|CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
|>|>|>|>|~No.593|
|&attachref(./593.png,nolink,それな~!);|>|樫(かし)|>|松型 10番艦 駆逐艦|
|~|>|>|>|~艦船ステータス(初期値/最大値)|
//下記にもある通り、左側の初期値は改造直後の値とは異なります。
|~|~耐久|14|~火力|5 / 23|
|~|~装甲|5 / 22|~雷装|16 / 37|
|~|~回避|30 / 70|~対空|22 / 62|
|~|~搭載|0|~対潜|28 / 75|
|~|~速力|高速|~索敵|7 / 26|
|~|~射程|短|~運|16 / 72|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|~|~燃料|15|~弾薬|15|
|~|>|>|>|~装備|
|~|>|>|>|[[12.7cm単装高角砲(後期型)]]|
|~|>|>|>|未装備|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|~|>|>|>|COLOR(gray):装備不可|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''樫'' → [[樫改]](Lv46+高速建造材x17+開発資材x22)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:松型駆逐艦十番艦、樫だ。もう戦いがやばい頃に建造され、実戦配備されたんだ。もうどこもかしこもやばい戦いばかりさ。ヒ船団の海上護衛もやばかった。&br;あ、そうそう、あの礼号作戦に参加したぜ!&br;もう、知ってる?そうか。最後まで戦ったあたしのことも、忘れんなよ?|
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。&br;最大値はLv99の時の最大値を指します。
#fold(CV:岸本依茉、イラストレーター:海原さかな (クリックするとセリフ一覧が開きます)){{
CV:岸本依茉、イラストレーター:海原さかな
#shadowheader(2,[[定型ボイス一覧>樫/定型ボイス]])
#table_edit(樫/定型ボイス)
~
#shadowheader(2,[[時報ボイス一覧>樫/時報ボイス]])
#table_edit(樫/時報ボイス)
~
#shadowheader(2,[[季節ボイス一覧>樫/季節ボイス]])
#table_edit(樫/季節ボイス)
~
//セリフ一覧内における外国語の解説の記述方式について→https://wikiwiki.jp/kancolle/%E8%AD%B0%E8%AB%96%E6%8E%B2%E7%A4%BA%E6%9D%BF/%E8%89%A6%E5%A8%98%E3%81%AE%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%95%E4%B8%80%E8%A6%A7%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A4%96%E5%9B%BD%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%A1%A8%E8%A8%98%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
}}
*ゲームにおいて [#game]
-2025秋イベント『[[逆転!ナルヴィク攻防戦]]』後段作戦E4にてドロップ艦として初登場。
--本イベントのドロップ箇所が確定ドロップポイントではない箇所のみであり、かつ各ポイント全難易度S限定と思われている。
//**装備ボーナスについて [#bonus]
//**性能比較表(?より転送) [#comparison]
**アップデート履歴 [#update]
-2025/11/10:[[イベントドロップ艦>逆転!ナルヴィク攻防戦/E4]]として実装。
**キャラクター設定について [#character]
-初出は舞台「突入!礼号作戦1944」。演者の長谷川晴奈氏は艦娘遊撃隊の[[明石]]役でもある。&color(silver){……あ''かし''?};
また、艦娘・衣装デザインは海原さかな氏が担当している((https://x.com/C2_STAFF/status/1893269404890341646))。
