と一緒に入社した同期は既に優れた才能を認められて3級の職員になったけど、子供は未だに2級に留まってるだけ。

はぁ~どうしようもないですね。夕食は一人で食べても良さそうな場所を探しましょうか。
でも子供は、そんなことには全く興味が無いみたい。
認められる必要も、認められることを望んでもいないから…だろうね。

人格/ホンル/鈎事務所フィクサー

ふぅ~今日も夜の空気がいいですね。カビ臭くて濁ってるの、まさに裏路地って感じです。
子供は口元のマスクを少し下ろしながら、肺の深いところまで空気を満たした。
ゴミが少し腐った臭いと、どこから出てるかわからない煤の臭い、散らばりそうにない埃が積もらせた香りとかが裏路地には溢れかえってるけど、子供はそんな香りが普通に好きみたいだね。
数年前は実家であらゆる高級なで贅沢な香りにばかり慣れていたせいからかな。普通の都市の人たちが不快に思うような匂いも、子供は小市民らしいと楽しんだりしたんだ。

蓼・虫・好。
同意は出来ないが、そういった感覚を持つこともあると考える。
子供の周辺には、また別の子供たちがいた。マスクを付けたままフードカバーを深く被っている子供とか、顔を全部隠す仮面を付けている子がね。
彼らはもう何年もの間、裏路地を一緒にうろつき回りながらいろんなころをやらかしているんだ。

はい、まぁ~同じ考えじゃなくても大丈夫ですよ。僕たち、共通点がひとつあるだけで満足してるじゃないですか。
人を引き裂くこと。
口に気ぃつけな。フィクサーは何の理由もなしに人間を引き裂いて回ってはいけないといった。誰かが聞いて代表にチクると困る。
少なくとも500メートル近辺にはネズミしかいない。聞く人はいない、いたとしても裂けば終わりだ。
そうですよ。言いたいことも言えないまま生きてちゃ、じれったくて生きてられないですよ?
それに、そうおっしゃるリョウシュウさんも昨日は楽しく暴れまわって予想よりもたくさん人を殺したじゃないですか。
おかげで私は予定になかった筋肉痛と、殺した分の追加手当も得られなかった、効果的ではない行動だ。
あんな風に団体展示できる作品材料に出会えることは、そう無いからな…申し訳なくは思っといてやる。
それって謝罪になってるんですかねぇ…はは。
子供は肩を一回すくめると、軽く笑い飛ばしてしまった。
どうせ、こんな話を長く引き伸ばしたところで変わることがあるわけでもないし…。
それに、自分も昨日楽しんだって言うのにシラを切るのもなにか違う気がしたんだよね。

ふぅ…何はともあれ良いですね。決められた報酬を受け取りながら人間を引き裂いて回れるのって。
誰が予想できたでしょうね、殺人組織出身だった僕たちがフィクサーの名刺を作って事務所に登録されるってことを。
変・人。裏路地でほっつき回る奴らを拾って使うとか。事務所の代表にしては破格だな。
私たちは個性を持っていると言われた。組織が溢れかえっている分事務所も溢れかえっているから、これくらいはやらねばならないという判断は事業としては合理的だ。
ふむ…でも何だかこの事務所、長続きしなさそうなんですよね。
人間を上手いこと引き裂いて綺麗に引っかけておいても…そこに僕たちの名刺を刺して回ってるわけでもないですし。こんな事務所を気に入る協会もいないと思いますね。
同・感。こういうのは俺の習作を作るのには有効なことだ。
ぽっと出の組織や貧しい人たちが怖がらせるために使うだけで…その他のお客さんが生まれそうな余地はなさそうですね。
それなら改善案を提示しようということか。
いえ?どうして僕が?
子供は突拍子もないことを聞かれたかのように、目を皿のようにして首をかしげた。
まぁ…僕たちが着実に実力を認められて高いフィクサーになったりするんですかね、あるいは代表に気に入られて役職でも一つ得たりすると思いますか?
僕たちは適当にここで蜜を吸って…甘い水が涸れたらここを捨てて裏路地に帰ればいいんですよ。
それも合理的だな。
子供はそうですよね?と言いながら再び肩をすくめた。
その肩に付けられた生体武器もまるで肯定するかのように、一緒に揺れたんだ。

それ、ユニオン工房製って言ったか。
あ、そうです!安価なのにそれなりによく動かせますし、良くないですか?これもお金を安定して稼げてるから使えるんですよ~。
あの烏合の衆の工房のもんは、ただの死体の山から肉塊を適当に拾って整え、外見だけそれらしく繕ったものを刷り出してるだけだ。
そういう安っぽい味が魅力なのに…。使うたびにエネルギーをバカバカ吸い取るからすぐにお腹が減るのは欠点ですけどね。
問題にならない。その分仕事を受け、より食い潰せばいい。
肯定。もっと引き裂こうか。
三人の子供たちはなんだか楽しそうにクスクス笑った。
まるでその子供たちを防げる存在はこの都市にはないかのように、自信に満ちあふれてるみたいだね。

連絡が入った、代表か。
おっ!新しい仕事みたいですね。
まさしく。どうやら…図書館に送ろうとしているものと思われる。
いいですね。じゃあ、早く行ってみましょうか。
子供は軽い足取りで、裏路地をゆっくりと歩いた。
あの子供たちは、どこへ行くことになるんだろうね。…今はまだ分からないことだろうけど。

人格/ホンル/南部ディエーチ協会4課

お~そうなんですね。これはこうやって読むものみたいですね?
子供は一人そう呟きながら、鍵にある丸い穴から本を覗き込んでいた。
下手にページを触ればすぐボロボロになっちゃいそうに見えるその古書には、まるで暗号のようにあちこちうねる活字が羅列されており...。
子供もまた、その活字にどんな意味が込められているか正確には知らなかったけど。

公用13言語以外にも...こんな言語表記方法があったんですね~。
持っている鍵の穴の中から、別の何かでも見えるのかな。子供は落ち着いて...でも瞬き一つもせずにその中を覗き見ていたんだ。
うーん...ここはもう少し小さくしてと~。
それだけではなく、子供は巧みに、まるでゴム紐を伸び縮みさせるかのように鍵をまさぐると鍵を少し小さくして本を再び覗き込んだ。
やっぱり~裏側に消した痕跡がありますね?
隠されたか、飛んで行った記録を探すときにはやっぱり鍵ほど良いものはないんですよね~。
ディエーチ協会が二つの派閥に分かれていることは公然の事実である。
片方は手ずから手を通じて何かを収め、握りしめてあるがままを感じて分析する、拳。
そしてもう片方は...レンズを通じて間接的に何かを覗き見て探求する、鍵。
両者の差は、手を通じて知識を手探りしていく拳派の特性に影響を受けて格闘という形態へと進んでいっただけなのと...。
鍵を通じて覗き見ることで知識を観察し、その知識で力が充填される鍵派の特性が、それをそのまま武器として使われるようになっただけなんだよね。

うぅん......ここは手に触れて読んだらダメって言われてたっけ?
さなり。古き文書なれば、小さき衝撃さえ加わらば変形する憂慮ありと聞きけり。
ちぇっ...直接触った方が把握しやすいのになぁ...
見つつ書くも十分助けになれり。さぁ、この私が書きし対照表を見らば...。
二つの宗派はただ、好みと子供の成長に伴う特性によって決定されるだけではあるけど...。
こういう状況だと、鍵派が比較的便利そうに見えるって考えは消せなさそうだね。
まぁ、こんな状況以外にも...。

よいしょっと!
拳派が戦うためには必ず接近しなければならないけど、鍵派は道具を通じて距離を空けておいて戦えるって特徴もあるね。
▌がはっ...。
▌なんで、かぎで人間を殺...。
おっと、まだもう一人いたんですね?
首に掛けられるくらい小さかった鍵があそこまで大きくなるということはあんまり知られてないから...。
敵が束手無策にやられるのも、無理はないよね。

ふ~今日の仕事はここまでだったと思うんですけど...。
こう見ればとても効果的な道具にしか見えないけど、欠点が無いというわけにはいかないみたい。
えっと...ところで、ここってどこだっけ...。
鍵を覗き見ることで知識を得るということは、反対に鍵で覗き見ないということは力として蓄積されないということ。
鍵を大きくするのにも、それに質量を付与するのも全て鍵を通じて蓄積した知識という対価が必要となるんだ。
あんな風に巨大な鍵を何度も振り回してると、当然揮発する知識の量も多くなるだろうし。

ははっ、また忘れちゃったかぁ。
結局、こんな感じで締めくくられるんだよね。

ヒースクリフ

人格/ヒースクリフ/南部シ協会5課

はぁ、だか…らっ!突く攻撃は前方でやっても意味ない…ですって!
オレンジ色の髪の子供は、長い剣を持った子供の攻撃をひらりひらりと避けていた。
お互いに敵ではないけど殺意はあったし、訓練ではないけど助言はあった。
この子供たちはいつもこうやって戦いがちだったので、誰にも止める理由はなかった。

あおぅ!ジッとしてろよ!
暗殺をしてくださいよ、暗殺!ホント、どうやって入れたんですか!
う…この…!
見るヤツがいなきゃ暗殺だろ、なんだよ!!!
小さい子供の目が皿のように大きくなった。
想像以上に恨めしそうなその声に驚いたのかな、それとも…。

うわぁ。それをホントに吐き捨てるだなんて思わなかった。
ただ相手の幼稚な考えに呆れただけだったんだ。
いいです。もう我慢しない。部長にひとこと言ってきますから!
おい、待てよ…おい!
柱のように大きな子供が素早く追いかけようと姿勢を変えたが、すぐにまあ良いかという顔になってその場にピタッと立ち止まっちゃった。どうせ無駄だと思ったんだろうね。
その代わり、その子供は空を見上げながら溜め息を吐いて、いつも思っていたことを空へと静かに吐き出したんだ。

ちぇっ、カネ稼いで食ってくにゃぁどうしようもねぇだろ…オレもオレの性分に合ってないことくらい、分かってるさ。
この子供も心に貯め込んできたことが沢山あるみたいだね。

人格/ヒースクリフ/R社第4群ウサギチーム

クハハッ!
子供の声は浮かれているようで、快活ながらも胡散臭い声で笑った。
次のヤツだ!集中砲火だ!
子供の銃は絶えず火を噴いていた。
引き金から指を放すという選択肢はそもそもないかように、子供の顔には満面の笑みが浮かんだまま、時々飛び散る敵の血の雫だけが頬と服を濡らしてた。

弾がねぇじゃねぇか!
遂にチカチカする閃光が消えたと思いきや、すぐに子供は弾丸を使い切った銃を相手に投げ捨てちゃった。
熱された銃は敵の身体に見事命中し、着ていた服に火が移って燃えてしまった。

草を掘り返す前足がねぇならば、歯で食いちぎればいいんだよ!
子供は短剣を抜き取って前に走った。まさにウサギのように前へ向かって跳躍し、敵を一人残さず切り刻んだ。
このスーツ…クソッ、すっげぇ気に入ったぞ!殺せば殺すほど段々強くなってるみてぇじゃねぇか!
子供の輝く瞳は、まるで何かに酔ってるみたいだったけど…。
楽しそうだし、別に気にすることないかな。そうでしょ?

人格/ヒースクリフ/N社小鎚

(▌=導く異端審問官)
オレが望んだのはこんなもんじゃない。
オレがこんなことをすることになるって思わなかった。
オレはただ…うまいことやっていきたかっただけなのに。
よりによってあの日、キャシー*5が投げかけた言葉がオレの心に何度も突き刺さってきて…。
二度と帰らないって言って飛び出しただけだってのに。
▌これくらいにしておこう。復帰する。
どうしてこんなとこに巻き込まれたんだろうか。
▌そこ、小鎚。
…あっ!はい!
▌復帰するという言葉が聞きとれなかったのか?お供するように。
あの変な形の釘は一体何なんだろうか。
真ん中に透明な窓があるけど、人間にブッ刺すと何かで満たされていくんだよな。
まるで人間の…。
▌何を考えているのだ?
い、いいえ。
▌今日は儀式を行う日だ。無駄な雑念があるなら今、空にしておくように。
くっ…あのクソ儀式!
まーた頭がズキズキいう本を開かせて、ブツブツ唱えさせるつもりか。
そんでもって、なんか缶詰を開けて白くてちょっと濁った粥みてぇなのをずっと食わせてくんだよ…。
そうする度に段々と記憶が融けるように変わって…。
▌号令。異端は。
浄化せん。
あ?
オレ今…なんつった?

人格/ヒースクリフ/ロボトミーE.G.O/狐雨

仲間たちが死んだ。
三人、五人?もしかしたら六人かもしれねぇな。
何人でも、もう関係ねぇ。
都市に四六時中現れる新技術というもののせいでみんなくたばっちまったから。
あるやつは職を失って飢え、あるやつは身が粉々に分解されてくたばった。それ以外だと、技術の部品になっちまって人間としての扱いも受けられなかったり。
みんな真面目なヤツらだった。オレなんかと親しくしてくれて内心ありがてぇって思うくらいには。
…もちろん、顔に出したことはねぇけど。
オレは運が良かった。
少なくとも、押し寄せて来る技術の波に飲まれてくたばっちまったわけじゃねぇから。
逃げるように去って、裏路地に捨てられちまった傘みてぇに浮かんでいたオレを受け入れてくれたけど…。
やっぱオレには過ぎた縁だったか。
結局みんな、見ずに濡れた紙が破れるように消えちまった。
そしてそれを、見てばっかいたって後悔と屈辱は、狂ったみてぇに怒りを沸き立たせた。
もしかすると、本当にあの人らの言う通り技術ってもんがなかったら。
今頃死ななかったはずのヤツらと裏路地の居酒屋で思いっきり笑ってふざけられたんだろうな。
それでオレは今度こそ確実に、そして心を尽くして壊して帰ろうと決心した。
人を楽するために作られた技術、科学なんかが結局人を殺るだなんて。そんなもんは最初から存在しちゃ駄目だと思い始めた。残った私*6たちは、かつて技術の先端を行っていたが、堕落して腐った翼の死体を掘り起こし、あれほど呪っていた技術の成果物、E.G.Oというものを身にまとった。
くだらねぇことに、技術なんかにも心みてぇなもんがあったのか。これを着るとすぐに寒くて暗い気持ちがどっと襲いかかってきた。
絶えねぇ憂鬱間に取り巻かれてた。でも、その一方でオレと似てるって気がしちまったんだよな。
もしかしたら*7これも、ある日のオレみてぇに…追い出されて捨てられた誰かの友達かもしんねぇだろ。
そう考えると、はっ。ちょっと戦う気になったんだよ。
馬鹿げた技術を守ろうとするヤツらを片して、二度と日の目を浴びないように全部沈めちまうことができた。
だからといって、仲間が戻ってくるわけじゃねぇだろうけど。
少なくともオレたちみてぇな目に遭う人が生まれることは減るだろうな。
でも…。
一仕事終わると、結局オレって一人なんだなって事実が心に染み入ってくんだよな。
結局は、ジメジメして暗い裏路地のとこかをほっつきながら…。
そこじゃなきゃ眠れなくなっちまった。
クソッ、結局オレもこのE.G.Oっていう技術にしっぺ返しされて終わりなんだろうか。
笑えもしねぇな。
…もういい。考えても答えは出ねぇし。
どうせここで始めた仕事を終わられたら、堂々と帰るから…。
新しい世界を作り出せさえすれば…また…。
お前もそろそろあっち行け。余計な関心を持つんじゃねぇぞ。
オレに友達なんか、もういねぇからよ。