--2026年新春ライブ夜戦公演では&color(silver){[[&color(silver){杉};>杉]]の一件で味をしめた運営により};''岸本依茉氏が演じる樫と長谷川氏が演じる樫が同時に登場して''どちらが本物か決めようとする事態になった。
///
-居そうでいなかった''本格的な&color(white,olive){日焼けギャル};''(いわゆる「黒ギャル」)系駆逐艦娘。
--ギャル系でいえば[[陽炎型>陽炎]]5番艦の[[早潮]]、海外艦だと[[De Ruyter]]、古参なら[[最上型>最上]]重巡洋艦3番艦の[[鈴谷]]と、いないわけではないが、ここまでガッツリとギャルマインドを備えた艦娘も珍しい。
--令和時代らしく「エモい」が口癖。図鑑では「やばい」も連呼する。&color(silver){ただしノリそのものはどことなく平成の気配……};
--なお、舞台版においては出番が多くほぼ人物像がほぼ確立されていた杉、3人の中で口調が特徴的な榧に挟まれる形になった&color(silver){あと単純に「エモい」なんて言える状況でも時代背景でもない};のと、さすがに黒ギャルなのは描写されていなかったのでこの辺りの人物像はゲームで確立する形になった。((念のために補足すると、杉と榧も舞台版とゲーム版で人物像が多少変化している。))
-ハート型を描くアホ毛が髪型のアクセント。なお、コニシ氏が2025年8月の艦これ展に際して作画した樫はアホ毛が省略されている。
--長谷川晴奈氏は樫として出演する際にはこのアホ毛をきっちり決めてくる。((舞台版物販グッズのプロマイドではアホ毛が省略されている。))
-ピースサインを決めた通常時イラストだが、舞台版プロマイドで長谷川晴奈氏の樫も先行してこのポーズを再現している((違いは艤装がないのとウインクしていない事くらい))。&color(silver){なのだが、長谷川氏的には樫の決めポーズはアクスタで披露しているギャルピースの方らしい。};
//**期間限定グラフィック [#graphic]
*小ネタ [#neta]
#fold(艤装員長・駆逐艦長){{
艤装員長・駆逐艦長
|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):55|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):240|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):570|c
||艦長氏名(期・本籍)&br;配属期間|他の経歴・小ネタ|
|CENTER:BGCOLOR(#eeeeee):55|CENTER:240|570|c
|&nobr{艤装員長};|&nobr{黒木俊思郎 少佐(62・鹿児島)};&br;1944.8.10~9.30|第19号駆潜艇長、[[妙高]]水雷長ののち榧艤装員長、引き続き艦長。その後第23突撃隊長。|
|初代|1944.9.30~45.4.3|~|
|第2代|萩原学 少佐(63・長野)&br;1945.4.3~(不明)|[[若葉]]砲術長、[[漣]]水雷長、[[愛宕]]水雷長を経てレイテ沖海戦から帰投した[[時雨]]の最後の艦長。時雨戦没時救助され帰国。初桜艤装員長に着任後、樫艦長となり終戦を迎える。|
}}
-元ネタは日本海軍の松型駆逐艦10番艦「樫(かし)」。
#fold(艦名の由来){{
-艦名の「樫(カシ)」は、ブナ科コナラ属の樹木のうち常緑性の種の総称。シラカシ、ウバメガシ等いくつかの種類があり、地域によって「樫」と呼ばれるものの種類が異なる。
---ちなみに余談ながら、同じブナ科コナラ属で落葉性の種の総称が「楢(ナラ)」である。
松型駆逐艦においては12番艦が「楢」と命名されている。1944年11月竣工、触雷により航行不能状態で終戦まで残存、1948年に解体された。
-民家の垣根に植栽される主要な樹木の一つで、防音・防風・防火の機能を有する。
また、木偏に堅と書くだけあって非常に堅い木質が特徴で、建物の欄干や敷居、線路の枕木、道工具類の柄、木刀などの武具、和太鼓の枹(ばち)、杖など強度と耐久性が求められる器物の素材として利用されている。
}}
--「樫」の名を持つ艦艇としては本艦は2代目。初代は桃型駆逐艦の2番艦「樫」。
---初代「樫」は1917年に就役。第一次世界大戦での地中海派遣や第一次上海事変に参加し、1937年に満州国に譲渡されて「海威(ハイウェイ)」と改名し同国海上警察隊に所属。1942年に無償貸与の形で日本海軍に復帰したが、1944年の沖縄での十・十空襲により戦没した。艦名こそ変わっているものの、初代と2代目の「樫」が短い間ながら同時に所属していたわけである。
--3代目は海上自衛隊のくす型護衛艦「かし」(PF283)。
元々はタコマ級フリゲートの「パスコ」(PF-6)で、1953年に海自の前身である保安庁警備隊に貸与(後に供与)され、特務船YAS12への区分変更を経て1967年に退役、翌年アメリカに返還された。その後韓国に再供与されて部品取り用となり、最後には船体は浮桟橋として使用されたという。
&br;
-樫は[[松型駆逐艦>松]]の10番艦として藤永田造船所で1944年5月5日に起工され、8月3日進水、9月30日に竣工した。
--起工から竣工までの日数は148日と、松型駆逐艦の中では楢の142日に次ぐ短期間での完成であった。
-初代艦長は黒木俊思郎少佐((前任は[[妙高]]水雷長))、竣工後ただちに訓練部隊である第十一水雷戦隊に編入され瀬戸内海に移動する。この頃は米軍の反攻が本格化してペリリューなどに米軍が侵攻、フィリピン方面の戦局も風雲急を告げていた。
--実際10月10日には米機動部隊が沖縄、台湾方面を攻撃し、それに日本海軍の基地航空部隊などが反撃、「台湾沖航空戦」が勃発、第十一水雷戦隊も捷号作戦発動に備え警戒態勢をとる中、樫は10月12日から14日にかけて航空部隊の要員輸送の任につく。その後台湾沖航空戦を経て米軍がレイテ島に本格侵攻を開始、そこから捷一号作戦が発動され所謂「レイテ沖海戦」が勃発する。
---第十一水雷戦隊も小沢機動部隊の警戒部隊((当初は第五艦隊を基幹とする第二遊撃部隊がこの任につく筈だったが、台湾沖航空戦の誤報に惑わされた連合艦隊司令部が残敵掃討のため第二遊撃部隊を出撃させたため、その後のレイテ侵攻からの捷一号作戦発動の流れの中で小沢機動部隊への合流が難しくなったことで警戒部隊が不足する事態となっていた))として一部戦力を参入させることになったが、この時点で樫は訓練開始から2-3週間ほどでしかなく、とてもじゃないが前線に投入できる状態ではなかった。それは他の所属駆逐艦も同様な状況であり、結局第十一水雷戦隊から小沢機動部隊に加わったのは軽巡[[多摩]]と同じ松型駆逐艦の[[杉]]だけであった。
**ヒ81船団護衛 [#ibe5a958]
-11月7日、樫は門司からシンガポール(昭南)に向かう「ヒ81船団」((第8護衛船団司令官佐藤勉少将が指揮し、空母[[神鷹]]、駆逐艦樫、海防艦[[択捉]]、[[対馬]]、[[昭南]]、久米、大東、第9号、第61号の計9隻が護衛に加わり、陸軍特殊船([[あきつ丸]]、[[神州丸]]他)4隻、タンカー5隻で構成された船団であった。))に編入され14日朝に出発する。だが船団は米潜水艦群の襲撃を受け翌15日にあきつ丸が、17日に陸軍特殊船「摩耶山丸」、同日夜には神鷹が相次いで撃沈されてしまう。
--初陣でいきなりの洗礼を受けた樫だが、その後は任務を全うして12月4日にはシンガポールに到着する。なお護衛中の11月15日付で樫、桑、[[杉]]、樅、檜で第52駆逐隊が編成され、25日には第五艦隊麾下の第三十一戦隊に所属する事になる。
**南西方面での活動 [#ra5db327]
-12月5日、第五艦隊は南西方面艦隊に編入され、樫ら第52駆逐隊はフィリピン方面で本格的に活動を開始する。
シンガポールに到着した樫はすぐさまマニラへの緊急輸送任務に就き13日には到着したが既にマニラは米機動部隊による大規模空襲を受ける状態であり、樫は同地にいた同じ松型駆逐艦で構成する第43駆逐隊の指揮下に入り、[[榧]]、杉と共に14日には脱出する羽目になった。
--だが同日夜には南西方面艦隊司令部より南沙諸島への進出を命じられ同地に移動する。これは13日の時点で発見されていたミンドロ島を目指す連合軍の大規模船団の動向に注視していた南西方面艦隊が、これらがミンドロ島を攻撃するのであれば直ちに突入作戦を実施する算段があり、その戦力としてこの3隻を使うため付近に待機させたのであった
--だが同日夜には南西方面艦隊司令部より、第二遊撃部隊と共に南沙諸島への進出を命じられる((これは13日の時点で発見されていたミンドロ島を目指す連合軍の大規模船団の動向に注視していた南西方面艦隊が、これらがミンドロ島を攻撃するのであれば直ちに突入作戦を実施する算段があり、その戦力としてこの3隻を使うため付近に待機させたのであった。))。翌15日にミンドロ島の攻防が始まると、南西方面艦隊司令部は16時8時半過ぎに樫らにミンドロ島サンホセへの突入作戦を発令する。カムラン湾に入港する直前だった樫らは燃料を補給の上連合艦隊司令部にせかされるなか出撃する。だが翌17日は台風の影響で大荒れ((いわゆる「コブラ台風」という大規模台風で、フィリピン近海に接近して周辺に展開していた米艦隊に大損害を与えている))となり、指揮官((第43駆逐隊司令の菅間良吉大佐))の判断で突入を中止してサンジャックに避難。ここでその指揮官が肺浸潤で艦を降りるトラブルがあり榧艦長の指揮で再出撃、第二遊撃部隊に合流した。