人格/ヒースクリフ/南部セブン協会4課

はぁ…頭が抜けちまいそうだ。
いや、髪が抜けそうってワケじゃなくて。マジでドタマがそのまま抜けてどっかに飛んできそうなんだよ。
文字で飯の種を稼いでるヤツらは、どうしてこんなもんを毎日こなせんだよ?
いや…ただ直感的に思いつくってのに、どうやって原因を書けってんだ。
ここでゴロつき始めてから結構経ったし…その間オレが見た事件現場は百を超えた。
ここに来る前も、くたばらず生きてく中で荒っぽく済まねぇことは無かったし。
ただこうやってっと…コイツらがどうやって人を殺したか、理由は何だったか。そんなモンをすぐ思い浮かべられるってだけだ、別に大したことねぇ能力だってのによ。
だからって小説に出てくる探偵みてぇにピカーンって全てを把握するわけでもねぇ。色んな場合をあれこれ想定してると、考えてたモンを次から次へと忘れちまって、頭が割れそうだってのに…。
プロファイラーとかいう小難しい単語を肩書きに付けさして、毎日毎日報告書を書けっていうからおかしくなっちまいそうだ。いや、だからってこの仕事を辞めるつもりはねぇけどよ。
くっだらねぇ頭を散々転がしてあれこれしでかしたヤツらが、学の無ぇオレに全部バレてんのも笑えるし。
そんで、こうやってタイマンでぶっ潰しに行くのもストレス解消になるしな。
「な、なんで分かったんだ?」ってほざくヤツらの馬鹿げたツラを拝むのも、結構面白れぇし。
少し残念なことがあるとすれば…。
コイツだよな?
はい、そこまでが一階の人員リストに載っていました。
じゃあ殺って…次は残り何人だ?
二階、三階まで三十名ですね。
そうか…さっさと片付けて帰ろうぜ。まだ書かなきゃからねぇ報告書が二件も残ってんだよ…。
ヒースクリフ。ここへ来る前、新たに追加された案件もあります。
はぁ…。
仕事に追われすぎてコイツらを片付けてても、なんも感じられねぇってのが惜しいな。

人格/ヒースクリフ/ピークォド号銛使い

子供はギラギラに研がれた短剣を持っていた。
それを握った手と反対の腕は始終一貫ぶるぶる震えてて、刃先を見つめながら流す汗はまるで雨みたい。
子供は口に咥えている太い縄をギシギシと噛みながら、今一度自分の腕に刃を近づけて線を引いた。
悲鳴と呻き声、その間にあるようなおぞましい声が縄の隙間から少しずつ漏れ出してきたけど、子供は刃を止めようとはしなかった。
むしろより素早く、何度も肉を穿(ほじく)りかえしていた。
刃で皮膚に斜線を入れていくたびに肉は広がり、その下にあった刺青が少しずつ、本当に少しずつその姿を隠していった。
子供が、中指の痕跡を全て消したかったからなんだ。
都市に刺青を消す技術が無かったのかな?いや、そんなことは絶対有り得ないだろうね。
いくら中指の刺青が他の強化刺青より特別だとしても方法さえ探せば、必ず解決方法はどこかにあるはず。
でも子供はそんな風に、その刺青を消したくはなかったんだ。
自分の選択に対する後悔、過去に対する恥ずかしさ、所属に対する烙印。
自分の心を痛めつけた、愛する人のある言葉を聞いて憤怒と嫉妬に彷徨い入った中指。
そうやって入ってきた中指にどれだけ長居したところでこのままではあのときには戻れないことを。
それらを自らの手で穿り返してこそ逃れられて、愛する人へ堂々と戻れるという思いで...。
子供はずっとそんなことを繰り返してるんだ。
遠くの湖へと行けば、彼らの追跡から少しは逃れるんじゃないだろうか。もしかすると子供はそういう考えで船に乗ったかもしれないね。
...ピークォド号の銛使いとして働きながら、子供は沢山のものを殺さないといけなかったんだ。
人魚のヒレ肉ジャーキーを作るための狩りから...邪魔な海賊や、果てには鯨まで。
あの巨大な銛はいつであれ忠実に船長の命令に従って突き刺され、収められた。
子供にとってそんな仕事は苦でもなかった。
子供は中指にいた頃から、無数の人々を殺してきたから。
ただ、そのときと違うことがあるなら...。
あのときは自らの選択がそんな自分を形作ったということ。
今は自分のことを信じられず、誰かの命令に従ってるってことかな。
あの人は確かにこう言ったから。
「この航海が終われば、全てが保障される。」
子供が望んでいる保障された未来、子供が真に願っている方向、子供が必ず戻って会いたい恋人。
子供は、この「こうかい」さえ終わればそれら全てが戻ってくると信じて。
今日も刺青の上を引き裂いて、鯨たちを貫いている。

人格/ヒースクリフ/南部ウーフィ協会3課

(▌=怯えた契約者、=怒った契約者)
契約室の中は静かで、凍り付きそうなくらいに冷たい雰囲気が漂っていた。
向かいあった二人の表情は極度の不安が宿っており、怒りも混じっている様子だったけど、誰も口を開いてはいないね。
それはきっと…

……。
その二人の間へ、ゆっくりと歩いて入ってきた子供のせいだろう。
今からオメェら二人。あ、違った…。契約者双方が行う契約への立会いを開始する。
立会人は南部ウーフィ協会3課所属、ヒースクリフ。
今からオレが聞く全ての声と、お前達がやりとりする全ての活字は互いに有利・不利に働くことがあり。
事前にウーフィ協会を通じて受け付けたこの契約書は直ちにその効力が発生し、契約不履行または契約進行などの業務妨害に対しては…。
ドンッ。
子供が持っている武器の先が、部屋の床に打ち下ろされた。

契約に基づくウーフィの立会い業務の遂行として、契約書に書かれた通りの処刑が行われることを告げる。
分かったなら返事。
ウーフィ協会に関する周知の噂は、都市に住む人なら誰でも一度は聞いたことがあるよね。
ヒラヒラの、非常に目立つ服装を常に身につけて斧の刃のようなものがついた武器を持ち歩く者たちは…。
他の協会のフィクサーみたいに都市の中で堂々と武器を振りかざしたり、喧嘩をしたりすることは珍しいけど…。
契約に関連したことに問題が起こりでもすれば…。
必ずその人を見つけ出して契約を完遂させるってことだね。もちろん、あくまで彼らもお金をもらって動くフィクサーだから、働くのは報酬の限度分だけど…。
その姿勢が、却ってウーフィ協会に対する信頼感を高めてくれるみたい。

▌…分かりました。
…チッ、分かったよ。
そうだ。お互い無駄なことをせずに気楽にやろうぜ。
さぁ、始めるぞ。一つ目。契約要旨…。
子供は面倒くさそうにぶっきらぼうな口調で書類を読み上げ始める。
荒々しい言葉遣いに、終始一貫しかめっ面をしてるせいで子供が本当にこの職に合っているのだろうかと思い始めるけど…。
そういう考えとは裏腹に、子供は普通に手続き通り内容を進行していて。

…となる。互いに問題はないか。
▌問題ありません。
あぁ。
その項目に問題がないか正確に尋ねたり、角を立てることなく契約を上手いこと進めていた。
…いや、話が違うだろ!
契約を進めていた人が、テーブルをドンと叩きながら立ち上がりさえしなければね。
…あ?
それはお前が引き受けることにしただろ!今になってこんな小細工を…。
▌な、何をおっしゃってるんですか?そもそも…。
……。
子供の表情が歪み始めた。
敬語を使っていた者は、その表情が示唆するものが何なのかあまりにも、はっきりと分かっていた。

▌お、落ち着いてください…。
なんとか怒った者の心をなだめようと話しかけてはいるけど…。
子供はそこまで我慢強くないんだ。

…警告だ。一回だけ。
既にこの契約書には、確かに相互間に「問題が無い」ことを確認したと過去に聞いた。オレはただ、この契約が効力を発揮できるように立会っているだけだ。
なのに…今になって契約履行の瞬間を違(たが)わせるようなマネを見せるんなら。
次は棺桶を見繕う契約書を作ることになるだろう。
▌だ、だそうですよ?とりあえず席に座って…。
黙れ!今…
少しでも怒りを静め、賢明に考えていたらどうなったんだろう。
でも…人間にはたまに、どんな状況に置かれていたとしても怒りを鎮めることができない場合があるものだよね。

警告は一度だけだ。
当該契約書によると、2回以上の不履行により命を取り立てると書かれている。
子供は…契約と約束を遵守できるように強制力を行使する協会のフィクサー。
協会が承認して立会えと命じられた契約執行は、必ず守るものだ。
たったの1名の声で騒がしかったはずの契約室は、あっという間にドタドタいう音と何かが切れる音で満たされ。

はぁ…。
血まみれになった契約者だったものの上には子供と、長い溜め息が共に腰掛けている。
ただでさえ今日は立会いだけで5件だっつーのに、初っぱなからお陀仏かよ…。
子供は今や使い道のない契約書をくしゃくしゃにして投げ捨て、新しい文書を取り出して覗き込んだ。
過ぎたことは仕方ないか…。
でもこの次の案件は、命まで条件に入れてる契約じゃねぇな。
次のヤツらは、もうちょい約束を守るヤツだといいんだが。
そして身なりをポンポンと払って整え、ゆっくりと立ち上がってドアの外へ出た。
まるで、何事も無かったかのように。

イシュメール

人格/イシュメール/R社第4群トナカイチーム

そのノートの上の一番最初の行は、些細な疑問で始まっていた。
「R社の建築様式は変だ。建築様式は通常、周辺地域の翼と似た様相であるべきだが、J社やS社、T社と何の関連もない。」
「むしろ…W社と近いっちゃ近いんだよね。その理由を人と図書館で探し回ったけど、誰も知らなかった。」
「私は、その理由を探すためにこのノートを書く。」
確かなのは…今のR社以前にも、きっと旧R社があったはずだということ。
旧R社がどんな特異点を持っていたのか、なぜ消えたのか。子供はそれを知りたがっていた。
そして、その事実を辿れば…。

うぅ…それを探すためには…旧R社に関する情報を絶対手に入れなきゃ。
自分が探している何かに対する答えが得られると信じていた。
その何かが何なのか、今話すとあんまり面白くなさそうだけどね。
機会があったら、また今度話そうか。

うぐっ…つ、次の場所へ…。
今は、水なしで鎮痛剤を噛んで呑むこの子供を見るだけで、物語でいっぱいになった気分だから。

人格/イシュメール/南部シ協会5課

やっぱりひとこと言わなきゃ…。
その子供は唇をぎゅぎゅっと噛み締めながら、独り言を漏らした。
実のところ、子供の心の中は長いこともどかしさで満たされていた。
部長という人は現実的ではない目標を押し付けていて、同僚という人は協会の色とは全くそぐわない性格をしていたから。

うぅ…。
さっき開いた傷に包帯を巻き直しながら、子供は小さく呻き声を上げた。まあ、そのせいだけじゃないとは思うけど。
彼女が心の内を打ち明けるだけでも、共感してくれる人は都市に沢山いるだろうね。
彼女が都市で経験した数十の仕事と、都市を流れ歩いていた時間。
フィクサーの資格を得てからも、最も低い位置で雑用ばかりしていた彼女には、この全てが非効率的で不合理にしか感じられないだろう。
雑用だからといって簡単なわけでもなかったし。
血で手を汚すのがフィクサーとはいえ、その中でも、誰もが嫌がる仕事。
身体のあちこちに包帯をしっかりと巻いた子供は、そんなことを率先してやってきたんだ。
彼女が今、シ協会に身を置くことができているのは、単純にそのおかげかもしれない。
命が宙ぶらりんの現場から、虫の息になりながらも任務を全うして帰ってきたら、病院のベッドの横にシ協会からのスカウトの手紙が置いてあったんだ。

こんな部長がいるだなんて思わなかったけど…。
そう溜め息を吐いたそのとき、隣の部屋から大きな音が聞こえた。
…のか!!
それは子供が一度も聞いたことのない、部長の心からの怒りが混じった大声だった。
うちの子らがどれほど苦労していると思っている、まだそんな命令なぞを送ってくるのか!
子供は息を殺して部長室のドアに耳を当てた。すると、話はより鮮明に聞こえた。
私もあの子らに苦言を呈しとうない!くだらぬ言葉でよいしょよいしょするのがどれほど腹が立つのか分かってはいるのか!?
……。
苛立っていた子供は、すぐに色々なことを考え始めた。
そして静かにドアから耳を離し、入ってきた場所へと戻った。
ちょっとは道理が分かっているフィクサーになったとばかり思ってたけど、昔とそう変わらないじゃん。
その子供はそう考えながら、

ふぅ…。
深く溜め息を吐くことしか出来なかった。

人格/イシュメール/LCCB係長

(▌=差し迫った仲間、=不安そうな仲間)
▌前方より接近!100メートル!
「くぅっ…もう弾がないのに…。」
誰から見ても急迫した状況。黒い服で全身を包んだ子供たちは、敵を片付ける方法が思い浮かばず慌てふためいていた。
クソッ…会社のこと考えて弾を控えめに持ってくるんじゃなかった!
▌そうしたところで人事評価が良くなるわけでもないのに、なんでそんな…あ。
子供はこれ以上口を利くことが出来なかった。なぜなら引き金をいくら引いても、これ以上弾丸が飛んでいかなかったからね。
▌…25メートル。
ここまでか…。
まさにそのとき、夕焼け色の髪がなびきながら登場した。
ご安心を。これから先は私が解決します。
▌…イシュメールさん!
大きな盾を持った子供は揺るぎない目で敵を睨み付け、
イシュメール、作戦エリアBA21合流。加勢してネズミ野郎どもを掃討します。通信終わり。
救世の光のような閃光が、銃口で輝いた。
ああ…それから物凄い金づるがあるというのに、LCCの弾丸受給のことを心配するバカな意見はこれから出さないようにしてください。
…厳しい毒舌も飛んできたみたい。

人格/イシュメール/ロボトミーE.G.O/たぷつき

…笑わないでください、ホントに。
子供の全身には、緑色にベタ付くものがくっついていた。
まとわり付いた、いいえ…もっと正確に言うと、それは「着た」と言うのが正しいだろうね。
あれは子供が自分で着た一種の「装備」、「スーツ」、「衣服」そして「道具」だから。
そう、旧L社…ロボトミーコーポレーションでは幻想体を通じてある種の「道具」を取り出したりしてたんだよね。
幻想体の最も根源的な部分を引き出して…いつでも、誰でもその力を道具のように使えるようにした物。
ロボトミーコーポレーションでは、それをE.G.O WeaponとかE.G.O Suitというものに区分して作ってたんだ。
幻想体を管理していた職員たちは必要に応じてそれを着て、手にして様々な危険な状況に対処したりもしてたし…。
あはは、ちょっと話が長くなったね。

ちょっと、なんで私だけこんなのを着なきゃいけないんですか?私もあのお札…みたいなのを着ちゃダメなんですか?
だから早く選ばなきゃダメでしょ~。ちょうど残ったのが三着しか無かったし、しょうがないでしょ?
残っている文書を見ると…そもそも一種類につき作れる個数が制限されてるって書かれてますね…。
だから~あなたがそれを着るってことは必然的なことだったって言えるかもね?ふふ。
クソッ…。
幻想体の種類が沢山あるように、E.G.Oも色んな形態で抽出できたんだ。
この支部だと、どうやら埋没する前には希少な幻想体を管理していたみたい。もしかしたら承認されたばかりの新生支部だったのかもしれないね。
まだ幻想体の管理をそう長く実施できなかったから、E.G.O抽出を実施できなかったのかもしれないし。

それで…これを利用してまで戦う必要があるんですか?
子供は頭についた粘液をパッパッと払いながら言った。
あのK社のやつら…摘出*8職って言いましたっけ?非常に厄介な敵ではありますけど、ここまでして…。
嫌なの?嫌なら…素手で戦わないとね~。
うぅ…。
子供は依然として気に食わないようで、不快な表情を消すことができなかった。
でも、その力を体験してからはちょっと考え方が変わったような気もするね。

わぁ…こんなに重たそうに見える武器をビュンビュン振り回せるんですね?
その…人をぶちのめしながらそんなこと言うのはちょっと…アレじゃない?
でも、こうやって!
こどもはその言葉と共に、膨らんだ緑色の鈍器を横に振る。まるで長い間その武器を扱っていたかのように、こなれた動作でね。
…とてもスッキリしますよ!はっはっ、帰ったら酒でも…。
うっ。
子供は突然飛び出した変な口調に口を塞ぐ。
子供の周りにいた仲間たちはそんな子供を見てケラケラと笑い、子供は思いっきり恥ずかしがってるけど…。
それがただ笑ってばかりいられるようなものじゃないってことを…。
そう遠くない日に気付くんじゃないかな、そんな気がするね。

人格/イシュメール/南部リウ協会4課

=親切な食堂の主人、▌=余裕そうな/慌てた/怒れる組織員)
裏路地にどこかにある牛肉面専門店。
子供は一人で食卓に座り、ランチを楽しんでいたんだ。
人付き合いが凄く嫌いというわけではないけど、あまり好まないのが子供の特徴の内の一つなんだ。
本来リウ協会の人なら賑やかに集まってみんなで食事をすることが多いらしいけど、子供は何だか彼らとは雰囲気が違う感じがするんだよね。
子供もその中に挟まれてドッタンバッタンしながら過ごすこともできただろうけど、それよりかは一人で食事するのが気楽そうに見えるね。

…あちっ、はい。もしもし。
今ですか…?今食事中なんですけど、出来ればあとに…。
了解しました…。
そう、もしかしたら仕事のせいかもね。
あやぁ、また全部食えないまま行くんかぇ?
あ…ごめんなさい。またあのときみたいにやっていただけると助かります。
ラップして取っとくかい?もちろん~
既に子供が呼び出しのせいで食べ物を残していったのが、一度や二度じゃなかったってことだろうね。
はい、出ました。どっちの方角ですか?
はぁ…それとですね。私が他人と絡むのって疲れるからこうしてくれって頼みはしましたけど、それでも食事時間くらいは保障して貰いたいんですけど。
…なにがですか!帰ってくると麺が全部伸びてるじゃないですか!食べられるのが餃子だけって、そんなことがあっていいと思いますか?
はい!?U社の現状保存包装ですか?それがいくらするか知っててそんなことを言うんですか?
もういいです!切ってください。
子供は苛立たしげに通話を切った。
はぁ…今日は大丈夫だと思って大盛りで頼んだのに、まじか。
…任せられるのが私しかいないって言ってるから、なんとも言いようがないし。
子供は南部リウ協会4課の中でも実力が優れていたみたい。特に素早く追いつく豪快な格闘が得意な子は、一人で多くの敵を処理するのにもってこいというわけ。
まあ…逆に言うと、協業が主力のリウ協会とは合わないという話になるのかもしれないけど。
そもそもあちこちに入り浸れる性格だったなら、今みたいに食事の時間がすれ違うせいで一緒に出発するべき任務に、食事の途中で駆けつけることも無かったんだろうね?

▌うっ、ぐっ!
次。
子供はそんな風に、殊更に怒った表情で敵を一人二人倒していくんだ。
▌ちっ。この野郎、生地が貫けないぞ!
▌ぐぁっ!
はっ、そんなもので協会の正装が貫けるとでも?
周りの同僚たちが少し戸惑うほど圧倒的な速度で。まさに破竹の勢いだった。
▌こ、この…。
そうして、そんな子供の目の前で残っている敵がぐずついてばかりいると…。
子供は手をクイクイさせながら、こう言った。

いっぺんに掛かってきてください。麺が伸びてイライラしてるから。

人格/イシュメール/奥歯ボートセンターフィクサー

はあ...蒸し暑い、マジで。
ベちつく*9緑色の干潟は、黙々と蟹甲羅を壊す音と潟が沈んでしまいそうな溜め息の音で満たされていた。
これなんで全然落ちないの...うっ!
子供の力を入れる声が何回か続き、ついにばちゃっという音と共に金属部品が潟に落ちた。
そうやって積み上がった廃品の山は、もうクラップ蟹ニ匹分の大きさを超えるくらいの高さになっていた。

あの子はいつ来るんだろ...台車を引っ張ってくるって言ったけど、車輪から作るわけじゃあるまいし...。
はあ、ちょっとだけ休むか...。
子供は額の汗を拭いながら、今や腰掛けるのにびったりの構造物になったクラップ蟹の甲羅の上に座ったんだ。
干潟へ出るときに用意した水筒を腰から取り出して喉を潤そうとしたが、子供の表情はすぐに歪んだ。

なっ...確かに氷を目一杯詰め込んで持ってきたけど?なんで温水になってるの?
それに...うぇっ、ぺっ。塩辛い...うぅ、さっき水が混じったのかな。
子供は機嫌悪そうな顔をして水筒と湖を交互に見ると、もう一度溜め息を深くつきながら残った水を全部頭に振りかけた。
いっそ熱でも冷ますか、そう思ったんだろうね。

はあ...こんなことをいつまでしなきゃならないんだか。
子供は水がぽたりぽたり落ちる髪を掻きながら、考え込んだ。
この干潟の上で気を取り戻したとき...子供はそのときのことを思い出していたんだ。
本から元に戻れたのは不幸中の幸いだけど、目覚める場所を選べなかったということはその中で一番大きな不幸だった。
当然子供に残っているものは何もなく...状況を全て把握する前にクラップ蟹が子供に向かってのそのそと這い寄っていた。
できることは、素手でそれと戦うことだけ。
フィクサー時代の経験が助けになったのだろうか。
素手でクラップ蟹を倒したのを見て、周辺のボートセンターのオーナーが出て来てその廃品を買うと話し掛けてきて...。

...あの方たちが助けてくれたおかけで、今はボートセンターでもなんとか開けたってこと。
はぁ、それも別のやつらが戻ってこなかったらキツかっただろうけど。
子供の目標はV社、22区に戻ることだった。
本来の自分たちの事務所があったあの場所へ...本来の人生を取り戻すためにね。

...旅費を稼ぐにはまだまだ遠いかぁ。
ふぅ、こうしちゃいられない。もっと捕まえておけばそのうち台車が来るだろうし。
子供はそうブツブツ言いながら、再び湖に向かって飛び込んだ。
そうして深い湖の中に潜んでいるクラップ蟹に向かって狙いを定めて呟いた。

大人しくしてて...無駄な抵抗はしないで!

人格/イシュメール/ピークォド号船長

(▌=船員たち、=銛使い、=1等航海士、=声のでかい船員)
船員たちよ!
子供がデッキの上にドン、と巨大な銛を突き刺して大声で言った。
荒波が激しくうねる湖の上で、危なげに揺れる船の上でね。

船長が!お前たちの声を聞きたがっているぞ。船員たちよ!
はっ!!!
船員の中で、全身にとてつもない量の刺青が刻まれた子供が真っ先に声を高らかに上げた。
他の奴らには口がないのか?船員たちよ!!!
▌はっ!!!
子供がぎゃあぎゃあ喚き立てると、船員たちは皆一丸となって大声で叫んだ。
この船がどこへ向かっているかは、この場に集まった全員が分かっているだろう。
そうだ!私たちは今、波へと一直線に向かっている!
いかなる船員もざわめいたり、慌てたりしなかった。
彼らは当然のことを言われたかのように、でも大きな決意を胸に抱いたかのように覚悟に満ちた目で子供を見上げていたんだ。

この波は何を駆ってくるか。それもまた自明だ。
その通り!
今夜、我々は鯨を討つであろう!
その鯨は何だ!
▌全てを渇かせる真っ赤な鯨!!!
皆が口を揃えて、まるで練習でもしたかのようにその長い言葉を口にする。
でも子供には気に入らなかったのか子供はゆっくりと…しかし、大きく首を横に振って叫ぶ。

いいや!
あの鯨は!我々全員の目標と!執念!目的である鯨だ!
▌はっ!!!
その巨大な腕が、我々に巻き付くだろう!
悪夢のような吸盤は、この船と船員たちへ張り付こうと必死になるだろう!
▌……。
誰も答えはしなかったが、誰も怖じ気づいたようには見えないね。
むしろ彼らは…。
笑う。
歯をむき出しにして、皆が待ちに待ったプレゼントが届いたかのように笑ってるんだ。

良い表情(かお)だ!
そうだ、我がピークォド号の船員たちはそんなものなぞを恐れることはない。
お前たちはただ!この船長、イシュメールの羅針盤に従えばよいのだ!
そこには我々全員の成功がある!この船に乗った目的がある!
▌その通りです!!!
船長!雷と嵐押し寄せきたり!
そのとき突然、船室の中から別の子供が飛び出してきた。
差し迫った表情ではあるが、彼もまた恐れてはいない。むしろ微笑を浮かべてるみたいだね。

潮は満ちた!
はじける閃光と、どこから押し寄せてきたのかも分からない太い暴風雨が皆へ降り注いだけど。
誰もそれを避けようとも、眉をぴくりと動かそうともしなかった。

1等航海士!
聞けり。
操舵を2等航海士へ任せる!目標は変わらず、あの真っ赤な鯨だ!
操舵を任せ次第、迅速に銛を持ってかじり付くぞ!
伝達せん!
銛使い!
船尾にて最も決定的な瞬間を狙え!全力を尽くすんだ!
はっ!!!
熱い会話が行き来し、ついに湖の中から赤い何かがうねり始めた。
あいつだ!あの鯨がついに尾を広げたぞ!
会いたかったよ…。
湖から大きく伸びてくる胴体を眺めながら、子供は低くつぶやいた。
私は誰だ!
▌ピークォド号の船長、イシュメール!
その通り!
子供は華麗な身のこなしで巨大な銛を振り回すと、その尾に向けて銛先の狙いを定めた。
真っ赤な鯨よ、お前も私の名前を呼ぶがいい。
私を…イシュメールと呼べ。
銛の中にあるガス燈はその熱意に応えるかのように煌びやかに、明るく燃え上がった。
さぁ!この銛の炎を導(しるべ)にしろ!
そうすれば至れる!私の目標へ!お前たちの目標へ!
▌はっ!!!
今や誰もが自棄(やけ)になった眼差し、しかし何かに取り憑かれてはいない、進んでゆく眼差し。
子供はその眼差しに、さっと目を通すと…。

総員!
デッキを踏み締め、鯨に向かって飛び掛かった。
突進!

ロージャ

人格/ロージャ/黒雲会若衆

おじさん。私、おじさんの金庫にナンボ入ってるか全部知ってるよ。
子供はふてぶてしい口調で、しかし鋭い冷笑を浮かべながら話してる。
組織というものは大体そういうものだろうけど、黒雲会もそこまで変わらない。
保護費という名目で裏路地の商店街を引っ掴んで揺さぶれば、血汗という名の金貨がチャリンチャリンと落ちてくるのでそれを受け止めて食べるのが毎日の仕事でしょう。
そういえば、子供は裏路地に立ち並んでいる商店で、特にここにだけ厳しく接してたね。
どこかで有名なけちんぼだって噂を聞いたのか、彼女はここのお金をぶんどれば、飢えてる沢山の部下の助けになると思ったみたい。
子供は今すぐにでもあの守銭奴の胸倉を掴んで、いいえ、胸倉を掴んでしまいたかったけど、そうはできないみたい。
単独行動は組織での禁忌だから、どうやら面倒ごとは避けようって考えてるんだろうね。
あぁ、幸いにも子供の視線を他の場所へと導いてくれる、案内人が来たみたいね。

ロージャ、愉快だ。遂にこんなお粗末な任務から抜けられる。
…うぅ~ん、いい知らせってことだよね?
無駄に言葉を縮めるのが好きな案内人は口元をつり上げると頷き、煙草に火を付けてはこう言ったんだ。
剣契のやつらと、ちょいと剣舞をすることになった。

人格/ロージャ/LCCB係長

(▌=几帳面な後任)
子供の目は眠気と疲労でいっぱいだった。
▌…感応結果異常なし。通路を確保しましょう。
ふぁああん…あ~めんどくさいなぁ。
▌…仕事ですよ。
いやぁね、仕事だからやるっちゃやるけどねぇ~。はぁ、どうして私たちがバスの子らの手伝いをしなきゃいけないの?
▌それがLCC部署の仕事ではありませんか。
知ってるって。子供はチッと口を鳴らしながら、そう無駄口を叩いた。
メフィストフェレスを運行する12人の囚人達が黄金の枝を回収できるように動くのがクリア部署、LCCの仕事。子供もその事実はよく知ってた。
実のところ、特に負担に思ってもいない。
面識のない人たちのため、自分の命を懸けるのが嫌だとかいうアマチュアみたいな不満も持っていないし。
でもただ…今自分のやってることに、胸がときめかなかったんだ。

あぁ~私もバスなら上手に乗れるのに。あの…ヴェルギリウス?って人にも会いたいし。
▌…無理ってことは分かってるじゃないですか。あの囚人達は…。
知ってる、あの時計ヅラと共鳴しなきゃならないだとか。チッ、知ってる。言ってみただけだって…。
子供は溜め息を吐くと、無線機に向かって言った。
ロージャ、E-361区画隔離室の事前調査作業かいし~。
そうしては身体をあちこち解し、回りの人に言った。
準備はいい?いくよぉ~?
ブリーチング!