---なお、この時の台風で大損害を受けたハルゼー機動部隊は一時的にウルシー環礁まで撤退したため、フィリピン方面の戦力が一時的に大きく低下した。部隊は12月30日に再出撃するが後述するミンドロ島突入作戦「礼号作戦」はこの間隙を突く事になり、作戦成功の要因の一つとなった。
-12月24日、樫らは木村昌福少将を指揮官とする「挺身部隊」に編入され、改めてサンホセへの突入作戦「礼号作戦」に参加する。
--出撃後はミンドロ島の占領した米軍飛行場よりP-38や[[B-25]]といった陸軍機が飛来するも、当時は米軍側も飛行場に進出したばかりで爆弾等の用意が不十分で、襲撃は機銃掃射なども含めたあり合わせのものとなった。それが小規模部隊でしかない挺身部隊の進出を妨害できなかった要因となったが、それでも米側は駆逐艦[[清霜]]を大破(その後航行停止し被弾から30分後に沈没)させ、他艦艇にも損害を与える事に成功している。
---それでもサンホセのあるマンガリン湾に到着した挺身部隊は現地の輸送船4隻に対して攻撃を開始する。輸送船「ジェームス・A・ブリーステット」が大破炎上((挺身部隊側は輸送船3隻以上の撃沈破と報告))し、海岸の物資集積所も損害を受けたが攻撃は20分ほどで終わり、部隊は撤退した。
樫はこの作戦の中で船体への被害はなかったが戦死者3名、負傷者6名をだした。
-カムラン湾への帰路、樫ら3隻は挺身部隊から外され南西方面部隊警戒部隊に編入、アメリカ潜水艦[[デイス>Dace]]の攻撃で沈没した給糧艦[[野埼]]の生存者救助に向かいこれを実施、29日夜にカムラン湾に帰還した。その後サンジャックに移動した樫は同地に進出していた母隊である第三十一戦隊に合流、その旗艦となった。
--1945年1月1日、マニラ湾脱出以来連れ添っていた松型3隻(樫、榧、杉)は台湾高雄に到着した。ここで南西方面艦隊より第三十一戦隊の梅、樫、杉によるルソン島リンガエン湾への突入を打診がくる。礼号作戦成功に気をよくした前線司令部からの無茶ぶりに第三十一戦隊側は困惑するも、どの艦も満身創痍な状態であり、結局この話は立ち消えとなる。ここで榧は修理のため舞鶴に帰還し、樫、杉とマニラ脱出の際に分かれ香港で修理していた[[梅]]が合流、台湾~ルソン間の対潜哨戒及び輸送護衛任務につく
---1月21日、高雄に米機動部隊艦載機による大規模空襲が行われ、樫は初めて被弾を受ける。計3発の直撃弾を受けて戦死者21名をだし中破する。ここで第三十一戦隊司令部は陸上の高雄警備府に移動し、樫は基隆に移動して応急修理を受ける事になる。
基隆には樫と同様損傷等を受けた松型駆逐艦5隻(樫、梅、榧、杉、楓)が揃ったが梅は1月31日にバジー海峡で空襲を受け沈没、樫は2月1日に杉と共にヒ88A船団を護衛しつつ本土に向かい、7日に門司に到着した。
こうして樫の南方での死闘は終わったのである。
**本土での雌伏、そして終戦 [#rfe19b30]
-樫の本土帰還の少し前、第三十一戦隊は連合艦隊直轄となる。司令部も空路で本土に戻り、駆逐艦[[竹]]や花月に将旗を掲げたが、既に満足に動く事も出来ず呉で過ごすことになる。
--この間第三十一戦隊は3月15日付で第二艦隊所属となり、4月3日には竣工以来艦長を務めていた黒木少佐から萩原学少佐に交代、直後の4月6日には沖縄に突入するために戦艦[[大和]]以下第二艦隊の残余が出撃するが第三十一戦隊は一部が大和らの航路警戒のため途中まで同行しただけで樫はこれには加わらなかった。
その後第三十一戦隊は再び連合艦隊直属になり、樫らは[[北上]]を中核とする「海上挺身部隊」に編入され特攻兵器「回天」の運用にあたるが出撃の機会はなくそのまま呉で終戦を迎えた。
---終戦後は復員輸送に従事、その後は賠償艦としてアメリカに引き渡されるがそのまま解体業者に売却され。山口県笠戸島にあるドックで解体、1948年3月20日に終了した。
*この艦娘についてのコメント [#comment]
//#fold(過去ログ){{
//#ls
//}}
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#pcomment(./コメント1,reply,30)
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#include(艦船/管理掲示板からのお知らせ,notitle)
#include(艦船/提案意見掲示板からのお知らせ,notitle)