人格/ロージャ/N社中鎚

素晴らしい。
ほんっと、とっても素晴らしい!
どうしてこの世にあんな方がいらっしゃるんだろう?
いや、どうしてこの世に人間のフリをする不良品がこんなにたくさんあるんだろう?
握る者に出逢ってやっと分かった。街をちょっと歩くだけでも不快な臭いが漂うっていうのに、私は必死に気付かないフリをして生きてきたってことに!
握る者の声はいつであれ私の馬鹿な考えを引っくり返し、正しい心構えで満たしてくれる。
初めて金鎚として召集されたときも、初めて金鎚を振り下ろしたときも、その声が私を安らぎに導いたんだ!
あぁ、どうして不浄なモノ達を壊すことに恐れを感じたんだろう?
純粋でない人間が街を闊歩してるというのに、土が穢されているという考えにどうして至らなかったんだろう!
そうしてやっと私は悟ったんだ。
私の美しい故郷でもそんな不純な…異端達が我が物顔で闊歩しているということに!
中鎚になってすぐの週、私は握る者に初めて告げた。濁りゆく故郷の未来を正したいと!
握る者はいつものように、慈悲深い笑みを浮かべていらっしゃった。
そうしなさい。
あぁ、やっぱり私は選ばれた人だったんだね!
その日の夜、裏路地の住民達はそのまま死体の塔になってしまった。
あぁ、そっか。「異端」の住民たちがね!
土と最も遠い場所に突き刺しておいたそいつらを眺めると…楽しくて笑いが出た。
綺麗に浄化されたこの故郷の土に、口づけをしたくなるほどに。

人格/ロージャ/バラのスパナ工房代表

(▌=心配性の職員)
さぁ...オールインだよ~。ほら、かかってらっしゃい!
色んな打鍵音と紙をめくる音、何かしら話してる音の中で。
事務所の中とは想像しがたい、楽しそうな歌が聞こえていた。

そう...!まんまと上手くいったね~。
子供は眉問に皺を寄せてる人とは違って、浮かれて楽しそうな顔をしてるね。
最近、子供の事務所がある裏路地で流行ってるオンラインカジノグーム。
子供は少し前からそのゲームにどハマりしてるみたい。

よし...もう一枚だけいいのが出れば...。
▌あの、代表...。
...うん?集中してるんだけど、あとにしちゃだめ?
▌あとじゃダメです。これを見てもらわないと...。
子供の部下なのかな?少し悲痛そうな声で子供を呼ぶ彼は、胸に紙束を抱えていた。
あぁ、マジで...
▌はい、こちら五日も滞ってる決済文書です。早く読んで...
来た!!!!!!
...事務所を埋め尽くしていた色んな音がサッと消えたね。
来た、来たよ!ねっ、これ見てよ!ロ・イ・ヤ・ルストレートフラッシュ!
▌...何ですかそれ?
なにって?ここのいる人の三ヶ月分の給料がまさに今入金されたってこと!
さぁ~みんな聞いて!私がさっき...。
事務所の中の誰も子供の言葉に集中してないけど、子供は気にしてないみたい。
...そしてそれは、忍耐が限界までに達した職員も同じだった。

▌代表!決済が滞ってて仕事が進まないんですよ!働いてください!
もぅ、うっさい!どうしてそんなこと言うの~。
ようやく、子供はまくし立ててくる職員の方を見た。
どれどれ...決済?これって私大抵の場合は突き返さないの知ってるでしょ?ハンコ押しといてって渡したでしょ!
▌それでも手順ってものが...。
はぁ、鼻クソみたいな規模の工房に手順?ただでさえ作業スペースがないから全部外注してるのに!
さぁ、それに...私が仕事してないって?外で仕事掴んできてるのは私でしょ~。
▌...その仕事が片付いてないせいで積もってますけど。
それは代表が考えることじゃないと思うけど~代表は、あなた方を信じているのですよ~。
▌......。
それに、みんなの金払いが滞ったことは一回もないでしょ!それじゃダメ?
それでも、このままじゃ...
あ、外勤の時間だ。さぁ~どいたどいた~あなたの言う通り、代表は仕事しに行くのですよ!
子供は茫然としている職員を放置して、そのままドアの外へ飛び出した。
...正しい代表の姿というのは、人によって違うと思うけど。
少なくともその職員にとって、子供はめちゃくちゃな代表に見えるだろうね。
でも...

よいしょ~っと!
子供の「外勤」の実力は本当に優秀だった。
もとはというと、子供が今までずっと取り組んてきた「改良」する能力が優れていたから、訪ねてくる人が多くて...。
その中でも、いけ図々しいことに人を得る才能まであったおかげで取引先を増やしていき、最終的に代表という座まて得たんだよね。
腐っても鯛という言葉は、こういうときに使うんだろう。

さぁ...今回の仕事はこれで終わって...はあ、もうちょっとお金になりそうなものないかな...。
細かいことにまで気を使うのは面倒だったけど、とにかく自分の事務所を一生懸命育てようという思いでいっぱいの子供は...。
また別の仕事を探そうと、情報を熱心に探し回った。
そのおかけだろうか。

おっ?K社...の巣から依頼が?
...あれ、でも改良依頼じゃなくて「廃棄作業」依頼だ。う~ん、ちょっと身体ほぐしとかなきゃ~。
子供はすごい仕事を、一つ見つけたみたい。

人格/ロージャ/南部ツヴァイ協会5課

(▌=お人好しのVIP、=怪しい取引人)
あのね~。
…。
あなたに話し掛けてるんだけど、ヒースクリフ。
…なんだよ。
のどかなある都市の昼。
子供は真っ黒いサングラスを掛けてベンチに座っていたんだ。
そしてその隣には、自分は絶対に怪しいと思われないだろうという考えで一杯の、別の子が座っていたんだ。

そうしてたら本当に怪しまれないと思う?
あんたが話し掛けさえしなけりゃ、そうだと思うんだけど。なんだよ、文句あっか?
うん、あるよ。今時そんな腕をガバッと広げて新聞を読む人っていると思う?
…ぐっ。
ただ新聞に没頭するならべつだけど。なんで何度も新聞越しにチマチマ覗き見ているの?
VIPさんがびびって逃げていくって。ねっ?
子供はそうやって咎めながら長く息を吐いたんだ。
二人の子供たちは潜伏任務を遂行中だった。中でも指定保護と呼ばれる、ツヴァイ協会の業務方式の一つをね。
ツヴァイ協会が顧客の保護を担当しているということは広く知られているのかまで全部知っている人は多くないんだ。
潜伏保護もその一つなの。自分の日常を侵害されたくはないけど、保護は受けられなければならない人々のためのサービスと言えばいいかな。

はぁ…何か起こらないかなぁ~黙って座ってるのも退屈だってのに。
でも子供は何だか気に食わないようだね。
それもそのはず、子供が図々しくなんでもできるという風だったので、指定保護という担当業務を任せておいただけであって…。
別に子供*10やりたくて始めたわけじゃなかったからね。

うぅ…あのときフツーに他の仕事やるって言っとけば良かった。なんかカッコよく見えたから…。
…子供のせいじゃないとは言い切れなさそうだね。
待てよ、あいつ動いてんだけど?
へ?まだあそこでもう1時間は油を…あっ!
隣に座っていた子供は瞬時に新聞を潰しながら立ち上がった。
よっしゃ~!ついに何か事件が起きるんだ!
はぁ、口は災いの元っていうけどよ…。
一人は喜びながら、もう一人は苛つきながら…。
二人は目立たない速度でVIPの後を付いて行った。

…おい。
▌おい?
まだ気付いてないのか?
お前脅迫されてるんだぞ、いま~。
▌な、何ですって?確かに契約の支払い関連で、顔を交わさなきゃならない人がいるって…。
何が顔を交わすだ、まぁ今から刃を交わすことになるけどな。さぁ、ご挨拶しな。};
▌う、うぁ…。
さぁ、そこまで!
重い打撃音が狭い路地の中で強烈に鳴り響いた。
▌だ、誰だ!?あ…ツヴァイ?
はぁ~い、契約書に署名してからは初めてお会いしましよねっ?
▌どこで何をしてたんだよ…。
私たちに教えてくださった行動計画から外れすぎた行動されると困るんですよね~。
目立たないよう周囲でくっついているのも苦労するんですよ…。
とにかく!今から我々ツヴァイが保護いたしま~す。
ヒース!この常識知らずの極悪人を片付けちゃって~。
子供はそう言いながら、顧客の前に立って特有の防御姿勢を取ったんだ。
さぁ、他のヤツらはどこ?今のうちに出てらっしゃい!
ついに何かできるという喜びに、顔をニヤニヤさせながらね。

人格/ロージャ/南部ディエーチ協会4課

(▌=インタビュアー)
「心の糧。」
私はこの本のタイトルが本当に好きだ。
心が食べる食事...それを盛んにするのが何よりも大事だって教えてくれるんだ。
▌だから...こうやって...。
▌食事されているんですか?
そゆこと。
いや、正確に言ってちょうだい。不確実な知識は却って誤解と混乱のみを生むからね。
間食を、食べたの。
▌...そうなんですね。
あのね、あなた。ここは図書館だよ。「心の糧。」を溜め込む...そう、「糧」が沢山溜め込まれてる場所ってこと。言い換えると、ここは食堂と言っても過言じゃないってこと!
だからここで何かを食べるって行為は極めて自然なことだ、ってことよ!
▌はい、ありがとうこざいました。戯言だらけのインタビューから得られる栄養はないので、ここまでにしましょう。
▌司書の方には、あらゆる食べ物でいっぱいの大食堂を運営するディエーチ協会について沢山お話伺いましたと伝えておきます。問題ないですよね?
えっ、あぁ!ごめん!!ちゃんとインタビューするから、司書の姉さんには...ねっ?
...ふぅ。
さぁ...だから、ディエーチ協会が正確にどんな協会かから言ってくれって話だったっけ?
▌はい。まあ、「知識」を担当しているってことは誰でも知っていますけど。
▌うーん...そうですね。ロージャさんにはどんな協会かを聞くのも悪くないと思います。
う~ん...どんな協会か、かぁ...
家みたいなもんだね、ここは。
ディエーチが身寄りのない子供たちを引き受けて育てるの、知ってるよね?
▌はい。救恤(きゅうじゅつ)の協会というイメージが広まっていますね。
私もそうやって流れてきたの~いつだったかはもう思い出せないけど。
道端に転がった埃まみれのパンを拾って食べて...おととい死んだ友達の服を剥いで私の布団にして...そんなときがあったような気はするんだけどね。
▌ふむふむ...。
あっ。この話、暗すきたかな?
まあ、とにかく。そうしてここへ入って、人間らしく暮らせるようになったんだ。代わりに、協会の人間として勉強を怠っちゃダメなのが面倒だけど。
▌それでも4課まで登り詰められたのを見るに、頑張っていたようですね。到底「身体の糧」なんかを召し上がっている方には思えません。
はあ~そんな頑張った気はしないけどね~。まあ...先天的に頭が良かったとかでしょ~。
▌......。
それに、勉強するのがつまらないってわけでもないの。
知れば知るほど...私の力も強くなるから。
▌聞いたことあります。積み上けた知識だけ、実際に力が強くなると...
フフッ。万古の真理が私を見守ってらっしゃるってのに、あの頭がスッカラカンの奴らを叩きのめすことが難しいわけないでしょ。
たまにいるんだ。ディエーチから派遣されたって話を聞くと、本の虫なんかが自分たちに手出しできるのかって侮る奴らが。
▌...無視されるんですね。頭にきたりはしないんですか?
ううん。むしろ...もっと面白くなるんだよね。
そうするたびに私のストラは輝き...拳は無知蒙味な者たちへ審判を下すから。
ディエーチの真骨頂を知らない愚鈍な者に、知識の格差を見せられる良い機会よ。
でしょ?

人格/ロージャ/南部リウ協会4課部長

(▌=???)
ささ!イシュ!こっちだよ~。
はぁ、部長さん。もう四時間も名店ばっかり回ってますよ。
部長さんじゃなくて、ロ・オ・ジャ。いつまで水臭くしてるつもり?
ろ、ロージャ…さん。
もぅ~。わかった、それくらいでいいよ~。
子供は気分良さそうな顔で短く溜め息を吐きながら、紙袋の中の食べ物を口の中へとスッと突っ込んだ。
両手いっぱいのショッピングバッグと紙袋のおかげで、子供がどれだけ沢山の店を回ったのか一目で分かった。

おえげ~。
ロージャさん、全部食べてから話してください。
むぐ…はっ。それで、次はね!
一体いつまでこんな風に店巡りするつもりですか。
トン。
横でポケットに手を深く突っ込んだ別の子供は、地面に向かって深く溜め息を吐くと…。
その場で立ち止まって、子供を意地悪そうに見つめた。

この路地にあるハムハムパンパンの期間限定のマントウも買って、本店で揚げたての蝦多士(ハトシ)も20個以上買ったじゃないですか。それに…。
マスカット、ミカン、イチゴ。
だらだらと恨みがまし言葉を吐き出す彼女に向かって、子供は静かに…そしてとても余裕そうに単語を羅列した。
…はい?
選んで。イシュ。マスカット、ミカン、イチゴ…どれ食べたい?
子供は白い紙袋をガサガサしながら目を輝かせた。
絶対に通用するという確信の宿った目だね。

そんなんで釣られると思って―
全部分かってるよ、イシュ。
さっきからこのタンフルが入った袋ばっかり見つめてるの。
うっ…。
さぁ、他の子たちよりも先に選ばせてあげる…。
それに、あとで牛肉麺も食べよ…どう?
…ミカンで。
はぁい~どぉぞ~!
…子供の懐柔策はいつも完璧だった。
それは今の状況だけじゃなく、協会の中で…特に4課で起こり得る全てのいざこざを調整するにあたっても輝いていた。
リウ協会が他の協会よりも和やかな雰囲気だという評判だというのも、もしかしたらリウ協会が意図的にこのような子供たちを中心に部長に割り当ててるからかもしれないね。
もちろん、実力だけで選ばれる部長と1対1で比較すると少し足りないかもしれないけど…。
だからって、こんな厚かましいだけで子供が部長の地位に立てたわけじゃないんだ。

はぁっ!
子供の周囲には誰もいない。ただ子供の手刀に貫かれるであろう敵のボスが残っているだけ。
それは二つの事実を意味するんだ。
一つは、小物たちじゃ子供の戦闘を妨害できないということと。
もう一つは子供の部下たちが、自分たちのボスと敵のボスを1対1の条件にしろという命令通り…戦場を創り出しているということ。

雑・掃。
部長!いつも通りこいつらは私たちが全員せき止めました!
はぁ~名前で呼べって、水臭いなぁ!
そう言いながらも、子供は目の前にいる組織のボスから目を逸らしはしなかった。
とにかく~部長って呼ばれたし、また部長らしく一件片付けちゃおっか?
子供は、既に数多の攻撃によってぼろぼろになった敵将のみぞおちを綺麗に打ち抜いた。
さぁ、あなたたちのボスの首が落ちましたね。それでもこの戦闘、続けるつもりですか?
▌くぅうっ…チクショウ!
規模のある戦闘で大将が倒れれば、団体は瓦解するものである。
士気を失った敵たちはジリジリと後ずさりをすると、そのまま全員逃げてしまった。

ふぅ~今日もキレイに終わったね!
リウ協会はこんな風に全面戦争で相手の足を縛っておき、その間に副将格の人物が相手の隊長を排除する形でいつも規模のある戦闘にて実績を作ってきた。
でも、それは逆に言うと…自分たちの大将が倒れたらどうなるか分からないという意味でもあるね。
どうなるか…それは、今言う必要はなさそう。
そんな物語がある世界を覗き込む時が来れば、自然に分かるだろうから。

シンクレア

人格/シンクレア/剣契殺手

一体僕はどっちが本当の僕なんだろう…。
子供は、自らが自らを恐れてた。
自分がこんな風に変わることを制御することもできないし、ただ、決めようという勇気が無いだけでしかない。
もしかしたら狂った殺人鬼に過ぎないんじゃ?子供はそういったいろんな考えに、目が眩んでしまいそうだった。
子供が経験してきた剣契の人々は「そのような性分が剣契に最も相応しい、殺手に近いものだ」と褒め称えたりはするけど、
それも子供自らが望むときにしか、褒め言葉として機能しないだろうね。
子供は、むしろそんな言葉を負担に思った。
だから今でも自分の快楽と不安の狭間にて、どこに立つべきか悩んでるんだろう。

月は本当に明るいな…。
子供は溜め息を吐いて、空を見上げた。
一人で月を眺めていると、少しは心の慰めになったからだ。

人格/シンクレア/南部ツヴァイ協会6課

おぉ!ここにいたか、君!受け取るがいい、君の分である!
しっ…静かに!…ミルクティーですか?あ、ありがとうございます…。
子供は協会の加入審査試験を受けてた。
こういう風に前もって協会の教育を受け、略式依頼を通じて協会直属のフィクサーとして働けるのかを確かめてもらうってこと。

それで、僕たちが保護すべき重要人物ってあの人ですか?*11
…都市じゃ誰もが知っている話だけど、フィクサーのランクと免許はハナ協会が管理してるんだ。
だからといって、全ての試験がハナ協会で直接開催されるわけでもないかな。
各協会に直接免許試験を管轄させて、結果をハナ協会に報告するといった感じなんだ。
子供もそうやってツヴァイ協会の加入試験を受けることになって…。
急に重要人物が、喧嘩に巻き込まれる場面に遭遇しちゃったんだ。
恐怖と不安に、子供は前に出るのをためらったけど…。

こうやって立ち止まっていることは、ツヴァイの信念に反します!
その言葉に、ふと子供は自分が免許試験のときに言った言葉を思い出した。
そうして静かに頷き、こう言ったんだ。

そうです…僕たちは依頼人の盾ですからね。

人格/シンクレア/マリアッチボス

(▌=ぽっと出の新入り、=興に乗った組織員、=軽快な組織員)
▌僕にあれをやれってことですか…?
子供の瞳孔がわなわなと揺らいだ。肌は青白くなり、粋に伸ばした口ひげはゆらゆらと揺れた。
ボスが…不安がってるじゃないか。興をさかせて差し上げないとだろ?新入り?
他の子供は柔らかい声でその子をなだめた。
マラカスを両手に持ってぶるぶると震えている、ボスと呼ばれるその子供を他の子供全員が見つめていた。

新入り。これはな…通過儀礼みたいなもんだ。
ああ、そうだ。一回ぐらいは…それを経験しないと、真のマリアッチの囃子手とは言えないんだ。
指名された子供の顔色は、漂白し損ねた鉛の色に近付いてるみたい。
▌でも…聞いたんです。シンクレアボスにその言葉を言ってしまうと…。
あぁ、頭が爆ぜるだろうな。
そうだ、頭が爆ぜるな。
だから言ったじゃないですか!と子供は怒るように言ったが、他の子供たちは首を横に振りながら、口を揃えてこう言った。
…みんな爆ぜたんだ。
その言葉を聞いた子供は溜め息を吐いた。
そして…どうしようもないことを悟ったんだ。
子供はそっと、ボスと言われる子供に…こう言った。

▌あの、ぼ、ボス…パ…パニャータパーティーの準備―
言い終わる前に。
シャカ。
パニャータという単語を口にした子供の頭から、血の噴水が湧き上がった。

うむ。立派だな、新入り。
あぁ、ついにボスが…ボスモードに突入された。
ひそひそと話す別の子供たちは、微笑ましい顔で倒れた子供を眺めながら各々の頭を撫でた。
きっと…みんな昔のことを思い出したみたいだね。

人格/シンクレア/握らんとする者

シンクレア。
柔らかく、暖かな声が空間を包み込んだ。
こっちを見てください、シンクレア。
包み込むような、あるいは締め付けるようなその声。
でも。

くっくっ…クハッ!本当に絶景じゃないですか?
鋭い鉄の欠片が摩擦し、ギイイと弾けて奏でられる嫌な音のように、子供の隣に立っていた者の笑い声が空間の感覚を完全に裏返した。
見下ろしながら細かいところまで目を通すと、その空間は。
鋭くも熱い炎が四方八方を取り囲んでて。

感想はどうですか、シンクレア?業火に包まれたこの景色を眺めてみた感想は!
炎よりも鋭く歪んだ口元をした者の声は、まさに狂気に包まれてるって言えそうだね。
…あ。
そのとき、子供が口を開いた。
唇はぶるぶる震えており、呼吸は浅くて早かった。
これは恐怖に押し潰された反応なんだろうか。うん、そう見えるかもしれないね。
子供にはきっとチャンスと呼ばれるものがあった。
運命という名前の卵の殻を自ら破って、生きていく方向に対する選択を自らの手で握ることもできただろう。
でも…。

美しいですね…ファウスト。醜悪で不快なモノ達が浄化される姿が。
外で殻を破ってくれる都合の良い存在を拒否することは、そう簡単なことではないよね。
たとえ、それが自分の親鳥じゃなくても…。
誰かが進む方向を握って振り回しちゃうとしても…。
暖かさと錯覚してしまいそうな不穏なその炎へ、まるで心安らぐ焚き火の前へ置かれた羊のように、力を完全に抜いてしまうんだ。

どうしてもっと早くに任せなかったんでしょうね、ファウスト?
自分で悩んだり考えたりしようとしなくても、こんなに確かな答えが僕の目の前に置かれていたというのにですね。
子供の声は涙を宿して震えていた。
確信はどこにもないけど確実であると必死に演技する、たった今巣から突き落とされた…。
殻すら完全に破れていない、赤ちゃん鳥。
子供にはそんな文飾がなによりも似合うだろうね。

万人がファウストと同じではありませんからね、シンクレア。
でも大丈夫です…フッ。
銀の髪を持つ子供は空に向けて指を差しながら言った。
そこには、バチバチとわけの分からない機械音を呟いている何かが突き刺さっていたんだ。

あ…アァ!
子供の目はより一層小さくなった。反対に震えはさらに大きくなっていった。
目の前にあったものは、明らかに彼が望んでいない結果だった。
子供にもそれがよく分かっているけど、彼はただ分からないでいることにした。
自分でも、これが正しいことじゃないって思ってはいるけど、正体不明の親鳥が持ってきてくれた餌が、ただ便利だから。
口を開いてただ飲む込むことを繰り返すだけの、赤ちゃん鳥。
既に煮え立つ油の中に飛び込んでしまった子供は、もう融けてしまった両腕で羽ばたく選択肢しか残っていなかったんだ。
…きっと炎が消える頃には、灰に変わっているだろうけど。

は…はは。
子供は笑った。
おめでとうございます、シンクレア。アレを見て笑える者になったのですね。
子供の隣に立っている者はその姿を見て、心からお祝いしてるね。
本心としては、数多の世界の中に可能性というものが本当にあるなら…そのどこかの世界が羨ましがる子供を、自ら完成させたことに対するお祝いの意味の方が大きかったけど…。
多分だけど、既に変貌を遂げて燃え盛っている子供を覗いたことですっかり魅了された者が、とある別の世界にはいたのかもしれないね。
もうじきその世界もまた火と油、そして電気が押し寄せ、世界の中にいる子供は今とは似ても似つかぬ試練にぶつかることになるだろうけど。

さあ、始めましょう。シンクレア。世界を浄化しましょう。
…はい。
心うつろに両腕の鉄を振り回し続けて手には何も握れず、自分の選んだ道すら歩めずに炎の中で失せゆく子供のすすり泣きだけが、業火の中で鳴り響いてばかりいるね。
自ら殻を中から割るのか、殻をひとつひとつ取り除いてくれる都合の良い掌握に身を任せることになるのか。
それは、その世界だけの出来事だろうね。
でも、この世界が先か、あの世界が先か…。
一体誰に分かるんだろうか。

人格/シンクレア/ロボトミーE.G.O/紅籍

ブツブツ言う声が、狭い部屋の中でかすかに響いている。
蝋燭が揺れ、子供の指先で波打つ赤い墨の付いた筆も揺れている。
子ども*12が休まず書き付けているのは、黄色地に赤い字のお札。
誰かに向けた願いと恨みを込めた、意味不明の呪文があれこれ書き付けられていくだけだ。
子供はどこかで呪術でも習ったのかな。
そうじゃないだろうね。
じゃあ、子供の属した…「技術解放連合」というところでお札の書き方を習ったのかな?
そうじゃないだろうね。
あるいは、研究所のテロに役立つ凄い技術が込められた紙を作ってるんじゃないかな?
まさか、そうじゃないだろうね?
子供はただ、旧L社の地下に残されたE.G.Oを借用して数回の戦闘を行ったんだ。それだけだろうね。
でも、子供はお札と呪術というものに心酔しているみたい。E.G.Oを着たわけじゃなくて、道具として使うわけじゃなくて。
E.G.O…あるいは幻想体そのものになったかのように、取り憑かれたみたいにそれの心を行動に移してるんだろうね。そう。大抵のE.G.Oは使用者を侵蝕させようとするものなんだ。
他人の言葉を勝手に借用して、他人の行動をそのまま真似すれば、気が付くとその人と似た人になるって話もあるでしょう?
他人の心を道具として使い続けると、それに同化するのはもしかしたら自然な流れなんじゃないかなって思うの。
我を忘れて…まるでそれに自我を奪われたかのようにね。
もっと侵蝕させる前に他の人が子供のE.G.Oを脱がしたほうが良いだろうけど、優秀な適応度を見せながら成果を出している様子を見るに、子供が属した組織じゃ簡単に脱がしてくれなさそうな気がするね。

人格/シンクレア/奥歯ボートセンターフィクサー

深夜。明かりが一つない干潟。
その中のどこかから、ちらちらと青い光が明滅を繰り返していた。
灯台の明かりというには刺激的過ぎて、火災というにはまた優しすぎるその光を追うと…。

……。
子供一人が巨大な武器の中をかっ開いたまま、ひっきりなしに溶接の火花を飛ばしていたんだ。
うぅん…どれどれ…。
こっちの溶接ビードが大きくなりすぎると電子系統に影響するらしいから…さ、最小限に…。
ばちっ、ばちっ。
ふぅ…そうしたら次に…どうしろって書いてあったっけ?
子供は着けていたゴーグルを少しずらし、小さな明かり頼りに小さなメモに書かれた内容を読み上げた。
きっと、一緒に働く同僚が書いてくれた回路図だろうね。

よし…次は回路接続…。
ジジジッ。
今回は輝くスパークの代わりに、静かな煙がそっと立ち上った。
半田付けの煙がかなり煙たかったのか、子供は眉間を思いっきり顰めたんだ。

けほっ…ふぅ、じゃあこれで…。
ガタガタという音と、電気が通ったのかブーンと唸る振動。
子供は自分の武器がきちんと改造されていることを、切実に望んでいた。
でも…。
ぶるるっ。

あ!…どうして…上手くいかない理由は見当たらないのに…。
小さな一息が、寂寞とした店の中を満たした。消えてしまった武器のエンジンのせいで、その寂寞さが余計酷く感じられた。
うん…も、もう一回やってみよう。
子供は切実な表情でピンセットを握り締め、回路板を注意深く確認し始めたんだ。
それと同時に、子供の心の中から不安が次から次へと湧き出した。
一番最後に本から戻った自分は、運が良く飢え死にする前に発見されただけで。
なんやかんやでボートセンターで働くことになったけど、フィクサーのときに使ってた能力はここではあまり必要なかったんだ。
狩りを手伝おうとしても…自分のリーダーがより効率の良い戦い方をしてたし。
整備の仕事を手伝おうとしても…同僚の手腕が遥かに優れていたってこと。
どっちつかずの自分が寄与できていることは一体何だろう、という不安はいつも子供を揺さぶっていたんだ。

…あっ、ここを!
それゆえ子供は切実だ。
自分の武器を改造していきながら同僚の技術を学び…。
強くなった武器でより効率的にクラップ蟹狩りをすること。

…できた!
それだけが、自分が役に立つ方法だろうから。
よし!これを明日の狩りで試せば…。
でも、物事がそんなに簡単に回るわけじゃないよね。
うーん…回ってはいるけど、何だかピンと来ないなぁ…。
子供の考え通りに武器が改造されたわけではなかったみたい。
すっきりしない表情で、子供は苦労しながらクラップ蟹を倒していった。

チェーンが掛かってる部分のギア比が良くなかったのかな…よし、帰ったら聞いてみないと。
それでも子供は諦めない。
もう少し良い道を探すため、最後までしがみつくだろうから。

人格/シンクレア/南部センク協会4課部長

(▌=勇敢な協会職員、=冷たい協会職員)
訓練場の中は慌ただしかった。
あちこちで練習用の剣がぶつかる音、あちこちから床を足で摺る音や足踏みするうるさい音が鳴り渡っていた。

さあ...3セットいきます...。
▌はい!
子供はその騒音の間に、自然と混ざっていた。
より正確に言うなら、消え入りそうな声がその騒音の下に埋もれてるって感じなのかもしれないね。

僕が防御側を先にやりますね...。
子供はどこか自信がなさそうな顔で剣を構えた。
一見すると対決の素質がない、気の弱い子供に見えるかもしれないけど...。

▌ゴクッ...。
どうしてだろう、向き合ってる協会の職員はとてつもない強敵を目の当たりしたかのように緊張しているのがありありと見て取れた。
3セットで大事なのは...うっ、直線で攻撃してくる敵の勢いを外側に受け流すことです...。
▌はい、部長!
それに子供が不安そうな声で喋っている内容は、職員の剣術指南なんだからびっくりしちゃうね。
それに加えてセンク協会4課の部長という、似合ってるようには思えない肩書きを持ってるってこともね。

じゃあ、次は僕の攻撃で...。
▌あ。
シュッ。
判断する隙もなく、子供の剣が相手の顎先のすぐ横をギリギリのところで掠めていった。

え、あっ!?ごめんなさい。こ、こうやって攻撃を受け流してから自然に攻撃へと繋げるってことを...見せようとしたんですけど...。
▌はぁ...はぁ...だ、大丈夫です。
▌これが噂に聞く...部長の...。
いえ...これはそんな凄いことじゃないですよ...。剣が流れるように動くってことは結局、僕自身が引っ張られてるってことでしかないですからね。
周辺で嘆声を漏らすのとは裏腹に、子供は依然として不機嫌そうな顔だね。
まるで自分と剣、その二つだけが世界に存在するかのように高度な集中力を引き出して繰り広げるその攻撃で、子供は4課の部長という座に就けたのかもしれないけど...。
その全てが自分の努力によってなされたものではないという思いに、子供がこの座を負担に、そして相応しくないという気分になっていたんだ。
練習相手の職員と距離を離そうとしていると、子供の方へ突然手袋が投げつけられてぶつかった。
...センクにて手袋を投げるということは、決闘を申し込むという正式な宣布。
そしてその宣言は当然、センク内部でも起こるみたいだね。

部長、申しわけないことになりました。
部長への決闘依頼が舞い込んでしまって...。
...そうですか。
センク協会の主要業務は代理決闘。依頼者が指定した人物へ決闘を申し込み、依頼内容に見合った結果を導出することが彼らの仕事だ。
指定した人物がセンク内部にいるのは、思ったよりもよくあることだ。
彼らにやられた人たちって、この都市にどれだけいるんだろうね?
それに加えて、南部4課の部長は柔弱な気質だって噂も出回っているからこんなことが起こるのも一度や二度じゃないんだ。

...ルールは?
私が説得しようと何度も対話を重ねたのですが...。はぁ、どうやら相当恨みがある方でして。
3段階デュエルの決闘裁判...だから、誰かが死ぬときまでと。
受け入れましょう...。
子供は溜め息をはぁと吐いた。
その息には小さな震えが混じっており、手袋を投げた職員もその気配を感じて静かに笑う。
でも...子供の一息は、決してこの決闘が怖かったから出たわけじゃないんだ。

あなたは...今回4課へ新たに転入してきた方ですよね?
...そうですが。
昔起こったことを、どこかで聞いたりはできなかったようですね...。
あらら。残念だ...。惜しいことになった。そんな言葉がざわざわと飛び交い。
でも、投げられた手袋を拾わないのは恥ですからね。
エトュ、プレ?(準備は良いですか?)
ア、アレ!
雰囲気を感じ取って、何かおかしいことに気が付いたけど。もう遅かったんだ。
莫大な依頼費用をもらって、おまけに空席になった部長の席を狙おうとした新入りの大きな計画は。

剣先を...見つめる...。
...!
たった一瞬のうちに、貫かれた頭と共に消えてしまったんだ。

ウーティス

人格/ウーティス/剣契殺手

重要なのは腰を掻っ切ることだ。稲妻のように足を動かさねばなるまい…。
そう言ったな、あなたは。
子供の静かな独白、いや対話は刃へ向かい。
しかし、それを教えてくれたあなたが弟子に腰を切り刻まれたのだから。矛盾であり、逆説的ではないか。
剣術を習った師匠はいても、その師匠が剣契に属してることも、あるいは属してないこともある。
そしてその剣をどのように使うかも全く身についていない、自由と言うには限りなく無秩序に近い人々。
あえて彼らを縛る言葉があるとしたら、それはきっと「生存」だろう。
生きるための手段として剣を選び…。
彼らを邪魔する者たちは剣で斬るという点こそ、大半の剣契組織員が持つ特徴だろうね。

やはり、真っ当な道に沿って行くべきだったのだろうか。
彼女は師匠を斬った日を、あまり後悔しないことにした。自分の流れを遮る障害物を切ったのは、妥当なことだったから。
それが一筋の太い流れだったから。
それゆえ、今回も流れ始めた自分を後悔しないことにした。

…障害があれば切り捨てるのみ。
子供の目に決意が光った。

人格/ウーティス/南部セブン協会6課部長

子供は紅茶を啜りながら、目をそっと閉じていた。
暫時の休息、そしていつかの過去を思い浮かべていたんだ。
協会に身を置くようになってもう一年が経っており、それまで本当に沢山のことがあった。
フィクサーとしての任務に出て戦闘を経験し…。
誰かを傷付けることも、誰かに傷付けられもした。
子供の実力が悪いわけじゃなかった。むしろ実力がなければどうやってここまで来れたんだろうね?
子供としても、誰かを使いながらまとめ上げる方がもっと自分に合うということが分かったから、よかったんだろうね。
大したことない末端6課の上長だ、と後ろ指をさす人もいるかもしれないけど…。

ん…?
子供の目標がそこに止まっているわけでもないのに、まるで物語の結末がそれっぽっちかという風に言うことは、揚げ足取りに他ならないだろう。
数値が…変だな。
子供の目がギラリと光った。鼻に掛けている眼鏡のレンズがじゃなくて、子供の目がね。
あぁ、この近くにいるか?
子供は水が流れるような所作で受話器を持ち、電話を掛けた。
外回り…。あぁ、そうだと思った。上からの呼び出しか?
受話器越しからは、また別のフィクサーが何かしら言う声が漏れ聞こえてきた。
どうして分かったのかという、驚いたような声だったね。

数日掛かるような仕事ではないだろう。きっと一時間くらいなら…仕上がるだろう、違うかな?
子供は横目で、机に置かれた色々な書類に目を通していた。
異常な業務推進費の支出、同じ現場に何度も異なる人を呼び出す状況。
子供の頭の中では、ある図が描かれていた。

ああ。じゃあその仕事が終わり次第、6課訓練場を訪ねて復帰するように。
子供は…頭の中のその図面について、一緒に検討する人が必要だった。
いつも目に留めていた、あの人のことだね。

ああ、あの者を連れてくるように。

人格/ウーティス/G社部長

(▌=裁判長)
▌貴殿と連合し、戦争を引き起こした会社を述べよ。
…F社、E社。
▌…それ以外は?
子供は知ってる癖してどうして聞くんだという気持ちだったが、それを口にすることで不利になることは痛いくらい分かっていた。
…旧L社。
▌それなら、貴殿は今回の戦争の扇動者と共に手を繋ぎ、戦争を引き起こしたことになるな。認めるか?
本職は社員としてG社の命令に従ったのみで…!
▌ウーティス課長。
裁判長はしきりに話を遮る子供が気に入らなかったのか、手を静かに上げて彼女を制止した。
…課長ウーティス。
▌静粛に、戦争は終わった。それも貴殿達の勝利だった。
▌G社は望み通り、煙の副産物で今後数十年は利用可能なエネルギーを獲得し。
▌これは貴殿に責任を問うたり、罰を与えたりするための場ではない。分かったか?
そんなわけ、子供はそう思った。
勝利したとはいえ、G社連合が都市全体に影響を及ぼすわけではない。
むしろ様々な翼の利害関係が複雑に絡まっていた戦争である分、勝者には大義名分が必要なのだろう。
それなら会社は…適当に後ろ指を差されそうな人を更迭することで、無欠の勝者であるイメージを強固にする戦略を選ぶだろうね。
私ならそうする、子供はそう考えながら…。

…承知しました。

人格/ウーティス/奥歯事務所フィクサー

八つ裂きにしてやろう!
機械からは出てはならないような不快な音が何度か鳴ると、やがて引き裂かれる音とスパークが目まぐるしく弾け出た。
ふう...こいつで終わりか。
子供はこれ以上動かない義体(既にその機能は失われたけど)を路地の片隅に投げつけ、その近くで適当に腰掛けた。
結構疲れるな...仕事を一気にやりすぎたか?
でも...あいつが任せた仕事をやりに行くには、放っといた仕事は全部終わらせておいていくのが良いだろうし。
溜め息を一つ吐きながら、子供は小さな手帳に書き付けた。
そしてすぐに手帳を畳み、事務所へと足を進めた。
[公開依頼4/4]、手帳にはそう書かれてた。
その上には個人依頼と書かれてるものもいくつかあった。
子供の小さな事務所の規模にしては、一日に結構沢山の仕事を片付けてるみたいだけど...低い課の協会にも匹敵する量じゃないかな?

はあ。こんな忙しく生きようって事務所を建てたわけじゃないんだけどな。
事務所と協会はすべてフィクサーで構成された団体だけど、少し性質が違うんだ。
協会が事務所の上位存在であるって形容するのは難しいけども、その規模が大きいのは事実だし...その分、協会と共生関係を維持する事務所も多くはある。
一般的に、事務所は個人に依頼される方式で仕事をやってると思われがちだけど、ある程度名が知られてないと選ばれるのもそう簡単じゃないんだよね。
そんな新生事務所は、公開依頼を利用することが多い。
協会に入ってきた色んな依頼の中から選んで、事務所が公に持って行けるようにする仕組みなんだけど、これも先着順だからその都度仕事を持っていけないこともあるんだ。
後ろ盾があるか、提携事務所の人なら協会の下請け依頼を受けたりもするけど、どちらにせよ子供とは縁がない方法だった。
子供はただブラブラと...適当な仕事をこなして、美味しいお酒を飲みながら生きていくつもりで事務所を建てたんだ。
公開依頼を引っ掴んだ日は仕事をして、遅かった日にはお酒を飲んで。
そうやって生きていただけなのに、仕事ぶりが優れていたせいか段々と個人依頼が入ってきて、少しずつ予約が滞ったりもする悪くない立ち位置の事務所になったんだ。
でも今回子供が依頼を受けたのは...。
そんなのとは規格が違う、凄ましい規模の仕事だった。

はは...持つべきは良いダチというべきか?それとも、藪を突いて蛇を出しただけというか。
翼だなんて、いくらアタシとはいえ少しプレッシャー感じるな。
翼。R社から直接指名を受ける依頼。子供の事務所にはそんな依頼が舞い込んできたんだ。
もちろん子供の友達が話を切り出して、子供がその釣り針に食いついたのも理由の一つだろうけど...。
実力の無い者には運も伴わないっていうし、子供の事務所がそれだけ成長したって意味にもなりそうだね。

まあ、やってもみないで心配するのはアタシらしくないな。
こうしてる場合じゃない、列車乗る前に一杯やっとかないとな。身体を温めておくのが良いだろう...!
おい!イサン!アタシまた出かけてくる!
子供はその言葉を最後に、席を蹴立てて立ち上がった。
大きな仕事をやり遂げる前に、良い気分(ほろ酔い気分かな?)になるためにね。

人格/ウーティス/南部センク協会4課

(▌=インタビュアー)
そうですか、5課ヘインタビューしに行ったと。
▌はい...かなり元気な方でした。
南部5課部長...ドンキホーテと言ったか。噂は常々聞いておりました。
子供と小さな手帳を持った人は会話しながら、ゆっくり路地を歩いていた。
▌あのときも...こんな風に裏路地ばかり30分以上歩きましたね。
あぁ、失礼いたしました。きちんとした応接室で実施するべきでしたか...。
▌いえ...それでもセンク協会に関して気になっていたことはほとんど答えていただきましたからね。
追いかけてくる人は手帳を捲りながら、静かに笑って見せた。
そこには、前のインタビューで書いた薄っぺらい分量とは比較にならないくらいの濃いメモがぎっちりと詰まっていた。

ご理解いただき、感謝申し上げます。
既に聞かれたとは思いますが...これも業務の一環ですので、ご了承いただけますと幸いです。
▌ええ、はい。
インタビュアーはそう答えながら手帳の端っこに「性格はかなり堅苦しい」って文字を書き加えた。
子供がそれを知る術はないだろうけど。

まぁ...あちらの部長も我が4課の部長も、厳密に言うと部長らしからぬ人物が就いているとも思っております。
▌えっ...。
どうにも威厳が足りないではありませんか...。一群の「長」ともあろう者があんな言動を...。
子供は軽く溜め息を一つ吐くと、あなたはどう思うんだという顔でインタビュアーを見つめた。
▌あはは...私はそういうの、よく分からなくてですね。
ふむ、そうですか。
まぁ...だからといって、彼らの実力に不満があるわけではありません。
特に我が4課の部長は...剣を持って決闘へと挑むときの姿に、少し不気味さを感じることもあるので。
▌あぁ...聞きました。まるで取り憑かれたかのように相手へと喰らい付いて貫くって...。
本当に誇張無しの、字面通りの勢いです。
その戦闘方法は恐らく、真似しようと思っても簡単に真似することは難しいでしょう。
インタビュアーは子供の言葉をさらさらと書き下しながら頷いた。
しかしだからといって...このウーティス、彼に劣らぬ実力を備えていることを自負しております。
これ以降...路地で特別な出来事がなければ修練場にて対戦練習を行う予定がありますが。
そちらの取材も予定されているかどうかが...。
▌あっ!そういうのがあると本当に良さげですね。
子供は満足げにフフッ、と笑いながら帽子を被り直した。
良いでしょう。では、急ぐとしましょうか。
急に気分が良くなったらしく、子供は少し軽い足取りで路地を歩きだしたんだ。
▌(...プライドもかなり高いようだ。)
インタビュアーがどんな話を書いてるかは知らないままね。
でも、子供がそんな内容に興味を持とうとしない理由はすぐに分かった。
手帳を持った者は囁くように呟くと、子供の姿を眺めた。
対戦相手に喰らい付かれそうな状況になったときには既にひと呼吸分、後ろへと引いていたし。
少しでも相手が不安定そうな様子を見せたときには素早く攻撃して先程と同じだけの距離を置いていた。
まるで定規で測ったかのように、その距離は眺めている間ずっと変わりそうになかった。
帽子さえ落とさないまま...あんな風に。
インタビュアーはゴクリと固唾を呑みながら、自分の手帳へと目をやった。
すると...。
シャッシャッ、少し前に書いたプライドに関する文字に線を引いて消してしまった。
当然のことかもしれないね。
それはプライドなんかじゃなくて、ほぼ事実通りの言葉だったから。

人格/ウーティス/ロボトミーE.G.O/魔弾

「じき、試練が訪れるだろう。」
射手のその重々しい言葉に子供が示したのは、軽い鼻笑いだけだった。
試練はこの場所に欠かせない同伴者だったよね、「訪れてくるもの」ではなかったから。
子供の鼻笑いが意味するものを悟ったのか、それは言葉を続けた。

「いや、それはお前ごときでは耐えられぬ試練だ。」
それが話している全ての瞬間が、子供の目へと生々しく映されている。
「この廊下から始まる。逃げる恐怖と恐れを呑み込み、隅に隠れていた罪悪感すら抉り喰い、より多くの犠牲を抱こうとするだろう。」
「終末を告げるトランペットが鳴り響き、独り残ったお前にできることはその取るに足らない弾丸をお前のこめかみに向けることだけ。」
子供は未だ返事をしないまま、パイプの煙を吐き出した。煙たかったが、深淵にまで触れて消える煙がそれほど悪くはなかったんだ。
一時は、煙草というものを口を咥えなかった日もあったというのにね。

「だが。私と契約を結ぶのなら...。」
そして子供はその続きを見た。
子供の前を遮るモノの頭が、いくつも貫かれていた。
敵と味方を区別しない、あの一発の弾丸でね。
そして子供は...全てがぐちゃぐちゃになっていくその光景の中で...。
パイプの煙を初めて味わったときと同じ気分を感じた。
それと同時に悟った。
最後の弾丸は、最愛の人を撃つまでは何でも貫いてしまう弾丸だということをね。
それにもかかわらず、子供は...。

「良いだろう。契約を受け入れようじゃないか。」
「お前は既に契約を受け入れた。」
「お前が頭の中でその場面を見たときからな。」
射手の言葉と同時に、子供は望みさえすればいつでもその弾丸を撃てることに気付いた。
「その日がとても楽しみだ。」
「愛する人を撃ったあと、お前ならどんな選択するか。」
「私は、お前の未来に成り得るからな。」
その言葉に子供が示したのは、やはり軽い鼻笑いだけだった。
「さぁな、果たしてそうなるだろうか?」
「...!」
ついに、弾丸が最後に向かうところが見えた。
子供にとっては、たった一つの目標だけが全てだった。
この全ての試練を片付けて、家に帰らねばならないという目標がね。
それさえ叶うのであれば、いかなる条件も子供にとっては殊勝な慈悲に過ぎなかった。
前を遮る全てを貫いた最後の弾丸はついに子供と共に家へ入ると...。
子供が愛すことができなかったときにも愛していた人々を掠めると...。
遂には...。

「軌道を曲げるためなら、誰でも騙せるということか。」
「そうだ、必要であれば自分自身すらも。」
自分自身の頭へ向かうということを。
その最後の瞬間まで子供は、今と変わらない自信満々な微笑だけを浮かべているんだろうね。
目標を達成するために自らの心まで騙したのかな。あるいは、最後になってこそ曝け出した子供の本心だったのかな。
今となっては知ることができないだろうけど、契約はそういう風に終わった。
子供は自分が変えてしまったその軌跡を喜んで迎え入れるだろうから。

グレゴール

人格/グレゴール/南部リウ協会6課

(▌=苦しむゴロツキ)
不合理?何がそんなに不合理なんだ、あんさん?ちょっと気になるな。
子供は胸ぐらを掴んで揺さぶっていた人を横にぽいっと投げ、それを言った人の前でしゃがみながら目を合わせた。
▌うぅっ…そもそも、拳から火が出るってこと自体おかしいだろ?
都市に掃いて捨てるほどいるフィクサーたちも工房で武器をあつらえてるってのに、こんなのがおかしいだって?
あと、お前たちをブチのめすときには使わなかっただろ、火花魔法。で?
▌マジックとか…。
あんさん…ふっつーにあんたが弱いからだよ。それなのに、通りすがりのおっさんにどうして喧嘩を売ろうとするんだ?え?
▌それ!それが問題なんだよ!
眼鏡を掛け直してた子供は、うん?と表情を変えた。
▌そもそも老いぼれたオッサンが!ぴっちぴちの若造8人をぶちのめすとかあり得るのか?
老い…。
子供の額には細く皺が寄ったが、すぐに解れた。
まあ、子供が今までそんなことを言われたのは、一度や二度じゃなかったから。

歳の功…歳の功って良い言葉があるんだ、青年よぉ。ん?
▌し、しかも背も低くてずんぐりむっくりで!
ずんぐ…。
▌自己管理は1ミリたりとも出来てない癖に!
いや…俺がそんな…。
▌そんなって何がだよ!髭も剃ってないし、髪は適当に結んでるし!お前は―
ガッ。
床に横たわった者に向かって子供が放った拳からは、炎がめらめらと燃え上がり、髪をバチバチと燃やしてた。
子供はポケットから取り出した少し曲がった煙草を一つ咥え、拳をタバコの先に近づけた。

まぁ…ライターを探さなくても良いから便利ではあるな。

人格/グレゴール/G社課長代理

子供はただ、振り下ろしていた。
ずっと振り下ろしていたかもしれないし。
あるいは突き刺したのかもしれない。
子供の胸の片隅には今までの苦労を認めるかのように、一つの階級が乗っかっていたけど。
澄んで力強かった子供の目には、彼方へ沈んで消えてしまったかのように、何の光も見えない。
あの戦争に何の意味があったのだろうか。
絡みもつれた翼間の利権争い?そういうのもあったんだろうけど、この戦いに参加した沢山の子供たちの利権が、その中に含まれていたのだろうか。
あったのなら、良いなと思う。
だって、この子供は何も望まないような顔で、敵の心臓を数え切れないほど貫いているんだ。
ちょっと前までは純粋な顔で誰かに敬礼をしていた子供は、その短かった時を短くない時間として脳裏に刻み込み。
その分、すり減った心は…。
遂に、人を殺して感情をへし折るのが正しいという答えに近付きつつあるようだ。
そう。
それが君のためならば。
それもまた、正解の一つだろう。

人格/グレゴール/りょ・ミ・パ助手

(▌=愚かな組織員)
▌はぁ、はっ…捕まえた!この野郎が!
子供は袋小路に追い込まれていた。そして子供を追っている誰かが、向かい側にいた。
長い剣を両手で持ち直してゆっくり呼吸を整えてる様子が、今にも子供を真っ二つに引き裂いてしまいそうな勢いだった。

▌もう…逃げ場もない。はぁ、無駄に力を使わせるな…。
と、相手が何かを話しているとき。
▌おい!どこ―
子供はガタガタ音を立てながら右の方へ消えていった。
追跡者は悪態を吐きながら、ゆっくりと子供のいた路地の終わりへと歩み寄っていく。
赤錆がこびりついた鉄の門。子供はきっとここに隠れ込んだんだろう。

▌クソッ…狭い室内に入れば長い剣じゃ力が出せないとでも思ったのか?
彼はケラケラ笑って剣を腰にしまうと、もっと小さい剣を取り出した。
▌馬鹿なやつ、いつも剣を二つ携帯して回るのには理由があるのに…クックッ。
胡散臭い笑いと共に、扉の中に入る追跡者。
しかし、それ自体が罠だということは知らなかったんだろうね。

捕まえ…た。
▌はっ!?
見回したときには確かにいなかった子供が、突然自分の後ろから現れるなんて。
彼は到底信じられなかっただろうね。

▌ど、どうやって…。
剣が長くても短くても俺の知ったこっちゃない…。俺の「作業場」まで入ってきて、手の中から逃げ出せた材料はまだいないんだ。
▌ざ、材料…?
うん、お前…引っかかったんだ。材料産地直送ってわけだ。
追跡者はやっと悟ったんだ。
追いかけて入った空間が…美食の路地に位置する店の倉庫だったということを。

だからどうして普通に歩いている人に喧嘩を売るんだ…。最初からなんとも思ってなくても、新鮮な奴なのか確認したくなってくるだろ。
▌じゃ、じゃあここは…良秀のミート…。
ふぅ...そうだ。りょ・ミ・パだ。店の名前は気に入らないが。
追跡者...あるいは強盗と呼ぶべきか。何はともあれ、今や哀れな山羊と同じくらいに墜落した彼は、恐怖混じりの声でつぶやいた。
周辺の地理にまだ疎い新入組織員の彼も一度は聞いたことがあるだろうね。人肉でパイを作る店が、この23区路地のあちこちにあるということを。

すぅ…あいつが店をこしらえたから、名前が店の前にぶら下がってはいるんだが...。
いくら考えても良秀のミートパイじゃなくてりょ・ミ・パなこと自体理解できないんだよな。
俺があとから入ってきたせいで煮え湯を飲まされたり、散々罵られながら料理を習ってはいるけどなぁ...はぁ、我慢はしてるけどその命名センスだけは到底理解できなくて。
おい、お前もそう思うだろ?材料の収穫から裁断、手入れまでオレがやってるの*13店の名前くらいは改善してくれても良いんじゃないか?
古びた中華包丁の背でとんとん。
緊張しきった山羊の肩に触れながら、子供が不満を吐露する。

▌も、もちろんじゃないですか!当然コックさんの名前が入らないとですね!
はぁ、そう言うな。さっきはあの野郎この野郎って言ってたのに…急にコックさんとか言われると鳥肌が立つよ。
▌ご、ごめんなさい!
…申し訳なく思わなくていい。そうしたからって解放してやらないからな。
▌こ、コックさん!そんなに素晴らしい方なら上で名前を売ってるそいつを殺してその座を奪えば良いんですよ!わ、私がお手つ…。
ほぉ...それは良いアイデアだな?
▌本当ですか?それなら私さえなんとか...なんとか解放してくださいましたら...!
あぁ、ホントうるさいな。
その言葉を最後に、空間に残った音は切って、また切る音だけになった。
まぁ…良いように見てくれたのはありがたいけどな、あんさん。だからって俺はまだ良秀厨房長並みの手つき餅のパイが作れるわけじゃないからな。
ビチャビチャと音を立てながら手を動かす子供は呟き続ける。
聞く人がもういないのにね。

ずっとイライラさせてくるし、些細なことで解雇するって脅迫してくるのが腹立つけど…料理を習うのには悪くない師匠ではあるからな…今のところは言うことを聞かないと。今のところは。
だからそんな寂しがるなよ、あんさん。お前が有名なシェフだったなら、ちょっと悩んだかもしれないけどな。フッ。
「今のところ」が終われば何をするつもりなんだろう。子供の本音が気になりはするけど…。
まあ、そんなものに疑問を抱けるような平和な場面じゃないと思うな。そうだよね?

人格/グレゴール/バラのスパナ工房フィクサー

(▌=親切な職員、=???)
ぐあっ!
電動ノコギリがガチャガチャ言いながら回る音。
ぅうっ...。
人の腕と足が切断される音、ドタドタと逃ける足音とそれを追跡するもうーつの足音。
子供の外回りはいつもこんな感じだね。いつも事務所の大変な仕事を引き受けてから片付けて、また別の現場に出発こと*14を繰り返して。

おい...なんでコレ動かないんだ?
た、たすけー
あ、動いた。
...ずっと見てて良い気分になるようなシーンじゃなさそうだな。そうだろ?
▌おじさ~ん、コーヒーどうぞ。
おう、おう...サンキュ!
仕事が終わって事務所に帰ると、子供はいつも同じ場所で同じ行動をする。
安物のミックスコーヒーを片手に持って、疲れが取れるまで無理やり煙草を吸うんだ。

クリーマー入れてないんだな?ありがたいね...。
▌私がおじさんのコーヒーを淹れ始めてから何ヶ月も経ったのに、そんなのを忘れると思いますか?
子供にコーヒーを淹れてくれた職員は、そう冗談を言いながら自分の煙草にも火をつけた。
▌今日の仕事は全部終わりましたか?
いいや...どれどれ~。
さっきニ件を一気に終わらせたから...後で夜明けに一件、日が明るい時に一件片付けたら少し休めそうだな。
▌あらら...休み休みやった方が良いんじゃないですか?
いいんだ...キツくなるくらいやれば、いっばい稼げるからな。その、毎日残業してるやつもいるだろ?
▌それでも、その方は内勤メインですよ...。
ふぅ、子供は煙草の煙を吐き出しながら苦笑いを浮かべた。
職員の言う通り、子供も結局人間なので日に日に身体が疲れていくということは自分でも分かっていた。
でも、子供には夢があった。

トレスに認定される機械を作るためにゃぁ...カネがたくさん掛かるだろ。
▌おじさん、まだ諦めてないんですか?
なんで諦めるんだよ~。老衰して死ぬまで在籍することはできないしな、この悪徳工房め。
早く俺の工房製品を作って独立しなきゃ。そうだろ?
子供はそう言いながらコーヒーを持った腕をクイクイさせながら見せた。
あるときはチェーンソーになって、あるときは短剣が、またあるときは炎が飛び出たりする腕。それが子供が苦労しながら準備している「自分だけの機械」だった。
トレス協会に認定されるお金も、量産するお金もないので一生懸命働いてたけど、それでも子供は良かったと思ってた。
一人でカチャカチャやってた機械まで認定を受けなきゃ駄目だったのなら、為す術もなく夢を諦めるしかなかっただろうからね。

▌...分かりました。とにかく、身体には気を付けてください。おじさんがいなきゃうちの事務所が回らないの、分かってますよね?
子供はただ笑いながらそう言い、タバコを消した。
返事する必要はなかった。その言葉が事実であろうとなかろうと、子供が今忙しなく身体を
動かさなければならないという事実は変わらないからね。

人格/グレゴール/南部ツヴァイ協会4課

(▌=困ったVIP、=真面目な警備員)
さ~お客さん、ここで一本ふかしてから行こうって。
▌はい?またですか?
はぁ、ここ過きたらしばらく煙草吸える場所がないんだって。お客さんも後々ありがたいって思うだろうな?
▌うーん...。
その、火もちょっと貸してもらって...。
子供は笑いの混じった声で、顧客へ向かってさりげなく指を差しだした。
遠くから見れば、彼らはとても仲の良い友達に見られてもおかしくないくらいの雰囲気だったんだ。
ツヴァイが顧客を警護する方法には色々とあるけど、やつばり最も一般的な形態を選ぶならそれはきっと密着警護だろう。
顧客の最も近い位置へにゅっと現れ、突発状況を統制すること。
子供はかなり長い間、この密着警護という任務を専門的に引き受けてたんだ。

やめ。ⅥPに対しての接近が過度です。
はあ...のっぽおじさん、なんでそんなにお堅いんだ?この仕事は初めてか?
ツヴァイの業務遂行方式は知りませんが、私の事務所ではこのような行動は容認されません。
はぁ...そんなに目立っちゃ、お客さんが「お前たちが襲撃してくるのは全部分かってて準備したから掛かってこい!」って触れちらかしてるみたいじゃないですかねぇ?
子供は濃い煙を吐き出しながら、溜め息交じりの声で話を続けた。
一番良いのは「事態」が発生しないようにすることなんだって。苦労もせずお金も稼いで。良いだろ?うん?
▌その...雇用人の前でそんなこと言うのはちょっとアレじゃないですか?
えっ?あぁ、すまんすまん。はは。
顧客と呼ばれる人は、内心不安そうにしていた。
▌事務所のフィクサーを雇用しただけじゃ不安だから、高いお金を払ってツヴァイ協会の4課の人まで雇用したのに...。
▌こんなしつこく絡んでくるオッサンがくるだなんて...。
オッサンだなんて、言い過ぎじゃぁないですかねぇ...。
▌ツヴァイ協会はもう少し頑固で、原理原則にうるさい人々がいると思ってたんですけど。
うん?そうか?まあ...コートがちょっと窮屈に見えるよな。だろ?
▌そういう意味じゃ...。
まあ、外野がどう思えど仕事さえ上手くこなせればいいんしゃないのか?だから...。
こういう風に、な。
子供は急に足を持ち上げると、他の事務所の警護員を足でグッと押しやって倒したんだ。
▌うわっ!?
あっ!誤解するなよ、お客さん。裏切りとかじゃなくて...
その直後、その警護員がいた場所には無数の刃物が突き刺さっていた。
助けてやったんだ。のっぽおじさん、ありがたく思えよ~。
子供は無駄ロと共に外套を脱き捨て、顧客の前で身構えた。
その位置目がけて、怪しい男の切っ先が振り下ろされようとしていたからね。

よいしょっと!
脱き捨てられた外套の下には、窮屈と言っていたそのツヴァイの藍青色のコートが。手袋の下に隠されていた、鋼鉄製の義手が現れたんだ。
まったく、これまた沢山連れてきたな...
切っ先を防いだツヴァイへンダーからは、子供の煙草の先に灯った火より明るい閃光が飛び散った。そのまま人に振り下ろされれば、真っニつどころじゃないくらいの力だね。
でも、子供は軽く受け流した。
片手でも十分に耐えられるという風に、子供は左腕でふかしていた煙草を摘まんで灰をトントンと落とした。
そしてこう言ったんだ。

さあ...お客さん?この煙草、吸い切る前に終わらせるから安心して後ろにお下がりくださいな。
ツヴァイはあなたの盾だから。

人格/グレゴール/双鉤海賊団副船長

(▌=緊張した組員/行動の早い組員/有能そうな組員/組員たち、=???)
よいせっと...。
ソファーが深く凹む音と共に、厚い革製ブーツのヒールが卓の上に載る音が聞こえた。
まもなくガサガサという音、ポケットをまさぐる音が周囲からうるさく鳴り始めると...。

うん?おぉ、そうか。今日はこれをふかすかな。
▌はっ!
火は~?
▌こちらです!
横に立ってた船員一人が慌ててライターを点けて子供に差し出した。
子供は、こんな状況は当たり前だという風に顎で頷いてその炎に煙草を近づけて気分よさそうに吸い込んだんだ。

はぁ...悪く無いな、これ?どこの港から来た?
▌この前来た「ゲスト」が持ってました。お望みならそいつに...。
いやぁ、いいっていいって。下手に手ぇ出したら驚いてあの世へ行くかもしれないだろ。どうせすぐ飽きるって~。
▌へぃ...。
それはそうとして...。
手のひらを広げて灰皿になっている船員にトントン、と灰を二度払った子供は再びタバコを口に咥えて自分の前に並んだ船員たちをざっくり見回した。
さぁ、朝の会議だ。左に立ったヤツから。副業の状態を報告してみろ。
▌あ、はっ!我が人魚香水担当は今回新たな人魚を捕まえて...。
子供の指示の下、船員たちはそれぞれ担当してる領域の仕事を口にする。
人魚香水、アイスクリーム、それ以外の雑多なものに対する売り上げみたいのが慌ただしく子供の耳に出たり入ったりしてるね。

...ふむ、まぁ。そうか。
結局全部芳しくないってことか。そうじゃないか?
▌......。
貝にでもなったか?なんで何も言わないんだ?別にお前らのせいにしてないって~。
どうせ全部カネにならないって思ってたよ...。結局、俺たちのメインはアレだろ。なっ?
...「ゲスト」の状況はどうだ?
▌今回新たに入庫したヤツを含めると、計六名を閉じ込めています。
ゲストを探してる顧客は?
▌二人が交渉中だそうです。そのうちの一人は巣からいらっしゃったかなり厚い方だと...。
ひゅー、良いねぇ~。
▌あ、そして特記事項として...。
▌なんか...会社で派遣したやつらっぽいんですけど、チーフってのを連れてきました。そのうちやばいくらいの交渉金を持ってくるんじゃないですかね?
ほお...チーフか。かなりするだろうな。
▌チーフにしては少し間の抜けてるような気はしますけど...まぁ気にすることじゃないです、副船長。
ふぅ、そうだな~お疲れ~。
お前らもお疲れ様~。ズル休みしてる船長の野郎がいないから、位の低い副船長なんかに振り回されちゃって。だろ?
▌いいえ!
なにがいいえだよ~。はぁ、呆れたフック。船の上で一緒に戦うときはなんか頼もしかったけど、停泊するたびに妖精酒だか何だかを飲みに行ってばっかりだし...。
子供は無邪気な声で冗談を言うけど、船員たちはまるで軍紀でがんじがらめになった軍人のように乱れることがないんだ。
名目上は海賊って呼ばれてはいるものの、なんだか雰囲気が堅苦しくてどうにも似つかわしくないような気はするけど...。
実のところ、彼らにはそうなるしかない理由あるんだ。
そしてそれは...こんな図々しい人が副船長を務めてる理由でもあるってこと。

さぁ!こっちをしっかり見ろ。
ひいいっ!!
あ~そんなに怖がるなよ。震えてるせいで変に動くと、首に風穴が空くぞ。それを俺のせいにしちゃダメだろ?
...ゴクッ。
さぁ、よ~くご覧になってくださ~い。未来のゲストさ~ん。
これ、銃って言うんだけど。バンッ!って打つとそのまま身体に風穴が開いちゃう怖い友だちなんだ。挨拶するか?こん銃弾がクソ税のせいで高いの知ってるよな?
ああ、だからって頷き過ぎるなよ。俺が引き金をちょっと弄ったせいで風が吹くだけでもバンッ!ってなるからな。
だから、瞬きだけで答えろよ~。答えを選ぶ余地は無いと思うけど。
今からお前は俺たちの「ゲスト」になるんだ。お前の友だちや家族って、金持ちなんだろ。なっ?
......。
よし。そうやってパチパチするんだ。その友だちがお前の身代金を払いに来るまで、俺たちと一緒に過ごそうか。そしたら死にはしないさ。良いだろ?
ほぉ、目が乾いてるのか?どうしてパチパチしないんだ?まだ余裕なのか?
ち、違います!ちが一
▌...ゴクッ。
...ゲストを連れてくるたびに見せるこんな姿を船員たちは毎回見ることになるから、子供に恐れを抱かずにはいられなかったんだ。
もしかすると、フックって船長はこうなることを知って子供に任せたのかもしれないね。
子供が面倒くさがってるのか、そうじゃないかに関しては別に気にすることじゃなかったってことみたい、多分。

人格/グレゴール/黒雲会副組長

(▌=忠実な部下、=組員たち)
酒ってもんはだなぁ、人間を結構正直にしてくれるんだ。
肝臓お釈迦になるわ、しくじるようになるわ...まあ、悪い副作用が沢山伴うという話は多いけど、利点がないわけじゃないってことだ。
組織で生活してると...正確に言うなら死なずにそこそこ耐えてみりゃぁな。
ひとりふたり部下ができるもんだ。
少ないときゃあ、仕事も一緒にこなすし対話を何度もやればどんな奴なのか把握できたりもするけどな...。
これが両手で数え切れないほど多くなったら、手に負えなくなんだよなぁ。
だからって、手足のように使わなきゃならねぇ奴らなのに、ドタマが変な奴を使い間違えたら全部おじゃんになることもあっから、気にしないわけにもいかねぇ...頭痛ぇよな。
そんなとき!酒ほどいいもんはない、ってことよ。
それに加えて、俺も酒樽にど~っぷり浸かったみたいに行動すれば...。
こいらが大したことねぇアニキに仕えてるんだな、まぁこんなことを考えるようになるんだよな?
酔いから醒めた俺を見たことのないひよっこ共は特に。
そんな状況で正直な言葉ひとことふたこと言やぁ、どんな奴かピンと来るってこった。
どうだ、酒って結構使い道があんだろ?
さぁ...だから早く注いでくれよぉ~。
▌ま~たこうなる...アニキ、そんなことおっしゃるならこいつらがいないときに言うべきですよ。
うへぁ?あ...そっかぁ?
子供は30分前からテーブルに頬をくっつけたまま、でろでろに絡まった舌を動かしながら、ぎこちなく話していた。
本人はそれを知ってか知らずか...隣に座っている者にずっと同じことを繰り返してるだけで。

▌おい、子分ども。
はっ!!
▌アニキがこうしてるからって、本当に飲んだくれだって勘違いするなよ?あぁ?
はっ!もちろんです!
なんだよぉ~こそばゆいだろ~。早く酒でも注げって...。
雰囲気引き締めようとしていた部下は子供の冗談に頭を落とし、長く溜め息を吐いた。
子供が少しでも重々しい姿を見せてくれたらと思っていたが、毎日のように酒宴をする人に高望みしすぎかな、とも考えていた。
まぁ、だからって子供を心配してるわけじゃないけど。
やるときはやる人。子供を表現するのに、それ以上に適した言葉はないだろう。
公と私を確実に分けられている人。それも子供を表現するのに適した言葉だろうね。
子供の側で長い間補佐していた部下は、その事実をよく知っていた。
1分前まで酒に酔ってふらふらになっていた人が、事が起きたという話さえ聞けば気合一発で酔いを吹き飛ばす化け物のような力を持っているということを。

そうだ。それで、あの転がり込んできた浮浪者のやつらを叩く準備は上手いことやれてるか?
▌はっ!おっしゃった日時に合わせて、みな刀を研いでおります。
▌あの剣契のヤツらが我々の縄張りを荒らし回っているせいで...組長や副組長の気が休まらないでしょう。
まぁ、組長はそうだろうけど...ヒック。
おりゃあ、あいつらと剣で競ってみたいだけだからなぁ。
子供は杯を一気に飲み干し、気持ち良さそうに息を吐いてからまた言った。
裏路地で剣を振るうやつの中で、本気で剣を愛しながら振るうやつは中々お目にかかれないだろ...なっ?
お前も同じだろ?お前はただ俺たちの組織生活をしながら、ちょっとカネを触りながら威張ってみようって剣を握ったんだろ。
▌あっ...ち、違います。
なにが違うだ。...はぁ~黒雲会にはホンモノの剣の道へと行こうとするヤツがいないんだよなぁ。
昔は何だその、黒雲会でも色々な剣術を作って鍛錬してきたらしいけどなぁ...。今はまあ~。
子供は喋りながらも、焦れったそうに髪を神経質に掻いていた。
親指の下に入ったせいか...剣を振りかざしてた奴らはみんな自分の流派を作って別の場所へ行っちゃったろ。なっ?
▌アニキ!親指をそのように言ってはなりません。万が一に...。
あ~、わーってるわーってる。だから今の黒雲会がこのザマってことさ。
はした金でも稼ごうって命令されて、喧嘩なんかやっちゃって。俺がここに入るのが遅すぎたな。
▌黒雲会は剣術を磨く組織ではないじゃないですか。そのような組織やフィクサー事務所は他に―
だから!俺がここでやってきてどれくらいだと思ってんだ!そこにイチから転がり込めってか?
ヒック!でも!じきに剣を交える奴らは違うってことさ!
だから、酒の味がこんなに旨く感じるんだよな。フフッ。
子供の言葉は本気だった。
子供は剣を振るうことを愛してきた子供で、だからこの組織まで流れてついてきたらしいけど...。
自分みたいに、剣に本気になってる人たちを見ることはほとんど無かったんだ。
その代わりに子供の地位は急激に高くなり、副組長という地位にまで登り詰めて、まもなく行われる抗争でも組員たちから最も頼りにされる人になることはできた。
そのおかげで、これほどまで沢山の部下に囲まれて認められることもできたし。
だから今日も一生懸命に補弼(ほひつ)して、この凄いアニキの威信を少しずつであっても満たし直さないとね
部下はそう考えながら、ぷっと笑った。

おい!酒!
▌...はい。
もちろん、杯も満たす必要があるけど。
...そして抗争の陽は昇った。
黒雲会と剣契はお互いが張り詰めた様子で対峙していた。
じきに血と肉が飛び散ることになる、とある路地裏でね。

おい。あの笠被ったヤツに気をつけろ。
昨日まで酒に酔ってベロンベロンになっていた人とは思えないくらい威厳のある声で、子供は反対側にいるとある人を指す。
えっ?あぁ、あの変な帽子被った人?
ほぉ。血に濡れた剣と剣鬼の目を持っているな。
副組長の言葉に、他の部下たちもひとりふたりざわめき始める。
でも、子供にとってはむしろ良いことだった。部下たちに注意させたからこそ...。
あの凄そうなやつと、剣で競うもりだからね。

まぁ剣鬼だかなんだか分かんねぇけど!雲を斬るようにかち割ってやろうじゃないか!
子供は声を張り上げながら剣を抜き...。
そうして、抗争は始まった。


*1 脱字
*2 原文ママ
*3 原文ママ
*4 原文では触る
*5 心の擦れ違うクリア後、テキストが「■■■■■」に変化
*6 原文ママ
*7 原文では脱字
*8 原文では適出
*9 原文ママ、べたつく?
*10 脱字?
*11 台詞的にはシンクレアの発言だがドンキホーテ表記
*12 原文ママ、表記揺れ
*13 誤字
*14 原文ママ